魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第14話:「査察官、陳述会」

 

 ――――来たか、と、はやては他人事のようにそう思った。

 自分達の……自分のことなのに。

 いや、自分のことだからこそだろうか。

 そんなことを考えてから、はやては顔を上げて改めて自分の状況を確認した。

 

 

 はやてがいる地上本部の大会議室は、最奥にレジアス中将ら地上本部の重鎮が並ぶ空間があり、それと向かい合う形で公開会議参加の将官・佐官が階級ごとに並ぶ、と言う具合になっている。

 一種のパネルディスカッションのような形式で、二等陸佐であるはやては比較的会議室の出入り口の方に近かった。

 

 

「主はやて、AMFです。それもかなり濃度の濃い……」

「通信も途絶、メイン電源も落ちて……隔壁も下りてもうた」

 

 

 傍らに座るシグナムの耳打ちに、はやてが頷きながら会議室を見渡す。

 周囲の佐官達は自分の部下や周囲の人間と何事かを話し込んでいる、静寂に包まれていた会議室はもはやザワザワと騒がしい。

 将官達もそれを咎めない、彼ら自身にも何事が生じたかわかっていないためだ。

 

 

 状況が動いたのは、公開意見陳述会の本会議開始から4時間以上が経過した時だった。

 それまで厳かかつ静かに会議が進んでいたのだが、まず会議場……いや本部の建物全体が揺れるような大きな衝撃が連続して響いた。

 間違いでなければ砲撃された時特有の衝撃だった、そして畳み掛けるように高濃度のAMFが建物全体に展開された。

 

 

(低ランクの魔導師は、これで満足に魔法も使えんようになった……)

 

 

 高ランク魔導師であっても、おそらくかなりの負担だろう。

 そして爆発の衝撃と揺れは未だ断続的に続いている、それも気のせいでなければだんだんと近付いているような気さえする。

 明らかに、何者かの攻撃を受けている――――そしてはやてのとって、何者かなど考える必要も無い。

 

 

 つい、と視線を巡らせれば、案の定将官席から視線を感じた。

 いつもの騎士服ではなく、青の管理局将官の制服を着た若い女性と目があった。

 金の髪を紫のリボンで飾ったその女性はカリム、聖王教会の騎士でありながら少将の資格で会議に出席していたのだ。

 護衛にシャッハを伴った彼女と、はやては静かに頷きをかわす。

 

 

「うろたえるな!!」

 

 

 その時、会議室全体に怒号のような声が響いた。

 魔法の拡声も無くそれを行った男は、最前列の真ん中で会議を主導していた人物だ。

 彼は突然の事態に浮き足立つ諸将・諸官を叱り付けるように声を上げると、集団を鼓舞するようにその太い腕を振り上げた。

 

 

「地上本部の防備は鉄壁だ、何人たりとも通ることなど出来ん!! むしろ我々がここで動揺することこそ、賊徒の思う壺よ……皆、うろたえず、地上を守る地上の管理局員である自覚をもって行動するのだ!!」

 

 

 おぉ……と、大部分から感嘆の声が上がる。

 事実、彼、レジアス・ゲイズ中将の言葉にはそれだけの威力があった。

 40年と言う時間を地上の守護に捧げてきた男の言葉だ、聞かないはずがない。

 もし、彼に足りない物があるとすれば。

 

 

(……相手の狙いは、おそらく2つ……)

 

 

 それは、現実を受け入れる力だけだ。

 そしてはやてはすでに、ある意味でそれを受け入れてしまっているのだった。

 だからこそ、彼女は今の行動に後悔はしていなかった。

 

 

 攻撃の衝撃に揺れる会議室の中で、外部との連絡が途絶えたその場所で。

 はやては、静かに眼を閉じた。

 その指先は胸元の剣十字に触れていて、そんなはやてをシグナムは心配そうな目で見つめていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その少女は、愉悦の中にいた。

 大きな丸眼鏡にお下げの茶髪、青いスーツに白銀に輝く外套。

 首元に刻まれた文字と同じ意味の名前を持つその少女は、無数の表示枠に囲まれながら唇を三日月の形に歪めていた。

 

 

「さぁ、このクアットロの奏でる音に従って――――踊り潰れてくださいな、地上本部のお・ば・か・さ・ん、の皆さん?」

 

 

 自らをクアットロと名乗った少女の目前に展開されるのは、ピアノの鍵盤のようなキーボード。

 それを叩くごとに響く音は、まさに相手に踊りを強制する悲劇の音だ。

 そんな彼女の遥か頭上を、無数の飛行機雲が抜けていく。

 地上本部所属の航空隊だ、しかし彼らにクアットロの姿は見えない。

 

 

 何故ならばそれが、彼女の能力だから。

 機械も人も、一度幻惑されてしまえば彼女の姿を捉えることは出来ない。

 まぁ、もし仮に見えていたとしても……。

 

 

「急げ、至急地上本部に救援に赴くようにとの命令だ……!」

「隊長、前方に識別不能の未確認存在(アンノウン)が!」

「本部を襲っているという、例の機械兵器か!?」

 

 

 構成員のほとんどを陸戦要員が占める地上本部にも、実は航空隊が存在する。

 しかし彼らは総じてランクが低い、何故なら優秀な空戦技能を持つ魔導師は本局に所属するからだ。

 その方が出世できるし、待遇も良い。

 地上本部は「引き抜き」や「本局優遇」を主張するが、実の所、優れた空戦技能を持つ魔導師が過酷な地上勤務を好まないというのが現実だった。

 

 

 よって、地上の航空隊は本局航空隊に入れなかった余り物と本局では認識されている。

 しかし低ランクであろうと、地上本部にとっては貴重な航空戦力に違いは無い。

 だからこそ彼らの多くは本局航空隊の蔑視にも腐ることなく、地上のために戦うことに誇りを抱いていると言って良い……だが。

 

 

「い、いえ、アレは……魔導師、なのか……!?」

 

 

 無数の機械兵器(ガジェット)に群がられ、AMFの壁に封じられる地上本部の高層ビル群。

 その救援に向かおうと急行した彼らの目前に、2つの人影が現れた。

 1人は男性顔負けの鍛え上げられた逞しい身体つきの、紫のショートカットの女性だ。

 凛々しさが前面に出ている細面、その鋭い眼光が迫り来る魔導師達を睨む。

 

 

「敵の航空戦力を撃滅する。その後本命の任務だ、速やかに排除するぞ、セッテ」

「はい、トーレ」

 

 

 その隣、額にヘッドギアを装備した小柄な少女がブーメランに酷似した長刀を手に応じる。

 機械的な返答、表情に感情は見えず、声には抑揚が無い。

 長い艶やかなピンクブロンドの極めて可愛らしい外見が、それらと極めてミスマッチに見えた。

 

 

「『ライドインパルス』!」

「……『スローターアームズ』」

 

 

 次の瞬間、紫と桜の色のエネルギー光が空を貫いた。

 

 

「な、何だ!? いったい何が……!」

 

 

 地上本部所属の航空隊は、その光に飲まれて瞬く間に数を減らしていった。

 隊長格の男も、周囲の部下達が撃墜されていくのを確認する間も無く――――紫のエネルギー翼に胴を薙がれて昏倒した。

 そんな彼が最後に見た光景は、逆さまながら、機械兵器(ガジェット)の放つ無数のミサイルで倒壊していく地上本部――――。

 

 

「れ、レジアス閣下あああぁぁ……!」

 

 

 そんな悲痛な叫びを聞く者は、もはや戦場と課したその場には誰もいなかった。

 地上に配備された戦闘車両はガジェットⅢ型のベルト状のアームによって横転させられ、対空装備の多くは使用することも出来ずに航空型のガジェットⅡ型の空対地ミサイルによる精密空爆によって悉くが破壊されてしまっていた。

 

 

 地上に展開されていた局員の多くは、魔力ランクの低さとAMFに対する無知さから苦戦を強いられていた。

 数では勝っていても、魔力結合が阻害される中ではミッドチルダ式魔導師は無力に等しい。

 微かにいる近代ベルカ式の魔導師を前面に立てて、中への侵入を阻止するのが精一杯だった。

 

 

「遠隔召喚……オブジェクトコントロール」

 

 

 しかしその努力も、地上本部の建物内部に無数の機械兵器(ガジェット)が「召喚」されてしまえば、決壊してしまう以外に選択肢が無かった。

 地上本部内の各所――そのほとんどが重要施設――に「召喚」された機械兵器(ガジェット)は、AMFを放ちつつアームを放ち、施設のエネルギー供給や物理的な連絡手段を寸断した。

 

 

「……これで良いの、ウーノ?」

「はい。ありがとうございます、ルーテシアお嬢様」

 

 

 黒と紫のドレスと革の首輪の衣装に着替え、両手にグローブ型デバイスを嵌めた小さな少女が虚空に呟く。

 彼女がいるのは、豪奢な寝室……地上本部でVIPが宿泊する部屋だった。

 だからこそ、防御措置を抜いて本部内部に対象を召喚することが出来たのである。

 

 

 優れた召喚士は、転送魔法のスペシャリストでもある……とは、言ったのは誰だったか。

 その少女、紫の髪のルーテシアは仕事を終えたのか、ゆっくりとベッドの端に腰掛けた。

 彼女の目の前の表示枠には、薄いウェーブのかかった紫のロングヘアの女性が映っている。

 白の制服のような服装のその女性は、どうやらウーノと言う名前らしい。

 

 

『指揮管制室を制圧したセインがお迎えに上がります、お嬢様の探す番号の『レリック』についてはこちらで探しますのでご安心ください』

「うん……ありがとう」

『いえ、ご協力に感謝します……ところでお嬢様、申し訳ないのですが、お嬢様のご友人をお借りしてもよろしいでしょうか?』

 

 

 ウーノのその問いかけに、ルーテシアは小さく首を傾げて見せた。

 それから左手を上げ、そのコアクリスタルを右手の指で撫でた。

 ――――ベッドのスプリングを、外部からの爆発の揺れに軋ませながら。

 

 

 一方、内部に召喚された機械兵器(ガジェット)の存在以上の問題が地上本部側に起こっていた。

 先程、ウーノと言う女性がルーテシアに言っていた言葉。

 地上本部の指揮管制室の、制圧である。

 

 

「ああ、うん。わかった……じゃあ、これからルーお嬢様を迎えに行くよ」

 

 

 地上本部指揮管制室には、白煙のガスが充満していた。

 吸った人間の意識を刈り取るそれは部屋の隅々にまで満ちていて、そこにいた管制員や指揮官は苦悶の表情を浮かべたまま床の上で呻いていた。

 無人になった端末からは、各所からの情報や救援を求める悲痛な叫び声が響き続けている……。

 

 

「IS発動、『ディープダイバー』」

 

 

 それに対して口元に笑みを浮かべた後、青いスーツに身を包んだ少女は足元を二度叩いた。

 すると水色の輝きが生まれ、彼女の身体がまるで水に沈むように床に消えていく。

 無機物の中に沈む能力、それが『ディープダイバー』。

 彼女の……水色の髪と輝きを持つ少女、セインの能力なのだった。

 

 

 クアットロ、トーレ、セッテ、セイン……そして、ウーノとルーテシア。

 たったこれだけの人数に、時空管理局の2大勢力の1角が崩されようとしていた。

 管理局史上、あり得べからざる事態である……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 地上本部へのテロ攻撃と言う史上初の事態、それも内部での敵勢力の出現と言う未曾有の事態に、地上本部の職員は大混乱に陥っていた。

 奇襲を受けてから反撃の態勢を整えるまでの過渡期、電撃戦初期特有の混乱がそこにあった。

 それでも戦闘員はある程度の秩序を保った、が、非戦闘員はそうもいかない。

 

 

「「きゃあぁ――――っ!」」

 

 

 その事例の一つが、地上本部の片隅で展開されていた。

 奥の倉庫部屋に備品を取りに行っていた女性事務員が2名、鉢合わせしたガジェットから逃げている。

 楕円形のフォルム、Ⅰ型が1機だけ。

 しかし戦闘手段を持たない若い事務員には、十分すぎる程の脅威だった。

 

 

「あうっ!?」

 

 

 廊下を駆けていた時、1人が通路にあったダンボールに躓いて転んだ。

 最近出来た部署の事務所が近くにあるため、片付けの余りか何かだろうと思う。

 1人は後ろを振り返りもせずに逃げてしまったため、残されたのは躓いた女性事務員だけだ。

 

 

「あ……あ……!」

 

 

 身を起こして後ろを見れば、アームケーブルをヒュンヒュンと振り回す機械兵器がそこにいた。

 胴体の真ん中にある大きな黄色いカメラが、転んだ彼女を見定めるように明滅する。

 それが何を意味するかはわからない、が、事務員の女性の恐怖心を煽るには十分だった。

 

 

 尻餅をつくような形で後ずさるも、大した距離は稼げない。

 瞳は大きく見開かれて目尻に涙が浮かび、引き攣った顔の中で噛み合わされた歯がカチカチと音を立てる。

 制服が汚れるのも構わず、むしろ気にしていられない中で。

 ぐぉ……っと空気を切ってガジェットが迫り、女性事務員の口から悲鳴が上がる――――。

 

 

<Chain impulse>

 

 

 ――――瞬間に、事務員から向かって通路の左側の部屋の扉が弾け飛んだ。

 いや、弾け飛んだというのは正しく無いだろう。

 より具体的に言うのであれば、2本の細い鎖が扉に穴を開けて飛び出してきたのだ。

 

 

 その鎖の先端が事務員の目の前のガジェットの側面に突き刺さり、反対側の通路の壁に先端を突き立てる。

 結果として、ガジェットは鎖によって壁に縫い止められるような形になった。

 火花と何かが焦げるような匂いがその機体から漂い、しかし抵抗するようにワイヤーアームが蠢いた所で……。

 

 

「――――伏せてください!!」

「え、あ……きゃあっ!?」

 

 

 突如響いた声に従ってその場に伏せた事務員の上を、ローラーの音が飛び越えていった。

 

 

「押し出すわ――――『ブリッツキャリバー』!」

<Yes sir>

 

 

 どうやら事務員の背中側の通路を加速して来たらしいその女性陸士は、その左拳で鎖によって縫い止められていたガジェットを殴り飛ばした。

 真ん中、やや上のあたりに拳が直撃する。

 次の瞬間、半分に砕けたガジェットが拳の威力に従って大きく吹き飛んだ。

 そして爆発、女性陸士がシールドを展開して悲鳴を上げる事務員を守った。

 

 

「……大丈夫ですか!?」

「は、はい……あ、ありがとうございます」

「怪我は無いですね? では、このままあちらの方角へ走ってください。エントランスに出た所で陸士部隊がまだ秩序を保っていますから、そこで保護を受けてください」

 

 

 どこか不安そうな表情で――「1人にしないで」「連れて行って」と言うような――自分を見る事務員の女性に矢継ぎ早にそう告げて立たせると、女性陸士――ギンガは、その背中をやや乱暴に押した。

 一緒についていられれば一番だが、ギンガにはそうしている時間が無かった。

 何しろこれは事務員1人では無く、地上本部全体の危機なのだから。

 

 

 何度も振り返りつつも、何とか走り去って避難する事務員の背中を見送って……ギンガは息を吐いた。

 すでに陸士制服では無く、白のスーツに黒と紫の上着とスカートと言う、甲冑姿だ。

 そしてその時、やや乱雑な動きで穴の開いた扉が開かれた。

 そこから出てきたのは、ギンガも見慣れた空色のバリアジャケットを纏った青年……だったのだが。

 

 

「だ、大丈夫ですか、イオス一尉?」

「あー……仮眠入ったとこで叩き起こされたからか、若干頭痛がするかな……」

 

 

 先程、扉越しに『テミス』の鎖を放って事務員を救う形になったイオスだが、現在は少しばかり酷い顔をしていた。

 何しろ、徹夜覚悟の夜勤明け直後の仮眠、それも寝入って10分そこそこと言う一番キツい時に騒ぎが起こったのである。

 指先でこめかみを押さえねば辛い程には、寝不足の偏頭痛がするのだった。

 

 

「状況、どうなってる……? 悪いけど、俺は全然状況が認識できてない」

「はい、単刀直入に言いますと――――大ピンチ、です」

 

 

 頭を振って何とか眠気を飛ばし、ギンガの話を聞くと……なるほど、とイオスは理解した。

 状況は、限りなく深刻だと言うことに。

 それは、無数のガジェットが地上本部の内外を襲撃しており、そして未確認だが奇妙な能力を使う少女達がいると言う話だった。

 

 

「なるほどねぇ、俺が寝てる10分でそんなことになるとはな」

「はい、私も仮眠を交代して頂いた直後だったので……すぐに戻ることが出来ました。それで、どうしますか? 我が捜査本部としても見過ごせない事態だと思われますが」

「そうだな、ガジェットが出てくるならうちと……」

 

 

 機動六課の管轄だろう、と覚醒したばかりの頭でイオスは思う。

 といって、ギンガの話は概要に過ぎないので全体の状況はやはりわからない。

 そうなってくると、イオスとしては情報と人物が今最も集約されているだろう場所に向かわねばならない。

 

 

「……指揮管制室との連絡は、途絶えたままなんだよな?」

「はい、現在は局員が個々に対応している状況です」

「連携0か、近代組織の弱点を突かれたな……となると、ガジェット潰しながら会議室に行くのがベストかな」

 

 

 公開意見陳述会が行われている大会議室には、この地上本部の頭脳が全て集まっているはずだった。

 トップであるレジアス中将はもちろん、機動六課のトップであるはやてもいるだろう。

 警備の中には、エース級の人間も何人かいたはずであるし……そこと連絡を取るのが、まずは必要だとイオスは判断した。

 しかしそれには、ギンガが難しい表情を浮かべる。

 

 

「通信も途絶して、しかもAMFと隔壁が……」

「あー……なら、地下からならどうだ? 査察部の資料で見たことあるんだけど、非常用のエレベーターダクトとかを通路にして地下に下りる、そう言う脱出路があったはずだけど」

「確かにそうした物はあったように思いますけど……正確には、会議室の中に繋がってるかは……」

「まぁ、それでも目標が無いよりはマシだろ。それに……」

 

 

 頭痛を誤魔化すように片目を閉じながら、イオスが先程事務員が逃げていった方向とは反対側の通路を見る。

 するとそこには、角の向こうからこちらへと近付いてくるがジェットの姿があった。

 メインカメラの横から砲門を開き、ビーム状のエネルギーを放ちながらこちらへと近付いてくる。

 

 

「向こうさんは、考える時間をくれなさそうだ」

「そうみたいですね……先行します!」

「りょーかい、横と後ろは任せとけ!」

 

 

 そうして、イオスとギンガもまた戦火へと身を投じた。

 目指す道は地下通路、そして上層部が集合している大会議室。

 無事に辿り着けるかどうかは、誰にもわからない……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方、湾岸地区に本拠を構える機動六課隊舎も俄かに賑わいを見せていた。

 はやてを始めとする六課の主力メンバーが地上本部に行っているため、指揮官代行のグリフィスの下に残存メンバーが統率されている。

 しかし、事態はすでに単なる留守部隊の仕事の範疇を超えつつあった。

 

 

「状況はどうなってる!?」

「地上本部とはすでに連絡が取れません! あらゆるチャネルがクローズ!」

「く……!」

 

 

 ロングアーチ指揮所で、砂嵐に包まれる地上本部方面のモニターを前に、グリフィスは歯噛みした。

 彼は留守部隊の指揮をはやてに任されている――同時に、母レティからは協力と監視を――が、現在彼の指揮下にいる人員の大半は非戦闘員だ。

 何しろ機動六課は、フォワードを除けば戦闘力は無いに等しい。

 何故なら、表向き『レリック』回収に必要な戦力しか持てなかったためだ。

 

 

「ヴィータ副隊長とリイン曹長、ユニゾン状態で未確認(アンノウン)と接触!」

「魔力値……極めて大です! ランクSオーバー!」

「副隊長と曹長の魔力値、戦闘状態(シグナル・レッド)! 」

 

 

 地上本部と連絡が取れない、故に本部内にいるはやて、シグナム、なのは、フェイトの状態がわからない。

 隊長陣の中で唯一連絡が取れていたヴィータも、戦闘状態に入ってしまえばコンタクトは難しい。

 しかもリインとのユニゾンに入っているとなれば、相手はかなりの難敵と言うことだろう。

 

 

 そしてフォワードの新人4人とも連絡が取れない、地上本部の中に入っているためだ。

 理由として、なのはとフェイトがデバイスをスバル達に預けているためだ。

 2人は警備のために内部にいたのだが、何故かデバイスの携行が認められなかったのだ。

 魔導師からデバイスを取り上げて、何を警備させるつもりなのかはグリフィスにはわからないが。

 

 

『グリフィス君!』

 

 

 その時、グリフィスの前に新たな表示枠が展開された。

 そこに映っていたのは、金髪をボブカットにした美しい女性だ。

 耳元で揺れる金のイヤリングが煌くその女性は、六課医務官のシャマルである。

 

 

 しかし彼女はいつもの白衣ではなく、古代ベルカの民族衣装にも似た薄緑の騎士甲冑を纏っている。

 表情は真剣そのものであり、画面を見る限り隊舎の正面側にいるらしい。

 傍らには、青い毛並みの狼もいる。

 現状、六課に残された最大戦力の2人だった。

 

 

「シャマル医務官、ザフィーラさん!」

『グリフィス君、『クラールヴィント』がガジェットの反応を探知したわ――――それも多数、こっちに向かってる』

「何ですって!?」

「レーダーに反応! 識別――――Ⅱ型、Ⅲ型多数!!」

 

 

 グリフィスの声に継いで、アルトがそう報告してくる。

 六課のレーダーと『クラールヴィント』からのデータ送信は、ほぼ一致する。

 六課周辺の地図が表示され、そしてそこに敵を示す赤の矢印が太く――太さは数を示す――進攻してきていることがわかった。

 事態は、急を要するとグリフィスは判断せざるを得なかった。

 

 

『私達は正面で防衛線を敷くわ、後方の指揮、お願いね』

「お願いします! ……シャーリー、バックヤードを統率して避難指揮を!」

「り、了解!」

 

 

 幼馴染のロングアーチスタッフに非戦闘員の避難を任せる、それは、彼女がなのはとフェイトの保護児童であるヴィヴィオを気にしていたことも加味しての決定だった。

 指揮所から慌しく駆け出す幼馴染の背を見送った後、グリフィスはアルトとルキノに命じた。

 

 

「アラート発令! 総員、第一種戦闘配備――――総力戦用意!! 周辺部隊に救援要請!!」

「「了解!」」

 

 

 周辺の部隊が救援に来るまで、敵の侵攻を留める。

 はやてが用意したマニュアルに従って、彼らは持ち堪える。

 ――――いつまでかは、わからないが。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 もぞもぞ、と、ベッドの中でヴィヴィオは何度も寝返りを打っていた。

 部屋は暗い、静かなものである。

 しかし、どうやら彼女は上手く寝付けないようだった。

 

 

「なのはママ……フェイトママ……」

 

 

 どうやら、「ママ」がいないのが気に入らないらしい。

 広いベッドで1人で眠るのが寂しいのか、少女の周りにはぬいぐるみのウサギやクマが並べられている。

 自分で並べたらしいが、やはりママの代わりにはならなかったようだ。

 

 

 不満そうにウサギのぬいぐるみを抱き潰しながら、シーツにくるまっている。

 頑張って目を閉じていても何だか怖くて、いつもある温もりは傍にいなくて。

 幼い彼女には表現のしようが無い、そんな不安が小さな胸を占めていく。

 

 

「……ママ……」

 

 

 ヴィヴィオの色違いの瞳に涙が浮かんだその時、静寂を破る音が部屋に響き渡った。

 びくりと身体を震わせるヴィヴィオ、声を上げる前に階段を駆け上がって誰かが来た。

 シーツから覗くと、そこにいたのはヴィヴィオが知っている人間だった。

 30代くらいの、ショートヘアの女性だ。

 

 

「アイナさん」

「ヴィヴィオ、起きてたの? ええと、とにかく今から行かなくちゃ……」

「どこに?」

 

 

 寮母であるアイナ・トライトン、なのはとフェイトの不在時にはヴィヴィオの世話をしている女性だ。

 いつもは柔和な笑みを崩さない彼女が、今は緊張した面持ちでヴィヴィオを抱っこして走り出したのだ。

 普段なら安心するはずの温もりは、今は強張って緊張を伝えてくる。

 

 

(なのはママ、フェイトママ……)

 

 

 アイナの走りで揺らされる中、ヴィヴィオはアイナにしがみつきながらぎゅっと目を閉じた。

 その瞼の向こうに、誰よりも信じる母親の顔を思い浮かべながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 地上本部の地上部分は激しい攻撃を受けて倒壊しつつあるが、地下はまだそれ程でも無かった。

 分厚い壁に覆われたプラントのような場所で、非常時には地上の指揮機能を代替できるだけの設備も整っており、通路などは地上部のそれと様式も規模も同じ造りになっていた。

 

 

 ただ、予算の不足と上層部の地上本部の防備への過信から整備は行き届かず、万が一の際の脱出・連絡路にしか使用できないと言う有様だった。

 20年前に整備予算がカットされて以降、半分放置され職員からも忘れられているような状態だ。

 加えて言えば、現トップであるレジアス・ゲイズ中将がそうした施設を必要視していなかったと言うこともある。

 

 

「――――分散しよう、移動速度はライトニングの方が速い。私達が六課に戻るよ」

 

 

 AMFが地上ほどには満ちていない地下で、フェイトの冷静な声が響いた。

 地下通路のロータリーホール、何年も整備されずに魔法による補強のみがされた無味乾燥な場所。

 そこに、フェイトとなのはを含むフォワードの2分隊が集合していた。

 

 

 なのはとフェイトは会議室との連絡が途絶えた後、スバル達とあらかじめ決めておいた集合場所を目指したのである。

 エレベーターダクトなどを通じての強行軍は生身には堪えたが、魔法やデバイスに頼らずに目的を遂げる術を彼女達は心得ていた。

 そしてスバル達も、ある程度の労苦を経てここまで来ている。

 

 

「……ガジェットの地上本部への内部侵攻の規模はどのくらい? ティアナの印象で良いよ」

「数自体は大したことは無いと思います」

 

 

 なのはの問いに、ティアナが即答する。

 彼女はスバル達と共に、何体かのガジェットを破壊しながらここまで来ている。

 預かったデバイスはすでに返却し、なのはもフェイトも今はバリアジャケット姿だ。

 懸念があるとすれば、六課と連絡が取れないことか……。

 

 

「ただ、範囲が極めて広いです。それに管制室が予備まで含めて大部分が制圧、地上局員はAMF対策がほとんど無いので、それも被害を広げる要因になってるみたいです。それと」

「――――召喚の気配がありました。あの子、ルーテシアちゃんも近くにいると思います」

「……そう」

 

 

 キャロの言葉に、なのはが頷く。

 ただ思案の時間はそれほど長くない、考えている時間が無いからだ。

 

 

「それじゃ、なのは。私達は何とか抜け道を見つけて六課の方へ行くから」

「うん、お願い」

 

 

 本当は、なのはは自分で六課に戻りたかった。

 理由はあえて明記しない、ただ指先に指きりの感触が残っているとだけ言っておく。

 それに、移動速度ではフェイトとライトニングの方が早い――――そう言う分隊だからだ。

 

 

「大丈夫、私達で皆を守ってくるよ」……ヴィヴィオのことも』

「うん、信じてる」

 

 

 現実の言葉と念話、両方に応じてなのはは微笑する。

 流石に、フェイトにはお見通しらしかった。

 拳を軽く打ち合わせた後、なのははフェイトの背中を見送った。

 

 

「行ってきます!」

「スバルさんもティアナさんも、気をつけてください! ルーテシアちゃんが近くにいるなら、もしかしたらあの召喚虫も活動してるかもしれませんから」

「ん、わかった。アンタ達も気をつけるのよ」

「後で会おうね!」

 

 

 フォワードの4人も短く別れの言葉を述べて、スターズとライトニングは分かれた。

 それを見届けた後、ティアナは銃を構えて、スバルは拳を打ち合わせた。

 頷き一つ、なのはも杖を構える。

 

 

 気がつけば、足裏から響く振動は大きさを増している。

 徐々に近付いてくるそれは、どうやら地下にもガジェットが入り込んで来たことを意味していた。

 それも上からの侵入でも召喚でもなく、地下の出口の一つから侵入したらしい。

 地上本部の内部構造を完全に知っている動き、これも後で考えねばならないことだろう。

 しかし、今は。

 

 

「スターズ分隊、行くよ!」

「「はい!」」

 

 

 ここを通せば、防御が機能していない地上本部はさらに壊滅的な打撃を受けることになる。

 それを許すわけにはいかなかった、だから。

 彼女達は、目の前の敵を掃討しなければならなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 フェイトがエリオとキャロを伴って地上本部の空域から離脱しつつあった頃、機動六課隊舎の一部に火の手が上がっていた。

 それは隊舎正面に展開するシャマルと『クラールヴィント』の防壁を突破した緑の光線によるもので、爆発によって隊舎の一部を崩落させつつあった。

 非戦闘員の避難により、表側が無人であることが不幸中の幸いであろうか。

 

 

 しかしそれでも隊舎の形を保っているのは、隊舎正面で仁王立ちする金髪の女性の働きに他ならない。

 そしてもう一つ、航空型ガジェットの放つ空対地攻撃ミサイルの大部分を撃墜する白い牙だ。

 空中に突如生まれミサイルを接触破壊するそれは、円環状の魔方陣に支えられた錘のような形をしている。

 それを成しているのは、青い毛並みの狼……。

 

 

「ここから先は、一歩も通さん……!」

 

 

 言葉を解する狼、ザフィーラ。

 その鋭い視線は、隊舎の火事で赤く染まる夜空に浮かぶガジェットの群れに向けられている。

 そして、そのガジェットを率いる2人の「戦闘機人」へと向けられていた。

 

 

 双子なのか顔の造りはほぼ同じ、髪色も同じ茶色、衣装以外はそっくりな2人だ。

 襲撃当初、彼女らは自らを「オットー」「ディード」と名乗った。

 オットーは少年のような短髪で、青のスーツの上にジャケットとパンツを着込んでいる。

 ディードは腰まで髪を伸ばしたロングヘアの少女の容貌だった、身に着けているのは青のスーツのみ。

 どちらも感情が抜け落ちたかのような、足りていないかのような無表情なのが印象的だ。

 

 

『――――こち……グアーチ! 今、ライトニ……01、03、04が……ら、に……!』

 

 

 AMFに阻害されてか、ロングアーチのグリフィスからの通信も状態が悪い。

 しかしそれでも、それは希望をもたらす内容を伝えてくれていた。

 つまり、持ち堪えれば援軍が来ると言うことだ。

 

 

『シャマル、頼む』

『ええ……任せて』

 

 

 守護騎士の間に、言葉による意思疎通は本来は必要ない。

 視線を交わす、それだけでリンクを通じてお互いの考えの大筋は読み合えるのだ。

 そうして意思を疎通した後、シャマルとザフィーラは身を低くした。

 

 

 その様子を不思議そうに見下ろすのは、六課に襲撃をかける側である2人だ。

 オットーとディード、2人の戦闘機人はやっている犯罪の規模の割に無垢な瞳を眼下のシャマルとザフィーラに向ける。

 その瞳の色に感情をつけるとするなら、それは「不思議」と言う物だろう。

 

 

「……攻撃して来ないのですか?」

 

 

 不思議そうな問いかけをするのは、髪の長い方……ディードだった。

 獣形態のザフィーラは、未だ無傷を保つ隊舎正面を背に4本の足で立つ。

 表面は焼けてしまっても、魔法で補強された内部構造はまだ無事なはずだ。

 

 

 中に立て篭もっているのは大多数が非戦闘員、しかも年端もいかぬ子供も含まれている。

 ならば、彼がやるべきことは一つだった。

 守護獣として、守るべき何者をも守る、それだけだ。

 

 

「我らの役目は、倒れず、崩れず、退かず、これより先に何者をも通さぬこと……!」

「……がっかり」

 

 

 蔑みの色を混ぜた言葉は、オットーだ。

 オットーは感情の見えない瞳をザフィーラへと向けて。

 

 

「騎士ゼストみたいに、古代ベルカの守護獣は勇猛だと思ったのに」

「その情報をどこから得たかは問わん、ゼストと言う騎士も知らん、だがこれだけは言おう」

 

 

 ぐ……と、足先の爪でコンクリートの地面を掻いて、ザフィーラは唸るように告げる。

 10年前より定めた、守護騎士(ヴォルケンリッター)の誓いを。

 何があろうとも主と仲間を守ることを優先し、己を保ち、そして。

 

 

「貴様らは、ここから先へは一歩も通さんと……!!」

 

 

 駆ける、猛然と青き狼が大地を駆ける。

 その俊足たるや風の如し、しかし戦闘機人であるオットーとディードの目に捉えきれない程の速度ではなかった。

 元より、ザフィーラは速度で敵を翻弄するタイプでは無い。

 

 

「あの男が我らの行いを見ている限り……!」

 

 

 跳ぶ、青き狼が宙高く跳んだ。

 それを見たからだろう、オットーは掌を掲げ、ディードは剣の柄のような物を両手で掴んだ。

 身構え、迎撃する構えを見せる。

 

 

「我ら守護騎士(ヴォルケンリッター)に、個人の武名など……必要、無いのだあぁ――――ッッ!!」

 

 

 おおおぉぉ、ん……とザフィーラが吠えた時、オットーとディードは見た。

 青い毛並みの向こう側、狼の雄々しい姿の向こう側にいる女。

 指先のデバイスから薄緑の輝きを放つ、シャマルの姿を。

 

 

 そして、世界が軋んだ。

 

 

 ザフィーラが全身から魔力の輝きを放ち、オットーとディードの目を焼いた一刹那の間にそれは行われた。

 古代より編まれ続けたそれは、結界だ。

 現実の世界とほんのわずか位相がズレただけの世界、周囲の光景は先程までいた場所とまったく同じだ。

 

 

「これは、古代ベルカ式の位相結界……」

「……封鎖領域(ゲフェングニス・デア・マギ)

「その通りだ」

 

 

 先程までとは質の異なる声に、2人が視線をそちらへと向ける。

 そこには、青い狼はいなかった。

 そこにいるのは、騎士衣装を纏った褐色の肌の男だ。

 

 

「我が同胞、湖の騎士シャマルが張りし封鎖領域。解除条件はただ一つ……この俺を倒す他、無い」

「……IS発動、『レイストーム』」

「『ツインブレイズ』……!」

 

 

 自分の力を解放する2人に対して、男……人間形態のザフィーラは、両の拳を厚い胸板の前で打ち合わせた。

 その衝撃に、空気が震え衝撃が風となって散る。

 

 

「さぁ、付き合ってもらうぞ……!!」

 

 

 自分に迫る2つの力に対し、それでもまるで臆すること無く。

 盾の守護獣ザフィーラは、己の守るべき何かのために吠えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「オットーとディードの奴、ヘマをしたな」

 

 

 2人の戦闘機人が古代ベルカの結界に取り込まれて姿を消すのを見ていた人間は2人いる、1人は当然術者であるシャマルだ。

 彼女自身は最初の位置から動かず、両手を顔の前で交差させた体勢で現実の世界に立っている。

 4本の指にそれぞれ嵌められた『クラールヴィント』の指輪が、緑の輝きを放っている。

 

 

 そしてもう1人は、飛行型のガジェットⅡ型のガジェットの背を足場にしている少女だった。

 長い茶色の髪を首の後ろで束ね、首元に「Ⅹ」の数字が刻まれた青のスーツを着ている。

 当然、彼女も戦闘機人……特徴的なのは身体に装着した無骨なプロテクターと肩に担いだ無反動砲のような巨大な砲であろう。

 

 

「……っと、ウーノ姉。オットーがやられた」

『ディエチ? やられたって、撃墜されたの?』

「いいや、位相結界に閉じ込められた。これから術者をやるけど、その間のガジェットの制御やってくれる?」

『わかった、代行しておくわね』

「お願い」

 

 

 表示枠の中の「姉」にそう告げて、ディエチは視線を眼下へと下ろした。

 肩に担いだ無反動砲を構え、瞳の中から精密機械の機械的な駆動音が響く。

 足場代わりのガジェットは、ディード達の消失と同時にやや乱れたが……それもすぐに補正された。

 安定した足場で、砲撃を行うことが出来る。

 

 

「それにしても、なかなか冷たい女だね」

 

 

 ディードとオットー、「姉妹」の力を知っているが故にそう嘯くディエチ。

 今頃、あの守護獣は大変な目にあっているだろう。

 自分は結界の外にいながら、影響を現実に与えない高度で複雑な術式の結界を張れる腕前は大した物だと思うが。

 照準の向こうに見える金髪の女は、なかなかに冷酷な騎士なのだろう。

 

 

「IS発動、『ヘヴィバレル』――――イノーメスカノン・パレットイメージ・直射砲弾」

 

 

 ファイア、と呟くと同時に、ディエチと姉に呼ばれた少女はあっさりと引き金を引いた。

 その向こうに命があるだろう空間に、迷うことなく物理破壊の攻撃を放ったのである。

 その様子は、まさに今彼女自身がシャマルに告げた言葉がぴったり当て嵌まるだろう。

 ……しかし。

 

 

「『クラールヴィント』、守って」

<Ja>

 

 

 薄い緑色の硝子のような防護壁が、六課隊舎の前に多重展開された。

 全部で6枚、ディエチの放った――魔力換算でオーバーS相当――のエネルギー砲弾を受け止める。

 最初の3枚は紙を砕くように粉砕された、次いで勢いのままに4枚目を砕き、鬩ぎあって5枚目を壊し、そして最後の1枚が砕けると同時に砲撃のエネルギーも霧散して消えた。

 

 

「防がれた……?」

 

 

 疑問符を浮かべるも、しかし砲から顔を上げないディエチ。

 瞳の奥の照準機が、自身の砲撃を受け止めたシャマルを拡大して映像化する。

 交差した腕の向こうに、引き結んだ形の良い唇が見える。

 そしてその唇が形作る言葉を、読唇と言う形でディエチは理解することが出来た。

 

 

「言ったでしょう、ここから先には一歩も通さないって……!」

 

 

 たとえ、どんな手を使ってでも――――と続く言葉に、ディエチは背筋に寒気のような物を感じた。

 何だ、と思った。

 いったい何が、彼女達にそうさせるのかと。

 しかし、だからと言って。

 

 

「なら、そうしてみなよ……!」

 

 

 だからと言って引き下がってやる程、ディエチは弱い存在ではなかった。

 さらに砲撃を加え、結界を維持するシャマルに消耗を強いる。

 そしてシャマルが結界とディエチにかかりきりになればなるほど、数十機のガジェット達は結局自由に行動できてしまうのだった。

 

 

「さぁ、私ばかりにかかずらわっていると、こいつらが隊舎を焼いちゃうよ!」

 

 

 とは言うものの、今はまだ隊舎を灰燼に帰すわけにはいかない事情もディエチにはあった。

 少なくとも、目的のモノを手に入れるまでは。

 しかしそれがわからないシャマルとしては、徐々に近付いてくる飛行型のガジェットを睨むしか無い。

 

 

(く……!)

 

 

 先頭、ミサイルの発射態勢に入ったガジェットの1機を睨みつける。

 だが睨んだだけで撃墜することは出来ない、ディエチの砲撃を防ぐので手一杯だった。

 しかしそれでもせめてと思って、睨むのだけはやめない。

 それでも視線で撃墜は出来ない――――否。

 

 

 撃墜された。

 

 

 何か、緑に近い魔力の線が走ったようにも見える。

 それがガジェットを貫き、爆散させたのだ。

 それにはシャマル、ディエチ双方が驚き、同時に射撃者を探して……発見した。

 ディエチから見て正面、シャマルから見て背後。

 隊舎の3階部分、そこに正面の空を見上げるようにして銃を構える男がいたのだ。

 

 

「……誰だ、アイツ!?」

「――――ヴァイス君!?」

 

 

 ディエチの疑問に、偶然にもシャマルが答える形になった。

 そして事実、そこにいたのはヘリパイロットの制服に黒のジャケットを羽織ったヴァイスだった。

 彼はその手に、セミオート式の対人狙撃銃のような形状のデバイスを構えていた。

 窓枠に足をかけ、ゆっくりと息を吐きながらスコープを覗き込んでいる。

 

 

「ひゅぅ――――……久々の戦場だ、緊張するよな相棒」

<Me too>

 

 

 インテリジェントデバイス『ストームレイダー』の補助を受けて形成した、多重弾殻弾頭。

 それでもってガジェットを撃ち貫いた男は、不敵な笑みを浮かべて空の敵を見上げた。

 そこら中敵だらけだ、狙わずとも撃てば当たりそうである。

 狙撃手としては、やや物足りないかもしれない。

 

 

「ザフィーラの旦那とシャマルの姉御にばっか、任せとくわけにはいかねぇよなぁ……お前ら!」

 

 

 おぉ、と応じるのは、簡易デバイスや消火器を持った十数人の男達だった。

 女性職員には奥でバックヤードを守ってもらっている、男達は力仕事に出てきたわけだ。

 たとえAMF下だろうと、過酷な環境であろうと。

 伊達に、あの隊長達に選ばれた人材では無いのだと言うことを。

 

 

「機動六課、ナメんじゃねぇぞ……!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 幾度目かの爆発の風を身体に感じて、イオスは地上本部の地下通路に足を踏み入れた。

 どうやら、地下という場所に縁があるのかもしれない。

 そんなことを思って、イオスは鎖が巻かれた手で前髪をかき上げた。

 

 

「……まさか、地下からもガジェットが侵入してるとはな」

 

 

 そんな彼の目の前には、Ⅲ型1機とⅠ型3機と言う構成のガジェットが無残な残骸を晒していた。

 断続的なスパークと小さな爆発が続くそれは、イオスが……イオス達が地下に到達した時に鉢合わせた物だ。

 どうやら、地上本部施設内部に召喚されたガジェット程度の数が侵入してきているらしい。

 

 

「……おかしいですね」

「何が?」

「この地下通路については、私達一般の陸士でもほとんど知りません。どこがどこに繋がっているのか、デバイスのマップを見ないとわからないのに……このガジェット達は、いったいどこから」

「さぁな、ただ……」

 

 

 ギンガの最もな疑問に頷きつつ、しかしイオスは通路の先を見た。

 どうも先程から、そちらの方向に『テミス』の鎖が何かを感じ取っているのである。

 しかもそれは、一度感じたことのある魔力……いや、エネルギーの波長だった。

 

 

 そして思うに、先程から何度もガジェットに遭遇している2人だが。

 何となく、一定の方向に誘導されているような気がするのだ。

 通信は未だ回復していない、だから『テミス』を除けば何となく魔力を感じる、程度でしか無い。

 しかしこれは違う、どうやら指向性を持たせてエネルギーを飛ばしているようだ。

 

 

「……あっちにいる連中に聞いた方が、早いみたいだぜ」

 

 

 イオスの言葉に、ギンガが目を細める。

 そして、イオスが見つめる通路の先を同じように見つめる。

 その視力はイオスよりも遥かに良い、ましてその先にいるのは――――。

 

 

 ――――視線の先、地下にいくつかある広い空間だ。

 部隊集合のための空間、あるいは物資の搬入口、あるいは単純なホール。

 いずれにせよ、広い地下の空間の一つだ。

 そこに、イオスとギンガの2人を迎えるように立つ4人……否、3人と1匹がいる。

 

 

「へへっ、来たっスよチンク姉。あの鎖野郎はやっちゃって良いんスよね?」

「構わんが、目的を忘れるなよウェンディ――――それと、ノーヴェ」

 

 

 濃いピンクの髪の少女に、銀髪の少女が嗜めるように告げる。

 それは、数ヶ月前に見た光景とどこか重なる。

 傍らに立つ無言の存在も、同じだった。

 しかし唯一、違う点は……。

 

 

「アレが、チンク姉の邪魔をした奴……!」

 

 

 赤い髪色に劣らぬ、苛烈な色を金の瞳に宿す少女の存在だった。

 彼女は、未だ離れた位置にいる青年を知覚しつつ。

 

 

「……ブッ潰す」

 

 

 物騒な声音で、そう告げたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 地上本部の大会議室では、有志の局員が下りた隔壁を上げようと必死になっている所だった。

 何人もの屈強な男が会議室の扉をこじ開けようとしているが、機械も魔法の補佐も無く難航している様子だった。

 そして扉の数より人間の数の方が多いため、することも無く余っている人材の方が多い。

 

 

(皆……)

 

 

 女性職員であり、力仕事には不向きと思われているはやてもその1人だった。

 傍らにはシグナムが緊張した面持ちで立っている、理由は彼女と同じだ。

 少し離れた場所で、はやての騎士達が戦っている気配を感じているからだ。

 

 

 たとえ通信が繋がらずとも、はやてとシグナムにはわかる。

 ヴィータが、リインが、シャマルが、ザフィーラが……命を懸けて戦っている様が見える。

 魂と心を通わせ、主従の絆でリンクされている彼女達にはわかるのだ。

 

 

「主はやて、やはりここは私が」

「……いや」

 

 

 陸士制服姿のシグナムが懐に手を忍ばせるのを、はやては止める。

 彼女達はデバイスの携行を許可されているが、休眠状態にすることを命じられている。

 なのでここで無暗に――AMF対策を施しているとは言え――シグナムが目立つような真似をするのは、避けねばならなかった。

 

 

 とはいえ、はやても焦りを覚えないわけでは無い。

 外と一刻も早く連絡を取りたいと言う思いは強い、彼女はカリムとシャッハはどうしているだろうかと顔を上げた。

 すると、不思議な光景が視界に入った。

 カリム達の姿を探して上げた視界、そこに突如として白い煙が充満し始めたのだ。

 

 

「な……何や!?」

 

 

 はやての声の直後に爆発が起こり、それを引き金に周囲から悲鳴が上がる。

 しかもその煙は、会議室の中央から渦を巻くように急速に拡散を始めたのである。

 その煙に巻かれた局員が呻き声を上げながら倒れていく、それで多くの人間は気付いた。

 大気と反応しガスを急激に拡散させる、麻痺性の神経ガスだと。

 

 

「……セイン、良いの……?」

「良いんです良いんです、死にはしませんから」

 

 

 腕の中の静かな声に陽気に答えて、ガスを詰めたハンドグレネードを投げた張本人は応じた。

 大会議室の天井の中に身を潜めた少女、セインは、腕の中にルーテシアを抱いたままさらに深くへと潜り、姿を消していった。

 しかし彼女が「良い」と言ったその下では、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されている。

 

 

「騎士カリム! 大丈夫ですか!?」

「わ、私は大丈夫……は、はやて……を……えふっ、けほっ」

「カリム……!」

 

 

 呻き声と人が折り重なって人が倒れていく中で、シャッハはガスに咳き込むカリムの身体を抱えていた。

 シャッハ自身もガスに苦しんでいるのだが、それでも幼い頃から守り続けてきたカリムへの気持ちで耐えていた。

 とは言え、流石に神経性のガスとなると彼女でも吸ってしまえば防ぐ事は出来ない。

 

 

 そして、さらに状況を混乱させる出来事が起こった。

 有志の局員がこじ開けようとしていた――今はガスで不可能になっているが――隔壁と扉が、幾度かの線が走ったかと思うと、爆発するように内側に向けて破壊されたのである。

 その衝撃に吹き飛び、宙を舞い……床に叩きつけられて意識を失う局員も相当数いた。

 何事かとシャッハが思う間に、さらに紫と桜色の閃光が走った。

 

 

「な……」

 

 

 充満するガスの中で、それに気付けたのはシグナムだからこそだろう。

 以前であればガスごときで動きを鈍らせることなく反応もできたろう、純粋な『闇の書の守護騎士(ヴォルケンリッター)』であった頃ならガスなど物ともしなかったはずだからだ。

 しかし、現実には。

 

 

「……『ライドインパルス』」

 

 

 自分とはやての間に割って入るように着地した、紫のショートカットの女。

 その女が何事かを呟いた次の瞬間、無数の紫の斬撃がガス以上の密度をもって彼女に襲い掛かった。

 そして痛みを自覚した時には、回転する視界の中に自分の血の色を見て――――。

 

 

「シグナム……ッ!?」

 

 

 「敵」の奇襲を受け、斬撃の衝撃で会議室の壁まで吹き飛ばされたシグナム。

 家族の危機と負傷に声を上げるはやてだが、彼女自身も動けなかった。

 何故なら、背後に立ったピンクブロンドの少女によって喉元にブーメラン状の刃を添えられていたからだ。

 

 

「ドクターがお呼びです、一緒に来て頂けますか」

 

 

 背後から聞こえる機械的な声に、はやては唇を噛んだ。

 そして次に続く言葉に、その唇が引き結ばれることになる。

 六課を立ち上げた時から、覚悟していた可能性。

 ……だけど。

 

 

 

「――――夜天の王」

 

 

 

 だけど、やっぱり怖いと思ってしまうのは……きっと、今さらなのだろう。

 だから彼女は、真っ直ぐに前を見つめた。

 ――――その胸元で、金の剣十字が揺れていた。

 

 





お正月投稿は今話で終了です、最後までお読みいただきありがとうございます。
今年も頑張ります、竜華零です。
いよいよオリジナル展開に入って行きます、正念場です。
最終的にはどうなるかわかりませんが、頑張っていきたいです。

次回はアレですね、原作で言えばギンガさんの誘拐シーンですね。
ここではどうなるか、実はまだ決めてません。
では、また次回。

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