魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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お正月連続投稿第2弾です。
現在、ネット環境のある場所にはいないため(これは予約投稿です)、感想の返信が3日以降になると思います、申し訳ありません。
では、どうぞ。


StS編第13話:「査察官、前準備」

 

 イオスが機動六課においてティアナとの模擬戦を行ってより1ヵ月と少し、新暦75年9月10日。

 公開意見陳述会と言う一大イベントに揺れる時空管理局地上本部で、その陰に隠れるように密やかに開設された部署があった。

 それは部署とも言えないような小さな、所属人数わずか3名の部署だった。

 

 

「ギンガ・ナカジマ陸曹、捜査官として本日より陸上警備隊第108部隊より出向となります。よろしくお願い致します!」

「おーぅ、よろしくー」

「あ、手伝います」

 

 

 地上本部の片隅に、そんな声が響く。

 長く使われていなかった応接室の一つを事務所として借り受けて立ち上げたその部署の扉には、質素な細い表札が掲げられていた。

 そこには、こう書かれている。

 ――――「ミッドチルダ質量兵器・兵器素材密輸事件仮説合同捜査本部」。

 

 

 人員は3名、本部長は置かず代行としてイオス・ティティア査察官がつく。

 その下に協力部隊である陸士104、及び陸士108の2部隊から2名の陸士職員が出向する形だ。

 どちらも密輸に強く、特に104は4年前にはやてが所属していた部隊でもある。

 

 

「それにしても、凄いですね」

「何が?」

 

 

 通路に積まれた備品の数をチェックしながら、ギンガが言った。

 イオスはイオスで、ガタガタと長机を事務所の中に運び込みながら返事をする。

 基本的な清掃は終わっているのだが、備品の運び込みがまだなのだ。

 

 

「普通、合同捜査本部の開設には1年以上かかると思うんですけど」

「参加部隊が2つだけだしな、合同とは言っても名ばかりだよ。それに今は地上本部がゴタついてるから、滑り込みと言うか、無理矢理ねじ込んだと言うか……」

 

 

 通常であればギンガが言うように、管轄区域の異なる部隊を横断する合同捜査本部の開設にはかなりの時間がかかる。

 『レリック』事件でも、機動六課の設立までついに開設されなかった。

 対してイオスは査察官権限での関与と言う形で、ここ1年の質量兵器関連の密輸に的を絞った捜査本部の開設を行った。

 

 

 地上本部が通常業務の体制であれば、受理はされなかったかもしれない。

 ただ今は2年に1度の公開意見陳述会の直前、特にレジアス中将が『アインヘリアル』を始めとする兵器使用基準緩和計画の承認に人的資源を集中した結果、何とかねじ込むことが出来たわけである。

 それでも、3人という規模からわかる通り……形式以上の物では無い。

 しかしイオスにとっては、その形式こそが重要なのだった。

 

 

「俺はこれで地上本部の中に内偵・捜査の拠点が持てたから良いけど……何か、ギンガさんに手伝わせて悪い気はするな。六課からも出向の誘いが来てたんだろ?」

「いえ! 私も密輸の事件はかなり最初から関わっていましたから、大丈夫です。六課の方に行くのも考えたんですけど、ランク制限があるので……」

「あー、そっか」

 

 

 会話の通り、当初の予定ではギンガは六課に出向する予定だった。

 はやて・フェイト・なのはに代表されるオーバーSランク魔導師が揃っている六課は、すでにランク制限が一杯で陸戦Aランクのギンガが入る余地が無かったのである。

 特にヴィヴィオを保護した事件の時にはやてが限定解除したこともあって、今、六課に向けられている目はやや厳しいのだ、臨時査察もあったわけだから。

 

 

「スバルは残念がってましたけど」

「なるほど」

 

 

 困ったように笑うギンガに、イオスがおかしそうに笑った。

 つまりはギンガも残念に思っているのかもしれないが、そこには触れない。

 触れると、エリオとキャロあたりのことで突つかれる可能性がある。

 それは避けねばならない。

 

 

「ふー、備品はこんな物か。後は人事と総務に報告に行って、近隣の連中に挨拶回りだな。ギンガさんは休んでて良いよ」

「いえ、ご一緒します」

「……そうか? じゃあタラゥさん、すみませんけど留守番お願いします」

 

 

 イオスが声をかけた先にいるのは、捜査本部の最後のメンバーだ。

 陸士104部隊からの出向者で、名前と階級はハシミ・タラゥ三等陸尉、65歳。

 褐色の肌に、白く太い眉で瞳を隠した……小柄な、「お爺ちゃん」といった風情の男性だった。

 来年4月、退職が決まっていたりする。

 

 

「お、おぉ、このワシにお任せくだされ、査察官殿ぉ」

「頼んます!」

「では、少しだけ失礼します」

 

 

 プルプル震えながら細い腕で力瘤を作って見せるハシミに苦笑しつつ、イオスとギンガは事務所を後にした。

 通路を出てしばらく歩けば、それだけで慌しく駆け回る地上本部の職員と何度も擦れ違う。

 全員が全員、必死な顔で目の前の仕事を片付けている様子だった。

 

 

「本当に忙しそうですね……他人事じゃないですけど」

「ああ……」

 

 

 それを横目に見ながら、イオスは何度目かの同じ言葉を繰り返した。

 

 

「公開意見陳述会、だからな」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――公開意見陳述会。

 1年~2年程度の周期で行われる、地上本部の運営方針に対する公開会議である。

 前回の開催は新暦73年度であるため、今回は2年ぶりであった。

 

 

 開会は9月12日午後2時、当日はミッドチルダ中の精鋭部隊がクラナガンに集められて警備に当たる。

 その中には当然――地上本部壊滅の『預言』阻止のために動く部隊、機動六課の名前もあった。

 本局指揮下、地上本部上層部の覚えめでたく無い部隊がそれでも地上本部の警備部隊に名前を連ねることが出来たのは、この陳述会が「公開」であるためだ。

 

 

『要望通り、会議参加者の中に陸士資格ではやて、キミを入れておいた。これで機動六課は会議参加者を持つ部隊として警備につくことが出来る』

「そっか……いろいろありがとうな、クロノ君」

『いや、構わないさ』

 

 

 機動六課の部隊長室、そこではやてはクロノとの通信会談に臨んでいた。

 内容は2日後の公開意見陳述会、警備部隊の中に機動六課を編入させた件だ。

 前線全てを任されるわけでは無いが、公開会議室にははやてが入り、その護衛としてフェイトとなのはも建物の中には入れる、それと副官扱いでシグナムも。

 

 

 地上本部としては、地上で活動する舞台とはいえ機動六課は参加させたくなかっただろう。

 しかし『預言』阻止を目的とする六課としては、絶対に参加したい。

 だから二等陸佐の資格を持つはやてが「公開」の会議に出席し、その護衛を兼ねるという名目で機動六課のフォワードチームを警備に参加させることが出来るようになったのだ。

 

 

『当日は聖王教会から騎士カリムとシスターシャッハも参加される、なのはとフェイトもいるし、内部からのクーデタなどについては問題ないと思う』

「ロッサの調査した範囲やと、その可能性は元々低いんやろ?」

『ああ、だが最新の『預言』の解釈では公開意見陳述会が地上本部壊滅の引き金になる可能性が高い』

 

 

 ――――使者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ちる。

 カリムの『預言』の一節、地上本部壊滅を示唆する一文だ。

 しかし、具体的な時期や細かな出来事についてはわからない。

 だからこそ、陳述会という大きなイベントには出張らなければならないのだ。

 

 

『そうすると、外部からのテロだが……ガジェットと』

「戦闘機人、やね」

『……ああ』

 

 

 通信画面の向こう、クロノが表情を苦くするのは家族のことがあるだろうか。

 マリーからもたらされたその情報に、はやても目を閉じて瞑目する。

 部隊長である彼女は、部下達の事情について良く知っている。

 フェイトのことも――エリオのことも、そしてスバルのことも……皆。

 知っていて、彼女は何もかもを動かしているのだから。

 

 

『しかし、わからないな。彼女達がテロを起こして地上本部を壊滅させるとして、目的は何だ? 仮にスカリエッティが彼女達と何らかの繋がりを持っているとしても……得が無い』

「ああ言う次元犯罪者は、そう言う損得勘定で動くとは限らへんやん?」

『まぁ、そうだが。だがイオスは、ガジェットの製作者と地じ……』

「え?」

『い、いや、何でも無い。気にしないでくれ』

 

 

 今、イオスの名前が出たような気がしたが。

 しかし慌てて首を振るクロノの様子を見るに、聞いても話してはくれないだろうと思う。

 ふと、はやては自分の掌を見た。

 そう言えば、イオスと触れ合ったのはあの1ヶ月前の握手以来か……。

 

 

 はやては、『預言』を阻止のために動くだけだ。

 そのために必要なら彼女は何でもするつもりだったし、何でも使うつもりだった。

 それが、例え――――。

 

 

「……リイン、おいで」

「はいです、はやてちゃん」

 

 

 クロノとの通信を終えた後、はやては自分のデスクで記録をとっていたリインを呼んだ。

 リインはその呼びかけに素直に答えて、ふわふわ浮きながらはやての傍へ。

 はやてはそんなリインの頬を指先で撫でると、小さく首を傾げながら柔らかく目を細めた。

 

 

「あのな、リイン。お願いがあるんや」

「はいです。はやてちゃんのお願いなら、リイン、頑張るですよ?」

 

 

 むんっ、と両手を握りこんでそんなことを言う八神家の末っ子に、はやては苦笑した。

 何とも可愛らしくて、そして頼もしいと思ったからだ。

 これだけ頼もしいなら、きっと大丈夫だと思える程には。

 だからはやては笑顔だった、しかし。

 

 

「あのな、もし私が――――……」

 

 

 ……その指先は、胸元で揺れる剣十字に触れていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 通信が切れた表示枠を前に、クロノは悩んでいた。

 『クラウディア』の執務室で1人、眉間に皺を寄せて……彼は、自問自答していた。

 本当に、これで良いのかと。

 このまま進めて、間違いは無いのかと。

 

 

「…………イオス」

 

 

 副官だった妻も、幼馴染の親友も、同期の仲間もいないその場所で。

 

 

「すまん……!」

 

 

 彼は独り、悩み続けていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その光景は、機動六課のフォワード陣にとってすでに日常になりつつあった。

 いつも通り、出動に影響しない範囲でみっちりと午前の訓練を受け、シャワーと着替えと昼食のために隊舎に戻る道すがら。

 その道を逆方向から駆けてくる存在がいる、それは小さな小さな女の子だ。

 

 

「ママ……ッ!」

 

 

 トテトテトテ……と擬音がつきそうな、そんな走り方だ。

 小さな可愛らしい顔に浮かぶのは、太陽のような笑顔。

 そしてその女の子、ヴィヴィオは芝生の上を駆けてきて目的の人物の膝のあたりに抱きついた。

 

 

「なのはママッ!」

(何だか、心臓に悪いわね……)

 

 

 無邪気に告げるその声を耳にして、訓練着姿のティアナは非常に複雑な感情を抱いた。

 ティアナの前では、小さな女の子がお姉さんに抱きつくと言う心温まる光景が展開されている。

 青い空に緑の芝生とくれば、ロケーションは完璧と言える。

 しかしヴィヴィオが「ママ」と呼ぶのは彼女の上司であり、それを聞くとどうにも落ち着かないのだった。

 

 

「こーら、ヴィヴィオ。まずは皆に何て言うの?」

「はーいっ、こんにちはっ!」

「「「こんにちはーっ」」」

「……コンニチハ」

 

 

 スバル達3名は元気良く、ティアナは若干棒読み。

 子供は得意では無い、が、今はそれ以上に「なのはママ」の方が衝撃的だ。

 ちなみに正確にはママではなく保護責任者だ、だが2人の後見人であるフェイトも「フェイトママ」なので、それはそれで衝撃的だ。

 

 

 何と言うか、精神力が試される。

 先日など、転んだヴィヴィオを自力で立たせるか抱き起こしに行くかで揉めていた。

 なお、なのはは前者でフェイトが後者であったことを告げておく。

 はやてに同行して『クラウディア』を訪問した時、ヴェロッサから「隊長達とは女の子同士としても、付き合ってあげてくれると嬉しい」と言われたのだが……。

 

 

(でも出来れば、上司の子育て風景とか見たくなかったと言うか……)

 

 

 雲の上の存在でいてほしかった、なんて思ったりする今日この頃だった。

 その時、ティティアは訓練着のパンツを引かれているのに気付いた。

 見下ろせば、紅葉のような小さな手がティアナを引っ張っている。

 

 

「……おなか、いたいの?」

「え? あ、ああ、大丈夫。お腹痛くないから」

「ほんとう?」

「ええ」

「よかったぁ」

 

 

 コテン、と首を傾げて聞いてきたかと思えば、今度はにっこりと笑う。

 表情の変化が忙しい、流石は子供だ。

 まぁ、正直に言えば和む、和むが。

 

 

『ティアッ、ティーア~、ヴィヴィオ可愛いよぉ! どうする!?』

『どうもしないわよ』

 

 

 ほっぺに両手を当てて悶えているパートナー程に胸を撃ち抜かれてはいない、確かに可愛いが。

 ティアナが別に元気が無いわけでは無いと納得したからか、ヴィヴィオは今度はエリオとキャロの方へと駆けていた。

 気まぐれで好奇心の移り変わりが早い、流石は子供だ。

 

 

「ヴィヴィオ、そのリボン可愛いね」

「えへへ~、いーでしょ、なのはママのリボン!」

「うん、凄く可愛いよ」

 

 

 10歳2人と6歳の会話だ、実に微笑ましい。

 エリオやキャロにしてみれば――「フェイトママ」理論で行けば――妹のようなものだろう。

 10歳と言えば妹や弟を欲しがる年頃でもあろう、お兄さんお姉さんしたい年頃。

 

 

(お兄さん……か)

 

 

 ふ、と息を吐く。

 すると、誰かが自分を見ているような視線を感じた。

 探してみればそれはなのはで、目が合えば微笑された。

 何だか心の中を見抜かれてしまったような気がして、気恥ずかしくなってティアナの方から目を逸らしてしまった。

 

 

「今日は何してたの?」

「えっとね、ザフィーラのせなかにね、のせてもらったの!」

「あー、良いね。なのはママも小さい頃に乗せてもらったことあるよ」

「ほんと? ヴィヴィオ、なのはママといっしょ?」

「うん、一緒一緒」

「えへへー」

 

 

 今、何か聞いてはならないような会話を聞いてしまった気がする。

 

 

「子供って無邪気で怖いもの知らずよね……」

「可愛いよね。私、実は弟とか妹が欲しかったんだー……まぁ、今はエリオとキャロが弟妹みたいなものだけど!」

「わ、わわわっ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 エリオとキャロの頭の間に自分の頭を入れて抱きつきに行くスバルを、ティアナは呆れたような顔で見つめた。

 スバルの論理で行くと、最年長の自分が一番上の姉貴分と言うことになるのだろうか。

 エリオとキャロはともかく、スバルが妹と言うのはなかなか大変そうだ。

 

 

「キュクルッ?」

「え、フリード? フリードは、フリードはー……あー、ペット?」

「ギュ」

「うわ噛んだ!? フリードが噛んだ!? ごめんごめんっ、フリードはマスコットキャラ的な存在だから!」

「あ、フリードだめだよ!」

 

 

 改めて、ギンガの凄さを噛み締めるティアナだった。

 

 

「ほーら、何してるの! 早く行くよー?」

「いくよー!」

「あ、はい! ほらアンタ達もいつまでも騒いでないで、行くわよ!」

 

 

 なのはの声に慌てて他の3人と1匹を纏めて引き摺り、ティアナは改めてなのはの横で無邪気に飛び跳ねているヴィヴィオを見た。

 機動課の隊舎で子供を育てるのはどうかと思うが――イオスが「え、隊舎で子育て? 査察官舐めてんの!?」と言う顔が何故か想像できたが――まぁ、概ねヴィヴィオは六課の皆に愛されている。

 

 

 フォワードもロングアーチもバックヤードも、ヴィヴィオの事情を知っているからか、あるいはヴィヴィオ自身の魅力なのかは不明だが……何かと声をかけたりして可愛がっているようだ。

 若い女性が多いからかもしれない、事実、子供が苦手な自分もそこそこに気にしている。

 まさに、六課のアイドルといっても過言では無いだろう。

 

 

(ああ言う子を助けて守るのも、管理局員の仕事、か……)

 

 

 そんなことを思って、ティアナは他の3人を引き摺るようにして歩き出した。

 向かう先は、憧れの人の背中。

 一生かかっても届かないかもしれない、そんな場所。

 

 

 それでも一歩一歩を進んでいけば、いつか肩を並べられると信じて。

 今はとりあえず、2日後の公開意見陳述会の警護任務に集中する。

 そうティアナは、自分に課すのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……新暦75年9月12日の早朝、太陽が地平線の向こうに見えてきたかこないかと言う時間帯。

 しかしその時点ですでに、時空管理局地上本部では多数の人間が活動していた。

 夜も眠らずに活動する人間もおり、各地から集まった部隊のシンボルが刻まれた部隊旗が何十個も本部前に翻っている。

 

 

 空には地上本部所属の航空魔導師隊の大規模編隊が無数の飛行機雲を空に刻み、地上本部周辺にはモスグリーンの戦闘車両が多数配置され、隊列を組んだ陸士部隊が絶えずどこかを駆けている。

 会議が行われる本部の建物内外にも陸士の警備員が目を光らせ、内部中枢の指揮管制室の人員が全体を映したスクリーンなどを前に常時各部隊と連絡を取っている。

 まさに、蟻の這い出る隙も無い鉄壁の警備体制が敷かれつつあった。

 

 

「ほい、貰ってきたぜ」

「すみません、ありがとうございます」

「タラゥさんが手配してくれてたんだ、お礼ならそっちに言ってくれ」

「ふふ、はい」

 

 

 地上本部の北エントランス近く、小さな噴水や観葉植物で飾られた広いその場所にイオス達はいた。

 陳述会当日、それも来賓の人々の受け入れ直前とあって非常に慌しい。

 人もモノも声もどんどん目の前を通り過ぎていく、目まぐるしい限りだ。

 

 

 イオス達はエントランス、つまり北側玄関を出た所すぐの、芝生の縁のレンガの上に腰掛けていた。

 周りには備品の詰まったダンボールなどが積まれており、準備の最終段階特有の雑然さがそこにある。

 2人は無数の荷物に囲まれるようにして、夜食兼朝食のような食事をとっている所だった。

 

 

「いや……俺らまで仕事押し付けられるとはなー。まぁ、予想してたけど」

「本部は今、猫の手も借りたいくらいでしょうから」

「自分の仕事ばっかしてりゃ良いってもんじゃねーもんなぁ」

 

 

 弁当屋が配達に使うようなビニール製の箱を前に、2人は弁当に箸をつけている。

 その会話の間に、ギンガは2つ目の弁当に手をつけていたが。

 まぁそこは流して、イオスはモグモグと煮物を咀嚼しながら合同捜査本部開設後の2日間を思い出していた。

 

 

 開設までの1ヶ月と少しで、情報自体は集めることが出来た。

 この2日自体は準備と事務処理に費したが、それでも進捗はあったと思う。

 後は、地上本部とガジェット製作者の間に繋がりがあるかどうかである。

 まぁ、最近の悩みがあるとすれば……『預言』だろうか。

 

 

(地上本部の壊滅、これを誰がやるかなんだよなー)

 

 

 隣でギンガが3つ目の弁当を開けているのをスルーしつつ、イオスは弁当とセットのお茶のボトルに口をつけた。

 『預言』を信じるなら、地上本部は何者かに壊滅させられるはずだ。

 もしこれをガジェットの製作者が行うのであれば、イオスの仮説は外れる形になる。

 その場合、疑うべき先を失ってしまうが……それはそれで地上本部が白になるので構わなかった。

 

 

「テロとか、あるのでしょうか」

「んー、どうかね。これだけ厳重な警備でテロってのはちょっと難しいと思うが、まぁ絶対なんて無いからな。油断はできないだろ」

「そうですよね……」

 

 

 4つ目の弁当に箸の先をつけたまま、ギンガが吐息する。

 その横顔を、未だ1つ目の弁当を半分も食べていないイオスは何ともいえない表情で見つめていた。

 おそらく、ギンガが気にしている可能性は先日の少女達だろう。

 戦闘機人、戦うために造られた人造の生命、その事件。

 

 

 ギンガから母、クイントを奪った事件だ。

 イオスの境遇で言えば、『闇の書』事件が近いだろうか。

 だからギンガが気にするのも、力を入れるのも、無理は無いと思う。

 気持ちがわかる、などとは口が裂けても言わないが……。

 

 

「……よ、良く食べるな」

「ふぇ!? え、そ、そんなには食べないですよ。普通です、普通!」

 

 

 ギンガが5つ目の弁当を食べ終えたあたりで、流石にイオスは呆れたような声を上げた。

 恥ずかしかったのか、しかし6つ目の弁当は離さず、頬を染めつつ楚々としてギンガはイオスの言葉を否定した。

 繰り返すが、6つ目の弁当は離さなかった。

 

 

 その様子がおかしくてイオスが声を上げて笑うと、ギンガが拗ねるような顔をして抗議する。

 それがさらにイオスを笑わせる結果になるのだが、拗ねていたギンガも最終的には口元に手の甲を当ててクスクスと笑い出した。

 笑いは、伝播するものだと改めて思う。

 まぁ、周囲から向けられる奇異の目に気付いてすぐにやめたが。

 

 

「……ふふっ」

「ははっ」

 

 

 だが、そのこと自体におかしさを見出して笑い、イオスは上を見た。

 日が昇り始め、空が白み始めて……ふと、空に明滅する光を見た。

 それはヘリコプターの警告灯であり、大型の輸送ヘリが1機近付いてきている。

 そしてイオスは、そのヘリに見覚えがあった。

 

 

(あのJF704……アレは)

 

 

 下に折れ曲がった独特の大型尾翼や角ばったフォルム、何より識別コードが彼に教えてくれる。

 そのヘリの所属は、湾岸区画に数ヶ月前に設立された実験部隊だ。

 

 

「……スバルも、来たんですね」

「ん、そうだな」

 

 

 厳密にはスバルがいるかはわからない、が、別に否定することでも無いと思った。

 姉がそう言うのなら、そうなのだろう。

 機動六課所属のヘリを一緒に見上げながら、そう思った。

 

 

 しかし、イオスもギンガも……いや、どこの誰であっても。

 ほんの数センチの距離に並んで座るこの2人が、今日、この場所で。

 人生を変えてしまうかのような、そんな出来事に見舞われることを……まだ。

 誰も、知らない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「なのはさん! 本部のヘリポートに着陸許可出ました!」

「はーい了解! ヴァイス君、お願いね」

「うっス!」

 

 

 キャビン側から響く華やかな声に笑みを浮かべて、ヴァイスが操縦桿に握る手に力を込める。

 AIに組み込んでいる『ストームレイダー』の協力を得つつ、ヘリポートの誘導灯に従って機体の高度を下げていく。

 その気圧と重力の変化を敏感に感じながら、なのははキャビン側の座席に座ってフォワード陣に最後の確認を行っている所だった。

 

 

「じゃあ、これからはやて隊長が来るまでは、ライトニングはヴィータ副隊長とリイン総長について見回りと警備。スターズは私と一緒ね。はやて隊長達が来たら私は建物の中の警備に入るから、スターズも合流してヴィータ副隊長の指示に従うこと。マップと時間配分はそれぞれのデバイスに入ってるかな? なら、後は一緒に警備する人達に失礼の無いようにしっかり挨拶すること、良いね?」

「「「「はいっ」」」」

「未確認だけど、地上本部にガジェットの大規模テロがあるかもしれないから、しっかりやって行こう!」

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 フォワード4人の声に満足げに頷いて、なのはは横のヴィータとリインに視線を向ける。

 任せろと頷くヴィータに笑みを浮かべるが、しかしその肩に座るリインはやや表情が優れない。

 ヴィータもそれには気付いているのか、どこか心配そうだ。

 

 

「リイン、どうしたの? 大丈夫?」

「どっか調子でも悪いのか?」

「え? いえ、大丈夫です! シャーリーのフルメンテのおかげでバッチリですよ!」

「そう?」

「はいです!」

 

 

 元気良く飛んでクルクルと回ってみせるリイン、確かに身体の調子が悪いとかでは無いようだ。

 それでも何かを抱えているような気はする……見る限り、話してくれる様子は無い。

 任務に支障をきたすようなことは無いだろうが、それでも心配ではある。

 建物の中を担当する自分は無理だが、傍にいるヴィータに少し注意して見ていて貰おう、そう思った。

 

 

 そしてなのはが全員のことを見ているように、部下であるティアナ達もまた、なのはのことを見ているのだった。

 まぁ、彼女らは『預言』のことは知らないが……ガジェットや以前戦った少女達がテロを仕掛けてくれる可能性はあるので、警戒はしているつもりだった。

 

 

『なのはさん、ヴィヴィオのことどうするのかなぁ』

『ヴィヴィオ、なのはさんに凄く懐いてますもんね』

『今さら他の家庭に……って言うのも、納得しない気もしますし』

 

 

 そんな彼女達の念話話題は、「なのはがヴィヴィオをどうするか」だった。

 いくらヴィヴィオが「なのはママ」と呼んで慕っても、なのはが保護責任者として児童保護制度を活用しても……なのははまだ19歳、5歳6歳の母になるにはまだ早いと本人も感じているのだろう。

 だからこの1ヶ月間、なのはは仕事の合間を縫ってヴィヴィオを受け入れてくれる家庭を探しているのだ。

 

 

 ただキャロが言うように、今さらヴィヴィオがなのはの下を離れたがるとは思えない。

 出動直前にも、なのはのいるヘリポートに寮母のアイナに我侭を言ってやってきたくらいなのだ。

 いつも一緒に寝てくれるなのはがいないので、不安になっただろう。

 予定では明日の夜には戻れるので、「良い子にしてたらキャラメルミルクを作ってあげる」と指きりで約束する姿が印象的だった。

 

 

『なのはさん、優しいから……ヴィヴィオ、離れたがらないと思います』

『そうだよねぇ、なのはさん優しいもんねぇ』

 

 

 キャロの言葉にスバルがうんうんと頷く、常に訓練でなのはの射撃の雨に晒されているティアナとしては頷きにくいものがあった。

 いや確かに優しいとは思うが、同時に厳しい人だと思っている。

 現実で溜息を吐いて、スバルは念話で言った。

 

 

『いっそ、本当になのはさんの子供にしちゃうとか!』

『……それ、なのはさんに言うんじゃないわよ』

 

 

 スバル達の家庭環境を――そして自分自身の環境を――知っているティアナだが、そこはスバルに注意喚起をすることにした。

 例え冗談っぽく言ってはいても、スバルがそれを本気で願っていることがわかるからだ。

 そしてそんなことを言われれば、きっとなのはは気にするだろうから。

 

 

『気持ちだけで家族になれるわけじゃないって、アンタだって知ってるでしょ』

『それは……そうだけど、さ』

 

 

 我ながら、空気を読めない奴だとは思う。

 だけど事実、気持ちがあれば家族になれるわけでは無いのだ。

 訓練校の寮に入るまで、1人で生きてきたティアナだからこそわかるのかもしれない。

 そのあたり、施設育ちや保護育ちではあっても、フェイトと言う「親」を得たエリオやキャロとは違う。

 

 

 そしてそんなことは、誰よりもなのは自身が一番良くわかっている。

 だから、自分達は無責任に「ヴィヴィオを養子に」などと言ってはならない。

 現実としてヴィヴィオの生涯に責任を持つことになるのは、なのはなのだから。

 ティアナは、そう思うのだった。

 

 

『ティア……何か最近、ますますドライになったよね』

『悪かったわね、冷血漢で』

『そんなこと言ってないよね!?』

 

 

 まぁ、とティアナは思う。

 ヴィヴィオのことは、何にしろまだ少し先の話だ。

 今考えるべきは、地上本部の警護。

 

 

 任務の中で、自分の役割を果たし……部隊の目的を達成する。

 それが、自分が果たすべきこと。

 そう思い、ティアナは『クロスミラージュ』のカードを握り締めるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まだ早朝のその時間、その少女は外の騒がしさに目を覚ました。

 ホテルのスイートルームのような、豪奢な寝室。

 シックな暗い色合いの調度品を揃えられ、柔らかな絨毯と厚いカーテンが微かに漏れる日の光に照らされている。

 

 

 そして寝室の中心の大きなベッドの上で、小さな少女が半身を起こす。

 薄いビロードが幾重にも重ねられた、豪華な天蓋付きのベッド。

 その中心にいる少女もまた、その部屋の雰囲気に相応しい容貌を持っていた。

 10歳前後の小さな女の子だ、長い紫の髪は座るとベッドに届き、眠気の跡も見えない大きな瞳は年齢不相応に落ち着いている。

 

 

「……今日、なのね」

 

 

 小さく呟き、暗い色合いのネグリジェに包まれた身体を傾ければ、いつの間にそこにあったのだろう。

 ベッド脇のボードに、小さな白いケースが置いてあった。

 シーツからゆっくりとした動作で足を抜き、ベッドから降りる。

 早朝の涼やかな空気の中で行われるそれは、とても優雅なものだった。

 

 

 ベッドから下りて立ち、ケースに両手を添える。

 軽い音を立てて開いたその中から、少女の髪と同じ色の輝きが漏れる。

 そこにあるのは、紫のコアクリスタルを輝かせるグローブ。

 添えられているのは、「お嬢様へ」とだけ書かれたメッセージ・カード。

 

 

「……ガリュー」

 

 

 無表情ながら柔らかな言葉と共にクリスタルを撫でれば、応じるように煌きを放つ。

 それを目にした少女の瞳に、微かな光が揺れた……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 コッ、コッ、コッ……薄暗いその空間を、歩く音が反響する。

 足音の主たる女の歩きはしなやかで美しい、一歩を歩む度に長く青い髪がさざめくように揺れる。

 背中や腰に触れるその髪先からは、光の残滓のような粒子が微かに散っていた。

 

 

『……どこへ行っていた』

 

 

 不意に声が……どこか電子音のような、くぐもったような声が響き、女は足を止めた。

 そして何かを見上げるように目を細めた後、礼儀正しくお腹に両手を重ねて腰を折った。

 

 

「申し訳ありません、陳述会の様子を確認に行っておりました」

『そうか……何か問題でもあったか』

「いえ、レジアス中将を始め、地上本部の方々が立派に務めを果たしておりました。何も問題は無いかと思われます」

『そうであろうな、問題などあろうはずも無い』

『然り、然り』

 

 

 響く声は3つ、しかし注意しなければそれが3つの主体から放たれている別の意思だとは気付かないだろう。

 いや、あるいはすでに1つになっているのかもしれない。

 磨耗して擦り切れつつある人間の意思に、そこまで大きな違いは生まれないだろうから。

 

 

『レジアスは良い、しかし最近ジェイルめが何かよからぬことを企んでいるようだ』

『まぁ多少のことには目を瞑ろう、奴が余暇で生み出した技術とて貴重なのだ』

『然り、然り……陳述会とて滞りなく終わるだろう、レジアスは有能な駒だ』

 

 

 それらの言葉に、女は何も言わない。

 ただ身体の前で手先を重ね、淑やかに立っている。

 目の前で話し込んでいる者達を見上げ、ただ穏やかな笑みを浮かべている。

 

 

 いや、別にそうしている必要も無いのかもしれない。

 何故ならそこにいる彼女の「主」とも言うべき存在には、すでに人間らしい五感など無いのだから。

 そして、「だからこそ」彼女は穏やかな笑みを浮かべる。

 楽しげな笑みを、浮かべ続ける。

 

 

『『『何も、問題は、無い』』』

 

 

 ――――だって、何も問題は無いのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「プランⅠ―A及びⅠ―Bの進捗は順調……皆、機体・武装に異常は無いかしら?」

 

「問題ない、全て順調だ。№2は別行動だが……2人の王の内、1人でも確保すれば我らの勝ちだ」

 

「ドゥーエ姉様の分は私が頑張りますから大丈夫です、前線は任せてくださいな♪」

 

「となれば後は私達次第か。姉妹揃っての作戦はこれが初めてになるが、ノーヴェ、ウェンディのフォローはこの姉に任せておけ」

 

「私は能力的に単独行動が多くなるだろうけど、近くにいれば助けに行くよ。でもセッテ達は大丈夫か? 武装の完成から4日なかったけど」

 

「大丈夫ですセイン、動作チェックで出た不具合は小規模な物まで全て修正済みですので」

 

「僕も大丈夫。騎士ゼスト達はもう出たの?」

 

「戻って来てないからそのまま出たんだろ、ドクター嫌われてるみたいだからな」

 

「例の特殊部隊の連中も出てくるかな、戦闘機人として撃つべきものは撃つけど」

 

「ディエチも真面目っスねー。まぁ、あたしとしては個人的にやり返したい奴がいるんスけど」

 

「姉様方の足を引っ張らない範囲でお願いします、ウェンディ」

 

 

 闇に響く11の声、内容を無視すれば……仲の良い大家族の会話のようにも聞こえるかもしれない。

 1番から、2番を抜かして、12番まで。

 そしてその11の声の上に、1つの声が落ちる。

 

 

「相変わらず仲が良いね、キミ達は。実に素晴らしい」

 

 

 ドクター、と11の声が唱和する。

 その11に、質の違う1つの声が告げる。

 

 

「さぁ、我々のスポンサー氏にとくと見せてやるとしよう……我らの思いと、研究と開発の成果を。そして」

 

 

 ――――私達の夢、私達の世界。

 自由な世界を、襲い、奪い、勝ち取ろう。

 その言葉に、11の娘達が応じて――――。

 

 

 何もかもの終わりが、始まる。

 

 


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