魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第12話:「査察官、奔走する」

 ――――時空管理局、最高評議会。

 議長、書記、評議員の3者によって構成される管理局の最高意思決定機関。

 組織図的には、評議会を頂点に本局と地上本部がその下にある形になっている。

 そのため地上本部と本局は同格扱いで、これがいわゆる「陸と海の対立」の原因だとされている。

 

 

 そして、最高評議会の3人の姿を直に見た人間はいない。

 新人の中には伝説の三提督がそれと勘違いする人間もいるくらいで、一方で管理局発足以来代替わりしていないなどと言う噂もある。

 いずにせよ、管理局の中でも最も謎が多い組織なのだ。

 

 

「平時には局の運営に口を出さない……はず、なんだが」

 

 

 地上本部食堂、相変わらず不味いリゾットのような何かを食しながら、イオスはそんなことを呟いていた。

 周囲は食事時のためか人が多いが、やはり彼の周囲には人はいない。

 最近は、実は自分の人格に問題があるのかと思うように……いや、それは今は関係ない。

 

 

「……それが、ルーテシアの件に関しては口を出して来た、か」

 

 

 正直、今まで最高評議会など気にしたことが無かった。

 評議会は表に出て来ることが無い、大半の職員が関係することなく退職していくのではないだろうか。

 実際、平時には動くことが無い組織だからだ。

 

 

 それが、何故かルーテシアの件では動いて来た。

 それもかなり強引な手法で、強引さは焦燥の現れでもある。

 そう考えるなら、ルーテシアが持つどの情報が焦燥を呼んだのか……誰の?

 この数日、イオスはそのことについて調査を進めている所だった。

 

 

「相席、よろしいでしょうか」

「え……あ、ああ、どう……」

 

 

 不意に声をかけられて、イオスは表示枠を閉じて顔を上げた。

 すると、自分を見下ろす理知的な瞳が見えた。

 

 

「……ぞ」

「ありがとうございます」

 

 

 淡々とした口調でそう言うと、理知的な瞳の女性がそのままイオスの向かいの席に座った。

 短い茶色の髪に眼鏡をかけた、首都防衛局の青制服を着た女性だ。

 女性にしては身長が高く、しかも腰の位置が高いのでタイツに覆われた脚線美が眩しい。

 階級章は……三佐、イオスよりも上だ。

 

 

「これは失礼しました、三佐殿」

「いえ、お願いしたのはこちらですから。気にしないでください、査察官」

 

 

 イオスが姿勢を正すとそんな返答が返ってくる、役職が知れたのは制服のせいだろう。

 階級を鼻にかけることなく、食事の内容は下っ端達と同じリゾットのような何かだ。

 正直に言って美味とは言えないそれを、その女性は黙々と素早く口に運んでいる。

 

 

「……あまり、女性の食事風景を凝視する物ではありませんよ」

「あ、は……失礼しました。ただ、その……食べるの、早いですね」

「忙しいので、自然と早くなりました」

 

 

 しばらく、トレーとスプーンの音だけが響く。

 イオスが一口食べる間に、相手は三口は食べている。

 むしろ、良く噛んで食べているのか聞きたくなってくる速度だった。

 

 

「ご馳走さま」

 

 

 そしてイオスよりも早く食べ終わった、本当にちゃんと噛んでいるのだろうか。

 まぁ、余計なお世話かもしれないがとイオスは思った。

 

 

「……査察官こそ、仕事熱心ですね」

「え?」

「先程も表示枠を開いていたでは無いですか、仕事熱心で感心します」

「あ、ども……」

 

 

 ぺこりと頭を下げると、相手は眼鏡に手を添えてそれに応じた。

 その際、照明を反射して眼鏡の向こうが見えなくなる。

 

 

「熱心なのは良い事ですが、熱心すぎて無理をしないように。最近は人事部も小言が多いので、余計な仕事を増やすのも控えるべきでしょうね」

「……はぁ」

「……それでは、失礼を」

 

 

 そう告げて、あっさりとイオスの横を通り過ぎる形で女性はどこかへ行ってしまった。

 それを横目に見送りつつ、イオスはリゾットを口に放り込んだ。

 ふーむ、と、リゾットの相変わらずの不味さに顔を顰めつつ。

 

 

(虎の尾を踏んだかね、こりゃ……)

 

 

 などと考えて、残りのリゾットはトレーごと持って一気にかき込んだ。

 うむ、不味い。

 そうしてモグモグと口を大きく動かしながら、勢い良く立ち上がる。

 奇妙な目を向けて来る他の職員を無視して、空のトレーを持ってイオスは歩き出した。

 

 

 今日は外回り、予定が山積している。

 最高評議会のことや事件のこと、しなければならないことは山のようにある。

 事実を追いかけて真実へと達するために、イオスは今日も走るのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 時空管理局本局、次元の狭間に浮かぶ巨大質量空間。

 4月に地上の査察部に配属されてからは以前程に頻繁に訪れることは無くなったが、それでも事件捜査のために来ることはあった。

 そして今日、イオスは何人かの人間の下を訪れるために本局を訪れているのだった。

 

 

「すみません、お時間作って頂いちゃって」

「良いのよ、私も久しぶりに貴方に会えて嬉しいもの」

 

 

 そう言って柔らかな微笑をソファに座るイオスに向けるのは、リンディ・ハラオウン……数年前まで、イオスの養い親だった女性である。

 イオスにとっては今も母親同然の存在であって、頭が上がらない存在だ。

 今も立場が下なイオスのために時間を作り、しかもお茶を淹れてくれていたりする。

 不謹慎ながら、ちょっとワクワクしているイオスだった。

 

 

(いや、なんつーか……最近、また綺麗になってるような……?)

 

 

 コポコポとお湯を急須に注いでいるリンディの背中を見つめながら、イオスはそんなことを考えた。

 高級局員の青制服はそのままだが、階級も地位も上がっている……何しろ総務統括官だ。

 ただ照明の光に映える緑の髪や瞳、肌の白さや張りは衰える所か増しているようにすら見える。

 実母は病でやや容姿が心もとないためか、余計に綺麗に見えるのかもしれない。

 あるいは、単純に……。

 

 

「……? どうかしたの? じっと見たりして」

「い、いや、別に何も……」

 

 

 半笑いのような表情で誤魔化すイオスに柔和に微笑んで、リンディはイオスの向かいに座った。

 そして、お盆から懐かしいお湯呑みをイオスの前に置いてくれる。

 それはイオスが以前使っていた物で、大事にとっておいてくれたらしい。

 しかもすぐに使える状態にしてくれていると言う所が、何だか擽ったかった。

 

 

 さらにイオスが嬉しかったのは、リンディが手ずから湯呑みの中に角砂糖とミルクを入れてくれたことだった。

 それは、イオスにとって酷く懐かしい気持ちにさせられる物だ。

 ……流石に、本局の応接室を勝手に和室に改造することはできなかったようだが。

 

 

「うおぉ……あ、ありがとうございます! うわっ、久しぶ……あ、すみません、興奮しました」

「うふふ、良いのよ。私も昔に戻ったみたいで楽しいもの」

 

 

 懐かしそうに語るリンディに、イオスはまた擽ったい気持ちになった。

 何と言うか、きっと一生頭が上がらないんだろうな、と思う。

 敵わない、と言うか。

 

 

「さぁ……それで」

 

 

 ひとしきり懐かしんだ後、リンディはイオスを見た。

 今日はイオスの側からアポイントをとっての訪問だ、だからリンディは聞く側である。

 イオスは久しぶりにリンディのお茶を飲み、唇を湿らせた後に話を始めた。

 

 

 今、彼が調査している事件のこと……その中で起きた事実と、違和感。

 それらをリンディに話し、ぶつけて、そして感触を得る。

 どこか昔に戻ったような気持ちで、イオスはリンディに相談した。

 これからの、ことを。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 リンディと話した後、イオスはさらに別の部署を訪れていた。

 時空管理局人事部、そこにいる人間で知人と呼べる人間は実は1人しかいない。

 その人物を訪ねるために、イオスは執務室の扉を叩いた。

 

 

「悪いわね、ちょっと今バタバタしてるから……」

「いえ、押し掛けたのはこっちですし、レティさんが多忙なのはしょうが無いですよ」

「ありがとう。それで、話って何かしら? イオス君が来るなんて珍しいわね」

「ええ、実は……人事の面から調べてほしいことがあって」

 

 

 そう、レティ・ロウラン提督の執務室である。

 かつては本局運用部に所属し、現在は人事部の役職持ちとして本局全体の人事を司る存在だ。

 リンディと同じ内勤の青制服は昔のまま、リンディ程では無いにしても――イオスの主観なのでアテには出来ないが――若々しさを保った妙齢の女性である。

 

 

 緩やかにウェーブのかかった紫の髪を首の後ろで束ねて背中に垂らし、時折黒縁の眼鏡に白い指先を添えながら目前の大量の表示枠を捌いて行っている。

 机の上は書類だらけだ、良く整理されているのが性格を表しているようだ。

 そんな彼女の前に立つ形で、イオスはレティと話をしていた。

 内容は、先にリンディに話した内容と同じだ。

 

 

「……なるほど、貴方の仮説はわかったわ」

 

 

 イオスが話し終えた後、レティは一つ頷いてまず理解を示してきた。

 

 

「けれど、決定的な証拠があるわけではない……そうね?」

「はい、あくまで状況証拠と推測から出た予想の一つです」

「予想と言うより、期待に近いわね。そんな程度のことに人事部は動かせないわよ?」

「はい、だからレティさんに頼みに来たんです」

 

 

 ぴたり、と、レティは表示枠を操作する手を止めた。

 眼鏡の縁を指先で押して、六課にいる息子――彼女自身、六課の後見人だ――と同じ瞳を彼に向ける。

 その視線は、マジマジとイオスの顔に注がれていた。

 

 

「俺の仮説は、確かに予想とか期待とかのレベルです。でもマジだったらヤバい、そう言う類の話です。だから、一つの部署を動かして大々的にやるわけにはいかない。俺は今日、レティさん個人に協力をお願いに来たんです」

「……私とリンディの……あるいは、貴方のお母様との友誼(コネ)に期待して?」

「正直に言えば、期待してなかったわけじゃないです」

 

 

 ぬけぬけと言い切るイオスに、レティは呆れたような視線を向けた。

 イオスは困ったような笑みを見せると、真剣な顔になってレティの机に両手を置いて頭を下げた。

 

 

「お願いします、手伝ってください」

「…………ふむ」

 

 

 顎先に白手袋で覆った指先を自分の顎に添えた、そして椅子の背もたれに背中を預けて目の前で頭を下げている若者を見る。

 こうしてイオスに面と向かって個人的に頭を下げられたのは、何年ぶりだろうか。

 それにレティ自身、クロノと同じく息子のように思わないでも無い男の子でもある。

 

 

 執務官を諦めるとなった時は、進路相談に乗ってあげたこともある。

 頑張って査察官試験に受かった時は、我が事のように喜んだものだ。

 しかし、それとこれとは別だ。

 頭を下げれば何かが通るような、そんな甘い話では無い。

 

 

「……調査や捜査、と言うことなら、やはりその程度の根拠では動きようが無いわ」

「……そうですか」

「でも、そうね」

 

 

 椅子を横に回転させて、イオスから表情を隠すようにする。

 

 

「世間話程度に、局内の噂や流行りを話すことくらいは出来るわ。それで、構わないかしら?」

「……はいっ」

 

 

 明るい顔で頷くイオスに、レティは嘆息する。

 それは、はたして単純な友人の息子に対してか。

 それとも、何だかんだで甘い自分に対してなのか……それは、彼女にもわからなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「うぃーっス」

 

 

 次いでイオスがやって来たのは、本局で今最も多忙と噂されている部署だった。

 本局、無限書庫。

 螺旋状に縦に無限に続く本棚の群れ、無重力の中を舞う本と駆け回る職員。

 相変わらずの光景のそこを、イオスは誰の案内を受けるでもなく進んだ。

 すると……。

 

 

「お、いたいた」

 

 

 目的の人物を見つけて、イオスは笑みを浮かべた。

 薄い緑を基調とした衣服を纏った、長い金髪の青年の姿がそこにある。

 無数の表示枠に指先を走らせながら、たまに寄ってくる職員(気のせいでなければ、女性が多い気がする)に指示を出しつつ、たまに腕を振って本棚から本棚へと資料を移動させている。

 

 

 普通なら声をかける所だが、イオスはそうしなかった。

 代わりに、右手をそっと掲げた。

 するとどうだろう、その次の瞬間そこに小さな子供の顔がぽすんっと入った。

 一見、赤髪の小さな女の子にアイアンクローをかましているように見える。

 

 

「……ちっ」

「舌打ちしやがったよコイツ」

「イオスっ、会いたかったよ!」

「耳と尻尾を無くしてから来いや」

 

 

 その後グズグズのやり取りがあってから、ようやく前進の力を緩めた相手の顔からイオスは手を離した。

 その際、毛がたっぷりの犬の尻尾を振られてイオスは顔を顰めた。

 この使い魔、相も変わらず嫌がらせとしか思えない。

 

 

「アンタ、相変わらず私がダメなんだねぇ」

「違う、犬が嫌いなんだ。断じてお前がダメなんじゃない、自分が俺より上みたいな……オイやめろその目線」

 

 

 やれやれ、しょうのない子だよ……とでも言いたげなアルフの視線に、イオスはこめかみをヒクつかせる。

 いったい何の権利があって、この犬っ娘は自分をそんな上から目線で見ているのか。

 10歳くらいのボディなので、実は見上げて来ているわけだが。

 

 

「てーか、何でお前がいるんだよ。エイミィの育児支援はどうした」

「今日は朝からお母さんに海鳴のお茶っ葉持ってきてくれって頼まれててさ、急に何かと思ったよ。まぁ、そのついでにユーノの手伝いさ」

「……そ、そうか」

 

 

 何だか気恥かしいので、そこは深くは掘り下げないようにするイオスだった。

 ちなみに、アルフが言う「お母さん」とはリンディのことである。

 

 

「あ、イオスさん。すみません、お待たせしてしまいましたか?」

「ああ、いや。今来た所だから」

「何だかクロノとエイミィみたいだねアンタ達」

 

 

 恐ろしい事を言わないで貰いたい。

 

 

「あはは……それで、今日はどう言った件で?」

「ああ、やっぱ歴史ならお前だと思ってさ。ちょっと、旧暦150年くらいから今までの管理局のことを調べてほしいんだ」

「旧暦150年……? 良いですけど、具体的には何を?」

 

 

 怪訝な顔をしつつ、それでもイオスの頼みを聞いてくれるユーノ。

 そんな彼に感謝しつつ、イオスはユーノに調べてほしい内容を説明したのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あー、流石にこうも立て続けだと流石に疲れるな……」

 

 

 無限書庫から移動した先は、次元航行部隊の艦艇が接舷しているドックだった。

 特に今イオスが見上げているのは、局の保有する鑑定でも大型のXV級次元航行艦だ。

 黒く艦体が塗装されたそれは、イオスがかつて乗っていた『アースラ』よりも遥かに大きい。

 その艦の名は、『クラウディア』。

 

 

「……なんつーか、腹立つくらい最新鋭の艦に乗ってやがんな」

「まぁねぇ、すっかり置いて行かれたイオスとしては悔しいよねぇ」

「ぶっ飛ばすぞおま……え……ってオイ」

 

 

 本局の通路の窓から外の空間に存在している『クラウディア』を見ていたら、いつの間にか隣に人が立っていた。

 薄茶色の髪はそのままだが、ポニーテールでは無い。

 以前はそこにあった幼さはもう失われて、どちらかと言えば大人の女性らしい落ち着きが見える。

 ただ、その笑みはどこか士官学校の頃を思い出させる物だった。

 

 

「ルイーズ……か?」

「自信無さげに言わないで欲しいなぁ、一緒にお仕事した仲でしょ?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 

 かなり久しぶりに会った気がする、具体的には『アースラ』を降りて以来かもしれない。

 ただ、ルイーズは数年前に比べて随分と変わった。

 髪型もポニーテールはやめて、むしろ切って、今は肩先程度のボブショートだ。

 

 

「髪型、変えたんだな」

「いや、28になってポニーテールは無いでしょ」

「今お前はリンディさんを敵に回した」

「え、何で?」

 

 

 ちなみに、通路を通る他の職員に聞こえないよう小声で話している。

 何故かと言うと、現在のルイーズの制服の階級章がイオスよりも上の三等空佐の物だったからだ。

 流石に、これで同格に話せるわけが無い。

 

 

「何? クロノに用事?」

「ああ、ちょっとな」

「ふぅん……」

 

 

 ちら、と視線をイオスの方に流して、ルイーズは意味ありげな相槌を打つ。

 

 

「クロノ、今お客様の相手してるみたいだよぉ」

「そうなの?」

「うん、機動六課からの」

 

 

 ぴくっ、と反応したイオスの片眉をルイーズは見ただろうか。

 それについてはわからないが、何となく沈黙が続いた。

 ……沈黙を破ったのは、ルイーズの方だった。

 

 

「最近、うちの部署の人達が気にしてる話があってねぇ」

「話?」

「うん、ここ3か月くらいかなぁ……ミッドチルダで騒乱が減少してる。例外は『レリック』関連だけ、以前なら首都でも次元犯罪があったのに……最近は、本当に減ってる。あっても地上部隊が対処できる範囲でねぇ」

「良い事じゃねぇか」

 

 

 騒乱が減ると言うことは、治安が安定していると言うことだ。

 それが地上本部の手柄か本局の仕事かはわからないが、結果としてそうなっているのなら喜ぶべきことだろう。

 しかし、イオスの隣に立つルイーズは首を傾げて。

 

 

「……どうかな」

 

 

 と、妙に低い声で呟くのだった。

 どうやら、それで会話は終わりらしかった。

 ルイーズはイオスの肩を叩くと、ヒラヒラと手を振りながら歩いて行った。

 

 

「久しぶりに話せて嬉しかったよぉ、クロノにもよろしく言っといてねぇ」

「……ああ」

「結婚式いつやるのって、聞いといてくれるぅ?」

「まだやってなかったのかアイツ!?」

 

 

 まさか、本気で全員の休暇が合うのを待っているのだろうか。

 そんなことを思いながら、イオスはルイーズの後ろ姿を見送るのだった。

 ――――「脅威対策室」、大規模テロや小規模戦乱の鎮圧を担当する部署の黒制服を着た同期生を。

 

 

 その後、イオスは予定通りに『クラウディア』を訪問した。

 するとルイーズの言っていた通り、艦長は来客中だと言う。

 それでも確認を取ると通して良いとのことだったので、案内されるままに応接室に。

 そして扉が開かれた時、イオスがまず目にしたのは。

 

 

「……何で、俺の行く所行く所にいるかな」

「やぁ!」

 

 

 これでもかと言うくらいの笑顔で、ケーキ片手にイオスに手を振っているヴェロッサだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 クロノの会っていたお客様とは、ヴェロッサだけでは無かった。

 ルイーズの言っていた機動六課からの客人、つまりはやてとティアナだった。

 ……はやてはともかく、何故ティアナがいるのかはイオスにはわからない。

 

 

「まぁ、顔見せみたいなもんや。な?」

「はい」

「ふぅん……」

 

 

 とりあえずその説明に頷いて、イオスはヴェロッサに肩を押される形で応接室の長椅子に座った。

 クロノと向かい合う形、そしてはやての隣である。

 なお、出口側はヴェロッサが座って塞いだ。

 嫌な予感しかしなかった。

 

 

「俺は権力には屈しないぞ」

「また意味のわからないことを言う奴だな……まぁ、良いさ。それで、いったい何の用だ?」

「ああ、エイミィとの結婚式はいつやるんだ?」

「ぶふぉっ!?」

 

 

 げほっ、げほっ……と咽せるクロノを、端の方に座っていたティアナは華麗に見ないことにした。

 上官のミスに見て見ぬ振りをするのも、下の立場の物には必要なのだと彼女は六課で学んでいた。

 

 

「ああ、それは僕も気になるなぁ。籍入れてもう4年だよね?」

「せやねぇ、エイミィさんずっと待ってると思うよ?」

「お、お前達まで……!」

 

 

 よほど苦しい位置で咽せたのか、涙目になりながらクロノがイオスを睨む。

 いや、イオスとしては三等空佐の言い付けを実行しただけである。

 なので、彼はアンニュイな表情を浮かべて肩を竦めるのだった。

 

 

『……何だ、はやてやヴェロッサには聞かせられない話なのか?』

 

 

 流石は幼馴染と言おうか、それでもクロノはイオスの意図を呼んだらしい。

 個人通信の念話で確認してきた彼に、イオスも念話で返す。

 

 

『まぁ、聞かせられないって言うか。まだ推測の域を出ないから話せないってだけだよ』

『何だ? 改まって』

『んー、いや、最高評議会が六課の仕事に口出ししてきたのは知ってるよな?』

『……ああ、はやてから聞いた』

 

 

 ちらりと横を見れば、クロノやヴェロッサと会話するはやての横顔が見える。

 話題は六課が受けた臨時査察の話らしい、イオスは噛んでいないが、地上の査察部が来たらしい。

 まぁ、査察官は横の連帯が少ないので、詳しい事はイオスも知らない。

 その会話を行いながら、クロノとイオスは同時に念話を続けている。

 

 

『最高評議会がわざわざ機動課の仕事に口出してきたってのが、どーしても納得いかねぇ。そこで、俺は今までの事件と絡めてちょっとした仮説を立てて見た』

『仮説?』

『ああ、『ジュエルシード』の流出とミッドの密輸急増、それと『レリック』とガジェットの事件、そして地上本部の軍備増強計画と最高評議会の口出し、そう言うのを証拠無しで無理矢理纏めた仮説だ』

『……何とも、頼りなさそうな話だな。だが預言のこともある、聞かせてくれ』

 

 

 そもそも、イオスが六課や108部隊と関わりを持ったのはミッドへの質量兵器の密輸からだった。

 その輸送中ガジェットに襲われ、密輸品に同乗していた『レリック』から六課との関わりが始まった。

 そしてガジェットの大規模生産と……密輸品が生体ポッドの部品に転用されていたこと。

 加えて、地上本部の質量兵器導入……予算もなく、どう実現するか。

 どこで研究し、開発し、実験し――――実用化しているのか。

 

 

『一連の密輸は、地上本部が噛んでる可能性がある』

『……本気で言ってるのか?』

 

 

 イオスの疑問に対して、クロノはまず幼馴染の神経を疑った。

 彼が来る前、ヴェロッサとの会話の中で地上本部の話題が出た。

 そのトップ、レジアス・ゲイズ中将には黒い噂があるのは事実だが……地上の守護者であるには違いないと、クロノはヴェロッサにそう言ったのだ。

 

 

『考えてみてくれ、あんな大規模に……そしてこれみよがしに、『テレジア』や地上部隊に簡単に発見されるような密輸が今年に入って何件起きた? 10件や20件じゃきかない、そして発見された密輸品……質量兵器の素材は、どこに運ばれる?』

『それは……もちろん、地上本部だ』

『書類じゃ運ばれた密輸品は、東部の基地に一括管理されてることになってる。だけどそこは誰も入れない、地上の限られた要員だけだ。なら、そこに確かに保管されてると誰が言える……?』

 

 

 まして、あの女の子……ヴィヴィオの入っていたと見られる生体ポッドの部品は、イオスが運んだ質量兵器の部品と型式が一致した。

 これは、偶然だろうか――――単純に、局が捕捉できなかった密輸品なのか?

 イオスには、偶然とは思えない。

 何故なら。

 

 

『最高評議会が介入してきたって時点で、俺は管理局……地上本部か本局かは知らん。だがとにかく、管理局が何か後ろ暗い事をこの一連の事件でやってると確信した』

『……確かに、評議会が噛んでくるのはおかしな話だとは思うが』

 

 

 表の話題は、すでにカリムの『預言』の話になっている。

 地上本部へのテロ行為の可能性について、六課の前線メンバーにどこまで説明するかについてだ。

 どちらの話題も重要だが、イオスの提起する地上本部……いや、管理局の疑惑については背筋が寒くなるような話だ。

 

 

『そして、どこかで大量生産されてるガジェット……『レリック』の回収理由はわからねぇ、だが流出した『ジュエルシード』が内臓されてたってことは、『ジュエルシード』は『レリック』内臓の予行演習か何かだったんじゃねぇのか……?』

『……お前、まさか』

『仮説だよ、まだ。何の証拠も根拠も無い』

 

 

 それで一通りの説明は終えたと言うことか、イオスは目の前に置かれた紅茶に口を付けた。

 それを見ながら、クロノは唖然とした感情を胸の内に宿していた。

 何故なら、彼の幼馴染はこう言っているからだ。

 

 

 ガジェットの生産者は、地上本部(あるいは管理局全体)では無いのか?

 

 

 ……と。

 あり得ない、と、言い切れないのが何とも苦しい。

 実際、地上本部は現在『アインヘリアル』に代表される兵器を大々的に導入している。

 だが、本局側の奢りと言われればそれまでだが……クロノは、地上にそれだけの兵器開発技術があるとは思えなかった。

 

 

(しかし現実に建造は進んでいる、だから地上本部も大した物だと思っていたんだが……)

 

 

 だが仮に地上本部がガジェットの開発――つまり質量兵器や魔力兵器――と実用化を行っているのであれば、その技術力にも納得は出来る。

 素材は、ミッドに運び込まれる大量の密輸品だ。

 何しろ密輸品は発見されれば無料で(当たり前だが)地上本部に運ばれる、そしてそれが確かに保管されていると言っているのは地上本部の側だ。

 

 

『……20年以上も前から、地上側は装備と予算の不足を訴えていたが……』

『……戦力補充には、うってつけだよな』

『いや、だが……しかし』

 

 

 あくまで仮説、今はイオス1人が疑っているに過ぎない。

 しかし、それは違うと言い切れるほどにクロノは管理局と言う組織を潔癖とは思っていない。

 

 

『……ヴェロッサに、地上本部周辺を調べて貰っている所だ』

『流石だな、キナ臭いと思ったんだろ?』

『ああ……だが、お前ほど過激な意見を持っていたわけでは無いよ』

 

 

 どちらかと言うと、『預言』のような事態に対する地上の反応を知りたかったのだ。

 しかし、もしイオスの仮説が正しいとすれば。

 

 

『まぁ、証拠があるわけじゃなし。俺の勘違いってことも十分にあり得る。だからさっきリンディさん達に会って、確認のための協力を仰いで来た』

『それで、僕にも……か』

『ああ、次元航行艦部隊の方面から調べてほしい。地上本部と、あと最高評議会』

 

 

 相手が大きすぎる、そう思わないでも無いが……。

 

 

『……わかった、調べてみよう。事実だったらコトだから、慎重に』

『頼む』

『……繰り返すが、はやて達には?』

『んー、とりあえず今日、フェイトには相談しようと思ってる。地上本部云々は抜いて、ギンガさんと共同捜査してる密輸の件について。局内に横流しの形跡があるか無いか、管理はどうなってるか、法務方面で助けて貰おうかと……その結果次第かな、そうすれば自然と重なってくるだろうし』

『ふむ……』

 

 

 一つ頷いて、クロノはイオスの隣に座るはやてを見た。

 『預言』のことや六課のこと、『闇の書』のこと……いろいろなことを背負っている後輩を見る。

 そして、地上本部のゴタゴタに首を突っ込もうとしているらしい査察官の幼馴染を見る。

 ……溜め息。

 

 

(どうして、お互いだけを巻き込まないようにする所だけ同じなのか……)

 

 

 呆れてしまう、しかも2人とも、自分に確証の無いことについて相談に来ているわけである。

 まぁ、イオスの方が人使いが荒いが。

 だがその分、何故かイオスは大丈夫だろうと思えてしまうのは付き合いの長さか。

 問題は……はやてだろうと、暗い気持ちで思う。

 

 

「あ、ところでさ。今日お師匠達にも会いたかったんだけど……最近、連絡取れないんだよ。何か知らないか?」

「リーゼ達か? ……さぁ、僕も何も聞いていないな」

 

 

 ヴェロッサがティアナをどこかに連れ出した後……クロノ、イオス、はやての3人だけになった時、イオスがリーゼ姉妹のことを聞いて来た。

 何でも、彼女達に会いたかったらしい。

 ただ、今はある事情でクロノも彼女らには連絡が取れない状態だった。

 

 

 そして、リーゼ姉妹の話題が出た時……はやての表情が、一瞬だけ翳った。

 それは本当に一瞬で、目の前の青年達に気付かせることは無かった。

 ……だからこそ深刻なのだと気付いているのは、いったい、誰だろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『クラウディア』で己の仮説をクロノに話して、ようやくイオスは一息つけた。

 しかし実は予定はまだ終わっていない、六課行きを含めてまだ3件残っている。

 今日は、一段と忙しい日だった。

 

 

「じゃあ、私、今日は六課に戻らんとそのまま直帰やと思うから。皆によろしくな」

「失礼致します」

 

 

 はやては柔らかく、ティアナは固く――何かもう、目が反抗的――別れの言葉を述べる。

 何故か握手を求められたので、イオスははやての手を握った。

 肉付きの少ない、それでいて柔らかく小さな冷たい手だった。

 これが数十人の部下の命を預かる部隊長の手だと言うのだから、何とも言えない。

 

 

「……ほな」

「ああ」

 

 

 照れたようなはやての微笑を瞼に焼き付けつつ、転送ポートの前で別れた。

 何事かを考えながら頭を掻き、転送されていくはやてとティアナを見送る。

 それから彼は、もう一つの艦へと足を運んだ。

 その艦は、『クラウディア』より小型だが『アースラ』よりは大型のX級次元航行艦だ。

 

 

「ようこそティティア君、何だか久しぶりな気がするね」

「ああ、突然押し掛けて申し訳ない」

「いやいや、キミとボクの仲じゃないか。それにエミリア以外はキミを今でも艦の仲間だと思っているからね、いつでも大歓迎さ」

「……アイツ、いつかマジで査察してやろうか」

「ティティア君、査察官がセクハラ発言は不味いと思うよ」

「どこが!?」

 

 

 艦長の応接室、そこでイオスはもう1人の同期生に会った。

 言わずと知れた、ハロルドである。

 肩下に垂らした萌黄色の髪の20代後半の女性、いつも通りの黒縁眼鏡をかけている。

 

 

 次元航行艦部隊では中堅に位置する彼女は、ある意味でクロノよりも次元航行艦部隊の実情を見ていると言える。

 そんな彼女にも、イオスは協力を仰ぎに行ったわけであるが……。

 

 

「うーん……ボクも協力したいのはやまやまなんだけど」

 

 

 リンディやクロノ達に話した内容とほぼ同じ――まぁ、『預言』やら教会やら六課については彼女に対しては省いているが――で、それを聞いた彼女は、まず困ったように眉根を寄せた。

 応接室の柔らかなソファに細い身体をすっぽり収めて、難しい顔をして腕を組む。

 その表情は、いつもの柔和な笑みでは無く苦悶に満ちていた。

 

 

「最近、騒動は減ったんだけど……密輸阻止の任務が多いんだ。たぶん、この間キミに輸送をお願いした質量兵器を確保した時、空港で地上部隊と揉めたのが不味かったんだと思う」

「地上に口を出させないように、水際で止めろ……ってことか」

「うん、だから今ボクが地上の問題について調べるのは……秘密裏でも、ちょっと不味いんだ。ごめん」

「いや、そう言う事情なら仕方ないさ」

 

 

 2年間『テレジア』に乗って、イオスはハロルドがどれだけ艦長として身を張って艦と人を守っているか知っている。

 だから彼女がそう言うのも理解できる、むしろ当然だろう。

 中堅だからこその、苦労だ。

 

 

 イオスとしても、ハロルドや『テレジア』の立場や任務を阻害したいわけでは無い。

 だから彼は頷いて、ハロルドの言葉を受け入れる。

 ハロルドは本当に申し訳なさそうに両手を合わせて。

 

 

「ごめん、でもボクの方でも密輸の件でいろいろ話は聞くから。そこから気になる情報をそっちに回すよ、ボクとしても関わりの無い事件じゃないからね」

「ああ、それで十分だ。悪いな、無理を言って」

「いやいや、ボクの方こそ大した力になれなくて……それに」

 

 

 ふわりと眼鏡越しに目を細めて、ハロルドは微笑した。

 

 

「同期だからね、艦長としてはともかく、個人としては出来るだけ助けになりたいからさ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「よろしかったのですか?」

「んー?」

 

 

 イオスを艦の外に送り届けて戻ってきた副官にそう尋ねられて、ハロルドは曖昧に声を上げた。

 長い後ろ髪と短い横髪、出身民族の独特な髪型をもう何年も維持している女性、エミリア。

 彼女は自らが仕える艦長に静かな瞳を向ける、その艦長は何やら爪にキューティクルオイルを塗っている所だった。

 

 

「いえ、ティティア一尉に協力しないで良かったのかと」

「何、実はティティア君のことが気になってたりするのかな?」

「それはあり得ませんが」

 

 

 一刀両断だった。

 それがおかしかったのか、ハロルドはクスクスと笑いながら爪の保護のためのオイルを塗り終えた手にふっと息を吹きかけた。

 

 

「ただ、査察官研修の際は積極的に受け入れていたのに。今回に限って……と、気になりまして」

「んー、まぁ、査察官研修受け入れの時は、いろいろこっちも美味しかったしね」

 

 

 椅子に深く座り直しながら、ハロルドは執務卓の側に立つエミリアを見上げるようにして。

 

 

「ボクは別に、ティティア君やハラオウン君の味方ってわけじゃないから」

 

 

 出世したいしね、と言う上官に、エミリアは「なるほど」と頷いて見せた。

 ハロルドがそう決めたのであれば、エミリアにはもはや何も言うことはできない。

 ただ、配属と同時にハロルドから貰った眼鏡を指先でそっと押すくらいだ。

 

 

 ――――ハロルド・リンスフォード。

 新暦61年度、士官学校ミッドチルダ本校の第58期上位卒業生、当時「ハラオウン組」と呼ばれたメンバーの中で唯一、生命にも地位にも経歴にも傷を負っていない女。

 彼女は静かに指を組み、机に肘を置いて目を細める。

 その視線の先に、彼女は何を見ているのだろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 本局での用事を済ませた後は、ミッド地上での外回りである。

 尋常で無く、今日は忙しい。

 慌ただしいと言って良いくらいだ、ちなみに明日も明後日も忙しい。

 しばらく、休めそうに無かった。

 

 

「ま、苦労は若い内にしといた方が良いからなぁ」

「そんな他人事みたいに……」

 

 

 次にやってきたのは、陸士108部隊である。

 その部隊長室、108部隊の協力を得て進めている密輸事件捜査についての報告にやってきたのだ。

 それは当然ギンガの捜査案件に絡むので、ルーテシアの件も含めての情報交換である。

 

 

 一通りの情報交換が終わった後、イオスの疲れを察したのかゲンヤがからかうような言葉をかけた。

 イオスとしては苦笑するしか無いが、実際、ゲンヤの方がイオスの何倍も管理局で経験を積んでいるのである。

 それこそ、若い時に苦労をしたのだろう……クイントのことも含めて。

 

 

「しかし、地上本部の密輸品転用の可能性なぁ。確かに俺ら陸士は、取り締まった密輸品を本部に輸送して集めるけどよ……」

 

 

 地上本部の不正の可能性、経験を積んでいるからこそ、無いとは言い切れない。

 ただ密輸の摘発を得意とする108部隊にとって、その密輸品を届けた後に横流し・流用されていると言うのは不愉快極まりないだろう。

 それは要するに、不正のために都合良く使われていると言うことだからだ。

 

 

「……本当だとすれば、これ程俺達陸士を馬鹿にした話は無いだろうよ。っても、証拠は無いんだろ?」

「はい、証拠集めはこれからです。ですが、一応頭の片隅に置いておいて頂けると……」

「ああ、わかった。こっちでも何かあったら教える」

「お願いします」

 

 

 ぺこり、と頭を下げて来るイオスに、ゲンヤは天井を見つめながら深く息を吐いた。

 それはとても深い息で、煙草を吸っていれば白煙が机の前に立つイオスにまで届いたかもしれない。

 どうやら、イオスの言う地上本部の不正の可能性の他に何か気になることがある様子だった。

 

 

 視線を追いかければ、ゲンヤの目は机の上の写真立てに向けられているように思う。

 気になりはしたものの、イオスは自分が踏み込んではいけない領域だと感じていた。

 とはいえ視線の端を見つけられたのか、ゲンヤは苦笑して。

 

 

「ああ、いや、すまんな」

 

 

 そう言って、ゲンヤはイオスへと視線を戻した。

 それから、何かを考え込み……決めて、イオスに。

 

 

「お前さん、この間……ルーテシア、だったか? その娘っ子を捕まえた時に、えーと……変な女共と、戦りあったんだよな?」

「はい、ギンガさんからは……?」

「ああ、聞いてる。うちの娘達が世話になったな」

「いえ、むしろ助けて貰ったくらいです」

 

 

 イオスの言葉に、ゲンヤは「そうか」と頷いた。

 娘の話が出たからか、やや表情が和らいだ気がする。

 

 

「それで、なんだが……その女共な、あー、お前さんは知ってるのか?」

「何をですか?」

「えー、アレだ。その、うちの女房が……」

 

 

 その時、部隊長室の扉がノックされた。

 ゲンヤはイオスに視線で断りを入れてから、扉を開けた。

 すると入室してきたのは2人の女性で、イオスも面識のある人間だった。

 1人はギンガ、そしてもう1人が……。

 

 

「失礼致します、部隊長。本局のマリエル技官をお連れしました……あ」

「失礼します……って、イオスさん? 何でここに」

「マリーさん?」

 

 

 マリエル・アテンザ、第六技術部の技術主任である。

 外に跳ねるボブカットの緑の髪に、内勤の青制服の上に白衣を羽織った女性士官だ。

 イオスにとっては、『テミス』と『カテナ』の整備士でもある。

 どうやら、ゲンヤに用があって来たらしい。

 

 

「えーと、じゃあ俺はこのへんで失礼します。今日は……」

「ああ、良い良い。そのままお前さんもここにいてくれ、これからこの間のことを話すんだよ」

「え?」

 

 

 ゲンヤのその言葉に目を丸くしたのは、ギンガとマリーであった。

 

 

「父さ……じゃない、部隊長、まさか」

「良いんですか?」

「ああ、と言うより、もう戦闘までしちまったら無関係じゃねぇんだ。知らないまま捜査を続けて、また遭遇したらコイツが危ない。むしろ、知っといた方が良いだろ」

 

 

 ……何だか良く分からないが、自分の知らない所で大事な何かが決められているような気がする。

 それはもちろん、先日戦闘を行った少女達についての情報があるなら得たいが。

 ただ、実の所それよりも。

 

 

「…………」

 

 

 どこか不安そうに揺れるギンガの瞳が。

 妙に、印象的だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――戦闘機人。

 人間の身体と機械を「融合」させた存在であり、鋼の駆動骨格、知覚機関、人工筋肉……遺伝子操作とリンカーコアの操作によって驚異的な先天固有技能と身体能力、魔力を得た「超人」である。

 素体培養から始める人造魔導師と並んで、禁忌とされている技術で生み出された人間。

 

 

 ギンガとスバルの母、そしてゲンヤの妻クイントが仲間と共に追っていたのがその事件だ。

 記録では8年前、クイントの所属部隊が戦闘機人プラントを摘発し終結したことになっている。

 後送されたクイントと部隊員以外の幹部は消息を立ったため、殉職扱いになっているが……。

 

 

(戦闘機人、ねぇ……)

 

 

 六課隊舎に向かう車の中、イオスは腕を組んでうーむと考え込んでいた。

 先程、108部隊の隊舎でゲンヤとマリーから説明された情報を頭の中で整理しているのだ。

 まぁ、考えても考えても頭がおかしいんじゃないかと思う。

 いったい、誰が何を望んで始めたことなのだろうか……数十年の歴史ある研究らしいが。

 歴史と言うのは、良い事も悪い事も積み重ねると言う証左かもしれない。

 

 

「一尉……イオス一尉? 到着しましたよ?」

「……あ、ああ! 有り難う、助かったよ」

「いえ、私も出る所でしたから」

 

 

 陸士108部隊から六課の隊舎までは、ギンガと一緒に108の車に乗せてもらった。

 何だか送ってもらってばかりで申し訳ない気もするが、今回はゲンヤが乗って行けと言ったので好意に甘えさせてもらった。

 運転手にお礼を言って下りると、同じく後部座席に乗っていたギンガも下りて来て。

 

 

「それでは、失礼します」

「ああ、ご丁寧にどうも」

 

 

 隊舎入り口で敬礼を返して別れる……はずだったが、その段になってギンガの様子が少し変なことに気付いた。

 彼女は車に乗って目的の場所に向かうはずだが、どうしてかまだその場に立っていた。

 

 

「あの……さっきのお話なんですが」

「話?」

「……戦闘機人の」

 

 

 そこまで言って、ようやくイオスははたと気付いた。

 戦闘機人に関する事件は、ギンガにとっては特別な意味を持つだろう。

 何しろ、クイントの……母の携わっていた事件なのだから。

 それも、命を落とした最大の要因。

 

 

 かつて『闇の書』事件で父が死に、母が病んだイオスとしては……無視はできない。

 無視はできない、そう言う事情だ。

 とは言って、だからイオスに何が出来るのかと言う問題でもある。

 何をどうした所で死んだ者が返ってこないのは、いつかの女科学者が挑戦するまでも無くわかりきっていることだから。

 

 

「え……っと。どう、思われました? 彼女達について」

「そう、だな……まぁ」

 

 

 彼女達、と言うのは、先日戦った少女達のこと。

 マリーの調査で、彼女達は戦闘機人の特徴を備えていることが確認された。

 何故マリーが戦闘機人の知識を備えているのかはわからないが、とにかくそうと断定された。

 つまり、クイントが終えたはずの事件はまだ終わっていないのだ。

 

 

「まぁ、何にしろ……捕まえなくちゃならない次元犯罪者、だろ。俺達が管理局員である限りは、あの連中の罪状は見逃せないわけだから」

「……そう、ですよね。仰る通りだと、私も思います」

 

 

 ――――何かを、言葉を、間違えた。

 その時にギンガが浮かべた笑顔に、何故かイオスはそんな気分になった。

 ただその時に感じた感覚は、言うべき言葉を間違えた時特有のそれだ。

 そして、それが何かはわからない類の。

 

 

「……えーと、せっかくだから妹さんに声かけていけばどうだろう」

「え? あー……いえ、やめておきます。訓練で疲れてると思いますし」

 

 

 露骨に話題を逸らした自分が、酷く情けなく思えるイオスだった。

 そして再び敬礼して、ギンガは108の車で去って行った。

 イオスは六課の隊舎の前で、それを見送ることしか出来なかった……。

 

 

 ……いつまでもそこに突っ立っていても仕方ないので、イオスは六課の隊舎の中に入って手続きを済ませようと振り向いた。

 するとそこに、さっき話題に登った少女がいた。

 隊舎の陰に隠れて、何やら気配を殺して。

 

 

「……何やってんだ、お前」

「ふぇ!? うわっ、見つかっ……じゃなくっ、し、しし、失礼しました!」

「いや、別に良いけどよ……」

 

 

 訓練着姿のスバルが、そこにいた。

 本当に何故いるのかと思ったが、ランニングの帰りか何かなのだろう。

 それにしても、別に隠れる必要は無かったと思うが。

 

 

「そこにいたんなら、ギンガさんが来てたの知ってただろ? 声でもかけりゃ良いのに」

「え、あー……何と言うか、声かけにくい雰囲気だったって言うか……」

「は?」

「い、いえっ、そのっ、ギン、じゃなく、あ、姉とはまた改めて話しますから! 大丈夫です!」

「そ、そうか」

 

 

 何故か必死でそう言われて、イオスは気圧されたように頷いた。

 髪色と瞳は似ているのに、性格はまるで違うのでギャップが激しい。

 まぁ、個性と言うものだろうし……姉妹の話に首を突っ込むのもアレだ。

 

 

「えーと、フェイト執務官がどこにいるかわかるか?」

「え、ああ、はい。この時間なら、たぶん宿舎に戻ってると思いますけど……」

「そうか、ありがとう。風邪引くなよ」

「あ、はい」

 

 

 ヒラヒラと手を振って、イオスはスバルを置いて歩き出した。

 部屋番号などは管理人あたりに聞くなり、表札を見れば良いだろうとタカをくくっていた。

 その背中を見送りながら、スバルはポツリと呟いた。

 

 

「……なのはさんとヴィヴィオもいると思うんだけど……ま、いっか」

 

 

 スバルは、細かいことは気にしないタチだった。

 特に、最終的にはどうとでも纏まるだろうと予想できることに対しては。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 隊舎から程々に離れた場所に、六課の職員寮は存在する。

 下士官や一般職員は、基本的に2人1部屋の集合寮の部屋を使用している。

 例えばフォワードのスバルとティアナは同室であり、共同生活を営んでいる。

 

 

 しかし隊長クラスなど高級将校は扱いが異なり、1人部屋や1戸建てクラスの大部屋を使用することが出来る。

 まぁ、大部屋を1人で使うような神経の持ち主はなかなかいないが。

 シグナムやグリフィスなどが前者であり、そしてフェイトはと言うと。

 

 

「……ここって本当に職員寮か?」

 

 

 と、疑いたくなる程、その部屋は立派だった。

 立派と言うか……下手を打つと、クラナガンのイオスの実家よりも凄い気がした。

 部屋と言うよりは、はやての部隊長室に近い間取りになっている気がする。

 アレに二階部分をつけて住居風にコーディネートすれば、こうなる、みたいな。

 

 

 広いリビングルームには大きなテーブルと、何人座れるのかもわからない――10人は行けそうだ――緑のソファ、観葉植物にクリスマスツリーになりそうなモミの木などがあり、ソファの後ろにはスイッチ一つで透度を変化させられるガラスが壁一面に張られて湾岸の景色を一望できるようになっている。

 もちろん生活空間であるので、洗面所やトイレ、浴室やキッチンなども完備だ――どれも広く、キッチンなどは少し型が古いが立派なシステムキッチンである。

 

 

「なぁフェイト、ちょっと言って良いか?」

「え、何?」

「…………マジか」

「え、何? 何がマジなの?」

 

 

 マジか、と、イオスは心の中でもう一度言った。

 何だこの格差は、これが高級将校で役職持ちの特権だと言うのだろうか。

 自分も今は同じ立場なはずだが、それでも生活に格差を感じるのは何故だろう。

 ……給料の4割くらいが母の介護で消えるからだろうが、別にそれは気にしていない。

 

 

 ちなみに今、イオスはガラスを背にしたソファに座っている。

 その隣、制服のスカートとブラウス姿のフェイトが表示枠を前にビックリした顔をイオスに向けていた。

 おそらく、イオスの先程の言葉の意味がわからなかったのだろう。

 

 

「はーい、お茶お待たせー」

 

 

 その時、空気を変えてくれたのはなのはだった。

 パタパタとスリッパの音を心地良く響かせて、トレイに乗せたマグカップをイオスとフェイトの前に置いてくれる。

 甘い香りが漂うそれは、薄いキャラメル色の飲み物だった。

 何となくいろいろな気持ちを飲み込みたくて、イオスはそれに口をつけた。

 

 

「……美味いな、コレ」

「そうですか? ありがとうございます。お母さん仕込みのキャラメルミルクです」

「なるほど、母の味か。つまり俺にとってのリンディさんのお茶みたいな物か」

「いや、まぁ……うーん」

 

 

 心の中で何か複雑な物を感じたのか、なのはは困ったように眉根を寄せつつ笑うと言う器用なことをした。

 ちなみに寝る前だったのか、フェイトと違ってなのはは制服姿では無かった。

 膝丈の薄桃色のパジャマだ、生地が薄くだぼっとしていながら身体のラインがうっすらと出ている。

 髪がサイドアップなままなのは、ベッドに入る際に解くつもりなのだろう。

 

 

 なお、実はイオスはなのはのパジャマ姿を見るのは初めてでは無い。

 イオスがまだ海鳴のハラオウン家にいた頃は、フェイトの家――つまりイオスの家――に良く泊まりに来ていた彼女だ。

 ……まぁ、それは彼女が中学生くらいまでの話だが。

 流石に19歳の女性を相手にジロジロ見るのもアレなので、なるべく視線を向けずに……。

 

 

「……って」

 

 

 何となく流してしまっていたが、そこでイオスは凄まじい違和感に気付いた。

 

 

「高町さん?」

「今は就業時間外なんで、なのはで良いですよ?」

「いや、そこは今どうでも良くて」

 

 

 良くないですよーと軽く拗ねてみせるなのはは可愛らしいが、しかしそうでは無く。

 

 

「……何で、ここにいるんだ?」

「え、だからお茶を」

「いや、そうでは無く……ここ、フェイトの部屋だよな?」

「私の部屋ですよ?」

「…………おぅ?」

 

 

 軽く混乱するイオス、助け船を出してくれたのは隣に座るフェイトだった。

 言って無かったっけ、と前置きを置いて。

 

 

「私となのはは同室なんだよ、イオス。流石にこんな大きな部屋を私1人じゃ使えないよ」

「あ、ああ、そうか。そうだよな……うん」

 

 

 キョロキョロと改めて部屋を見渡すイオス、なるほど、同室か。

 初耳だったが、そこは事前調査が行きとどかなかった自分のせいと思うことにする。

 そこでふと視線を上げると、2階部分が目に入った。

 短い階段の上、黄色の手すりの向こうに微かにベッドが1つだけ見える。

 

 

「えーと、他にベッドルームがあるのか? まぁ、同室って言ってもプライベート空間って言うのは必要だもんな、人間だし」

 

 

 イオスとしては、軽い世間話のような調子だった。

 流石にこれ以上部屋があるとは思えないが、もしかしたら2階部分に奥行きがあるのかもしれない。

 あるいはシングルベッドが2つあるとかだろう、そう思っていた。

 が、返ってきた答えは予想の斜め上を行く答えだった。

 

 

「……? ベッドルームは1つだけだよ、イオス。私となのは、同じベッドで寝てるから」

「へぇそうなのか、同じベッドで、えええええええええええええええええええええ!?」

「うわビックリしたぁ!? いきなり大きな声出さないでくださいよ、イオスさん」

「いやお前ら、だっ……て、えええええええええええええええええええええ!?」

 

 

 なのはとフェイトが両手で耳を塞いで「うるさい」アピールをしてくる、しかしイオスはそれ所では無かった。

 聞けばダブルサイズのベッドが1つあるだけと言う、枕は大きな枕を共用だと言う――昔、エイミィとのデートで店員に勧められたようなアレ――イオスが受けた衝撃は、計り知れない物があった。

 

 

 19歳の女性が、同じベッドで枕を同じくして眠る。

 あり得る……のだろうか、いや確かになのはとフェイトは昔から行き過ぎなくらい仲が良かったが。

 それともイオスが知らないだけで、女性の間では良くある話なのだろうか、ルームメイトと一緒に寝ると言う行為は。

 イオスもクロノと部屋を共用していたが、しかし一緒に寝たことは無い。

 

 

(え、マジか。やべーよクロノ、エイミィ、俺達の義妹が大変なことに……!)

 

 

 しかし、まだまだこんなものでは無かった。

 彼は次の瞬間、さらなる衝撃を受けることになる。

 具体的には、彼の大声で目を覚ましてしまった存在……。

 

 

「……ぅゆ……」

 

 

 それは、本当に眠たげな声だった。

 顔を上げれば、その存在はそこにいた。

 まさに今まで話題になっていた2階のベッドから下りてきたそれは、小さな女の子だ。

 大きなシャツをパジャマ代わりにした金髪の女の子、紛れも無くそれは先日保護した女の子で。

 

 

「ヴィヴィオ?」

 

 

 反応したのはなのはだ、彼女はぱっと立ち上がると女の子……ヴィヴィオの所へ駆けて行って抱き上げた。

 妹や娘を相手にするように、優しい手つきで抱っこする。

 ヴィヴィオも、母にそうするようになのはの胸元に顔を押し付けながら。

 

 

「……なのは、ママ……」

「ごめんね、うるさかった?」

 

 

 ……なのはママ。

 ――――なのはママ!?

 

 

「ぅえ」

「イオス、ちょっと静かにして」

 

 

 再度叫ぼうとしたら、フェイトに口を塞がれた。

 モゴモゴと揉めた後、離れた。

 その間に意識がよりはっきりしてしまったのか、ヴィヴィオが目を擦りながら何かを探すようにキョロキョロと首を動かして。

 

 

「フェイトママは……?」

「あ、はいはい。ここにいるよー?」

 

 

 パタパタ……と、呼ばれたフェイトもヴィヴィオの所へ。

 取り残されたイオスには、もうどうすることもできない。

 ただなのはが抱っこするヴィヴィオの髪を、フェイトが優しく梳いている姿を見ることしかできない。

 何故かアットホームな雰囲気を醸し出す3人に、部外者なイオスは何もできない。

 

 

 と言うか、アレである。

 言っても良いだろうか、と、イオスは心の中で誰かに告げた。

 そして。

 

 

「……マジか」

 

 

 なのはママ、フェイトママ、と言うヴィヴィオの幼い声をBGMに。

 イオスは、そう呟いた。

 

 




あけましておめでとうございます、竜華零です。
旧年はお世話になりました、本年度も竜華零の作品をよろしくお願い致します。
お正月ということで、本日から3が日の間はストックを吐き出す意味も込めて連続(つまり3日連続)投稿の予定です。

今回は仕込みの回ですね、ヴィヴィオのシーンを増やしたいという事情もありました。
次回も込みかもですが、いよいよ陳述会編。
きちんとお届けできるよう、頑張ります。

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