魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第11話:「査察官、預言」

 

 ――――ミッドチルダの夜、星空を見上げる山の中。

 その中で、1人の男と小さな光の玉が向かい合っていた。

 光の玉は、赤髪に蝙蝠の羽根を持つ妖精のような存在だった。

 

 

「ゼストの旦那、頼むよ! ルールーを助けてやってくれよ!!」

「…………」

 

 

 赤い妖精――――アギトは、大きな木の幹に背を預ける大男に向けて何かを必死に訴えている。

 男は、ゼストと言う名前らしい。

 ボロボロのコートを纏った黒髪の、壮年の男性だ。

 彼は目を閉じ、腕を組んで……静かに、アギトの話を聞いていた。

 

 

「旦那ぁ!!」

 

 

 焦れたように叫ぶアギト、その周囲に火が灯って周囲を照らす。

 彼女の感情の爆発に合わせて、周りの火属性の魔力素が反応するのだろう。

 それに急かされたからか、ゼストと呼ばれた男が目を開ける。

 思慮深く、何か大きな物を秘めた瞳がアギトを捉えた。

 

 

「……ルーテシアは、管理局に捕らえられたのだな?」

「そうだよ! 早くしないと何されるかわかんないんだよ!!」

 

 

 ゼストはアギトの言葉に頷くと、星の海が広がる夜空を見上げた。

 その眉は微かに顰められており、何事かを考え込んでいる様だった。

 人が見れば、苦悩していると言うことも出来るだろう。

 

 

「だが……」

 

 

 事実、その声はどこか苦渋に満ちていた。

 

 

「だが、このまま局に保護させた方があの子のためになるのではないか……?」

「保護ったって、犯罪者としてだろ!?」

 

 

 彼女達の話題は、昼間に管理局に捕らえられた少女のことだった。

 アギトは救出に行こうと訴え、ゼストは悩んでいる、そんな様子だった。

 その時、そんな彼らの前に大きな表示枠が展開された。

 そこに映っているのは、紫の髪の白衣を着た男だった。

 ちなみにその顔を見た瞬間、2人は嫌な物を見たと言うような表情を浮かべた。

 

 

『ルーテシアが心配かな? 騎士ゼスト、そしてアギト』

「……何の用だ」

 

 

 大仰な仕草で話しかけて来る男に、ゼストは侮蔑を隠さない。

 しかし相手はそれをまったく気にしていない様子で、にこやかな――何故かそう受け取れないが――笑顔を浮かべて、両腕を広げた。

 

 

『だが安心してほしい、彼女についてはすでに手を打ってあるよ』

「何をした?」

『そんな、人聞きの悪い事を言わないで貰いたいな。まぁ、とにかく……大丈夫と言っておこうかな。任せておいてくれたまえ…………ふふふ、ふふふふふふ』

 

 

 表示枠の中で肩を震わせ、最後には声を上げて嗤う男。

 ゼストとアギトは、それを嫌な物を見るような目で見つめ続けていた……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 廃棄都市区画での戦いから、1日が過ぎた朝。

 その日のイオスの仕事は、陸士108部隊のギンガの下を訪ねることだった。

 昨日はかなり動いたため、てっきりかなり疲れが残っているかと思ったのだが。

 

 

「おはようございます、イオス一尉」

「おーぅ、おはよう」

 

 

 疲れなど微塵も無く、肌のノリも良いギンガがそこにいた。

 まさか若さの差だろうか、25と17の差だろうか。

 そんな馬鹿なことを考えながら、入り口で出迎えられたイオスはギンガに連れられて隊舎内に入っていった。

 

 

 もはや勝手知ったると言う物、通路で擦れ違う人間とも普通に挨拶を交わす。

 そのまま部隊長室に行くと、同じくすっかり顔見知りな部隊長に挨拶をする。

 ゲンヤは座ったまま敬礼のような仕草をして、年季の入った笑みを見せてきた。

 

 

「よっ、昨日は随分と暴れたらしいじゃねぇか」

「はい、ギンガさんが大暴れでした」

「ほほう、気になるねぇ」

「や、やめてください、2人とも」

 

 

 などと言う会話をした後、イオスとギンガは会議室に入って昨日の戦闘のこと等を確認する。

 その中には、回収した『レリック』のことと……そして、昨日イオスが捕らえた少女のこと。

 現在、『レリック』は地上本部のラボに、ルーテシアは機動六課において軟禁状態にある。

 

 

「今日はこれから、六課の方に?」

「まぁーな、俺の捜査案件に関わってるかもしれないわけだし」

「そして、うちの案件にも……ですね」

 

 

 イオスの案件、機動六課の案件、陸士108部隊の案件……加えて、『テレジア』の案件。

 これらの案件が複雑に絡まっているのが、現在の状況なのだった。

 そしてその視線は、六課が預かるルーテシアと言う少女に注がれている。

 

 

 実はルーテシアの拘留先については、関係者の間で火種になりつつある問題だった。

 地上本部のような場所ならともかく、部署での拘束……つまり取り調べとなると、主導権を巡って揉めることもある。

 イオスとしては揉めたくは無い、が、仕事と言うのはそれだけでは何とも出来ない時があるのだった。

 

 

(あの、地面に潜れるってー能力持ちの奴も気になるしな……)

 

 

 どの程度の能力なのかは不明だが、しかし脅威であることは間違いない。

 はたして、どうなるかはまだ不透明だ。

 だからこそ、ルーテシアの身柄の置き所には気を遣わなければならない。

 

 

「それと、例の生体ポッドの件ですが……」

「ああ、ラボの方で解析してるんだろ?」

「はい、結果についてはもう数日かかるかと」

 

 

 ギンガと調査班が調べていた――おそらく、例の保護した女の子の入っていた――生体ポッドやガジェットは、すでに地上本部に運ばれて解析を受けている所だった。

 保護された女の子は、何故か聖王医療院と言う聖王教会系列の病院に検査入院した。

 管理局系列の病院に入れれば良いだろうに、そこでどうして聖王教会なのかはわからない。

 

 

「あ、それで……例の女の子については何か?」

「ああ……」

 

 

 保護された女の子は、人造魔導師計画の素体である可能性が高い。

 それは、あの生体ポッドに付着していた液体と女の子の肌に付着していた液体――渇いていたとはいえ――が一致したからこそ言えることだった。

 あの生体ポッドで培養育成されたのが、あの女の子なのだった。

 フェイトと言う身内がいなければ、イオスもその事実に何かを思ったかもしれない。

 

 

「……その件について、実は今日聖王教会に呼ばれてんだ」

「聖王教会……?」

「その気持ちは良く分かる」

 

 

 どうして? とでも言うように首を傾げるギンガに、イオスは深々と頷いた。

 ちなみに彼も、ここでなぜ聖王教会が出て来るのかまるで理解出来ていない。

 しかも今朝、早朝から彼を呼び付けて来たのは彼の幼馴染と元上司である。

 

 

 つまり、クロノ・ハラオウンとヴェロッサ・アコースだ。

 その2人から、聖王教会の本部で昨日のことを報告してほしいと言われているのである。

 正直、行きたく無かった……と言うか本当に何故、聖王教会なのか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――機動六課にも、捕縛した犯罪者を拘留するための施設は存在する。

 『レリック』回収の際に犯罪者が関わることも十分にあり得るためで――それでも、基本的には地上本部か本局に護送するのだが――特に昨日は夕方に入ってから事件が収束したため、一時的に六課の隊舎に拘留することになったのである。

 

 

 ルーテシアと言う名の、その少女を。

 現在はデバイスを取り上げられ、衣服も六課で支給した物を着用している。

 具体的には、キャロの私服だったりするのだが……。

 

 

「……えっと、服のサイズとか大丈夫……?」

「…………」

「き、昨日は、良く眠れた……?」

「………………」

 

 

 そして今、そのルーテシアの取り調べを行っているのもキャロだった。

 同年代で、召喚士で、同性で……という条件を持つキャロなら、ルーテシアも比較的に警戒心を抱かないのでは無いか、と言う判断が働いていたのだ。

 最初は子供慣れしたフェイトが行っていたのだが、2時間無視された後にキャロが自分から申し出てくれたので、それに従ったのである。

 

 

「いやー、天下無敵の執務官も子供には勝てへんのやね」

「うぅ……面目ないです……」

 

 

 2時間無視された執務官、フェイトは項垂れながらはやての言葉にそう答えた。

 はやてとフェイトがいるのは、キャロとルーテシアのいる取り調べ用の部屋の隣室だった。

 壁に掲げられたモニターには、隣室の2人の様子が映し出されている……例によって、隣室からはやてとフェイトの様子を窺うことはできない。

 

 

「……でも、一晩調べてもあの子のことは何もわからなかった。本局のデータを見てもそうだけど、地上本部の管理局市民登録もされて無いし……血液検査や指紋掌紋は本人の同意が無いと出来ないから、魔力波長のチェックと」

「あの子のデバイス、やね」

 

 

 ルーテシアは何も喋らない、そしてこちらの調査へ協力要請も沈黙で答えている。

 拒否すらしないので、どうすることもできない。

 唯一期待できるのは、ルーテシアの持っていたブースト(タイプ)のデバイスだけだ。

 現在シャーリーが調査をしている所だが、難航しているようだった。

 

 

「何や、基礎構造に見覚えがある、みたいなこと言ってたけど……」

「本当に?」

 

 

 首を傾げるはやてに倣ってか、フェイトも首を傾げる。

 アンノウンの少女の持つデバイスに見覚えがある、と言うのは、確かに疑問が起こる内容だった。

 しかし、今はそれを考えても仕方が無いことだ。

 

 

「まぁ、現実問題、あの子のことだけ考えてもいられんしな」

「……そうだね」

 

 

 取り調べをキャロに任せて外に出る――進展は無いと判断した――と、ルーテシアとキャロのいる部屋の扉を守るように立っていたエリオに出会う。

 はやてとフェイトは柔らかに微笑んで彼の敬礼を受けて、そのまま歩いて行った。

 ……実際、彼女らには他にも考えなくてはならない問題が多数あるのだった。

 

 

 まず、ルーテシアの仲間と思しき数々の敵の存在だ。

 最低でもあと6人、おそらくはそれで全員ではあるまい。

 狙いは『レリック』か、それとも他の何かかはわからない。

 そして今は、組織的な問題もいくつか抱えているのだった。

 

 

「あの子の身の置き場所、とか」

「それもあるんやけどなぁ……」

 

 

 どこか遠い目をするはやて、理由は、地上本部の側からいろいろとちょっかいを受けているためだ。

 臨時査察、それがレジアス中将周辺の動きとして出て来ているらしい。

 昨日、クラナガン周辺をいろいろと騒がせたのも原因だろう。

 本局指揮下の部隊が自分達の縄張りを荒らしている、と。

 

 

 ……まぁ、元より受け入れて貰えるなどと期待してはいない。

 地上本部上層部では自分は犯罪者で通っているだろうし、それは背負わなければならない十字架だ。

 しかも陸士でありながら本局指揮下で部隊を作ったのだ、あからさまに見えても仕方ない。

 

 

「……イオスさんも、教えてくれてもええのになぁ」

「それは無理だと思うけど」

「そうやねぇ」

 

 

 自分で言っていて、確かに無理だと思う。

 何しろイオスは六課のメンバーでも無い、教える義理は無いと言うか……むしろ教えれば、地上の査察部に所属しているイオスの身が危うくなるだろう。

 なので、はやてとしてはそこはまるで期待していなかった。

 

 

「……ねぇ、はやて。これって査察対策でもあるんだけど」

「機動六課の設立目的?」

「うん、はやてが話してくれるまでは……って私もなのはも待ってたんだけど。査察になると、そうも言ってられないから」

「……そうやね、知っておいて貰わへんと面倒になるもんな」

 

 

 フェイトとしては、それでも待っていたい気持ちもあった。

 はやてが自分やなのは、仲間達を悪いようにするなどとは思っていないからだ。

 なのはもそれは同じで、六課への違和感もフェイトと同じように感じている。

 それでも待とうと、はやてが話してくれるまで待とうと思っていた。

 ……しかし、そうも言っていられない。

 

 

 今、査察が入ってシフト変更やら配置転換やらされたら、六課は機能不全に陥る。

 連座して108や他の協力部署にも迷惑がかかるだろう、それは避けねばならない。

 地上本部の査察はそれこそ厳しい、本局指揮下の部隊が相手となるとなおさらだ。

 その意味では、せめて隊長陣とは意思の共有を行っておく必要がある。

 

 

「……今日、聖王教会本部に行く。その時になのはちゃんと一緒について来てくれるか? 報告ついでにまとめて話すわ」

「ん、わかった」

 

 

 目を閉じて話すはやてに、フェイトもそれ以上は言わずに頷く。

 聖王教会と言う名前が出て来たのには少し驚いたが、しかし前々から関係性については聞いていた。

 機動六課の、後ろ盾として。

 そして、フェイトは……。

 

 

 

「やだぁ~っ! いっちゃやぁだぁ~~っ!!」

 

 

 

 ……何の騒ぎだろうか。

 突然響いて来た子供の泣き声に、フェイトは慌てて駆け出した。

 その背中を見つめながら、はやてはゆっくりと微笑んだ。

 

 

 優しい親友、頼りになる仲間、優秀な部下……そして、大切な人達。

 自分に優しい、そんな人達のことを思って、想う。

 ……さぁ……。

 

 

(さぁ……)

 

 

 ――――さぁ、がんばって、うそをつこう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「お待ちしておりました、イオス査察官」

「やぁ、久しぶり。アグスタの時はお世話さまだったね」

 

 

 ミッドチルダ北部、ベルカ自治領……聖王教会本部。

 イオスは正直あまり来たことが無い、と言うか、普通は管理局員は来ない場所だ。

 外回りの仕事があると言うギンガに公用車で送って貰ったイオスは、教会本部の立派な門の前で1人のシスターと1人の白スーツの男に歓待された。

 1人は言わずと知れたヴェロッサ・アコース、そしてもう1人が……。

 

 

「お久しぶりです、お元気でしたかヌエラさん」

「お気遣いありがとうございます、そちらもお元気そうで何よりです、イオス査察官」

「あれ? イオス君、僕のことは無視なのかい?」

 

 

 ベリーショートの髪のシスター服を纏ったその女性と、イオスは出会い頭に固い握手を交わした。

 それはもう、固い握手だった。

 制服姿の査察官と修道女の衣装を着た女性が固く握手をする姿は、シュールにも見えた。

 彼女はシャッハ・ヌエラ、騎士カリムの秘書兼護衛のような存在である。

 この2人、実ははやての特別捜査官の初任務の時以来の知人なのであるが……。

 

 

「うん? 何だい、2人して僕を見て」

 

 

 ……イオスがヴェロッサと出会ってからは、関係性が増した気がするのだった。

 理由は、推して知るべし。

 

 

「で、何の用だよ」

「んー、説明するのは僕じゃなくてカリムだから。ちなみに僕はこれから外回りに行くんだけどね」

「呼んどいてそれか、と言うかどーせサボリだろお前」

「ロッサ?」

「え、ちょ、今のは違うよねシャッハ?」

 

 

 イオスの言葉にシャッハが睨み、ヴェロッサが両手を上げてそれを留める。

 これだけで、この3人の関係性を物語っていると言える。

 まぁ、どこかの誰かのサボリ癖の被害を3年も被り続けていればこうなるわけである。

 しかしどうなろうとも、ヴェロッサが姿を消すのは常であった。

 

 

「はぁ……あ、失礼しました。こちらへどうぞ、イオス査察官。すでに他の方々は到着されておりますので」

「他?」

「はい、お聞き及びでは無いのですか?」

 

 

 まったく知らない、と言う顔をするイオスにシャッハが溜息を吐く。

 それから軽く謝罪の言葉とヴェロッサへの物騒な発言をした後、少し説明をしつつ教会本部の中を歩く。

 洋風の造りの通路は、ミッドチルダ式とは違う空間であることを教えてくれる。

 まぁ、それ以上に……。

 

 

「お前らか……」

「あ、義兄さんだ」

「ふぇ、あ、ホントだ。昨日ぶりかな、イオスさん」

「遅いで~」

 

 

 騎士カリム――シャッハと同時期に出会った騎士の女性――の部屋に通された時、そこにいたのは5人の人間だった。

 イオスを呼んだ張本人であるクロノ、そしてフェイト・なのは・はやての六課隊長陣……そして。

 

 

「お久しぶりですね、イオス査察官。どうぞかけて、楽にしてください」

 

 

 などと言って微笑する長い金髪に紫のリボンを添えた女性、カリム・グラシア。

 もう違和感ありまくりな面々が大集合しているわけだが、ついでに言えばフェイトがなぜ仕事中に「義兄さん」呼びをしているのかとか、そもそもどうして聖王教会なのかとか、いろいろと言いたいことはあるが……まずはとりあえず、イオスには言わなければならないことがあった。

 

 

「何を呑気にお茶してやがんだ、お前ら……」

 

 

 イオスのその言葉に、今なのは達が飲んでいる紅茶を用意したシャッハは、イオスの傍らで扉を押さえながら苦笑するしか無かった。

 確かに、これはお茶会だった。

 ――――ただ、極めてキナ臭いお茶会になるだろうが。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――旧い結晶と無限の欲望が交わる地。

 ――――死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。

 ――――使者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち。

 ――――それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる。

 

 

「…………で?」

 

 

 それが、一通りの話を聞いた後のイオスの素直な反応だった。

 イオスがこの部屋に入ってからすでに30分が経過し、彼を含めた6人の人間が座る丸テーブルの周囲は遮音効果の付与された特殊なカーテンで仕切られて外界と隔絶されている。

 そんな中にあって、イオスはここに来たことをすでに後悔し始めていた。

 

 

「……今の話で全部だが、感想は?」

「お前ら癒着してんだろ」

「ズバリ言うな、お前は」

「貴方達は、癒着していますね?」

「言葉遣いを変えてどうする」

 

 

 久しぶりに直接会った幼馴染は、小粋に黒の将官服などを着こなしている。

 2児の父と言う立場がそうさせるのかは知らないが、昔に比べて柔らかさと沈着さを同居させるような雰囲気を放つようになったと思う。

 場所が違えばエイミィや子供達のことを聞きたい所だが、すでにそんな気分では無い。

 

 

 

 ……地上本部壊滅と、管理局システム崩壊の阻止。

 機動六課の設立は、つまる所そこに完結する。

 『レリック』回収と言うのは目的の一つには違いないが、あくまで表向きの物。

 その本質は、一言で言えば「時間稼ぎ」である。

 

 

「しかも発端が預言って……」

「あら、お信じになられませんか? と言っても、まぁ、良く当たる占いみたいな物ですけど」

 

 

 淑やかに言って微笑むのは、カリムだ。

 その笑みは8年前と変わらない、綺麗な笑みだ。

 しかし8年前もこの笑みでとんでも無い事態に人を巻き込んでいた、正直に言って信用ならない。

 が、どうやら管理局では彼女の『預言』が一定の信頼を得ているらしい。

 

 

 カリム・グラシアに現在の特別な地位――教会騎士団騎士、管理局少将――を与えているレアスキル、『預言者の(プロフェーティン・)著書(シュリフテン)』。

 半年から数年先の未来を詩文形式で現す技能、冒頭の詩がそれである。

 古代ベルカ語で記され、しかも解釈で意味がどうとでも取れる難解な詩文、さらに次元世界のどこかで起こる何かの事件をアトランダムに書き出すので場所の特定も出来ない。

 

 

「それでも、大規模災害の予測情報として本局上層部の人間は目を通す。傾向として教会や局に関係する事件が多いから、無視もできない」

 

 

 『預言』でなく「予測」、それならばまだ幾分か納得もできる……だろうか。

 それにしても物騒な予測である、そして機動六課はこれを防ぐために設立されたと言うのだ。

 理由は、地上本部が今のイオスのように『預言』に懐疑的だったためだ。

 本局や教会では一定の警戒が行われているらしい――クロノの艦『クラウディア』やハロルドの『テレジア』を含む艦隊の編成など――が、地上本部はそもそも信じていないので何もしていないのだとか。

 

 

 だから、本局や教会の意思で自由に動かせる陸上部隊が必要だった。

 教会には騎士団があるが基本的に自治領の外には展開できない、本局の艦艇・武装隊は地上では自由には動けない……そこで、古代遺失物管理部と言う部署の実験部隊として機動六課を設立した。

 「地上本部の壊滅と管理局システムの崩壊」が起こるような事態になった時、本局・教会、そして地上本部の援軍が来るまで現場を持たせる「強力な戦力」……。

 

 

(……本気で言ってんのか、コイツらは……?)

 

 

 そこを図りかねて、イオスは顎先に指を添えて考え込む。

 どうも、納得できない何かを感じる。

 違和感、そう、違和感だ。

 

 

 はやてが、なのはとフェイトに「黙っていてごめん」と言って謝罪している様子を見ても……何故だろうか。

 本当のことを、全て話されたような気がしない。

 もちろん、必要な情報をある程度制御するのは良くある話だ。

 だがこれは、そう言う物とは違う気がする。

 

 

「……ちなみに、この話にはかの三提督も噛んでいる」

「三提督……?」

 

 

 クロノの言葉に、イオスは片眉を上げる。

 三提督と言えば、あの管理局黎明期を支えた「伝説の三提督」以外にはいないだろう。

 レオーネ・フィルス法務顧問相談役、ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥、ミゼット・クローベル本局統幕議長……今や名誉職に追いやられてはいるが、しかしシンパは多く影響力は強い。

 そんな3人が、機動六課の設立と運営に噛んでいるとなると。

 

 

(……マジで、「ガチ」ってことか)

 

 

 目の前で起こったことを重視する現実主義者としては、正直『預言』などと言う物を信頼はしたくない。

 しかしレアスキルには、そう言う「あり得ない」物が存在するのも確かだ。

 そして同時に言えば、伝説の三提督やクロノ……義母のリンディまでもが六課を貢献していると言う現実も認めなければならない――――が。

 

 

「イオス……?」

「ん~……」

 

 

 眉間に皺を寄せて考え込むイオスに、フェイトが心配そうな視線を向ける。

 なのはもはやても、似たような……いや。

 はやての瞳は、どこか別の感情に揺れているように見えた。

 

 

(いや、でもコレ……どう考えても癒着、だよな? いや局内でも内々の処理とか談合とかはあるわけだが、もしかして六課の活動資金の出所って教会か……?)

 

 

 正直、ここまでの規模の癒着となると受け止めきれない。

 問題なのは、表向きの理由と筋はある程度通っていて、しかも関係者が不正を行っていない所だ。

 事実上の癒着だが、しかし不正では無い。

 非常に、困る系統の問題だった。

 と、言うより。

 

 

「……私が呼ばれた理由が、わからないのですが」

「私達は友人ですから、普段通りの口調で大丈夫ですよ」

「お気遣いだけ頂いておきます」

 

 

 上司にタメ口を許される部下の気持ちを考えてから言って欲しい、イオスはそう思った。

 おそらく、ティアナあたりならわかってくれるだろう。

 なのはやフェイトは無理だ、おそらく。

 

 

「正直、査察官としては問題にしたいくらいです。突っ込み所が満載ですし……何より、私には関係しない話のように思います、何故、私をここに?」

「それは……」

「それは、昨日の事件で大変お世話になったからです」

 

 

 イオスの疑問に答えようとしたクロノの言葉に割り込んで、はやてがそう告げた。

 それに、イオスは片眉を上げる。

 はやてが、上官であるクロノの言葉を遮ったことに対する反応だ。

 そんなことをする人間ではないはずだが。

 

 

「件の生体ポッドや、査察官に保護して頂いた召喚士の少女……これだけ関わって、まさか蚊帳の外に置くこと何て出来ません。だから今日お呼びして、いろいろと説明したかったんです」

「…………なるほど」

 

 

 それもまた、一応は筋の通った話である。

 ただイオスとしては、微妙に納得がいかないことでもあった。

 それは、前々から思っていたことだが……。

 ……何故、そこまでしてイオスを六課に関わらせようとするのか?

 

 

 イオスには、それがわからなかった。

 はやてを見つめれば、返ってくるのは綺麗な笑みだ。

 その笑みの向こうに何かあるような気がして、しかしそれを見通すことが出来なくて。

 その場では、イオスは深く聞かずに頷いておくことにした。

 

 

(まぁ、いつかわかること……か)

 

 

 それは、ある意味では信頼と呼べる何かなのかもしれない。

 自分で調べれば良い、あるいはいつかは話す、表に出る……そう言う、彼女への。

 後輩への、信頼。

 

 

 しかし彼は、後にこの判断を後悔することになる。

 その後輩への深い信頼によって、彼は。

 取り返しようのない事態に――――陥ることになる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『あまり、はやてを責めてやるなよ、イオス』

『あん? ……って、顔近いなおい』

『うるさい、離れ過ぎるとはやて達に勘づかれるだろうが』

 

 

 夕方、会談が終わって……わざわざ門の前までイオス達を送ってくれたクロノが、別れ際にそんな念話を送ってきた。

 肩に手を置いて、当たり障りの無いことを話しながらの念話である。

 25歳の幼馴染のスキンシップとしては、普通の部類に入るだろうか。

 あえて言えば、フェイトはそんな2人を微笑ましそうに見ている。

 

 

『それより、はやても色々考えてのことだ。あまりグチグチ言ってやるなよ』

『グチグチ言ったことなんてねーだろ。八神さんが何か面倒くさいことを考えてんのは、見たらわかるんだよ』

『……お前、まだ名前で呼べてないのか』

『関係ないだろ!?』

 

 

 そして、イオスはクロノと別れた。

 車に乗り込み、聖王教会を後にする。

 後部座席の中から後ろの窓を見やれば、クロノがまだそこに立っている。

 妙に律儀な所は、何年経とうが変わらないらしい。

 

 

「……アイツ、バカだろ」

「変わらないよね」

「うーん、アレがクロノ君の良い所だから」

 

 

 隣のフェイトが、笑いながらそう言う。

 割と酷いことを言っている気がするが、何故かフェイトが言うと褒めているように聞こえるから不思議だ。

 ちなみに最後の台詞は、なのはによる物である……彼女は、イオスの隣に座っている。

 

 

 つまり、後部座席でイオスはなのはとフェイトに挟まれる形で座っているのである。

 何故こうなったかと言えば、座席を譲り合った結果だとしか言えない。

 イオスも六課に――と言うか、拘留されているルーテシアとそのデバイスに――用があったので、ならついでに一緒に行こうと言われたためだ。

 ……彼は、誠に情けないことに肩を窄めるようにして座っていた。

 

 

「……何、見てんだよ」

「いえ、別に……」

 

 

 バックミラー越しに苦笑していたのがバレたのか、運転手のシグナムが背筋を正した。

 それを見て苦笑するのは、助手席に座るはやてだった。

 本来なら後ろに座るべき階級だが、今日に限っては気が咎めたらしい。

 ……案外、イオスの隣に座りたく無かっただけかもしれないが。

 

 

「……なのはちゃん、フェイトちゃん、あとイオスさん、ごめんな」

「ううん、謝らないで良いよ、はやてちゃん」

「うん、情報は十分だから」

「俺をついでみたいに言うな」

 

 

 ああ、と、座席に深く背中を押しつけながらはやては息を吐いた。

 許されてしまった、あっさりと。

 胸を覆うのは、罪悪感。

 なのはもフェイトも、ましてやイオスは……彼女にとっては、命の恩人。

 同じく命の恩人であるクロノにまで、あんなことをさせて。

 

 

 何て、罪深いのだろうか。

 後ろの座席では、何やらなのはとフェイトが楽に座れば良いとイオスに言っている。

 イオスは壊れたラジカセのように「気にするな」と言い続けている、あの男は後輩に気を遣いすぎではないだろうか。

 

 

(私の命は……この人達への恩返しのために使う)

 

 

 後ろの座席からの喧騒を耳にしながら目を閉じて、胸元で揺れる剣十字に触れる。

 昔からの癖だ、何かを決断する時、決断を持続する時……彼女はそうする。

 眠る彼女との繋がりが、自分を勇気づけてくれると信じているから。

 弱さの、象徴。

 

 

(怒らんといてな、グレアムおじさん)

 

 

 リーゼ姉妹は、黙って自分に協力してくれた。

 守護騎士の皆には言っていない、六課の仲間にも言っていない、誰にも。

 1人で抱えて、彼女は静かに思考の闇へと沈む。

 

 

 ――――かつて、「闇」に沈んだその時のまま。

 彼女の心は、動いていないのかもしれなかった。 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……皆、帰りましたよ」

「そうですか」

 

 

 カリムの部屋に戻ってきたクロノは、窓の外を眺めるカリムの背中に声をかけた。

 ガラス映る彼女の表情は、晴れない。

 目を閉じて顔を伏せ、何かを後悔しているような表情だ。

 

 

「……クロノ提督、私には未来を見通すことはできません。私の力も、不完全な物でしかありません」

「……ええ」

「だから、この行動が正しいのか……わからないのです」

 

 

 それ以上のことは、カリムには言えない。

 聖王教会の人間であるカリムは、管理局の人間であるクロノに本心の全てを明かすことが出来ないからだ。

 それは、クロノにもわかっている。

 だから彼は静かに頷いて、同じように頷くに留めた。

 

 

(……イオス)

 

 

 はやての願いで行われた、今回の会談。

 だが、まだイオス達に告げていないことが確実に一つあった。

 地面に額を擦りつけて、泣きながら頼まれたたった一つの――――「嘘」。

 

 

『後生やから、お願いやから――――アレだけは、イオスさんに言わんといて』

 

 

 ならば何故、呼んだのか。

 決まっている、イオスの行動を防ぐためだ。

 目を逸らして、気付かせないためだ。

 だから、はやては。

 

 

 ――――願われて請われて、頷いてしまった2人。

 共犯者となった彼らには、もはや願うことしかできない。

 せめて、何もかもが手遅れて無ければ良いと……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 機動六課に到着した時、イオスは疲労困憊の極みに達していた。

 理由は語らないが、女性4人に対して男性1人で車に乗るのはかなりの精神力を擁したとだけ言っておこう。

 とにかく、疲れた……。

 

 

「ただいまー」

「あ……っ」

 

 

 そんな彼が再起動したのは、はやて達と共に機動六課のロビーに到着した時だった。

 そこにはテーブルについていたスバルとティアナがいて、何やらアニメを流していたらしい表示枠を前にこちらに敬礼してくる。

 まぁ、それは別に良い。

 

 

 問題は、その2人の間を擦り抜けて駆けて来た存在だ。

 薄桃の大きなシャツに身を包んだ、5歳か6歳くらいの金髪の女の子だった。

 フェイトとは質感の違う金糸の髪に、左右で色の違う紅玉と翡翠の瞳(オッドアイ)

 造り物めいた容貌の、小さな小さな女の子。

 それが、目に涙を浮かべながらなのはへと駆け寄って。

 

 

「ふぇ~……」

「ありゃりゃ、どうしたのヴィヴィオ? あ、2人ともありがとうね、ヴィヴィオは良い子にしてた?」

「あ、はいっ、とっても!」

「私には全然懐いてくれませんでしたけど……」

 

 

 明るい笑顔で力強く頷くスバル、子供に好かれそうだ。

 対してげんなりとした表情で溜息を吐くティアナ、子供に好かれなさそうだ。

 いや、それはイオスにとっては極めてどうでも良い、問題は。

 

 

「え、何でここにいんのコイツ……」

 

 

 と、言うことであった。

 ここは機動六課……管理局本局古代遺失物管理部機動六課である。

 断じて託児所でも保育園でも無い、念のために言っておく。

 素直に疑問を呈したイオスに、フェイトが困ったように眉根を寄せて。

 

 

「えっと、聖王医療院で検査が終わってから連れて来たんだよ。何か、なのはに懐いちゃったみたいで……」

「そうか……」

 

 

 言って良いか? と、イオスははやてに目で問いかけた。

 ええよ、と、はやては目で答えた。

 だから、イオスは言った。

 

 

「……常識で考えろよ、機動課の隊舎に子供置いて良いわけないだろ!?」

「え、エリオとキャロは……」

「スバル、黙ってなさい」

 

 

 実際問題、そんなことは聞いたことが無かった。

 任務で助けた子供を一時預かると言う例はあるが、しかしそれはあくまで局の保護施設に入れるまでのほんの半日程度の話である。

 この……なのはの言葉を信じるなら「ヴィヴィオ」と言う少女は、どう見ても違う様子だった。

 

 

 しかもこの女の子は、昨日保護したあの女の子だ。

 普通、もっと特別な場所に保護しておくのが筋だ。

 だと言うのに……『預言』やら設立目的やらの後にこれである、もう、これは査察官としての自分を挑発されているのではないかとすらイオスには思えた。

 

 

「……女性職員の雇用を支えるために、託児施設を隊舎内に設けるのは管理局法でも認められてることですよね?」

「いや、それはそうですけどね八神部隊長。それはあくまで……あ~」

 

 

 普通の子供の場合だ、と言う言葉を飲み込むイオス。

 それは言ってはいけない言葉だ、それに本筋とは関係が無い。

 ガリガリと頭を掻いて唸る彼を、はやては申し訳なさそうな顔で見ている。

 そんな顔をするなら、最初からこんなことをしないでほしいものだ。

 そして、せめて養子縁組でもしてから言ってほしい。

 

 

「あ~……うん?」

「……ぁ……っ」

 

 

 視線を感じて目線を下げれば、ヴィヴィオと言うらしい女の子がイオスを見上げていた。

 最も、イオスと視線が合うと怯えるようになのはの後ろに隠れてしまったが。

 ……別に、ショックだったりはしない。

 

 

 しかし実際、保護した女の子……ヴィヴィオを六課で保護するのは査察官として賛成できない。

 ならどうするのかという問題が出てくるわけだが、今の所代案は無い。

 反対するなら、代案が必要で……と、その時だった。

 

 

「なのはさん! フェイトさん! 皆さん!!」

 

 

 その時、ロビーに赤髪の少年……エリオが駆けこんで来た。

 息を切らせて、必死に駆けて来た様子だった。

 何事かと視線を向ける一同に、彼は告げた。

 

 

「大変です、ルーテシアさんが……ルーテシアさんが!!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ヴィヴィオが離れてくれないなのはを除くメンバーが到着した時には、すでに状況が動いていた。

 イオスは来る必要が無いと言えば無いのだが、しかし事がルーテシアのこととなればそうもいかない。

 なのでついて来たのだが、そこで……。

 

 

「あ、あのっ、待ってください……もうすぐ、隊長達がここに来ますから!」

 

 

 キャロが頑張っている、しかしそれ以上のことはできない。

 何故なら彼女の前には、厚い胸板を逸らして立つ黒服の男達がいたからである。

 キャロの小さな身体では抜けることは出来ず、キャロは胸元で手を握りながら眦を下げることしか出来なかった。

 

 

「キャロ!」

「あ、あ……フェイトさん! ルーテシアちゃんが!」

 

 

 後ろから響いた声にどこかほっとしたような顔を浮かべて、キャロは言った。

 

 

「ルーテシアちゃんを連れて行くって、この方達が!」

「何やて!?」

「……はぁ!?」

 

 

 声を上げたのは部隊の責任者であるはやてだった、無理も無い、自分の部隊の隊舎で自分の知らない動きが出ているのである。

 ちなみにそれは、ルーテシアの事情聴取のために六課までやってきたイオスも同様である。

 彼が視線を向けると、黒服達の間からその向こうを見た。

 

 

 すると確かに、拘束されたはずのルーテシアが普通に部屋の外に出されていた。

 枷も何も無い、まさに自由の身に見える。

 そしてそのルーテシアと手を繋ぐ形で部屋から出て来たのは、青の制服を着た若い女性だった。

 はやては目を細めると、責任者らしいその女性に向けて。

 

 

「機動六課課長、八神はやて二等陸佐です。どう言うことか説明してください」

「……ああ、部隊長様ですか。ご不在のようでしたので、勝手ながら先に容疑者の少女を護送させて頂く所でした」

「容疑者の……護送!? 何の話ですか、聞いていません!」

 

 

 はやての声に、その女性は特に何かを返すことは無かった。

 穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした動作で首を傾げる。

 傍らのルーテシアは手を繋ぐその女性を、無表情のままに見上げている。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 勝手にそんな……!」

「そのデバイスは、重要な証拠品なんですよ!?」

「グリフィス君、シャーリー!?」

「「八神部隊長!?」」

 

 

 その時、さらに状況が悪化した。

 やって来たのはグリフィスとシャーリー、彼らは掴みかかりこそしていないが……今にも掴みかかりそうな勢いで、何かの白いケースを持った黒服の男を追いかけていた。

 その男は、女性の所まで来るとそのケースの中身を開いて見せて。

 

 

「対象のデバイスを確保しました」

「ご苦労様。しっかり持っておいてください」

「はっ」

 

 

 はやては絶句した、女性を向かい合う彼女には見えた。

 ケースの中にあったのは、紫のコアクリスタルを持つグローブ型のデバイス。

 つまり、ルーテシアのデバイスだった。

 

 

 ルーテシアの身柄だけでなく、彼女のデバイスまで持って行かれる。

 そんなことをされたら、昨日の苦労が水の泡になってしまう。

 個人としても、また部隊長としてもそんなことをさせるわけにはいかない。

 だが、他者の部隊でここまで強引かつ強制的に行動できるとなると……相手は、まさか。

 

 

「お話し中、失礼致します。地上本部査察部のイオス査察官です」

 

 

 はやてが唇を噛んだその横に、イオスが立った。

 別にはやてのためとかそういう問題では無く――そう言う要素も無い事は無いが――彼自身、ルーテシアを連れて行かれるのは困るのである。

 彼の捜査案件について、ルーテシアから何かしかの情報を得れる可能性がある限り。

 

 

「事前連絡も無く、いきなりの容疑者護送。しかも責任者の不在時の決行……どう言うことでしょうか、納得のいく説明を頂きたい」

 

 

 場合によっては、査察官権限を行使して介入する――――そう言外に込めての発言だった。

 すると、興味を抱いたのかどうなのか……ルーテシアと手を繋いだ女性は、不思議な笑みを浮かべながら視線をイオスへと向けた。

 タレ目気味の瞳を細めて、イオスと目を合わせて微笑する。

 

 

 背中に垂れた長い青髪、横髪の一部が内側にカールした独特な髪型だ。

 制服の上からでもわかる程に女性的魅力に溢れた肢体を見せつけるように一歩前に出ると、ルーテシアと手を繋いだまま器用に制服の胸元から一枚の書類を取り出した。

 それを、ゆっくりとした動作でイオスに示す。

 

 

「どうぞ?」

 

 

 艶っぽい声が耳朶を撫で、ぞわりとした感覚を背筋に覚えるイオス。

 折りたたまれた書類を受け取り、広げると……。

 ……驚くべき命令が、そこに書かれていた。

 

 

「ああ、申し遅れました。私……」

 

 

 固まったイオスを見て、愉快そうに口元を綻ばせながら女は名乗った。

 

 

「私、時空管理局最高評議会専属秘書官、ネイル・ピアッシングと申します。以後、お見知りおきを」

「さ、最高評議会……?」

「はい、部隊長様。ですので、この子は私共がお連れしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 ルーテシアに視線を下げた後、ネイルと名乗った女性秘書官は妖艶に微笑んだ。

 ルーテシア自身は特に興味が無いのか、表情がまるで変化しない。

 ネイルは沈黙したはやてに満足そうに頷くと、再び視線をイオスへと向けて。

 

 

「……査察官も、よろしいでしょうか?」

 

 

 イオスとしては、はやてと同じように沈黙することしかできない。

 いや、フェイトであろうとグリフィスであろうと、誰だろうと……何も言えないのだ。

 最高評議会の命令とは、管理局員にとってはそれだけの意味を持つ物だからだ。

 

 

「……機動課の仕事に、どうして最高評議会が措置を講ずるのですか」

 

 

 ようやく絞り出せたのは、それだけだった。

 意味の無い問い、それはつまり命令を受け入れたことを意味する。

 それがわかったからか、ネイルも笑みを深くした。

 

 

「さぁ、私も命令を受けているだけですので……」

「……容疑者の、護送先は」

「それもお教えできません。ああ、もちろん捜査のために必要な情報はご提供させて頂きますよ?」

(提供って……私らを会わせへんってことやないか……!)

 

 

 それに、はやては絶望的な気持ちになった。

 ようするに、ルーテシアを通じての事件解決が望めなくなったことを意味するからだ。

 全身から力が抜けて、叶うことなら気絶したいくらいだった。

 しかし、イオスは諦めない。

 と言うか、諦めてたまるかと言う気持ちが先行して……。

 

 

「ですが」

 

 

 そっ……と、ネイルの細く柔らかな指先がイオスの唇に触れた。

 にこやかな笑みが、イオスの目と鼻の先にある。

 イオスの方が背が高いので、ネイルは上目遣いのような形で彼を見上げて。

 

 

「――――命令、ですから」

 

 

 吐息のような声で、そう言った。

 それは非常に扇情的で、並の男であればそれだけで陥落してしまいそうな力があった。

 だが、イオスは違う。

 薄く開かれた瞳に得体の知れない何かを感じて、飛びずさるように後ろに下がった。

 

 

 何故かはわからないが、嫌な感じだった。

 頬を伝う汗は、何によって流された物だろうか。

 しかしネイルはそんなイオスの様子に何を思ったのか、クスリと笑んで。

 

 

「うふふ……初心(ウブ)な方なんですね?」

「なっ!?」

 

 

 顔を赤くして絶句するイオスから視線を逸らしてはやてを見ると、ネイルは顎先をやや上げて。

 

 

「では、失礼します。まさか、お止めにはなりませんよね?」

「…………グリフィス君、お送りして」

「しかし、八神部隊長!」

「お送り、して」

「……っ」

 

 

 はやての言葉に悔しげに表情を歪めた後、グリフィスは「こちらです」と力無く呟いた。

 それに満足そうに頷いて、ネイルはルーテシアの手を引いて歩き出す。

 ルーテシアのデバイスを持った黒服達もついて行き、後には……。

 

 

「あ……」

「ルーテシアちゃん……」

 

 

 エリオとキャロが、名残惜しげにルーテシアを見る。

 実の所、この2人が最もルーテシアと長い時間を過ごした。

 だからだろうか、声こそ返さない物の……。

 

 

「…………」

 

 

 ルーテシアは、顔だけで振り向いて2人のことを視界に収めた。

 ただ、それだけだった。

 その後は特に何事も無く、ルーテシア達はそのまま歩き去って行った。

 そして姿が見えなくなった瞬間、鈍い音が響いた。

 

 

「はやてっ」

 

 

 フェイトがはやてに駆け寄る、壁を殴った彼女の手を握る。

 スバルとティアナはシャーリーの方へ行っている、エリオとキャロはルーテシアの去った方向を心配そうに。

 そして、イオスは……。

 

 

「……最高、評議会……」

 

 

 唇を噛み締めて、手の中に残された書類を見た。

 最高評議会の名前で出されたその命令書を見つめて、掴む指先に力を込め紙に皺を作った。

 表情は苦渋だ、しかし瞳には光がある。

 

 

 ――――最高評議会。

 動いた存在は大きい、しかしこれは異例の命令だった。

 異例には、理由がある。

 理由には、意思がある……最高評議会の、意思。

 

 

「最高、評議会……!」

 

 

 その意思が、今、イオスの目の前に横たわっていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 機動六課の隊舎を出た後、回された車に乗り込んだルーテシアは、隣に座った女性を見上げた。

 運転手に車を出すように告げた彼女は、その視線に気付いたのか目を合わせて来る。

 にこやかに笑みを作ったその顔は、何故か造り物めいて見えた。

 

 

「心配いたしましたよ、『お嬢様』」

 

 

 ざ……と、一瞬だけ、波打つように瞳の色が変わった。

 それを見た後、ルーテシアは視線を窓の外へと向ける。

 そして、ぽつりと。

 

 

「……ごめんなさい」

「いえいえ、ご無事で何よりです」

 

 

 窓の外の光景を見つめながら、ルーテシアはそれ以上は何も話さなかった。

 しかしただ一言、誰にも聞こえない程の声音で。

 

 

「……キャロ……エリオ……」

 

 

 その呟きは、薄暗い車の中……闇に溶けて、消えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……地上本部の事実上の総司令官、レジアス・ゲイズ中将。

 彼は今、己の執務室にこもってある画面を見つめていた。

 そこに映し出されているのは、ある部隊の相関図だった。

 彼は業腹そうに鼻を鳴らすと、不機嫌そうに表示枠を閉じた。

 

 

「ふんっ……なかなか巧妙に出来た部隊だな、海の連中が考えそうな小細工だ」

「はい。部隊長の固有戦力を除けば、後は貸し出し戦力と新人ばかりのようですから」

 

 

 茶色の髪と髭を持つ大男(レジアス)の言葉に頷きを返したのは、同じ髪色の女性だった。

 地上本部の首都防衛局の青制服を着た女性で、名をオーリスと言う。

 彼女は、レジアスの秘書官として長く仕えている存在だった。

 眼鏡の奥の理知的な瞳が、執務卓の椅子に座るレジアスの大きな背中を見つめている。

 

 

「法的には問題無いようです、後見もしっかりしているようですし、流石に本局が認可するだけのことはあります」

「海の奴らはいつもそうだ、法ばかりを強調して結局は何もせん。地上の現実を知らぬ屑どもに、我々の領分を侵される筋合いは無いわ!」

「……お言葉が過ぎます」

 

 

 自負心、それがレジアスの原動力だとオーリスは思っている。

 血と泥に塗れて地上を守ってきたのは自分であり、自分の部下や仲間達だと言う強烈な自負心だ。

 事実、レジアスが海に対して予算や装備の充実を強硬に主張するのは、地上の平和を守るためであり……そして、泥に塗れながらも地上の平和を守る部下達の負担を軽くするためだ。

 

 

 レジアスが勝ちとれば勝ちとる程に、彼の部下達の負担が減る。

 それがわかっているから、レジアスは主張し続ける。

 海から予算と権限を奪う権力闘争に、邁進して……し続けて、そして。

 

 

「オーリス、近くお前が査察に入れ」

「……は。しかし、仮に問題があっても本局側が切り捨てるだけかと」

「ふん、まぁ、犯罪者の娘なら切り捨てるに苦痛は無いだろうからな」

「……お言葉が過ぎます」

 

 

 査察先の部隊の長を犯罪者呼ばわりするレジアスをやんわりと窘めて、オーリスは頭の中でスケジュールを立てる。

 その時、ふと気になったことがあるのか顔を上げて。

 

 

「査察と言えば、少しお耳に入れたいことが」

「何だ」

「はぁ……どうやら、地上の査察部の人間が件の部隊に出入りしているそうで」

「何? 聞いていないぞ……誰だ?」

「少しお待ちください……ええと、ああ、彼です」

 

 

 端末を操作して、レジアスの前に新たな表示枠を出すオーリス。

 そこに映っていたのは……4月に配属されたばかりの、若い査察官。

 イオス・ティティアの名が、あった。

 

 





最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
改めて考えると、機動六課の突っ込みどころ満載ぶりにどうしたら良いかわからなくなりました。
考えれば考えるほどあり得ない部隊です……イオスが査察官権限を行使した翌日には潰せそうな部隊です。

でも『預言』阻止のためだけに作られた部隊なので、至る所に無理や強引な点が見えるのでしょうね。
1年と言う期間は、そう言う意味では「査察で文句つけられても、次の春の人事異動まで抵抗することが出来る」期間なのかな、と思ったり。
では、また次回。

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