魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

66 / 88
StS編第10話:「査察官、地下水路」

 

 八神はやては、空にいた。

 機動六課のロングアーチ指揮所では無い、身に纏うのも陸士制服では無い。

 白のジャケットに黒のインナーとガードスカート、手には剣十字の杖と茶色い装丁の本。

 ――――騎士甲冑姿である。

 

 

(空は、久しぶりやな……)

 

 

 合計2回しかない自分のリミッター解除申請許可、その内の一つをクロノから貰う輝きの中で、そんなことを考える。

 解除は完全でなく、総合Sランクまでの限定的な物だ。

 そこにクロノの気遣いを感じるが、今はとにかく目の前の事態を収拾するのが先だ。

 

 

 彼女にしか見えない照準映像、視界に無数に展開されるそれはロングアーチスタッフの力があって初めて可能なことだ。

 彼女の能力の管制を行ってくれるリインフォース・ツヴァイがいないため、非常に助かる。

 手に持つ書と杖には、かつてのような力は無い……レプリカ、だからだ。

 

 

(これも、いつかは本物にする)

 

 

 そのために、今をクリアする。

 どうやったかは不明だが、敵は航空型ガジェットを大量投入――幻影混じりの――してきた。

 こうした場面でしか役に立てない自分と違い、万能性と汎用性の高いなのはとフェイトのリミッター解除は出来ない。

 だから、自分が墜とし尽くす。

 

 

「よっし……リミットリリース! 久しぶりの広域殲滅攻撃! 行くで皆!!」

『『『了解!』』』

 

 

 なのはとフェイト、ヴィータとリインは、自分の射程から――細かな照準は苦手だ、まとめて薙ぎ払うしか出来ない――離れる意味をこめて持ち場を放棄。

 無数の航空型がクラナガンに接近してくるのを、はやては感じていた。

 超長距離砲撃魔法、精密コントロール、遠距離照準、最終誘導はロングアーチスタッフに任せる。

 

 

「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ……!」

 

 

 蒐集行使――――リインフォースが自分の中に残してくれた魔法行使のマニュアルを起動する。

 古代ベルカ、ミッドチルダ……蒐集した魔法全てが彼女の中に永遠に残る。

 それはまさに、永久の絆のように感じられた。

 身体の中を駆け巡る魔力を振り上げた杖先に込めて、はやては叫んだ。

 

 

「『フレースヴェルグ』……!!」

 

 

 白銀の砲撃が放たれる中、はやては同時に思った。

 ……ついに来たのだ、と。

 それが何かはわからない、しかし『預言』に記された何事かが。

 

 

 ――――始まってしまったのだと、そう思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ティアナが撃ち抜き、エリオが駆けて、キャロとフリードが焼き尽くす。

 その光景を目の当たりにして、イオスは正直ビビっていた。

 才能があるとは――特にティアナ――思っていたのだが、まさかここまでとは思わなかった。

 さらに加えて言うのであれば……。

 

 

「――――スバルッ!」

「応ッ!」

 

 

 近代ベルカ式の防御魔法『トライシールド』、薄紫の三角形の魔法陣が水路を塞ぐガジェットⅢ型のベルト・アームを受け止める。

 青白い火花が散る中、姉の上を飛び越えて妹が拳を振り上げる。

 そして、イオスはここで初めてスバルのその魔法を目にした。

 

 

「『ディバイン――――」

 

 

 この時点で、後方のイオスは言葉を失っている。

 

 

「バスター』――――ァッ!!」

 

 

 ガジェットⅢ型の巨体にスバルの右腕がめり込み、内部で魔力が炸裂して弾けた。

 バリアも装甲も無視して、力と拳で敵を吹き飛ばす荒技。

 零距離で放たれた魔法は強力無比、内部から炸裂した魔力はガジェットをただの鉄屑へと変えた。

 

 

「い、今の魔法って……近代ベルカ式、だよな?」

「え? ああ、はい。スバルさんの必殺技って言うか……何でも、なのはさんの『ディバインバスター』って言う砲撃魔法を真似したそうです。あ、『ディバインバスター』って言うのは」

「いや、『ディバインバスター』は知ってる。嫌ってくらい知ってるんだけど……」

「あ、そうですよね。イオスお兄さんは、なのはさんの先輩なんですよね」

 

 

 傍を走っていたエリオに声をかけて確認すれば、そんな返答が返ってきた。

 そしてイオスが言ったように、なのはの『ディバインバスター』は彼も良く知っている。

 模擬戦で何度か喰らったことがあるので、間違いない。

 

 

 しかしどうやら、スバルはそれを近代ベルカ式の魔法として組み直したらしい。

 いや、組み直したと言うよりは新しく近い現象を起こす物を作ったのか。

 いずれにしても、改めてイオスは思った。

 

 

(コイツら、あ、いやギンガさんは違うけど……とにかくこの4人、間違いなくなのはとフェイトの弟子だわ……)

 

 

 何しろ、動きや魔法の随所になのはとフェイトの気配を感じるのである。

 スバルの『ディバインバスター』やエリオの『ソニックムーブ』などはその典型例だろうし、ティアナの中距離射撃フォーメーションやキャロの後衛における位置取りもそうだ。

 

 

 それを可能としているのは何か、と問われれば、まずは本人達の努力があるだろう。

 次いで環境、優秀な教導とサポートする人員、健康的な食事と休息。

 そして何より、他の陸士部隊では絶対にあり得ない物。

 4人の才能をフルに活かすための、優れたデバイスの存在がある。

 

 

「デバイスの高級感がパネェ……」

 

 

 インテリジェントデバイス『クロスミラージュ』、『マッハキャリバー』。

 ブーストデバイス『ケリュケイオン』、アームドデバイス『ストラーダ』。

 その全てがそれぞれのマスターに合わせた専用デバイス、名前からして主の能力を現している。

 正直、ちょっとした規模の陸士部隊の簡易デバイス全部と引き換えにしても届かないくらいの価値があるデバイス達だ。

 

 

(隊舎と言い、ヘリと言い車と言い、人員と言いコイツらのデバイスと言い……八神さん、絶対何か隠してやがんな。さっきの通信から見るとクロノの野郎もグルか……?)

 

 

 ギンガとフォワード陣について走りながら、イオスは思う。

 機動六課には、あり得ないことが多すぎる、と。

 環境もそうだが、資金もバックも何もかも、陸士はおろか本局の航空部隊よりも優遇されている。

 下手を打てば、管理局で最も優遇されている部隊とすら言えるだろう。

 

 

(ギンガさんへのデバイス供与も、査察官としてはちょっと微妙に引っかかるんだが……まぁ、今はこっちの仮説を立証するのが先か)

 

 

 そう思い、イオスは右腕を振るう。

 鎖が飛び、後方の分岐点から出て来たガジェットのメインカメラの部分に突き刺さる。

 それが背部まで飛び抜けた後に引き抜かれると、爆発しながらその場に倒れた。

 

 

 一応、今は後輩達の後ろを守ることにする。

 チリチリと敵の存在を近くして揺れる左の鎖を見つめた後、イオスは前を見た。

 何と言うか、才能のある後輩などいくらでもいる物だと思いながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 水路を進むと、比較的広い空間に出ることが出来た。

 そこはいくつかの水路が合流するポイントらしく、水量も比較的多かった。

 そしてその中の一つに、ポツンと半分程を水面に沈めたケースが……。

 

 

「ありましたーっ!」

 

 

 ほっと胸を撫で下ろして、キャロがケースに駆け寄ろうとした。

 周囲にガジェットの姿も無く、彼女が無防備にケースに駆け寄ろうとしたのも無理は無い。

 しかし、それをさせない人間がいた。

 イオスである。

 

 

「ちょぉっと、待とうぜキャロ」

「え……ぁ」

 

 

 彼は右腕を下げるようにしてキャロの顔の前に晒す形で彼女を止めた、故にキャロは近くで見ることが出来た。

 チリチリと震える、『テミス』の鎖を。

 それはもう片方の左腕の鎖も同じで、イオスは左手の指先で空間をなぞるように動かす。

 

 

 何かを探すようなその姿に、フォワードの4人はやや怪訝な表情を見せる。

 しかしイオスのデバイス『テミス』の探知能力の一端を知っているギンガは、固唾を飲んでイオスの左手から揺れる鎖の先を見つめていた。

 そして、放たれる。

 

 

「そこか……!」

 

 

 左腕の鎖が向かった先は、天井にほど近い壁の上部。

 鋭角的な動くを繰り返してそこに達した鎖は、何も無い壁に突き刺さった。

 何もいないのか? 否、違う……「もう一本」の方へと向かったのである。

 

 

 右腕から同時に放たれた鎖は、イオスの意思に従って姿を隠していたもう1人を目指して飛ぶ。

 左の鎖が貫いた場所にいたその存在は、紫の羽根を羽ばたかせながら高速移動した。

 そして、空中で停止する。

 グルグルと何かに絡まったそれは、同時に何かに握り締められた。

 

 

「あれは……い、虫!? ……と?」

「女の……子?」

 

 

 スバルとティアナの声の先、腕に巻かれた鎖を握り締めて引っ張っている人型の甲殻虫がいる。

 ステルスのような能力で隠れていたのだろう、掠れるように姿が実体化した。

 そしてその腕の中に、1人の女の子を抱えていた。

 どうやら別の場所に隠れていたらしいが、イオスの鎖に見つかってしまったのを庇われたのだろう。

 

 

 年齢の頃はキャロと同じか、長い紫の髪を黒のリボンで彩る少女だ。

 肩や二の腕が露出した黒のドレスのような衣服、胸元の白いリボンと紫のフリルが可愛らしい。

 しかし異彩を放つのは革の首輪、そして……両手の、コアクリスタル付きのグローブ。

 

 

「あれは、デバイス!?」

 

 

 魔力の流れでわかる、そして自分と同じようなデバイスを持つ相手にキャロが声を上げる。

 そして彼女には視えていた、少女と甲殻虫の間にある召喚の気配――――独特な魔力のラインを。

 

 

「あの子、召喚士……!」

「「「……!」」」

 

 

 その言葉に、空気が一気に硬直した。

 まさかあんな子供が、とも思うが、キャロと言う例を知っているためにそんなことは言えない。

 子供だからなどと言う理由は、少なくとも六課メンバーには当てはまらない。

 

 

「ガリュー、大丈夫……?」

 

 

 額に不思議な紋様を刻んだ紫の髪の少女は、イオス達には関心が無いようだった。

 己を抱く相手に、心配そうに声をかけている。

 紫のスカーフを揺らす彼――おそらく、彼――は、それに頷くだけだ。

 

 

 その突き出された右腕にはイオスの鎖が巻かれており彼、ガリューと言うらしい彼が自分で掴んでいるためにイオスと鎖を引き合う形になっている。

 ギシギシと震える右腕の鎖を引きながら、イオスは片眉を上げた。

 それは相手の、つまりガリューの右の二の腕あたりに小さな罅のような物を見たためだ。

 

 

「はぁん……お前、そんな面してたのか。ホテルん時は暗がりで良く見えなかったが……その羽根とマフラーは忘れねぇよ」

 

 

 逮捕の根拠がさらに確定、密輸品強奪ないし受け取り未遂だ。

 ガリューは左腕で少女を抱いたまま、腰下に伸びる尻尾を軽く動かした。

 それを見逃すイオスでは無い、彼は鎖を掴んだ拳に力を入れた。

 

 

「おおっと、下手な真似はしない方が良いぜ。俺も動けねぇがお前も動けねぇ、そして俺には仲間が5人もいる、逃げられるとは思うなよ」

『何か、物凄く器がちっちゃい物言いですよね……』

『そこ、うるさいぞ』

 

 

 念話でティアナに突っ込む、この娘は素だとこんな性格だっただろうか。

 しかし実際、圧倒的に優位な体勢であることには違いない。

 6対2、ガリューをイオスが押さえていることを考慮すれば、敗北はあり得ない体勢……なのだが。

 

 

(何だ、まだ何か……さっきから、すっきりしない)

 

 

 水路の終盤あたりから、どうも『テミス』が落ち着かない。

 このデバイスの探知能力は半自動であるため、周囲にイオスの認知しない人間、あるいは『テミス』に登録されていないデバイス等――つまり未登録――が傍にいると、微細な反応を延々と続けることになる。

 しかし今、隠れていた敵はすでにイオスが知覚出来ているはずだ……それとも――――。

 

 

「あ……!」

 

 

 声を上げたのは、誰だっただろうか。

 不意に、ガリューの右手の先に小さな光が灯った。

 違う、光では無い。

 

 

「何ぃ……!」

 

 

 鎖を伝って逆走して来るそれは、炎――火炎だった。

 突如として鎖の上を火炎が走り、鎖を持つイオスの右手に触れた瞬間。

 ――――爆発した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 鎖の上を駆けた火炎が爆炎へと変わった時、ガリューの拘束が緩んだ。

 彼はすかさず腕を振るい、未だ炎が燻ぶる鎖を水の中へと落とした。

 その腕を、抱かれた少女が労わるように撫でる。

 

 

「ルールー! ガリュー! 大丈夫か?」

 

 

 そこへ、赤い光の玉のような物が近付いて来た。

 しかし良く見るとそれは光の玉では無く、腰下に蝙蝠のような羽根を持つ小人だった。

 30センチ程だろうか、踊り子を彷彿とさせる露出度の高い衣装を身に纏っている。

 目を引くのは赤い髪と紫の瞳、先の尖った耳の形……そして。

 

 

「ダメだぞ、アタシを置いていくようなことしちゃ。1人じゃ危ないって」

「……ガリューも一緒。アギトは少し心配症」

「え? ああ、だからアタシも連れてっとけってことだよ!」

 

 

 ルールーと呼ばれた少女の静かな抗議に、赤い妖精――アギトと言うらしい彼女は、周囲に小さな炎を灯しながらそう言った。

 熱い、そう、アギトと呼ばれた妖精の少女の周囲に炎熱の魔力素が濃密に広がっていた。

 まるで、存在自体が炎であるかのように。

 

 

 そのせいなのかは知らないが、性格は明るく大雑把な様子だった。

 空中であぐらをかきながら指を立ててガリュー達に何事かを言い聞かせる姿は、妹が生まれたばかりの姉のようにも見えた。

 それでも心配の感情は届いたのか、少女は地面に下りながら首を可愛らしく傾けながら。

 

 

「……1人で、来たの……?」

「え? ああ、ホントはアタシだけで来たかったんだけどー……ッ!?」

 

 

 反射的に、アギトが自分が爆発炎上させた方向へ視線を向ける。

 ガリューの拘束を解くために放った一撃、軽くは無かったはずだ。

 しかし、どうやら敵を仕留めるには至っていなかったらしい。

 

 

「……ぁぁあああああああああぁっ!!」

 

 

 正面、爆煙を突き破って濃紺の髪を持つ女が駆けて来た。

 左拳を振り上げて進むのはギンガ、すでに少女を下ろしていたガリューが迎撃する。

 右拳、突起物に紫色の魔力を通して攻撃に使用する。

 

 

 衝突。

 

 

 水面が大きく震える程の衝撃が、2つの拳がぶつかり合うことで発生した。

 魔力の衝突が空間を揺らし、風圧となって周囲に散る。

 その風圧に乗るのは火花だ、攻撃の衝突点から複数の色の火花が散り飛んでいた。

 

 

「ガリュー! ……上!?」

 

 

 再びガリューに加勢しようとしたアギトだが、その視線は正面で無く上を向いていた。

 実はそこには、イオスの左腕の鎖が抜かれることなく刺さったままだったのだが。

 そこを火花を散らして登り、今まさに飛び下りようとしているのは――――スバルだった。

 ローラーと鎖の触れ合う箇所が、激しい音を立てている。

 

 

「このっ! ルールー、下がってろ!」

 

 

 アギトが左手を振るう、するとそこに炎の玉が発生した。

 それらは上のスバルを狙って飛翔し、炸裂すると同時に火炎の渦を巻き起こす。

 

 

「うわっ……っととぉっ」

 

 

 それに驚き、支点を失った鎖と共に地面へと着地するスバル。

 しかしその顔に浮かぶのは……笑みだ。

 嫌な予感を直感的に感じ、アギトは後ろへ下げたルールーの方を確認する。

 

 

<Sonic move>

 

 

 一陣の風が、駆け抜ける。

 側面を回って駆けたのは赤い髪の少年、エリオだ。

 雷光のような高機動でもって、彼は少女の背中に『ストラーダ』の槍先を突きつけた。

 

 

「ルール、ぅ……」

 

 

 振り向くことすら、許され無かった。

 少女を助けに行こうとした矢先、目の前にいきなりオレンジの髪の少女が現れた。

 『オプティックハイド』――衝撃に弱いが、短時間姿を消すことのできるティアナの得意魔法である。

 ティアナは正面からアギトに銃口を向ける、動けば撃つつもりだった。

 

 

 ギンガと打ち合っていたガリューにもう片方の『クロスミラージュ』を向ければ、制圧完了だ。

 アギトの乱入で混乱はあった物の、やはり数の優位は大きい。

 これで終わり、後は3人……と数えていいのかは不明だが、とにかく逮捕して『レリック』を回収すれば任務完了のはずだった。

 

 

「……!」

 

 

 地面に膝をついていたスバルが、微かに眉を動かす。

 それは、おそらく直接肌を地面につけている彼女だからこそ気付けた変化。

 ……震動。

 微かな震動が膝を伝わってくる、しかもそれは徐々に大きくなっている。

 結論として、何かが近付いている。

 

 

「ティア! 何か来る!」

「またぁ!? 今度は何……って」

 

 

 アギトから視線を外さずそう応じれば、今度はティアナの耳にも届いた。

 空気が抜けるような、独特な不思議な音。

 ティアナは聞いたことが無い音だ、しかし確かに近付いて――――。

 

 

「エリオ! 後ろ!!」

「え……あっ!?」

 

 

 声をかけたのは、この場合はまずかった。

 ひたすら少女の背中を見ていたエリオだが、ティアナの声に反応したことで槍先が僅かにブレた。

 その一瞬、白……いや、青の残像が目の前を駆け抜けて行った。

 それは水飛沫を上げながら、さらにティアナに向かう。

 

 

「はぁ――――いっ」

 

 

 声を上げるそれは、先端に穴がある不思議なボード。

 その底面がティアナの視界に入ると、アギトはその隙に横へと飛び出した。

 

 

「……ど――――んっス!!」

「なっ……くっ!?」

 

 

 『クロスミラージュ』を交差させてガードする、しかし衝突の勢いは殺しきれずにティアナの軽い身体が吹き飛ばされた。

 幸い走り込んで来たスバルが抱き止めたため、負傷することは無かったが……。

 

 

「うぉいっ、11番! てめっ、アタシまで轢かれる所だったじゃねーか!?」

「あっはっはっはっ~、ゴメンゴメンっス。でも、ルーテシアお嬢様はちゃぁんと助けたっスよ?」

 

 

 ……そこにいたのは、ボードに乗った濃いピンクの髪を頭の後ろで束ねた少女だ。

 肩と腰、手と足にガードのついた不思議な青いスーツを着ている以外は、どこかのストリートにいそうな少女だった。

 今はボードの上に立って両腕に少女――ルーテシアと言うらしい――を抱いて、肩先に寄って来たアギトにヘラヘラとした笑みを浮かべている。

 

 

「あっ」

 

 

 ギンガがそちらに意識を取られた一瞬、ガリューもその少女の下へと向かった。

 フォワードとギンガに囲まれる形で、11番と呼ばれた少女達は固まっていた。

 

 

「……アンタ、何者」

「あっれぇ、知らないっスか? こっちはそっちのこと良く知ってるんスけどね~って、うおっ、怖っ、目付き怖っス!」

 

 

 馬鹿にされているような緩い口調に、少しイラッとする。

 度重なる乱入は予定外――まぁ、実戦は基本的に予定外の連続だが――、しかし状況はまだ辛うじてフォワード側に有利な状態である。

 しかしここで、相手側に最後の1人が登場する。

 

 

「まぁ、戦ってあげたいのはヤマヤマなんスけどー、こっちも忙しいんで、このまま離脱させて貰うっスよ……お宝も一緒に」

「……っ、待ちなさい!」

「――――断る」

 

 

 響いたのは、落ち着いた声だ。

 どこに潜んでいたのかは定かではない――見間違いでなければ、天井からいきなり現れたようにティアナには見えた――が、軽い音を立てて水路に着地した少女がいた。

 風に靡く長い銀髪に右目を覆う黒の眼帯、青いスーツに包まれた小さな身体を覆うのは、サイズが大きめの灰色のコート。

 

 

「IS……」

 

 

 左の瞳を金に輝かせて、両手の指の間に挟んだ無数の黒の金属ナイフを構える。

 交差した腕の間から、金の瞳が周囲の敵を睨んだ。

 

 

「……『ランブルデトネイター』」

 

 

 静かな宣告の直後、金属製のナイフが周囲のティアナ達にばら撒かれた。

 空気を割く音だけが、全員の耳に届く。

 しかしそのナイフが全員に近付くことは叶わなかった、何故か。

 

 

 水中から跳ね上がった鎖の群れが、自身を波打たせるようにして全てのナイフを弾き上げたためだ。

 推力を失ったナイフは宙を舞うが、しかしそれで終わりでは無い。

 それは銀の髪の少女が触れたその時から、ただのナイフでは無いからだ。

 

 

「――――防御体勢!」

 

 

 声が飛び、移動と防御の輝きが空間に満ちる。

 そして鎖の舞いが作った一瞬でそれが完成し、炎を発して爆発するナイフの衝撃からそれぞれの身を守った。

 次の瞬間、本格的な爆発の威力が水路を襲った。

 

 

「――――チンク姉」

「ああ、そうだウェンディ……」

 

 

 チンクと呼ばれた銀の髪の少女の首には「Ⅴ」、ウェンディと呼ばれた濃いピンクの髪の少女の首には「ⅩⅠ」の文字が刻まれている。

 ガリューとルーテシアは無口だが、アギトが何か騒いでいる――――物の、彼女ら2人は変わらず一点を見つめていた。

 

 

「……アレが、『鎖』だ」

 

 

 チンクの告げた言葉の先に、その男はいた。

 両腕を振り切り鎖を操る、空色のバリアジャケットを纏った魔導師。

 傍らの桃色の髪の少女の治癒に腕の火傷を任せながら、彼はチンク達を睨み据えていた――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……サンキュー、キャロ。大分マシに動くようになった」

「は、はい」

 

 

 イオスの右腕は、朱に塗れていた。

 アギトの放った爆炎を周囲の仲間に拡散させないよう受けた結果だ、しかし見た目程に深い怪我と言うわけでも無い。

 バリアジャケットの表面、そして肌の表面が少し派手に焼けただけだ、キャロの『ヒーリング』で痛みを消せるレベル。

 

 

 手甲及び『テミス』は無事、隙間から僅かに血が滴っていることが見る人間の不安を煽るのだろう。

 キャロなどは心配そうに見上げて来るし、フリードも珍しくイオスの肩先で敵を威嚇するように牙を見せている。

 そんなイオスの傍に、ナイフの爆発を乗り切ったフォワードとギンガが走り寄ってくる。

 それぞれ、密集した方が良いと判断したらしい。

 

 

「お前……」

 

 

 ローラーや高機動魔法で集まる仲間達を視界の端に捕らえながら、イオスは自分達の前に立つ敵――この期に及んで味方と言うことは無いだろう――の中に知っている顔があることに気付いた。

 どうやら相手も気付いているようで、イオスに向けてヒラヒラと手を振りつつ右腕でボードを持ち上げながら。

 

 

「やぁ~、どーもっス。色男のお兄さんじゃないっスかー、キスマークはバレなかったっスか?」

「キス……マーク?」

「敵の言動に惑わされるんじゃない」

「は、はい、ごめんなさい」

 

 

 首を傾げるキャロにそう言うと、ティアナあたりからかなり嫌な感じの視線を受けた。

 代わりと言うか、ギンガが悪意の無い眼差しで。

 

 

「……ご存知の方なんですか? 今の会話で何となく時期はわかりましたけど」

 

 

 忘れていなかったらしい。

 再びティアナの方向から嫌な感じの視線を感じたが、しかし状況が状況なので無視した。

 別に逃げたわけでは無い。

 

 

「ああ、例のロストロギア流出に関して極東群島地区を調べてた時に……まさか犯罪者だとは」

「酷いっスね、犯罪者呼ばわりなんて」

 

 

 苦笑するウェンディ、その笑みは純粋そのものに見える。

 邪心など微塵も感じさせない、そんな笑顔だった。

 だからこそ、不気味でもある。

 

 

「こーんな可愛らしい善良な一般市民を捕まえて、酷いお兄さんっスねぇ」

「あまり無駄口を叩くな、ウェンディ」

「はーい、チンク姉」

 

 

 チンク、銀髪な小柄な隻眼の少女……彼女が、どうやらリーダー格らしい。

 イオスが会話で相手の気を引いている間に、ティアナは相手側の観察を済ませていた。

 召喚士の「ルーテシア」、召喚虫(?)の「ガリュー」、そして正体不明の「アギト」、「ウェンディ」、「チンク」。

 

 

 能力は今までの攻防であらかた見た、隠し玉がある可能性があるが系統としては同じだろう。

 特にチンクの金属製ナイフが脅威だ、ナイフの残数にもよるが……最後の攻撃、イオスの鎖で弾かれなかったら直接の接触で防御していた

 あまり長引かせるのは得策では無い、だからこそ必要だ、優先順位が。

 

 

『皆、良く聞いて。私達はとにかく、『レリック』のケースを回収する』

『え、でもティア、あの子達は?』

『あの召喚士の子、たぶんアグスタの時の……』

『……気持ちはわかるけど、今はとにかく『レリック』を取ることに集中して』

 

 

 『レリック』のケースは、変わらず水路の中に沈んだままだ。

 おそらくは戦闘になる、その際、何かの拍子にケースが開いて『レリック』が魔力爆発を起こせば……クラナガンが、消えてしまう。

 それが、ティアナの想定する「最悪」なのだった。

 それに比べれば、敵を取り逃がすことは手痛くはあっても致命的では無いはずだった。

 

 

「……それで、良いのか?」

「はい」

 

 

 イオスに、ティアナは頷く。

 以前、アグスタで全機撃墜にこだわった娘とは別人のような考え方だった。

 しかし、その優先順位はおそらくは正しい。

 

 

「良し、なら後はこっちの目的……」

「……あの子達がただ『レリック』の回収に来たのか、それともあの生体ポッドを回収に来たのか、ですね」

「まぁ、まず『レリック』を安全圏に持って行くのが先だけどな」

 

 

 だから笑って、イオスは一歩前に出た。

 火傷を負った右腕を左手で持ち上げるようにして構え、右の拳を握り込む。

 並んで前に出るのは、同じように左腕の『リボルバーナックル』を構えるギンガだった。

 その後ろ、フォワードの4人が陣形を取る。

 

 

 それに対するように、相手も並びを変えた。

 チンクとアギトが中央、先頭にガリュー、後方にルーテシアとウェンディ。

 どちらかと言うと、やはり逃げの体勢に入っているように見える。

 それを見て、イオスはさらに口角を上げた。

 

 

「つまり、この戦いを制した側がケースを取れるわけだ……」

「……そのようだな」

 

 

 それに応じたのはチンク、彼女も含めその場の全員がそれぞれの得物を構える。

 空気は嫌でも張り詰める、数的にはほぼ互角のラインまで来ている。

 外の詳細な状況はわからないが、こちらはこちらで膠着しているのは間違いが無かった。

 

 

 水路の真ん中、水に足をつけた状態での対峙。

 張り詰めた空気の中――――互いの視線が交錯し、魔力が中間で鬩ぎ合って火花を散らす。

 そして、最初に動いたのはイオスと……チンクだった。

 鎖が放たれ、直後にナイフが放たれる。

 

 

「……はっ」

「ぬ……」

 

 

 ――――ケース目掛けて放たれた鎖を、チンクの金属製ナイフが捉え、爆発で吹き飛ばした。

 水飛沫が上がり、互いの陣営に雨を降らせた。

 ……直接戦うと見せかけての、いきなりのケース狙いである。

 

 

「……卑怯な奴だな」

「貴様が言うな……!」

 

 

 イオスの呟きに、チンクが憤慨したような声を上げる。

 そしてそれを合図に……それぞれの仲間が、動く。

 

 

 イオス・ギンガ・ティアナ・スバル・エリオ・キャロ・フリードらの陣営と、チンク・ウェンディ・ルーテシア・ガリュー・アギトの陣営。

 その決戦の火蓋が、ここに切って落とされる。

 これが――――「最初」の戦闘。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 地下水路の限定空間の中で、複数の人間が入り乱れて戦闘を繰り広げている。

 しかし目的は、互いの撃破では無い。

 たった一つの小さなケースを巡る、戦いだ。

 

 

「うらあああああぁぁぁぁっ!!」

 

 

 カートリッジを飛ばしながら、『リボルバーナックル』を装備した右腕を叩きつけるスバル。

 迎え撃つのはガリュー、左腕の突起物に魔力を通して迎撃する。

 先のギンガの一撃と同じように、互いの魔力の衝突が鬩ぎ合って空間を揺らす。

 

 

「こ、のおおぉぉ……!」

 

 

 表情を歪めて、しかしスバルは前へ出ることを諦めなかった。

 水の中で『マッハキャリバー』のローラースピナーが回転を増し、スバルの背面に水の柱を立ち上らせる。

 その時、ガリューを徐々に押し込んでいたスバルが体勢を変えないまま、視線を上へと上げた。

 

 

「どーもっス♪」

 

 

 ガリューの上を飛び越える形で、ウェンディがボードに乗って前に出て来た。

 先程のティアナへの攻撃を見るに、あのボードは攻撃に転用可能なのだろう。

 スバルは動けない、衝撃に備えて唇を引き結ぶ。

 

 

「どぉわっ!?」

 

 

 しかし、驚愕の声を上げて吹き飛ばされたのはウェンディの方だった。

 咄嗟にボードを上げて盾にしたが、衝撃そのものは威力として突き抜けて来たのだ。

 スバルの立てた水柱の中から飛び出してきたギンガの左ストレートは、それだけの威力があった。

 

 

 だがダメージ自体は無い様子で、ウェンディは空中でボードの乗って飛翔した。

 まさにストリートの少女がそうするように、空中を走る。

 ギンガはガリューの上をそのまま飛び越えて反転、背後から攻撃を加えようとした所をガリューの尻尾によって打撃されていた。

 

 

「行くわよエリオ!」

「はいっ」

 

 

 その外側、より広い空間では射撃戦も展開されている。

 高速機動で側面から回り込もうとするエリオと、それを援護するティアナの連携戦だ。

 迎え撃つのはチンク、例の金属製ナイフを無数に投げてそれらを迎撃する。

 

 

「『クロスファイア・シュート』……!」

「『ランブルデトネイター』!」

 

 

 オレンジの魔力弾を金属製ナイフが次々に撃ち落として行く、ティアナが一度に操れる魔力弾の数には限りがあるために不可能では無い――――ナイフが続く限りは。

 限定空間での射撃戦、ナイフの爆発もあって味方の進路は嫌でも狭くなる、しかし。

 

 

(僕なら抜けられる……!)

 

 

 『ソニックムーブ』、雷光の名を持つフェイトの代名詞のような技、それを受け継ぐのは赤髪の槍騎士。

 射撃戦の間を駆け抜けて、敵の最後方を遮断する。

 しかし、その時――――高速機動に入る直前のエリオを狙い撃った存在がいた。

 チンクでは無い、ギンガの一撃以降、空中を進んでいたウェンディだ。

 

 

「『エリアルショット』♪」

 

 

 濃いピンクの直射誘導弾、瞳の奥から独特の音が響く。

 それは高速機動に入りかけたエリオの速度を正確に割り出し、射撃において最高の精度を提供する。

 小さく悲鳴を上げて吹き飛ばされるエリオ、スバルとティアナが声を上げる。

 

 

 そしてその戦闘の陰に隠れる形で、目立たず……しかし、決定的な行動に出る者もいる。

 紫の小さな小羽虫、アグスタの時にもいたあの召喚虫である。

 それが、水路の水に半ば沈むケースを拾い上げようと群がっていたのだ。

 だが、それを見逃す召喚士……キャロでは無かった。

 

 

「フリード!」

「キュクルーッ」

 

 

 合点承知、とでも言うように小さな竜が飛ぶ。

 水面スレスレを飛んで戦闘の余波から逃れるそれは、体当たりをすることで小羽虫達からケースを弾き飛ばした。

 その後、自分の足で掴むべく羽ばたこうとした所で。

 

 

 キンッ、と、ケースにナイフが触れた。

 管理局側の全員の血の気が、引く。

 次の爆発でケースが壊れれば、剥き出しの『レリック』が外に――――!

 

 

「させねぇよ」

 

 

 しかしそれは回避される、水中から跳ね上がった鎖の腹がケースを空中へと打ち上げることで。

 そこから、熾烈な奪い合いが始まった。

 まず最初に向かったのはエリオ、ナイフの爆風に紛れて今度こそ高速機動に入る。

 ケースに手を伸ばして、しかしそのために止まったそこを狙われてガリューに殴り飛ばされた。

 

 

 しかしそのガリューもまた、ケースを取ることは出来ない。

 雄叫び一つ、ギンガが突貫して左ストレートを叩き込んで膠着を強制したためだ。

 その背を飛び越える形でケースに飛びついたのは、スバル。

 スバルは確かにケースを手にとった、だがそれで終わりでは無い。

 ボードに乗って特攻をかけて来たウェンディが、スバルの身体をボードの裏で轢いたからだ。

 

 

 ただ、スバルはケースを離さなかった。

 飛び去ったウェンディが舌打ちする、スバルの打たれ強さを甘く見ていたのだろう。

 そのスバルも、水路に転がる中でチンクの投げたナイフの群れを見ては背筋が凍りついた。

 ケースを爆発に巻き込むことはできない、ティアナの放つオレンジの弾丸とナイフが衝突する中でケースを後ろに投げた。

 

 

 再び、放物線を描くケース。

 紫の小羽虫が、爆風に揺られながら群がるのを――――やはり、フリードが止めた。

 火炎砲は放てない、だからフリードはその足でケースを蹴り、小羽虫達を牽制するように咆哮した。

 そして、そのケースを巡って熾烈な奪い合いが再展開されそうになった所で。

 

 

『全員、その場を動くなよ……!』

 

 

 青年の念話が、味方にだけ飛ぶ。

 それを受けて、攻撃を受けている者も受けていない者も、全員が足を止めた。

 次の瞬間、足元の水路の中に青い輝きが無数に生まれた。

 

 

「これは……水だ! 水の中に、別の水がありやがる!!」

「何だと……!」

 

 

 属性の変化に敏感だからだろう、戦闘に参加せずルーテシアを守っていたアギトが声を上げた。

 反応したのは、最も幼く見えるが最も戦闘経験豊富なチンク。

 彼女は足元の水の中に確かに別の「水」を見た、そして気付く。

 

 

「水路の水の中に……自分の魔力属性の水を紛れ込ませたか!」

「ご明察、俺は『流水』属性なんでね…………亜流だが」

 

 

 亜流、そう呟いてイオスは足元、膝つけた水の表面に掌をつけた。

 魔力を流し、鎖越しに通した自分の『流水』に命令する。

 

 

「『ダウンプア・ソーン』……!!」

「く……『オーバーデトネイション』!!」

 

 

 刹那、空中に無数に展開された金属製のナイフが――チンクはこの段階でこれを見せたくなかったのだが――水中に潜って爆裂する。

 上から吹き飛ばすナイフの火力と、下から吹き上げる水の針の水力。

 それらは次の瞬間、大規模な爆発を水路内で発生させた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あ……」

 

 

 爆発に目を閉じていたキャロは、腕の中に落ちて来たそれに気付いた。

 目を開ければ、自分の腕の中に黒のケースがあることに気付く。

 反射的に、それを強く抱きしめる。

 

 

 爆煙と水蒸気が徐々に晴れて行くと、キャロにもようやく状況が見えて来るようになった。

 水路の天井や壁の一部が崩れ、整備員用の通路など跡形もなく吹き飛んでしまっている。

 流れる水も、蒸発してしまったのか一部は水路の底が見える程だった。

 

 

「く……!」

 

 

 そして、煙が晴れた先に見えたのは……鎖に縛られ、歯噛みしながら膝を曲げて立つチンクの姿だった。

 チンクだけでは無い、同じ鎖の先にはルーテシアも縛り付けられており、別の鎖ではガリューと……ボードに乗って飛んではいるがやはり鎖で縛られて動きを封じられたウェンディがいた。

 

 

 唯一の例外はアギト、小さすぎて縛れなかったのか……いずれにせよ、ルーテシアが捕縛されている以上、彼女にはどうすることもできない様子だった。

 煙が晴れた先で広がっていたのは、イオスの両腕で作りだされたそんな光景だった。

 キャロの仲間達は、イオスとチンクの技の衝撃でダメージこそ受けている物の……。

 

 

「スバル、立てる?」

「うん、ギン姉も大丈夫?」

 

 

 姉に助け起こされているのはスバルで、2人とも目立った外傷は無かった。

 別の方を見れば、エリオがティアナで助け起こされているのが見えた。

 

 

「悪いな」

 

 

 そうした光景を全て確認した後、キャロの傍に立っていたイオスはそう言った。

 相手に向けた物か、味方に告げた物かは判然としない。

 

 

「俺の鎖は、半自動でね。爆発の中でも認識した相手を捉える事が出来るのさ」

「ふ……流石とでも褒めればいいのか?」

 

 

 しかしそんな状況にあっても、チンクの表情からは余裕が消えなかった。

 それがただの強がりなのか、それとも根拠がある何かなのか。

 だがコートに触れている鎖が、緩むように音を立てるのを感じた。

 

 

「この鎖……流石の完成度とでも言おうか」

「あん?」

 

 

 チンクの言葉に片眉を上げた所で、さらなる衝撃が水路を駆け抜けた。

 それは上、イオスの鎖で空中に縫い止められていたはずのウェンディによる物だった。

 

 

「『エリアル……キャノ――――ン』っ!」

 

 

 微妙に陽気な声、しかし起こした事象は凶悪そのものだった。

 先程の射撃魔法とは異なる、砲撃魔法……『エリアルキャノン』の濃いピンクの魔力砲弾が水路の天井を撃ち抜いた。

 これまでの戦闘で緩んでいた基礎が崩れ、水路の一部が崩壊、天井が完全に崩れ始める。

 

 

「なろ……っ、けど、無駄だ」

 

 

 爆風と崩落の衝撃に身を震わせ、腕を交差させて耐えながら……しかしイオスは告げた、無駄だと。

 先程言ったように、『テミス』の鎖は半自動で敵を捕らえる。

 それこそなのはクラスの砲撃でも持って来ない限り、無理矢理解こうとして解ける物では無い。

 ……が、前回のガリューの例もある。

 

 

「転送反応!」

 

 

 キャロの声と共に、片方の鎖の一部が軽くなるのを感じた。

 おそらくはガリューだろう、ルーテシアが送還したと思われる。

 残念ながら、イオスにはそれを止めることはできない。

 

 

 しかし他の3人、ルーテシア・チンク・ウェンディに関してはその限りでは無い。

 その時だ、イオスは再び違和感を感じた。

 手元の鎖がカタカタと気配を感じて震える、何かを探知している。

 だが、それが何かわからない。

 

 

「な……っ」

 

 

 しかし次の瞬間、驚くべき現実がイオスを襲った。

 鎖の感触が、抜けたのだ。

 まず右、空中に縫い止めていたはずのウェンディの鎖が不意に抜けた。

 解けたと言うよりも、まさに「擦り抜けた」感触だった。

 

 

 そして続け様、イオスの正面にいたはずのチンクの鎖も抜ける。

 ほぼ同時、まるで擦り抜けたかのように「失われる」感触。

 解け方としてあり得ない、鎖自体に攻撃された気配が全く無いのに。

 実体を持つ無機物、それをまるで何も無いかのように――――擦り抜けるなど。

 

 

「あり得ない……って!」

 

 

 何が起きているのかはわからない、しかしイオスは続け様に失敗するつもりは無かった。

 もう片方、最後に残ったそれを力尽くで引っ張り出した。

 煙の中から鎖に引かれて来たそれは、紫の髪の子供だった。

 こんな時でも何も感じていないかのように無表情、しかしその柔らかな肌には銀の鎖が痛々しく食い込んでいる。

 

 

「良し……!」

 

 

 それを両腕で抱き止めるイオス、周囲を見渡せば他のメンバーもすでに体勢を整えている。

 水路の崩落も続く中、イオスは腕の中の少女とキャロの手の中にあるケースを確認して。

 

 

「逃げるぞ!」

「せめて撤退って言ってください」

「ねぇティア、それって何か違うの?」

 

 

 と言う会話の直後、イオス達は後ろに向けて一目散に駆け出した。

 脇目も振らずに逃走、敵の1人とケースを抱えての撤退だった。

 しかし、敵もそこまでされては逃げの一手に出ることもできない。

 

 

「ま……っ」

 

 

 特に、ルーテシアに個人的な感情を持って接しているらしいアギトはそうだった。

 

 

「待ちやがれ、ルールーを返せ――――っ!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……離して……」

「嫌だね、こちとらそっちの背景に興味津々なんだよ」

 

 

 聞きようによっては、凄まじく怪しく聞こえる。

 そんなことを考えながら、ティアナは通信の表示枠を操作していた。

 相手は機動六課ロングアーチ、敵に追撃されている今、どこから外に出るかが重要になってくる。

 何しろ外は市街地だ……可能な限り、人がいない場所に出なければ。

 

 

『こちらロングアーチ01、誘導のマップを送ります。北側へ回って廃棄都市区画、あるいは第8臨海空港跡地へ向かってください。そちらにはスターズ02と前線管制がフォローに入ります』

「スターズ04了解。…………水路が通じていて良かったって所かしらね。イオス査察官、3キロ北上……っ」

 

 

 後ろから、火炎の弾丸が放たれて来た。

 言わずもがな、アギトだろう。

 先頭を走っていたスバルとギンガが、通路の狭い空間の壁を駆けて後ろへと回った。

 

 

「「『リボルバーシュート』!」」

 

 

 火炎の弾丸を、2人同時に殴って叩き落とした。

 巻き起こる爆発も姿を隠す欺瞞として利用して、ローラーを回してイオス達を追いかける。

 まさに撤退戦、追撃してくる敵の攻撃をかわしながら外を目指す。

 

 

「どうしますか? 何人か残って足止めを……」

「いや、必要無いだろ。つっても管理局員はむやみに物を壊せないから、撤退戦は不利なんだよなぁ……えーと、蒼窮を駆ける清廉の翼……」

 

 

 そして追撃戦を演じている側、ウェンディとアギト。

 チンクはウェンディのボードの速度にはついていけないため、一足先に離脱している。

 ボードの操作と射撃を繰り返しつつ、イオス達を追っている。

 

 

「っかー、やられたっスねー」

「呑気に言ってる場合か! 早くルールーを取り返さねぇと……!」

 

 

 のんびりしているウェンディと違って、羽根を羽ばたかせて必死に飛んでいるアギトは凄まじい形相だった。

 何としてもルーテシアを奪還する、その気概に満ちていると言える。

 そしてアギトの起こした爆煙を抜けた時、彼女らは見た。

 

 

 スバルに半ば抱えられるようにされているティアナが、『クロスミラージュ』の銃口をこちらに向けていることに。

 次の瞬間、オレンジの銃弾が視界一杯に殺到した。

 ウェンディはボードを操って銃弾の通らない箇所を通りつつ、時に自らも射撃して魔力弾を破壊……。

 

 

「――――ガッ!?」

 

 

 突然、首を絞められてウェンディは獣のような声を上げた。

 瞳が見開かれ、首が飛ぶのではないかと感じる程の衝撃に目尻から涙が散る。

 ボードこそ離さなかった物の、身体は折れるように曲がり――――咄嗟に右手で首元を引っかき、体液が流れるほどに引っ掻いた甲斐があったのか、解放されて水路の中に落ちた。

 

 

「ガッ……ご、ふ……っ、ぁ、が……ぐ……!?」

 

 

 唾液が唇の端から落ちるのも構わず、首元を押さえながらのたうち回った。

 常人であれば死んでいてもおかしくない衝撃、それが無かったのは非殺傷設定があればこそだ。

 危険域に達した段階で、自動で解除される仕組みになっていたらしい。

 ――――流水属性の、射撃の弾幕に紛れ込ませた……設置型の、バインド。

 

 

「え、げっ……っ、なぃ……真似を、ぉ……!」

「お、おい、大丈夫か?」

 

 

 流石に余裕を無くして悪態を吐くウェンディに、アギトが止まって声をかける。

 関係性はどうあれ、流石に心配になるレベルだった。

 飛翔して移動している相手の首を……狙ったかはわからないが、設置型のバインドで絞める。

 受けた当人の言うように、えげつないことこの上無い。

 

 

「……っ、フレーム、歪んで無いっス、よね……?」

 

 

 何とか呼吸を整えて、立ち上がる。

 視界からはすでにイオス達はすでに消えている、しかしウェンディは逃がすつもりは毛頭なかった。

 いやむしろ、これ以上ない程に瞳の奥に光が満ちていて……。

 

 

 その時、ウェンディは動きを止めた。

 イオス達の姿が見えなくなった通路の向こうから、何かが来るのが見えたからだ。

 水路の水を巻き上げながら猛然と進んで来るそれは、赤いドレスを着た少女だ。

 しかも何やら、その手に凶悪な形をしたハンマーを携えて――――。

 

 

「『テートリヒ・シュラーク』ッッ!!」

「んな――――!?」

 

 

 ボードを蹴り上げて、左側に振り下ろされたハンマーの一撃に対して盾として受け止める。

 しかしダメージを受けた直後、加えて相手の一撃もかなりのレベルだった。

 成す術も無く、吹き飛ばされる。

 通路の壁を突き破り、ウェンディはその向こうへと消えた。

 

 

「11番!? くっそ……!」

「動かないでくださいです! 市街地での危険魔法使用及び公務執行妨害の罪で、逮捕するです!」

 

 

 それに意識を奪われた矢先、今度は氷の剣を突き付けられる。

 相手は――――自分と同じだろう、そんな存在の銀髪の妖精。

 アギトは歯噛みした、ウェンディの消えた先、そして目の前の2人の後ろを見て歯噛みした。

 

 

「くそ……!」

 

 

 紫の瞳を哀しそうに、悔しそうに歪めて。

 

 

「……畜生ぉ――――っ!!」

 

 

 叫んで、アギトは身体を輝かせた。

 それは魔力を生み、爆発を生む。

 地下水路に再び、致命的な爆発が発生した。

 

 

「リイン!」

「わ……!」

 

 

 赤いドレスの少女、ヴィータは咄嗟に傍の銀髪の末っ子を掴んで引き寄せた。

 胸の内に抱えて抱き込み、爆発に対して背中を向けて障壁を張る。

 次の瞬間、2人は火炎の爆発の波に晒された。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『……こちらスターズ02、すまねぇ、対象に逃げられた……』

「…………こっちもだよ」

 

 

 『レイジングハート』の杖先を振るって、なのはは自分の後ろにいるヘリを見た。

 そこには現在、3人の人間が乗っている。

 操縦席でほっと胸を撫で下ろしているヴァイスに、保護した女の子を診ているシャマル。

 はやてに航空戦を任せた後、なのはとフェイトはヘリの護衛についていたのである。

 

 

 そしてそのヘリに、2人が護衛に入る直前に砲撃が加えられた。

 ヘリを狙ったのか、それとも中の女の子を狙ったのかはわからない。

 重要なのは、発見した敵が1人では無く、3人いたことだ。

 おさげの女と、砲撃主の少女、そしてなのはとフェイトに見つけられた2人を救出した何者か。

 

 

『こちら、ロングアーチ00。とりあえずご苦労さんや。2人はそのままヘリを隊舎まで護衛』

「了解」

 

 

 静かに応じて、逃げた敵を探してくれていたフェイトが戻るのを待つ。

 そしてなのはは掌を見た後に、後ろのヘリを見る。

 ヴァイスが指でサインを送って来たので、苦笑するように頷く。

 

 

 ヘリを狙った砲撃は、なのはには及ばない物のかなり強力だった。

 並の魔導師であれば防げなかっただろう、そうなればヴァイスやシャマル――シャマルは別かもしれないが――はもちろん、あの女の子も無事では済まなかったはずだ。

 そう思うと、なのはの胸の奥に何か熱い物が生まれるのだった。

 

 

「……皆は、大丈夫かな」

 

 

 自分達と同じように廃墟区画まで進めているだろうか、ヴィータが上手く敵を足止めしたのなら、逃げきれているはずだが。

 今は、信じて待つしかない。

 なのははそう信じて、ヘリを守るべく周辺の警戒を続けた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(どうやら、ヴァイス達の方は無事らしいな)

 

 

 未だに紫の髪の少女――――ルーテシアを右の小脇に抱えたまま、イオスは外に出てそんなことを思った。

 ルキノの誘導に従って出た場所は廃棄都市区画の立体道路のトンネル内部、そこからさらに青空の下、道路の上に出た所だった。

 後ろからの追撃は、今の所は無い。

 

 

 途中、ヴィータとリインと通路内で擦れ違った。

 どうやら足止めないし撃退に成功したらしい、正直に言って面倒が減って助かった。

 現在、こちらはケースとルーテシアの2つを安全確実に本拠地に持ち込む方向で動いているのだ。

 

 

「下手な動きをしたら……締めるからな。こっちには優秀な召喚士がいるんだ、召喚の気配は簡単に察せるぜ」

 

 

 文字通り鎖で締めているわけだが、別にこれで魔法を封じられるわけでも無い。

 事実ルーテシアは何かをしようとした様子だが、両手のデバイスに魔力を通すことは断念したようだ。

 ちなみに優秀な召喚士とは言わずもがな、キャロのことである。

 それに気付いたのか、照れ隠しに帽子に触れようとしてケースを抱えているために、出来ないことに気付く。

 

 

「え……」

 

 

 そしてもう一つ、気付いたことがある。

 自分の足元、道路から細い女の腕が伸びていることに。

 それはつまり、水色の髪の少女の顔が目の前にあると言うことで――――。

 

 

「きゃあ!?」

「……キャロッ!」

 

 

 ケースを掴まれ、キャロは蹴りを入れられて尻餅をつく。

 結果として、まるでプールから飛び出す要領で道路の中から飛び出してきた少女がケースを掴んで宙を舞った。

 チンクやウェンディと同じ装甲付きの青のスーツを身に纏う、首元に刻まれた文字は「Ⅵ」。

 イオスの腕の中から、ルーテシアがその少女を見上げる。

 

 

「……セイン」

「はい、ルーお嬢様。今すぐ助ぐぇっ!?」

 

 

 その次の瞬間、セインと呼ばれた少女の身体に鎖が巻かれた。

 ルーテシアを抱える反対側の腕、すなわちイオスの左腕の鎖……死角から放たれたそれが、セインの身体を捕らえる。

 そして、いったんたわんだ鎖が。

 

 

「愛されてるな、お前……ケースより後だとさ」

「……貴方達も……そう」

「はっ、言えてるな」

 

 

 空中でたわんだ鎖を引いて、イオスがセインを道路に叩きつける。

 背中を打って息を詰めるセイン、そして走り込んだギンガがその腕から『レリック』のケースを蹴り飛ばす。

 道路の上を転がっていくケースを憎々しげに見つめた後、セインは自分の能力を解放した。

 

 

「IS、『ディープダイバー』」

 

 

 静かな呟きの後、不思議な形式の円形魔法陣を展開して……鎖を擦り抜け、道路さえも擦り抜けて沈んで消えた。

 人が地面に沈む、その事態に驚愕するメンバー。

 しかし同時に、得心もいった。

 

 

(『テミス』が探知してたのは、コイツか……!)

 

 

 左腕を掲げ、周囲10メートルに鎖をばら撒きながらイオスは思った。

 おそらく、チンクとウェンディをイオスの拘束から助けたのも彼女だろう。

 となれば、複数の人間を連れて地面――他にもあるのかもしれないが――に潜航できると言うことだろうか。

 

 

 周辺に配置された鎖が幾重もの円を描き、道路に落ちる。

 それは一見、ただばら撒かれただけに見えるが……しかしその実、一部の鎖がザワザワと波打つように動くのだ。

 そこが、敵の……セインの居所だ。

 最初は落ちたケースを拾いに行ったようだが、道路を叩く鎖の音に気付いたのか出ては来なかった。

 

 

「鉄鎖の陣……どこにいようと、必ず見つける」

 

 

 そのイオスの声に舌打ちするかのように、反応していた鎖の腹が力無く落ちた。

 固い道路に鎖が音を立てて落ちて、それで終わりだ。

 ティアナがケースを拾った時にも、何の反応も返してこなかった。

 ――――逃げた、そう完全に判断できたのは、数分後のことだった。

 

 

「お――――いっ、お前ら!」

「あ、ヴィータ副隊長――――!」

「私もいるですよぉっ」

「リイン曹長!」

 

 

 スバルとエリオが喜色を浮かべて手を振るのは、後方から走ってきたヴィータとリインだ。

 ヴィータがやや衣服に煤をつけているのは、追撃してきた敵の足止めの結果だろう。

 しかしそれでも、その表情は明るかった。

 

 

 敵対戦力の大多数には逃げられたものの、保護した女の子と回収した『レリック』は無事、そして……ルーテシアと言う貴重な捕虜も得た。

 局地的な集団戦として見るのであれば、これは十分な戦果だろう。

 

 

「……意味は無いのに……」

 

 

 ぽつりと呟いたルーテシアの言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 そしてその少女の呟きを最後に、終息した。

 管理局と「彼ら」の戦い、その初戦は……管理局側の、辛勝と言う形で幕を閉じたのである。

 

 





最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
一度やってみたかったんですよね、こう、誰もいない空間に「そこだ!」って。
イオスのデバイスの探知能力ならやれるのに、今まで意外とやったことがなかったので。

さて、今話でルーテシアさんが捕虜になりました。
女性キャラが多いので仕方がないと言えばそうなのですが、またイオスが少女を鎖で縛りました。
ここだけ抜き出すと、イオスが凄まじいドSに聞こえます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。