魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第9話:「査察官、地下道」

 

 そこには、光が無かった。

 太陽の輝き、命の輝き、世界の輝き……ありとあらゆる光が、その瞳には存在していなかった。

 あるのは、苦痛と空腹と消耗と憔悴――――重い身体と心。

 

 

「…………ママ…………」

 

 

 肌を刺す寒さと、重みと痛みを兼ねた鎖の擦れる音、渇いた唇。

 光の無いその世界で、同じように光を持たぬ朦朧とした翡翠と紅玉の瞳が揺れる。

 まるで、それでも光が欲しいと求め願うかのように――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ミッドチルダ地上本部、時空管理局地上部隊の総司令部である。

 首都クラナガンの中央部に位置するその施設は、中央の超高層タワーとそれを取り囲む高層タワー数本から構成されている。

 中央タワー展望台や各タワー基幹部の緑地など施設の美麗さにも目を引かれるが、何よりも重視すべきなのはそこにある物の重要さであろう。

 

 

 中央議事センター、指揮管制室、中央ラボなどの重要施設が集中する地上本部は、魔力障壁と物理隔壁と言うハード面の防備だけでも次元世界随一である。

 しかしソフト面においては、やや不正常な状態にあるとされる。

 何故ならば長であるはずの地上本部本部長は傀儡に近く、実質的な権力を握っているのが。

 

 

「……防衛長官兼首都防衛隊代表、レジアス・ゲイズ中将……ね」

 

 

 そんな地上部隊の総本山に、イオスはいた。

 別にそれ自体は不思議ではない、彼は地上本部の査察部に所属しているためだ。

 しかし空隊出身の彼がそこにいることに対して当然視するような人間は、なかなか少ないのが現実ではあるのだが。

 

 

 実際、彼がいる資料庫――データ化せず紙媒体で保管するのも地上流――の職員達も、棚から自分の手で資料を出し入れしては確認して行く彼に好意的では無い視線を向けている。

 しかし残念ながら、イオスはそうした視線には慣れっこなのであった。

 

 

(ま、それでもここには後ろ暗い情報は無いだろうけど……)

 

 

 今回、イオスが地上本部の資料庫を回って……1か所だけでは無いので大変だが、とにかく回って調べ物をしているのには理由があった。

 質量兵器の地上本部での扱いや考え方について、改めて知っておく必要があると考えたためである。

 知っての通り、次元世界では火薬式などの質量兵器は原則使用禁止にされている。

 例外は一部の原始文化が残るような世界で、それ以外は全て法の取り締まりを受ける。

 

 

「遠距離殲滅魔力運用砲、『アインヘリアル』、と」

 

 

 目的の資料をデバイスで映像に残しつつ、その兵器の名前を呟く。

 『アインヘリアル』、これは要するに地上本部防衛のために――「誰」に対するものかはともかく――超巨大な大砲を置こうと言うような構想だ。

 ただ問題なのはそれ自体では無く、地上本部で支配的になりつつある主張……。

 

 

 管理局員に限定した、質量兵器の解禁または使用基準の緩和。

 

 

 事実上のトップであるレジアス・ゲイズ中将を中心に主張されている話であって、新暦以来の局是を変えるようなこの話はまだ全面的な支持を得るには至っていない。

 しかし、地上部隊の間では概ね好意的に見られているらしい。

 優秀な魔導師を本局に取られ、人員と装備の不足から負担と危険を押し付けられている地上側からすれば当然の論理だと思われているためだ。

 

 

「犯罪者から身を守り、かつ魔法の才が無くとも誰でも使用できる兵器の運用……わかりやすいと言えばわかりやすいがな」

 

 

 地上の平和を守って来た気概、と言う奴だろうか。

 空隊出身のイオスには実感が湧かないが、地上部隊が己の管轄の事件を他に回さないのはそう言う精神性を少なからず持っているからだろう。

 ……イオスのような空隊出身者から見れば非効率かつ非現実的なその体制も、本人達からすれば大切な何かなのかもしれない。

 

 

(まぁ、そこは俺にとってはどうでも良い。重要なのは……)

 

 

 ……重要なのは、地上部隊に配備される予定の質量兵器についてだ。

 主張する以上、現実的な配備計画がある、そして配備に至るまでの生産ラインや使用する兵器の規格などについても目処が立っていると言うことだろう。

 そう予測してしまえば、湧き出る疑問は一つだけだ。

 

 

 いったいいつ、どこで、現実的な計画が練れるだけのノウハウを身に着けたのか?

 

 

 旧暦の時代に兵器をまさかそのまま使用するとは思えない、ならば地上本部は新規開発した質量兵器を使用するはず。

 だが兵器の制式採用と言うのは、気が遠くなるほどの時間と実験と実践が必要だ。

 その計画は、どうなっているのか。

 そしてそこに必要な素材や機材は、どこから出ているのか。

 

 

 ――――イオスは、それを知らねばならなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 地上本部の食堂も、基本的には本局のそれと変わらない。

 ただ当然陸士制服を着た人間が大半で、査察官の制服を着たイオスは極めて目立っていた。

 昼食時の職員でごった返す食堂の中、周囲の座席が空席になるくらいには。

 

 

(地上部隊全部に質量兵器が配備される計画があるとするなら、それはかなりの規模になるはず……)

 

 

 しかしそんなことは全く気にすることなく、黙々と本局のそれよりも遥かに不味いリゾットのような何かを口に運びながら、イオスは午前中で洗った地上本部の情報を頭の中で確認していた。

 とはいえ、当然ながら機密レベルの低い情報に限られる。

 『ジュエルシード』流出の件とも並行して調査を行っているため、捗っているとは言い難い。

 

 

 しかしこの時点で、イオスは査察官としてある仮説を立てていた。

 彼が今行っているのはその仮説の証明のための調査であって、査察官である以上それは身内を疑う物であった。

 その仮説とは、まだ想像の範囲を出ないものの……。

 

 

『首都クラナガン防衛のためには、装備の増強が急務であるッ』

 

 

 その時、通路に設えられているモニターから野太い声が響いてきた。

 顔を上げてそのモニターに視線を向ければ、そこには何かの式典の映像が流れていた。

 それが誰の演説であるのかを知ると、その場にいる陸士隊員が立ち止まり、中には敬礼までしている人間までもが出てきた。

 不思議な光景かもしれないが無理も無い、何故ならそこに映っているのは……。

 

 

『ここ10年間の魔法技術の進歩と進化、それは裏を返せば陸士隊員達に対する脅威も進歩し、進化していることを意味する。これに対抗するためには、兵器運用の強化が絶対的に必要なのである!』

 

 

 そうだ、そうだ! ……その初老の男性、首都防衛隊のトップの紺色の制服を纏った男の言葉に賛同する声がどこかから聞こえる。

 その後続いたザワめきからすれば、その声はけして少数派と言うわけでも無いのだろう。

 つまりモニターで演説している男……防衛隊のトップ、つまりレジアス・ゲイズ中将。

 先程、イオスが名前を口にしていた男である。

 

 

 彼は言う、自分達の要請が通れば地上犯罪の発生率と検挙率を大幅に改善できると。

 人手が足りない、予算は足りない、装備も足りない、そんな状況を打破しなければならないと。

 そんなレジアスの言葉に、食堂に集まる陸士隊員達は口々に賛意を口にしていた。

 入局40年の大ベテラン……その身一つで海、つまり本局と渡り合い、部下達と共に地上犯罪の撲滅を目指して現場を駆け抜けた武闘派局員。

 

 

(地上の秩序と平和を守ってきたって意味じゃ、俺の何十倍も実績のある大先輩だが……)

 

 

 食事を口の中にかき込み、イオスは席を立った。

 レジアスの演説が終わり、管理局黎明期を支えた伝説の三提督――レオーネ・フィルス法務顧問相談役、ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥、ミゼット・クローベル本局統幕議長――が映ると、陸士隊員達の熱もやや冷めたようだった。

 とは言え、この微妙な空気の中に空隊出身の自分がいるのは得策ではあるまい。

 

 

(……そういや、ヴィータがクローベル本局統幕議長の護衛してたとか聞いたことがあるような)

 

 

 ガジェットと言う質量兵器の塊と戦っているヴィータら機動六課の面々がもし今のレジアスの演説を聞いていたなら、さぞや複雑な感情を抱くことだろうとイオスは思った。

 しかしレジアスや地上本部の主張することも、間違ってはいないのだ。

 昔から決まっていると言う理由だけで、使える兵器が使えない。

 

 

 それを使えば守れた命があるかもしれない、助けられた部下がいるかもしれない。

 人手が海に比べて質・量共に劣る地上の局員達からすれば……文字通り「上から見下ろす」本局の局員達が掲げる理想は、現実にそぐわないと憎むだろう。

 地上の現実を知らない、夢物語だと思うだろう。

 

 

「まぁ、そこも俺には直接は……っと」

 

 

 妙な空気の食堂を出て通路に出た所で、通信が入った。

 イオスは足早に物陰に隠れると、相手を確認した上で表示枠を開いた。

 

 

『お疲れ様です、イオス一尉。陸士108部隊のギンガです』

「ああ、お疲れ。どうかしたのか?」

『はい、イオス一尉……今日、これからお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?』

「……何かあったのか?」

 

 

 通信画面の中で、濃紺の髪を持つ女性は真剣な表情で頷いた。

 

 

『……ご覧頂きたいものがあるんです』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 毎日を訓練と仕事で過ごしていたから、いきなりふって湧いた休日には何をすれば良いのかわからない。

 ……などと言うことには、幸いにしてティアナはなっていなかった。

 イオスとの模擬戦から2週間が経過した今日、彼女はどうしているかと言うと。

 

 

「はい、あーん♪」

「ん、あーん」

 

 

 首都の市街地、自動車(モーターモービル)が走る道路を見下ろす橋の手すりに背を預けて立ちながら、ファストフードのポテトをスバルの手から唇で受け取っていた。

 2週間前にはあり得なかったリラックスした表情、それが逆に彼女の精神状態を表しているようだ。

 それは緩んでいるわけでも張り詰めているわけでも無く、緊張と余裕が同居した状態。

 

 

 ラフな白い丈長のシャツに、踝までのスマートパンツ……陸士制服と訓練着、そしてバリアジャケット以外とパジャマ以外の衣服を久しぶりに着た気がする。 

 横でニコニコ笑って昼食のファストフードをパクついているスバルも、今日は白のファー付きの黒ジャケにデニムスカートとスパッツと言う出で立ちだ。

 客観的に見て、どこにでもいそうな少女2人組である。

 

 

(ヘロヘロな状態で強い魔法なんて撃てないし……ね)

 

 

 と、この2週間は思うようになった。

 自主練は続けているが魔法に影響が出ない程度、常識の範囲内での反復練習に留めている。

 以前であれば、隊長陣から不意に休日を貰えば迷わず訓練に費やしただろうに。

 

 

 ただ今朝の模擬戦で実感したのだが、詰め込んだ訓練を続けるよりは適度に休息した方が身体が良く動いたのである。

 それを一度実感してしまえば、理解するしか無い。

 2週間前の自分は、客観的に見て……バカだったのだと。

 

 

「……何よ」

「ん、べっつにー♪」

「あっそ」

 

 

 朗らかな笑顔で、何故かポテトを咥えつつ自分を見つめてくるスバルから逃げるように目を逸らす。

 何がそんなに嬉しいのかは知らないが…………嘘、ちゃんと知っている。

 しかし生来素直では無い彼女は、そんなスバルに何事かを言うことは出来なかった。

 ただ……。

 

 

「もう一本食べる?」

「……ん」

 

 

 訓練校以来の腐れ縁の相手、そんな少女が差し出してきたポテトを口にする。

 それくらいのことは、しても良いと思っていた。

 

 

「エリオとキャロは、どうしてるんだろうねー」

「変に連絡とかするんじゃないわよ」

「わかってるって、空気空気」

 

 

 本当にわかっているのだろうか……などとジト目を向けた後、ティアナを空を仰いだ。

 そして、同じ街並みのどこかを歩いているだろう6つ年下の2人のことを考える。

 自分よりずっと才能のある、以前は見るだけで苦しかった2人……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まずはレールウェイでサードアヴィニュームを出て、近くの局立公園を散歩。

 市街地に出た後はデパートでウィンドウショッピング、会話を楽しみながら、手を繋いだりするとなお良し。

 それからお昼ご飯はなるべく雰囲気が良くて会話の弾みそうな場所でね、ご飯を食べたら2人で映画を見よう、ジュブナイル向けの恋愛映画が高ポイントだよ。

 そして夕方には、2人で海岸線を散歩しながら夕焼けを眺めれば完璧!

 

 

「シャーリーさんに作ってもらったプラン通りに歩いてるけど……これで良いのかな?」

「さぁ……?」

 

 

 ……と、言うようなことが書かれたメッセージ画像を2人で見つつ――送信者はロングアーチスタッフにしてフェイトの執務官補佐、シャリオ・フィニーノ――エリオとキャロは、首都クラナガンの市街地で揃って首を傾げていた。

 昼食に利用したシャーリー推薦のレストランを背にしつつ、何とも自信の無さそうな顔をしている。

 

 

 今朝、スターズの2人がそうであるように、デバイスの第2リミッター解除試験を兼ねた模擬戦の後に休暇を貰った2人も出かけることになった。

 しかしある程度遊び方を心得ているティアナとスバルとは異なり、遊び慣れていない2人にとって「街を遊び歩く」と言うのは(幼少時のこともあり)未知の領域。

 それ故にシャーリーにプランについて相談したのだが、正しく「出来て」いるのか自信が無かった。

 

 

『初めての、デート……! うんっ、任せて、ばっちりプランニングしてあげるから!』

 

 

 とは、シャーリーの談。

 まぁ、前半はエリオとキャロの耳には届いていないのが、しかしこのプラン、多分にシャーリーの趣味が入っているのだが、2人はそれに気付いていなかった。

 しかしばっちりおめかしして、でも慣れていない様子で2人で連れ立って歩く姿に街の人々が向ける温かな視線は、大体がシャーリーと同じ見解に達していることを意味していた。

 

 

「うーん……とりあえず、次は映画だよね。エリオ君、行こう?」

「あ、うん……」

「……? あ、メッセージに手を繋ぐと良いって書いてあるから」

「あ、そっか、そうだね」

 

 

 と言って手を繋いで歩き出せば、周囲の視線はさらに微笑ましい物を見るそれに変わった。

 丈長の赤のシャツにベージュのノースリーブパーカー、黒のスラックスに濃い黒のリュックを背負ったエリオ。

 そして腰に桃のリボンが結ばれた白基調のワンピース、髪色と同じ上着と小さなショルダーバック、エナメルの靴と言う出で立ちのキャロ。

 

 

 まさに、「初めてのデート」であった。

 2人とも今は可愛らしさが前面に出ているが、10年後には凛々しさと美しさがそれぞれ増していることだろう。

 ……まぁ、今はいずれにしても可愛らしい2人組である。

 

 

「私、映画って初めてなんだ」

「えっと、実は僕も……」

「そうなの?」

「うん」

 

 

 それでも、いろいろなことを話しながら一緒に歩くだけで2人は互いの心の距離が縮まっていくのを感じていた。

 内容は大部分が共通の話題、つまりはフェイトであるが――遊園地に連れて行って貰った話とか――それも、2人にとっては大切な話だった。

 

 

 境遇は違う、それでも同じ人間との出会いを経て出会えた2人。

 手を繋いで言葉を交わし、触れ合うことで分かり合う。

 それが出来ることがいかに幸福か、気付くことができた2人だから……。

 

 

「それでね、どうしてもフリードがイオスさんの手を噛んじゃうから」

「あはは、そうなん…………ん?」

 

 

 しばらく後、サードアヴィニュームF地区と呼ばれる区画を歩いていた時、不意にエリオが足を止めた。

 それまでの笑顔が一変して訝しげな表情に変わり、手を繋いだままのキャロは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「どうしたの、エリオ君?」

「いや、その……何だろう、声が」

「声?」

「うん……」

 

 

 訝しげな表情のまま、エリオは頷いた。

 まるで、何かを聞こうとするかのように聴覚に全神経を集中させながら。

 

 

「……声が……」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 サードアヴィニューム近くの地下道路、イオスが下りた場所はそんな場所だった。

 空隊出身のイオスは初めて来る、と言う程では無いにしろ、少なくともミッドチルダで来ることはあまり無いような場所だ。

 しかし、陸士部隊にとってはホームグラウンドのような物だろう。

 

 

「お待たせ、ギンガさん」

「ご苦労様です、早速ですがこちらへ」

「ああ」

 

 

 地上に繋がる階段を足早に下りて行くと、現場検証を行っているらしい調査班に混じって作業しているギンガがイオスを呼んだ。

 それに頷いて近寄るイオス、しかし薄暗い照明の下、白衣を来た調査班の職員の側に落ちている楕円形の物体に気付く。

 

 

「……ガジェット、か?」

「はい、Ⅰ型です。この地価道路周辺に合計で6機のガジェットが確認されています」

 

 

 1機を調べていた白衣の職員にギンガが軽く会釈する、すると彼は音も無く離れて行った。

 そのスペースに、イオスが膝をつく形でギンガの隣に座る。

 目の前に仰向け……だろうか、倒れているのは間違いなくガジェットだ。

 しかし、機体の所々に穴が開いて破壊されている。

 

 

「魔力素の痕跡が確認されてます……おそらくは魔導師です」

「ここでガジェットと戦った魔導師がいたってことか……?」

 

 

 局に確認した所、この近辺で出動している魔導師はいないと言う。

 かなり怪しい事態であると言える……が、これはむしろ六課向きの事件だ。

 ギンガは現在六課と共同捜査しているので無関係では無いだろうが、イオスには直接関係があるとは言えない。

 

 

 そんなイオスの心の内を読んだのか、ギンガは一つ頷くと立ち上がり、イオスを別の場所へと連れて行った。

 そこにあったのは、黄色い台のような何かだった。

 周囲に硝子や何かの部品のような物が散り、僅かだが液体と爆発の痕跡がある。

 それは、原形を留めない程に破壊されてはいるが……。

 

 

「……これが何の一部か、わかりますか?」

「ああ……」

 

 

 調査していた職員に手を上げて調査を続けるよう促しつつ、イオスはギンガの言葉に頷いた。

 これが何か、などと聞かれるまでも無い。

 イオスはこれと同等かそれ以上の物を、過去に最低一度、見ているのだから。

 厳密には、似た物を見たというそれだけなので確証は無いが。

 

 

「……生体ポッド、に酷似してる気がする。それも」

「人造魔導師の、素材培養機です」

 

 

 続けて告げられたギンガの言葉に、ただ頷く。

 もちろん酷似しているだけで、まだ調査の結果を待たねばならないだろう。

 しかし、見間違えるだろうか、彼が。

 身内に「その存在」そのものがいるイオス、かつては裁判まで担当した彼が。

 見間違える、だろうか。

 

 

 人造魔導師……優秀な魔導師を人工的に作り出す禁忌の技術だ。

 薬品や機械、科学の力で生み出された生命。

 考えるまでもなく、違法行為だ。

 

 

「……これを」

 

 

 そして、ギンガはさらにその生体ポッドの破損部分の画像を見せてきた。

 表示枠の中、調査班から貰ったのだろうその画像が拡大されていく。

 いくつかの基盤や部品、デバイスが覗くそこに、フォーカスが合わされていく。

 そしてその横に、彼女はさらに別の映像を浮かべた。

 そちらは、彼女がイオスと共に運んだ物の分解映像。

 

 

「こちらが、イオス一尉をお呼び立てした理由です」

 

 

 一つは、目の前の生体ポッドの基盤の一部。

 そして今一つは、ある質量兵器素材の部品……基盤と、金属素材の一部。

 一見違うように見えるが、しかしそれは。

 

 

「……! コイツは」

「はい」

 

 

 頷いて、ギンガは静かな、それでいて緊張した瞳で頷いた。

 

 

「……ギンガさん、アンタ凄ぇよ。だってこれ……」

 

 

 ごくりと唾を飲み込んで、イオスは表示枠を指先で叩いて。

 

 

「同じ素材……同じ部品だ。質量兵器用の素材じゃ無かったのか……!」

 

 

 1ヶ月ほど前、『テレジア』に委託されて2人で運んだ質量兵器とその素材。

 ガジェットに襲われ、六課の面々と顔を合わせたあの時の。

 それに使用されていた物が、目の前の生体ポッドの中にも使われているのである。

 つまり、質量兵器として密輸したのは……少なくとも一部は、擬態だった可能性がある。

 目的は、本当の目的はもっと別の。

 

 

「もちろん、まだ断定はできません。しかしこれが本当に同一人物、あるいは同系列の個人並びに組織から出ている物であれば、あるいは」

「ああ、そうだな……そうだよ、もしかしたらだ」

 

 

 重なったかもしれない。

 緊張に瞳を揺らしたまま、しかし口元に笑みを見せてイオスは頷く。

 今初めて、イオスの捜査対象と「彼女ら」の捜査対象が明確に重なったのかもしれないのだから。

 

 

 ギンガは、そんなイオスを見て何事かを考えている様子だった。

 その瞳は、やや迷うように揺れている。

 何度か何かを話したそうに唇を動かし、しかし最終的には首を振って自分を叱咤し、彼女はイオスを見て何かを。

 

 

「「――――!」」

 

 

 しかし、それは話されないままに終わることになる。

 何故なら、2人のデバイスにそれぞれの部署・個人から緊急の連絡が入ったためで……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 休暇中のはずのキャロからの通信、それが、平穏だった世界の空気を一度に打ち壊した。

 サードアヴィニュームF23の路地裏にて意識不明の少女一名を保護、そして同時に『レリック』入りのケースを回収――――関連性は不明だが関係性は重大と思われる。

 そしてさらに重要な報告、それは…………『レリック』は、もう一つあった可能性がある。

 

 

「もしミッドチルダ中心部で『レリック』のような高エネルギー体が放置されているのだとすれば、それを見過ごすことはできない」

「ガジェットや例の召喚士が出て来る可能性もあります、可能な限り迅速に回収して貰えるよう聖王教会として要請します……所用でこちらに出向いたいたシグナム副隊長も、すでにそちらに向かっています」

 

 

 まず機動六課の運営について責任を持つ後見、クロノ・ハラオウンとカリム・グラシアがそう決定を下した。

 聖王教会のカリムの応接室に存在する彼らの前には、いくつかの表示枠が存在する。

 それぞれフォワードのいる現場、部隊長のいる機動六課ロングアーチ、そして現場へ急行する六課隊長陣を映し出している。

 

 

「こちらライトニング2、現在ベルカ自治領を許可を得た上で飛行中。4分25秒で六課隊舎に帰還する、状況を理解するため、音声での通信履歴をこちらにも回して欲しい」

 

 

 カリムの言葉通り、すでに騎士甲冑を纏ったシグナムはベルカ自治領の空を飛んでいた。

 彼女はある意味で最も現状の情報が不足している、そのため会話には参加しない物の情報を求めた。

 場合によっては、六課に戻らず現場に援軍に向かう必要があるからだ。

 

 

「了解、ライトニング02へリアルタイムで通信を繋ぎます。チャネル1988を限定展開」

「同じくチャネル2022及び1943を中継展開、同時通信リンク維持します」

 

 

 機動六課ロングアーチ、部隊長はやてが駆け込んだ時にはすでに全ての準備が整えられている。

 ルキノ、アルトが端末操作ではやての座席の前に複数の通信画面を展開する、それは現場、教会、六課、そして移動中の隊長、副隊長達を繋ぐ作戦の要だった。

 システムを構築したシャーリーは、アルトとルキノが展開するシステムプログラムに問題が無い事を確認して親指を立てていた。

 

 

「その女の子、安全確実に保護するのは決まりや。気になることもあるけどとりあえずそれは後、まずは『レリック』の回収が最優先や。市街地と海岸線の部隊には……」

 

 

 視線を向けた先、補佐のグリフィスが瞑目して意を伝える。

 

 

「……連絡済みや」

 

 

 頷きと共に伝えると、それが各所に繋がって微かな安堵を伝える。

 しかしそれは後方の話、現場となるとそうもいかない。

 特に女の子と『レリック』を確保したエリオ・キャロのコンビと合流したティアナにとっては、安堵の要素など欠片も無いのだった。

 

 

「ケースの封印処理はキャロがやってくれました。なのでこちらがガジェットに発見される事は無いと思います。ただ……」

 

 

 ちら、と見るのは、キャロの膝で眠る金色の髪の女の子だ。

 5歳か6歳、ティアナがまで兄について回っていた頃……ほんの子供、身を守る術を持たない、保護されるべきそんな存在だ。

 しかし見るからにボロボロ、古ぼけた布一枚を纏っただけの格好。

 

 

(……明らかに、普通の子供じゃない)

 

 

 普通の子供は、地下水路を『レリック』を鎖で引き摺りながら歩かない。

 休暇が潰れたのは別に構わない、しかし。

 ……嫌な予感しか、しなかった。

 

 

「……見えたよ、もうつく。子供と『レリック』を保護して、私達も出ます」

「ティアナ達は、そのままもう少し現状待機でお願い」

 

 

 そして一方で、六課から――現場が比較的近い市街地なのが奏功した――ヴァイスの操るヘリでまさに飛んで来たなのはとフェイトが、近隣のビル屋上ヘリポートに降り立ったのはこのタイミングだった。

 後ろには医療班としてシャマルが随行しており、さらに六課で留守番をしていたフリードまでいる。

 先程までさらにリインもいたのだが、こちらは別行動中だった。

 

 

「じゃ、ヴァイス君! ヘリお願いね!」

「任せといてください、皆さんの足、誰にもやらせやしませんぜ!」

 

 

 敬礼しつつ威勢よく応じるヴァイスに手を振って、なのは達はビル屋上から下へと飛んだ。

 視界の先には、すでにフォワード陣と保護した女の子の姿が見える。

 まずはシャマルに女の子を診て貰って、ヘリできちんとした施設に送らなければ……。

 

 

「こちらスターズ02よりロングアーチ、通信中継助かった。こっちはナカジマ三佐に許可を貰って、108の演習場所から直接現場に向かってる!」

 

 

 そして最後の通信参加者がヴィータだった、ミッドチルダ南西の海上を赤の騎士が軽やかに飛翔する様子は華麗だった。

 低い位置を飛んでいるため、海面が揺れて白い飛沫を立てている。

 現在は現場に向かいつつ、リインとの合流を目指していた。

 

 

「……良し」

 

 

 そしてそれら現場の動き全てを把握して、はやては頷いた。

 全員が命令を待たずに独自に、それでいて自分の分をはみ出さずに仕事をしてくれたことに満足する頷きだった。

 機動六課の人員の優秀さを、改めて実感した。

 

 

 これなら、と思わせてくれる素晴らしい仲間達だ。

 だからはやては、改めて命令すべく口を動かしかけた。

 ――――そこへ。

 

 

『お取り込み中失礼――――その話、俺達も混ぜてくれよ』

 

 

 聞き覚えのある声が、突如、通信に割り込んで来た。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 サードアヴィニュームF地区42番の地下道路、道路から水路へと変わるその道を駆ける2つの人影がある。

 1人は水色の髪の青年、今1人は濃紺の髪の女性だ。

 狭い道をほぼ並んで駆ける2人は、イオスとギンガである。

 イオスは、『テミス』が開いている通信画面に向けて自信ありげな笑みを見せながら。

 

 

「――――で、何の話をしてたんだ?」

『って、聞いてたわけじゃないのか!?』

「おーぅ、これはこれはクロノ提督、お久しぶりですねぇ。その制服、良くお似合いで!」

『嫌味か!』

 

 

 新たに浮かんだ通信表示枠、そこに現れた顔に内心で驚くイオス。

 儀典用にも似た黒の将官服を着た幼馴染は、執務官と言うよりは上層部の一員のようだった。

 彼が繋いだ通信はフェイト、なのはとヴォルケンリッター、そしてフォワードのスバルを除く3人に対して開いた物……なので、クロノが入ってきたことにはかなり驚いた。

 つまる所、イオス達のいる付近及び近付いている六課のデバイスに向けての通信である。

 

 

 ギンガに呼ばれて入った地下道路、その生体ポッドから地下水路へと続く何かを引き摺った跡。

 そして近隣には六課のデバイス反応がほぼ勢揃い、もしやと思って通信をかければ案の定である。

 そうした事情を説明した所、向こうも同じような結論に達したらしい、そんな表情を浮かべた。

 

 

「こっちで追いかけてるものと、そっちがこれから追いかけるもの、多分同じだと思うぜ」

 

 

 推論が仮説へと変わったと、イオスはこの段階で感じていた。

 まだ明確な証拠は何も無い、しかしこの仮説が正しければ可能なのだ。

 管理局に捕捉されず、ガジェットなどの違法兵器の量産が。

 ……もちろんそれは、まだ「出来るから」と言う理由付けしかできないこじつけだ。

 しかし、この仮説ならば――――説明できる、今までの全てに。

 

 

「この事件、思ったより根が深そうだ……!」

 

 

 通信の向こう、今や自分より遥かにに昇進を果たした幼馴染の青年が考え込むように沈黙する。

 それから何事かを誰かに――通信か――で話し、10秒程度で何事かを議決したらしい。

 その証拠に、目の前に新たな通信枠が開く。

 現れたのは、茶色の髪の女性だ。

 

 

『機動六課部隊長、八神はやてです』

「査察部、イオス・ティティアです。再開の挨拶はまた後ほど」

 

 

 T字路で立ち止まり表示枠に対して敬礼するイオス、後ろのギンガもそれに倣った。

 はやてはそれに一つ頷きを返すと、同時にあるデータを『テミス』に送ってきた。

 それは、現在の状況について細かく描写された詳細なレポートだった。

 急ごしらえなので短いが、しかし十分に機密に値する情報。

 

 

『機動六課はこれより、本日のこの件についてのみ……イオス査察官への協力に入ります』

 

 

 六課がイオスに協力を要請する、では無く、イオスが六課に協力を要請する。

 似て非なるその形式に、イオスは笑みを浮かべた。

 わかってるじゃないか、自分の後輩は。

 ――――対外的な見え方と言う物を、査察官に協力すると言うことの意味を。

 

 

『こちらで地下水路内にガジェットを複数確認しています、ついては六課の前線部隊(フォワード)との合流を願います。可能ですか?』

「もちろん」

 

 

 後ろのギンガを見つつ頷けば、ギンガも頷きを返してくる。

 イオスはそれに笑みを浮かべて、通信画面のはやてにそれを向ける。

 

 

「協力に感謝します、八神部隊長」

『いえ、成果を期待します…………それと』

「はい?」

 

 

 通信が終わる一刹那、はやての表情に変化が訪れた。

 それまでの凛とした部隊長のそれから、どこか気弱な少女のそれへと。

 それはほんの一瞬で、ともすれば見逃してしまいそうな気さえしたが……。

 

 

『…………気ぃつけてな』

 

 

 微かに息を詰めたそんな声が耳に届いて、しかし返答は許されず……通信は切れた。

 地下の空間が、再び静寂が訪れる。

 表示枠の明かりも消えて、後には薄暗い世界だけが残る。

 

 

(死にそうな台詞残すのやめてくんないかな……俺が)

 

 

 そんなことを思いつつ、イオスは目を閉じた。

 指先からカードを投げ、光に身を投じる。

 次の瞬間には、彼は両腕に鎖を巻いた空色のバリアジャケットへと姿を変えていた。

 鎖の調子を確かめるように掌を握り、そして。

 

 

「まぁ、そう言うわけでギンガさん。ここから先は――――……」

 

 

 108部隊は六課と共同捜査とは言え、まだ今回の件についての正式な意思決定はされていない。

 なので、イオスとしてはここで別れるのもアリかと思ったわけだが。

 

 

「――――はい」

 

 

 しかし、力強く頷いた濃紺の髪の女性にそのつもりはまったく無いようだった。

 青白い輝きが砕けた先に、初めて見るバリアジャケット姿の彼女がいる。

 いつかの記憶を刺激されるその立ち姿に、イオスは一瞬言葉を失ってしまった。

 

 

 身体のラインを浮き上がらせる白のスーツに、黒地に紫を添えた上着とガードスカート、ブーツ。

 髪を縛るのは長く青いリボン、そして胸部とブーツには銀の装甲が付属されており、さらにスバルのそれに似たローラーブレードが装着されている――――インテリジェント、『ブリッツキャリバー』。

 そして、左腕の『リボルバー・ナックル』。

 

 

「……母ほどではありませんが」

 

 

 イオスの視線が気になったのか、照れたように頬を染めてそう言った。

 それにイオスは目をパチクリとさせた後に頭を振って、苦笑しつつ応じる。

 

 

「別に、組んで仕事をしたことはねーよ……クイントさんとはな」

「……はい!」

 

 

 言外に「一緒に行く」ことを忍ばせて、イオスは左側を向いた。

 マップによればそっちの道なのだが、そちらには、どうやら「お客さん」がいるらしかった。

 騒がしくなってきたそちらへと2人して視線をやって、そして――――。

 

 

「……行きましょう! 私が先行します!」

「あいよ、横と後ろは任せとけ」

 

 

 2人で、駆け出した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 女の子は、極度の衰弱が見られる以外は身体に異常は見られなかった。

 抱いてみると想像以上に軽くて、なのははそれだけで胸が締め付けられてしまった。

 とりあえずヘリの座席に寝かせた女の子、その頬をそっと撫でる。

 

 

「…………」

<Master. Are you alright?>

「……うん、大丈夫だよ、『レイジングハート』」

 

 

 この女の子は、どこの誰なのだろうか。

 それすらもわからない、そして、おそらくは普通の子供では無い。

 境遇か、環境か、身体か、心か……それとも生まれか、そのいずれかが普通とは違う。

 無論、管理局で前線に立つ仕事をしていればそんな子供には何人も出会う。

 フォワードで言えば、エリオとキャロのような。

 

 

「なのはちゃん、この子は私が……」

「……はい、お願いします」

 

 

 シャマルの言葉に頷き、もう一度だけその子の髪を撫でてなのはは立つ。

 己の仕事を成すために、シャマルに保護した女の子を預けて。

 背中に決意を乗せて、ヘリのタラップを降りる。

 

 

 頬を撫でる風、その風が一瞬乱れて――――ヘリを降りてヘリポートに一歩を踏み出すと同時に、バリアジャケットを身に纏う。

 純白の光が散るその姿は、まるで天使が羽根を広げたかのようで。

 不屈の心の名を冠する杖を持つその姿は、まるで人に裁きを与える守護天使のようだった。

 

 

「なのは」

「――――うん」

 

 

 同じく、黒衣のバリアジャケットに身を包んだフェイトと共に飛ぶ。

 空へ。

 教え子達がもう一つの『レリック』を回収するまで、仲間が目的を達成するまで。

 首都クラナガンを守るため、そして。

 

 

「行こう」

 

 

 ――――撃ち抜くために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――ルーテシアお嬢様は地下へ、お供は2人……ああ、4人、なのかしらぁ?」

 

 

 クスクス、クスクス……透けるような青空の下、その女は笑っている。

 いったい何がおかしいのか、まるでわからない。

 あえて言うのであれば、今、この場で起きている全てのことがおかしくて仕方が無いのだろうか。

 

 

 空で機械人形を相手に街を守ろうとする白と黒、そして赤の魔導師達なのか。

 地下で小さな小さな欠片を求めて彷徨っている、魔導師達なのか。

 それとも、そもそも地上を埋め尽くすその生き物に対してなのか。

 そのいずれか、あるいは全てを――――女は、嘲弄し、嘲笑しているようだった。

 

 

「頑張ってる人を見るのは、好きですよぉ?」

 

 

 誰に話すでもなく、片手を掲げて光を生み出しながら嗤う。

 丁寧に撫でつけられた茶色の髪を2つに分けたお下げにし、丸い大きめの眼鏡をかけた女だ。

 髪飾りのように見える青いそれは、何かのデバイスのようにメタリックな作りだった。

 

 

「頑張ってもがいてくれる人は、だぁ~いすき」

 

 

 踝まで覆う白いマントの下は、薄い青と濃紺に彩られたスーツに覆われている。

 女性らしい柔らかな曲線が露になる程ぴっちりした全身タイプのスーツであり、腰部に申し訳程度にガードが付属している。

 そして首元のポイントパーツ、首輪のようにも見えるそれにはある文字が刻まれていた。

 ――――「Ⅳ」、と。

 

 

「チンクちゃん、セインちゃん、ディエチちゃん、ウェンディちゃん、お仕事しっかりねぇ~?」

 

 

 ――――先天固有技能(インヒューレントスキル)幻惑の銀幕(シルバーカーテン)

 クスクスと笑うままに、女は己の力を解き放った。

 それは、全てを幻惑する能力(ちから)だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「何か、上は大変なことになってるみたいね……」

 

 

 まさかなのはやフェイト、ヴィータという隊長・副隊長陣が敗北するとは思わないが――――それでも現場リーダーとして、ティアナは危惧を覚えなくてはならないのだった。

 サードアヴィニュームF地区94番、フリードも揃って完全状態の機動六課フォワード陣はその合流ポイントを目指して地下水路を駆けている所だった。

 合流先にいるのは、彼女らにとってあらゆる意味で格上の存在のはず。

 

 

「最初の任務の時の、スバルさんのお姉さん……ギンガさんと」

「……イオスお兄さんも、一緒だなんてビックリです!」

「そうだね!」

 

 

 Ⅰ型ガジェットをいくつか撃破しながら進む最中、エリオとキャロの声に先頭のスバルが元気良く応じる。

 まぁ、スバルの場合はギンガがいることの方が重要なのだろうけども。

 

 

(……というか、別にもう「おじさん」で良いと思うけどね)

 

 

 ティアナが少しばかりの意地の悪さでもってそんなことを考えていると、先頭のスバルが数えて3番目を走る自分をエリオの頭越しに振り返って。

 

 

「どしたのティアー? 模擬戦で負けたイオス査察官に会うのが嫌なの?」

「良いから前見て走りなさいよ!」

 

 

 はぁ~い、と無邪気に前を向く背中が憎らしい。

 いっそ一発撃ち込んでやろうかと思ったが、それは流石に自重した。

 任務が終わった後、ゆっくり自分のイメージについて修正してやれば良い。

 そう密かに決意して、ティアナは引き続き地下水路の整備員用の道を走るのだった。

 

 

 ……ふと、自分が両手に握る『クロスミラージュ』へと視線を落とす。

 今朝の模擬戦の後、第2段階へのリミッター解除が許されたデバイスを見る。

 シャーリーという腕の良い技師の手でピカピカにされたそれは、生き生きと輝いているようにも見えた。

 

 

『ティアナはね、自分を凡人だって言うけれど……そんなこと、無いんだよ?』

 

 

 その向こうに幻視するのは、あの夜に話した自分の教導官の笑顔。

 自分の過去のミスを話し、そうなってほしく無いがために教導をし、そして誰よりも自分の魔法を信じてくれていたあの人。

 ……自分は凡人だ、その認識は変わらない。

 

 

 大きな魔力も、稀少な特殊能力も、ズバ抜けた身体能力も無い、ましてや不屈の心など。

 しかし、それでも。

 自分を信じてくれる誰かのために、自分を守ろうと思うようには、なった。

 ――――結局、目の前の現実からは逃れられないのだから。

 

 

「ケースの反応、この近くです!」

 

 

 キャロの叫びに、その現実へと意識を戻した。

 ティアナは前を見る、どうやら随分と進んできていたらしい。

 もうすぐ合流地点、そう思って『クロスミラージュ』を構え直した時だ。

 先頭のスバルが、身を引きつらせるようにして停止した。

 

 

「……どうしたの!?」

「何か来るよ!」

 

 

 何かはわからないが、こういう時のスバルの勘が信用できるのは知っている。

 だからティアナは陣形を取るべく身構え、そしてその次の瞬間。

 

 

 鋼が石の壁を抉る音が無数に聞こえてきた。

 

 

 言うなれば、鋼の足を持つ多脚の存在が駆けずり回っているとでも言おうか。

 思わずゾワリとする想像に背筋が寒くなるが、おそらくはガジェット。

 そう判断したのだが、しかしそれは間違いだった。

 

 

「――――なっ!?」

 

 

 壁を何度となく叩き抉る音がどんどんと近付き、そして最後には目の前にまで来た。

 シャガガガガ……ッ、と壁を叩いていたそれは、脚ではなく銀の鎖だった。

 鋭角的な機動を繰り返すそれは壁だけでなく空中でも動き回り、狭い水路の空間を目一杯に使って駆けていた。

 

 

 コア・クリスタルが輝く鎖の先端が角を曲がって、右拳を振り上げて構えるスバルの目前で止まる。

 ピタッ、と停止したそれは、まるで目の前にいる4人を品定めするかのようにコアを明滅させた。

 そしてその鎖を見た途端、ティアナは身体から力を抜いた。

 

 

「……あーあ、来ちゃった」

 

 

 まるで童女のように拗ねた口調で、そんなことを呟く。

 その次の瞬間、鎖を巻き込む勢いで爆発が起こり……同時に、人間が飛び出してきた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 右腕を前に添え、左腕を腰だめに構える。

 以前は自分でしなければならなかったローラーの出力調整はもう必要ない、何故なら今の彼女には自身で最善の判断を下すAIを積んだインテリジェントデバイスがあるからだ。

 その名も、機動六課技術主任シャリオ・フィニーノが力作――――。

 

 

「行くわよ、『ブリッツキャリバー』!」

<Yes sir>

 

 

 足首の紫のコア・クリスタルが輝き、主のためにグリップ、速度、反応を最善の状態に維持する。

 これにより、ギンガは己の拳に全てを乗せることに集中することができるのだった。

 

 

「『リボルバー……」

 

 

 初撃、正面のⅠ型を左拳のストレートで機体中央に盛大な穴を開ける、ネジや歯車などの細かな部品が装甲を突き破って背部から飛び出して散った。

 腕を引き抜き、キャリバーがローラーを回転させて一瞬バック、そして前へ急加速する。

 打ち下ろしの一撃でさらに別のⅠ型の左下3分の1を吹き飛ばして倒し、身体を回転させてもう1機のアンカーによる攻撃を踊るようにかわした、そして打ち上げの一撃でもって壁に叩きつけて破壊する。

 

 

「……シュート』」

<Storm tooth>

 

 

 そこまで進んだ所で、角に差し掛かった。

 狭いので『ウイングロード』は展開しない、しかしその代わりに駆ける。

 角からⅠ型ガジェットが飛び出してくる、アンカーを射出して迎撃してくる。

 

 

「……!」

 

 

 ぐ、と目を細めれば、ギンガの両側と頭上を抜けるように銀の鎖が駆ける。

 壁に鎖の一部を刺して支点としたそれらに、ギンガは飛び乗るような形をとった。

 鎖とローラーが擦れて火花を散らし、バレルロールでもするかのように鎖の道を通って壁から天井へと駆け上がった。

 

 

「スナイプ・ショット!」

<Spear snipe>

 

 

 合計9本の水の槍が、先程までギンガがいた位置を高速で飛翔する。

 それはギンガを捉えるべく舞っていた空中のアンカーを的確に打ち払うと同時に、AMFで効果が薄まるまでに十分な威力を持っていたのだろう、ガジェットのメインカメラをそれぞれ直撃した。

 その直後に、ギンガのロールが終わる。

 

 

「はあぁ――――っ!!」

 

 

 真ん中の1機の腹を抜き、ガジェットの左脇を駆け抜ける。

 そこで初めて立ち止まり、熱を輩出するかのように左腕の『リボルバーナックル』から白い湯気のような煙を吐き出させた。

 残りの2機については、何も心配していない。

 

 

 ギンガが横を駆け抜ける頃には、すでに機体の各所を鎖で貫かれていたからだ。

 鈍い音を立てて、ギンガが腹を貫いたガジェットと共に爆散して消える。

 その爆風に濃紺の髪を揺らしながら、ギンガは息を吐いた。

 

 

(何と言うか、リニアの事件の時も思っていたけど……)

 

 

 安心感が、ある。

 今までギンガは陸士108部隊で、捜査官として単独で行動することの方が多かった。

 陸戦Aランクなど自分しかいなかったし、部隊として動く時も自分は先頭で突っ込むか、『ウイングロード』の機動力を活かしての救援など……やはり、味方に背中を晒して前線に立つ役目だった。

 

 

 しかし今、初めて自分と同等以上の、それでいてタイプの異なる魔導師と組んで戦ってみて……思う。

 これ程までに、細やかな援護を貰ったのは初めてだと。

 しかも、自分がいつどこに立てば良いのかがその都度、言葉などなくともわかる。

 部隊の仲間達に背中を任せるのも好きだが、こういうのも悪くない。

 そう、思った。

 

 

「ギン姉!」

「……あ」

 

 

 物思いから浮上して視線を動かせば、角の先に見知った顔があった。

 合流ポイントまでまだ少しあるが、どうやらその前に会えたらしい。

 スバルと、その仲間達に。

 

 

「お、いたいた」

 

 

 敬礼し合おうとした所で、後ろからゆるりとした足取りで青年がやって来た。

 高速で鎖を戻して両腕で受け止めつつ、彼は笑いながらフォワード陣に視線を向けて。

 

 

「2週間ぶりか、お前ら?」

「「お兄さん!」」

「よし」

 

 

 ……何が「よし」なのか、ギンガにはさっぱりわからなかったが。

 どうやら、無事に合流できたようだった。

 

 





メリークリスマスですね皆様、最後までお読みいただきありがとうございます。
竜華零です。
いよいよあの六課のアイドルが登場です。
そしてあの娘達も登場、どんどん出ます。

ふと気付けばそろそろ後半戦、いよいよ大詰めです。
さて、竜華零の描くストライカーズ、前半は終わり。
原作とは違う流れで最後行きたいと思いますので、よろしくお願いします。

最近いろいろ寒いですが、皆様体調にはお気をつけて。
それでは、次回も頑張ります。

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