魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第8話:「査察官、再訪問」

 その日、イオスは再び機動六課の門を潜っていた。

 理由は10日程前にシャマルに言われた、足の検診のためである。

 もちろん行く必要は無い、義務は無いわけであるから。

 

 

 しかしこのまま行かない選択をすれば、「あ、あいつシャマルを避けたんだな」とか思われるのではないだろうか。

 逃げたとか思われるのでは、無いだろうか。

 その考えに至った時、彼の行動の選択肢は著しく狭められたのであった。

 

 

「……なぁ、リイン。知ってるか?」

「な、何をですぅ?」

「笑い声って……部屋に、響くんだぜ」

「そ、そうなんですかぁ」

 

 

 そんなイオスの精神の動きを理解しているのかどうなのか、はやてへの挨拶の後に医務室までイオスを案内してきたリインが、彼の傍で笑うのを必死に堪えていた。

 昔なら可愛らしく首を傾げていただろうに、随分と成長したものである。

 

 

「うふふ……あ、ごめんなさい」

 

 

 イオスの片足に『クラールヴィント』を嵌めた手を翳し、検診をしていたシャマルもそんな2人の様子を見てクスクスと笑っている。

 ただ、彼女はリインと違ってイオスの視線に気付いて謝罪する程度の世渡りは出来た。

 薄緑の温かな魔力がそのタイミングで途切れ、シャマルはイオスから身を離した。

 

 

「はい、治癒魔法による接骨に異常はありません。お疲れ様でした」

「ん、世話になったな」

「いえいえ」

 

 

 それでもお礼はきちんと言うあたり、真面目であった。

 治癒魔法による治療は完治までが早いが、術式に込められた魔力と患者の魔力の相性によっては微妙に不具合が出ることがある。

 そのための検診が今回のそれであり、そして問題なくイオスの足は治っていた。

 それはつまり、守護騎士であるシャマルとイオスの魔力資質の相性が良いと言う意味でもあるが。

 

 

「イオスさん、もし良かったらフォワードの訓練の様子を見ていくですか?」

 

 

 カルテに何やら書き込んでいるシャマルを視界に入れつつ、イオスはリインになのはの教導と模擬戦を見に行かないかと誘いを受けた。

 正直、イオスとしてはあまり興味が……あ、いや、甥っ子姪っ子に興味はあるにはあった。

 ……よもや、リインにそのあたりのことを読まれたわけでは無いだろう。

 

 

「失礼します」

 

 

 その時、医務室の扉を開けて入室してくる者がいた。

 精悍な顔立ちの茶髪の男で、六課に多い陸士制服ではなくヘリパイロットの制服を着ている。

 彼は医務室の扉に手をかけたままの体勢で医務室の中をぐるりと見渡すと、自分を見つめる視線に気付いて。

 

 

「ちょっと、良いスかね?」

 

 

 ヴァイスは困ったような顔をして、目的の人物――イオスに対して、首を傾げてそう言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ホテル・アグスタでの任務以降、なのはには気になっていることがあった。

 それは自分の分隊であるスターズの2人……特にティアナに関することだ。

 

 

「ティアナ、前に出過ぎてるよ! ポジションキープして!」

『はいっ!』

 

 

 現在、なのははⅠ型ガジェットとの訓練に区切りを付けて内容をさらに先へと進めていた。

 過去2度の任務から通常戦闘は問題なしと見て、ここ2日程はⅡ型・Ⅲ型との戦闘を想定した訓練を行っている。

 陸戦演習場のシミュレーターで再現したそれらの敵との、フォワード4名の連携訓練。

 

 

 優等生的なのはスバルとエリオだ、この先、それぞれ種類の違う前線型ストライカーに成長してくれるだろうと思う。

 2人が以前にも増して前に出れるのは、後衛であるキャロの補助の姿勢が明確に変わったからだろう。

 キャロはややエンジンかかり過ぎな所があるが、次第に身体が魔力運用に慣れて来ている。

 もう少し時間を置けば、自分の判断で動ける優秀な後衛になってくれるはずだった。

 

 

(ティアナ、どうしちゃったんだろう……?)

 

 

 アグスタ以前のティアナは多少真面目すぎる嫌いがあったが、どちらかと言えば視野を広く持とうとする戦術型の才能の片鱗を見せてくれていたはずだった。

 だから、なのはも一番時間をかけて教導していた。

 そのはず、なのだが。

 

 

『スバル! クロスシフト行くわよ! エリオは撹乱――――キャロは強化お願い!』

『おうっ!』

『わかりました!』

『了解です!』

 

 

 一見、きちんと指揮を取っているように見える。

 しかしここ数日の訓練の傾向として気になっている点がある、それは。

 

 

『ヴァリアブル……シュ――トッ!』

 

 

 ……最終的にティアナが決める比率が、上がって来ていると言うことだ。

 これまではスバル6、エリオ3、そしてティアナとキャロが合計で1と言う所だった。

 それがここ2日は、ティアナが3くらいになってきている。

 ティアナが前に出る傾向が、強まっているのだ。

 

 

 ストライカーとしては、それもまた良いのかもしれない。

 しかしセンターガードとしては、必ずしも前に出る必要は無い。

 特に精細な射撃魔法を主力とするティアナには、そう言うスタイルは合っているとは言えない。

 ロングレンジの射撃もクロスでの攻撃もまだ教えていない、なのに先取りしてそれをやっている。

 いったい、それは何のためか。

 

 

「……まとめの2on1は、やめた方が良いかな」

 

 

 ティアナは……と言うより、スバルを含めたスターズは元々突撃思考の強いチームだった。

 だからなのはも、意図的にそれを修正するように教導を進めて来ていた。

 ……最近のティアナが、多少無茶な自主練を行っていたのは知っている。

 

 

 それはティアナの過去を知るなのはからすれば、理解できないでも無いこと。

 任務の最中に亡くした兄を、墓前で罵倒された記憶。

 それはきっと、ティアナにとって非常に大きな意味を持つものだろう。

 しかし、それがこう言う形で顕在化するとなると……。

 

 

「うん……?」

 

 

 その時、陸戦演習場に誰かが入ってきたのを感じた。

 シミュレーターで再現された廃墟のビルの屋上から視線を下げつつ振り向くと、ビル下の廃墟の道路をゆっくりとした足取りで歩いている人間の姿を見つけた。

 表示枠を開いて拡大すれば、肩先にリインを伴ったイオスだった。

 

 

「何だろう……皆! 訓練中断、5分間小休ー止ッ!」

『『『『はいっ』』』』

 

 

 教え子の4人にそう告げて訓練を一時止め、『レイジングハート』に浮遊魔法を任せつつビルから飛び降りた。

 ゆったりとした姿で降りて、バリアジャケットから白の航空隊の制服へと変わる。

 ツインからサイドアップに変わった栗色の髪を軽く振った時には、イオスの前に立っている。

 

 

「お疲れ様です、イオスさん。今日はどうしたんですか?」

「ああ、検診ついでに訓練でも見ていかないかって、リインがな」

「はいです!」

「はぁ……」

 

 

 頷きつつ、首を傾げる。

 それはもちろん査察官なのだから、なのはは見たいと言われれば断れない立場ではある。

 しかし、取り立ててイオスが気にするとすれば……。

 

 

「あ、エリオとキャロですか?」

「高町さんの中の俺はどんなイメージだ。フェイトじゃないんだから、そこまで過保護じゃねーよ」

「あはは、そうですか。でも……」

 

 

 言葉を切ってじーっと見つめると、イオスは苦笑を浮かべた。

 なのはの視線の意味をわかっているからか、しかし仕事中だからと手を軽く振るに留めた。

 その様子に、なのはは苦笑して首を傾げる。

 ――――女の子の呼び名をより親密な方向に変えるというのは、男性にとってそこまでハードルが高いのだろうか?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ティアナは、焦っていた。

 午前、午後、夜の訓練に加えて自主練――これは、最近ではスバルも共にしてくれているが――それだけやってなお、自分の技能に伸びが見えないことに焦っていた。

 アグスタ以降、自分が一気に他のフォワードメンバーに置いて行かれたように感じていたからだ。

 

 

 スバルは元より自分の上を行く才と実力を持ち、エリオも潜在力と爆発力において自分を上回り、そしてアグスタにおいて最も成長を見せたキャロとフリードもここ数日の訓練でメキメキと頭角を現しつつある。

 自分だけが、何の成果も出せないまま……今も、明らかにスタミナにおいて3人に遅れを取っている。

 

 

「ふぃ――……キャロ、大丈夫? 魔力切れとかしてない?」

「大丈夫ですっ、フリードも頑張ってくれてますから!」

「キュクッ、キュクルー!」

「あはっ、そっかそっか!」

 

 

 一番体力のあるスバルなどは、キャロの頭をガシガシ撫でてすらいる、見るからに余裕を残していそうだ。

 あの底抜けの明るさがチーム全体を引っ張っているのは確かだ、頭を撫でられているキャロの笑顔が何よりの証拠だろう。

 もちろん、ティアナ自身も昔からスバルの明るさには救われてきたのだが……。

 

 

「スバルさんって、凄いですよね」

「…………そうね」

 

 

 『ストラーダ』の柄を抱えて座り込んでいるエリオが、スバルの体力に呆れたような声を上げている。

 しかしそれに応えるティアナの声には力が無い、訓練着の膝に手をついて息を整えるので精一杯の様子だ。

 何故だ、と彼女は自分のスタミナの無さに絶望にも似た感情を抱いていた。

 それも仕方が無いだろう、何しろエリオやキャロにもまだ少し余裕がありそうだと言うのに。

 

 

 ……実の所、彼女の疲労の度合いが上がっているのは能力云々では無く、彼女自身の行動に拠っている所があった。

 朝晩の自主練はもちろん、そして何よりも訓練の中で前に出ていることが、彼女の体力を奪っていたのである。

 しかし、今の彼女はそれにすら気付くことが出来ない。

 

 

「あ、あれ……イオスお兄さんだ」

「へ? あ、本当だ、リイン曹長もいるし……なのはさんに何か用だったのかな?」

 

 

 キャロとスバルの声にティアナが顔を上げれば、確かになのはと何事かを話しているイオスがいた。

 ……イオス・ティティア、以前から関心はあった。

 しかしそれはアグスタ以降、どちらかと言えばマイナスの面で強まった面がある。

 敵機の全機撃墜にこだわったティアナの前でそれを否定し、最終的にフリードの飛翔力やヴィータの攻撃力を活用する形でそれを成し遂げた男。

 

 

 戦術型のティアナとしては、俄かには受け入れ難い思考をする男だ。

 そして同位以上の階級を持つ後輩に対しても、何も含む所なく接している所も。

 今のティアナには余裕が無い分、それが妙に苛立たしく感じるのだった。

 

 

「ティア?」

 

 

 力が欲しいと、ティアナは思う。

 何もかもを守り抜き、失わずにすむ力が欲しいと思っていた。

 そして、兄の汚名を雪ぐ力が欲しいと思っている。

 そのために、機動六課に入ったのだ。

 

 

 なのに現実は、彼女に何の成長も成果も与えてはくれなかった。

 むしろ、どうしようも無い劣等感と無力感を与え続けるばかりで。

 何のために今の努力をしているのか、わからない。

 そんな考えに染まってしまった時、人は。

 

 

「あれ? どうしたの、ティアナ?」

「……なのはさん、一つ、お願いがあります」

「ん、お願い? 何かな?」

 

 

 話し込んでいたなのはの後ろに立つ形で敬礼し、真っ直ぐに立つ。

 そして彼女は、水色の髪の青年に視線を向ける。

 それを、イオスは何の感情も見せることなく受け止めていた。

 

 

「――――イオス査察官と、模擬戦をさせて頂けないでしょうか?」

 

 

 自分の努力に、意味を見出せなくなってしまった時。

 人は、どんな行動に出るのだろうか――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「おーいっ」

「なのはーっ」

 

 

 耳に届いた声に顔を上げれば、見知った2人が走ってくるのが見えた。

 よほど慌てていたのだろうか、なのはの傍まで駆け寄ってきた2人は訓練着も身に着けておらず、制服姿のままだった。

 そして眼下の訓練フィールドの廃墟を見つつ、疑念が確信に変わる瞬間のような顔をして。

 

 

「うわっ……マジでイオスがティアナと模擬戦やってんのかよ」

「なのは、これってどう言うこと?」

 

 

 以前、イオスが六課と陸士108部隊の捜査の案件について尋ねて来た時は、イオスは誰とも模擬戦をすることなく戻っていた。

 それはイオスがお客様であり、なのはの側から申し入れしにくい部分があったためである。

 今日のイオスの来訪目的はシャマルの検診、目的が個人的な分、前とは違うとは言え……。

 

 

「ティアナが望んで、イオスさんがOKしたから……かな」

「いや、それにしたって何で一対一でやらせんだよ……」

 

 

 なのはの答えに、ヴィータが何とも言えない微妙な表情を浮かべて唸る。

 その隣に立つフェイトも、少し離れた位置で観戦の構えを見せているリインとスバル達に気遣わしげに視線を送るが……なのは自身は、必ずしも2人とは異なる判断を下しているようだった。

 

 

 彼女も当初はスバル達も含めたフォワード4人での模擬戦を想定していたが、今に限ってはティアナの好きにさせている。

 あっさりと受けたイオスの内心はわからないが、ティアナが自ら望むなら、それはきっとティアナ自身にとって何か重要な意味があるのだろうと思ったからだ。

 それに、最近自分だけの結果に固執しているように見えるティアナにとっては。

 

 

「……たぶん、ティアナにとって良い勉強になると思うし」

 

 

 ……固執しないイオスのような相手との戦闘経験は、非常に重要な意味を持ってくると思う。

 自分達がこれから『レリック』を求めて戦う場合、必ず同時に何かを求められる局面があるはずだ。

 ガジェットの殲滅、要救助者の保護、『レリック』目当ての不法組織……その中で、優先順位を見失わずに何を取って何を捨てるか、冷静に冷徹に判断する局面が。

 

 

 その点、なのははまだイオスに比べて甘い部分がある……全て救おうとしてしまうからだ。

 フェイトもそうだろうし、ヴィータもどちらかと言えばなのは寄りだろう。

 スバル、エリオ、キャロも同様。

 しかし今のティアナはそうとは言えない、むしろ対極だろう。

 だから、イオスとの模擬戦はきっと意味がある。

 

 

(いやぁ、どうなんだろうな……)

 

 

 そんななのはの考えが少しはわかるのだろう、しかしヴィータは首を傾げている。

 彼女はなのは程素直にイオスと言う人間を見ていない、故に首を傾げる。

 なのはは良い、ティアナもわかる、だが……。

 イオスは、何を思ってティアナの申し出を受けたのか?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ティアナの魔法の特性から、模擬戦は離れた位置から開始となった。

 そのため、イオスとしてはまずはティアナを捕捉する所から始めなければならなかった。

 しかし当のイオスはと言えば、廃墟の道路の上で隠れることも無く突っ立っていた。

 

 

(何よアレ……舐めてんの?)

 

 

 だからか、イオスの開始地点からきっかり4つ目の高層ビルの中ほどの階層に身を潜めていたティアナはそんなイオスの姿を見て若干の不快を感じていた。

 彼もティアナが射撃型だと言うのは知っているはずで、ならば対策としてまず身を隠すだろうと思っていたのだ。

 

 

 ……しかし、ティアナはここでは自分の精神を落ち着けることに成功した。

 リニアの時はともかく、アグスタの時は10機のガジェットを相手に立ち回った彼の動きと魔法を見ているからだ。

 あの時の光景と以前のなのは達の会話内容を思えば、油断が禁物であることはわかっている。

 

 

(……動いた)

 

 

 両腕に鎖を巻いた空色のバリアジャケットを纏う青年が、ゆっくりと歩き出すのが見える。

 ティアナのいるビルに向かって、道の真ん中をゆっくりと。

 彼女はもう一度深く息を吐くと、両腕に『クロスミラージュ』を構えた。

 同時にオレンジの魔方陣が展開され、4つの魔力弾を周囲に精製する。

 二丁拳銃の先に1つずつ、結果として6発を準備し……。

 

 

「シュート……!」

 

 

 放った。

 しかし真っ直ぐでは無い、それらは別の窓から出て幾度も曲がりながら相手へと至るのだ。

 ティアナの誘導に従って、ティアナの居場所が相手に知られないように。

 

 

「……お?」

 

 

 廃墟の道路の上を歩くイオスの前に表れたのは、そうした魔力弾の一組だった。

 驚いたような声を上げて一歩下がると、その腹を掠めるように2発の魔力弾が路地から飛び出して彼を狙った。

 さらに一歩下がった所に上から、それをかわせば後ろから、と言う風に次々と襲い掛かってくる。

 

 

(ふむ……)

 

 

 オレンジの軌跡を描きながら立て続けに放たれてくる魔力弾、それをかわして、かわした先で起こる爆発の余波からも身を守りつつ、イオスは射撃元がどこだろうかと考える。

 まずは捕捉、それ以外の射撃は基本的に回避。

 それがとりあえずの方針だったのだが……この魔力弾、コントロールが完璧である。

 

 

 しかし完璧であるが故に、魔導師暦15年になるイオスには見えていた。

 射撃元を知るには弾丸の軌跡を追えば良い、しかしこの射撃は至る所から誘導されてくる。

 普通なら、射撃元を読めまい。

 だが逆に回数を重ねることで、「必ずここでは無いだろう」という場所が徐々に重なってくるのだ。

 それによって、逆に射撃元を特定することが出来てしまう。

 

 

(……あそこか?)

 

 

 真っ直ぐ向かった先、4つ目のビル。

 何十発目かの魔力弾を回避した後、イオスはティアナの居場所に当たりをつけた。

 そのあたりが、弾丸の軌道を読んでも候補に上がらない場所だったからだ。

 だから最後に何発か避けた後、イオスはそこに向かってみようと思い着地と同時に足を強く踏み込んだ。

 

 

「……うん?」

 

 

 しかしその直後、違和感を覚えて踏み留まり、後ろを振り向いた。

 するとそこには、イオスの予測と大きくかけ離れた位置にオレンジの髪の少女がいて――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ティアナのパートナーであるスバルの目には、友人の放った射撃魔法の弾丸が対戦相手を確かに捉えたのが見えていた。

 ティアナの作った幻影、『フェイク・シルエット』に騙されて気を取られたイオスにオレンジ色の魔力弾が殺到するのを見たのだ、巻き起こった土埃の量が威力を物語っている。

 それを確認したスバルは、歓声とも驚きとも取れる声を上げた。

 

 

「やった……!?」

 

 

 ――――『フェイク・シルエット』、ティアナの居場所に向かおうとしたイオスを騙したティアナの魔法……それも、幻術魔法である。

 幻術魔法、魔導師は数多くいるが、使い手が少ないコアな技術だ。

 機動六課フォワードチームではティアナの代名詞のような技であり、今も自分の偽者を自分がいないはずの地点に出すことで敵の気を引いて見せた。

 

 

 幻術魔法を会得し実戦に使う魔導師は本当に少ないので――一説では、管理局におけるSランク魔導師の比率よりも低いとも――対戦相手であるイオスにとってもほぼ初見だっただろう。

 だからこそ、一時的とは言え気を引かれた。

 観客であるスバル達はティアナの居場所を最初からモニターで確認しているため、ますますもってティアナの作戦が的を射たように見えているのだった。

 

 

「いやぁ……どうかな」

「うん」

 

 

 ヴィータの疑問になのはが頷き、その声が聞こえたのかエリオが首を傾げる。

 今の所、彼には先輩に当たるティアナが優勢に見えているためだ。

 だからヴィータの疑問がわからないし、なのはの同意にも首を傾げるのだ。

 なので、彼は比較的近くにいたフェイトに質問しようと顔を上げた。

 フェイトもその視線に気付き、目を柔らかく細めて何事かと問いかけようとした矢先に。

 

 

「あっ……」

 

 

 というキャロの言葉に、視線を戻した。

 そして再び模擬戦のフィールドを見た彼が見たのは、戦局の変化だった。

 すなわち、土埃の中から特に負傷も無く飛び出したイオスが、猛然とダッシュしながら元々目指していた場所……つまり。

 

 

 つまり、ティアナがいる高層ビルを目指す姿が見えた。

 魔力弾もシルエットの存在も欠片ほどに気にせずに、ただ真っ直ぐに。

 最初に「ここ」と決めていたらしい場所に向かって、駆けていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――こっちに来る!?

 そう気付いてからの彼女の動きは素早かった、中距離精密射撃しか出来ない――と、思い込んでいる――彼女としては、高水圧カッターの真似事が出来るイオスとの近距離戦は避けなければならなかった。

 それにしても、射撃も幻術も無視してこちらに来るとは。

 

 

 ティアナはイオスが来る方向とは逆側のオフィスの窓にまで走り、すでに全てのガラスが割れたそこから『クロスミラージュ』のアンカーを射出した。

 伸びたアンカーは向かいのビルの壁に固定され、2、3度引いて強度を確かめた後に飛び……。

 

 

「おっ、いたいた。この階だったのか」

 

 

 ……降りた。

 その際に後ろを見れば、天井に鎖の先端を刺し、反対側の窓の縁に足を置いて下の階層から登ってきたらしいイオスの姿が確認できた。

 心臓を掴まれたかのような錯覚を覚える、位置がバレるのが早すぎる。

 

 

 アンカーを支えにしての自由落下、今後ろから狙われればひとたまりも無いだろう。

 しかし現実にはそんなことも無く、ティアナを両足を揃えて前に突き出し、数階下の階層の窓を蹴り割って隣のビルの中へと飛び込んだ。

 バリアジャケットの防護のおかげで痛みは無い、彼女は3回床を転がって起き上がり、同時に後ろに向けて3発撃った。

 

 

「くっ……!」

 

 

 歯噛みする、遅かった。

 ティアナが時間稼ぎに撃った3発、それは威力が乗り切る前に2発が回避され、そして最後の1発は気合の乗った手刀のような一撃で叩き散らされた。

 しかも空中での行動である、改めて飛行魔法の利便性を思い知るティアナだった。

 次の瞬間、自分が飛び込んだ窓の縁にイオスが降り立って来た。

 

 

「……良く、幻術に騙されずに私の居場所がわかりましたね」

「いや? 特に確証があったわけじゃねーよ。ただ最初に「ここだ」って思った場所を放置してたら気になるだろ? だから見に来た、それがたまたま当たりだっただけだ」

 

 

 ……時間稼ぎに会話を仕掛ければ、ふざけた返答が返ってきた。

 しかし現状、状況はティアナにとって。

 

 

(最悪……っ)

 

 

 居場所を特定されて肉薄されている、シューターとしては致命的な状況だ。

 何とかせねばならない、具体的には再び身を隠す必要がある。

 しかし、相手がそれを許してくれるとは思えない。

 

 

 だが、ティアナはそれで諦めてしまう程に精神の弱い魔導師では無かった。

 むしろ諦めは悪い方だ、彼女は負けると言うことを許容するつもりは無い。

 何故なら、そうすることが自分の実力を証明することに繋がると考えているからだった。

 

 

(……?)

 

 

 しかしいくら時間が過ぎても、イオスはティアナを攻撃する素振りすら見せなかった。

 よもやティアナの幻術を恐れてのことでもあるまい、だが攻撃してこないのも事実。

 ティアナの中でいくつもの疑問が浮かんでは消えていく、しかし彼女は明確に決断した。

 相手がどんなつもりであれ、彼女がすることはいつも一つだ。

 

 

(勝って、証明する!)

 

 

 突如、ティアナは後ろ……ちまり廊下側に飛び退った。

 姿を消しながら、である。

 幻術魔法――『オプティックハイド』。

 

 

「おぉ……?」

 

 

 感嘆の声を上げるイオスの前で、ティアナの姿が消えた。

 この幻術は身体や衣服の上に魔力で作り出した複合光学スクリーンを展開し、周囲の環境に術者の姿を消すステルス魔法である。

 しかし衝撃や激しい動きに弱く、逃走には向かないが……虚を突くことは出来る。

 

 

 一瞬だけ姿を消したティアナは、『クロスミラージュ』の銃口から上に向けて魔力弾を乱射した。

 それは上の階層の天井をブチ抜き、元々脆かった天井の一部を崩落させた。

 ぼふんっ、と振動と瓦礫と砂埃で視界が遮られる、その隙にステルスの切れたティアナは廊下に飛び出した。

 そしていくつか行った先の部屋に飛び込み、入り口横の壁に背中を押し当てながら。

 

 

「どうして攻撃して来ないんですか!?」

 

 

 と、言った。

 純粋な疑問だ、しかしこだわりがあるわけでは無い。

 だが律儀にも、相手はティアナの問いかけに答えてきた。

 

 

「する必要が無いからな」

 

 

 大きくは無いがよく通る声だ、魔法を付与しているのかもしれない。

 いずれにしても、その返答内容は意外だった。

 

 

「この模擬戦はランスター二等陸士、お前が申し込んで来たわけだ。それはつまり、俺みたいなタイプの魔導師に対して試したい魔法なり戦術なりがあるからそうしたわけだろ? なら、遠慮せずにやってみるが良いだろうさ」

「……バカにしてるんですか!?」

「何でそうなるかね。だってお前、それが……」

 

 

 憤慨した、何だそれはと思った。

 こちらは真剣に、どうすれば通用するか、どうすれば勝てるかを考えて戦っていると言うのに。

 しかしティアナのそんな言葉に、相手はさらにこう言ってきたのだ。

 

 

「それが模擬戦で、訓練ってもんだろ」

 

 

 ……一瞬、どういう意味かと訝った。

 しかし瞬時に、カッ……と身体の奥が熱を持つのを感じた。

 羞恥? いや違う、怒りに近い感情が沸き起こってきたのだ。

 それは後ろ暗いことを指摘された時特有の感情の動きに似ていたが、同時にティアナにとっては気味の悪い考えにも聞こえたのである。

 

 

(勝ちに拘らないで、何が出来るって言うのよ……!?)

 

 

 アグスタの事件もそうだったように、視点が違うのである。

 視点が違えば思考が違ってくる、思考が違えば主義が違ってくる、主義が違えば言葉も違ってくる。

 それは容易に、違和感として刻まれていく。

 

 

(――――やってやる!)

 

 

 勝つ、勝って証明して、そして。

 ……実感するために。

 そのために、彼女は自ら望んだ模擬戦のためにより意識を研ぎ澄ませていった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 イオスは、ティアナの器用さに舌を巻いていた。

 幻術はもちろん、射撃魔法との組み合わせが上手い……つまり応用力がある、汎用性も高い。

 魔力弾の質と速度に柔軟性を持たせる所など、やや弾速が足りないが――なのはを髣髴とさせる。

 これは、並の魔導師などよりも……。

 

 

「かなり才能あるんじゃないか……?」

「――――才能なんて、ありませんよ」

 

 

 イオスの声が聞こえたのか、風に乗ってティアナの声が聞こえてくる。

 彼はすでにビルの中にはおらず、廃墟のビルの間に挟まれた低空を飛んでいた。

 その周囲を取り囲むようにオレンジの魔力弾が飛び交っており、誘導制御と幻術による欺瞞によって彼を限定空間に閉じ込めていた。

 

 

「才能が無いんで、いろいろやらないといけないんです」

「……なるほどね」

 

 

 それはまぁ、なのはやフェイト達のような化物じみた魔導師を目の当たりにしていればそんな考えに至っても仕方ないだろう。

 ただ、イオスが見るにティアナには確かに才能がある。

 それは射撃制御でも幻術でもなく、言うなれば……「組み合わせる」才能だ。

 

 

「……っと」

 

 

 後ろから来た魔力弾を横にズレて回避すると、目前で方向転換してきた。

 軌道は読みやすいがコントロールが良い、グルリと回るように戻って来た魔力弾をイオスは左手で弾き防ぐ。

 鎖が揺れる音が響き、軽い音を立てて魔力弾が弾けて消える。

 

 

 威力自体は高くない、ただ真下から4発が迫っている、追加で左右からも3発。

 こちらの7発はカートリッジによる増強済みなのか、先程のよりも威力が高そうだった。

 それらを視線だけで確認して、イオスは次の判断を行う。

 

 

「……落とせ、『テミス』」

 

 

 最初の一発は動きを止めるための物と判断して、イオスは上へと飛んだ。

 速度は魔力弾よりも低い、しかし右腕の鎖がイオスを追って上昇してきたそれらを鎖の腹で防いで爆発させた。

 そして上昇し、周囲のビルの屋上を通り過ぎた時……。

 

 

「本当に器用だな、オイ」

「……器用なだけじゃ、勝てません」

 

 

 3つのビルの屋上にティアナが3人いた、もちろん最低2つは幻術だろう。

 ただそのいずれも一丁の『クロスミラージュ』を両手で構え、砲撃の体勢に入っているのがわかる。

 魔力弾すらも陽動だったと言うことか、イオスは思わず苦笑を浮かべた。

 まさに、器用だ。

 

 

「……それでも、勝ちに拘らないような、貴方とは違うと――――証明してみせます」

 

 

 どのティアナが言ったかはわからないが、しかしイオスは眉を顰めた。

 ちょっとした認識のズレを感じたためで、ふと上昇を止める。

 声量の割に気合いの乗ったその声に、何事かを思った次の瞬間。

 

 

 ――――背後から、オレンジ色の直射砲撃魔法(ファントムブレイザー)が直撃した。

 前面下の3人は全て幻術、カムフラージュだったらしい。

 全くもって、器用なものである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……『ファントムブレイザー』、ティアナの保有する魔法の中で最大威力の魔法だ。

 発射までに時間がかかるが、それを誘導弾と幻術のカムフラージュで稼ぎ出した。

 最大の要因は、相手に勝利への拘りが無かったこと。

 もしあれば、背面を狙うティアナの存在に気付いたはずである。

 

 

「やった……!」

 

 

 確かな手応えを感じて、ティアナは未だ熱を持つ『クロスミラージュ』を下ろした。

 狙撃先から離れたビルの屋上に立つ彼女の視線の先には、自身の遠距離狙撃魔法によって巻き起こった爆煙が見える、確実に直撃のタイミングだった。

 防御を行った形跡も無い、ダメージは大きい……撃墜すらあり得るかもしれない。

 その達成感と充実感、そして安堵は計り知れない物があった。

 

 

 重圧、重みや緊張といったそれらが一気に肩の上から降りたような心地だった。

 ……証明した、才能や実績が無くとも上位者に喰い付けるのだと証明した。

 なのはやフェイト、ヴィータにああまで言わせていた人物――――そして自身の功績に拘らない、出来ないことを出来ないこととして認めてしまうような、そんな魔導師を墜とした。

 朝晩の自主練の疲労は未だ自身の肉体と魔力に色濃く残っているが、それも報われた気分だ。

 

 

「これで……」

 

 

 これで、の後を彼女は話さなかった。

 理由は2つ、まず第1に彼女自身がその先を紡ぐべき言葉を見出せていなかったからである。

 しかしティアナは、自身のそうした部分に気付かない。

 ……そして、もう1つの理由は。

 

 

<Spear snipe>

 

 

 頬と肩、脇腹を掠めるようにティアナの後ろから放たれた水の槍だ。

 それらは真っ直ぐに飛翔すると、ティアナの視界にある3つのビルの屋上に炸裂した。

 具体的には、未だ残っていたシルエットのティアナ達に衝撃を与えて掻き消したのだ。

 頬や肩を掠めた――バリアジャケットの一部を破る程の――流水の槍の威力に、二の句も告げない。

 

 

「やるからには勝ちたいってのは、まぁ、理解はできるんだが……」

「……ッ」

 

 

 反射的に身体ごと声のした方へ振り向き、『クロスミラージュ』の銃口を向ける。

 しかし貯水槽らしき残骸の見えるそこには誰もおらず、一瞬、ティアナは思考が停止した。

 

 

「……証明するってーのは、どう言うことなんだろうな?」

「……くっ!」

 

 

 もう一度、今度は後ろではなく横へ銃口を向ける。

 今度はいた、屋上の錆びた手すりに背中を預けるようにイオスがそこに立っている。

 どうやって、と言う問いが頭の中に芽生えるが、今は事実を見るしかなかった。

 目の前に、無傷のイオスがいると言う現実を。

 

 

「その、盾は……!?」

「ん? ああ、知ってるか? 盾って背負うと重いんだぞ?」

 

 

 ティアナはそれが何かわからないが、イオスの横で手すりに立てかけられている黒い楕円形の大盾の名は『カテナ』。

 魔力系統の砲撃魔法に対して強固な防御を誇る、防御専門のデバイスである。

 彼はこのデバイスの背面展開でティアナの砲撃を防ぎ、かつ転移によってティアナの位置にまで移動してきたわけである。

 

 

「確認したいことがあるんだが」

「……何ですか?」

「お前、俺に……かは知らんが、とにかく勝ちたくてやってるわけだよな?」

「何を……」

 

 

 当たり前のことを、とティアナは思った。

 実戦だろうと模擬戦だろうと、やるからには勝つ、当たり前の思考回路だ。

 勝って、そして証明する。

 自分の力が、才能ある他の人間に引けを取るようなものでは無いと言うことを。

 当然のことでは無いかと、ティアナは心の中でそう強い口調で唱えた。

 

 

「だとしたら、今のお前はダメだろう」

「何を」

「そんなヘロヘロな状態で、いったいどんな存在に勝ちたいってんだ?」

 

 

 ぐ、とティアナは詰まった。

 事実、彼女は肉体的にも魔力だけを見ても、かなり疲弊している状態だからだ。

 日々の訓練や仕事だけで無く、自主練に長い時間を当てている……1日の訓練時間が15時間を超えるなどザラなのだ。

 

 

 しかしティアナにしてみれば、それは必要なことなのだった。

 これくらいしないと、ついていけないのだ。

 自分には、才能が無いから。

 

 

「ヴァイスからお前の訓練の加減については聞いてるが……正直、そんな状態で任務に臨もうと考える方がどうかしてる。いや、訓練でだって怪我しかねんだろ。勝つとか負けるとか以前の問題だろ」

「……体調管理はきちんとしています、誰にも迷惑はかけません」

「どうだかな、ひょっとしてもう誰かに迷惑をかけてるかもしれねーぜ?」

「そんなの……っ」

 

 

 ヴァイスの口の軽さをやや気にしつつも……ティアナの脳裏に浮かんだのは、青髪のパートナーの少女だ。

 自分の自主練に気付いて、止めるどころか付き合ってくれているスバル。

 アレは、果たして「迷惑」では無いのか?

 その疑問は、協力を申し出てくれた時のスバルの困ったような笑顔が答え……。

 

 

「……貴方には、関係ないでしょう!」

「いや、それは俺に模擬戦を申し込んだ時点で通らん理屈だろうよ。そして、査察官である俺に言わせてもらえれば、お前のような状態の奴を前線に出させるわけにはいかない。高町隊長に言って、出動メンバーから外して貰うことも考えなきゃならんわけだ」

 

 

 それを言われれば、ティアナには抗弁する道が無かった。

 しかし、唯一看過できないとすれば……メンバーから外される、という点だ。

 それも自分の自主練が原因で、である。

 

 

「……大丈夫です、やれます」

「それは、お前が決めることじゃ無いな。直属の上司である高町隊長が決めることだろうよ」

「命令も、教えも守っています! ちゃんと、実戦で、それを証明してみせます!」

「実戦は――――」

 

 

 ティアナの言葉に、イオスは普通に答えた。

 それは極めて当たり前の話で、しかしティアナにとっては残酷にも等しい言葉だった。

 

 

 

「実戦は、お前の実力を証明するための劇場じゃない」

 

 

 

 ……時間が止まったのでは無いか、と思える程の沈黙が広がった。

 イオスが言ったことは、管理局員としては普通のことである。

 実戦には、達成すべき目的がある……当然、それは無くてはならない。

 そして極論、その目的さえ達成できれば「誰が何をどうしたか」は余分なのだ。

 

 

 そこで1人、「自分が自分が」と言う人間がいればどうなるだろうか。

 それ以外の可能性が失われ、その人間が失敗した段階で目的すら果たせなくなる可能性すらある。

 もし任務の中で何かを証明することが出来るとすれば、それは目的を果たす上でどれだけ自分の役割を果たしたか、で証明されるべき物だ。

 

 

「そして俺も、お前の実力を証明するためのモルモットにされるのはご免だ」

「……っ……私には……っ」

 

 

 模擬戦も、訓練も、そのために行われる物だ。

 けして、1人の人間の実力の証明のために用いられて良い物では無いはずだった。

 ただその当たり前の指摘が、今のティアナには腹立たしい物に聞こえて仕方が無いのだった。

 

 

「私には……っ、才能が、無いから! だから努力するんです、死ぬ気で努力くらいしないとついていけないから! スバルみたいに魔力があるわけでも、キャロやエリオみたいにレアスキルがあるわけでもない! だったら――――努力でしか、勝てないじゃないですか!!」

 

 

 それもまた、正しい。

 そしてふと、この時点になってようやく――――イオスは、「ああ」、と胸の奥にストンと落ちる何かを感じたのだった。

 ティアナの今の言葉を聞き、初めて彼はティアナに対して共感に近い何かを感じることができた。

 それは……彼自身、かつて感じていたことだから。

 

 

「違うな、要するにお前は……」

 

 

 吐息が漏れる、それは、何事かに思い至った時特有のそれだった。

 しかし、それは。

 

 

「要するに……後輩や同僚に置いて行かれるのが、怖いんだろ?」

「ぅ……」

 

 

 同僚と、後輩の才能に嫉妬する感情。

 それを指摘された瞬間、イオスはティアナの顔から全ての表情が抜け落ちたのを見た。

 次いで、くしゃり、と崩れるのを見た。

 哀しみとも、怒りとも、屈辱とも悲嘆とも取れる、そんな顔。

 

 

 ……それを見て、ああ、とも、あるいは、やはり、とも思う。

 確信へと変わったそれに、イオスは内心で息を吐いた。

 その、次の一刹那。

 

 

「ぅ……ぁぁあああああああああぁあああああああああああぁぁああああああああああああああああああああぁああああぁあああぁああああああああああああぁぁあああああああああああぁぁっっ!!??」

 

 

 シューターとか幻術とか、戦術とか理屈とか、そう言った物を全てかなぐり捨てて。

 ティアナが、目前のイオスに向けて飛び込んだ。

 ……オレンジの軌跡が、2人の視界の中を走り――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――なのはとしては、今回のティアナの模擬戦の内容は評価に値しなかった。

 と言うよりも、評価のしようが無い。

 何故なら、まだ教えていない技術や魔法を多様しているためだ。

 砲撃魔法もそうだが、何より……。

 

 

「ティアナが、近接攻撃?」

 

 

 隣に立つヴィータが首を傾げているように、今しがたティアナが行った攻撃である。

 ――――『クロスミラージュ』の銃口からナイフ状の魔力刃を発生させての、近接攻撃だ。

 もちろんなのはは教えていない、いつかは教えるつもりだったが、しかし今では無いと考えていた。

 ただ気になるのは、なのはの知らない所で――もちろん報告も相談も連絡も受けていない――ティアナが、独自の努力でそれを身に着けていたと言う点だった。

 

 

「……スバル?」

「あ、いや、その……っ」

 

 

 おそらくは知っていただろうパートナーの少女に横目で問いかければ、慌てた様子で何事かを言い澱んでいる。

 その様子から、なのはは2人が自分に内緒でティアナのアレらの技術修得のための自主練を行っていたのだろうと推測した。

 もちろん自主練は悪いことでは無い、そこを否定するつもりは無い。

 

 

 ティアナの訓練メニューは、ガジェット想定の物。

 そして近接も砲撃も急速に身に着く技術では無い、何しろティアナは飛行魔法も使えず、身体もそこまで頑丈では無い、集団戦ではまず使えない戦術だった。

 だからこそティアナが元から保有していた、中距離射撃魔法を伸ばす形で実戦に備えさせていたのだが……。

 

 

(うひゃぁ~、なのはさん、怒ってるよ~)

 

 

 カリ、と親指の爪を噛んで何事かを考え込んでいるなのはを視界に入れつつ、スバルは表見も内心もかなりの動揺を見せていた。

 傍のチビっ子2人が不思議そうに自分を見上げているのを感じるが、そこに視線を向けるわけにはいかない程度には、話せば必ずボロを出してしまいそうで。

 

 

 ただ、スバルとしてもティアナには言いたいことがあった。

 砲撃魔法はともかく、近接用のあの魔法はなのはとの模擬戦まで使用しないはずでは無かったか。

 だがそれは同時に、ティアナがそれだけ追い詰められたことを意味する。

 この位置からでは、2人の会話までは聞こえない。

 いったい、何がティアナに切り札を切らせたのか。

 

 

(私も、あそこにいれば……)

 

 

 どうしようも無いもどかしさを感じつつ、スバルは目の前のモニターに見入るしかなかった。

 オレンジの刃を振るったティアナと、それを受け止めた水色の髪の査察官を。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ティアナの魔力刃には、強力なフィールド貫通・防御破壊効果が付与されている。

 なのはクラスの魔導師に効果があるかは不明だが、並の魔導師の障壁であればまさに紙を切るように斬り裂くことが出来たであろう。

 しかし、同時に致命的な弱点を抱えてもいた。

 

 

「……っ、く……っ」

 

 

 腕を、足を……いや、全身を締め上げる感覚に、ティアナは息を詰めた。

 右腕を前に左手を添えた形、片足を一歩前に出した飛び込みの体勢だ。

 『クロスミラージュ』の銃口から伸びたオレンジの刃先は、イオスのバリアジャケットに届くか届かないかの距離で震えている。

 

 

<Chain bind>

 

 

 その刃先が届かなかった理由は、全身を鎖で絡めとられて動きを封殺されてしまったからである。

 2本の鎖の先端は錆びた手すりと屋上の床深くにめり込んでおり、ティアナの手足と胸、腰、太腿や肩に幾重にも絡まり巻き付いて締め上げていた。

 魔力刃は強力でも、ティアナ本人はシューター向きの身体つきでしか無い。

 身体ごと拘束されてしまえば、どうすることも出来ないのだった。

 

 

「……っ、く、ぁあ……あぁっ!」

「……終わりか?」

「……っ!」

 

 

 歯を食い縛って自分を睨め上げてくる翠の瞳に、イオスは静かに受け止める。

 なのはの教えがまさか「近付いて刺せ」とは思えない、となれば、中距離射撃に関する物の方にこそ彼女の真価があると見るべきだろう。

 しかし現実には、彼女は最終的に近接攻撃に出てきた。

 

 

 イオスの言葉に激昂したというのは言い訳にもならない、奇しくも彼女は証明したわけだ。

 近接攻撃……自分の手で、まさに証明に来たわけだ。

 ティアナは、自分は、「出来る」のだと。

 

 

「射撃と幻術は見事だった、が、砲撃と近距離攻撃については何とも言えない。何故なら……」

「……っ?」

 

 

 ティアナの目の前で、イオスは『クロスミラージュ』の銃口の刃にそっと指を添えた。

 そしてその刃の表面を、透明な水の膜が覆っていく。

 それはティアナの魔力刃と共鳴するように震えた直後、まさに溶けるように砕けて消えた。

 

 

「……術式を構成する魔力素が薄いから、こうなる。どうしてかわかるか? 魔導師ならわからないわけないか、ヘロヘロの状態で組んだ魔法が、いかに脆いかなんてさ」

 

 

 魔法の強度は、その時の精神・肉体の状態に依存する。

 それは魔導師が人間で、魔法が魔導師の行使する技術である以上不可避の話だ。

 イオスも、ある事件までは明確にそれを認識したことが無かったが……。

 

 

「……昔、お前以上に無茶した奴を知ってるよ。そいつは俺よりずっと才能がある癖に、毎日毎日訓練して働いて出動して勉強して、それでいて休まない……現実的に考えろよ、そんな生活してる奴が倒れないわけがないだろ」

 

 

 その時には、気にもしていなかった。

 それはイオスを含めた皆が反省すべきことで、しかしだからこそ「彼女」が気にしていることのはずだった。

 自分の教え子を、鍛える上で。

 

 

「貴方みたいに……!」

「あ?」

「……貴方みたいに、士官学校出て……空隊に入隊して、稀少技能を持ってる人間(エリート)には、わからない……っ!」

 

 

 鎖で戒められた身体を震わせたまま、それでもティアナはイオスを睨み上げる。

 自分が拘る全てのことを気にしていないようにさえ見える、年上の魔導師を見上げる。

 士官学校にも空隊にも試験で落ち、レアスキルも持た無い彼女。

 だから彼女は、言った。

 

 

「私はっ、強く……強い魔導師にならなくちゃ、いけないんです!」

 

 

 それを受けて、イオスは問いかけた。

 

 

「どうして?」

 

 

 目尻に涙さえ浮かべたティアナは、しかしその雫を首を振ることで散らした。

 ただ、叫びは止まらない。

 

 

「証明するために……!」

「何を? お前の実力をか?」

「……違う!」

 

 

 もちろんそれもある、しかしそれにした所で――――自分のためでは無いのだ、つまる所。

 

 

「……兄の……!」

 

 

 全ての、大元は。

 

 

「兄の……ランスターの、ティーダ・ランスターの遺した魔法が、役立たずじゃないって、証明するために! だから強くなる、強くなって、執務官になるために強くならなきゃ、いけないです!!」

 

 

 ティアナは忘れない、数年前のあの日、逃走中の違法魔導師によって兄が命を奪われた日。

 そしてその墓前で、首都航空隊の上官が兄を無能扱いしたことを。

 その後しばらく、周囲が自分の兄を……自分が愛して、自分に魔法の基礎を教えてくれた兄をどういう目で見ていたか。

 ランスターの名前が、無能の代名詞のように扱われた幼少期を忘れない、だから。

 

 

「だから、私が兄の代わりに執務官になって、証明しなきゃ……!」

「…………その後は、どうするんだ?」

「え?」

「お前がその兄貴の意思とやらを継いで、執務官になるって気持ちは否定しない。つーか出来ない……ただ、一つだけ先輩らしいことを言わせて貰うなら」

 

 

 不意に、ティアナは身体から力を抜いた。

 自分を見下ろすイオスの瞳が、どこか、少し懐かしそうに細められたいたから。

 

 

「何かをするために執務官になる、なるほど、それはきっと力になるよな……前に進む力になるだろうよ。けど、執務官になった後は? その兄貴の汚名とやらを雪いで、ランスターの魔法の力とやらを証明して、その後はどうするんだ? もしかしてお前、そこで思考が停止してたりはしないか……?」

「そ、それは……それ、は……」

 

 

 沈黙した、そこで初めてティアナは沈黙を余儀なくされた。

 何も、無かったから。

 兄の夢を叶えて、その後にどうするのか……何も、考えていなかったことに初めて気付いたのだ。

 

 

「……お前の兄貴、ティーダ・ランスター。どこかで聞いた覚えがあると思ったら、今思い出した……殉職だったのに、殉職扱いにならなかった士官学校出のエリート局員だったな」

「……っ」

 

 

 そう、兄の死は殉職ですらない、二階級特進も無く一等空尉のままだった。

 だからこそ、そんな扱いを許せなくて自分は。

 

 

「……お前の兄貴は、もういない」

「…………」

「いない、だからお前が兄貴の無念を晴らして執務官になった所で、それを目にするのは兄貴じゃない。お前、それをわかった上で……努力、してるのか?」

 

 

 ぎしっ、と軋んだのは、鎖か身体か。

 カタカタと震える指先は引き金に当たったまま、刃を失った銃口がイオスに向けられている。

 その先にある視線に、瞳に、ティアナは。

 

 

「……現実を」

 

 

 ティアナは。

 

 

「現実を、受け入れろ」

 

 

 耐え切れなくなったかのように。

 

 

「く、う、ぁ……ぁぁぁああああぁぁ……っ!」

 

 

 引き金を、引いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――その一連の流れを見てまず動いたのは、意外とも言えないがフェイトだった。

 彼女は、親指の爪を噛みつつ事態を見守っているなのはへと視線を向けると。

 

 

「なのは、もう止めよう」

 

 

 模擬戦の停止――――この場の責任者であるなのはと唯一同階級であるフェイトにしか口にできない、そんな進言を行ったのである。

 それはフェイトの性格からすれば不思議でも何でも無い、そしてその場にいる人間は誰も、これがもはや模擬戦と呼べる代物では無いことに気付いていた。

 

 

「ティア……」

 

 

 友人の様子に沈痛な表情を浮かべるのはスバルだ、声は聞こえないが叫びは聞こえる、そんな顔でティアナとイオスの……模擬戦とも言えない模擬戦を見つめている。

 握った右拳は、何に対する誰のための、どんな感情による物で震えているのか。

 エリオもキャロも、フリードでさえも今や心配そうな表情を崩そうともしない。

 

 

 しかしなのははと言えば、周囲の反応を他所に親指の爪から唇を離し、模擬戦を見続けている。

 模擬戦はすでに最終局面に達しており、イオスの戒めを無理矢理の射撃で解いたティアナと、あえてティアナを戒めから解いたイオスの、中近距離での射撃戦の様相を見せていた。

 それを見て、初めてなのはは顎先を上げたのである。

 

 

「な、なのはさん」

「良いから、黙って見てろよリイン」

「でもヴィータちゃ……」

「見ろって」

 

 

 なのは達とスバル達の間に浮かびながらオロオロとしていたリインは、ヴィータの静かな声に視線を元のモニターへと戻す。

 そこにはやはり、ティアナが遮二無二イオスに射撃戦を仕掛けている様子が……。

 

 

「ティアナが、最初の頃の戦術と動きに戻ってきてる」

「え……ど、どういう事ですか?」

 

 

 リインの言葉に、ヴィータはそれ以上は何も答えなかった。

 ただ小さな身体で腕を組み、難しい顔のままモニターを見ている。

 それを横目に見ながら、同じように腕を組んでいるなのはは静かに頷いた。

 

 

 ……ここでヴィータが言う「最初の頃」と言うのは、模擬戦の最初と言う意味ではなく、六課で訓練を受け始めた最初、という意味だ。

 すなわち砲撃や近距離に頼らず、自分に確実に出来る射撃での制圧戦を仕掛けている。

 六課に来た頃のティアナは、自然とそう言う動きが出来ていたのである。

 そして今、その時点へとティアナの戦術が「若返って」いるのだ。

 

 

「なのは……」

「……大丈夫だよ、フェイトちゃん」

 

 

 なおも不安そうな顔をするフェイトに、そこでなのはは初めて微かに笑んで見せた。

 

 

「……苛立つってことは、気になってるってことだから。今のティアナはきっと、イオスさんを通して何かの答えを見つけようとしてるんじゃないかな」

 

 

 教導官としては、やや嫉妬してしまうかもしれないが。

 この時、なのはは後でティアナといろいろなことを話そうと決意した。

 ティアナが、自分で何らかの答えを見つけてくれたろうその時に……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

<Spear snipe>

「『クロスファイア……シュ――ト』ッ!!」

 

 

 視界にいくつも入ってくる流水の槍に――それも、質と速度がそれぞれ違う――向けて、ティアナは自身の周辺に浮かべた10発程度の魔力スフィアを放った。

 カートリッジ一つを弾き、自分が確実に操作できる弾数のみを作り出して迎撃に用いる。

 そうでなければ、迎撃に対して自信が持てなくなってしまう……それは、後の自分の行動の予定に多大な影響を与えることになる。

 

 

 相手の攻撃の一つ一つの質に合わせた弾丸をセレクトし、回避行動の労力を最小限にしつつ相手の攻撃の迎撃を繰り返していく。

 攻撃の心配をするのは、その後のことである。

 ……しかしティアナは内心、考えるよりも先にそう動く自分の身体に驚いていた。

 

 

(体力も魔力も残ってない……けど、身体は動く……!)

 

 

 魔力素の密度の低さは変わらない、何故なら体力が回復したわけでは無いからだ。

 しかしそれでも、無我夢中で二丁の『クロスミラージュ』の引き金を引き続ける。

 自分の身体の動きの後に意識が追いついてくる、疲労の極みにある時特有の現象だ。

 そして、だからこそ。

 

 

「簡単な話……人間、追い詰められれば結局、自分の身体に一番滲み込んだ行動をするってことだろ」

 

 

 射撃のタイミングで徐々に自分から距離を取ろうとしているティアナを見つつ、イオスはそんなことを呟いた。

 今のティアナの姿は、少し前に見た六課での訓練の姿に重なる。

 なのはが夜を徹して組んだ訓練メニュー、それがティアナの中に脈づいている証左だった。

 

 

「生きてんじゃねぇか、お前の中に……高町さんの教導」

「……!」

 

 

 仮に、体力が尽きようと魔力が底をつこうと、策がなくなろうと。

 どんな状況になろうと、必ず生きて帰ってこれるように。

 頭で考えられなくなっても、心と身体にそれを刻み付けて実践できるように。

 

 

 射撃が、途切れる。

 しかしそれでも『クロスミラージュ』を構えたまま、ふらふらの足を叱咤しつつ、ティアナは顔を微かに動かして視線を横へと向ける。

 その視線の先には、見えないが、しかし確かに見物組が……彼女の教導官がいるはずなのだ。

 

 

(……なのはさん……)

 

 

 ――――気のせいでなければ、あの真っ直ぐな瞳と視線が交わったような気がした。

 

 

「ちなみに、俺って高町さんより弱いからな多分。さらに言えば執務官試験には6回落ちてる、だから執務官になろうと思うなら、俺なんかに負けてる場合じゃないよな」

「はぁ?」

 

 

 それは初耳だった、と言うか執務官試験の合否は本人周辺以外には公表されないので当然だが。

 しかしそれにしても、6回と言うのはなかなかの数字である。

 今は査察官らしいが、執務官試験の不合格回数を見る限りなかなか苦労したのでは無いだろうか。

 

 

「あとキャリアの途中でヘマして三階級降格、もうエリートでもねーよ」

「はあぁ?」

 

 

 唖然とした、絶句したと言っても良い、三階級降格って何をしたらなるんだろうか。

 しかし、これでなのは達と同位以下の階級である理由がわかった。

 なるほど……途中で三つも階級が落ちれば、その後の昇進もかなり遅くなる、納得だった。

 ……同時に、今の今までエリート視していた自分は何だったのかと言う気持ちが生まれた。

 

 

「ただ、まぁ、そうは言っても」

「あ……!」

 

 

 気付けば、周囲360度を流水の槍に方位されていた。

 環状の水を後部に持つ流水の槍は、日の光を反射して水族館のような輝きを足元に揺らしている。

 

 

「高町さん程じゃ無いにしろ、今のヘロヘロなお前に負ける程じゃねーよ」

「……っ、あ~……」

 

 

 ここに来てようやく、ティアナは少しだけ理解が進んだ。

 今自分の目の前で、自分とは少し視点が違うが何となく似ているようなそんな青年の理解だ。

 いろいろあるが、要するにこうだ。

 

 

(私、この人嫌いだわ)

 

 

 模擬戦を始める頃には「ややムカつくかもしれない」程度のことだったが、現在では「普通に嫌いなタイプだ」程度にはランクが上がっている。

 ……しかし、執務官試験に6回落ちていると言う青年に勝てない、これは事実だった。

 それは認めざるを得ない、今までの自分のやり方では絶対に勝てないのだ。

 それでいて、最終的には身体に滲み込んだ過去1ヵ月半の教導の型が出た。

 

 

 これが、純然たる目の前の現実なのだった。

 それは認める、自分の中のドライな部分がそう告げるのだ。

 しかしそれとは別の部分で、明確に反発しなければならないと理解してもいる。

 それは。

 

 

「……執務官」

「あん?」

「私、執務官、諦めませんから」

 

 

 だが、執務官という夢は諦めない、諦めるつもりは無い。

 始まりは確かに兄だった、兄の夢を自分が代わりにと想ったから。

 しかし、今となってはそれだけでは無いのだ。

 確かに執務官になった後のことを考えていなかったのは致命的だった、そこは認めざるを得ない。

 だが、今やそれは兄だけの夢では無い。

 

 

「『私と兄の』夢ですから、絶対に諦めません」

 

 

 兄はもういない、そんなことはずっと昔からわかっていた。

 だけど、ランスターの名前が侮られるのは――――それは、ティアナの問題なのだから。

 自分でどうにかしなければならない、そんな現実だ。

 

 

「貴方とは、やっぱり……違いますから」

「……そうかい、まぁ」

 

 

 頑張れ、呆れ気味にそう言われて、それで終わりだった。

 

 

<Water spear execution shift>

 

 

 100発を超える、流水の槍。

 今の自分の実力ではとても捌けないそれから、しかしティアナは目を逸らさなかった。

 そこから先は、意識が途切れてしまって記憶が残っていない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――次にティアナが目を覚ましたのは、半日経った後、医務室でのことだった。

 記憶を取り戻すまでに数秒を必要とし、そして意識が覚醒すればしたで、ティアナはさらに心臓を大きく跳ねさせることになる。

 何故なら自分が寝ているベッドの傍に、栗色の髪の上司が……。

 

 

「う……うわぁっ!?」

「あ、ティアナ起きた?」

 

 

 何故か医務室には他に誰もいない、担当であるはずのシャマルもである。

 つまり今は完全に2人きりだった、ティアナの目覚めに気付いたなのはは開いていたいくつかの表示枠を消した。

 何かの仕事だったのだろうか、ティアナは妙に痛む身体を何とか起こして、椅子に座るなのはと視線を同じくする形になった。

 

 

「あ、あの……ええと」

「うん、何かな?」

 

 

 気まずい、特にティアナの側が気まずかった。

 何しろ砲撃も近接攻撃も……そして自主練のことも知られたはずだから、だから極めて気まずい。

 しかも自分はなのはの教導を蔑ろにするような真似をしておいて、最後の最後にはそれに縋るような戦い方を演じたのである。

 

 

 極めて格好が悪く、みっとも無かっただろうと思う。

 自分でも、そう思うのだ。

 だから、まずティアナがすべきなのは。

 

 

「あの……すみませんでした」

「うん、そうだね。まずはそこを叱る所だね、私。でも……」

 

 

 ビクリと身体を震わせるティアナに、なのははふわりと柔らかな笑みを見せた。

 その表情はまるで、「何から話そうか」と考えているようにも見える。

 しかし、何を話すにしてもまずは……。

 

 

「でも、その前に」

「え……」

「その前に……少し、私の昔話を聞いてくれるかな?」

 

 

 そう言って微笑むなのはに、ティアナは頷くことしか出来なかった。

 そして、なのはは話し出す。

 今より何年も前に、馬鹿な無茶を繰り返して撃墜されてしまった、小さな女の子の話を――――。

 

 

 ――――そして医務室の扉の向こうに、複数の人間がいた。

 それは医務室の主であるシャマルであり、フェイト、スバル、エリオにキャロとフリードだった。

 ティアナの目覚めについては気配で気付いているが、別に聞き耳を立てているわけでも無い。

 ただ、待っているだけだ。

 するとそこに、もう1人が加わる。

 

 

「あ、イオス。もう帰るの?」

「ん、ああ。八神さんにも挨拶も終わったしな」

 

 

 廊下を歩いてきた青年にそう声をかければ、頭を掻きながらそんな答えが返って来る。

 彼はちらりと医務室の方を見るが、中のことについては特に何も言わなかった。

 ……未だ、はやてのことを名前で呼べていないあたりは少し呆れたが。

 

 

「えっと、少し中で話していく?」

「いや、別にもう話すこと無いし」

「……そっか」

 

 

 うん、と頷くフェイトに、イオスは苦笑のような表情を浮かべる。

 また素直なこの娘は、人のことを良いように考えているのだろう。

 そんなことを考えていると、イオスの前に青髪の少女が飛び出してきた。

 何事かと思えば、緊張しきった様子でイオスのことを見ている。

 

 

「あ、あのっ、イオス査察官!」

「うん、何だ?」

「あのっ、えっ……と、ですね。ティア、じゃない、ランスター二等陸士は、ですね。悪い子とかではなくて、その――一生懸命で、だから……」

「……一生懸命なら許されるって言うのは、どうかと思うけどな」

「す、すみません……」

 

 

 しょぼん、と急速に火が消えたようになるスバルに、イオスは少し興味深そうな視線を向けた。

 何と言うか、ギンガとはまるで違う性格が新鮮なのかもしれない。

 顔立ちは似ている気もするが、こう、スバルの方が末っ子的と言うか。

 ただ、それこそ「悪い子」では無いのだろう。

 

 

「……ま、模擬戦の中の話だから。その中で何の話をしたかなんていちいち穿り返したりはしねーよ。だから安心しとけ」

「え……は、はいっ、ありがとうございます!」

 

 

 何でお礼を言われるのかわからない、イオスだった。

 

 

「じゃ、俺は戻るから。じゃあなフェイト、2人も元気でいろよ、フェイトの言うこと聞いてな」

「うん、またね」

「「はいっ」」

「高町さんと……ランスター二等陸士にも、まぁ、よろしく言っといてくれ」

 

 

 ひらひらと手を振って、イオスはその場から離れた。

 午前中だけのつもりだったが、うっかり一日六課にいてしまった。

 仕事は滞らせてはいない、次元世界に遍く繋がる表示枠のネットワークは便利だ。

 しかし、それにしても今日は。

 

 

「疲れたぁ……な、っと」

 

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
今回はティアナさんの回でした、いつかイオスとぶつけたいと思っていたので良かったです。
うーん、ドキドキですね。
でも私、最近ちょっと疲れて来ました……。

内容がシリアス過ぎる……!
本編中は無理そうなので、エピローグいったら残りの六課期間とかで番外編かいてほのぼのしたいです。
では、失礼致します。

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