魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第7話:「査察官、チェックアウト」

 状況はかなり混沌として来ている、リインフォース・ツヴァイは己の判断としてそう感じた。

 ホテル・アグスタから離れ、戦場を広く見渡しながら彼女は飛ぶ。

 現在、六課とガジェット達の戦線は2つ存在している。

 

 

 まず1つは、シグナム・ヴィータ・ザフィーラが担当する最前線だ。

 主力をシグナムとヴィータが潰して押さえ、別道から来るものについてはザフィーラが迎撃する。

 襲撃に来たガジェットは30~40機、その内の過半数以上をこの戦線が担当している。

 しかし現在、第2の戦線へ遠隔転送という形で十数機が侵攻しているのだ。

 

 

『召喚魔法って、こんなことも出来るの!?』

 

 

 通信の中でスバルがそんなことを言っていたが、可能だとリインは己の知識でもって判断した。

 実際、続けての通信の中でキャロが似たようなことを言っているが……召喚とは、要するに契約による有機生命体の超長距離転送魔法に他ならない。

 前提となる契約の段階で才能が必要なので、誰でも使える技能では無いが……だからこそ、相手方に召喚士がいることは想定していなかった。

 

 

「皆が動けないなら、私が頑張らないとです……!」

 

 

 そう決意して、リインは飛ぶ。

 当初の予定ではシグナム達によって一掃されているはずのガジェットだが、今回は勝手が違った。

 キャロが召喚魔法の気配を探知した直後から、ガジェットの動きが格段に良くなったのだ。

 シャマルの予測では、有人操作に切り替わったとのことだが……。

 

 

 前線のシグナム達はもちろん、後方――ホテル近郊の最終防衛ラインを守る新人達の第2戦線――もガジェットの転送によって戦闘状態に入った以上、現場に出ている機動六課のメンバーで自由に動けるのは自分だけだ。

 ならば自分の役目を果たす、それだけのことである。

 

 

「キャロ! 『ケリュケイオン』が探知した敵召喚士の座標を送って欲しいです!」

『り、了解!』

『リインちゃん、どうするつもりなの? もしかして……』

「大丈夫、姿を確認するだけです!」

 

 

 出来ればガジェットの能力を上げているだろう――方法は不明だが――敵召喚士を打倒ないし捕縛したい所だが、これだけの広範囲召喚を行う魔導師を相手に単独で勝てると思う程リインは自惚れてはいない。

 そもそも、彼女は誰かと共に戦うことを想定して生まれたユニゾンデバイスなのだ。

 

 

(相手の姿だけでも確認できれば……!)

 

 

 敵の姿がわかっているのと違いないのとでは、その後の捜査に大きな差が出て来る。

 そこまでの無理が求められている場面では無いので、可能ならば、と言う前提条件がつくが……。

 その時、周囲の確認を怠っていなかったはずの彼女の前に、突如として黒い渦のような物が現れた。

 それは紫色の、小羽虫の群れだった。

 

 

「…………っ!」

 

 

 息を飲んだ次の瞬間、リインの小さな身体は羽虫の群れに飲まれた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 人間を追い詰める要素の一つに、「成果の出ない努力」と言う物があるだろう。

 それは何かを成そうとする過程で必ず出て来る物だが、長く続けば続く程に強くなっていくと言う特徴を持っている。

 焦燥と嫉妬、不安と恐怖がない交ぜになった感情がそれの正体だからだ。

 

 

 それは思考から柔軟さを奪い、時として身体の動きそのものを束縛する。

 自縄自縛、心と身体がそのような状態に陥った時、成果などと言う物は掌に零れ落ちてこない。

 だから人は証明を欲しがるのだ、自分が絶えず前に進んでいると言う証明を。

 しかし、もし……自分より後から来た者が、先に進んだと認識してしまった時。

 人は、どんな感情を抱くのだろうか。

 

 

「く……っ」

 

 

 『クロスミラージュ』の銃口からオレンジの魔力弾を放ちながら、ティアナは苦々しい表情を隠そうともしなかった。

 原因は、ホテル前に現れた11機のガジェットにある。

 新型や武装違いの派生型もあるようだが、基本的には訓練で最も撃墜しているⅠ型ばかりだ。

 訓練通りにさえしていれば労せずして倒せるはずの相手、しかし現実には。

 

 

「当たらないし、当たってもAMFを抜けない……!」

 

 

 彼女が毒吐くように、『クロスミラージュ』から放たれる魔力の弾丸はその大半が命中せず、フットワークや仲間の援護を受けて命中してもAMFの壁を抜くことが出来ないでいた。

 インテリジェントのデバイスは障壁貫通の効果付与でデフォルトで行ってくれているのに、だ。

 だがそれは別に彼女だけの悩みでは無い、側面から『ストラーダ』による突貫を繰り返すエリオも、上空で『ウイングロード』を駆けるスバルも同じ悩みを抱えている。

 

 

『訓練の時や最初の任務の時と違う、自分で判断して避けてるよ!』

『例え当てても、AMFの障壁を破る数秒の間に急所から外れるように微妙に移動してます!』

 

 

 一言で言えば、それは訓練と実戦の違いと言うことだろう。

 実戦で訓練通りに行くことはほぼ無い、無いのだが、慣れない状況はそれだけで不安と焦りを生む。

 特に指揮官であるティアナは、シャマルやロングアーチのバックアップがあるとは言え……全体が見えているが故に焦る。

 

 

「錬鉄召喚!!」

 

 

 しかしそれ以上に、仲間達から驚愕を持って見られている存在がいた。

 キャロである。

 彼女は最後衛にいながらにして、絶えず足元に桃色の特殊な魔法陣を展開している。

 行っているのは仲間全員のブースト、敵召喚士の位置サーチ、そして。

 

 

「『アルケミックチェーン』!」

<Enchant field invade>

 

 

 AMFの効果を受けない、無機物召喚と操作である。

 鈍い光沢を放つ鎖の群れがガジェットの足元から瞬時に放たれ、彼らが反応する前に絡め取ってしまった。

 さらに前線の2人のデバイスに輝きを与える、効果はフィールド貫通。

 

 

「――――今です!」

「うん!」

「ありがとキャロッ、うおおおおおおぉぉぉっ!」

 

 

 エリオが地面スレスレを飛ぶように走り、ミサイル型のⅠ型ガジェットのミサイルポッドの一つを抉るように傷つけた。

 その直上、真上から落下するように飛び込んだスバルが『リボルバーナックル』を残ったミサイルポッドに叩きつける。

 ポッドを抉り取るように破壊し、そして周囲の敵の攻撃直前にローラーを走らせて瞬時に離脱した。

 

 

 ――――これらの動きは、キャロの支援があればこそ成立するものだ。

 キャロは今回、訓練の時とは明らかに違う積極的な援護を自分から行っていた。

 正直に言えば、心強い、心強いが……。

 

 

「ティアさん! 次の指示をください!」

「え、えぇ……」

 

 

 自分の指示を着実にこなし、かつ自分で考えた何かしかを追加して効果を高めようとしている。

 初めて見るそんなキャロの姿に、ティアナは呆けたような返事を返してしまう。

 エリオやスバルがどう考えているかはわからないが、ティアナとしては驚かざるを得ない。

 指示を待つだけでなく、自分で考えて仲間の援護を行える後衛……理想的だ。

 そして理想的であるが故に、その潜在能力と才能がティアナには見えてしまう。

 

 

 見えてしまうのだ、最初の頃とまるで違う伸びを見せる少女の姿が。

 自分より6つも年下の少女が、自分よりも遥かに大きな伸びを見せてきた時。

 人は、いったい何を思うのだろうか?

 それを経験する人間が、はたして何人いるのだろうか……?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 「彼」は、「姫」の願いを叶えるために行動していた。

 「彼は」、その手にあるケースを手にしていた。

 誰にも知られずにホテルの敷地内に入り、そして誰にも知られずに目的の場所へと到達した「彼」。

 その周囲には、荷台を破壊されたトラックと木箱が散乱している。

 

 

「……!」

 

 

 次の瞬間、「彼」は姿を消した。

 高速移動、その際に羽虫のような甲高い音が響いた。

 その後を追うように、銀の閃きが薄暗い空間を駆けて来る。

 自動で追尾してくるようなそれを見て、「彼」は思考する。

 あれは何だ、と。

 

 

 じゃらんっ、と鋼のまとまりが擦れるような音が響いた。

 それは頭上から降って来た、鎖を避けて停止した「彼」の上に。

 身体がそれで縛られるのを自覚しつつ、しかしそれでもケースは落とさない「彼」。

 暗闇で赤く輝く四つの「目」が自分の身体を束縛するそれを見る、それは――――鎖だ。

 

 

「さて……」

 

 

 四つの目が……黒い甲殻のような顔について目が、鎖の根元を探して動く。

 彼の複眼は、程なくそれを見つける。

 トラックの陰から出て来た、空色の衣服に身を包んだ青年の姿を。

 

 

「……お前、誰だ? つーか……「何」だ?」

 

 

 青年のその言葉に、四つの赤い目が鋭く細まったような気がした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 待ち伏せした格好になったイオスだが、内心で困惑を覚えていた。

 何故なら、どのような立場やバックボーンの存在が来るにしろ……人間が相手だと思っていたためだ。

 ところが、相手は紫の羽根――高速移動の際に生える――を持つ、黒い甲殻虫の人型のような何か。

 

 

「さて、密輸業者には見えないわけだが……」

 

 

 何かしかのケースをトラックを破壊して盗み取ったのは間違いが無いので、現行犯で普通に逮捕・捕縛が出来るのだが。

 ……ただ、どう見ても相手が人間では無い。

 一昔前のダークヒーローのような風貌だ、正直よくわからない。

 首元に巻かれた紫のマフラーなど、特にそうだ。

 

 

「――――!」

 

 

 突然、状況が動いた……ここで相手は予想外の行動に出る。

 ――――鎖を巻いたまま、高速移動したのだ。

 前に。

 つまり。

 

 

「うぉあっ……!?」

 

 

 次の瞬間、強い衝撃にイオスの身体が吹き飛ばされる事態になった。

 高速でのショルダータックルを決められ、吹き飛ばされたのである。

 咄嗟に残った鎖を放ちつつ、相手を縛る鎖を手で掴んで引き絞った。

 

 

(……何か最近、格闘戦ばっかしてる気がするな……!)

 

 

 回転する視界の中、鎖で結ばれた相手の身体を支えに空中で体勢を整える。

 鈍い音を立てて駐車されていた乗用車のボンネットの上に着地し、跳ねるように彼の身体が浮かぶ。

 そして、同時にある術式を発動させる。

 

 

 もはや何十何百と発動させた術式だ、もはや呼吸するように使用できる。

 ある意味で、彼が師匠から受け継いだ唯一の技とすら言えるその術式。

 超短距離転移からの――――蹴りだ。

 

 

「ぉ――――らぁっ!!」

「……!」

 

 

 狙いは二の腕あたり、非常に硬い表皮の感触が爪先に当たり――――嫌な音を立てて、甲殻にも似た皮に罅が入るのをイオスは見た。

 構わず、最後まで蹴り抜く。

 切り揉み状に回転して吹き飛んで行く相手に鎖が音を立ててついて行き、最終的には駐車場の柱をブチ抜いた上で乗用車2台を巻き込み、地面に叩きつけられた。

 

 

「ひゅう……」

 

 

 蹴り抜きの体勢のまま、イオスは息を吐いた。

 この時点で彼は勝利を確信してはいたが、同時に油断すべきでは無いことも承知していた。

 何しろ、相手は人間では無いわけで。

 

 

「……む?」

 

 

 その時、不思議な光景がイオスの前で広がることになった。

 イオスが黒い甲殻を持つ何かを蹴り飛ばした先、支柱の一本と乗用車2台を巻き込んで砂埃を巻き上げていた向こう側に、紫色に輝く何かを見たからだ。

 敵、そして魔法陣――それを認識した次の一瞬には、イオスはしっかりと構え直している。

 ――――……が。

 

 

「え?」

 

 

 半ば呆然とするのも当然だろう、何しろ……今の今まで確かに感じていた手応えが失われたのだから。

 具体的には、縛り付けたはずの鎖の対象が失われた。

 擦り抜けられたとかでは無く、ましてや破壊されたわけでもない。

 文字通り、忽然と「失われた」のである。

 

 

「な、ちょ……マジか」

 

 

 逃げられた――その事実を認めるのに、数十秒は擁しただろうか。

 まさか逃げられるとは思っていなかった、だとすれば先程の魔法陣は何だったのか。

 ミッドチルダ式の物とはやや異なっていたが、転移魔法の物とは違うはずだった。

 

 

 ……ここでイオスが混乱するのは、彼が「召喚魔法」についての知識を持っていなかったからである。

 彼は「召喚」を見たことが無く、なので逆に「送還」の魔法も知らなかった。

 だから、この時点でイオスがそれに気付くことは出来なかった。

 しかし、彼がそれでも唯一成果を上げたとすれば。

 

 

「まさかあそこから逃げるとは……。けど、まぁ……最低限ブツは守れた、か」

 

 

 ぐん、と腕を引く。

 それは相手を束縛した方では無く、攻撃を受けた時に咄嗟に放った方の鎖だ。

 もちろんそれも瓦礫や車の残骸の下にあるわけだが、イオスが鎖ごとある物を引き抜いた。

 『テミス』の鎖はイオスの意思に従い、柔らかくそれをイオスの手の中に収める。

 

 

 それは、先程の謎の生物が最初に持っていたケースだった。

 中身についてはわからない、しかし強奪の対象となった以上は局で押さえる必要がある。

 さて、この中身は何だろうか?

 妙に厳重な封印が施されているような気がするのだが……。

 

 

『イオス君、ちょっと良いかな?』

 

 

 さてと、とケースの検分なり現場の保全なりを始めようとした矢先、ヴェロッサから通信が来た。

 表示枠の向こう側にいる彼は、別れた時と変わらない笑みを浮かべている。

 

 

「ああ、タイミング良いな……作為的なまでにな」

『うん? 何のことだい?』

「別に、それより地下駐車場に調査班を寄こしてくれ。後、調べてほしい物品があるんで観測班も。ちなみに上の保管庫と会場は?」

『保管庫は僕が見てるから平気かな。オークション会場には強い隊長さんが2人もいるからね、心配の必要は無いと思うよ』

 

 

 まぁ、そうだろうなとは思う。

 なのはとフェイトがいて、みすみす何か荒事を許すとは思えない。

 何しろあの2人のコンビの凶悪さと言ったら……とりあえず、イオスは過去に蓋をすることにした。

 

 

『ああ、そうだイオス君。一つ仕事を頼みたいんだけど』

「聞くだけ聞こう、俺のが立場は下だしな」

『ふふ、ありがとう……実は今、上の方が非常に面倒なことになっててね。そちらが片付かないことにはそっちへ調査班を送れないんだ』

「……あ、そう」

 

 

 何だかその後に頼まれることがわかってしまって、イオスは溜息を吐いた。

 そんな彼の手元に通信とは別の表示枠が展開される、そこには。

 予想通りの部隊からの、支援要請が記されていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……!」

 

 

 紫色の髪を持つ小さな虫の「姫」が、微かに表情を顰めるのを男は見た。

 それは常に無表情を保つ少女には珍しい事で、それだけに憂慮すべきことであるはずだった。

 

 

「どうした」

「…………相手にも、召喚士がいる」

「何……?」

 

 

 静かに告げられた事実に、多少なりと黒のフードに身を覆った男は驚愕する。

 こちらに召喚士がいる以上、当然、相手方に召喚士がいてもおかしなことは無い。

 ここで重要なのは、少女が表情を顰める程に優秀な召喚士がいると言う事実の方だろう。

 

 

「ガリューも……怪我、しちゃった……」

「……そうか」

 

 

 それは「あの男」からの依頼が失敗したと言うことと同義ではあるが、それについては男は気にしていなかった。

 むしろ少女と心を通わせる召喚虫の方を心配こそすれ、元より少女の参加に反対だった身としては依頼などはどうでも良かったのである。

 

 

「無理はするなよ」

「大丈夫……」

 

 

 気遣わしげな男の声に静かに応じて、少女は紫の輝きの中で左手を口元に寄せる。

 紫色の輝くそこに、口付けるのかと思える程に小さな唇を近付けて。

 

 

「……ガリュー、お疲れ様。ゆっくり休んでね……」

 

 

 表情の無さとは相反する、優しさと気遣いと、そして愛情の色の乗った声。

 そんな「姫」の声に応じるように、左手の……左手のグローブの紫のコア・クリスタルが煌めきを放ったような気がした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ティアナは、自分の判断にミスがあったことを認めた。

 指揮官でありながら仲間の状態を正確に把握することを怠ったのである。

 キャロの才能に圧倒されていたなど言い訳にならない、しかし……。

 ……どこかで、安堵した自分がいたかもしれなかった。

 

 

(全員分の連続ブーストにエリアサーチ、キャロが限界に達するのはわかってたはずなのに)

 

 

 原因はわかっている、自分達が頼り過ぎたことだ。

 自分達の攻撃がガジェットの強化されたAMFを抜けないがため、キャロのブーストと錬鉄召喚に頼り過ぎていたのだ。

 結果として、チームの中でキャロの消耗だけが早くなってしまった。

 

 

 敵機の内2機は武装を破壊されて戦闘能力を失っているが、これはキャロの功績と言って良い。

 彼女は後衛の分を出ない範囲で自分の最善を尽くし、結果を出した。

 それは、前線に立つべき他の3人が一番良く知っている。

 ティアナの『クロスミラージュ』を握る手に、力がこもる程度には。

 

 

『キャロ、ごめん!』

『休んでて、後は僕達でも大丈夫だから!』

 

 

 頭に響くスバルとエリオの声に、ティアナははっと顔を上げた。

 そして、その視野でもって戦場の状況を俯瞰する。

 それはティアナの特性であるわけだが、しかし彼女はそれには気付いていない。

 

 

 とにかく戦場を確認する、敵は11機。

 ――――計算する。

 1機に対して最低2撃は必要だろう、そしてエリオとスバルはAMFを抜けない。

 だが、オーバーAの弾殻形成が出来るティアナならば可能だ。

 

 

(やれる……? 違う、やるんだ)

 

 

 AMF貫通、威力強化、コントロール強化、諸々含めてカートリッジ4つ。

 なのはからの教導では習っていない範囲、しかし――――「出来る」、はずだ。

 数秒の思考の間に考えをまとめ、実行段階へ移す。

 決断は素早く、そして実行はさらに速く。

 

 

『……ありがとうキャロ。ここまで減らしてくれれば、私がやれる』

『ティアさん……す、すみません』

『大丈夫、やれる……「エリオ、キャロの所まで下がって!」

「は、はい!」

 

 

 エリオとティアナの位置が入れ替わる、ティアナがトップに上がる。

 するとその時、後方にいるシャマルが全員に通信を飛ばした。

 

 

『……今、救援がそこへ行くわ。皆、もう少し持ち堪えて!』

「大丈夫です――――全部、墜としますから!!」

『ティアナ? 無理はしないでも――――』

「大丈夫です!!」

 

 

 ――――全部、墜とす。

 通信にそう応じて、両手の『クロスミラージュ』を十字に構える。

 次いで浮かび上がるオレンジの魔法陣、浮遊する22発の魔力弾。

 作戦は単純だ、味方を囮に自分が全機撃墜すれば良い。

 

 

 そうすれば任務は完遂、そして証明もできる。

 強大な魔力も、特別な技能も、身体能力もセンスも何もかもが無かったとしても。

 自分の、自分が兄から教わった魔法はどんな状況からでも逆転できると――――。

 

 

「スバ……!」

 

 

 スバル、と、上空で『ウイングロード』で駆ける仲間へと声をかけようとした。

 彼女を囮に、自分が撃ち抜くフォーメーションを指示するために。

 しかし、それが行われる事は無かった――――何故なら。

 

 

『――――別に、全部墜とす必要は無いさ』

 

 

 森の木陰からガジェット達を狙っていたティアナには、ガジェット達が集結している開けた場所が見えている。

 実際、彼女は浮かべた魔力弾をそこへ放とうとしていたのだから。

 しかしだからこそ、4人の中で最初に気付く。

 広場の中、薄緑に輝く転移の魔法陣と……これは全員だ、目の前に開ける表示枠に。

 

 

「あれは……」

 

 

 ――――支援要請受諾の表示枠と、水色の衣装を纏った青年の背中。

 ある意味、ティアナが今この時に最も見たく無い物だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――5分程前。

 地下駐車場からホテル屋上へ向かい、そこで後方指揮担当のシャマルとリインに会った。

 内容は単純で、はやてから出された――ヴェロッサの推薦で――ホテル間近の防衛戦に、イオスの支援を請うと言う支援要請についてだ。

 

 

 別にこれは不思議なことではない、4年前の空港火災を例に出すまでも無く、担当部隊が身近な場所にいる戦力を活用するのは管理局の内規でも認められていることだ。

 だから、イオスも特段そのことについて何かを言うつもりは無かった。

 それに第一、アグスタ側からも利用客保護のために一刻も早い事態の鎮静化を求められていた。

 これは、管理局員として無視できない要請である。

 

 

「申告、機動六課課長並びに本局査察官、及びホテル・アグスタ支配人の三者連名の要請により……ホテルの防衛行動を支援する」

「はい、受諾ですぅ」

 

 

 軽い電子音を立てて、リインとイオスの間で表示枠の内容が交換された。

 同じ内容に自分達のサインを載せて、それでこの場での要請の申告と受諾が成されたことになる。

 イオスは視線をリインからシャマルに移すと。

 

 

「で、状況は?」

「フォワードチームが前面で抑えています、ヴィータ副隊長が最前線から戻って来るまでの間の支援をお願いします」

「となると、数分ってことか……こっちは連戦なんでね、手早く行こう」

 

 

 両腕の鎖を擦れ合わせて音を立てつつ、バリアジャケット姿のイオスがそう告げる。

 するとシャマルの薄緑の魔法陣が足元に展開されて、転移の準備に入ったことがわかった。

 ちなみに地下駐車場で回収したケースは、現在はシャマルに預ける形になっている。

 後ほど、地上本部のラボで解析が行われる手はずになっていた。

 

 

 そこでふと、イオスは目の前で浮かぶリインの様子に目をやった。

 戦闘中のため、白の騎士甲冑姿である。

 それは良いのだが、右の脇腹のあたりが切れていることに気付いた。

 どうかしたのかと尋ねれば、リインは手でそれを隠しつつ笑顔で首を横に振った。

 

 

「何でも無いです、ちょっと失敗しちゃっただけですよ」

 

 

 ……そうか、とだけイオスは呟いた。

 ちょっと失敗したなら、仕方無いなと。

 何しろ、彼はすでに敵を取り逃がすと言うミスを犯しているわけだから……。

 

 

「……今、救援がそこへ行くわ。皆、もう少し持ち堪えて!」

『大丈夫です――――全部、墜としますから!!』

「ティアナ? 無理はしないでも――――」

『大丈夫です! 全部墜としますから!』

 

 

 シャマルの通信を聞くに、どうやら状況は切迫しているらしい。

 通信を一方的に切られたシャマルは嫌な予感でもしたのか、指先のデバイスを輝かせた。

 改めてイオスの方を向いた上で、転移魔法を発動させる。

 

 

「イオス査察官、お願いします」

「……ヴィータが来るまでで良いんだな?」

「え、あ、はい」

「……極めて了解。なら、頼む」

 

 

 了解、と小さく応じて、シャマルはイオスを第2戦線へ転送した。

 そしてそれ程離れていない位置に、イオスの魔力反応が一気に移動したことを確認する。

 確認した後……ほう、とシャマルは息を吐いた。

 

 

「……私が攻撃されちゃうかと思ったわ」

「???」

 

 

 その呟きに……最後の段階でイオスの表情が見えていなかったからか。

 リインは、シャマルの呟きに首を傾げて見せるしか無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――転移先で目を開けた瞬間、イオスの前にはガジェットがいた。

 わざとかと思ったが、そうでもない。

 単純に、シャマルの設定した座標にガジェットの方が近付いて来ただけだ。

 

 

「――――別に、全部墜とす必要は無いさ」

 

 

 周囲に感じる4つの魔力の発生源にそう告げて、イオスは右手を掲げた。

 右手人差し指を目前に迫るガジェットⅠ型に向け、鷲の鍵爪のように曲げた指先を斜めに下ろす。

 その際、キュンッ、と甲高く細い音を立てて何かの線が走った。

 青く透明なその線が視界に映った直後、ガジェットⅠ型の楕円形のボディの3分の1が何かに切断され――爆発、四散する。

 

 

「AMF下では、両断まではいかないか……術式の改良が必要だな、こりゃ」

 

 

 スバルは、『ウイングロード』の上を走りながらそれを見ていた。

 シャマルからの通知と同時に戦場に現れたイオスが、目の前に迫ったガジェットの1機を爆散させる所を。

 混乱した、AMFを間近に感じていながら何故、と。

 

 

『……水よ』

「え?」

『高圧縮された水で切ったのよ、高水圧切断(ウォーターカッター)ってわかる? 鋼鉄だって切断できるわよアレ……AMFで阻害される前に完成させた物を上から叩きつけて、切断した』

 

 

 パートナーの少女は、それを成した人間と成された事実の双方に畏怖を感じているような声音でそう言った。

 ただスバルからすれば、あの距離で何が起こったかを分析できてしまうティアナも十分に凄いと思うのだが。

 理屈としては、むしろ魔力変換資質を持つエリオの方が理解が早かったかもしれない。

 

 

 AMFを破る方法の一つには、「魔力によって発生した現象をぶつける」と言う物がある。

 それは先のリニアの事件でイオスが鎖を用いたのが好例だが、より言って、「雷」や「水」のような物でも良いのだ。

 事実、エリオにはまだ無理だが……フェイトのようなレベルになれば、自らの魔力変換資質の「結果」のみでガジェットを粉砕することが出来るのである。

 

 

「イオス査察官は、エリオと同じ魔力変換資質持ち……!」

 

 

 ティアナの呟き、彼女は初めて見るが……イオスの魔力変換資質は『流水』!

 AMFの外で作った高水圧のカッターをぶつけ――結果、胴体の3分の1で術式効果が切れたが――ガジェットを粉砕する、リニア事件の経験を基にイオスが新たに組んだ攻略法であった。

 ただAMFが最も薄いⅠ型を完全破壊できないレベルなため、まだまだ実用化は出来ていないと言える。

 

 

「えー、自己紹介は前に済ませたから省略するぞ。一応、部隊と個人と企業からの要請でお前らの支援をする。えーと、ヴィータ副隊長がここに来るらしいから、それまで頑張って戦線を保って行こう」

 

 

 その言葉に、それまで呆けていた4人が動きを再開する。

 特に激しかったのは、魔力弾の精製まで行っていたティアナである。

 ただイオスの登場の段階で、キャンセルしてしまったが。

 

 

「待ってください! 全機撃墜した方が……」

『んー……必要無いな』

「なっ!?」

 

 

 自分の策を真っ向から否定される形になったためか、木陰の中でティアナは絶句した。

 それもただの否定では無い、ガジェットの攻撃をかわしながら軽く否定されたのである。

 一瞬、苛立ちを超えて怒りが湧いてくるが――――相手は上官と、自分を抑える。

 

 

『……ガジェットはまだ10機残ってます、1機でも減らした方が状況を楽にできます!』

「うん、正しいな。正しいけどなランスター二等陸士、それはあくまでも後が無い場合の戦術だな」

 

 

 デバイスを通じて響く少女の声に、イオスはガジェットのアンカーによる攻撃を器用にかわしながらそう答える。

 その両手からはジャラジャラと鎖が伸び続けているが、しかしAMF下においては地面に落ちて行くばかりだ。

 しかしそれでもなお、バックステップを繰り返して広場をグルグル逃げ回るイオスの表情は落ち着いている。

 

 

『後が無いって……』

「冷静に考えてみよう、ランスター二等陸士。俺、と言うかキミ達の戦略目的は何だ? ホテルにコイツらを行かせないことだ、それ以上でもそれ以下でも無い。別にお前達が全機破壊しなければならないような追い詰められた状況でも、無いはずだ」

 

 

 もちろん戦術的には、戦略目標達成の手段として「全機破壊」はアリだ。

 だが、一度に全てを破壊する必要は無い。

 そして「全機破壊」が目的でも無い限り、必ずしも自分達がそれをしようとする必要は無い。

 

 

「…………」

 

 

 木陰の中、『クロスミラージュ』を構えたままの体勢で、ティアナは固まっていた。

 彼女の頭の中は、先程のイオスの言葉を反芻している。

 しかし敵を必ずしも全部破壊しなくても良いと言う考え方は、ティアナの価値観からすれば――と言うか、大多数の局員からすれば――理解できる物では無かった。

 

 

 異質、そう、極めて異質な意見のように感じられてならなかったのである。

 そして深層意識下では、全てを一度に墜とそうとした自分への否定(アンチテーゼ)に感じられてならなかった。

 はやてあたりが見れば、「視点の違いやな」とでも評したかもしれない。

 

 

『キャロ!』

 

 

 そして、イオスの次の行動で彼女は知ることになる。

 自分の後輩の、本当の力を――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その声に驚いたのは、他ならぬキャロ自身だった。

 魔力がほぼ限界に達して、エリオに守られて後方へ――それこそ、AMFの範囲を避けるように――下がった彼女に、イオスが念話である頼み事をしたのだ。

 仕掛けは上々、あと必要な物は……上昇の力だと。

 

 

『キャロ、ちょっと頼めるか?』

 

 

 脳裏に響いて来た声に、キャロは息を飲む。

 エリオと言う小さな騎士に守られた彼女は、傍らに浮かぶ白い子竜を見る。

 翼を広げてやる気満々の様子だった、そして再び視線を前へと戻す。

 すでに少し距離のある戦場で、鎖を撒くようにしながらガジェットのアンカーやミサイルを回避し続けている伯父の姿を見る。

 

 

 最初のように相手を切断することも無く、ただ攻撃の威力をいなすように。

 たぶんだが、その気になれば全機破壊してしまうのでは無いのだろうか?

 ただ自分でやるよりも効率的な手段を知っているから、受け流すように10機のガジェットを引きつけているように見える。

 そしてその効率的な手段の一つが、自分の力だと言う。

 

 

「……!」

 

 

 そう言って、必要としてくれるのならば。

 それは強制では無く、何か別の物だと思える。

 

 

「はい……!」

「キャロ?」

「エリオ君、ありがとう。ちょっと下ろして……」

 

 

 ル・ルシエの里のキャロとしてでは無く。

 機動六課フォワードチームのキャロとして。

 自分を信じてくれる誰かのためにのみ、彼女は力を使うと決めたのだ。

 あの白いハンカチで、涙を拭いた時に。

 

 

 お荷物よろしくエリオに抱っこされていたのを、キャロは自分でその場に下りて立った。

 それから、指を広げて両手を目の前で交差する。

 両手のコアクリスタルが桃色に煌めく中、緊張のためか少し指先が震えるのを自覚する。

 しかし奇しくも、状況はあの時の想定に似ている。

 もしも戦場で自分の……自分と友人の助けを必要とする者がいたら、どうするのか。

 

 

「――――行くよ、フリード」

「キュクルー!」

 

 

 自分は――――キャロ・ル・ルシエは、どうするのか。

 それは、すでに決めている……決めているから、怖くない。

 いや、怖さは消えない、記憶が消えない以上は怖さも消えないだろう。

 

 

 <――――蒼穹を走る白き閃光! 我が翼となり……天を翔けよ!>

 

 

 だけど今は、それ以上に怖い可能性を思っているから。

 キャロの青みがかった大きな瞳の奥に、桃色の輝きが宿る。

 足元に広がるのは、ミッド式のそれとはやや異なる桃色の魔法陣だ。

 

 

「これは……」

 

 

 キャロの魔力の質が変化したことに気付いたのは、フォワードで最もキャロと近しいエリオだった。

 頬を撫でる風の中にすらキャロの魔力を感じる程に、魔法陣から発せられる魔力素が濃い。

 それに驚く間に、フリードの小さな身が空へと飛んだ。

 飛び続けるその先に、召喚の環状魔法陣が広がる……それは見たことが無い程に巨大で、そして強大な力だった。

 

 

「……っ」

 

 

 ビリビリと肌と言う肌を駆け抜けていくような召喚の魔力に、キャロは唇の端を噛み締めた。

 召喚の術式は問題無く作動している、問題は制御の術式が甘くないかだ。

 制御に失敗すれば、フリードは敵味方関係なく攻撃してしまう。

 

 

 <――――()よ、我が竜!>

 

 

 それは――――酔ってしまいそうな、振り切られてしまいそうな程の力。

 気を抜けば、キャロの手を擦り抜けてしまいそうな。

 実際、『ケリュケイオン』の補助を受けてなお厳しい手応えを感じている。

 

 

(無理、なの……やっぱり……?)

 

 

 弱気が出てしまう、やはり無理なのかと。

 自分には出来ないのかと、思ってしまう。

 その弱気こそが、召喚の制御を阻害する物だとわかっているのに。

 

 

『――――その時』

 

 

 その時、感情の、昂ぶりを感じた。

 

 

『お前、どうするんだ?』

 

 

 ――――開いていた拳を、握り締めた。

 手綱を掴むように、可能な限りの力を込めて握った。

 それはまるで、何かを求め掴むかのようにも見えた。

 掌の中から、桃色の輝きが漏れる。

 

 

「――――キャロ!」

「……っ、エリオく……!」

「頑張れ!」

 

 

 ……たぶん、エリオは自分が何を頑張っているのか、わかっていないだろう。

 それでも、何かをしようと頑張っていることはわかってくれたのだろう。

 だから、応援してくれた。

 

 

 それがきっと、最後の後押し。

 そして、ふと思い出す。

 ル・ルシエの里からここに至るまで、誰かに。

 ――――召喚する自分を、応援してくれた人がいただろうか?

 

 

「――――ッ!」

 

 

 ぶつり、と、おそらくは唇を噛み切った音が身体の中で聞こえた。

 感情の昂ぶりが召喚を後押しし、そして大切な友人の存在が制御を後押しする。

 そんなことを考えて、キャロは握った拳を開いた。

 

 

 <――――竜魂召喚!>

 

 

 開いた掌から、桃色の輝きが炸裂する。

 息を大きく吸い、彼女は世界に宣言するように、叫びを上げた。

 

 

「フリードリヒ――――――――ッッ!!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 作戦も、自分の役割も何もかもを一瞬、ティアナは忘れた。

 木の幹に手を添えて、片手に持った『クロスミラージュ』の銃口を下に下げて。

 ただ、呆然とした表情で空を見ていた。

 

 

「アレが……フリード……?」

 

 

 呟く視線の先に、翼長10メートルは超えるだろう巨大な白き竜の姿があった。

 白銀に輝く鱗を持ち、雄々しく空へと登る若い竜の姿。

 昇竜、まさにその二字が相応しく思える光景がそこに広がる。

 それは、ティアナの認識を変えるには十分な威力を持っていた。

 何故ならば、あれこそが。

 

 

「凄い……カッコ良い~」

 

 

 一方でスバルの受け取り方は、ティアナとは真逆である。

 もはや『ウイングロード』の上を走ることもせず、スバルは興奮を隠すことなく声に出していた。

 だって、あれが自分の仲間の。

 

 

「「キャロの、本当の力……!」」

 

 

 ティアナとスバルが同じ台詞を全く違う声音で紡いだ直後、変化が起こる。

 召喚・制御共に完璧なその竜は、眼下のガジェット達を威嚇するかのように一吼えした。

 その咆哮たるやまさに空気を震わせ、周囲の森に悲鳴のようなさざ波を起こさせる程だった。

 白銀の飛竜(フリードリヒ)――――フリードは、その場から一気に急上昇した。

 

 

 何事かと思えば、咆哮の間に太く逞しいその足に無数の鎖が巻かれていたのである。

 それは広場の四方から遠隔操作された鎖であり、AMFの範囲外でフリードの足に巻かれた物だ。

 それが急上昇によって引き上げられることで、ばら撒かれた鎖が一つの形を成すことに気付く。

 

 

「そう……別に俺達が壊す必要は無い」

 

 

 とんっ、と地面に着地しながら上を見てそう言うイオス。

 人間が擦り抜けられるそれは、巨体やアンカーが鎖に絡まったせいで動けないガジェットには抜けられない。

 言うなればそれは、鎖のネット。

 

 

<Chain bind>

 

 

 その、いわば亜流だ。

 しかし流石に10機の重量は堪えたのか、フリードが一瞬羽ばたきを止めそうになる。

 しかしその時、下から声が飛ぶ。

 

 

「飛んで……フリード!!」

 

 

 魔力の限界使用により、魔法陣の中で膝をついていたキャロの声だ。

 今また再びエリオに支えられてる彼女が、顔を上げて声を大にして叫んでいる。

 若き竜は、再び咆哮して応じた。

 それは、主人の願いを自分の力で果たせる喜びに満ちていた。

 高度が上がり、10機のガジェットのAMFで周囲の『ウイングロード』が砕けて行く中で。

 

 

「――――来たぜ」

 

 

 イオスの呟きと共に、それは来た。

 一纏めにされた10機のガジェットの中心、ど真ん中を貫くように。

 紅の閃光が、突き抜ける。

 

 

「――――『ラケーテンッッ!!」

 

 

 真紅の色に輝く衝撃が機械と鎖の中を一直線に貫き、それらを撃ち砕き……粉砕した。

 

 

「ハンマァ――――』ッッ!!」

 

 

 真紅の衝撃、最前線から救援に訪れたヴィータが生み出したその一撃が、次いでオレンジ色の巨大な爆発を生み出した。

 中央の数機の爆発が他の爆発を生んで、連鎖するように増加させ、消して行く。

 ズシャッ、と音を立て、砕けた『ウイングロード』から地面へと着地したスバルはそれを見て歓声を上げていた。

 

 

「やったぁ――――っ!」

 

 

 その声に、爆煙の中から姿を現した白い飛竜が同調するような咆哮を放つ。

 肩にハンマーを担ぐ赤いドレスの少女は、己が破砕した機械と鎖の破片を見下ろしながら満足げに頷く。

 キャロも自分を支えるエリオと笑顔を交わして、自分が成した召喚の成果を目に焼き付けていた。

 そして、自分達の方に歩いて来た青年に視線を向けると。

 

 

「カッコ良いじゃん、あの竜」

 

 

 にかっ、とした笑みと共にそう言われて、それに対して彼女は。

 

 

「……はいっ、フリードは最高の竜ですから!」

 

 

 キャロ自身も、最高の笑顔で応じることが出来たのだった。

 そうして、任務達成の空気が周囲に満ちて行く。

 地面にまで下りてきたフリードを見上げるスバルなどは大興奮であって、それを見てキャロとエリオはまた笑顔になる。

 イオスとヴィータは……空と大地から視線を交わして、それぐらいだった。

 

 

 いずれにしても、任務達成の喜びは全員に共有されている。

 空気が弛緩し、充実感のある疲労感に襲われるのだ。

 ただ……。

 

 

「……あれが、キャロの……」

 

 

 ……未だ木陰から出てこない、1人を除いては。

 その彼女は、広場の中心に陣取る白き飛竜の姿を……そして、桃色の髪の少女達と笑みを交わす水色の魔導師を視界に収めて。

 木の幹に添えた掌を、その爪を……強く、立てたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……そうかい、わかったよ。ご苦労様、今日はすまなかったね、いろいろと煩わせて。 え、僕? それはもう物凄く忙しかったよ、何しろ保管庫の方も大変でねぇ。え、いや別に侵入者は来なかったんだけどね?」

 

 

 ガジェットの襲来で延期されていたオークションが滞り無く行われている時刻、はやてはヴェロッサと共にホテルのカフェテリアにいた。

 だからはやては、目の前で通信の相手に対して「自分がいかに働いていたか」をアピールするヴェロッサの姿にクスクスと笑ってしまった。

 

 

 ヴェロッサはそんなはやてに目元を優しげに細める――結果、通信相手から突っ込まれる――と、事後のことを適当に話して通信を切った。

 それはもう見事にぷっつりと切ってしまったので、はやてがまた笑いを堪えなければならなかった程だ。

 通信を終えたヴェロッサは、手元の冷えたコーヒーで喉を湿らせながら。

 

 

「いやぁ、物凄く怒ってたね」

「イオスさん?」

「うん、次々と仕事を押し付けてくるんじゃねぇ、だそうだよ」

「……ごめんな」

「え、ああ、いや。別に構わないよ、イオス君はからかうと面白いしね」

 

 

 自分の都合でイオスに支援要請を出したのに、その不満を1人で受けてしまう形になったヴェロッサにはやては謝った。

 それに(イオスに対して)酷い言葉で構わないと言いながら、ヴェロッサは表情を翳らせるはやてに心配そうな視線を向けた。

 

 

「……本当に良いのかい? 「預言」の内容を彼に話さなくて」

「…………うん、ええんよ」

 

 

 答えつつ、ヴェロッサの視線から逃れるようにはやても冷えたコーヒーを口に運ぶ。

 仄かな苦味が舌の上に広がり、はやては軽く眉を顰めた。

 そのせいで、ヴェロッサには彼女が何故表情を顰めたのかがわからなくなる。

 感情のせいか、味覚のせいか。

 触れればわかるが、触れられない今となっては彼にもわからない。

 

 

「……思いをするんわ、私だけで十分……」

「ん、何か言ったかい?」

「え、ううん? 何も言うてないよ?」

 

 

 変なヴェロッサと言って、笑顔の仮面を被る彼女。

 彼女がそう言う顔をしてしまえば、自分には何も話さないことをヴェロッサは知っている。

 だから彼は自分も同じように笑みを浮かべて、何も心配していないと見せなくてはならない。

 それではやての負担が少しでも和らぐのならば、と言う次善の策であった。

 

 

 この話題には続ける意味が無いと悟ったヴェロッサは、場の空気を変えるために別の話をすることにした。

 しかし適当な話題が思いつかない、ふーむと内心で考え込む。

 そして、ふとはやての今の格好を思い出した。

 

 

「ところではやて、良いのかい?」

「え、何が?」

「いや、その格好をさ、イオス君にも見せなくて。僕や他のメンバーは見てるわけだから、もったいないとは思わないかい? せっかくそんなに綺麗なのに」

 

 

 何がもったいないのかはわからないが、確かに今のはやては美しい。

 大人っぽく見せる薄いお化粧に、水色の彩りが添えられた白のドレス。

 いつもと髪型もアクセサリも違う、ヴェロッサも初めて見たかもしれない。

 

 

「え、うーん……」

 

 

 しかし綺麗と評された当人は、自分の格好を確認するように身体を捻る。

 ヴェロッサの性格上たぶんお世辞だ、実際、なのはやフェイトに比べれば自分など大したことは無いと感じる。

 ただ、褒められて悪い気はしないものだ。

 

 

 とはいえだからと言って、わざわざ誰かに見せに行くと言うのはどうだろう?

 とんだ勘違い女と思われる気がする、イオスなどには「現実見ようぜ」と物凄いローテンションで言われそうな気がする。

 まぁ、それはそれで見てみたい気もするが……とりあえず、この場では。

 

 

「……やめとく、何か恥ずかしいもん」

 

 

 と、年頃の少女らしい照れた笑顔でそう言った。

 そこには、先程までの仮面の笑顔は無い。

 だからそんなはやてを見て、ヴェロッサは嬉しそうに笑ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『ごめんなさい、ドクター。とってこれなかった』

「そうか……残念だな。まぁ構わないさ、気にしないでくれたまえ」

 

 

 次元世界のどこかのポイント、男の声がその空間に響いていた。

 黄金色に輝く不思議な空間、男の目の前の大きなスクリーンには申し訳なさそうな雰囲気の紫の髪の少女が映っている。

 しかしその通信もすぐに切れる、彼女の連れが少女が長く男と話すことを好まないためだ。

 

 

 それを気にする風も無く、男は何かを考え込むように顎に指先を添えた。

 口元に浮かぶのは笑みだ、どこか苦笑にも見えるのは気のせいでは無いだろう。

 そこから漏れる声は、「ふーむ」と言う楽しげな思考の声だ。

 

 

「ふむ、やはり彼か……」

 

 

 うむ、と一つ頷いて、男は空中投影の端末を操作してどこかへと接続した。

 

 

「ウーノ、すまないがクアットロを呼んでくれないか。いくつか仕事を頼みたい」

『畏まりました』

 

 

 聞こえた女の声に「頼むよ」と応じて、彼は通信を切る。

 そして再び顔を上げた先には、紫の髪の少女と通信を行う前まで見ていた映像やデータが映し出された大スクリーンがある。

 そこには、10人程度の少年少女達の映像があり……その中で、頭一つほど年齢が離れた青年の映像に、男は興味深そうな視線を向けている。

 

 

 否、厳密に言えば……青年の手元やその周囲だ。

 青年に良く似た少年――つまりは数年前の――映像などもあり、随分と以前から見ていたことがわかる。

 そしてそのいずれの映像でも共通しているのは、青年が操る物……。

 

 

「……ふふふ……」

 

 

 唇を三日月の形に歪めた男の微かな笑い声が、その場に響く。

 それが止むのは、先程の通信とは異なる別の女の声がその部屋の中に響いてからのことだ。

 それまで、男は楽しげに笑い続けていた……。

 

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
早速ですが、イオス撃墜されませんでした(え)。
繰り返しますが、撃墜はされてな(しつこいですね)。

ミスショットも無しになりました、フリード枠を入れると必要が無かったので……。
でも別の形で劣等感を擽ることに、ティアナさんはそう言う所が好きです。
なので次回はティアナさんの回にようかと、フラグも立ってることですし。
と言うわけで、キャロさんの次はいよいよティアナさんと絡みます。
原作準拠って、疲れます。
どこから崩してやろうか……では、失礼致します。

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