魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第6話:「査察官、チェックイン」

 周囲を風光明媚な森林地区に囲まれた高級ホテル、「ホテル・アグスタ」。

 次元世界にも広く知られるミッドチルダ有数のホテルであり、各世界の有力者や著名人が一度は宿泊したいと希望するとまで言われている。

 その宿泊料金は、とてもでは無いが一般庶民が気軽に支払える金額では無い。

 

 

「そんなホテルで、合法ロストロギアのオークションねぇ。セレブ連中が考えることは、俺にはわからん」

「厳密には骨董品のオークションさ、局の指定を受けていない古代遺失物も出品されているけどね」

 

 

 照明の少ないホテルの地下駐車場、彼らは手に持ったライトの線を周囲に投げながら、積み上げられた木箱とラベルの文字を確認している。

 傍らに展開した表示枠と照らし合わせながら、中身についてチェックしているようだ。

 ただし彼らはホテルの関係者でも無ければ、オークションの関係者でも無い。

 

 

 彼らは時空管理局本局及び地上本部、その査察部に所属する人間である。

 1人は水色の髪の青年イオス・ティティア、高級ホテルやオークションと言う場所に合わせているのか、今日の彼は制服では無くフォーマルなブラックスーツなどを身に着けている。

 彼は着慣れないスーツの襟元に指先など入れつつ、連れ合いの男を見て。

 

 

「何でそっちはいつも通りの白スーツなんだよ……と言うか毎回同じの着てるけど、何着持ってんだ?」

「そうだね、ざっと88着くらいかな」

「マジで!?」

「冗談だよ」

 

 

 などと言う会話をする相手は、査察官の先輩でもあるヴェロッサ・アコースだ。

 彼は片手でライトの適当に振って天井のあたりを眺めつつ、軽く溜息のような吐息を漏らして。

 

 

「まぁ、とりあえずはこんな所かな。流石に僕達2人で全部の荷物を確認するのは難しいしね」

「密輸品ったって、そう簡単に見つかる物でもねーしな」

 

 

 彼らは今、オークション用に運び込まれる骨董品や合法ロストロギアの確認をしていた所だった。

 しかし開封すると傷む骨董品もあるので、全ての箱の中身を見れるわけでは無い。

 

 

「あ、すみません。ここの商品納入のトラックって、オークションが終わるまであるんですか?」

「はい、商品の残りとか……配送とかの都合で、はい」

「ふぅん……」

 

 

 査察官証を見せつつ作業員に声をかけ、トラックからホテルの中の会場へ運び入れるオークション商品の確認を取るのだ。

 納入と配送のトラックが、地下駐車場にどの程度置かれているのか等もその一つ。

 荷台にどの程度の品物がプールされるのか、発送先は間違いが無いか……。

 

 

 彼らがここに来たのは、もしもの密輸に備えてのこと。

 ここで行われるオークションは無指定とはいえロストロギアも出展される、管理局の人間もいくらか関わっている大掛かりな物だ。

 そのため密輸の隠れ蓑にされることも多く、場合によっては査察の対象に上がることもある。

 

 

「警備体制はどーなってんだっけ?」

「警備会社の人間が定期的に見回りをしているらしい、まぁ、普通だね」

「大丈夫かそれ……」

 

 

 ここにあるロストロギアは基本的に無害だ、故にそこまでの警備体制は必要ないということだろう。

 その理屈はわかるのだが、イオスとしては若干の不安を抱かざるを得ない。

 ……何も起こらなければ良いのだが。

 

 

「「あっ」」

 

 

 そんな時、聞き覚えのある子供の声が耳に届いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そこにいたのは、陸士制服を着た2人の子供だった。

 赤髪と桃髪、間違いなくイオスの甥っ子的存在と姪っ子的存在である。

 つまり、エリオとキャロだ。

 

 

「お前ら。どうしてここに?」

「えっと、任務です」

「イオスおじさ……お兄さんこそ、どうしてここに?」

「…………うん、まぁ、仕事だ」

 

 

 後ろで噴き出しているヴェロッサは後で殺そうと決意しつつ、イオスは小走りに駆けて来た子供2人に努めて笑顔を見せた。

 彼は現実主義者である、現実で起こっていることをいちいち訂正したりなどしないのだった。

 

 

「ん、んんっ、イオス君。じゃあ僕は先にホテルの中を見回っているからね」

「あ、はぁ」

 

 

 子供達に見えないように気を配っているのか知らないが、それでもイオスにはヴェロッサのにやけ顔が見えているので全く意味が無かった。

 ちなみに、イオスには彼がこれからサボるのだなと言うことがわかっている。

 その程度には付き合いがあるからわかることだが、今は言うまい、子供の前である。

 

 

「あ……すみません。お仕事の邪魔をしちゃいましたか?」

「いや、一段落した所だからな」

「そうか、それは調度良かったか」

「お前は気にしろ」

 

 

 ちなみにイオスの言う「お前」とは、2人の子供の傍にいた青い毛並みの狼に対してである。

 つまりザフィーラだ、彼は頭の上あたりにフリードを浮遊させつつそこにいる。

 

 

「ザ、ザフィーラが喋った!?」

「びっくり……」

「……お前、コイツらの前で喋ったことが無かったのか?」

「必要が無かったからな」

 

 

 それは正直どうなんだと思うイオスだったが、しかしエリオ達との出会いはある事実を彼に教えてくれていた。

 機動六課が、ホテル・アグスタにいると言うそのままの事実だ。

 そして、『レリック』及びガジェットの専任部隊である彼らがいると言うことは……。

 

 

「あ、そうだ。あの、これ……お返しします」

「あん? ああ……別に良かったのに。まぁ、ありがとう……もう良いのか?」

「はいっ」

「キュクルーッ」

 

 

 にっこり笑うキャロが差し出すのは、白いハンカチ。

 エリオなどは首を傾げているが、イオスは苦笑しながらそれを受け取った。

 そして、そのままキャロの頭をぽんっ、と叩こうとして。

 

 

 ガブリ。

 

 

 ……フリードに、噛まれた。

 どうやら、また泣かせると思われたらしい。

 その後、キャロの悲鳴が響き渡ったのは言うまでも無い。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 平謝りするキャロと苦笑いするエリオ、無言のザフィーラと別れて、イオスはホテルの中を見回っていた。

 まぁ無いとは思うが、もし注意が必要な密輸業者などがいればチェックするためだ。

 多くの場合、この手のイベントに参加する密輸業者は局員と関係があるもので……。

 

 

「……お?」

 

 

 何とは無しにオークション会場の方面へ歩き――すでにそちらに運ばれた品を見るつもりで――オークション参加者らしき人間とも何度か擦れ違ったが、ある廊下で緑のスーツを着た金髪の青年を見つけた。

 20歳になるかならないくらいの青年で、身長はあまり高くは無いが美形だ。

 後ろに流した金色の長髪が嫌味でなく似合うのは、青年の放つ人の良さそうな雰囲気のためだろう。

 

 

「あれは……おーい、ユーノ先生! ユーノ先生じゃないですかぁ!」

「え、誰……って、イオスさんじゃないですか! 来てたんですか!」

「いやー、ご高名なユーノ先生の晴れ姿を見たくてな、ははっ」

「ちょ、やめてくださいよ先生って」

 

 

 苦笑しつつ、バシバシと肩を叩かれたユーノはそう抗議する。

 しかし彼は無限書庫の司書長にしてミッドチルダ考古学会の学士、このオーディションの出展品の鑑定保証人であり、ついでにオークションで品を紹介するのも彼だ。

 そう言う意味で彼は「先生」と呼ばれてしかるべきなのだが、本人はあまりそう呼ばれるのが好きでは無いらしい。

 

 

「あれは……」

 

 

 それなりに目立つためか、廊下を行きかう人々の中には視線を向ける者もいた。

 多くの人間はそのまま素通りしたり、ユーノの顔を知っている人間は驚いたりもしたが、基本的に長時間見続けたり話しかけたりする者はいなかった。

 ただ1人だけ、波打つような金髪を持つ女性が目を見開いて彼らを見ていたが……。

 

 

 概ね、彼ら2人に意識を向けるような人間はいなかった。

 なのでひとしきりじゃれあって旧交を温めた後、ユーノは不思議そうな顔をした。

 まさか、この先輩が来るとは思っていなかったのである。

 

 

「そう言えばイオスさん、どうしてここに?」

「ん? たまたま招待状が手に入ってな、せっかくだから可愛い後輩の晴れ舞台を見に来たんだよ」

「……そうなんですか」

 

 

 笑みを浮かべてそう言うイオスに、ユーノも笑みを浮かべて頷く。

 それで納得したと、そう見せるために。

 それはつまり、イオスの言葉が嘘だとわかっていて、しかも聞いても答えて貰えないだろうと言うことに気付いたことを意味していた。

 

 

 そんな後輩の微妙な感情の動きを、イオスもまた読み取っていた。

 笑みを浮かべるユーノの眉が、若干困ったように下がっていたからだ。

 10年、それだけ付き合っていればお互いの微妙な機微にも詳しくなると言うものだった。

 イオス自身、ユーノのそうした細かな気遣いに何度も助けられているのだから。

 

 

「あ、そういえばですけど。さっきフェイトを見かけましたよ」

「フェイト? 何でまたこんな所に」

「さぁ、そこまでは。忙しそうだったんで、声はかけませんでしたけど」

 

 

 かけてもバチは当たらないと思うが、そうした遠慮深さもユーノの利点だろう。

 イオスはそう思いもするのだが、今はこのホテルにフェイトがいると言うのが重要だった。

 何故なら、これで確定だからだ。

 

 

「……あの野郎」

 

 

 いやらしい元上司だ、そう思う。

 彼はヴェロッサの仕事を手伝って欲しいと言うことで呼ばれている、当然、六課のことは知らない。

 だがエリオ、キャロ、ザフィーラと来てフェイトがいるなら、もう確定だろう。

 『テミス』でデバイスの反応を探れば、他の友人知人のデバイス反応を見つけることができるかもしれない。

 

 

 そして機動六課がこのホテルにいると言うことは、オークションで何かが起こると言うことだ。

 それが何かまでは把握していないだろうが、しかし何かが起こるのは間違いない。

 今となっては、この見回りも仕組まれた物のような気さえしてくる。

 まったくもって、苛立たしい。

 ……だが例え前提条件がどのように変わろうとも、イオスにはわかっていることが一つあった。

 

 

「……イオスさん?」

 

 

 それは、目の前で首を傾げて不思議そうにしているユーノだ。

 彼は魔導師総合Aランク、六課の隊長陣程では無いにしろ自分の身を守るには十分な実力を持っている。

 伊達に10年前の激戦を生き残ったわけでは無い、その意味でイオスは彼を信頼しているつもりだ。

 重要なのは、ユーノ自身よりもむしろ……。

 

 

「で、高町さんとはどうなってんだよ?」

「わたっ……な、なのはとは幼馴染で、大事な友達です。それだけですよ」

「ホントか~?」

「本当ですって、からかわないでくださいよ」

 

 

 目の前で頭をポンポンとされて、困ったように笑っている後輩。

 10年間、こんな自分と付き合ってくれている可愛い後輩だ。

 イオスは思う。

 誰だろうと、可愛い後輩の手がけた仕事に――――泥を塗るような真似はさせないと。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(困ったなぁ……)

 

 

 内心でも表情でもまさに困って、フェイトは眉根を寄せていた。

 そんな表情を浮かべても彼女の持つ美しさが翳らないのは、彼女の心根故であろうか。

 しかしどんなに心根が正直であろうと、それが問題の解決には役に立たないこともある。

 あるいは、それが原因で問題が起こることもあるのだ。

 

 

「ねぇ、いーじゃん。一緒にオークションやろーよ、指輪とか買ったげるからさ」

「だいじょぶだいじょぶ、俺らカノリアの役員だからさ。知ってる? カノリアブランドの靴」 

 

 

 例えば、ナンパである。

 学生時代は親友達と一緒に頭を悩ませた問題に、まさか今悩まされるとは思わなかった。

 具体的には、オークション会場のホールに入る前にどこかの企業の御曹司らしい男2人に声をかけられたのである。

 

 

 こういう格式の高いホテルでもそう言うことがあるのかと驚いたが、目の前の男達は服こそ高そうなフォーマルスーツなのに軽そうな髪色と態度を見て、妙に納得もした。

 いわゆる、「良くいる手合い」である。

 なお、フェイトは寡聞にしてカノリアなどと言うブランドも靴メーカーも知らない。

 

 

「ごめんなさい、私達、オークション参加者じゃ無いんです」

「え、そんな綺麗なドレス着てるのに?」

「だいじょぶだいじょぶ、俺らの招待状で一緒に入れるから」

「え――っと……」

 

 

 自分を守るように前に出てお断りを入れてくれているのは、なのはである。

 なのははすでに何度目かのお断りの言葉をかわされたことに困りきっている様子で、後ろ姿からはその雰囲気が良く読み取れる。

 しかし実際、困っているのだった。

 

 

 ナンパもそうだが、彼女達は機動六課の任務でここにいるからである。

 ジェイル・スカリエッティ(まだ容疑者筆頭と言うだけだが)が操るガジェットがオークションのロストロギアを狙うかもしれないと言う理由で、内と外から警護するのが彼女達の任務だ。

 なのはとフェイトは会場を守るのが役目で、つまりこんな男達に付き合っている暇は無いのだ。

 ……が、それをまさか説明することも出来ない、一般客に自分達の身分を明かすのも問題なのだ。

 

 

「えーと、ホントに私達、無理なんです。ごめんなさい」

「良いじゃんって、ほらぁ」

「……!」

 

 

 困った顔で断り続けるなのはに業を煮やしたのか、なのはに手を伸ばす男。

 それを見て、今度はなのはを守るべくフェイトが手先を微かに動かした所で。

 

 

「よっ、お待たせ」

 

 

 フェイトよりも先に男の手を押さえて、しかもそれを気にもしていないかのように声をかけてきた男がいた。

 誰かと思って厳しい顔を向けたフェイトだが、その表情はすぐに弛緩することになる。

 何故なら、そこに立っていた水色の髪の青年を知っていたからだった。

 だから、男達が見惚れる程の笑顔で言った。

 

 

「遅いよ、義兄さん」

「「兄さん!?」」

 

 

 義兄――イオスの登場に驚く男達の発音は、フェイトとはやや違っていた。

 ただ、フェイトがそれを指摘する事はなかった。

 意味合いとしては、間違っていなかったからだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 家族連れと思い込んだのか、どこかの企業の御曹司達は舌打ちを残して去って行ってしまった。

 別の相手でも探しに行ったのか、それについては特に興味は無かった。

 ただ、言えることがあるとすれば。

 

 

「まったく、ナンパの礼儀がなってねー奴らだったな」

「イオス、ナンパしたことあるの?」

「あ、あるわけねぇだろ、兄貴分にあらぬ疑いをかけるのはやめろ」

 

 

 何故か笑顔のフェイトから顔を逸らすイオス、心無し額に汗が滲んでいるような気がする。

 これはコミュニケーションであって追及では無い、そんなことを考えるイオスだった。

 そんなくだらないことを考えつつ顔を上げれば、苦笑を浮かべるなのはと目が合った。

 

 

「ええと、こんにちはイオスさん。助けてくれてありがとう……ございます?」

「高町さん、そこは疑問形にしなくて良いんだ。もっとはっきりお礼を言う所だぞ」

「あはは。ところで、どうしてここに? もしかしてオークションですか?」

「笑って流さないでくれよ……まぁ、いろいろとな」

 

 

 いろいろとな、とイオスが言った途端、なのはもフェイトも何かを考え付いたような顔をした。

 ただ胸の内に生まれたであろう考えを口に出すようなことはしない、それは、機動六課のことを口に出さないイオスとバランスが取れていると言えるかもしれない。

 イオスとしてはユーノ同様、良く出来た後輩だと思って内心で苦笑するしかない。

 そのユーノは別の入り口から会場入りすると言うので、途中で別れたのだが。

 

 

「……お前ら、ここにいて良いのか?」

「うん、私達は会場にいないといけないから」

「そっか……それにしても」

 

 

 腕を組んで、イオスはうーむと軽く唸った。

 その視線はなのはとフェイトの身体全体に及んでいて、それに気付いた2人がやや自分の身体を抱くようにする。

 そして、ジト目を向けつつ。

 

 

「イオスさん、何か……」

「うん……目付き、やらしくない?」

「恐ろしいことを言うな。しかしまぁ前々から思ってたけどお前ら、美人だよなぁ」

「え、そ、そうですか? 普通ですよ、普通」

「うん、私達より綺麗な女の人はたくさんいるよ、イオス」

 

 

 謙遜しているが、この2人が美人で無いならこの世に美女など存在しないとすらイオスは思った。

 場に合わせたのだろう、2人はドレスを着てメイクまでしていた。

 これが2人をより大人っぽく綺麗に見せていて――無くても十二分に美人だが――そして、メイクの調子が2人それぞれで違うこともイオスを驚かせた。

 

 

 やや幼く見えるなのはは形を整えるように化粧を施され、桜色のルージュが全体を印象付けている。

 逆にフェイトは落ち着きを持たせるように整えて、薄いリップを引くことで淡く締めている。

 イオスも化粧法には詳しくは無いが、個々の女性に合った化粧の実例を目にした気がした。

 10歳になる前から2人を知っている身としては、もう感心するしかない。

 まさに、極上の美女だ。

 

 

「そのドレスもばっちり似合ってるし、高町さんは可愛く、フェイトは……あー、セクシー?」

「も、もう……やめてよ、イオス」

 

 

 顔を赤らめるフェイト、着ているフォーマルドレスは全体的にシックな造りになっていた。

 胸元と背中を大きく露出したセクシーなタイプで、フェイトのスタイルの良い身体を惜しげもなく強調するようなデザインになっている。

 胸元と腰に薄い紫のリボンがあり、黒のドレスに彩を添え……首には宝石のワンポイントネックレス、ハンドバックと靴はドレスの色に合わせた物、そして肩を覆う薄衣のショール。

 

 

 一方、なのははドレスもそうだが、ストレートに下ろした栗色の髪がイオスにとって新鮮だった。

 母の桃子にそっくりで、首元を飾るパールネックレスと耳のイヤリング、そしてフェイトとやや色合いの異なるショールが柔らかな印象を演出している。

 ドレスは赤、濃い桃色、薄い桃色を組み合わせた可愛らしいデザインで、これがまたなのはの可憐な容姿を映えさせて似合っているのだった。

 

 

「そ、それより、イオスもここにいて良いの? ギンガから聞いてるよ、いろいろ忙しいって」

「ああ、ギンガさんな。ギンガさんね……」

「……?」

 

 

 ギンガの名前を出した途端に遠い目をするイオスに、フェイトは首を傾げた。

 ……どうやら、まだ先週の誤解は解けていないようだ。

 しかしフェイトとなのはにはそれはわかりようが無いので、なのはは別の話をすることにした。

 それは、実は割と前から気になっていたことなのだが……。

 

 

「あの、イオスさん。ちょっとリニアの時から気になってたんですけど……」

「ん? ああ、何だい高町さん」

「何で、ギンガのこと名前で呼んでるんですか?」

 

 

 イオスの周りの空気が、何故か止まったようにフェイトには感じられた。

 

 

「いえ、別にギンガを名前で呼ぶのは良いんですけど。何と言うか、10年も苗字でしか呼んでもらえない身としては、どうしてなのかなぁって」

「え、ええと、それはだな高町さん」

「はやてちゃんだって、気にしてると思いますよ?」

「い、いや、でもほら、逆に言えば10年もファミリーネームで頑張ってきたわけで……」

 

 

 イオスは、助けを求めるような目でフェイトを見た。

 フェイトは、さっと目を逸らした。

 この10年、幼馴染の少女達の中でほぼ唯一名前で呼んで貰っていた身としては、何も言えなかった。

 それに実際、いい加減に名前で呼んでも良いとも思うのだ。

 第一、なのはやはやては「さん」付けとは言えイオスを名前呼びをしているわけだし……。

 

 

 ……まぁ、少し残念を覚えるのも、事実ではあったが。

 何しろこの10年、イオスに名前を呼ばれることを特権のように思っていなかったわけではなかったのだから。

 それは義妹としての……少女の頃の、ちょっとした思い出だったから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「じゃ、次からはちゃんと名前で呼んでくださいね?」

「は、ははは……まぁ、善処するよ」

 

 

 乾いた声で笑いながら、イオスは会場に入っていくなのはとフェイトを見送った。

 彼が次になのはを名前で呼べるかは不明だが、とりあえずそう言うことになってしまった。

 イオスがなのはを苗字で呼ぶのにはこれと言った理由が無い、が、何となく気恥ずかしいのである。

 

 

「えー、な、なのは……さん? なのは? いや、やはりなのはさん……まさかのなのはちゃん……? いやいやいや……」

 

 

 女性の名前を呼ぶというのは、イオスとしてはなかなかにハードルの高い行為だった。

 特に最初の呼び名と変える場合は、特にそうなのである。

 しかしブツブツと練習を始めるあたり、彼も真面目である。

 

 

 とは言えいつまでもこの場にいるのもどうかと思うので、歩き出す。

 内心でなのはの名前を呼べるかどうかと言う不安を抱えつつも、しかし別の方面では冷静にこのホテル・アグスタの状況を考えてもいた。

 厳密には、その周辺のことも考えてのことだが。

 

 

「あの2人が内側にいて大丈夫って言うからには、外には他の連中がいるってことか……」

 

 

 イオスはそう判断する、外にいる人間が誰かまでは知らないが、おそらくは六課のフォワード陣だろうと予測することはできる。

 そこで自分が考えなくてはならないのは、つまる所自分のポジションだった。

 持ち場、と言っても良い。

 

 

 そしてそれは、ヴェロッサが自分に何を望んでいるかによって変わって来るのだが。

 査察官としての自分、そして今までヴェロッサと共に見てきたポイント。

 それらを考えると、イオスが最初に陣取っておくべき場所は……。

 

 

「……あの、すみません」

 

 

 そんな時に声をかけられて、言い過ぎでなくイオスは驚いた。

 不意を突かれたと言ってもよく、目を丸くして立ち止まり振り向いた。

 理由として、聞き覚えの無い女性の声だったと言うこともあるだろう。

 

 

 振り向いた先、イオスの前に立っていたのは……何と言うか、育ちの良さそうな女性だった。

 波打つような金色の髪に、細く綺麗な青の瞳、青いドレスを着た美人だ。

 一瞬、誰だか本気でわからずに片眉を上げたのも無理は無い。

 

 

「あの……もしかして、イオス……イオス・ティティア様で、お間違えないでしょうか……?」

「はぁ……まぁ、そうですけど。何かご用でしょうか、レディ?」

 

 

 年の頃は20歳前後の若い女性は、イオスの名前を確認すると……。

 ……まだ相手が誰だか把握できていない様子の彼に、深々と頭を下げて来たのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 なのはやフェイトがそうであるように、はやてもまた場に溶け込むために身嗜みを整えて来ていた。

 メイクの系統はなのはに近いが、目元を大きく見せるようにアイラインを入れ、少し濃い目のルージュをあえて軽く引くことで整った顔立ちを彩っている。

 なのはやフェイトとは異なるタイプの、それでも美女と言って差し支えないレベルだろう。

 

 

 着用品は腰に青の花を模した飾りをワンポイントとして付けた白のドレス、同じ色の肩留めを除けば胸上から背中の肩甲骨までを外気に晒したタイプのそれは、腰の飾りから背中に広がる透明感のある薄布と相まってはやての肢体を引き立てている。

 涙を象ったアクセサリ付きのチョーカーに十字架のイヤリングが彼女の美しさに輝きを与え、短い髪を頭の後ろで束ねた髪型が全体を引き締めているようだった。

 

 

(会場内の警備は思ったより厳重やし、防災用のシャッターや非常通路も法令の範囲内で完備……流石に一流ホテルってことか)

 

 

 ホテルの中を歩き回りながら、はやてはもしもの際のオークション客や一般客の避難経路の確認などを行っていた。

 流石にミッドでも指折りの一流ホテルだけあって、そのあたりの設備は整っている。

 マニュアルもしっかりしているだろうから、一般的な事態にはある程度対応できるだろうと彼女は結論付けていた。

 

 

 外にはフォワードの新人と彼女の騎士達が配置されていて、オークション会場には信頼できる親友達がいる、そしてそれ以外のホテル内部には自分……完璧とまでは言えないかもしれないが、あらゆる事態に対応できる布陣だと思う。

 そんなことを考えながら、ある階層の客室の廊下を曲がろうとした所で。

 

 

「やぁ、はやてじゃないか!」

「え……ロッサ? ロッサやんか、どうしてここに?」

「ちょっとね、はやてこそどうしてここに……って、まぁ、言うまでも無いかな」

 

 

 そこで、はやては長い緑の髪を靡かせて歩く白スーツの男と鉢合わせた。

 誰かなどと言うまでも無く、ヴェロッサだった。

 ただ、カリム共々聖王教会で自分にいろいろと便宜を図ってくれて来た年上の友人に、はやても自然と笑顔を浮かべた。

 しかしその笑顔も、ヴェロッサの最後の言葉で消えてしまったが。

 

 

「ロッサが来てるってことは……」

「確定では、無いけどね」

「そう……」

 

 

 査察官のヴェロッサが動いているとなれば、これは確実に何かが起こると考えるべきだった。

 何故ならヴェロッサは管理局の査察官であると同時に、聖王教会の関係者でもあるのだから。

 聖王教会の「預言者」、騎士カリムの義弟として動いている。

 

 

 ……機動六課の運営を課長兼部隊長として行う上で、はやてはいくつもの秘密を抱えていた。

 それは極端な話、末端の部下が「知る必要の無い」秘密ではあるのだが――指揮官が共通して持つ悩みでもある――その内の一つが、聖王教会との関係だ。

 隊長陣の多くは六課と教会の癒着とも言える関係を知っているが、しかし何故そうなっているのかを知る者ははやてを除いて存在しない。

 

 

「あ、そうそう、イオス君も来てるよ」

「イオスさんも……」

 

 

 ぽつりとその名前を呟いて、はやては瞑目するように目を閉じた。

 ……機動六課の目的は、大きく3つ。

 第1に『レリック』の確保、第2に次元世界の守護、第3に…………だ。

 だから、はやては目を開けてヴェロッサを見上げて。

 

 

「ロッサ、いろいろ……ありがとうな」

「良いさ、カリムの願いでもあるしね。それにイオス君流に言えば、可愛い妹分は甘やかしたくなるものだからね」

 

 

 ぽんっ、と頭の上に置かれる大きな掌の感触に、はやてはくすぐったそうに身をよじった。

 しかしそんな中でも、彼女の内には自責に近い感情があった。

 仲間に全てを話せないもどかしさと、これから部隊の皆に降りかかるだろう負担への恐怖。

 

 

 ……自分の我侭に、全てを巻き込んでいると言う後悔。

 しかしそれでも、はやてはそこから目を背けるようなことだけはしない。

 ――――諦めないと、そう決めたから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 機動六課の戦力は無敵を通り越して異常だと、ティアナは常々思っていた。

 それは日に日に増していく疑問であって、それでいて末端の部下でしか無いティアナには解決のしようも無い疑問であった。

 一般の部隊ではあり得ない異常な戦力の集中が、どうして許されているのか。

 

 

 通常、管理局の部隊・艦の保有戦力は一定であることが求められる。

 ティアナは、これは一つの部隊や艦が突出した力を持つことを防ぐための措置と学んだし、それはティアナ個人としても部隊の暴走を防ぐストッパー的な措置として理解していた。

 しかし機動六課は、その限りではない……1年限りとは言え、特例として扱われている。

 基本的に先例主義である管理局で、何故そんなことが起こったのか。

 

 

『八神部隊長達の細かい事情とかについては、極秘事項だからわかんない部分も多いけど……でも、皆が凄い人達だって言うのはわかるよね』

「レアスキル持ちは大体歩く機密扱いだから、別に不思議でも何でも無いわよ。凄い人達だって言うのも、それこそわかりきってることだしね」

『そう?』

「そうよ」

 

 

 上の考えていることがわからない、とティアナは感じている。

 通常の部署や部隊であれば、それまでの実績や掲げる理念で大体何をする組織なのかは読める。

 しかし六課のような新興の、それも年若い才能溢れる未来のエリートで固められた部隊では、その限りでは無い。

 『レリック』回収の専任部隊、しかしティアナはそれだけでは無いと考えている。

 

 

 ロストロギアの回収を専任とする割には、訓練が濃すぎるのだ。

 あらゆる戦況に対応できるように、とは聞こえが良いが……それは逆に言えば、最初から『レリック』の回収だけで終わるとは思っていなかったと言うことになる。

 スバルやエリオ、キャロは疑ってもいないだろうが、ティアナはある意味で疑いを持っていた。

 この部隊、本当は何を目的に設立されたんだろうか?

 

 

(……そもそも、どうして私が呼ばれたのかってのもわからないけど)

 

 

 スバル、エリオ、キャロ……前線だけでなく後方の人材も、それぞれの分野に才能を示す未来のエリートだ。

 自分とは違う、という思いがティアナの中には強い。

 才能溢れる後輩や優秀な相棒に囲まれる中、いつしかその感覚は無視し得ない程の大きさになっていた。

 

 

 わからない、どうしてここに自分がいるのか。

 上が……隊長達が何故、自分を部下にと選んだのか。

 自分より有能な人間など……いくらでもいるだろうに。

 

 

『ああ、そうそう。それでね、イオス査察官のことなんだけど。ギン姉から聞いたんだけど、あの人、新暦61年度の士官学校の次席卒業生なんだって。なのはさんとフェイト隊長の魔導師登録が65年だから……やっぱり、なのはさん達の先輩なのは間違いないって』

「別にそこは疑って無いわよ。と言うか、隊長達の魔導師登録年度なんて良く知ってるわね……」

『雑誌に載ってた』

「あっそ」

 

 

 表示枠の向こうで自慢そうに胸を張るパートナーを呆れたように見つつ、通信を切る。

 スバルは諸々の事情でなのはに憧れを抱いている、なので雑誌なども欠かさずチェックしていることはティアナも知っていたが……まぁ、他人の趣味をとやかく言うつもりは無い。

 

 

「……士官学校の次席卒業生、か。普通にエリートね、それが何で隊長達に階級で負けてるのか……」

 

 

 ティアナ自身、訓練校の上位卒業生ではあるが……士官学校卒業生とは比べものにならない。

 いわんや次席卒業生ともなれば上級士官、いや将官の末席にいてもおかしくない程のエリートだ。

 それなのに、何故……という思いはある。

 そしてその想いは、きっと本人の方が自分より強いに違いない。

 だからだろうか、彼女はイオス・ティティアという人間に少しずつ興味を持ち始めていた。

 

 

『――前線各員へ、こちらシャマル。巡回中のメンバーはすぐに持ち場に戻ってください――』

 

 

 その時、デバイス経由の通信がティアナの思考時間に終わりを告げた。

 意識を切り替え銃を握り、そして思う。

 才能も戦力も関係なく、結果を出せば全てが変わると――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――かつて、レイチェル・マリア・イメルトと言う名の少女がいた。

 ミッドチルダ第3位の航空宇宙関連企業「ミッドチルダ・エアロスペース」の社長令嬢で、管理局の大口スポンサーの一人娘である。

 もう何年前になるだろうか、その少女の護衛任務に就いたことがあった。

 

 

 結果は散々、なのはの撃墜と言う悪夢はもちろんのこと、イオス自身や他の友人達も実質的・社会的に様々なペナルティを受けることになった。

 リンディやレティ、グレアムがいなければ、きっと身動きが取れなくなってしまうくらいには。

 人生の選択肢を、一本潰されるくらいには……。

 

 

「その節は……ご迷惑を、おかけしました……!」

 

 

 ……その相手が成長し、もし目の前で深く頭を垂れていたら。

 普通の人間なら、どんな反応を返すのだろうか。

 

 

「あ、あの時……わ、私、何も……何も、わかって、なくて……でも、今は……だから、本当に……っ」

 

 

 そこは、ホテルの中庭のような場所だった。

 ちょっとしたテラスがあり、人工の植樹と池がある、そんな場所だ。

 今、周囲に人影は見えない。

 ただ青年に頭を下げる女性と、その女性を見下ろす青年しかいない。

 

 

 腰を深く曲げているからだろう、ウェーブのかかった金髪が重力に負けて地面に垂れ、ドレスのデザイン上露出している背中が視界に入る。

 窄められた肩は震えを帯びており、膝に重ねられた両手の指はドレスを握り締めて皺を作っている。

 ……8年。

 8年越しのその謝罪に対して、イオスが持った感情はと言えば。

 

 

「……別に」

 

 

 面倒、と言うただそれだけのことだったのかもしれない。

 彼は、女性……かつてのレイチェル嬢を見て、そして彼女の左手の薬指を見た。

 銀のリングが煌くそれは……彼女が、もはや8年前の少女では無いことの証にも見えた。

 苦労したのかもしれない、何かを学び、気付いたのかもしれない。

 ただ、それは……それだけのことでしか、無かった。

 

 

「別に今さら……アンタに謝られた所で、何かが取り返せるわけでも無い。アンタも元気そうに見えるし、俺ももう昔とは違う。むしろ……」

 

 

 むしろ、死にかけたなのはの方にこそ謝罪すべきだろう。

 そんな言葉を、あえて飲み込んだ。

 それこそ今さら意味の無いことであるし……なのはでは無く自分の所に謝罪に来たというあたりが、8年前の彼女があの事件の後どう動いたのかを暗示しているようで、イオスはもうそれ以上のことを考えるのも面倒だった。

 

 

 その時、不意にイオスは胸元に手を添えた。

 別に胸を痛めたわけではなく、懐の『テミス』のカードが反応を示しただけだ。

 ホテルの外周で、戦闘の気配を探知したのだ。

 チリチリと震えるそれに手を添えたまま、イオスは女性に背を向けた。

 

 

「……じゃあな」

「あ……ま、待って……あのっ、せ、せめて、これを……!」

 

 

 歩き去ろうとしたイオスに彼女が差し出したのは、一枚の名刺だった。

 彼女の名前と共に会社での役職やアドレスが記載された物で、彼女に直通する連絡先が書かれていた。

 

 

「な、何か、何かお手伝いできるようなことがあれば、いつでもご連絡ください。きっと、きっとお役に立って見せますから!」

「…………アンタさ」

 

 

 必死に差し出してきたそれを見て、イオスは初めて笑みを浮かべた。

 それは困ったような物を見るような笑みで、つられるようにして女性も……レイチェルも口元を微かに笑ませた。

 そしてその笑みは、イオスが名刺を受け取るとさらに明確な物になった。

 

 

「アンタさ、本当……成長して無いよな」

 

 

 かつて、自分の我侭のために会社のお金や権力を使用した彼女。

 そして今、自分の罪悪感から会社のお金や権力を使用しようとしている彼女。

 大きく成長したように見えて、意識が変わったように見えて、その実。

 いったい、何が変わったと言うのだろう?

 

 

 ――――何かの紙を破るような音が、一度だけ響いた。

 その後には、誰の声もしなかった。

 沈黙と……誰かが去る足音だけが、残された。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――その森には、虫を統べる「姫」がいた。

 そんな小説のような言葉が思い浮かべられるような情景が、そこには広がっていた。

 自然の物では無い、人の手が加えられた森の中、紫の輝きが満ちている。

 

 

 耳の奥に響くような羽音を立てるのは、紫色の不思議な小さな羽虫の大群だった。

 羽虫達は自分を喚んだ「姫」に寄り添うように飛び、「姫」の唇から発せられる命令を待つ。

 彼らの「姫」は手を広げて、抱き、撫でるように掌を泳がしながら。

 

 

「……ミッション、オブジェクトコントロール」

 

 

 呟きに応え、虫達は「姫」の願いを叶えるべく紫色の輝きの中へと消えた。

 それを見送るのは、紫の髪を持つ少女……年の頃は、「姫」に相応しく10歳前後に見える。

 動かない表情の中、瞳に微かな心配の色を乗せて虫達を見送った後……次に片手を掲げる。

 しかし優雅とさえ一連の動きに、制止を加える存在がいた。

 

 

「別に、お前がそこまでする必要は……」

「……ううん、良いの」

 

 

 重苦しい声、黒に近い茶色のフードコートで身を隠している男性の声に、少女は対照的な静かで涼やかな声で応じる。

 再び満ちる紫の輝きの中で、虫の「姫」が掲げた手の向こうに告げるように。

 

 

「お願い、ガリュー……気をつけてね」

 

 

 ここでは無いどこかで、「姫」の騎士が頷いたような気がした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 バリアジャケットを見に着けた後、キャロはホテルの外へと駆け出していた。

 ホテル外周、多方向からのガジェットの襲来が確認されたためだ。

 とは言え、部隊長と分隊長2名は内部の警護のために動けない。

 

 

『状況、広域防衛戦です。現場指揮はロングアーチ01の総合管制と合わせて私、シャマルが行います』

「「「「了解!」」」」

『現在、多数のガジェットがホテルに向かってきています。ライトニング02とスターズ02がデバイスレベル2で迎撃に……』

 

 

 ホテル屋上から全体の指揮を執るのは、六課の医務官であるシャマルだった。

 キャロはまだそれ程付き合いがあるわけでは無いが――医務室の優しいお姉さんと言う印象――ロングアーチスタッフの一員として、部隊長の権限を代行すると言う形式は理解した。

 しかしそれ以上に、キャロは前回以上に今回の任務に強い意気込みで臨んでいた。

 

 

 二度目の実戦任務……気合いを入れすぎて力むのは良くないが、やる気は十分だ。

 何故か? それは彼女の後ろのホテルにフェイトがいるかもしれない。

 擬似的だが自分の大切な人を守ると言う状況が、彼女の力になっていた。

 先週、伯父……のような存在に示された「こんなはずじゃない現実」を防ぐと言う意味でも。

 

 

(私は、戦う……!)

 

 

 戦う、そう、戦いだ……戦いは嫌いだ。

 大事な人達と、自分に優しさをくれる人達とずっと一緒に楽しく過ごせれば良い。

 だけど現実には、そんな毎日はいつ壊れてしまってもおかしくなくて。

 そんな日々を少しでも長く続けたくて、たくさんの人が戦っていることを知った今。

 

 

「迎撃、行くわよ!」

「「おう!」」

 

 

 後ろにいる大切な人も、前にいる仲間達も、守りたい。

 そう願い、願うからこそ、彼女はここにいるのだから。

 ――――不意に、左手に熱を感じた。

 

 

 見れば、『ケリュケイオン』のコアクリスタルが輝きを放っていた。

 手首と指先へ向かうように刻まれた魔力の経路までもが光を放って活性化し、マスターたるキャロに何かを伝えようとしているようだった。

 そしてキャロは、それを正確に読み取ることが出来た……己の召喚士としての感覚と共に。

 

 

「転送……ううん、遠隔召喚……?」

 

 

 他者の召喚に気付けるとすれば、召喚士であるキャロだけだろう。

 仲間の背中を見ながら、キャロは熱を持った左手を胸に抱きながら視線を上に上げた。

 そこには、常に彼女に寄り添う子竜のフリードがいる。

 

 

「……行こう、フリード」

「キュクルーッ!」

 

 

 ご主人様であり友である少女の声に元気良く応えて、フリードは羽根を広げた。

 その羽根の下、庇護を受けるようにキャロは構える。

 そして彼女は、自分の前に立つ仲間達に声を――――。

 

 


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