魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第4話:「査察官、訪問する」

 

 透き通るような快晴、2日前に降った豪雨が嘘のような晴れ間がそこには広がっていた。

 雲一つ無い青空は5月の太陽の輝きを遮ることなく、燦々と降り注がせている。

 例年より気温が高いと予報されたその日、陸士制服を着た男がミッドチルダ南駐屯地にある隊舎を訪れていた。

 

 

「ここが、機動六課か……」

 

 

 あえて「作った」感がある渋い声に、灰青色の建造物の壁が放つ太陽光の照り返しに細まる瞳。

 水色の髪の彼は、やや古いが良く整備されたその隊舎を見上げて……感嘆したように息を吐いた。

 随分とまぁ、良い隊舎を獲得した物である。

 

 

「イオスさ~んっ」

「おー」

 

 

 そしてイオスは、目の前の隊舎の中から自分を迎えに来た女性職員――身長30センチの妖精サイズ――に対して、手を振ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 彼が見る限り、機動六課には「上官らしい上官」がいない。

 つまり部隊の平均年齢が若い、若さを活力と共に緩みも生む、通常の部隊であれば年配のベテランが締めるべき所を締める――陸士108部隊で言えばゲンヤだ――が、ここにはそれが無い。

 それでもこの部隊が部隊として機能しているのは、ひとえに……。

 

 

「ミッド地上本部査察部より参りました、査察官のイオス・ティティアです。本日は査察では無く、陸士108部隊と機動六課の共同捜査案件について参りました。どうぞ、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますぅ」

 

 

 ひとえに、今イオスの目の前で微笑を浮かべて敬礼している部隊長の存在があるのだろう。

 加えて言えば、強力な隊長陣の存在であろうか。

 力と信頼に対する絶大な支持、言ってしまえば偶像(アイドル)崇拝にも似たカリスマ集団。

 

 

(まぁ、逆に言えば……部隊長よりも経験と年齢があり過ぎる人材がいるとやりにくいってのも、理由の一つなのかもしれねぇが)

 

 

 おそらくこの部隊で唯一、階級でも役職でもイオスを上回るだろう女性を前にそんなことを考える。

 まだ全てを見たわけでは無いので何とも言えないが、その意味で本当に特殊性の高い部隊だと思う。

 古代遺失物管理部、機動六課。

 ……何となく気になるのは、査察官としての性なのかもしれない。

 

 

「それではまずはこちらのリインが、査察官に六課の中をご案内します。何分できたての部隊なので、何かありましたら、査察官の視点からどんどん意見してください」

「はっ、恐縮であります!」

「こちらの担当との会議は昼食後、午後からの予定。間違いないですか?」

「問題ないと存じます。では、本日はよろしくお願いいたします」

 

 

 流石に居酒屋とは違うので、2人とも形式ばった会話を行う。

 はやてなどは若干の寂しさを覚えてもいたが、ここはそうしなければならなかった。

 先輩と後輩では無く、部隊長と査察官と言う立場で会話する必要があるからだ。

 

 

「じゃあ、リイン」

「了解です。それではイオス査察官、ここからは私、機動六課部隊長補佐及びロングアーチスタッフのリインフォース・ツヴァイ空曹長がご案内申し上げるです!」

「よろしく」

 

 

 目の前で浮きながらぴしっ、と敬礼してきたリインに笑みを見せて、指先でリインの両手と握手を交わすイオス。

 それから2人ではやてに敬礼をして、リインを肩のあたりに伴う形で退出した。

 それを仕事用のスマイルで見送った後、はやては大きく息を吐いて椅子に倒れこむようにして座った。

 

 

「あー、いろいろしんど……」

 

 

 ほっ……と息を吐いて、背もたれに背中を預けながら手の甲で目を覆った。

 先輩にとって後輩の上官が扱いにくいように、後輩にとっても先輩の下位者と言うのは緊張する相手だ。

 ただまぁ、ゲンヤを始めとして今やはやてより階級の下の者の方が多いのだが。

 ……はやてにとって、イオスは別格なのである。

 

 

(んー……何と言うか、ズレを感じとるのかもしれへんな)

 

 

 かつて、『闇の書』の中で記憶と心を共有した頃のイオスと。

 査察官としての道を歩む今のイオス、その間にズレを感じるからこそ。

 だからこそ、緊張するのかもしれない。

 

 

 ……イオスに上官として扱われて寂しいのも、そのためだろうか?

 そんなことを考えて、はやては目を閉じた。

 胸の奥に、形の無い不安を抱えたまま……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 リインに案内される形で、イオスは機動六課の隊舎を見て回った。

 良く整えられたオフィス・ルームに、清潔感のある食堂、広いレイクリエーションルームに集会場、機密に関わらない範囲でいろいろと。

 ただそのいずれでも、若々しい職員達が実に楽しげな様子で仕事を進めているのが印象的だった。

 

 

 陸士部隊や航空部隊が軍隊然としているのならば、こちらは公務員然としているとでも言おうか。

 半分近くは新人と聞いているから、「緩く」見えてしまうのはそのせいだろう。

 要するに、現場慣れした空気が無いのだ。

 穿った見方をするのなら、自分達のしている仕事に現実感を持っていない。

 

 

「ここがロングアーチスタッフの待機所ですぅ。大体は司令部にいるですが、今の時間ならたぶん……」

「ふむ」

 

 

 中に入ると、書類仕事用らしき簡易オフィスに隣接した休憩所のような空間がそこにあった。

 ソファと、コーヒーの入ったマグカップが3つ置かれたテーブルが目に入る。

 つまり、そこには3人の人間がいた。

 

 

「シグナムは知ってると思うですが、グリフィスとシャーリーを紹介するです。2人共、こちら査察部所属のイオス・ティティア一等空尉です」

「あー、お噂はフェイトさんからかねがね。シャリオ・フィニーノ一等陸士です、ここでは通信主任とメカニックをやっております」

「シャリオ……ああ、もしかしてフェイトの補佐やってた子か。俺も良くフェイトから聞いてるよ、物凄く優秀だってね」

「いえ、そんなことないですよ」

 

 

 シャリオ・フィニーノ、愛称シャーリー。

 新人フォワード達のデバイスも彼女の担当だ、ただイオスはメカニックとしてより「フェイトの執務官補佐」と言う印象が強い。

 長い黒髪に眼鏡の可愛らしい女性で、だがイオスと握手する手はメカニックらしいそれだ。

 

 

 次いで、紫がかった髪の眼鏡の青年がイオスと握手を交わす。

 名前はグリフィス・ロウラン陸准尉、この部隊の部隊長補佐であり、レティの息子だ。

 

 

「イオス査察官ですね、いつも母がお世話になっております」

「いや、むしろ俺の方が世話になりっぱなしだよ」

 

 

 グリフィスは母親似なのか、レティの面影を残す面立ちをしている。

 なのでその顔でお礼を言われると、むしろ戸惑いに似た感情を抱くイオスだった。

 

 

「もう2人、アルトとルキノと言うのがいるのですが……申し訳ありません、今は指揮所と駐機場にそれぞれ散っておりまして」

「ああ、構わないよ。またの機会で良いさ」

 

 

 そして、イオスの視線がさらに移動する。

 そこには、桃色の髪を黄色のリボンでポニーテールにした女性がいた。

 陸士制服をきっちりと着こなした凛とした女性……シグナムである。

 

 

「そういや、お前もこの部隊にいたんだよな」

「は……おかげ様で」

 

 

 直立不動の敬礼体勢、気のせいかやや緊張しているようにも見える。

 微妙な不安を感じ取ったのか、リインが少し慌てた様子で。

 

 

「で、では、次をご案内するです!」

「ん? ああ……じゃあな」

「は……」

 

 

 静かに敬礼を返して――シグナムの様子を見るグリフィスとシャーリーの微妙な視線を感じながら、イオスはその部屋を後にした。

 

 

「イオス査察官」

 

 

 呼び止められて、イオスは2秒だけ立ち止まった。

 そんな彼に、シグナムは表情を動かさずに告げる。

 

 

「――――我らは、忘れたことは無い」

「そうかい……ご苦労なこった」

 

 

 それで十分、それ以上の言葉はいらなかった。

 そう言う関係だからだ。

 ヒラリと片手を振って、イオスは今度こそ部屋から出て行った。

 

 

 ――――せいぜい、八神さんの傍にいてやれば良いさ。

 

 

 口の中で、そう呟いて。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その後いくつかの部署を見て回り、屋内施設で最後に来たのは医務室だった。

 医務官が常駐する場所、どの部隊にも必ずある場所だ。

 まぁ、それでも並の部隊より設備が整っているわけだが。

 

 

「失礼しまーす!」

「はーい、どな……た、って」

 

 

 そこに誰がいるのかなど、イオスだってわかっている。

 しかし意外なことに、ここに来たがったのはイオスだった。

 それを知ってか知らずか、デスクについていたシャマルはパタパタと主婦よろしくリインとイオスの傍まで小走りに駆けて来て。

 

 

「イオス査察官! 足の具合はいかがですか?」

「……いや、問題ねぇよ」

「そうですか、良かったです」

 

 

 白い医務室をバックににこりと微笑むシャマル、陸士制服の上に羽織った白衣が妙に似合う。

 ただ医務官と言うよりは、どこか看護師然としている気もするが……れっきとした機動六課の主任医務官であり、古代ベルカの技術を使う腕の良い治癒術師だ。

 先日のリニアの事件で負ったイオスの足の怪我を、現場に転移してまで治したのも彼女である。

 

 

 それからイオスはシャマルから視線を逸らして……そして、かなり嫌そうな顔を浮かべた。

 何故か、それは彼の視線の先に青の毛並みの塊がいたからである。

 具体的には、狼。

 

 

「お前、相変わらず狼形態なのな」

「……ああ」

 

 

 ザフィーラだ、いつの間にかイオスの足元にいた。

 シグナムもシャマルもそうだが、ザフィーラも10年前と何も変わらない姿でそこにいる。

 イオスはおろか、他の面々も大きく変化したと言うのに……何も変わらずに。

 変わっていくものと、そうでは無いもの。

 

 

 ――――我らは、忘れたことは無い。

 変わらないから、忘れることは無い。

 イオスは一息吐くと、あっさりと踵を返して医務室の扉に足を向けた。

 薬品の香りが漂う医務室に背を向けて、しかしリインを待つように見せて。

 

 

「……足」

「はい?」

「…………世話になった」

 

 

 それだけ言って、イオスは出て行った。

 リインがぺこりと空中で頭を下げて、その後を追う。

 

 

「あ……イオス査察官! 出来れば、来週か再来週に検診に来てくださいね、術式治療の確認をしますから!」

 

 

 あっさりと閉じていく扉の向こうにそう声をかけた後、シャマルは足元のザフィーラに目を向けた。

 その表情は、どこか苦笑している様にも見えた。

 

 

「……変わらないわね、イオス査察官も」

「それがあの男だ、我らにとっては……必要な存在だろう」

「ええ、そうね……私達にとって、道標のような人」

 

 

 しかし、「世話になった」の言葉だけは確かな物だ。

 それを胸の奥にストンと落として、シャマルは微笑むのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「えへへ~」

「……何だよ」

「何でもないですよっ」

 

 

 医務室を後にしてからこっち、イオスはリインの嬉しそうな笑顔に悩まされていた。

 彼が次に向かっているのは隊舎の屋上のヘリポートだ、調度実機が置いてあると言う。

 ただそこに向かう間中、リインが上機嫌で……何となく理由がわかるため、イオスは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるばかりだ。

 その表情たるや、擦れ違う六課の職員が軽く驚くくらいである。

 

 

 しかしそのイオスの不機嫌も、ヘリポートに出ると変化した。

 何故なら、ヘリの傍で整備士らしき茶髪の女性と話している男に見覚えがあったからだ。

 年の頃は同い年くらいの、シャープな印象を受ける黒髪の男。

 向こうもこちらに気付いたのか、破顔して。

 

 

「イオス査察官じゃないっスか! どうしたんですこんな所で!?」

「ヴァイスこそ、何こんな所でヘリパイロットなんてやってんだよ! 武装隊はどうした武装隊は! あと妹さん元気か?」

「ははっ、武装隊の方は休業中ですよ。今はシグナム姐さんの推薦でしがないヘリパイロットっスわ。あと妹は元気です、おかげ様で」

 

 

 階級の差を感じさせない気楽さで、2人は近付いて握手を交わす。

 何年か前、ある立て籠もり事件の時に出会って以来の中だ。

 階級と役職の差こそあるが、同い年と言うのもあってか仲は良好のようである。

 ふよふよと浮いているリインも、嬉しそうにそれを見ている。

 ……が、困った顔で固まる人間がいた。

 

 

「え、えっと……ヴァイス陸曹、こちらの方は……」

「おっと、悪い悪い。イオス査察官、こっちはアルトっつー俺の後輩です。んでアルト、本部のイオス査察官だ」

「査さ……し、失礼致しましたっ。アルト・クラエッタ二等陸士です! 通信士と整備員をやらせてもらってます!」

 

 

 査察官、その単語に緊張したのか書類を挟んだボードを持ったまま敬礼するアルト。

 通信士でアルト、となるとグリフィスが言っていたロングアーチの1人だろう。

 緊張で固まる彼女に笑みを見せながら、イオスは目の前のネイビーカラーの大型ヘリを見上げて。

 

 

「前に見て思ったけど、良いヘリ使ってんなぁ……陸士部隊の連中が見たら泣くぞオイ」

「へへ、図体はデカいけど小回り利くんスよ。流石に機動隊は違うってね、何とMAe社製の最新モデルですよ?」

「MAeねぇ……」

 

 

 MAe――ミッドチルダ・エアロスペース。

 管理局にへりやエンジン、車両を収めているミッドチルダ第3位の航空宇宙関連企業だ。

 実はあまり良い思い出が無いが、まぁ今更である。

 

 

 イオスが太陽の光を反射するヘリの装甲を見つめていたその時、少し離れた位置から何かの爆発音が響くのが聞こえた。

 何事かと思い視線を向ければ、ヘリポートから一望できる海岸線。

 そして、比較的に近い位置にある湾岸ポート……そこに、何か蜃気楼のような物が浮かんでいるのが見えた。

 

 

「あれは……」

「はいです、あれこそが機動六課自慢の陸戦演習場。あらゆる状況を再現可能な、巨大シミュレーターです」

 

 

 機動六課、陸戦演習場。

 やや遠目に見えるそれに、イオスは目を細める。

 幾度も爆発音が響くそこに誰がいるのか、考えるまでも無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……楽しんでんなー、高町さん」

 

 

 それが、湾岸の訓練場を視察した際のイオスの感想だった。

 現在はどうやら森林を再現しているらしく、イオスも木々の間を抜けるようにして歩いて来た。

 肩のあたりに浮いてイオスをここまで誘導してきたリインは、それを聞いて何故か苦笑いを浮かべた。

 

 

 何しろ現在、イオスとリインの目の前でなのはが教導を行う形になっているわけだが。

 ティアナと言ったか、フォワードの新人との射撃訓練らしい。

 なのはが長時間保持する数十の魔力弾(それも、一つ一つ魔力量や弾質が違う)を避けずに迎撃し、かつ時折なのはが直接放つ魔力弾にも反応しなければならないと言う訓練だ。

 

 

「瞬時の判断と弾丸のセレクト! それが出来て初めて他のことを心配する!」

「はいっ!」

<I'll learn>

 

 

 ティアナは当然、ついて行くだけでも必死のように見える。

 そしてインテリジェントなのか、白い銃身を持つハンドガン型デバイス『クロスミラージュ』も同じように返答を返している。

 それが嬉しいのか、なのはは時折笑みを見せながら教導を……と、そこで彼女はイオスとリインに気付いた。

 

 

「はい、訓練中断――ッ。皆、集合――――!」

「「「「はいっ」」」」

 

 

 魔力弾を消して、訓練に参加している全員を呼び集める。

 するとティアナも含めて、三々五々、それぞれの位置からなのはの傍へと駆け寄ってくる。

 まず、子供組……つまりはエリオとキャロ、それからフリードだ。

 全員がティアナ程では無いにしろ、砂と土で顔や肌、翼を汚している。

 そしてエリオとキャロの肩を抱くようにしてやって来たのは、フェイトだ。

 

 

 まぁ、それはイオスにとってはどうでも良い。

 問題は次、スバル……ギンガの妹がやって来た時だ。

 他の3人に比して顔を真っ黒にしたスバルの傍らに、ハンマーを担いだ赤いおさげの少女がいた。

 ヴィータである、彼女はイオスと視線が合ったことに気付くと身をやや固くして。

 

 

「…………お疲れ様です」

「ああ」

「あ、あーっと、ですぅ……」

 

 

 しばらくの間があって、それだけの会話があった。

 特に険悪では無いが、親密でも無い空気。

 三等空尉と査察官(一等空尉資格持ち)の会話としては、まぁ普通かもしれない。

 しかしスバルは、訓練時とは違うヴィータとリインの様子に首を傾げつつ列に入っていった。

 

 

(何かヴィータ副隊長とリイン曹長、変な感じだったな……ま、いっか)

 

 

 整列が終われば、敬礼と挨拶、そして一定の社交辞令を含めた形式的な会話。

 とはいえ相手はなのはとフェイトのため、イオスとしては特に気を負う必要は無かった。

 むしろ、後輩と義妹が頑張ってる姿を見て感慨に浸る余裕すらあった。

 だが……。

 

 

「んー、じゃあ、せっかくだから。皆からイオス査察官に何か質問はあるかな?」

「私の義兄さんでもあるから、遠慮せずに何でも聞いてね」

 

 

 なのはとフェイトが、興味津々と言った顔で並ぶスバル達の視線に負けたのかそんなことを言う。

 イオスとしては後輩に対して「せっかくって何だ」とか、義妹に対して「それは俺が決めることじゃね?」とか思ったりしたが、レクリエーションとしては悪くないので心の奥にしまった。

 

 

「えーと……じゃあ、はいっ、私からお願いします!」

「はい、スバル」

 

 

 勢い良く手を上げたのは青髪の少女、なのはは好意的な笑みを浮かべながら発言を許可する。

 それはまさに教師と生徒で、スバルはにっこにこしながらイオスを見た。

 凄まじく嫌な予感がしたのは、何故だろう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「えーと、ティティア査察官は隊長達の昔からの先輩って聞いたんですけど、いつ頃から隊長達と付き合いがあったんですか?」

「あー、まずとりあえずファミリーネームでなく名前の方で呼んでくれて良いよ。それで、あー、大体10年ぐらい前かな」

「その頃のなのはさん達って、どんな感じだったんでしょうか!」

「こーら、スバル? 今はイオス査察官についての質問タイムだよー?」

 

 

 他ならぬなのは自身に言われて、スバルは瞬時に口を閉ざした。

 こう言う所も、先生と生徒の関係であるようだ。

 まさか、なのはの笑顔の圧力に屈したわけでもあるまい。

 すると今度は、オレンジの髪……先程イオスに訓練を見られていたテァアナが手を挙げて。

 

 

「では、イオス査察官とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「ああ、それで質問か?」

「はい、イオス査察官の魔法は……ミッドチルダ式でしょうか。デバイスも含めて」

「ん、ああ。ちょっと特殊だけどな、鎖なんて珍しいだろうし」

「イオス査察官はフェイト隊長と同じで、近接戦のできるミッド式魔導師なんですよー」

 

 

 ティアナの質問に頷くと、何故かリインが胸を張って追加した。

 イオスは思った、新人フォワード4人の「へー」的な視線を受けながら思った。

 近距離だろうが中距離だろうが遠距離だろうが、フェイトやなのは程非常識な存在になった覚えは無い。

 

 

「あー、そう言えば昔、ヴィータちゃんも負けたことあるよね」

「昔の話だろ、それにそれくらいならなのは隊長やフェイト隊長だって経験あるだろ」

「うん、嘱託の試験の時とか良いようにされちゃったもんね」

 

 

 問題、はたしてこの3人はいつの時代の話をしているのだろうか。

 心の中で脂汗を流して、イオスは思った。

 ヴィータについてはともかく、なのはやフェイトのは確実に数年前の話だ。

 具体的にはイオスが堂々と先輩面を出来ていた時代だ、なのだが……。

 

 

「わぁ……」

「す、凄いですね……」

「キュク~……」

(いやいやいや、お前らはリニアの時に見てただろーが!)

 

 

 甥っ子的存在と姪っ子的存在、そしてお付きの竜の子から凄まじく誤解の混じった視線を感じる。

 2人と1匹にとってはフェイト達は雲の上の存在だ、その存在にこうまで言わしめる存在。

 そこまで関係の深くない伯父的存在だが、ここに来て尊敬度が急上昇していた。

 このあたりの素直さは、妙に「母親」に影響を受けているのかもしれない。

 

 

 その様子を見てどう思ったのか、なのはが「うーん」と考え込むような仕草をした。

 実の所、イオスはすでにこの時点で嫌な予感がしていた。

 

 

「じゃあ、まぁ、質問タイムはこのくらいにして…………模擬戦しようか?」

 

 

 ……現実を見よう。

 何故かこのタイミングで、イオスはそんなことを思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 森林から廃墟へと変わった演習場で、5人の人間が入れ替わり立ち替わり動いている。

 いや、より言うならば……1人の人間を、4人が追いかけている。

 ヒラりヒラりと後ろから飛来するオレンジの魔力弾を回避しつつ、追われる1人が腕を振るう。

 

 

 するとその魔法を受けた両側のビルが爆発し、爆煙が煙幕のように後続の視界を塞ぐ。

 その中から飛び出して来るのは、青い光の道――『ウイングロード』。

 次いで『ウイングロード』に乗り、訓練着姿の青髪の少女が飛び出してくる。

 

 

「うおおおおおおおおぉぉぉっ!」

<Load cartridge>

 

 

 カートリッジを飛ばし、仲間のブーストで増加した加速力でもって相手を追いかける。

 自由に飛ばれては勝ち目が無い、故に全速力。

 相手は全力で飛んでいなかったのだろう、追いつくこと自体は難しくは無かった。

 

 

「『リボルバーシュー……うぇっ!?」

 

 

 振り下げた右腕、しかし目の前に敵がいない。

 背後だ、高機動か短距離移動かはわからない、とにかく後ろを取られた。

 とん、背中を軽く押される感触――――の後、砲撃魔法で吹き飛ばされた。

 悲鳴を上げる代わりに、彼女は悲鳴以外の言葉を叫んだ。

 

 

「エリオ――――ッ!!」

「はいっ!」

 

 

 青の道が砕け、道の下に隠れて高速移動していた赤毛の少年が飛びだす。

 狙われる相手はその奇襲に笑みを浮かべて、あえて迎え撃つ。

 若い槍騎士の槍の一突きを、片手で展開した『プロクテクション』の盾で受け止める――――。

 

 

「――――楽しそうだなオイ」

 

 

 そしてその様子を別のビルの屋上から、「イオスが」見ていた。

 バリアジャケットなど身に着けていない、普通に制服姿のままである。

 その彼の左隣、フェイトが苦笑しながら。

 

 

「なのは、スバル達を教導するの本当に好きだから」

「……私は、てっきりイオスがやるもんだと思ってたけどな」

「奇遇だな、実は俺もだよ……」

 

 

 ヴィータと意見が合うと言うのもなかなか無いが、その珍しい一回がここだった。

 実際に行われているのは、イオスに見せる目的でのなのはとフォワード4人の模擬戦だ。

 さっきの話の流れからすると、明らかに「あ、これ俺が模擬戦やる流れじゃね?」と言う感覚だったのだ。

 しかし実際には、ご覧の通りである。

 

 

「イオスは今日はお客様だから、なのはも流石に模擬戦をさせたりはしないよ」

「いや……どう見てもかなり悩んでたように見えたんだが」

「まさか、なのはだよ?」

「だからだよ」

 

 

 首を傾げて「?」を浮かべるフェイトはとりあえず置いておいて、イオスは再び模擬戦の方へと意識を向けた。

 場面はすでに、なのはがスバルとエリオの連携攻撃を軽くいなして、特定したらしいティアナの居場所に向けて砲撃を行っている所で……まぁ、どうもフォワード組に旗色が悪いようだった。

 

 

「リミッター付きでアレだけ出来る奴も珍しいと言うか、恐ろしいと言うか……」

「まぁな。ただ……うちの隊長陣の能力制限、キツ過ぎるんじゃねーか?」

 

 

 ヴィータが眦を下げて言うのは、六課にかけられているもう一つの「制限」のことだった。

 時空管理局の部隊には、部隊ごとに保有できる魔導師ランクの総計値が厳格に定められている。

 これは魔力量云々と言うより、「優秀な魔導師を集中させない」と言う意味合いが強い。

 万年人員不足の管理局では、非効率ではあるが優秀な魔導師を分散配置させなければ局の運営に支障をきたしてしまうと言う厳しい現実がある。

 

 

 そのため基本的にランクA以上の優秀な魔導師は通常一つの部隊に2人、多くて3人までとされている。

 しかし機動六課は総合SSのはやてを始め、前線に空戦Sランクオーバーが2人、S-とAAA+が1人ずつ、さらに後方にAA+及びA+が1人ずつと、異常なレベルになっている。

 明らかにランクオーバーで、このため六課では「能力制限」と言う裏技を使っている。

 

 

「査察官的には、部隊長だけでなく隊長陣の制限解除資格も複数の人間に持たせた方が良いんだけどな」

 

 

 理屈は単純だ、オーバーしている分だけ隊長陣の魔力にリミッターをかける。

 例えばはやてはSSからAまで、なのは・フェイトなどはAAまで魔力制限を受けている。

 これはヴィータ・シグナムもそうで……そしてはやて以外の4人ははやての意思で解除できる。

 

 

 イオスの……査察官の目から見れば、これはあって無いような制限だ。

 部隊長個人の意思でリミッターをいつでも外せる以上、極端に言えば形式だけの物に過ぎない。

 はやて自身は、聖王教会のカリム・グラシアと管理局のクロノ・ハラオウンという立場の異なる2人が権限を持っているために説得力を増しているのだが……。

 

 

「……いざと言う時、そんな煩雑な手続き踏んでたら人死にが出るだろ」

「でも規則だ、大体にしてだなー…………」

 

 

 その時、視線の先で模擬戦に終わりが見えていた。

 後衛のキャロがなのはに捕捉されて、逃げることも出来ずに窮地に陥っている。

 詰みだ、キャロの補助無しではフォワードに勝ち目は無い。

 

 

 何とか逃げようとするキャロの前で、小さな白い竜が翼を広げてなのはを威嚇する。

 そして口から爆裂効果のある火炎を吹いた……なのはには一切の効果が無かったが。

 トラウマにならないと良いのだが、などと酷いことを考えつつ、その様子が何故か気になった。

 何と言うか、一瞬、キャロが何かをしようとして躊躇ったように見えたからだ。

 

 

「あ、終わったみたいだね。どうだった、イオス?」

「そうだな……」

 

 

 フェイトの言葉通り、模擬戦は終わりだった。

 キャロが撃墜された時点で、なのはが終了を告げる声が響く。

 イオスは何となく、なのはに助け起こされているキャロと、その傍で気弱な鳴き声を上げているフリードを見ながら。

 

 

「……まぁ、悪くないと思うぜ。また後輩に抜かされそうだ」

 

 

 そう、言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 模擬戦終了の後は、シャワーと着替えの後に昼食。

 それが毎日の日課であり――と言うか、泥だらけで食事は出来ない――いつもの時間だ、熱いシャワーの滴に身体を晒しながら、スバルは訓練と模擬戦の疲れを泥や土と共に洗い流していた。

 

 

 お湯に濡れて頬や首に張りつく青の髪に、日に当たってなお白い肌の上を湯の滴が滴っている。

 鍛えられているが筋肉質では無い、15歳にして完成されたプロポーション。

 豊かなバスト、引き締まったウエスト、肉付きの良いヒップに柔らかそうな太腿、それでいてキュッと締まった足首――――世の女性が見れば羨ましがるような身体付きである。

 薄い仕切りで分けられたシャワールームの個室、スバルは温もりのこもった吐息を唇から漏らした。

 

 

「はふぅ~~……訓練の後のシャワーって良いよねぇ~」

「オヤジか、アンタは」

 

 

 仕切りの向こう、隣の個室から突っ込みを入れるのはティアナだ。

 個室の仕切りは顔と足が外から見えるタイプなので、呆れたような視線もしっかりと見える。

 結んでいた髪を解いたティアナは、意外に長いオレンジの髪を背中に垂らしていた。

 控えめな胸元をハンドタオルで隠しているのは、恥じらいか別の感情なのかはわからない。

 ただ、シャープで細身なティアナの身体付きはスバルとは別の魅力を放っていることは確かだ。

 

 

「それにしても、いやー……なのはさん強かったねぇ」

「そうね」

「イオス査察官とやるもんだとばっかり思ってたから、びっくりしたよねー」

「……そうね」

 

 

 イオス・ティティア査察官。

 今日改めて会った年上の男性のことを思い出して、ティアナはシャワーの手を止める。

 先輩なのに階級が同格以下、ミッド式で鎖型デバイス、近接戦もできる。

 隊長陣の会話を聞く限り、なのはやフェイトより強いかは別として、かなり「デキる」方なのだろうとは思う。

 

 

(何と言うか、まだ良く分からないけど……)

 

 

 どう言う、気分なのだろうか。

 年下に、後輩に階級で抜かれて行くと言うのは。

 どんな気分で、日々を過ごしているのだろうか。

 聞いてみたい気もしたが、あまりにも失礼な質問だろう。

 

 

 それにそんなことを聞いても、何の意味も無い。

 自分の目標は、そう言うことでは無いわけだし……。

 ……ふぅ、と、スバルと違って熱のこもらない吐息を漏らした。

 

 

「さ、じゃー頭洗おっかキャロ。……キャロ?」

「…………」

「……キャロ?」

「…………あ、はいっ。お願いしますっ」

「ほいほ~いっ、目に染みたら言ってね~」

 

 

 隣の個室では、スバルと同じ個室でシャワーを浴びていたキャロがスバルに髪を洗われている。

 ティアナはそれを横目でみやりながら、身体を洗うのを再開する。

 10歳にもなって自分で髪を洗えないのもどうかとも思うが、やっているスバルが迷惑に思っていないなら自分に言うべきことは無い。

 ただ……。

 

 

「…………」

 

 

 ……ただ、キャロが最近、何か悩んでいる風なのは気付いている。

 それについては、ティアナも何とかしなければとは思っている。

 スバルも気付いているからか、いつもより元気にキャロに接しているようだ。

 

 

 ただ生来ティアナは素直では無く、また人付き合いも少なく……つまり、やり方がわからない。

 極端に言えば、「他人とのぶつかり方」がわからないとも言える。

 戦術や魔法理論については優秀な彼女も、人の心の機微、ましてや10歳の少女の精神の問題などは門外漢であった。

 

 

(私って、本当……)

 

 

 ……何も出来ない奴だ。

 自分で自分自身をそう酷評して、ティアナはシャワーのノズルを止めた。

 今度は苛立ちのこもった吐息を、荒れの無い綺麗な唇から漏らしながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 はぁ……と溜息を吐いて、キャロは六課の隊舎屋上にいた。

 昼食を早めに済ませて、お手洗いに行くと言ってティアナ達から離れたのだ。

 ただお手洗いを済ませた後、すぐに合流する気分になれなくてこうしてぼんやりしている。

 午後の訓練の時間には戻らねばならないが、何となく今は1人でいたかった。

 

 

「……ごめんね、フリード」

 

 

 屋上スペースの真ん中あたりに座り込みながら、キャロは自分の傍で不思議そうに首を傾げている子竜の頭を撫でた。

 それに気持ちよさそうな声を上げる子竜の姿に、キャロは僅かに口元を緩ませる。

 ただそれも、すぐに消えてしまう。

 

 

「キュクルー?」

「うん……ごめんね」

 

 

 キャロは竜の言葉はわからない、フリードは人の言葉はわからない。

 しかし確かに、キャロとフリードの間には意思の疎通が出来ていた。

 それは召喚士風に言えば「制御できている」ためだ、だがキャロに制御や使役の意識は無い。

 むしろ友達か、それ以上の存在だった。

 キャロが卵から育てた、若き白銀の子竜。

 

 

 だが……その力の解放、いわゆる「召喚」はしたことが無い。

 その意味で、キャロは自分自身を召喚士では無いと思っている。

 原因はわかっている。

 フリードは悪くない、キャロだ。

 キャロにこそ、原因がある――――と、自分で思っている。

 

 

(私が……怖がってるから。だから、フリードは自分の力を振るえない)

 

 

 さっきの模擬戦一つをとってもそうだ、キャロはフリードの戦闘意欲を感じていた。

 自分も戦うと、仲間や友のために戦うと訴えかけてきていた。

 だが、キャロはそれを拒否した。

 ――――怖かったからだ。

 

 

(ここの人達は、優しい……)

 

 

 自分を拾ってくれたフェイト――保護責任者――も含めて、厳しいが、優しい人がたくさんいる場所。

 今の、自分の居場所だ。

 それを崩したくない、そんな気持ちがある。

 制御に失敗した竜達の暴走で、何もかもを台無しにするのが怖いと言う気持ちが。

 だから。

 

 

「ごめんね……」

「キュク……」

 

 

 だから、自分は竜を喚ばない。

 

 

「いや、まぁ……俺としては「ごめん」の先がそろそろ聞きたいんだが」

「へ……」

 

 

 ふと気付けば、膝を抱えている自分の身体に影がさしかかっていることに気付いた。

 そして声に引かれるように顔を上げれば。

 

 

「何かお前、リニアの時も謝ってなかったか?」

 

 

 ……彼女の「伯父」が、そこにいた。

 大きな目をまん丸く見開いて、キャロは彼を見上げた。

 それはそれは、大層な驚きようだったそうだが。

 ただ、彼に遠慮して「おじさん」とは呼ばなかったことだけは追記しておく。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 隣に座る了承を貰って、イオスはキャロの隣に座る。

 イオスはその際に手に持っていた包みを開いて、食パンの間に肉やらパスタやら野菜やらを詰め込んだ大きなサンドウィッチを取り出した。

 キャロが食べれば30分はかかりそうな、そんな大きさだった。

 

 

「あ、あの……?」

「ああ、悪いな。昼飯まだなんだわ……何かちんたら食うのもアレだし、こうして一纏めにしたわけだ」

「は、はぁ……」

「時間が無い時はたまにやる、オススメだ」

 

 

 いろいろ混ざって大変なことになるのではないかと思ったが、キャロは口には出さなかった。

 しばらく、イオスがごった煮のサンドウィッチをモフモフと食べる音だけが響いた。

 

 

「……お前さぁ」

「あ、はい」

 

 

 膝を抱える桃色の髪の少女の隣で、ごった煮サンドを頬張る水色の髪の青年。

 なかなか、シュールな光景ではあった。

 

 

「ひょっとして、戦いとか苦手なタイプか?」

「えっと……あまり、好きでは無いです」

「ふーん、まぁ、見るからにそう言うタイプだもんな。攻撃魔法もあまり使わないみたいだし……」

 

 

 その時、地面に立っているフリードが口先でイオスの足を突ついてきた。

 自己の存在を主張するかのような行動に、イオスは苦笑する。

 

 

「自分がいるから大丈夫ってか? でもお前さっき、高町さんに真正面から防がれてなかったか?」

「キュク……」

 

 

 うりうり、と指先で頭を小突きながらそう言うと、フリードは項垂れるように頭を垂れた。

 それを見て、キャロがまた眦を下げる。

 それから落ち込む子竜の背を撫でて、どこか謝るような声音で。

 

 

「フリードは……」

「うん?」

「……フリードは、本当はもっと大きな竜なんです」

 

 

 翼長実に10メートル以上、白銀に輝く鱗を持つ堂々たる竜。

 白銀の飛竜(フリードリヒ)

 しかしその状態になるためには特殊技能「竜使役」による竜の完全制御が必要で、キャロは一度も成功したことが無い。

 

 

「へぇ、じゃあ本当は今より凄いわけだ。じゃあ何でやらないんだ? 高町さんに禁止されてるとか?」

「いえ、そうじゃなくて……その……」

「……いや、まぁ、言いたくないなら良いけどさ」

 

 

 はむ、と最後の一欠片を口に放り込んでから、イオスは再びフリードの頭を指先で小突く。

 

 

「しかしまぁ、じゃあコイツも窮屈そうだな」

「え?」

「だってほら、本当なら出来るはずのことが出来ないって、それ凄く窮屈だろ? 窮屈で無くても、もどかしいんじゃないか? それこそ、鎖に縛られてるような……って、おー、噛むな噛むな」

 

 

 窮屈――――それは、そうかもしれないとキャロは思う。

 本来の雄々しい姿とは雲泥の差の、小さな身体。

 届くはずの物も届かず、飛べる距離も速さも及ばず、鎖に縛られたような、無理矢理小さくまとめられているような、そんな心地なのではないだろうか。

 そう思うと、キャロはますます眦を下げてしまって……と、そこで。

 

 

「わ、わっ、フリード、人の指噛んじゃダメだよ!?」

「キュグルルルル……ッ!」

 

 

 見れば、イオスの右手の人差し指と中指に噛みついているフリードがいた。

 猛犬のように唸るフリードを抱きかかえて離す、いつもはこんなことはしないのに。

 

 

「ご、ごめんなさい!」

「あーいやいや、歯ぁ立てて無かったし。ま、それにアレだ、窮屈でもご主人の傍にいたいってこったろ」

 

 

 窮屈でも、一緒にいたい。

 視線を下に下げれば、そこに自分を見上げる無垢な目があった。

 ……キャロはフリードを抱いたまま、座り直した。

 気のせいでなければ、目尻に涙が浮かんでいるようにも見える。

 

 

「と言うか、戦いが苦手なのに良く六課に来たな。機動隊なんてむしろ戦いしか無いようなイメージの部署だろ?」

「…………誰かの役に、立ちたかったんです」

 

 

 フリードを抱き締めたまま、キャロは答えた。

 自分がここに来たのは、集落から追放された自分を拾ってくれたフェイトの役に立ちたかったからであると。

 流石にフェイトと言う個人名は出せないので、「誰か」と言うボカした表現になってはいるが。

 

 

「役に立ちたい、ねぇ」

「えっと……ダメ、でしょうか?」

「いや? ダメだなんて俺には言えねぇよ。言えるわけが無い。けど、まぁ」

 

 

 屋上の床に両手をつき、空を見上げるようにしながらイオスが行った。

 「誰か」が「フェイト」だと予測できるイオスとしては、その理由は理由としてアリだった。

 間違っているなどと、口が裂けても言えるものでは無い。

 

 

 そして結局の所、キャロはフェイトの娘だとイオスは思った。

 何故なら、そっくりだから。

 今のキャロは昔のフェイトに良く似ている、考え過ぎて動きが止まってしまう所とか。

 

 

「――――現実的な話をしてみよう」

「はい?」

 

 

 いつかと同じ言葉に、キャロが顔を上げる。

 イオスは指先を振り、何かを想像させるような声音で。

 

 

「まず、誰か……仮にフェイトが何かしかの任務で死にそうになってるとする」

「えっと……ちょっと想像できません」

「だろうな、俺もちょっと自信無い。アイツあり得ないくらい万能で強いからな……でも、どんなに強くて万能な奴でも墜とされる時は墜とされるもんだ。例えば、疲労が極限にまで溜まっていた時とかな」

 

 

 妙に具体的な事例に、キャロは少しだけ不安を覚える。

 いつも誰かのために何かをしているフェイトの姿が脳裏に浮かぶ、執務官の仕事の合間に自分達の訓練に付き合っている姿、自分の仕事もあるのに自分達の書類仕事を手伝う姿……。

 ……疲れていない、なんて、とても言えないから。

 

 

「ま、とにかく何かの理由でフェイトが死にかけているとする。あと一歩で犯罪者なりガジェットなりに殺されそうだ、他の仲間は自分のことで手一杯で助けに行けない。助けに行けるのは――お前だけ。そう言う状況だ」

 

 

 それは、機動隊の人間であれば一般的に想像すること。

 

 

「これは別にあり得ないことじゃない、空想の話でも無い、それなりに可能性のある話だぜ? 頭数の足りないフォワードメンバーで、しかもリミッター付きと来た。30や40のガジェットなら楽勝だろうが、もっと強い新型ガジェットが何百と出てきたら? 『レリック』の魔力爆発に巻き込まれたら? 高濃度AMFのフィールド内に取り残されたら……?」

 

 

 大切な人の、死の想像。

 想像するのは嫌だ、ましてや現実になるなど考えたくも無い。

 嫌だ。

 

 

「その時、お前、どうするんだ?」

 

 

 助けに行く。

 けれど、自分にはそこまでの強大な力など無い。

 あるとすれば一つ……否、「二つ」。

 それを使わなければ、大切な人が死んでしまうような局面になった時。

 結局、現実はいつだって一つの事実しか残してくれないのだ。

 

 

 フェイトは知っている、自分の力のこと。

 窮地に陥った時、少しでも自分の力に期待しないとどうして言えるのだろうか。

 それでも、自分は「怖いから嫌だ」とでも言うのだろうか。

 優しいフェイトは、それでも許してくれるかもしれない。

 ……きっと、許してくれるだろう。

 

 

「……いや……」

 

 

 だけど。

 

 

「いや……嫌……嫌ぁ……!」

 

 

 だけど、私は。

 

 

「…………したぃ、ん、です……っ……!」

 

 

 だけど、私は、私を。

 

 

「ちゃん、とっ……したぃ……っ」

 

 

 

 だけどその時私は、きっと私を許せない――――。

 

 

 

「怖い、けど……っ、でも……! 私、ちゃんとっ……!」

「お……?」

「ちゃんと……全部、ちゃんと!!」

 

 

 叫んで、顔を上げた時……透明な滴が飛び散った。

 胸の奥からこみ上げて来る激情は、かつてフェイトに心を救われた瞬間に感じた物よりも激しかった。

 主人の感情の昂ぶりに驚いたのか、キャロの手を離れたフリードが心配そうにキューキューと鳴いている。

 

 

 そしてそれ以上に、イオスが慌てていた。

 不味い、泣かせた。

 全身からそんな雰囲気を放ちつつ、無意味に手をバタつかせて慌てている。

 

 

「あ、いや、その、すまっ……そ、そこまでとはっ。いやっ、えーと……」

 

 

 ……結局、その後イオスにできたことは。

 制服のポケットから取り出した白のハンカチを、キャロに手渡すことだけだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「うーん……教導官の役目、取られちゃったかな?」

 

 

 そしてその様子を、なのはは見ていた。

 元々はやてとの会議の時間をイオスに伝えるために探していたのだが、屋上に出る扉の前でキャロと話すイオスの声が聞こえたのである。

 なので、少し様子を見ることにしたのだが……。

 

 

 ……どうやら、それで正解だったらしい。

 今どんな状態なのかは見えないのでわからないが、声の様子から泣いているキャロをイオスが必死に宥めているのだろう。

 相変わらず、後輩には弱い男である……姪的存在だからかもしれないが。

 しかし、これで。

 

 

(これで、キャロは伸びてくれる……かな)

 

 

 フォワード4人の中で、キャロは少々特殊だった……出遅れていると言う意味でも。

 しかし今日、この瞬間から変わってくれたなら。

 おそらくは最強の後衛(フルバック)になってくれるだろうと、なのはは思っている。

 

 

 キャロの過去はなのはも聞いてはいた、強力過ぎる召喚の力を持つが故に部族を追放された女の子の物語を。

 行き場の無いまま局の施設を転々として、制御できない竜の力を疎まれて……教導官としては、正規の訓練も教育も与えないままに召喚を強制した側の責任を追求したいが。

 とにかくその結果、戦いに怯える毎日を過ごして……それを克服すること無く、六課に来てしまった。

 

 

(……と言うか、私のこと引き合いに出したよね、アレ)

 

 

 別に構わないが、少し恥ずかしくもある。

 今以上に未熟だった時代、母に最後に叩かれた時の話だ。

 まぁ、今はその話は良い。

 

 

「皆に守られる後衛か、皆に背中を預けて貰える仲間か……か」

 

 

 召喚の話が混ざっていたのでややこしいが、イオスが言いたかったのは要するにそう言うことだろうとなのはは思っている。

 これまでのキャロは前者だった、しかしきっと今日からは違う。

 皆を守るために、チームを生き残らせるために自分に何が出来るのか。

 未熟は未熟なりに考えて、必死で考えて、そして行動できるようになってくれるのならば。

 

 

「……4人まとめでの模擬戦は、今日で卒業かな」

 

 

 そう嬉しげに呟いて、なのははパネルを操作して屋上の扉を開けた。

 一気に開ける視界の中、目的の2人と1匹を見つけて笑顔を浮かべるために。

 青空の下、泣いてる女の子を宥める青年と子竜の姿を見つけるために……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 キャロと別れた後、イオスはなのはに連れられて部隊長室へとやって来ていた。

 聞かれていたと知った時は羞恥心のあまり投身自殺しようかと思ったが、「ハンカチ、洗って返します」と言うキャロの姿に思い留まることにした。

 後でなのはからはやてやフェイトに伝わるかと思うと、ちょっと自信が無いが……。

 

 

(うーん、何かこう、座りが悪い感じだ……)

 

 

 そしてそのせいか、特にフェイトと目を合わせにくいイオスだった。

 部隊長室のソファに座って挙動不審なイオスを、フェイトは首を傾げながら見ることになる。

 しかし時間も有限なので、とりあえずプレゼンを始めることにしたらしい。

 内容は、機動六課と陸士108部隊が共同捜査している『レリック』密輸の件だ。

 

 

 フェイトはすでに数日前、シャーリーと共に地上本部のラボで件の新型ガジェットの解析を済ませている。

 その情報はすでに陸士08部隊のギンガにも伝えてあり、今からイオスに説明する内容もそれに準じた物となる。

 特筆すべき点は、2点。

 

 

「ここです、このガジェットの内燃機関の部分映像。イオス査察官も見覚えがあるかと思うのですが……」

「む、コイツは……」

 

 

 ガジェットに積まれた兵器や内燃機関が映し出された表示枠、その中の1つをフェイトが指し示す。

 それを見て眉を動かすのはイオスだけだ、同席しているはやてはすでに知っているから。

 もちろん秘匿義務がかかる情報ではあるが、捜査の上で必要だし、何よりイオス個人を信用している。

 

 

「……『ジュエルシード』、ですか?」

「はい、『レリック』と同様の一級指定古代遺物、『ジュエルシード』です。かつて、私と高町教導官が回収していた……」

 

 

 厳密には異なるが、それは確かに10年前にフェイトとなのはが第97管理外世界で回収したロストロギアだ。

 青い、涙の滴のような綺麗な宝石……『ジュエルシード』。

 万能の願望機として望まれ、最後には破滅を呼んだ哀しいロストロギア。

 

 

 そんな物が、どうしてガジェットなどに?

 そう思い、イオスは無意識に右手の親指の爪先で左手親指の爪の腹を掻いた。

 気に入らない……かつての自分の仕事を汚された気分だ、そしてそれ以上に。

 ――――あの時の仲間達の想いを、踏み躙られた気分だった。

 こんなはずじゃない現実と戦い、戦い抜いた少年少女達の想いを。

 

 

「流出原因については現在調査中ですが、でもまず『ジュエルシード』で間違いありません。そして、これまでガジェットの製作者については何の情報も無かったのですが……」

 

 

 『ジュエルシード』の側、赤い回路の中に似つかわしくない金のプレートがある。

 そこの画像が拡大され、何かが刻まれていることがわかるようになる。

 金のプレートには、こう記されている。

 ――――「ジェイル・スカリエッティ」と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ジェイル・スカリエッティ?」

「Dr.ジェイル・スカリエッティ、一級捜索指定超広域指名手配犯です」

「良くご存じで」

「まぁ……ちょっと」

 

 

 金プレートの画像の横に、広域指名手配犯のデータベースから取り出した「ジェイル・スカリエッティ」の画像が映し出される。

 長身、おそらくは美形の部類に入る顔立ち、スーツの上に白衣を着た紫髪金瞳の男。

 白磁の肌に、異様な輝きを放つ金の瞳が嫌に映えて見える。

 生命操作・生体改造・精密機械……そう言う分野で、ズバ抜けた才覚を持っているとされるが。

 

 

「このサイン、ミスリードの可能性はどの程度と執務官はお考えで?」

「その可能性も含めて調査中、でも……おそらくは」

「ふ、ん……」

 

 

 執務官と査察官は待遇として同格だ、あえて言うなら先任のフェイトの方が格上になる。

 まぁ、そんな事情と性格の結果、お互いにそれなりの敬語を意識して話している……違和感が無いわけではないが、仕事なので仕方が無い。

 

 

 それより気にすべきは「ジェイル・スカリエッティ」、『ジュエルシード』まで使用しているとなるとかなり危険度が高い。

 それがガジェットを使って『レリック』を回収しているとなればなおさらだ、だが。

 

 

「……最近次元航行艦部隊で問題になってる話ですが、ミッドへの外の世界からの密輸が増えてます。それも例年の2倍から3倍の量の物資が押収される勢いで」

「はい、ギンガからも……陸士108部隊から私達も聞いています」

「この間のリニアを襲ったガジェットの数からしてそうですが、この広い次元世界で、こうも同時多発的に、大量のガジェットが活動すると言うのは……」

「……資材と、資金やね?」

 

 

 それまで沈黙していたはやてが告げた言葉に、イオスは頷きを返す。

 前々から……それこそ『テレジア』でミッド周辺の質量兵器や質量兵器用と思われる取引禁止資材の密輸を扱い始めた昨年あたりから、イオスは違和感を感じていた。

 これだけ大がかりな密輸の事実があってなお、本格的な摘発や捜査が行われていないことに。

 

 

 もちろん『レリック』事件も捜査が始まったのは最近であるし、人材不足故に手つかずの事件は山のようにあるが……ここは、管理局のお膝元「第一世界・ミッドチルダ」である。

 他の次元世界で散発的に起こっていた『レリック』事件とは事情が違う、それなのに……。

 

 

(ああ、いや、違うな。問題はそこじゃねぇ、問題は……)

 

 

 問題は、何故『レリック』の出現直後からガジェットが動き始めるのか……そう。

 管理局が『レリック』の情報を得た、その直後に。

 

 

「イオス……?」

「……あ、ああ、いや、何でも無い。とにかく、査察部としてはまだおおっぴらには動けません。俺の先輩(ヴェロッサ)に相談した所、今はとにかく証拠集めが先だと。急増する密輸、ガジェットの大量行動、そして『レリック』と『ジュエルシード』……関連があるのか無いのか、あったとしてそこにどんな勢力のどんな人間が関わっているのか……」

 

 

 陸士108部隊、『テレジア』、機動六課……そして、第六技術部。

 査察官としてのイオスが協力を求められるのは、今はこの4つだ。

 この4つ以外は、幼馴染であるクロノが艦長を務める『クラウディア』などを除いて信頼することが難しい。 

 

 

(どーも、キナ臭ぇ……嫌な感じだ)

 

 

 資金、資材、そして情報……次元世界レベルでそれらの条件を整えられる組織等、片手で数えられる程しかない。

 もちろん、時空管理局を含めての話だ。

 だから査察官としては、まずはそのあたりから始めなくては。

 とりあえず、さしあたっては。

 

 

「……『ジュエルシード』の件について調べてみます。局から流出したと言うのなら、そこは査察官(オレ)の領域ですから」

 

 

 仮に『ジュエルシード』を使用したガジェットの製作者がスカリエッティで確定だとするなら、それを手に入れた地点から他の何かを探れるかもしれない。

 それはガジェットが狙う『レリック』にも関連するはずで、追いかけ続ければ今回の密輸ルートについてもわかるはずだ。

 もちろん、関わっている者達のことも。

 

 

「うん、そこはお願いします。私達はあくまで『レリック』を追いかける……その関連で、実は明日に第97管理外世界に行くんで、調整はまたその後に」

「了解しました……って、第97管理外世界?」

「うん、懐かしいよね」

 

 

 言葉の通り、懐かしそうに微笑するフェイト。

 プレゼン自体は以上で終了、情報交換もある程度は完了した。

 イオスが調べるミッドの密輸急増の案件と、六課の追い求める『レリック』とスカリエッティの案件。

 今は重なりが薄いような気がするが、印象としては重なっているように思える。

 

 

 その印象が、はたして現実の物なのかそうで無いのか。

 それが判明するのはもう少し後だろう、そしてイオス達は思う。

 判明した時、何もかもが手遅れで無ければ良いと。

 

 





最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
イオスが機動六課を訪問する話でした、しばらくは108や他の地域を回りながら動き回る予定の主人公です。

ただ、逆にあんまり六課描写はいらないのかなぁ、とか考え始めました。
一応、今回はフォワードの中でキャロさんと絡んでみました。
今後、他の3人共順繰りに絡んで行く予定です。
ちなみに今回は、フリードに噛ませたかっただけ(え)。
それでは、失礼致します。

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