魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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来週は、火曜、木曜、日曜の3回投稿しようと思います。
今月中に無印編をほぼ終わらせられたらな、と考えています。
では、どうぞ。


第5話:「民間協力者」

 輝くような金の髪に、どこか寂しそうな紅の瞳。

 その瞳を見た瞬間、何か話しかけなければいけないような気持ちになった。

 何故なら、その瞳をなのはは知っていたから。

 

 

『教えて! どうしてこんなことするの? それはユーノ君の……』

『……話しても、たぶん意味が無い』

 

 

 けれど、返って来たのは冷たい返答と黄色い電撃のフォトン。

 その光が視界一杯を覆った時、なのはの意識は途切れて――――。

 

 

「…っ……はっ、なのはってば!」

「……ふぇ?」

 

 

 パチリ、となのはの大きな両眼が開いた。

 するとそこは、いつもの教室だった。

 30人程の同い年の男の子と女の子が周囲で鞄を背負ってそれぞれのグループを作り、ガヤガヤと楽しそうにお喋りをしていた。

 その中で、なのはは1人だけ席に座ったままだった。

 

 

「やっと起きたわね。SHRの時間中ぐーすか寝てるんだから……」

「なのはちゃん、もう授業終わったよ?」

「ふぇええ……ええっ!? もう終わっちゃったの!?」

「反応が遅いのよ!」

「うふふふ……」

 

 

 がーん、と全身でショックを露にするなのはに対して、アリサが大げさにツッコミ、すずかがおかしそうにクスクスと笑っている。

 なのははいつの間にか学校が終わっていたことに驚いた後、「にゃはは」と笑って頬を掻くのだった。

 

 

 私立聖祥大附属学園。

 初等部から高等部までを備えた名門の女子校で、なのは、アリサ、すずかの3人は初等部(小学)の3年生だ。

 初等部に限り男子も通っているので、地元の名士の子息や令嬢が通う学園としても有名である。

 

 

「さ、帰るわよなのは……なのは?」

「……なのはちゃん?」

 

 

 しかし、鞄を背負って席を立ったは良い物の……なのはは、そこで止まってしまった。

 不思議そうに首を傾げるアリサとすずか、なのははそちらは見ずに窓の外を見つめていた。

 そして数秒後、なのははそこから何事かを受け取ったかのように駆け出して。

 

 

「ごめんアリサちゃん、すずかちゃん、私、今日はちょっとご用があるからー!」

「なのは!?」

「ごめんね、また明日―――っ!」

 

 

 アリサ達が反応する間も無く、なのはは普段からは想像もできないような速度で一目散に教室の外へと駆け出して行ってしまった。

 それを呆然と見送った後、アリサは不満を表すかのように眦を吊り上げた。

 

 

「何よ、もうっ」

「まぁまぁ、アリサちゃん。なのはちゃんにも都合はあるんだから……」

「わかってるわよっ、でも……」

 

 

 不満そうな色の中に微かに心配そうな色を浮かべて、アリサはなのはの出て行った教室の扉を見つめていた。

 

 

「……今度の連休までに絶対、話聞いてやるんだから」

「あ、あんまり無理に聞きだそうとしちゃダメだよ?」

「わかってるわよ。ほら、帰るわよっ」

「うん、そうだね」

 

 

 照れ隠しに声を大きくするのは、アリサの癖のような物だ。

 それがわかっているすずかは、親友の優しさに微笑みを浮かべる。

 そして同時に、もう1人の親友のことを胸の内で静かに心配している。

 それだけ、最近のなのはの変化は急激だったから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「記録、執務官補佐イオス・ティティア……っと」

 

 

 その日、イオスは拠点として確保した結界内部に座り込んでデバイス内に記録を残していた。

 海鳴市の市街地のほぼ中央に位置するビルの屋上、テナントの少ないビルを選んで屋上に簡易結界を張っただけの拠点だ。

 廃ビルや空き家を探すと言う手もあったし実際見つけたのだが、いずれも街の外れに位置していた。

 何かあった時に対応するには、可能な限り人口密集地の中心にいた方が効率的だと判断した。

 

 

 それに執務官補佐が不法占拠と言うのも気が引けたし、良い気分はしなかった。

 まぁ、つまる所、現在は半野宿状態である。

 食料はデバイス内に収納されていた局員用の非常食などで耐え忍んでいる状況であるが、その意味では、なかなかに厳しい状態である。

 

 

「水は魔力変換で出せばイケるとしても、食い物がなー……」

 

 

 やはり資金が無いと言うのがキツい、魔法を大道芸代わりにストリートで稼いでみようか。

 ……不可能では無い気がするが、あまり取りたい策では無い。

 せめてここが管理世界であれば、通貨の入手などいくらでも手があるのだが。

 管理外世界となるとこれがなかなか難しい、各々の世界によって賃金の獲得方法や条件・常識などが変わるからである。

 

 

「海が近いし、『テミス』で検索しながら魚でも獲るか……?」

 

 

 魔導師、サバイバルに目覚める。

 なお、7日分の非常食を2週間近くに分けて消費しているため……絶賛、空腹に苦しんでいるイオスだった。

 しかし彼も本職の魔導師、そんな状態であることはおくびにも出さない。

 

 

「……うぅ、早く来てくれクロスケ……」

 

 

 『クロスケじゃない!』、脳裏に今は次元航行空間内にいるだろう幼馴染の声が聞こえた気がした。

 無事に戻れたら、始末書と一緒に要望書を付けようと堅く誓うイオスだった。

 具体的には、有人の管理外世界における予測しえない活動のための対策について。

 主に、資金面で。

 

 

「イオスさ~~~んっ!」

「うん?」

 

 

 ビルの屋上で1人、胡坐をかいて座ってデバイスに記録を取っていると……イオスにとっての悩みの種である2人(1人と1匹?)がやって来た。

 『テミス』の記録を一旦切って、イオスは声のした方を向いた。

 

 

 すなわち頭上、上空を。

 そこには、白いバリアジャケット姿の少女が飛行魔法で飛んでいた。

 身体に微細な魔力の膜を張って自分の姿を一般人から隠している辺り、手慣れた物である。

 

 

 

「お~……高町さん、こんにちは」

「なのはで良いですってば」

「いやぁ、女の子を名前で呼ぶのに慣れてなくてねぇ」

 

 

 少し頬を膨らませて不満を表すなのはに、イオスはそう言い訳をした。

 この場合、義母同然であるリンディや士官学校で同期だったエイミィなどは除外される。

 幼馴染で何故かモテるクロノと違い、平凡な容姿のイオスは任務以外で異性と接触する機会が少なかったのである。

 

 

「あれ? 今日はユーノは一緒じゃないの?」

「あ、一緒ですよ! でも飛んでると落としちゃいそうで……」

 

 

 そう言ってイオスの結界内に降り立ったなのはは、上着の胸元を少しはだけて見せた。

 すると黒のインナーと白のジャケットの間に、いた。

 淡い色の毛並みのフェレットが、少女の胸元で丸まっていた。

 

 

「……お前……」

「ち、違うんです! ぼ、僕は良いよって言ったんですよ!?」

「?」

 

 

 なのははユーノがフェレットだと思い込んでいるため抵抗が無いのだろうが、イオスはそうはいかない。

 何しろイオスはユーノが9歳の男の子だと知っている、人間の男の子であると。

 いくらなのはの服の胸元から長い胴体を伸ばしてこっちに必死にユーノが主張しようとも、イオスには通用しなかった。

 

 

「まぁ、うん……しょうがない、男の子だもんな」

「ちょ、そこで理解ある対応とかいらないですから!」

「???」

 

 

 慌てるユーノを胸に抱いたまま、なのはは可愛らしく小首を傾げ続けていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「私、やっぱり『ジュエルシード』集め、お手伝いしたいんです!」

「お、おぅ……」

 

 

 そして結局、なのはのやたらに力強い瞳に押されているイオスがいた。

 なのはの目は純粋その物で、有体に言えば管理局に入って3か月目の新人の目と言えばわかるだろうか。

 

 

「一応聞くけど、理由は?」

「この前みたいに、街の人達が困ることが無いようにしたいんです。私のお友達のお家でも暴走して……管理局の人達は、そういうことを防ぐために頑張っている人達なんですよね?」

「間違ってはいない」

 

 

 それについてはイオスは頷く、確かにそれは管理局の一側面ではある。

 より具体的に言えば次元災害や次元犯罪を取締り、人々の生活を守るのが仕事だ。

 細かいことを言えば交通整理や孤児の養育、海上及び航空事故の救助などもあるが。

 

 

「最初は……ユーノ君のお手伝いでした。ユーノ君の探し物で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから」

「なのは……」

「だけど今は、自分の意思で。自分が暮らしているこの町や、自分の周りの人たちに危険が降りかるのは嫌だから……だから」

 

 

 俯いて訥々と話すなのはを、ユーノは目を潤ませながら見つめていた。

 ユーノの胸の罪悪感―――巻き込んだと言う罪悪感―――が消えることは無いが、それでも自分を助けてくれるなのはへの感謝の気持ちもあった。

 

 

 そしてイオスは、逆になのはの話す理由を反芻していた。

 彼自身、同じような想いで管理局に勤め始めたのだ、だからなのはの気持ちは良くわかるつもりだった。

 ロストロギア事件やそれに類する次元犯罪の結果、力ある子供が入局する事例は多い。

 

 

(ロストロギア事件からの……か)

 

 

 執務官補佐権限での特例措置として、民間協力者を雇うことはできる。

 基本的にボランティアだが、前例が無いわけではない。

 ロストロギア災害で苦しむ人達を、1人でも少なく。

 理由としては、十分だ。

 

 

 実の所、イオスはこの時点でなのはを引き込むことに決めていた。

 『ジュエルシード』の回収だけなら決めかねていたかもしれない、しかし敵性魔導師が現れた以上は別だ。

 もし放置すれば『ジュエルシード』による災害が起こる可能性がある、そうなればこの第97管理外世界が崩壊する危険性だってある。

 

 

 世界と、少女。

 管理局員としてどちらを優先すべきかなど、考える余地など無い。

 イオスはその意味で、管理局員の中でもリアリストな方なのだから。

 9歳の少女を戦力として数えて、世界を守ると言う選択が出来る程に。

 

 

「……イオスさんは?」

「うん?」

「イオスさんはどうして、管理局に入ったんですか?」

 

 

 なのはの言葉に、イオスは頭を掻く。

 あまり面白い話でも無いのだが、なのはとユーノは興味津々と言った様子だった。

 これは断れそうにない、イオスは観念して少しだけ話すことにしていた。

 

 

「うーん……つまらない話だよ。管理局の若手じゃ良くある話さ」

「良くある話?」

 

 

 そう、良くある話だ。

 広大な次元世界の中で、珍しくも何とも無い理由だ。

 

 

「ロストロギア事件で、親父が死んだから」

「「あ……」」

「ああ、いやいや大丈夫だって。俺が3歳くらいの頃の話でさ、実際の所、親父のことなんて写真の中くらいでしか知らねーし。ただそのせいで少し苦労してな、生活の糧を得る意味も兼ねてそのまま入局さ」

 

 

 急に弱気な顔になるなのはとユーノに対して、イオスは慌てて明るくそう言う。

 彼としては自分の過去の表層の部分を話しただけで、特に痛痒に感じてはいない。

 何しろ、本当の理由はもう少し深い場所にあるのだから。

 

 

「苦労……」

「ん? ああ、母親が事件のせいで入院しちまってな。俺の家は両親共に管理局員だったから」

 

 

 クロノの家もだけど……とは、イオスの心の中のみの呟きだった。

 それにそのまま入局とは言っても、師の所で扱かれた時間や訓練校、士官学校での時間はあった。

 まぁ、そこまで話す気は今の所は無いので省略である。

 

 

「……寂しかった……?」

「うん?」

「その、寂しく無かった……ですか?」

 

 

 そしてそのイオスに、9歳らしからぬ眼差しでそう問いかけるなのは。

 この時のなのはの心情を、どう呼べば良いのだろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 高町なのはの幼少時代は、同年代の少女の中では珍しい部類に入るのかもしれない。

 6年……いや、もう7年程前になるだろうか。

 なのはの父が、仕事中の事故が原因で入院してしまった時期がある。

 

 

 なのはの実家は喫茶店を営んでいるのだが、当時は開店したばかりと言う最悪のタイミングだった。

 母は病院と喫茶店を行ったり来たりする毎日を繰り返し、当時は幼かった兄や姉も余裕の無い生活を送っていた。

 つまる所、幼稚園時代のなのはは独りきりで過ごしていたのである。

 

 

「お父さんもお母さんも傍にいなくて、イオスさんは……その」

 

 

 後にユーノに両親がいない、という話を聞いた時にもなのはは同じ反応返すことになる。

 ただ、そう、今にして思えば。

 あの当時、なのははっきりと「寂しさ」を感じていた。

 

 

 3年ほど前に父は退院したし、今は喫茶店の経営も軌道に乗っていて兄姉も良く構ってくれるようになった。

 ただ当時、なのはは用も無いのに近所の公園にいることが多かった。

 家に独りでいたくなかったし、遅くなれば誰かが探しに来てくれると言う期待もあった。

 しかし大部分は、家族に「自分は外で元気に遊んでいる」とアピールするためだった。

 

 

「寂しい、ねぇ……」

 

 

 そんななのはの過去を知る由も無いイオスは、胡坐をかいて座ったまま空を見上げた。

 赤らんで来た空は、ミッドチルダの空に良く似ているように思えた。

 あの、ミッドチルダで過ごした幼少期の記憶を呼び起こしてみる。

 

 

 2人(2匹?)の師にボコられていた幼年時、訓練校・士官学校で教官陣からボコられていた少年時、執務官を目指して次元犯罪者とボコり合う局員時代……そして今。

 

 

「正直、そう言うのを感じる暇自体が無かったけど……」

 

 

 ハラオウン家に世話してもらって、途中でエイミィも加わって……と、賑やかな毎日を過ごしていたと思う。

 だけど結局の所、リンディとクロノ、そしてそこにエイミィも加えてしまえば。

 自分は、邪魔者以外の何者でもないのではないかと思うこともあった。

 

 

「……ああ言うのが、寂しさって奴なのかな」

 

 

 溜息交じりに呟いて見るも、そう言う実感は湧かなかった。

 何故なら、なのはとイオスでは「寂しさ」の向かうベクトルが逆だったのだから。

 これがはっきりと外面に現れるのは、もう少し先の話である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「まぁ、俺の話は別に良いんだ」

 

 

 軽く頭を振って、イオスは話を元の筋に戻す。

 つまり、なのはを民間協力者として雇うかどうかだ。

 理由は理解できるし、才能の巨大さにも納得している。

 ただ、これだけは聞いておかなければならなかった。

 

 

「高町さん、キミやユーノが手伝ってくれるのは俺にとっては有り難い。正直、ロストロギアを奪い合う相手が出てきた以上、手はいくらでも欲しいから」

「はい」

「ただその結果、キミの家族に危険が及ぶかもしれないけど……それはOK?」

「え……」

 

 

 単純な話、次元犯罪者の中には局員の家族や友人を人質に取る輩も存在する。

 イオスが出会った赤髪の女性は、性格的にそう言うことはしなさそうに思える。

 しかし、物事に絶対は無い。

 

 

「ユーノはどう? まぁ、スクライア一族なら経験あるかもしれないけど」

「え、そうなのユーノ君!?」

「僕達は遺跡発掘が専門だけど……盗掘者とか、いろいろいるから」

 

 

 遺跡発掘専門の合法集団、スクライア一族。

 遺跡の中には当然、招かれざる先客と言う物が存在することがある。

 あるいは、封印された魔法生物やトラップもあるが。

 とにかく『ジュエルシード』と言うロストロギアをほぼ単身で発見したユーノに、そうした実戦経験が無いはずが無かった。

 

 

 対してなのはは、魔法に出会って2週間そこそこに過ぎない。

 理由も十分、才能も不足ない、しかし。

 現実感が、それだけが足りない。

 せいぜい、『ジュエルシード』の暴走体が街を破壊した程度。

 ……「その程度」というのは、人によって基準が変わるだろうが。

 

 

「…………それでも」

 

 

 数瞬の後に、なのはは告げる。

 それでも、手伝いたいのだと。

 なのはには、この件に関して成し遂げたいことが2つあった。

 

 

 1つは、ユーノのために『ジュエルシード』を集めること。

 もう1つは、月村邸の森で出会ったあの黒衣の魔導師の少女に会うこと。

 あの寂しげな瞳をした少女に会って、話がしたい。

 後半の理由については、イオスは知りようが無いが……。

 

 

(その言葉があれば、手続きとしては十分だ)

 

 

 言質を取った、そう判断したイオスはデバイスの記録プログラムを閉じた。

 なのはの了承の言葉さえ得られれば、イオスにとっては十分だ。

 何が十分か? イオスは聞かれればこう答えるだろう。

 法律による理論武装が、十分なのだと。

 

 

 この時、イオスは自分の卑怯さを自覚している。

 ロストロギア回収を優先するために、なのはに「現実感が足りない」ことを承知で引き込んだ。

 本人及びその両親の魔法・管理局法への理解の少なさを知っていながら、口頭による契約を結んだ。

 後にこの記録はリンディ達に渡され、正式な書類と説明を行う際に効力を発揮することになるだろう。

 卑怯さを自覚してなお止まらない、これも「正義と平和」を謳う管理局の一側面だ。

 

 

「……さて! それじゃあ2人を民間協力者として歓迎するよ!」

 

 

 笑顔の仮面を被り、イオスはユーノとなのはと握手を交わす。

 今後の方針を話し合いつつ、戦力増強を兼ねて(本人の希望もあるが)なのはの魔法の訓練の話をする。

 ただインテリジェントデバイス『レイジングハート』を持つなのはには、新たな魔法を教えて練習すると言うやり方は効果が薄い。

 何しろデバイスが基本はやってくれるのだから、ユーノやイオスとはその点で異なる。

 

 

「正直、僕じゃもう教えられることがほとんど無くて困ってるんです」

「どんだけ才能あるんだよ高町さん……」

「に、にゃはは……」

 

 

 頭を掻いて笑うなのはだが、これは異常だ。

 極端な話、魔法を覚えて2週間で訓練校で学ぶことの大半はマスターしてしまっている。

 魔導師としての知識はともかく、実技と言う観点で見れば管理局の魔導師でも半数はすでに倒せるのではないだろうか。

 

 

「じゃあもう、インテリジェントデバイスとのコミュニケーションとイメージトレーニングと、後は模擬戦か……?」

 

 

 なのははすでに空戦適正を見せているため、その方向で進めた方が良いのかもしれない。

 加えて、砲撃魔法が得意なのは以前の事件で見せてもらった。

 末恐ろしくなって、民間協力者の件を再検討しようかと本気で悩むイオスだった。

 

 

(クロノ、早く見つけてくんねーかなー……切実に)

 

 

 まぁ、無理だろうけど。

 そんなことを考えながら、イオスは深々と溜息を吐いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 生身では生きられない世界と世界の狭間、次元空間。

 見る者の視界が奇妙に歪む幾何学的な光景が広がるそこには、実は何隻もの艦船が通行する航路がいくつも存在する。

 そしてその中の一つ、時空管理局によって90番台の名称がつけられた管理外世界に近接する航路。

 

 

 そこには現在、1隻の次元航行艦が2週間に渡って停泊を続けていた。

 管理外世界、それも文化レベルがそれほど高くない世界群を掠める航路だ。

 そこに時空管理局のL級次元航行艦……主力級艦船の1隻が中長期的に留まると言うのは珍しいことだった。

 しかし、そうしなければならない理由があるのである。

 

 

「スクライアとの協議はまだ終わらないのか……!」

「クロノ君、それもう8回目だよ」

「いや、だが……む、すまない」

 

 

 次元航行艦『アースラ』の艦橋、艦最強の戦力でもある執務官であるクロノは、救助したスクライア艦に単身乗り込んで交渉を行っているリンディに代わって艦の指揮を執っていた。

 そのクロノは漆黒のバリアジャケット姿のまま、イライラと腕を組んだまま指先で自らの肘を叩いていた。

 そんな彼をげんなりと諌めるのは、通信士にして執務官補佐のエイミィである。

 

 

 先日の事故(事件の可能性も否定できないが)で損傷を受けたスクライア艦及び飛散した積荷区画の半数を回収したのはクロノであり、サポートしたのは『アースラ』クルーである。

 クロノ達としてはこのままロストロギア『ジュエルシード』の本格的な回収に乗り出したい所だったのだが、ここに来て思わぬ「待った」をかけられてしまったのである。

 他でも無い、スクライア側からのストップがかかったのだ。

 

 

「……事故のタイミングが、不味かった」

「まぁねぇ」

 

 

 クロノの言葉に苦笑を返すエイミィ、彼女だって一刻も早く『ジュエルシード』を回収したいと言う気持ちは持っているのである。

 何しろこの2週間の事前調査及びサーチによって、どうやら第97管理外世界の極めて密集した地点に21個の『ジュエルシード』が飛散している可能性が高いと言う結論を得ているのである。

 乗り込み、回収し、封印して持ち帰り、しかるべき施設で管理した方が良いに決まっている。

 

 

 ただ事故がスクライアから管理局への引き渡しの真っ最中に起こり、しかも正式な契約を交わす直前と言う非常に面倒なタイミングだったのである。

 仮契約状態ではあるが、しかし法的に正式に所有権がどちらにあるかと言うと……。

 つまる所、事故の責任の比率についてリンディとスクライア側が今まさに微妙な交渉を続けており、この交渉が終わるまでは回収に動けないのである。

 

 

「とりあえず、即座に回収できるように出来るだけ『ジュエルシード』の位置特定しとくね」

「この距離からで可能なのか?」

「正直、難しいなぁ……まぁ、やらないよりはマシ程度に考えておいて」

「わかった」

 

 

 暇とまでは言わないまでも、手持ち無沙汰な状態であることは否めない。

 本局からの『ジュエルシード』回収一任の命令はすでに受けているため、後はもういかに早くリンディがスクライア側との交渉をまとめるかにかかっているのである。

 

 

「はぁ~、それにしてもイオス君、大丈夫かなぁ」

「大丈夫だろう、アイツは殺しても死にそうに無いからな」

「またそんなこと言って、心配じゃないの?」

「それは、まぁ……」

 

 

 それなりに苦楽を共にした仲である、イオスの実力と性格はクロノが最もよく知っている。

 しかしだからと言って、心配では無いと言うわけではない。

 ただそれを率直に表現できる程、クロノは素直な性格をしていないと自負している。

 

 

「まぁ、イオスのことは後回しだ。とにかく『ジュエルシード』の情報収集を頼む」

「りょーかい」

 

 

 照れ隠し1割、執務官としての冷酷な判断7割、残り2割の何らかの感情のこもった声音。

 クロノのそんな声にやれやれと肩を竦めて、エイミィは手元の端末を操作し始めた。

 クロノはそれを見つめながら、今回の事故(事件)について考え始める……。

 

 

「それにしても……」

 

 

 ポツリ、とクロノは誰にも聞こえない声量で呟く。

 

 

「スクライア艦を襲った雷、アレはいったい……?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ―――――そこには、闇が広がっている。

 光が無いわけではない、明かりが無いわけではない。

 ただそこには、確かに「闇」があった。

 

 

 いつからか、そこには暗く澱んだ空気しか流れなくなった。

 生気が無い、そう表現するのが正しいだろうか。

 しかしそこには……確かに、生者が存在していた。

 

 

 ただしその生者には、生への執着や渇望は存在していない。

 もし仮にあるとしても、それが向けられているのは自らでは無いのだ。

 

 

「……早く……早く……」

 

 

 掠れるような、不自然なほどの低い声が響く。

 他に響くには薬品が沸騰する音、機械の歯車が回る音、そして……何かの液体が、揺れる音。

 ヒタリ、と、誰かが何かに手を置く気配が闇の向こうに沈む。

 

 

「早く……フェイト……」

 

 

 その声には、愛は無い。

 ただただ、この世のありとあらゆる負の感情を凝縮したかのような感情が込められていた。

 そして―――――虚ろ。

 

 

「……早く……!」

 

 

 そして全ては闇に、沈む。

 「彼女」の紡ぐ、絶望と怨嗟に引き摺られるように。

 





無印編第5話でした、イオス単独でのなのはさんとユーノさんの民間協力者への就任承認です。
ただ今の所、学校へ行きながらの形になるのかも?
アースラ、来て無いですしね……。

さて次回、いよいよあの2人が出会います。
そして同時に、あの2人が再会したり……?
魔導師の考え方の違いは、どのように表されるのか。
では、次回もよろしくお願い致します。

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