魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

59 / 88

最近気付いたこと。
文字だと、魔法少女の変身シーンの描写が極めて難しいこと。
何とかしたいものですが、良い方法が思いつかなかったり。
では、どうぞ。


StS編第3話:「査察官、思考する」

 

 時空管理局本局の巨大データベース、無限書庫。

 今では管理局各部署・各部隊の活動に必要不可欠なデータベースであるこの書庫は、10年前には次元世界各地から送られてくる大量の情報が雑多に積み上がるだけの物置きに過ぎなかった。

 そんな無限書庫を現在の状態にまで持ってきた英雄、それがユーノ・スクライアと言う青年である。

 

 

「あはは、それは災難でしたね、イオスさん」

 

 

 しかし一部では英雄視されているユーノは、無限書庫の司書達や友人知人から見れば、とてもそんな風には見えない細身の好青年だ。

 普段は無限書庫から出ることも少ないので、来客の予定が無ければ非常にラフな格好で職場にいる。

 基本的にベージュのインナーと緑基調の上着と言う服装が多く、これは子供の頃に着ていた民族衣装の名残りと思われる。

 

 

『全くだ、配属1ヶ月でこれだ。1年後にはさらに12倍の負傷を負っている可能性もあるぞ』

「いや、それはちょっとどうかと思いますけど」

 

 

 無重力状態、上も下も無い無限書庫の空間。

 螺旋状に連なる無限の本棚の中、制服姿の司書達が慌ただしく本を抱えながら飛び回っていた。

 各部署・各部隊からひっきり無しに情報の検索の要請があるため、管理局でもハードな職場として知られているのも無限書庫なのだった。

 

 

『相変わらず忙しそうだな、無限書庫(そっち)

「あはは……これでもずっと良くなったんですよ?」

『その心は?』

「職員に徹夜させずに仕事を回せるようになりました」

『……そうか』

 

 

 通信の表示枠の向こう、先日の仕事での足の骨折が治ったらしい水色の髪の青年が微妙な笑みを浮かべている。

 先輩のそんな様子に苦笑しつつ、しかしユーノの手は止まらない。

 各所から来る検索要請を捌いて職員に割り振り、指示を出して質問に答える。

 それは非常に手慣れていて、10年と言う時間を感じさせる手捌きだった。

 

 

「まぁでも、なのは達も頑張ってるみたいで安心しました。わざわざ教えてくれてありがとうございます」

『いや、それは別に良いけど。でもお前、高町さんに会ってねーのか?』

「あー……お互い忙しくて。なのはは六課ですし、僕も今度のオークションの仕事とかありますし」

 

 

 緑のリボンで結んだ長い金髪を揺らしながら、ユーノはそう言う。

 実際、彼はなのはに負けないくらい多忙な身だった。

 もちろん努力して時間を作れるだけの技量はあるつもりだが、条件が揃わない限りはそれをする必要も無いと思ってもいた。

 

 

『はーん……ま、お前らが良いなら良い……のか?』

「何ですかそれ」

 

 

 笑いながら言うと、表示枠の中でイオスが肩を竦める。

 思えば彼ともなのは同様10年の関係だ、それだけ長く付き合える人間と言うのは貴重だろう。

 だからユーノは、その意味ではイオスにも感謝している。

 こんな自分と、変わらず10年も付き合ってくれているのだから。

 

 

『と言うか、オークション?』

「ええ、今度クラナガンで行われる合法ロストロギアのオークションです。そこの骨董品の鑑定とかを依頼されてて……」

『ああ、そう言えばそんな話を地上の査察部で聞いたことあんな。どこでやるんだっけ?』

「えーっと……確かクラナガン南東区画の……」

 

 

 ユーノは現在、無限書庫司書長であると同時にミッドチルダ考古学会の学士でもある。

 それだけ優秀であると言う証左なのだが、ユーノ自身には気取った所がまるで無かった。

 そこが彼の魅力であると同時に、悪い部分でもあるのかもしれないが。

 しかし少なくとも、イオスを始めとする友人達に不快を与える物では無かった。

 

 

「――――ホテル・アグスタ、そんな名前だったと思います」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 機動六課の始動から1ヶ月以上が無事に経過し、オフィスの人間も仕事に慣れ初めて、始動直後の喧騒が徐々に失われつつある。

 しかしそれに反比例するように、激しさを増している場所が1つだけあった。

 初任務の完了から数日、士気の高まりがそのまま騒がしさに繋がっている場所だ。

 

 

 湾岸側の広大な訓練スペース、灰色のフロートプレートが亀の甲羅のように並べられた埋立空間。

 本来は何も無い空間だが、あらゆる状況に対応した空間シミュレートが可能な陸戦用演習場だ。

 現在プログラミングされているのは、森林。

 灰色のプレートの上に発生されたそれは、離れた所から見ると蜃気楼のようにぼやけて見える。

 

 

「はっ……は、ぁ……っ……」

「あ~……しんど……!」

「は、はぃ……」

「…………」

 

 

 その再現された地面の上にへたりこんでいるのは、4人の少年少女だ。

 機動六課フォワード部隊、それぞれの分隊で03と04のコールサインを持つ4人。

 上から、ティアナ、スバル、エリオ、キャロだ。

 4人共が訓練着姿であり、デバイスを展開し、かつズタボロであった。

 

 

 露出した肌の多くは砂と泥と土で汚れ、疲労困憊の様子を表情に出さない者はいない。

 スバルは『プロテクション』の強化、ひたすら教官に殴られ続ける訓練。

 エリオとキャロは自分達の隊長、つまりはフェイト自身から回避と反応の訓練。

 午前中一杯、殴られ、そして撃たれ続ける中で回避の訓練を休みなく続けていた。

 キャロなど、会話できない程に疲弊しているのが見て取れる。

 

 

(……スバルが昔から体力に恵まれてるのは、知ってたけど……)

 

 

 息を切らせ俯きながら、しかし4人の中で唯一、周囲の同僚を気にしている者がいた。

 ティアナ・ランスター、チームの最年長の少女である。

 ポジションはセンターガード、射撃型魔導師であり……ために、なのはの指導を最も多く受ける生徒でもある。

 実際、先程までなのはの操る無数の魔力弾を撃ち落とすと言う訓練を付きっきりで受けていた。

 

 

 それはそれとして、ティアナはオレンジ色の前髪の間から横の人間を見る。

 魔力があり、体力があり、打たれ強く、底抜けに明るい、彼女とは真逆の存在を。

 魔力が無く、体力も無く、貧弱で根暗な自分とずっとパートナーを組んでいるモノ好きを。

 まぁ、それがスバル・ナカジマと言う青髪の少女なわけだが。

 訓練校時代からの付き合いだ、別に今さらコンプレックスは感じない……と、思う。

 

 

(けど、エリオとキャロは正規の訓練はここで初めて受けるのよね……?)

 

 

 むしろコンプレックスを感じるとすれば、自分とスバルの間に座っている2人の子供だ。

 10歳の子供がチームメイトと聞いた時は、何の冗談かと思ったが。

 しかし何のことは無い、レアスキル持ちの天才なのである。

 しかもあのオーバーSのエリート執務官、フェイト・T・ハラオウン分隊長の秘蔵っ子。

 

 

 六課に来る以前に正規の訓練は受けていないと言う、なのにもう自分達の訓練について来ている。

 化物かと思った、自分とスバルは訓練校で1年、陸士で2年の経験と訓練を積んでようやくだと言うのに。

 いや、スバルが自分よりまだ余裕を残していることを考えれば……自分だけ、か。

 

 

(……まぁ、2人とも良い子なんだけどね)

 

 

 そう、「良い子」だ。

 2人のプライベートな事情についてそこまで詳しくは無いが、とにかく「良い子」だ。

 やや遠慮が過ぎる所があるが、自分の子供時代と比べれば、などと思うほどには「良い子」だ。

 優しく思いやりがあり、一生懸命で努力家で、可愛い後輩だ。

 ――――自分より遥かに才能があると言う一点が、かなり微妙だが。

 

 

「はぁ~い、午前の訓練はこれで終了。お疲れ様」

「ったく、情けねーぞ新人共。せっかく私が訓練つけてんだからもっとこう……」

「あはは……まぁまぁ、皆すごく頑張ってたよ?」

 

 

 頭上から声が振ってくる、数は3つ、その内の2つはもう良く知っている。

 教導隊の白い制服を着たなのはと、訓練着姿のフェイト。

 そして最後の1人は、どう見ても10歳前後にしか見えないが、しかし教官の1人。

 

 

 赤い髪の毛を三つ編みのおさげにした少女で、名をヴィータ。

 ティアナの所属するスターズ分隊の副隊長で、今日から訓練に参加した人物だ。

 デバイスであるハンマーを肩に担ぎ、あれだけの訓練をしてピンピンしている。

 どう考えても、ティアナより格上の相手。

 

 

(……何と言うか……)

 

 

 精神力、もとい人間としての器を試されるような職場だ。

 そう思って、ティアナは深々と溜息を吐いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ん……それでね?」

 

 

 んぐっ、とパンを飲み込みながら、眼鏡をかけた陸士制服の女性、シャーリーが指を立てて話す。

 場所は六課の隊舎食堂だ、同じテーブルにはティアナ達4人の新人フォワードがいる。

 シャワーと着替えを終えた4人を、彼女が昼食に誘った形だ。

 今日の食堂の昼食はパスタなのだが、彼女らのテーブルの中央には何十人前ものパスタが山積みになっている。

 

 

(相変わらず、良く食べるねー……)

 

 

 シャーリーは内心でそんなことも思うが、この1ヶ月で慣れて――麻痺して、とも言う――段々と気にならなくなってきていた。

 主に、スバルとエリオが良く食べる、スバル100としてエリオ50、ティアナ1にキャロ0.5だ。

 こうしている間にもスバルはパスタをおかわりしている、ついでにエリオも。

 

 

 見ているだけでお腹が一杯になりそうだが、先程まではスバルのご先祖様がなのは達の出身地にいたとか、エリオが本局の施設で育ったとか……軽いようで重い話なども出ていたのだが。

 今シャーリーが話しているのは、それとはまるで関係の無い話である。

 まぁ、実はシャーリー自身も人伝に聞いた話がほとんどなのだが。

 

 

「リイン曹長が言うには、イオス査察官って言うのは八神部隊長やフェイトさん、なのはさん達の見習い時代からの先輩なんだって」

 

 

 業務日誌をつけていたリインを捕まえて聞いた話を、フォワードの子達に教えている。

 イオス査察官――イオス・ティティア査察官、先日の初任務の際に、スバルの姉ギンガと共にガジェットの襲撃に巻き込まれていた人物だ。

 ギンガについてはスバル経由で何度か話があったし――ティアナに至っては訓練校時代に会っている――話によれば、はやてが部隊長研修を受けた部隊の所属だ。

 

 

 だから何となくイメージはしやすいのだが、イオスと言う査察官についてはそうはいかない。

 先日の戦闘では、特にライトニング分隊の2人の担当区域においてかなりの部分を彼のパフォーマンスが占めていた。

 しかし指揮官系の人間かと思えば、リインによれば違うらしい。

 

 

「隊長達の見習い時代もちょっと想像つきませんけど……」

「あはは、だよねぇ。でも、リイン曹長も出会った時からずっと良くして貰ってるんだって。士官学校出てるらしいから、そこを調べれば何かあるかもね」

 

 

 シャーリーはティアナの言葉に笑う、確かになのはやフェイトの見習い時代など想像できない。

 何しろ、シャーリーが出会った4年前の時点で彼女達はエースだったから。

 ちょうど、今のスバルやティアナの年齢だっただろうか。

 

 

「と言うか、アンタ達の伯父さん……的な人なんじゃないの?」

「あ、えっと……」

「私達も、この間初めてお会いしたばかりなので……あまり良くは」

「そっかー」

 

 

 フェイトからそう言う話を聞いてはいるが、しかしピンと来ない、そんな表情だ。

 まぁ、仕方無いかとティアナは思う。

 兄妹みたいな関係だと言うのに、六課で初めて出会ったと言う2人だ。

 それに厳密に言えば、自分達の法的保護責任者の義理の兄……的な人間である。

 つまり言えば、ほとんど他人に近いのではないかとティアナなどには思えてしまうのだった。

 

 

「でも……フェイトさんと同じで、優しい人なんだな、とは思います」

「うん、そうだね。良く分からない人だけど……」

「ふぅん……」

 

 

 家族が増えて嬉しいのか何なのか、それとも庇われながら戦った先日の初任務のことを思い出しているのか。

 恥ずかしそうに笑む2人の後輩を見て、ティアナはパスタを口にしつつ頷くのだった。

 結局、イオスと言う査察官の人物像については良く分からないままだ。

 

 

(……ん?)

 

 

 ふと、ティアナは気になることに気付いた。

 

 

「ところで、結局何て呼ぶことにしたの? やっぱり『おじさん』?」

「あ、えっと……その、『お兄さん』で」

 

 

 イオス査察官の階級は確か一等空尉だ、つまりなのは・フェイトと同階級。

 部隊長であるはやてに至っては陸士の二佐、つまりイオスより上だ。

 先輩であるのに、何故同等以下の階級なのか。

 キャリア差かと思えば、シャーリーの言を信じるならばイオスは士官学校を出ている。

 

 

 と、なれば……普通、一佐以上になっているべきではないだろうか?

 そんな疑問を抱いて、しかし口にはせずにティアナは思った。

 イオス・ティティア……いったい、どんな人間なのか?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 陸士108部隊の隊舎、広いオフィスルームに盛大なくしゃみの音が響いた。

 天井、壁、デスクまでが継ぎ目と照明を除いて灰青色で統一されたワークルームでは、部隊に所属する陸士隊員達が慌ただしくも静かにそれぞれの職務を進めていた。

 その中で、1人色違いの制服に身を包んだイオスは指先で鼻を撫でていた。

 

 

「はは、噂されてるんじゃないですか? 査察官殿」

「かもな」

 

 

 ずず、と鼻を啜って、数あるデスクの一つの側に立ったままイオスは頷く。

 彼に話しかけて来たのは、この部隊で密輸品のルート捜査などを担当するラッド・カルタス二等陸尉である。

 緑の髪をオールバックにした男で、隊員達の人望厚い士官だ。

 

 

「何と言っても、機動隊のお子様方に「おじさん」と慕われてるくらいですからね」

「本当ですかカルタスさん! へー、25でおじさんですかぁ」

「25でおじさん……アリね」

「うるせー、査察すんぞてめーら!」

 

 

 怖い怖い、と肩を竦めて通り過ぎて行く職員達を睨んで追い散らすイオス。

 査察官とはいえまだなって1ヶ月と少しだ、なので身分としては研修生に近い。

 そのせいか、あるいはイオスの人望なのか、108部隊の人間達は割と垣根なく付き合えている。

 まぁ、感覚としては108部隊メインの『テレジア』サブと言った所か、先程は無限書庫に資料検索の要請をかけていたわけだが。

 

 

「ははは、これは申し訳ない……で、コイツなんですがね」

「ああ、俺とギンガさんが運んだ密輸品の質量兵器な。例の『レリック』と乗り合わせて、俺の怪我の原因になった……」

「足の調子はどうです?」

「もう治ったよ。六課の医務官さんとやらに診てもらったんでね」

 

 

 治して貰ったなら喜べば良いだろうに、何故かイオスは気に入らないことでもあったかのように憮然とした表情を浮かべている。

 それに対して不思議には思いつつも、しかし年下の上役に何を言うでも無く、ラッドは敬礼して去って行った。

 それを見送りつつ、イオスは受け取った書類に目を通し始めた。

 

 

 ……『テレジア』がミッドの地方空港で押さえた密輸品は、『レリック』とは別口の物だ。

 もちろん調査と精査は必要だが、あのリニアに『レリック』があったのは偶然と判断されている。

 リニアの貨物自体は民間も利用する、故に100%そうとは言い切れないが。

 しかし仮に関連付けたとして、穿った見方をするのであれば。

 

 

(密輸品の中に、密輸品を隠そうとした……か?)

 

 

 しかしそうなると、密輸品を受け取る側を疑う必要があるのか。

 ……いや、それはつまり地上本部のことだ。

 だがガジェット達が襲ってきた以上、違うと見るべきか。

 イオスはまだそこまで地上本部のことに詳しくないが、やや穿ち過ぎた物の見方かもしれない。

 

 

 ただいずれにしても、最近の密輸の量と集中は異常だった。

 とても民間の企業がやっているとは思えない、まるで何かが始まる前兆にも見えて不気味だ。

 だからこそ、陸士108部隊と『テレジア』の協力を得て調査を進めているのである。

 そして査察官がそれをやると言うことは、身内を疑っていると言うことでもある……。

 

 

「空隊の頃の偏見が抜けてねーのかね、こりゃ」

 

 

 とんとん、と頭を軽くたたいてそう言う。

 査察官に偏見はいらない、ただ事実だけを消化していけば良い。

 それが基礎であり、極意であり、全てであると教えられた。

 ……教えた当人は、非常にアバウトな性格だったが。

 

 

「イオス一尉、お疲れ様です」

「あ、ギンガさん。そっちもおつか……って、リインじゃん」

「はいです!」

 

 

 書類を前にうーんと考え込んでいると、声をかけられてイオスは顔を上げた。

 するとそこにはギンガが立っていて、さらにその肩の辺りに見覚えのある銀髪の妖精が浮いていた。

 リインである、ニコニコ笑顔である、これに関しては見間違えるはずが無い。

 

 

「はやてちゃ……マイスターはやてがナカジマ三佐にお話があって、私もついて来たです」

「へぇー……あ、じゃあ今、八神さん来てるのか」

「はい、今は部隊長と話しておいでです」

「ふん……で、リインは何してたんだ?」

「ギンガとお話してたです」

 

 

 リインが話す所によれば、何でも機動六課からギンガにデバイスを支給するらしい。

 実は先のリニアの事件で無理をさせ過ぎた結果、ギンガのローラーが壊れてしまったのだとか。

 それに詳細についてはまだ話せない部分も多いが、ギンガが機動六課と共同捜査するかもしれないのだと言う。

 

 

「へぇ……」

 

 

 なるほど、イオスは頷きながらリインの話を聞く。

 何故に自分の視界の真ん中に仁王立ちの状態で浮きながら説明するのかはわからないが、とにかく聞いた。

 そしてうんうんと頷きながら聞いて、そして最後に。

 

 

「なので、イオスさんにも手伝って欲しいです」

「ほうほ…………え?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 息を整えながら、キャロは目の前の戦場を俯瞰していた。

 後衛(フルバック)であるキャロは、直接的に戦闘に参加することはほとんど無い。

 故に、訓練でダメージを受ける機会は他のチームメイトの3人に比べて少ない。

 もちろん状況にもよるので、一概にそうとは言えないが……。

 

 

 最前線で敵と拳を交えるスバルや、高速機動で戦場の空間を支配しにかかるエリオ、その2人に的確な指示を与えつつ自らも射撃で援護・撃破を繰り返している。

 湾岸の訓練スペースは、午前と違って廃墟に戻っている。

 罅割れた道路や建物、砕け落ちた建造物……ただの再現とは思えない程リアリティのある空間で、やはり再現されている敵ガジェットとの模擬戦訓練。

 

 

「キャロ、強化お願い!」

「はいっ」

<Boost up barret power. Enchant field invade>

 

 

 弾丸強化、及び障壁貫通力付与、ティアナの『クロスミラージュ』の銃口に溜まる魔力弾に力強さと鋭さが加わる。

 ツインブースト、ティアナの射撃が前線のガジェットを1体撃ち抜いて爆発させる。

 その爆煙を目くらましにスバルが飛び込み、青い『ウイングロード』の上を駆けながら縦に並んだ2機を殴り、貫いて破砕した。

 

 

 ガジェットは効率的に破壊できるようになってきたが、数によってはやや時間がかかるのが目下の課題だった。

 個人スキルの訓練が始まったとは言え、やはり重要なのは4人での連携戦だ。

 では、自分達にあと足りないのは何だろうか?

 近距離での破壊力か、中距離での機動力か、遠距離での射撃力か――――否。

 

 

(広域での、殲滅力……)

 

 

 後衛だからこそ、ある意味で指揮官たるティアナをも含めた全体を見れるからこそ、キャロにはそれが痛い程よくわかっていた。

 そしてなのはやフェイトが自分を後衛に置いたのは、おそらくはそのためだ。

 もちろんブーストでの支援もあるだろうし、最も戦闘力が無いと言う理由もあるだろうが、最大の理由は……それだ。

 

 

「キュクルー?」

 

 

 自分の足元で羽根を畳んでいたフリードが、不思議そうに自分を見上げている。

 それに対して笑みを返して、キャロは視線を戦場へと戻した。

 グローブ型デバイス『ケリュケイオン』を嵌めた両手を握り締めて、真っ直ぐに見つめる。

 

 

 ……他の皆は、知らない。

 自分の足元の、そしてここにはいない……もう1体の「竜」。

 広域殲滅力と言う点で、非の打ち所の無い力を持つキャロの友人達。

 他の仲間達は、キャロがそのための力を隠していることを知らない。

 フェイトやなのはなどは知っているだろう、しかし何も言わない。

 

 

(ここでは、私に誰も……「やれ」って言わない)

 

 

 キャロにとってそれは喜びであると同時に、今では別の感情を呼び起こす物でもあった。

 その意味では。

 

 

『貴女は……キャロはどこに行って、何をしたい?』

 

 

 記憶の向こう、雪降る銀世界で……金糸の髪を持つ綺麗なお姉さんが自分にそう言った。

 

 

『キャロの魔法は皆を守れる、優しくて強い力なんだから……ね?』

 

 

 初任務、青く広がる空をバックに……栗色の髪の強く美しいお姉さんが自分にそう言った。

 

 

(私は……ここで、何をしたいんだろう。優しい力って、何なんだろう?)

 

 

 訓練に集中し、しかしマルチタスクで別の思考も進めながら、キャロは思う。

 自分は、何をしたくて……この力を、どう使いたいのか。

 

 

「スバル――――ッ!」

『任せて、ティア!』

 

 

 先輩のお姉さん達の背中を見ながら、思う。

 

 

『キャロ!』

「はいっ、『ブーストアップ・ストライクパワー』!」

 

 

 自分と違って懸命に前へと突撃して行く、自分と似た境遇の男の子を見て、思う。

 

 

(私は……)

 

 

 自分は。

 

 

(……きっと、ここの皆のことを……)

 

 

 そんなことを思って、しかしそんなことを思っていられなくなるくらいに訓練は激しくなって。

 それでも、少女は考え続けるのだった。

 少女を見つめるのは、小さな竜の無垢な瞳だけ……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「お前さん、今夜空いてるかい?」

「は?」

 

 

 と言う流れで、仕事終わりにゲンヤに食事(のみ)に誘われた。

 呼び出された場所は地上本部近く、クラナガン中央区角にある居酒屋だった。

 一見木造のように見える内装は、しかしミッドチルダの技術で再現されただけの物だ。

 見た目は、いわゆる居酒屋である。

 何でもゲンヤのお気に入りの店らしく、たまに娘を誘って夕飯を食べて行くのだとか。

 

 

 正直イオスには店の趣味が良く分からないが、これも仕事の内と思うことにする。

 ギンガと言う未成年もいることだし、まさか酒盛りでもあるまい。

 そう言うわけで、のんびり急いでやって来たわけであるが。

 

 

「おう、来たか。こっち来て座れ座れ」

 

 

 店に入ってすぐ――と言っても店自体がそこまで大きな物ではないが――テーブルの一つに、ゲンヤがギンガと並んで座っているのが見えた。

 イオスとしてはやや小走り気味にそこに近付くわけだが、そこではたと足を止めた。

 そして、ゆっくりと左を見ると。

 

 

「どーもー♪」

 

 

 陸士制服、その上着を脱いだはやてがいた。

 ゲンヤやギンガと同じように茶色の上着を脱いで、白のカッターシャツと黒のネクタイ姿。

 彼女の髪型も髪色も髪留めも、子供の頃と特に変化は無いが……シャツ越しにわかる身体付きは、すっかり大人のそれだ。

 そんな彼女が、手をひらひら振りながらニコニコ笑顔でそこにいたのである。

 

 

「……あ、私ちょっと急用を思い出して……」

「待てや」

 

 

 くるりと踵を返せば、腕を掴まれた。

 具体的には服の先を掴まれた。

 

 

「久しぶりに会った後輩にその態度ってどうなん?」

「申し訳ありません八神二佐、自分はこれから自主残業に入らないといけないので」

「部隊長権限で自主残業なぞ認めん、ほれ、座れ座れ」

 

 

 いつかパワハラで訴えてやる、そんなことを心に秘めながらイオスは席につこうとした。

 そして、はたと気付く。

 4人掛けの椅子で、奥側にゲンヤとギンガ、そして余っている席は一つしか無かった。

 

 

「うん? お店の人の邪魔になるよ?」

「……ですよね」

 

 

 あはは……と苦笑するギンガの前で、イオスははやての隣の席に座った。

 それはもう、渋々である。

 けしてウキウキしてはいない、いないったらいない。

 程なくやってきた店員に適当な物を頼んで、そしてお冷を一口。

 そこで、隣のはやてが笑顔で再び声をかけてきた。

 

 

「いやぁ、直接会うのは本当に久しぶりやね、イオスさん」

「そうですね、八神二佐」

「…………」

 

 

 イオスの反応に、はやてはとても悲しそうな顔をした。

 その視線を受けたイオスは、若干の脂汗を流しながらゲンヤを見た。

 ゲンヤは苦笑すると、箸を持った手を軽く振りながら。

 

 

「今は勤務時間外だし、ここには俺達しかいない。少しくらいは構わねーよ」

 

 

 厳密には違うのだが、そこは細かいこととしてあえて無視された。

 んー、と考え込むイオス。

 査察官としては、そのあたりは厳格に行かねばならない。

 

 

 ……のだが、査察官としての彼の先輩の素行を思い出して思い直した。

 あれはあれで理由があるらしいが、しかし客観的視点と言うのは存在する。

 それから、表情を砕けた笑みに変えて。

 

 

「久しぶりだな、八神さん。直接は何ヶ月ぶりくらいか?」

「ふふ、そやね。最近はお互い忙しかったし……私は部隊の立ち上げで、イオスさんは試験で」

「それは言うな」

「はーい」

「……あ、そういやリインは?」

 

 

 ああ、とはやては壁側のスペースに置いていた大きな鞄を取り出してみせた。

 その中で、銀髪の妖精がスヤスヤと眠っていた。

 ……鞄の中に、ミニチュアのベッドルームのような空間があった。

 

 

「まだ発展途上やから、良く食べて良く寝るんよ」

「な、なるほど」

 

 

 ん、と、イオスは鞄の中で眠りリインに記憶を刺激された。

 ただそれは寝室のような平和な物では無く、もっと無骨で嫌悪感を抱く何かだ。

 リインのサイズ、まさにその大きさの鉄のケージ、いつか見た小さな牢獄だ。

 ……「イスマイリア」で発見された違法施設は、結局何の解決も見ていないが……。

 ふるふる、と軽く頭を振って記憶の映像を消す。

 

 

「八神二佐とイオス一尉は、10年前からの付き合いなんですよね?」

「うん、そやよー。イオスさんは昔からイジワルでなぁ、いたいけな10代少女苛めるんよ」

「ギンガさん、こいつの話は話十分の一くらいでちょうど良いから」

「ちょ、またそんなイジワ……ん?」

 

 

 はやてとギンガは、はやての部隊長研修で出会って以来の仲だ。

 なのでギンガのことはそれなりに知っているし、その性格上、イオスと仲が良くなるのもある程度はわかる。

 たぶん、性格的には合っているのでは無いだろうか。

 それはともかく、今、ちょっと聞き逃してはいけないような事態があったような気がした。

 

 

「うん? 何だ八神さん……おお、俺の飯来たな、焼き魚定食」

「あ、ああ、うん。そう言えばイオスさん、足の怪我はもうええの?」

「おう、すっかり良くなったよ」

「そっか」

 

 

 先日のリニア事件でイオスが足を負傷したことははやても知っている、なので六課の医務官であるシャマルを現地に派遣して治療して貰った。

 なので心配はしていなかったが、それでもいざ直接会うと聞かずにはいられないのだった。

 

 

「でも、ちょっと鈍っとるんちゃう? 昔ならアレくらいの無茶で怪我なんてせんかったのに」

「お前みたいな絶頂期の万能型と一緒にしないでくれ、こちとらピーク過ぎて大変なんだからよ」

「その年で何をおじさんみたいなことを……ああ、伯父さんになったんやっけ?」

「その笑顔が妙にムカつくんだが……」

「オイオイ、身体も年もオジサンな俺の前でそんな話題かよ」

 

 

 ゆっくりと箸を動かして煮物を食べているゲンヤが苦笑し、その隣でギンガが上品に口元に手を当てながらクスクスと笑う。

 

 

「ま、実際ヘマしたよな。骨に罅とか超ダセぇ……」

「うふふ。でも、カッコ良かったですよ?」

「マジで?」

「嘘やよ」

「何でお前が言うんだよ」

 

 

 べしっ、とチョップすると、はやてがあぅっ、と小さく呻いた。

 そして軽く叩かれた頭を自分で撫でつつ。

 

 

「うぅ……何でバレたんやろ」

「バレるわ、大体ギンガさんが何でそんな嘘吐くんだよ」

「え、私も冗談くらいは言いますよ?」

「あれ?」

「…………」

 

 

 まただ、違和感を感じる。

 その違和感の正体はまだわからないし、それがどう言う意味を持つものかもわからない。

 ただ言えることは、一連の会話の中で感じると言うことだ。

 はやては内心で首を傾げつつ、しかし表には出さずに食事を……。

 

 

(……ん?)

 

 

 ……と、その時、彼女に通信の要請が入った。

 誰かと思えばフェイトだ、今は地上本部のラボでリニア事件の時の『レリック』とガジェットの残骸の検分をシャーリーと共に行っているはずだが……。

 ただ、通信には緊急の文字があった。

 何だろうか、何かわかったのだろうか――――。

 

 

 ……なお、はやてはこの後すぐに六課に戻ることになるのだが。

 その後は普通にアルコールが入り、残されたイオスはゲンヤに潰される事になる。

 そして、2人揃ってギンガに怒られると言う醜態を晒すことになるのだが。

 それはまた、別の話である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 機動六課隊舎屋上、湾岸の訓練スペースを一望できるその場所に2つの人影が並んでいた。

 あたりはすっかり夜だ、先程まで新人達に訓練を課していた2人も今はややリラックスしている。

 身長差があるためか、後ろ姿がやけにデコボコして見える2人だが……。

 

 

「どうだった、スバル達は?」

「んー……まぁ、筋は悪くねーんじゃねぇか? 流石にお前や私らと比べるのは無理だろ、まだ」

「まぁ、まだ基礎の段階だしね……でも、あの子達はそれぞれ私達に無いものを持ってるよ」

「それはわかるけどよ……」

 

 

 ヴィータは訓練着のまま腕を組んで立ち、横目で隣に立つなのはを見上げている。

 教導官服のままの彼女の目の前には新人達の訓練メニューを映した表示枠があり、なのはの手の動きに合わせて目にも止まらぬ早さで画面が流れて行く。

 新人達の教導、六課分隊長としての職務、一等空尉としての仕事……なのはがやらなければならない事は多い。

 

 

 執務官のフェイトには及ばないかもしれないが、それでも多忙であることには違いが無い。

 それで、自ら出張って新人達とこの時間まで訓練だ。

 また無理をしているのでは無いか、ヴィータとしてはそう心配してしまう。

 まぁ、性格上それを言うことは無いが。

 

 

「キャロ、だっけ? アイツって竜召喚使わねーのな」

「んー、まだ難しいかな」

 

 

 そか、と頷いてそこには深く踏み込まず、ヴィータは別の話題に移る。

 

 

「もうちょい細かい所を教えた方が良いんじゃねーの?」

「んー、教導隊では模擬戦で叩き潰した方が多く学べるって言われてるし」

「それはそれですげーな……」

「現実を見せるって言うのも、それはそれで大事だしね」

「現実ねぇ……」

 

 

 実際、魔導師や騎士の戦いに夢や希望が入る余地は無い。

 妙な希望的観測をした奴から死んでいく世界だ、その意味で魔導師と騎士の世界は非常にシビアで、そしてリアルだ。

 そこに、何者も入ることはできない。

 

 

「ああ、そうそう。現実って言えばね、ヴィータちゃん」

「何だよ」

「さっきはやてちゃんから聞いたんだけど、今度イオスさん来るって」

「はぁん……って、ここにか!?」

「うん」

 

 

 大げさなリアクションで驚愕するヴィータに笑みつつ、なのはが頷く。

 実際、なのははそう聞いている。

 何でも先日のリニアレールの事件で回収した『レリック』の密輸ルートの調査を、査察官であるイオスが陸士108部隊、機動六課の両者に依頼すると言う形を取るらしい。

 曰く、リニアレールの事件でも当事者でもあるから、だとか。

 

 

「うわー……マジかぁ……」

 

 

 あー……と小さく呻きながら、ヴィータは頭をガシガシと掻いた。

 あのイオスがここに、六課に来る。

 その情報に頭を掻いて、次いで天を仰ぎ、そして困ったように眉根を寄せて。

 

 

「……マジかぁ……」

「うん、マジだね」

 

 

 そんな会話を、2人で繰り返すのだった。

 

 





最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
今回はちょっと機動六課描写多めだったような気もします、そしてどうも私はリインさんを出したがっているような傾向があります。
自分でも気づかない内に、傾向って出るものなんですね……。

そして勉強すればするほど難しいStS編、軍隊設定がありながら全体的に緩いのが原因かな、と思います。
匙加減が難しいです。
と言うわけで、次回はイオスが六課を訪問したりします。
では、またお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。