魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第2話:「査察官、出会う」

 現場は移動中の山岳リニアレール、貨物の中に『レリック』らしき物がある疑いがある。

 任務内容は単純、リニアのコントロールをガジェットから取り戻し、かつ『レリック』が実在するのならばこれを回収すること。

 

 

「聖王教会からの情報によれば、飛行タイプなどの未確認のガジェットも出現してるです。もちろんこれも全て排除対象ですよ」

 

 

 六課所有の輸送ヘリコプターの中、壁際の座席に並んだ4人の人間に妖精のような姿をした少女が作戦の概要を説明している。

 流れるような銀の髪に蒼穹の瞳、身長は30センチと小さいがれっきとした管理局空曹長。

 リインフォース・ツヴァイ、六課においては部隊長補佐を務めている。

 

 

 そんなリインの背中を向かい側の座席から見つめながら、なのはは自分の教え子であるフォワード4人の様子を見ていた。

 皆、緊張していると言う意味では一緒だ。

 当然だろう、魔導師暦10年のなのはでさえも緊張とは無縁では無いのだから。

 ようは、緊張との付き合い方が新人よりも上手いと言うだけだ。

 

 

(……この1ヶ月で基礎力は大分ついたと思うから、ガジェット相手なら大丈夫だと思うけど)

 

 

 そう思いつつ、フォワード……はやてが集めた新人の緊張の度合いを図るように4人の様子を見る。

 まず前衛(フロントアタッカー)担当、スバル・ナカジマ。

 青髪のショートカット、意思の強そうな青い瞳、ボーイッシュな顔立ち。

 やや小柄ながらメリハリの効いた身体を陸士の制服で包み、一撃必倒の攻撃力と頑丈な打たれ強さを持つ逸材である。

 

 

 そしてその隣、4人の新人の中で最年長の16歳、ティアナ・ランスター。

 オレンジの髪をツインにした少女で、緊張の度合いは一番低いように見える。

 その理由は、スバルとは訓練校の同期で、機動六課に入るまではスバルと陸士の災害担当として2年間現場を経験したからだろうと思う。

 ポジションは中後衛(センターガード)、4人のリーダー格としてなのはが期待している人材でもある。

 

 

(問題はもう2人の方……特にキャロ、かな)

 

 

 ポジションは中前衛(ガードウイング)、フォワード最年少組の1人、エリオ・モンディアル。

 やや跳ねの強い赤髪に可愛らしい大きな瞳、将来はさぞカッコ良い青年になるだろう顔立ちの少年だ。

 性格は真面目で遠慮がちだが、しかし瞬間的な加速力と突破力は4人の中で随一。

 そしてフェイトと同じ魔力変換資質『電気』を持ち、広範囲にも対応できる才能を秘めている。

 

 

 最後の1人は、肩にフリードと言う白い子竜を乗せたキャロ・ル・ルシエと言う名前の少女だ。

 スバル・ティアナの「スターズ分隊」と対となる「ライトニング分隊」を同い年のエリオと共に構成、二騎の竜使役と補助魔法を得意とする後衛(フルバック)である。

 4人の中で最も小柄で、明るい桃色の髪のボブショートとくりっとした大きな目の可愛い娘だ。

 ただ見た目通りの性格のためか、一番緊張でガチガチになっている様子だった。

 

 

(陸士に所属してたスバルとティアナと違って、初めての配属だもんね……フェイトちゃんがいない分、フォローとかもしてあげないと)

 

 

 フェイトはちょっとした事情でここにいない、後で合流することになっている。

 エリオとキャロの「お母さん」がこの場にいれば、何か気の利いた言葉でもかけただろうか。

 離れていても通信で繋がっている、助け合える、魔法の力で皆を助けられる。

 出撃直前にそう言おう、そう決めてなのはは1人頷いた。

 

 

「ぶっつけ本番、実戦用デバイスに身体を慣らせなかったのは悔しいと思うですが……でも、現実と言うのはえてしてそう言うものです。準備不足で普通くらいに考えるです。大丈夫、その子達は皆の役に立つために生まれて来たです。乱暴に扱わず、それでも限界まで使って、一緒にこの苦難を乗り越えてほしいです」

「「「「はいっ」」」」

 

 

 小さなリインの言葉に、フォワード4人が大きな声で答える。

 リインのような小さな存在が「現実」と言う単語を口にすると激しく違和感を覚えるが、しかし何となく誰の影響なのかはわかる。

 と言うか、なのはの知人で「現実」と言う言葉を好んで使う人間は1人しかいない。

 

 

「はい、作戦の説明は以上です。大丈夫ですか、何か質問ありますか?」

 

 

 そんな2人の視線の先、リインが説明を終了して小さな胸を張っていた。

 それが酷く上官らしく見えて、逆にその場の空気を和やかにする。

 狙ってやっているのなら、大したものだった。

 

 

「なのはさん! ロングアーチから現場管制映像来てます!」

「了解、こっちに回して貰える?」

「うっス!」

 

 

 なのはが左手をさっと振ると、『レイジングハート』経由で現場のリニアレールの様子がその場に映し出される。

 そこにはガジェットらしき機械兵器に車両の管制を奪われるリニアの様子が映し出されているのだが、それを見た途端になのはは息を飲んだ。

 何故なら……。

 

 

「――――爆発!?」

 

 

 最後尾の車両から爆発を確認した、そう言う映像があったからだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 車両爆発の情報を聞いた時にフェイトがまず思ったのは、『レリック』の爆発だった。

 4年前に彼女と友人達が『レリック』を運んだ際、もう一つの『レリック』が周囲を巻き込んで大規模な爆発を引き起こして消失したことがある。

 だから、今回もそれかと思ったのだが……。

 

 

「――――違う?」

『はい、どうも『レリック』の爆発とは異なるようです。規模も小さいですし、リニアの走行を阻害するわけでもないですし』

 

 

 大空を高速で飛翔し現場に急行するフェイトの眼下には、すでにミッド西部特有の豊かな山岳地帯が広がっている。

 目的地までもう幾許もしない内に到達するだろう、市街地からここまでの距離をまさに飛んで来たのだから。

 遠距離・近距離問わず、移動速度において彼女の右に出る者はいない。

 

 

 そんな彼女の顔横の表示枠には、ロングアーチスタッフであるシャーリーの顔が映っている。

 丸眼鏡をかけた長い黒髪の若い女性で、陸士制服に紺色のネクタイをしている。

 今は機動六課の通信主任兼メカニック、数年前からフェイトの執務官補佐をしていた関係か、フェイトの管制は彼女が行うのが普通だった。

 

 

「なのは達……先行したフォワードの皆は?」

 

 

 エリオとキャロ、という固有名詞をあえて伏せてそう聞く。

 そうしている間にも眼下では山と森が、頭上や隣では雲が高速で後ろへと過ぎ去っていく。

 2人の「子供」の身を心配しているせいか、通常よりもやや速度が出ているようだ。

 そんな彼女の身を覆うバリアジャケットは、以前と比べて大幅にデザインが変更されている。

 

 

 ツインの金糸の髪はそのままだが、黒のインナーに長袖のロングジャケット姿だ。

 ジャケットは足首にかかるまで丈が長いが、腰の赤ベルトで切り返され前は開いている。

 間に見えるのは赤、白、金で装飾された黒のミニスカートと太腿までの黒のオーバーハイだ。

 右手に『バルディッシュ』の待機状態を象ったような飾りのついた黒手袋、左手と両足に騎士甲冑のような銀の籠手とブーツ、そして最後に黒のライン入り白マントである。

 

 

『はい、高町隊長はフェイト隊長の予定機動上に重なるように飛行中、ほどなく合流できるかと。他のフォワード4名も、ヴァイス陸曹の操縦で無事にリニアまで到達しました』

「そう……」

『……ライトニング03と04も無事です。高町隊長が励ましてくれたそうで、上手くデバイスの起動もできました』

「……そう!」

 

 

 流石に3年間補佐をしていただけあって、見抜かれていたようだ。

 ライトニング03と04、それはエリオとキャロのコールサインである。

 それに10年来の親友が何と言って2人を励ましてくれたのか、フェイトにはわかる気がした。

 加速する、加速する、加速する。

 

 

「……ありがとう、なのは」

 

 

 口の中でそう呟いた先、見えた。

 懐かしさすら感じる飛行の跡、飛行機雲の端が見えるだけだったそれが徐々に近付いて来る。

 来た、白い衣装を纏ったその影が追いついて来て、重なり、そして隣り合った。

 

 

「――――行こう、フェイトちゃん!」

「うん、なのは……!」

 

 

 それを眩しげに見つめた後、フェイトはなのはと機動を重ねるようにして飛んだ。

 向かう先は、変わらず大空。

 リニアを襲ったものとは別のガジェット、新型の飛行タイプが無数に出現したポイント。

 空を覆う鳥の群れのようにも見えるそれを、フェイトはうって変わった厳しい目で睨む。

 

 

(行かせない……!) 

 

 

 その飛行タイプのガジェット達は、リニアへ向かう素振りを見せていた。

 エリオとキャロが……フォワードが、彼女の仲間が戦っている場所へだ。

 それをさせるわけにはいかない。

 そんなことをさせるわけにはいかない。

 

 

 だから、彼女は飛んだ。

 信頼できる親友に、戦友に背中を預ける形でガジェットの群れに飛び込んだ。

 共に数多の戦場を駆けて来た相棒(バルディッシュ)を振るい、敵を力でねじ伏せるために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 凄い、それがスバルが感じたことだった。

 彼女は訓練校時代から、姉とお揃いの自作ローラーを使用していた。

 しかし今は、機動六課から支給されたインテリジェントデバイスを母の形見のアームドデバイスと共に使用している。

 

 

「……っ、うおおおぉぉぉっ!」

<Absorb grip>

 

 

 インテリジェントの便利さは陸士の災害担当時代にも聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 特にガジェットの放つ青い熱線を掻い潜り、天井に張りつくガジェットを拳で撃ち抜いた時にそう思った。

 まさか壁走りをデフォルトで行えるとは、しかもデバイスが自分で判断して形状を変えた。

 

 

 加速力、グリップ力、パワー、使い手の意思を汲み取っての術式展開。

 その全てが、スバルにとっての驚きだった。

 担当のシャーリーによれば、これでもまだ出力制限がかかっているのだと言う。

 

 

「『ウイングロード』まで……」

<Because I was made to make you run faster>

先天系(インヒューレント)スキルなのに……お前、実はかなり凄い?」

<Thank you>

 

 

 天井ごと敵を抜いた時、走行中のリニアの外にまで飛び出してしまった。

 彼女は空戦適性が無く、このままではリニアに置いて行かれる。

 しかし彼女のデバイス『マッハキャリバー』――ローラーブーツ型インテリジェントデバイス――が自動展開した青く輝く光の道に着地、元の場所に戻ることが出来た。

 

 

 列車の上に立つスバル、そのジャケットはどことなく教導官であるなのはの物に似ている。

 青のラインの入った黒のインナーシャツにデニム系に似たショートパンツ、白く細い腰と露出したお臍が眩しい。

 黒と青のカフスのついた白ジャケットはなのはとお揃いで、膝にはサポーター型の装甲。

 まさに、最前線で格闘する魔導師のためのジャケットである。

 

 

『スバル、4両目で合流するわよ!』

「あ、うん! 了解!」

 

 

 パートナーの声に応じて、スバルは自分で開けた穴の中に飛び込んでリニア内に戻った。

 その様子を通信越しに確認して、溜息を吐いた少女が1人。

 ティアナ・ランスター、パートナーと違いリニア内を地道に制圧している少女だ。

 

 

 一緒にヘリから降りて来てくれたリインは、リニアの制御をガジェットから奪い返しに行ってくれている。

 故に今はパートナーとも離れて1人、しかしそれで泣き言を言うつもりは毛頭なかった。

 今、目の前のことに集中し……出来ることをやり抜く。

 ただ、それだけだからだ。

 

 

(スターズは前から、ライトニングは後ろから……こっちの方が制圧車両が多いけど、バランス的には悪くないわね)

 

 

 赤地の胸元に黒基調のショートワンピース、丈の短い白ジャケットとガードスカート、太腿まで覆う白のオーバーソックス。

 白い銃型デバイス『クロスミラージュ』を持つ手には、黒のショートグローブを嵌めている。

 オレンジのツインの髪を揺らす小さな頭の中では、リニアの概略図と前後から車両を制圧する作戦概要が展開されていた。

 

 

 利発そうな瞳を鋭く細め、ガジェットが出てくればアンカーを振りまわされる前に速射で撃ち抜く。

 今日支給されたばかりのデバイスの性能に眉を動かして、しかしそれ以上の反応は返さず、ティアナはパートナーとの合流ポイントである4両目を目指して駆け出した。

 

 

(それにしても……)

 

 

 ふと、出撃直前から気にしていることを思考する。

 出撃直前、最後列の車両で起こった爆発のことを。

 あれは、何だったのだろう?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 これは――――どう言うことだろうか?

 肩の上あたりに白い子竜を羽ばたかせながら、キャロは困惑と言う感情を小さな胸の内に覚えていた。

 桃色の髪が走行するリニアの風で揺れて、白くふっくらとした頬を優しく撫でる。

 

 

「エリオ君……」

「大丈夫、皆一緒だから」

 

 

 1ヶ月間訓練を共にしてきたパートナーの男の子に手を引かれて、キャロはフリードを連れて最後列の車両の屋根に着地した。

 10歳の小さく柔らかなその身はバリアジャケットに覆われているため、少々の衝撃が彼女の身体を傷つけることは無い。

 

 

 黒のインナーにやや厚手の桃色基調のジャケット、ジャケットには黒ラインと黒ベルトがついている。

 黒布を重ねた白のロングスカートに、桃色の石のついたうっすら青い黒のショートブーツ。

 桃色リボンのついた可愛らしいケープ型のマントに、白のベレー帽が頭を飾っていた。

 

 

「…………」

 

 

 そんなキャロの手を引いているのは、年若いと言うよりは幼い少年騎士だ。

 燃えるような赤髪の少年の名はエリオ、キャロと同い年のフォワード最年少の片割れ。

 黒インナー、キャロと色・形がやや違うがお揃いの赤ジャケット、そして薄茶のショートパンツ。

 長袖の白いコートは丈が長く、背丈の小ささと相まってマントのようにも見える。

 

 

 彼は小さな姫を守る小さな騎士よろしく、その手に長大な槍型アームドデバイス『ストラーダ』を握り締めている。

 槍の穂に推進機構がついた特別仕様で、彼のためにあらゆる調整が行われたデバイスだ。

 とはいえ六課がほぼ初勤務なので、彼にとっては今日が初陣となるのだが……。

 

 

(キャロは、僕が守らなくちゃ)

 

 

 と言う、幼い男の子特有の感情が初陣の緊張を和らげてもいた。

 それは一方で焦りを生む素養にもなるのだが、繋いでいる手が震えていることに気付けば、気合いを入れるには十分だった。

 ただ、状況は緊張を強いるような方向へ動いている。

 

 

 彼らはリニアの最後列の車両の上に降りたのだが、そこはすでに車両の原型を留めていなかった。

 車両の真ん中が内部からの爆発で抉れ飛んでいるし、天井から見下ろす限りは前の車両に繋がる扉のあたりも吹き飛んでいるように見える。

 そして極め付けが、床に散乱しているのはガジェットの残骸だ。

 

 

「えっと、これ、誰かがガジェットと戦った……跡?」

「そう見えるけど……」

 

 

 初陣故に、細かな判断についての自信は無い。

 故に司令部に連絡して判断を仰ぐのが基本だが、フォワードと言う職務上ある程度は臨機応変に対応しなければならない。

 なので、連絡と同時に内部への侵入を果たそうとする2人。

 

 

 その時、さらに異変が起こった。

 一つ前の車両、つまりはエリオとキャロの前の車両が爆発したのだ。

 具体的には、楕円形のフォルムのガジェットが壁を突き破って外に飛び出して来たのである。

 いや、飛び出したと言う表現は正しくない。

 

 

「あれ、『アルケミックチェーン』……じゃ、ないよね」

「う、うん。私、魔法使って無いよ?」

 

 

 キャロの得意魔法の一つに、無機物を召喚して操作する物がある。

 その中に鎖を召喚する物があり、エリオがその可能性を頭に思い浮かべたのは1ヶ月の訓練の結果と言える。

 そして今、キャロが操作する物とは無関係の鎖に巻かれたガジェットがリニアの外に吹き飛んだのだ。

 しかも、その胴体部が何かで殴打されたかのようにヒシャげている。

 

 

「と……とにかく、行こう。キャロ! フリード!」

「う、うん」

「キュクルー!」

 

 

 2人と1匹が車両の中に飛び込む、そして注意しつつしかし急いで先へ進む。

 次の車両に進むと、そこは前の車両と同じく何者かが争った跡が見えた。

 ただガジェットは全機破壊されている様子なので、2人はさらに次へ進んだ。

 そして10両目にあたるそこで……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――ガジェット!」

 

 

 エリオが叫ぶ、そこには大型の機械兵器が存在していた。

 背中を見せるような形だったが、見間違えるはずもない。

 球形の身体にアームケーブルとベルト状の2本の腕を持つ機械兵器で、エリオ達を認識すると腕を振り上げて襲いかかってきた。

 エリオは『ストラーダ』を横にして盾とし、キャロを庇った。

 

 

「キャロ、下がって!」

「……お願い、『ケリュケイオン』!」

 

 

 訓練通りに下がり、後衛としての仕事を果たそうとするキャロ。

 両腕のグローブ型デバイス『ケリュケイオン』のコアが輝き、血脈のように魔力が通う。

 足元に広がるのは、独特の形状を持った桃色の魔法陣。

 補助魔法、エリオの能力を底上げしようとする。

 ――――しかし、それは出来なかった。

 

 

 オォン、と、目の前のガジェットが唸りを上げた気がした。

 そして次の瞬間、『ストラーダ』と『ケリュケイオン』に込められた魔力が結合せずに霧散するのを確かに感じた。

 魔力結合の阻害、AMFだ、それもかなりの高濃度。

 魔法が、使えない。

 

 

「ぐぁ……っ」

 

 

 10歳の肉体の力のみでガジェットの腕を支えなければならなくなったエリオは、呻き声を上げる。

 床板が砕けて足首まで沈み、彼の機動力が削がれる。

 訓練時の再現とは違う、本物のAMFの重みに表情を歪める。

 

 

 それでも、彼はしなければならないことをした。

 前衛たる彼が抜かれれば、後は直接の戦闘力を持たない後衛が敵に晒される。

 それはできない、故に力任せに『ストラーダ』を振るって敵の腕を跳ね上げる。

 それから足を抜いて機動力を確保、しかし。

 

 

「……!」

 

 

 跳ね上げたベルト状の腕がそのまま襲い来る、それは頭上からエリオを掴もうとするかのような広がりを見せて……刹那、深い青色がエリオの視界を覆った。

 直前、「危ない!」と言う声が聞こえた気もする。

 とにかく感じた衝撃に目を白黒させながら、エリオは回転する視界と自分の顔に押し当てられる温もりに混乱した。

 

 

(スバルさん……じゃ、無い?)

 

 

 同じフォワードの先輩格のお姉さんに近い香りを感じて、一瞬青髪の少女を想い浮かべる。

 しかしナックル型のデバイスを着けているのは左手で、髪もずっと長くて、何よりバリアジャケットで無く陸士の制服だった。

 ゴロゴロと床を転がり、数秒の後には解放される。

 

 

「キミ、大丈夫!? 怪我は無い!?」

「あ、はい! えっと、貴女は」

「そんなことは後で――――っ!?」

 

 

 刹那、再び女性に抱かれてエリオの視界が高速移動した。

 女性の足元で何かが、妙に聞き慣れたようなグリップ音が響き、ガジェットのベルト状の腕から逃れるように車両の床を壁際まで走る。

 エリオが急激な展開について行こうとする中、しかし現実はそれ以上の速度で変化していった。

 

 

「エリオ君!」

 

 

 そしてそれはキャロも同じであって、彼女は驚いたような声を上げた。

 しかしそれでも訓練通り、慌てることなく何かをしようと自分を律した。

 その上で、動こうとして……。

 

 

「あ……」

 

 

 現れた。

 目前のガジェットの頭を踏む形で、身体を捻りながら誰かがキャロの前で着地した。

 両足で踏ん張る形で着地した「彼」の両腕の先で、銀の鎖が音を立てて擦れている。

 空色と黒の色で染められた衣服は、魔力素の流れからバリアジャケットとわかる。

 

 

 そして、キャロが……そして女性に抱かれたエリオが目を丸くする中で、男が立つ。

 髪の色は水色、年の頃はヴァイスと同年齢くらいだろうか。

 彼は、ゆっくりと立ち上がると――――告げた。

 

 

「――――現実的な話をしようか」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 は? と、キャロは目の前の大きな背中を見上げた。

 バリアジャケットを着ているのならば魔導師、と言うかエリオを助けた女性は局員なのだろう。

 しかし、誰なのかはわからない。

 

 

「まず第一に、コイツはさっきの車両を制圧してた奴とは違うタイプだな。大型だし、より強いAMFを持っているようだ、効果範囲も広い。おかげで近接系の魔法は軒並み無効化される」

「あ、あの……何の話を……?」

「後衛にとって状況認識は重要だぞって話だよ」

 

 

 若干の警戒心を抱きつつ問えば、何故か後衛の心得のような物を説かれた。

 しかし水色の髪の男性は悩むキャロに背中を見せたまま、自分に目(カメラ)を向けているガジェットと睨み合っている。

 左手を前後に振りつつ、鎖の先端部を膝のあたりで揺らしている。

 

 

「まぁ、とにかくだ。前の車両にいた奴は力尽くでぶっ飛ばすのも不可能じゃ無かったが、正直コイツは面倒だ。俺1人ならともかく、魔法が使えない魔導師2人とバリアジャケット無しの魔導師1人、この状況でコイツを相手にするのは難しい。ここまでは良いか?」

「はぁ……」

「良し、なら後1歩だ。では、この時点で俺達が取るべき策は――――」

 

 

 車両が轟音で揺れた。

 何事かとキャロが視線をそちらに向ければ、その顔に強い風を感じた。

 なぜ風を感じるのか、それは車両の壁が砕けて穴が開いたからだ。

 具体的には、エリオを助けた女性がその左腕の拳で殴り開けたのだ。

 

 

「え……え、きゃあっ!?」

「チビ公、ついて来い!」

 

 

 不意に抱え上げられて、キャロが悲鳴を上げる。

 しかし男はそれに構わず、キャロの身体を小脇に抱えたままリニアの外へ飛び出した。

 その際、女性とエリオも外へと飛び出している。

 突然の事態に悲鳴を上げる2人、空中に投げ出された浮遊感、そして男が最後列の車両下部のパイプに向けて鎖を投げるのを見た。

 

 

「うわっ!?」

「きゃああああああっ!?」

 

 

 がくん、と身体全体が揺れる。

 キャロに加え、エリオごと男にしがみ付く形になった女性の重みが鎖に加わる。

 それはつまり、切り立った崖に築かれたレールを走るリニアにぶら下がる形になったことを意味する。

 支えるのは鎖一本、別の車両を挟むことでAMFの発生源から離れ、何とか車両をバインド出来ている。

 ただレールと擦れ合う部分があり、そこから激しい火花が散っているが。

 

 

「な、何をするんですかぁっ!?」

「キュッ、キュクルーッ!?」

「何って、あの場にいたらやられるから距離とったんだよ――――お、チビ公もちゃんと来たか」

「ち、チビ公じゃありませんっ、フリードですっ」

「キュクルーッ」

 

 

 会話はあるが、極めて危険な位置にいることは確かだった。

 走行するリニアに鎖で宙ぶらりんの状態、これが危険で無くて何だと言うのか。

 自分達のすぐ横には、高速で移動する崖が見えているのだ。

 うっかりすれば、いやそうでなくとも、衝突して潰される可能性がある。

 

 

 特にバリアジャケットに守られていない女性局員にとっては、危険な状況だ。

 しかし彼女は慌てた様子も無く、エリオを胸に抱え、自身は右腕一本でイオスの背中に頬を押し付けるようにしながら。

 

 

「どうしますか!?」

「どうするって? そりゃまぁ何と言うか……」

 

 

 するとギンガの女性らしい身体の柔らかさがジャケット越しに伝わってくるわけだが、状況が危険すぎるので互いに気にしていられる状態では無かった。

 イオスは上と前、その双方を見つめた上で告げた。

 

 

「……何とかするしか、無いだろうよ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「エリオ、キャロ!?」

 

 

 リニアの遥か後方、航空タイプのガジェットをなのはと2人で殲滅していたフェイトは、ロングアーチの管制情報で自分の分隊構成員の危機を知った。

 その間に青白い無数のエネルギー砲弾を回避し、擦れ違いざまに大鎌形態の『バルディッシュ』で瞬く間に2機のガジェットを屠っている。

 

 

 しかしそれは、彼女にとって何の意味も持たない。

 敵の飛行方を潰すのが彼女の役目であって、持ち場を離れることはできない。

 だがそれでも、彼女は救いに行く可能性を考慮した。

 どうするか、一瞬の間にあらゆる思考が脳内を駆け巡る。

 

 

「――――なのは!」

『……2人とも、聞こえるか?』

「はやて?」

 

 

 ロングアーチに到着したのか、通信で部隊長のコールサインを確認できた。

 親友であり上官である彼女の声を耳にしながら、フェイトは黄色い斬撃を放ってガジェットを撃破する。

 身体を掠めるように破片が散り、直後に身体を翻して全方位から放たれる敵の砲火を回避する。

 直後、フェイトを狙っていたガジェットは分厚い桃色の閃光に飲まれて消えた。

 

 

『新人達のフォローはたぶんいらんよ、今、リインからこっちに確認が来た。『テレジア』と陸士108部隊に確認を得た確かな情報や』

 

 

 何? と訝る前にその情報が表示枠に提示される。

 そこに記されているのは、陸士108部隊と次元航行艦『テレジア』のトップ2人の連名でのサイン付きの証明書だ。

 今、あのリニアに乗っている物と人の詳細。

 そしてその名前を見た時、フェイトは己の中の迷いを完全に消した。

 

 

<Haken form>

 

 

 『バルディッシュ』が変形し、黄色の刃に電撃が発生する。

 それを大きく振りかぶって、迷いを斬るように振るう。

 放つのは、対AMF調整の施された障壁貫通型の斬撃。

 

 

「『ハーケン・スラッシュ』……!!」

 

 

 縦に並んだ全翼機のような姿をしたガジェット5機を一度に破壊、爆散させる。

 その爆風を斬り裂くように飛びながら、前方からの青の砲撃と後方からの桃色の射撃の中に身を躍らせる。

 前から来る物は避けて、後ろから来る物は信じて。

 

 

『ライトニングは大丈夫や、何故なら――――』

(何故なら……!)

 

 

 はやての言葉を心の中で引き継いで、フェイトは飛ぶ。

 金糸の髪をはためかせて、黒衣の死神は飛翔する。

 

 

「だって、あそこには……!」

 

 

 心から信じる者の名前を、胸に抱いて。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 水色の髪の男――――イオス達の置かれた状況は、極めて悪い。

 とりあえずイオスとしては当初の目的、避難と時間稼ぎが出来たことで良しとしたかったのだが。

 あの場から脱出して30秒後には、3つのことを考えていた。

 

 

 まず第一に、鎖一本で走行中のリニアにぶら下がっている。

 第二に、『テレジア』から貰ったマップによれば近い内に必ずリニアはトンネルを通る。

 そして第三に最も忌避すべき可能性、密輸品の質量兵器の誘爆である。

 ハロルドは措置を講じてくれているはずだが、ガジェットの動き次第ではどうなるかわからない。

 以上の状況に対して、イオス達は即座の対応を求められていた。

 

 

「俺の飛行魔法で安全圏まで逃げるのは、無しとしても……」

 

 

 現状は、さっき言った通り厳しい。

 具体的には、子供を含めて4人分の体重を支えている右腕が厳しい。

 すると、ギンガに抱かれる形になっていたエリオがイオスの右脇から顔を出してきた。

 

 

「あの!」

「何だ? 自己紹介なら後にしてくれ、局員IDの相互確認も同じくだ。と言うか、この状況で敵味方の心配はいらねーだろ」

 

 

 まぁ、実はイオスはエリオとキャロを間接的に知っているのだが……どうやら、2人は知らないらしい。

 特にそのことに何かを感じたりはしないが、イオスは上と前を交互に見ながらそう告げた。

 

 

「いえっ、そうじゃなくて……僕がやります!」

「ほう、具体的には?」

「飛んで、貫きます!」

「実に簡潔な答えだ、好感が持てる。だが近付いた段階でAMFで魔法が消える、さっき学習しただろ」

 

 

 む、と詰まるエリオ、確かに先程の攻防では『ストラーダ』への魔力付与効果が切れていた。

 しかし近くで見るに、エリオの考えではあの新型は砲撃が効きにくい形状の装甲をしていた。

 傾斜装甲、エネルギーを分散させ、逸らして弾くタイプのそれだ。

 なのはレベルの砲撃ならばともかく、自分の攻撃手段では近付いて貫くしかない。

 

 

「まぁ、近付かないとどうにもできないってのは賛成だが……さて」

 

 

 再び上を見る、すると見覚えのあるベルト状の腕が車両を壊しているのが見える。

 レールと鎖が擦れて生み出す火花、通常なら気にも止めないのだが……AMFの発生源が近付いてくるとなると、心もとない物があった。

 

 

「……時間、無さそうだな。ギンガさん、アレ行けるか?」

「AMFの範囲外であるならば。でも、おそらくリニアには置いて行かれますよ?」

「なるほど……見た所、お前らは空戦適性ないよな?」

「あ、はい……『ストラーダ』で真っ直ぐは飛べるんですけど」

 

 

 そうか、と、エリオの言葉にイオスは気の無い返事を返した。

 それを頭の後ろで聞きながら、キャロは自分の傍で必死に羽ばたいてついて来ているフリードを見た。

 飛ぶ、と言うことに関してならば、考えが無いわけでは無い。

 

 

 竜召喚、それがキャロの持つ稀少技能だ。

 

 

 キャロの一族特有の技能であり、特にキャロは特別な才能を有している。

 ただその力のせいで幼い頃に故郷を追われ、旅をして行き倒れた所を管理局に拾われ、しかし管理局の中でも持て余される程に強すぎる力だ。

 ――――召喚した竜の制御が出来ない、召喚士としては致命的な欠点だ。

 今、傍らにいるフリードとて……未熟な制御の下で力を解放すれば暴竜と化すだろう。

 

 

(無理、出来ない……!)

 

 

 かつての暴走した友人の姿を思い出して、キャロは身を震わせた。

 今まで一度も成功していない、それがキャロのコンプレックスでもあった。

 しかしこの場で成功させられれば、確実に状況を逆転できる。

 それがわかっていて、なお。

 なお、キャロにはそれを決断することが――――。

 

 

「……しょーがねぇ、じゃ、この手で行くか」

「え?」

 

 

 再び振り仰ぐ、すると自分を左手で小脇に抱えている男はキャロと視線を交わすと。

 何故か、ニヤリと笑った。

 それに面喰ってしまって、キャロは目をパチクリと見開いてしまう。

 

 

「お嬢ちゃん、悪いけど手伝ってくれるか?」

「イオス一尉? 何をするつもりで……それと、ちょっと腕が痺れて来ました」

「ここでその台詞は怖いな、なぁ坊主?」

「え、僕ですか!?」

 

 

 3対の視線をその身に感じて、イオスは「さて」と覚悟を決めた。

 成功すれば最小のダメージであの新型を倒せる、ただし。

 ――――最もダメージを受ける可能性があるのは彼自身、そう言う策を実行する覚悟をだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その機械は、自らに攻撃してきた対象を破壊すると言う当初の目的を果たそうとしていた。

 11両目の車両に進入を果たし、さらに「敵」が身体の支えとしている鎖が巻かれた12両目へ進むために邪魔な車両の屋根をそのベルト状の腕で排除すべく破壊している。

 しかしふと、体内のセンサーに反応を感じた。

 

 

 それは、リニアの後列に沿うように展開された濃紺の光の道だった。

 『ウイングロード』の名を冠するそれは、当然リニアの速度にはついていけない固定の道だ。

 しかし、瞬間的な足場には出来る。

 

 

「――――行くぜ!」

 

 

 そして、その光の道の表面を一度だけ蹴った存在がいる。

 リニアと鎖で繋がれたその男は、女子供3人を自分に張りつかせたまま崖側に跳んだ。

 足先から崖に突っ込む形になる、正気の沙汰とは思えない、だが。

 

 

「我が乞うは、城砦の守り……!」

<Enchant defence gain>

 

 

 そこは、両手のグローブ型デバイスに桃色の輝きを乗せた少女の声が響く。

 バリアジャケットで防護された上に、防御力ブーストの魔法。

 男の、イオスの足が崖の地面に触れ――――爆発した。

 

 

 速度70に達しているリニアに引き摺られるような物で、その衝撃たるや凄まじい物がある。

 しかし、土煙と共にガジェットのセンサーが一瞬だけ見失う。

 どこか?

 後ろだ、リニアの車両の後方――――跳ね上がるようにして鎖が弧を描いていた。

 最後列のリニアに巻き付いた鎖を基点に、まるでコンパスで半円を描くかのように。

 

 

「……っぱ、いてえぇ――――ッ!!」

 

 

 痛みを訴える男の叫びが響く、それはそうだろう。

 防護・強化されたとはいえ、リニアの速度をモロに足で……下半身で受けたのである。

 下手を打てば、下半身だけが千切れて後方に吹っ飛んで行っていたはずだ。

 それを無事に成せたのはバリアジャケットの防護と魔力強化、そしてキャロのブーストの恩恵であろう。

 

 

 しかし、とにもかくにも目論見は当たった。

 半円を描くように跳ね上がったイオス達、ガジェットから見て天頂方向にまで達した彼らは……。

 ……その場に展開された光の道に、「着地」した。

 衝撃を受け止めたのは、またしてもイオスだ。

 その際、イオスは自分の体内で枯れ枝が軋むような音を聞いた。

 

 

(……っ、イっちまったか……!)

 

 

 程度はわからないが、とにかく足の骨に異常が出たのは間違いない。

 しかし、それを代償に彼は得た。

 反撃の、布石を。

 

 

「結べ、『テミス』!」

 

 

 3人をしがみ付かせたまま残った腕を振るい、『テミス』の鎖を新たにリニアへと投じる。

 先端が天井の残った部位に突き刺さり、さらに固定する。

 光の粒子となって消える光の道――『ウイングロード』を後方へ置いて行き、浮遊感を得ながら。

 

 

「我が乞うは、疾風の翼……!」

<Boost up acceleration. Boost up power>

 

 

 ツインブースト、ブースト魔法を2つ同時に行う――『ケリュケイオン』の左右で同時に術式を行使するマルチタスク技能――キャロの魔法技能だ。

 スピードとパワーをそれぞれ強化、対象は2人。

 1人はエリオ、そして……。

 

 

 エリオは『ストラーダ』の穂から魔力をジェット噴射のように噴かして加速、ギンガはローラーで鎖の上を滑り下りる……否、滑り「落ちる」。

 ローラーと鎖が火花を散らして悲鳴を上げ、甲高い音を周囲に響き渡らせる。

 そして、直情からAMFの範囲内に飛び込んだ。

 

 

「「うおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」」

 

 

 雄叫びを上げ、まずギンガが左腕の『リボルバーナックル』を打ち下ろす。

 込められた術式が霧散し、ギンガはそのまま相手の障壁を滑るようにリニアの車内に着地する。

 かなりの衝撃のはずだが、鎖の上を滑ることでブレーキとし……そして、「生来の頑丈さ」でもって堪え切った。

 ぐるちとローラーでガジェットを一周し、そして本命――――打ち上げの一撃。

 

 

「はああああぁぁぁッ!!」

 

 

 これから放つのが、ギンガ自身の本当の一撃だ。

 一撃、必倒。

 今朝の訓練の時、イオスの防御を砕いた一撃。

 

 

 AMFもまた、原理はフィールド型の「防御魔法」。

 である以上、障壁破壊や障壁貫通の魔法は効果がある。

 『ストームトゥース』、障壁破壊能力を備えたそれがAMFに罅を入れる。

 ランク差を集中と性能で押し切って、打撃する。

 そしてヨロめいたガジェット、その罅割れた一点に青の槍が寸分違わず撃ち込まれた。

 

 

「うおおおおおおおおおぉぉっ!」

<Explosion>

 

 

 エリオである、彼は自身の魔力資質を発揮しながら突貫をかけた。

 『シュタールメッサー』、電撃付きの強化魔力刃による貫通。

 まだ未完成、だがキャロのブーストを得て限りなく完成に近づいた一撃を叩き込む。

 

 

「く……っ!」

 

 

 しかしパワーが足りないのか、障壁を抜け切ることが出来ない。

 そのため、拮抗が続き……ガジェットの機械の頭脳が、反撃の判断を始めた。

 その、瞬間。

 

 

 ガジェットに人間の心があれば、驚愕していただろう。

 

 

 先程まで若い槍騎士と打ち合っていたはずの自分の巨体が、宙を舞っているのである。

 鋭敏なセンサーが原因を突き止める、鎖だ。

 銀の鎖が、全身にまとわりついている。

 何故、機械のプログラムが思考する。

 

 

「……私だって、別に趣味で貴方の周りを駆けたわけじゃないわ」

 

 

 ガジェットを見上げるギンガの呟きが、はたして聞こえただろうか。

 機械のカメラ、その中に映ったのは――――空飛ぶ水色の髪の魔導師。

 彼は桃色の髪の少女を抱いたまま、キャロのパワー・ブーストを受けた身体で「右腕」の鎖を――ガジェットの身体に巻かれているそれ――振るった。

 

 

「――――あばよ、鉄屑(ガジェット)君」

 

 

 その次の瞬間、AMFも何も関係なく、ただの鎖に巻かれたガジェットがリニア下の崖に叩きつけられた。

 重力と慣性、そして自身の重みによってひしゃげた機械の身体が火を噴くのは、実にその4秒後のことであった――――。

 

 

「やった……!」

 

 

 後方へと置いて行かれる黒煙に、エリオが歓声を上げた。

 その様子を確認しつつ、ギンガはほっと息を吐いた。

 

 

(無茶をするわね……)

 

 

 上へ出る方法もそうだが、同時に最後列に巻いていた鎖を外し、それをそのままギンガに持たせたこともそうだ。

 ギンガがわざわざ技の合間にガジェットの周りを駆けたのは、ようするに鎖を巻くためだ。

 魔法でも何でもない、ただの鎖であればAMFは関係ない。

 一撃の間にきちんと巻けたか不安だったが、どうやら上手くいっていたらしい。

 

 

 できれば、こんなギリギリの賭けはもうしたくない。

 そう思い、ギンガが再び息を吐こうとしたその時。

 上から、ちょうどエリオとギンガの間に落ちて来たものがあった。

 

 

「イオス一尉!?」

「キ、キャロ!?」

「キュクルーッ」

 

 

 フリードも開いた天井からやってきて、心配そうな声を上げている。

 しかし上から落ちて来た2人――床に衝突する瞬間、AMFが切れたためか飛行魔法が発動しかけてクッションになったので、正確には落ちたわけではないが――特にキャロは、空色のバリアジャケットの上でいち早く身を起こして。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫大丈夫、身体のあちこちがかなり痛いけど大丈夫……痛みが俺に現実を教えてくれるから、大丈夫……」

「それって全然大丈夫じゃないですよね!?」

「キュキュキュッ!?」

 

 

 慌てて身体の上から降り、自分を庇ってくれたらしいイオスに『ヒーリング』をかけるキャロ。

 その様子を見てエリオは心配そうな顔で駆け寄り、フリードは周囲をひたすらに飛び、ギンガは息を吐いた。

 ギンガ自身、陸士制服の左腕部分が吹き飛んでしまっていて、何とも頼りない状態だった。

 生来の頑丈さで持ち堪えただけで、完璧には程遠い。

 

 

「…………ごめんなさい」

 

 

 誰かが呟いたその言葉に、『ヒーリング』の温もりに目を閉じていたイオスがそのまま片眉を立てる。

 そして彼は溜息を吐いて、全身から力を抜いた。

 そうして、思う。

 さて、どこから突っ込んで行こうかと。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「リニアレール内部のガジェット反応消失、上空の飛行方もスターズ01とライトニング01によって殲滅完了しました!」

『こっちも完了ですぅ。リニアを止めて、スターズの2人が確保した『レリック』の確認に向かうですよ』

 

 

 ロングアーチ指揮所、そこにはすでにシャーリー、アルトの両名が戻って全員体勢になっている。

 そして自身も聖王教会から戻ったはやては、部隊長としての立場で各所からの報告を受けていた。

 シャーリーからは、なのはとフェイトが敵の航空戦力を殲滅したと言うこと。

 そして現場管制のリインからは、通信でスバル・ティアナのチームが『レリック』を押さえたこと。

 

 

 そのいずれにも頷いて、はやては指揮所の中央スクリーンに映る映像を見ていた。

 ゆっくりと停止するリニアレール、そして『レリック』のケースを抱えたスバルとティアナ。

 ……それから、10両目から11両目にかけての戦闘跡についても。

 

 

「とりあえず『レリック』はそのままスターズが回収、ヴァイス君とヘリで帰還してや。ライニトニングは……うーん、そのまま待機かな」

「スターズ03と04が発見した質量兵器については?」

「それは、現場の責任者にお任せやな。下手に地上本部を刺激したくないし……基本、相手の言う通りに処理して」

「了解しました」

 

 

 フェイト、エリオ、キャロ達ライトニング分隊については、その場に待機させることにした。

 何しろ現場の状態が散々であるし、あのまま走行させるわけにはいかない。

 それに、何と言っても……「彼」だ。

 

 

 はやてとしては機動六課のメンバーとして欲しかったのが、そこは諸々の事情で断念した。

 しかし今回、期せずして協調行動を取れたのである。

 実は別の目論見もあるにはあって、その意味ではやや不満の残る内容であったのだが。

 

 

(ま、とんとん……かな)

 

 

 口元に手を当てて目を細め、そんなことを考える。

 そして、映像の中の「彼」を見つめる。

 今は桃髪の女の子と赤髪の男の子に囲まれて、壁と天井が吹き飛んだ車両の床に座り込んでいる。

 

 

「……守る……」

「は?」

「ううん。何でも無いよ、グリフィス君。それよりシャマルに連絡取ってくれん? 怪我人おるみたいやから、転移でちょっと向かって貰いたいんよ」

「了解しました」

 

 

 知人の息子である部隊長補佐に何でも無いことを告げて、はやては笑みを浮かべた。

 その笑みは、非の打ち所が無いくらいの完璧な笑顔。

 それに対して、グリフィスは特に何も思うことなく納得した。

 

 

 それを確認して、はやてはスクリーンへと視線を戻した。

 そして、改めて決意する。

 誰にも言っていない、その決意を胸の内で繰り返す……「彼」の姿を瞳に映しながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方、停止したリニアレールの上ではちょっとした騒ぎが起きていた。

 主に3つ、1つは久しぶりにイオスと再会したなのはとフェイトだ。

 彼女らはイオスがいることの驚きつつも、温かな再会の言葉を彼にかけた。

 

 

「イオス、久しぶり……なのは良いんだけど……」

「に、にゃはは……何か、ボロボロだね?」

「いろいろあったんだ、いやマジで」

 

 

 それにバリアジャケットを解除すれば、綺麗な制服姿に戻れる。

 ただ右足の骨に罅が入っているのは確かで、これは魔法による治癒でも2日ほど完治までかかるだろう。

 なのはのような教導官からすれば、非常にスマートでは無い戦闘だったためだ。

 

 

「ごめんなさい……」

「すみません、僕達のせいなんです」

「はいそこダウト。俺達は俺達の事情で戦ったんであって、お前らは関係ねーよ。俺の負傷は俺の責任であって、お前らには関係の無い話だ」

「そうですよ、どうか気にしないでください……むしろ」

 

 

 そこへ、ギンガがやってくる。

 彼女はボロボロの陸士制服のリカバリーを諦めたのか、少し破れたシャツ姿で敬礼する。

 それに、イオスも座したまま敬礼のような仕草をする。

 

 

「陸上警備隊108部隊所属、ギンガ・ナカジマ捜査官です。この度はご協力に感謝します」

「査察部所属、イオス・ティティア一等空尉だ。久しぶり、そして今日はマジで助かった。どう言う事情かはわからないが、俺とギンガさんだけじゃクリアできなかった。その意味じゃ、そっちの2人はむしろ命の恩人だな」

「そ、そんな……あ、えと、キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」

「お、同じく、エリオ・モンディアル三等陸士であります!」

 

 

 未だ恐縮している子供2人の様子に肩を竦めると、なのはとフェイトも苦笑のような笑みを浮かべた。

 ただ、なのははギンガとイオスの顔を見比べて微妙に眉を動かしてもいたが。

 その時、さらに新たな人影が現れる。

 

 

「あ、イオスさんですぅ。大丈夫ですか?」

「ん? おお、リインじゃん」

「はいです!」

 

 

 前の車両から飛んできた妖精サイズの存在に笑みを返すと、リインもにこやかな笑みでイオスの傍に寄って来た。

 現場にいるからか、はやての騎士甲冑に似た白い甲冑を身に纏っている。

 さらにその後ろには、何かのケースを抱えた青髪の少女とクールそうなオレンジの髪の少女を2人連れていて。

 

 

「あ、なのはさ……って、あれ!? ギン姉ぇ!? 何でここにいるの!?」

「何を言ってんのスバル、こんな所にギンガさんが……って、本当だわ」

「あ、そうか……貴女たち今、高町一等空尉の所にいるから……」

 

 

 どうやら知り合いらしい、イオスの視線に気づいたのか、ギンガが片手を掲げて紹介する体勢を取る。

 

 

「イオス一尉、こちらが前に話した私の妹のスバル。そして妹の友人のティアナです」

「あー、訓練校トップ卒業の」

「へ!? あー、いや、それは別に……ね、ねぇ?」

「私に振るんじゃないわよ……初めまして、古代遺失管理部機動六課フォワード所属、ティアナ・ランスター二等陸士であります!」

「あ、そか……同じく、スバル・ナカジマ二等陸士です! ええと、ギン姉がいつもお世話になって……って違うか。ええと」

 

 

 ……良く分からないが、面白そうな関係性なのだなとイオスは思った。

 

 

「あ、ちなみにこの子達は私の教え子なんだよ」

「なるほど……」

 

 

 なのはの言葉に、頷きを返すイオス。

 ならば、いつかこの子達も機動戦の出来る砲戦魔導師になったりするのだろうか。

 

 

「あ、あの……フェイトさん。もしかして、皆さんお知り合いなんですか?」

「あ、そうか……エリオとキャロは、会うのは初めてだったね」

「は、はい」

 

 

 そして、話に置いて行かれていた2人の子供がフェイトに助けを求めるような視線を向けた。

 どうも、イオスがなのはやフェイトと親しそうな空気を醸し出していることに不安を覚えたらしい。

 エリオは積極的に、キャロは消極的に疑問を提示してくる。

 フェイトは柔らかな笑みを浮かべると、指を一本立てて2人に説明する。

 

 

「ええとね、あの人はイオスって言う人で、私となのはの魔導師の先輩なんだ。そして私にとっては、大事な家族の1人」

「家族、ですか?」

「そうだよキャロ、だからエリオとキャロにとっても家族だね。イオスは私の義兄さんみたいな人だから……2人にとっては」

 

 

 そこでやや考えるように宙を見つめて、数秒の後に元の笑みに戻り。

 

 

「2人にとっては……そうだね」

 

 

 場の空気は非常に柔らかい、初任務達成の空気でもあるのだろう。

 その中で、ヴァイスの操縦するヘリの爆音が徐々に近付いて来る音も聞こえる。

 ヘリの音があってもなお、フェイトの声は良く通った。

 そして見る者を魅了する、本当に明るく綺麗な笑顔で。

 

 

 

「……おじさん、みたいな人かな」

 

 

 

 ――――空気が、死んだ。

 

 


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