――――旧い結晶と無限の欲望が交わる地。
――――死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。
――――使者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ちる。
――――天の鎖は地に堕ちて、夜天の翼が世を祓う。
――――その後、数多の海を守る法の船は砕け落ちる。
<聖王教会:『
◆ ◆ ◆
ミッドチルダ中央区角湾岸地区、南駐屯地内A73区画。
その場所に4日前、正式に時空管理局の六つ目の古代遺物管理部の機動課が誕生した。
部隊規模は交代要員も入れて数十人、設立目的は一級指定
古代遺失物管理部機動六課、それがその部隊の正式名称である。
『レリック』は極めて高度かつ脆弱なエネルギー結晶体であり、外部からの魔力圧力で大災害を引き起こす可能性のあるロストロギアだ。
過去四度発見され、三度は大規模災害を引き起こして消失したことが確認されている。
また『レリック』周辺にはAMF装備の不審な機械兵器が現れるなど、緊急性が高い事件と判断されている。
「ちょっと前までは、発見場所と時間間隔がバラけてて部隊間の合同捜査も出来なかったんだけど」
「そのための機動六課や」
幼馴染の親友の言葉に、八神はやては力強く頷きながら応じた。
機動六課の部隊長オフィス、部隊長用のデスクの背後にガラス張りの壁を背負うその部屋は、その名の通り機動六課課長、すなわちはやてのオフィス・ルームだ。
部隊長であるはやてとその補佐のデスクの他、来客用のソファとテーブルがある。
はやてはL字型テーブル備えのソファに腰掛けながら、栗色の髪の女性から報告を受けている所だった。
栗色の髪をサイドアップにしたその女性は、高町なのは。
現在19歳、かつての面影を残しつつも身体付きはすでに大人である。
役職は戦技教導官、六課では前線組の新人4人の教導を担当している。
「それで、数日間新人達を訓練してみてどうやった? なのはちゃん」
「うん、皆良いものを持ってるよ。まだ流しの基礎訓練が終わった所だけど……」
「今日は午前は訓練で休みで、六課ツアーのオリエンテーションやろ? リイン、ちゃんとやれてるかなぁ」
「大丈夫だよ、なんたって部隊長補佐なんだから」
傍にいる時には厳しいくせに、離れると過保護になる。
そんな親友の様子にクスクスと笑いながら、なのはは手元に表示枠をいくつか開く。
そこには六課設立から今日までのなのはの教え子達の訓練を収めたもので、映像の中では複数の人間がシミュレーターによって再現された機械兵器を相手に立ち回っている様子が映し出されている。
撃ち抜く拳を持つ青髪の少女が鋼鉄の腹を砕き、赤髪の少年が槍を振るって斬り裂き、オレンジの髪のガンナーが正確に射抜いて、白き竜を従える桃髪の少女が祈るように他者に力を与える。
それは、もしかしたらなのはやはやてのような万能型の天才では無いのかもしれない。
しかし別々に長所を持った、なのは達とは別の「才能の塊」である。
その映像を見たはやては、満足そうに一つ頷くと。
「……ええ感じやな」
「うん、フェイトちゃんは心配してたけどね。離れても近くにいても過保護さんだから」
「あはは、この子らの実戦用デバイスの調子は? かなり予算食ってくれとるんやけど」
「大丈夫、シャーリーが嬉々としてデバイス・ルームにこもってるから」
機動六課、『レリック』回収のために設立された部隊。
やや古いが広大な敷地の隊舎は良く整備されており、5~7階建ての本部隊舎、ヘリ2機が待機できる規模のヘリポート、湾岸地区の利点を活かしタ海上拡張型訓練スペース、ヘリや車両の整備を行う駐機場など、必要な設備は全て整っている。
オフォスのガラス壁の向こう、湾岸地区特有の広い景色を見やりながらなのはは改めて思った。
(はやてちゃんの、夢の部隊……か)
実の所、なのははこの部隊が『レリック』回収のためだけに設立されたとは思っていない。
もちろんそれは目的の一つで、なのはとしても最初期から関わっている事件を解決したいとは思う。
だから、はやての誘いに乗ってここにいる。
それでも、わからないことは多い。
例えば、何故『レリック』事件なのか。
他にも手つかずのロストロギア事件は多くあるのに、何故『レリック』事件に限って部隊設立なのか。
そして、部隊の後見人。
『夜天の主』たるはやてが部隊長に就任するに際して、その身分を保障した4人の人間。
(リンディさんに、レティさん、クロノ君に……グレアムさん)
本局の指揮下にありながら、地上で自由に動ける部隊。
期間は1年のみ――――1年。
この期間が、なのはが気になっている部分でもあった。
魔導師歴10年、その直感が警鐘を鳴らしているのである。
「そう言えばな、この部屋のリインのデスク。あれ、イオスさんが見つけて来てくれたんよ」
「あ、そうなの?」
「うん、第19管理世界で小人の家具市見つけて、そこでーって。エイミィさんに頼もうて思ってたんやけど、ほら、エイミィさんて今育児で忙しいし……」
「あー」
だが、なのはは聞かない。
はやてに聞かない、本当のことを。
いつかは話してくれると思うし、それに極端な話。
そのあたりのことで戦技教導官に出来ることは無い――――「現実的に考えて」。
「イオスさんかー……そう言えば久しく会って無いや。六課入りは断られたんだよね?」
「あー、今考えても惜しいわ。イオスさんが査察やってくれたらいろいろ楽やったんやけど……」
「そんなこと考えてたんだ……」
「だって、まさか異動期限ギリギリまで査察官のライセンス交付遅れるなんて思わへんかったんやもん」
不貞腐れたようにテーブルに突っ伏すはやてに、なのははまた苦笑を浮かべる。
まるで、楽しみにしていた玩具が目の前で売り切れた子供のような顔だ。
19歳になったとは言え、根っこの部分は変わらない。
かつての面影を残す顔立ちが、今では10年前のそれと重なって見える。
「……ま、それでも頼んだら手伝いくらいはするって言うてくれてたから、それでええわ」
「あ、良いんだ」
イオス・ティティア。
なのはやはやての先輩格にあたる魔導師、階級的にどっこいどっこいなのは愛嬌である。
自他共に認める現実主義者で、いくつもの事件を共にしてきた仲間でもある。
彼は六課設立と同時に――つまり、この4月の辞令で正式な査察官資格を得ていた。
本当なら、昨年の6月には資格を得ていたはずなのだが……。
「……良かったわー、二回目の試験で受かってくれて」
「あ、あはは……」
そう、試験に落ちたのだ。
その時はもう、どう慰めれば良いやらでてんやわんやだったことをはやては覚えている。
まぁ、終わり良ければの精神で、今では誰も気にしていないが。
「今頃、どこで何してるんだろうね」
「ミッドにはおるはずやけど……まぁ、何にしてもイオスさんのことやから」
机の上で顔を動かして、ガラス張りの壁の向こうを見つめながら。
どこか優しい眼差しで、はやては言った。
「きっと、現実がどーとか言いながら、誰かを助けとるよ」
「うん、そうだね」
はやての言葉に優しい声音を返しながら、はやてと一緒になのはは空を見ていた。
10年前、金髪の少年と共に自分の前に現れた魔導師の先輩を。
同僚で上司な親友と、一緒に想いながら。
◆ ◆ ◆
現実は厳しい、そんな瞬間はいくらでもある。
しかしだからこそ、その間の緩やかな時間を人は大事にするのだろう。
そんなことを、イオス・ティティアは4月のある朝に感じたりしていた。
「じゃ、サルヴィアさん。俺もう行くから」
「え、えぇ……行ってらっしゃ、ぃ……」
「ああ、行ってきます」
首都クラナガンの住宅街、古びてはいるが2階建ての一軒家の一つ。
半年前までは若い男性の1人暮らしだったが、今は2人の母子が住んでいる家だ。
心を病んだ母親と、管理局員の息子と言う家族構成である。
午前9時過ぎ、出勤にはやや遅い時間に寝たきりの実母の寝室を覗いたのは、水色の髪の青年だった。
今年で25歳になるイオスは、やや笑みを浮かべながら実母であるサルヴィアの方を見る
半年前に
今でもベッドの外に出ることはなく、パジャマにカーディガン姿で上半身を起こすばかりだ。
ただ表情は幾分か柔らかく、子役の人形は今やベッドの外の椅子に置かれている。
「10時頃にダリアさん来ますから、よろしく伝えておいてください」
「え、えぇ……わかった、わ……」
馴染みのハウスキーパー兼介護士の名前を告げると、片頬の頬肉を笑みの形に引き攣らせながらサルヴィアが頷く。
基本的にサルヴィアは寝たきりで、イオスとハウスキーパーの補助が無ければ日常生活も送れない。
しかし一時期に比べれば、かなりの進歩と言うことができる。
(俺のことをどう認識してんだかは、知らねぇけどな)
息子と認識してるかはわからない、ただ、一緒に暮らして違和感を覚えない程度には何かが動いているのは確かだった。
正直、今更と思わないでも無いが。
それでも、変化は変化だった。
「じ、時間、大丈夫……な、の……?」
「大丈夫です。俺、最近は外回り多いんで、査察部寄らずに直接行く感じなんですよ。睡眠時間は3時間ですけど」
「そ、れは……大丈夫なの……?」
実は昨日も同じことを話したわけだが、繰り返すことに抵抗は無い。
なお、睡眠時間が短いからと仕事の効率を落とすような領域はとっくに過ぎ去ったので問題無い。
とはいえ、時間は有限であることに違いは無い。
イオスは実母の「いってらっしゃい」の声を背中に聞きながら、家を出た。
午前は外回りだ、最寄りのレールウェイの駅まで今の仕事仲間が迎えに来てくれることになっている。
住宅街、擦れ違うご近所の方々と適当に挨拶など交わしながら駆け出す。
空は嫌な程に晴れ渡っている、まるで何も問題が無いかのように。
空隊の物とは形状が違う白の制服の襟元を指先で緩めながら、イオスは春の太陽の眩さに目を細めた。
『おはようございます、イオス一尉』
その時、傍らで表示枠が踊った。
懐の中のデバイス・カードが煌めき、デバイス間の通信であることを教えてくれる。
そこに映っている相手に笑みを見せて、イオスは言った。
「ああ、おはよう。今日からしばらくよろしく――ってか、もうついたのか?」
『はい、失礼ですが、イオス一尉は今どちらですか? よければ、私の方からお迎えに上がりますけど』
「いや、俺も10分でつくから」
足を速めつつ、イオスは気遣い無用と告げる。
するとその時のイオスの表情がおかしかったのか、映像の中で相手が微かにクスリと笑う。
濃紺の髪を揺らし、碧玉の瞳を細めて笑みを作る。
『……それでは、お待ちしていますね』
「そうしてくれ」
相手は、4日程前からイオスと共に仕事をしている同僚だ。
陸士部隊に所属する女性で、『テレジア』から正式にミッド地上の査察部に異動したイオスの最初の仕事のパートナー。
階級も年齢もイオスより下だが、どこか年上然とした雰囲気を持っている。
ある事情で配属以前からの知人、この2年ほど密輸品を追う事件などで協力したこともある。
イオスは彼女と同じ陸士部隊に所属しているわけでは無く、いくつかの艦と部隊の協力を得ながら事件の捜査や組織の査察などを行っている。
場合によっては部隊間を取り持つ必要もあり、1年目の身にはなかなか難しい仕事だ。
現在は、最近急速に増えているミッドへの密輸事件について調べている。
どんな事件なのか、局の組織が関わっているのか、等々だ。
(正直、配属数日ですでに過労な気もするけどなー)
まぁ、そうは言っても自分で望んだ役職だ。
しばらくは質量兵器や違法製品の密輸事件を担当して、その内にロストロギア事件に関われるようになればと思う。
その先は、まだまだ考えるのは早い。
「あ、どうでも良いけどさぁ、ナカジマさん? もーちょい砕けた口調でも良いぜ? 正直、そこまで丁寧に話されると背中が痒くて」
『ふふ……イオス一尉、私もナカジマでは部隊長との呼び分けがややこしいので、ギンガで良いと申し上げましたよ?』
「い、いや、それは……ちょっと」
陸士108部隊、ミッドチルダ西部一帯を管轄する地上部隊。
表示枠の女性はそこの所属、そしてイオスが何かとミッド地上部隊の中で縁のある部隊である。
一応、部隊の監査を要請される程度には信頼されていると思う。
「ま、まぁ、とにかくあと5分でつくから」
『はい、それでは……』
笑いを噛み殺したような声で通信が切れて、イオスはほっと息を吐く。
そして視線を下に向ければ、そこには明るい青のネクタイが自分の首に締められているのが見える。
以前までのタイとは色が異なるこれは、査察官の役職を示すものだ。
わかりやすく言えば、彼の直接の先輩に当たるヴェロッサと同じ色。
正直、査察官合格の何が嬉しいかと問われれば、あの上司からの解放かもしれない。
いずれにせよ、それはイオスにとっての新しい世界を開くものだ。
現実を、動かす色だ。
常に移り変わり、そして誰かが言ったように……1人だけの物では無い。
誰かと共有する、そう言う現実だ。
「……うっし!」
査察官1年目、気合いを入れて。
イオスは、新たな現実へと駆け出して行った。
最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
いよいよStS編です、主人公ズの10歳時代に比べて遥かに設定が盛られているのでかなり難しそうな気がします。
それでも、何とかまずはプロローグです。
主人公は結局、ミッド地上(おそらく本部)の査察部に配属ですー。
その内に、管理局における査察部の詳細について作中で説明が必要でしょうね。
本当は陸士108部隊に直接配属でも、と思ったのですけど……イオス空隊出身ですしね。
なので108に絡みつつ、六課や他の艦にも関われるよう自由度の高い位置にいてもらうことにしました。
結果、仕事増えましたけど。
それでは、またお会いしましょう。