魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

54 / 88

若干、オリジナル要素が入ります。
苦手な方々はご注意ください。


雌伏編第15話:「そして、時は動き出す」

 

 第46無人世界「イスマイリア」、遺跡も保護自然・動物も存在しない無人の世界である。

 位置的には比較的中心世界にあるが、そんな事情から次元航路からも外されているような世界だ。

 ただ、えてしてこう言う世界こそ違法組織の温床と化していることもあり……。

 

 

「……で、まさにその通りになってたわけか」

 

 

 ぽつりと呟いて、イオスは渓谷に挟まれた極めて狭い場所に建てられた建造物を見上げる。

 石造りのその建造物はどこか神殿のようにも見えるが、それがこの世界に元々あったものなのか、それちとも誰かがそこに建てたのかはわからない。

 ただ以前どのような外観だったにせよ、今では大した意味を持っていない。

 

 

「ティティア二尉、お待たせ致しましたか?」

「んー、いや、別に待ってるわけじゃねぇよ。見てるのが俺の仕事みたいなもんだし」

「そうですか、それは良かったです」

「いや、良くはねぇだろ」

「ならばそう言ってください、ややこしい」

 

 

 真顔でそんなことを言う相手を、イオスは半眼になって見やった。

 すでに1年近く共に仕事をしているのだが、どうも時間が経つにつれて次元航行艦『テレジア』の人間の自分への態度が悪くなっていくような気がする。

 普通は逆だろうと思うが、ハロルドの部下ならそんなものかと諦めることにしているイオスだった。

 

 

「こちらへ。安全確認は終了しましたので、ご案内致します」

「ん、悪いな」

「いえ、仕事ですので。査定のためです」

「それって、見習いとはいえ査察官に言って良いのか……?」

 

 

 神殿にも遺跡にも見える建造物の中でイオスを案内するのは、イオスが現在乗り込んでいる『テレジア』と言う艦の副官的存在だった。

 名前と階級はエミリア・シュラフタ空曹長、鋭い形の黒縁眼鏡が特徴的な20代前半の女性だ。

 ミッドチルダ近郊の次元世界の少数民族出身の女性とかで、横髪は短く後ろ髪だけが背中に垂れる独特の髪型は民族の特徴なのだとか。

 

 

 そんな同僚に連れられて、イオスは施設の内部の様子を見て回る。

 『テレジア』常駐の武装隊と観測班の人員が調査の作業を進める中、奥へと進む。

 時折、立ち止まって武装隊や観測班の様子を見るのは、艦常駐の査察官としての仕事だ。

 法律に違反する作業をしていないか、見ているわけである。

 

 

(まぁ、好かれる役職じゃねーよなー)

 

 

 査察官は待遇と権限の広さに比べてなり手が少ない、味方から疫病神扱いされる役職だからだ。

 管理局では執務官に比肩する程の地位にあるものの、しかし評価は正反対。

 イオスがなろうとしているのは、そう言う役職だった。

 ただ、査察官が常駐している部隊や艦はそれだけで対外的な信頼度が上がると言うメリットもあるのだが……。

 

 

「イオスさん、シュラフタさんが呼んでるみたいっスよ」

「ああ、サンキュな。怪我しないように作業してくれよ、皆もな」

「「「了解です」」」

 

 

 まぁ、それでも1年も一緒に仕事していればそれなりに関係も築ける。

 そこは、『アースラ』とはまるで違う環境ではあるが……。

 イオスは作業員達をもう一度見回して、奥の方から聞こえるエミリアの声を追ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「当初の予測通り、この施設は大規模な火災に見舞われた物と観測班は言っています」

「事故か?」

「いえ、観測班は別の見解を有力な候補として挙げています」

 

 

 今イオスが歩いている通路もそうだが、外観まで含めて壁は黒く焦げていて、火災の激しさを物語っている。

 現場保存の魔法がかかっているからこそ歩けるのであって、何もせずに大勢で押し掛ければそれだけでどこかが崩れてしまうのではないかと思えるほどだった。

 事実、石以外の素材でできている部屋等は太い木材の柱を遺して崩れてしまっている。

 

 

「て、言うと?」

「残留している火災の痕跡からは魔力素が検出されました」

「つまり、魔法による放火か」

「はい。ただ、観測班が言うには焼ける前に何者かに破壊された痕があるとか。詳細は後ほどリンスフォード艦長にお届け致しますので、ご一緒に確認をお願い致します」

「放火に、破壊、ね」

 

 

 管理局に登録されていない謎の施設、これだけ焼けてしまってはデータ類の吸い上げも難しいだろう。

 とはいえ違法施設であることは確かだ、周辺に火災から逃れた次元犯罪者がいるかもしれない。

 まぁ、それは『テレジア』の武装隊の仕事であって、イオスの仕事は『テレジア』の面々が仕事をこなす際に法に抵触することをしていないかを確認することだ。

 

 

「そして、お見せしたかったのはこの部屋です」

「ん……ここは燃えてないのか」

 

 

 やがて、一番奥ばった位置にある部屋についた。

 ただそこは、部屋と言うよりは……白い壁に覆われた、無意味な清潔感に溢れたその部屋は、床に何らかの機材が散乱していること以外はそのままのその部屋は、何かの研究室のようだった。

 火災の影響が無いのは、何らかの術式が仕込まれているためか。

 

 

「で、この部屋がどうした?」

「少々お待ちください、責任者を呼びます。……エイダ! エイダ・リー!!」

「あ、はーいっ、ここにいますよって!」

 

 

 エミリアの声に応えて、壁や床に散乱した機材の記録を取っていた人間の中の1人が身を起こした。

 大きめの男性用金縁眼鏡をかけた金髪の女性で、クルクルした髪先が頬を擽るようなボブショートの髪型だ。

 身長150センチと小柄な少女のような姿をしているが、これでも28歳、妙齢の女性である。

 彼女はゆったりとした動作でイオスとエミリアに敬礼すると、指示棒のような物を片手に部屋を示して。

 

 

「えー、観測班班長のエイダ・リー空曹でありますよって。ご覧の通り、この部屋だけは火災の影響を免れていますよって」

「理由は?」

「天井、壁、床、いずれも耐熱術式の組まれた特別な物ですよって。この室内においては、炎熱系統の魔法は行使できたとしても効果が著しく減退されると考えられますよって」

「炎熱系限定の防護環境か……何のためにそんなことを?」

 

 

 奇妙な語尾は方言の名残らしい、次元世界共通語であるミッド語は辺境世界出身の彼女には難解であると見える。

 まぁ、イオスもこの1年でそれには慣れているので特には気にしないが。

 彼女が指示棒のような物を振ると、それを察した観測班の男性局員が何かを持ってきた。

 

 

「それはまだ調査中ですよって。ただ、特に対炎熱措置が施されてるのは、このケージみたいですよって」

「ケージ?」

 

 

 局員が持ってきたのは、確かにケージだった。

 ハムスターでも入れるようなケージに見えるが、これはそうでは無いと一目でわかる。

 鉄製で、対炎熱魔法の術式の紋様が刻まれていて、しかも中に手枷と足枷のような部品が組み込まれていれば嫌でもわかるだろう。

 

 

 これが人間大のサイズであれば、確実に「牢獄」とか「監禁部屋」とか名前がつくに違いない。

 そのケージは、そう言う物だった。

 ただ、どうやら手枷・足枷の部分が壊されているようだが……。

 

 

「……妖精でも捕まえてたのか?」

「ティティア二尉、頭は大丈夫ですか?」

「……」

 

 

 イオスはこの程度ではキレない、何故なら彼には『アースラ』と言う経験があるからだ。

 あの艦の人間は、もっとこう、抉りこむ様なツッコミを入れて来た物だ。

 

 

「まぁ、でも確かに妖精サイズですよって。普通、こんなサイズの拘束具は必要無いですよって……まぁ、調査を進めればまた何かわかるかもしれないですよって」

 

 

 実際、ケージの拘束具は妖精か、人形のためのサイズにしか見えない。

 まさか人間を魔法で縮めて捕らえたわけでもあるまい、手枷足枷と言う組み合わせから、極小サイズの魔法生物とも思えない……そう、身長にして30センチくらいだろうか。

 

 

(アレだ、何と言うか、アイツ……リイン、リインフォース・ツヴァイが調度良さそうな……いや、待てよ)

 

 

 そこで、イオスは思考を止めた。

 別にリインをこの中に閉じ込めたいとかそう言う危険なことを考えたわけでは無く、ただ、もし本当にリインフォース・ツヴァイの「ような」存在を閉じ込めていたのだとすれば?

 ただ、それは……。

 

 

「……無いよな」

「何がでしょうか? ティティア二尉の昇進の機会でしょうか?」

「……そろそろキレて良いか?」

「申し訳ありません。艦長からの命令なので……これも仕事の内、査定のためです」

「ってそれ、艦長(ハロルド)のせいかよ!?」

 

 

 ――――まさか、な。

 その可能性を、この段階ではイオスは排除した。

 古代ベルカのユニゾンデバイスは、『闇の書』『夜天の書』以外は確認されていない。

 少なくとも記録には存在しないし、それがまさかこんな所にあるわけがない。

 現在では、それこそリインフォース・ツヴァイくらいだ。

 

 

 この段階では、彼はそう考えた。

 調査不足、情報不足もあって、彼がそう判断したのはやむを得ない所だが。

 ……後に、彼はこの判断の是非を身をもって知ることになる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 はぁ、と息を吐けば、目の前のガラスに白い吐息の痕が広がるのが見える。

 それだけの温度差がある証拠であり……いや、そもそもガラスの向こう側は一面の銀世界なのだ。

 白銀の輝き、空気すらも凍結してしまっているかのような空間だ。

 

 

「リインフォース……」

 

 

 時空管理局本局第六技術部には、本局内に4つの部屋が与えられている。

 デバイス・ルームとデスク・ルーム、会議室兼資料室、そして封印ルームの4つである。

 最後の1つ、封印ルームこそが、ある意味で第六技術部の全てであると言っても良い。

 

 

 その封印ルームの、三重に重ねられた分厚いガラスの向こう側を、陸士の制服を纏った少女が見つめている。

 赤と黄の髪留めはそのままに、憂い気な表情を浮かべたはやてはガラスの面に手を添える。

 彼女の目の前には、氷の世界が広がっている。

 家族が眠る氷の世界、その中心は――――茶色い装丁の、一冊の本である。

 

 

「……うん、大丈夫。諦めへんよ……競争、やからね」

 

 

 こつん、と額をガラスの壁につけて呟くのは、誰に聞こえるでもない独り言。

 会話をするのは、自分の中にいる相手だ。

 諦めない、そう決意し続けるためだけに行われる行為だ。

 正直に言って、自分でも女々しいとは思う。

 

 

(第六技術部の発足から、7年と少し……)

 

 

 その成果は、リインフォース・ツヴァイと言う形で表れている。

 しかし逆に言えばそれ以外の成果は無いに等しく、いつまで存続できるかわからないのが現実だった。

 第六技術部がそれでも存続できているのは、長であるギル・グレアムが身体を張って上層部から守ってくれているからに他ならない。

 元々、グレアムの隠居先として用意された側面もある。

 

 

 古代ベルカ式ユニゾンデバイスの基礎構造についてもっと詳細な情報があれば、事情も変わってくるのだが。

 しかしそれは、言ってしまえば無い物ねだりに過ぎない。

 無い袖は触れない、求めても意味は無い、現実は動かない。

 

 

「……じゃあ、また来るわ。それまで、良い夢見ててな……」

 

 

 リインフォース、ともう一度呟いて、はやては踵を返した。

 そして封印ルームから出ると、ロック式の自動扉――ここには、はやてを含めて数人しか入れない――から出た所で、小さな影がはやてに飛びついて来た。

 

 

「わっ、もう、リイン? ビックリしてまうやろー?」

「ごめんなさいです、はやてちゃん!」

 

 

 飛びついて来たのは、30センチ前後の妖精サイズの女の子だ。

 リインフォース・ツヴァイ、八神家の可愛らしい末っ子にして、最新型のユニゾンデバイスだ。

 その青い髪を指先で撫でながら、はやては小首を傾げて微笑んだ。

 

 

「それで、そんなに慌ててどうしたんや?」

「はいです、はやてちゃん宛てにメッセージが届いたですぅ」

「メッセージ? 何か緊急の仕事?」

「違うです、聖王教会の騎士カリムからですぅ」

 

 

 騎士カリム……カリム・グラシアからの連絡。

 その言葉に、はやてはやはり首を傾げることで応じるのだった。

 なお、リインもはやての真似をして可愛らしく首を傾げていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その時、本局内ではクロノ・ハラオウンが提督服をきっちりと着込んだ姿で歩いていた。

 たった今『アースラ』での長期任務を終えた所で、オーバーホールに入った艦から降りて本局の執務室に向かっている所だった。

 既婚者であるにも関わらず周囲の若い女性局員の視線を集めるのは、結婚しても変わらない遊び慣れていない雰囲気とルックス、そして若き提督と言う社会的地位がそうさせるのであろうか。

 

 

「やっ、クロノ君」

「ロッサ! どうしたんだこんな所で!」

 

 

 別に周囲の視線に気付いたわけではないだろうが、彼が立ち止まって襟元を直した時、友人が片手を上げながら通路の向こう側からやってきた。

 その時にふと浮かべた笑みで広い通路の隅にいる女性局員が黄色い声を上げたりするわけだが、クロノ自身は特に気付いた様子は無い。

 そして気付いている友人、ヴェロッサは苦笑を浮かべてクロノに近寄ると。

 

 

「相変わらずだね、クロノ君」

「……? 何がだ?」

「いや、別に大したことじゃないさ」

 

 

 ちなみに、若くして査察官として名を馳せているヴェロッサも、クロノ程では無いにしても女性の視線は受けている。

 ただ彼は流石に「人」に対する仕事をしているだけあって、その視線を十分に理解していた。

 まぁ、応じるかどうかはまた別問題だが。

 

 

「それでどうだい? 奥さまとの新婚生活は?」

「見ての通りだよ、次元航行艦勤務では碌に家に帰れない」

「おやおや……子供にちゃんと父親だと認識されてるかい?」

「ぐ……だ、大丈夫だ、たぶん」

 

 

 苦々しい顔を浮かべるクロノ、その横を歩きながらヴェロッサは苦笑する。

 クロノはすでにエイミィと正式に結婚し、しかもその年の内に2人の子供に恵まれている。

 ヴェロッサはまだ会ったことは無いが、男の子と女の子の双子だそうだ。

 狙ってできるものでは無いので、その意味ではクロノはなかなか運が良いと言えるのかもしれない。

 ちなみに、彼の妻であるエイミィは現在育児休暇中である。

 

 

「いや、イオス君じゃないけど……妊娠がわかって慌てて籍を入れるハメになるなんてね。結婚式、まだやらないのかい?」

「う、うるさいな……皆の休暇が合わないんだ」

「……妙な所で、クロノ君って無計画だよね」

 

 

 おそらく、クロノの友人達の休暇が合うのを待っていたら結婚式など永遠にできないのではないだろうか。

 そう思うヴェロッサだが、そこはあえて突っ込まないことにした。

 

 

「ま、でも別に子供が出来ちゃったから仕方無く結婚したわけじゃないんだろう?」

「当然だ」

「それはそれは……」

 

 

 口笛を吹きつつ肩を竦めて見せるヴェロッサに、クロノはジト目を向ける。

 この友人は、そんなことを言うためにわざわざ来たのだろうか?

 

 

「いやいや、まさか。今日はちゃんとした仕事だよ」

「仕事? 僕にか?」

「まぁね、カリムからのお使いさ」

「……騎士カリムの?」

 

 

 そう言って困惑したように片眉を上げるクロノに、ヴェロッサはいつもの笑みを浮かべて頷いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ミッドチルダ西部にある公園墓地(メモリアルパーク)に、なのはとユーノはいた。

 空隊と司書の制服をそれぞれに着た2人は、その2人の間に座り込むようにして白の御影石に花束を添えた金髪の女性の後ろ姿を見つめていた。

 

 

「……ごめんね。最近、来れなくて」

 

 

 「Precia Testarossa」と名の刻まれた御影石を撫でる手は、眠る相手と永遠に別たれた時に比べてずっと大きくなっている。

 金の髪と赤の瞳はそのままでも、その身は数年の時を経て成長している。

 執務官としての経歴も着実に重ねながら、彼女は変わる、変わってきた。

 

 

 見ているだろうか、見ていてくれているだろうかと、フェイトは思う。

 貴女は私を嫌っていたかもしれないけれど、それでも感謝の気持ちを抱くのは娘だからだろうか。

 だってあの人は、成長する、変化する身体をくれたのだから。

 そう思うのは、都合の良い空想だろうか。

 

 

「フェイト、もう良いのかい?」

「……ん、大丈夫だよ、アルフ」

 

 

 御影石の傍らに座る子犬フォームのアルフの頭を一撫でして、フェイトは立ち上がった。

 見下ろす白の墓石は、最初に見た時に比べて随分と低く見える。

 身長が伸び、視点が変わったためだ。

 そんな所でも自身の成長を感じて、フェイトはクスリと微笑した。

 

 

「ごめんね2人とも、付き合わせちゃって」

「うーん、私もプレシアさんに会いたかったし、良いんじゃないかな。ね、ユーノ君?」

「そうだね、だから別に「ごめんね」はいらないと思うよ?」

 

 

 ……微笑を苦笑に変えて、フェイトは小首を傾げるようにした。

 首元が擽ったくなったかのような感覚に、照れくさくなったようだった。

 

 

「それで、この後はどうする? ちょっとお茶でもして行こうか?」

「あ、ごめん……僕、ちょっと仕事が」

「えぇ~」

「あはは、ごめん、なのは」

 

 

 幼馴染の2人の会話を聞きながら、フェイトはまた笑う。

 優しい友人に囲まれて、幸福な気持ちになる。

 その気持ちのまま振り向いて、フェイトはもう一度白の御影石を視界に入れる。

 そして、想う。

 

 

 見ていて、と、そして、待っていて、とも。

 自分はいつか「テスタロッサ」の名を、ロストロギア事件では無くもっと優しいものの名前にしてみせるから、と。

 そして……いつの日か。

 虚空の彼方へと失われた姉の身体を見つけて、同じ場所で眠らせてみせるから、と。

 

 

(それと……私の家族に、いつか会ってあげてください。母さん)

 

 

 そして、後は振り向かずに歩いた。

 前へ、友達の背中を追いかけるように。

 

 

「あ、そうだフェイトちゃん。エリオ君元気?」

「うん、元気だよ。写真見る? あ、この間、キャロのも撮ったんだけど……」

「フェイトってば、『バルディッシュ』の中に専用のフォルダ作ってるんだよ?」

「あはは、フェイトらしいね」

 

 

 前へ。

 次へ。

 生きている限り、力の限り。

 現実を、進んで行く。

 ――――皆と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……ああ、こっちは順調だよ。何を基準に順調かは微妙だけど」

 

 

 第46無人世界「イスマイリア」に停泊している『テレジア』の艦内で、イオスは表示枠を前に何事かを話していた。

 口調は親しみと義務の中間くらいで、表情もそのくらいだった。

 通信相手の声は少し掠れているが、それでも幾分か喜色を浮かべているように聞こえる。

 

 

「うん、うん……それじゃ……元気で」

 

 

 通信の時間は極めて短い、5分あるか無いかだ。

 距離と通信の具合からして、それよりも短いかもしれない。

 ただ、それでも繋がっていたそれに……イオスは目を細めた。

 

 

「おや、もう終わりかい?」

「聞いてたのかよ、趣味悪ぃな。5分って決まりなんだよ」

「それはすまなかったね、ボクも聞くつもりは無かったんだけど」

 

 

 通路を歩いてやってくるのは、萌黄色の髪の女艦長だった。

 黒縁の丸眼鏡を指先で上げつつ、学生時代と変わらない笑みを浮かべながらイオスの横に並ぶ。

 通路の窓の外には、無限とも思える夜の空間が広がっている。

 

 

「ボクの部隊はどうだった? 専属査察官殿」

「まだ査察官補だっつの。まぁ、この艦の連中の仕事ぶりはなかなかだと思うよ。つっても、まだ艦には2つしか乗ったことねぇけどな」

「それは重畳」

 

 

 自分の艦の部下を褒められて嬉しいのか、ハロルドは上機嫌に顎を上げた。

 彼女はこの艦の艦長として働き始めて3年だ、傍に置いているスタッフの半数以上は局員生活の中で自分で集めた人間達だし、武装隊のメンバーとも気心が知れて久しい。

 有体に言えば、ハロルドは『テレジア』とそのスタッフを愛していた。

 

 

 そしてイオスにとっても、『テレジア』は『アースラ』と比べても遜色ない程に居心地のいい場所になりつつあった。

 それは『アースラ』のようなアットホームなものとはまた違う、もっとビジネスライクな関係かもしれないが。

 ある意味、それはイオスに必要な経験を与えているとも言えた。

 

 

「……お母君は、元気かな?」

「リンディさんは元気だろうよ。で、もう1人は……まぁ、さっきの通りさ」

 

 

 先程の通信の相手は、エル・ベスレムの実母だった。

 この1年間でやや病状が安定し、イオスの仕事柄も考慮されて、週に5分と言う短い時間ではあるが通信が許可されたのだ。

 そして、先程の通信が週に1度の5分の通信だったわけである。

 これもまた、変化の一つであると言える。

 

 

 変化、そう、変化だ。

 かつて誰かが言った、現実はお前だけの物では無いと。

 ならば、この「皆の現実」とやらにも変化が訪れるのだろうか。

 何かを変え得る程の変化が訪れた時、はたして――――。

 

 

「ところでハロルド。スタッフの女子が皆して眼鏡なのは、お前の趣味か?」

「失礼なことを言わないでくれるかな。これはアレだよ、皆の連帯感を高めるために必要なことなんだよ」

「もう、いろいろ台無しだよお前……」

 

 

 ――――はたして、どんな現実が彼らの前に現れるのか?

 それは、時が進んでみないとわからない……。

 時間が、2年と言う時間を経なければわからないことだった。

 

 

 

 

 ……全てが上手くいったわけでは無い、全員が幸福になれたわけでは無い。

 しかし彼らは可能な限りのものを救い、助けて……「こんなはずじゃない現実」と、戦い続けている。

 願いは異なる、世界も異なる、しかし想いは同じだと信じて「正義」を行う者達。

 

 

 ――――彼らの名を、「時空管理局」と言う。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 第一世界ミッドチルダ北部、ベルカ自治領。

 現在まで残る唯一のベルカの領土、聖王教会の総本山、その一室で、八神はやてとクロノ・ハラオウンはシスターシャッハの淹れてくれた紅茶を口にしていた。

 上等な茶葉を使用したそれは、相変わらずの温かな味を2人に与えてくれる……。

 

 

「……それで、騎士カリム。僕ら2人にご用向きとは?」

「まぁまぁ、クロノ提督。まずはお茶を楽しみましょう?」

「いやあの、何の用か言ってくれないと、私達ちょっとソワソワしてしまうんですけど……」

 

 

 白いテーブルクロスのかかった丸テーブルを3人で使って、紅茶をクッキーを前に困った顔をするはやて。

 実際、目の前にいる金髪の女性……カリムが何の用で自分達を呼んだのかがわからないと困惑を続けることになるので、はやてとしてはまず用件を話して欲しい所だった。

 

 

 カリムはそれでも優雅な笑みを絶やさずにお茶を楽しむ余裕があるようだったが、傍らに立つシャッハが何事かを耳打つと、困ったように眉根を寄せて頷いた。

 それから、自分を見つめる男女の視線に応じる形で目を閉じる。

 そして次の瞬間、クロノとはやては息を飲んだ。

 

 

「騎士カリム、それは……」

 

 

 クロノが軽く呻くように言うのは、目の前の光景が意味する所を知っているからだろう。

 それは、金色に輝くカードの円環(サークル)

 カリムの周囲の空気が重くなり、心なしか視界もやや暗くなっているように思える。

 そしてそれは、良く見ればカードでは無く……羊皮紙のようにも見えた。

 

 

 ――――『預言』だ。

 

 

 予知でも予言でも無い、あくまでも予測と検討に基づく『預言』。

 それはカリム・グラシアの力の代名詞であり、彼女以外には保有しえない能力だ。

 ただ一つ言えるのは、黄金に煌めく羊皮紙に囲まれて座す金の髪の女性の姿はまるで。

 神話の預言者のように見えた。

 

 

「――――『預言』が」

 

 

 そしてまさに、その預言者として彼女は告げるのだ。

 金の輝きの向こうで、光を受けた瞳が怪しげに揺れる。

 

 

「『預言』が、変わりました」

 

 

 その言葉に、はやてとクロノが息を飲む。

 預言の変化、それが意味する所は……ただ一つ。

 未来における現実の、変化だ。

 

 

 はやては想う、そう遠くない未来のことだ。

 はたして自分は、間に合うだろうかと。

 ……ありとあらゆる、全てに。

 時間の経過だけが、その答えを知っている。

 そして、時は過ぎて行く――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――時は過ぎる。

 2年と言う月日は、現実を動かすには十分な時間だ。

 それは例えば、4人の人間を育てるには十分な時間だった。

 彼ら彼女らが現実の舞台に立つには――――十分だ。

 

 

「Bランク試験、頑張るぞ……っと! よっ、ほっ……良し、準備運動オッケー!」

 

 

 ――――例えば、不屈の拳を持つ少女。

 

 

「あんまり熱入れ過ぎると、試験中にローラー壊れるわよ?」

 

 

 ――――例えば、撃ち抜く力を欲する少女。

 

 

「えーっと、ミッド西部21区の……市民窓口センターは。あそこかっ!」

 

 

 ――――例えば、雷光の騎士の才持つ少年。

 

 

「……行こう、フリード。転送の時間に遅れちゃうっ」

「キュクルーッ」

 

 

 ――――例えば、竜に愛されし巫女の少女。

 

 

 彼ら彼女らは、今後自分の前に現れる現実に、どんな想いを抱くだろうか。

 それがわかるのは、もう少し後の話になるが……。

 ただ、現実と言うものは、いずれ必ず訪れるものだ。

 

 

 しかしそれは、何かを変化させる。

 その変化に何を想うのか、戦うのか逃げるのかは、個人の自由だ。

 その時、彼ら彼女らがどちらを選ぶのか。

 それは、まだわからない――――。

 

 





最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
入れたかったのは冒頭のシーンです、ただどこの世界にそれがあるのかまでわからなかったので……そこは、ちょっとオリジナルになりました。
時期的に、この時期のイベントらしいので。

で、基本的に他はエピローグで、2年後に話が飛ぶことになります。
この2年間については、明日ちょっと実験的に作ってみた作品を載せて替えとします。
自分で作ってみても効果がわかりませんが、しかしもったいないので載せます。

そして来週の火曜日の投稿から、ようやくStS編です。
さて、何を変えましょうか……今から頭を悩ませる日々が続きそうです。
では、またお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。