魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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雌伏編第13話:「査察官見習いの一日」

 

 新暦71年4月15日、その日、次元航行艦『アースラ』は第162観測指定世界において古代遺物(ロストロギア)移送任務に就いていた。

 特別捜査官、管理局執務官、戦技教導官と言う豪華な前線メンバーを揃えたこの任務は、ある意味では「ハラオウン組」の同窓会的な性格をも備えていた。

 まぁ、そうは言っても全員が全員そう言うわけではないことも確かであって……。

 

 

「ヴェロッサ!」

「やぁクロノ君、先の調査行以来だね」

 

 

 その内の2人、『アースラ』艦長クロノ・ハラオウンと本局査察官ヴェロッサ・アコースは、艦内の応接室で対面していた。

 艦長と査察官、本来はあまり仲良く無く、また仲良くすべきではない役職同士の両名だが、見る限りにおいては随分と仲が良く見える。

 と言うのも、彼らの共通の知人である2人の女性の存在が大きい。

 

 

 1人はカリム・グラシア、ファミリーネームは異なるがヴェロッサの義姉であり、すなわち彼は聖王教会の関係者であるながら管理局にも籍を置いている人間なのである。

 彼らがかつてカリム経由で出会ったのは、もう1人の女性、八神はやての研究――古代ベルカのユニゾンデバイスの――の都合のためだった。

 それはヴェロッサの能力に拠る所が大なのだが、それについてはこの場では述べない。

 

 

「今日はどうした、義姉君の手伝いか?」

「うん、義姉(カリム)がキミやはやてのことを心配してるってのもあるんだけど……他にもいろいろね」

 

 

 彼は現在、『アースラ』前線メンバーの3人……なのは・フェイト・はやてが第162観測指定世界から持ち帰ったロストロギアの本局移送の護衛の立場で来ている。

 まぁ、本来はもう一つ運ぶ予定だったのだが……ある事情で、同世界上で爆発・消滅してしまった。

 例のAMF装備の機械兵器も多数出現したとの報告も上がっていて、背後関係がどうにもキナ臭いのだが……。

 

 

「他と言うと……ああ」

 

 

 得心がいったとばかりに頷いて、クロノは笑った。

 それから、どこか仕事とは別の表情を浮かべて。

 

 

「アイツは……イオスはどうだ? ちゃんとやれてるか?」

「うーん、そうだねぇ……」

 

 

 1年前に別の道を行くことになった幼馴染の現在の様子を訪ねると、ヴェロッサは指先で形の良い顎を撫でた。

 そして、にこやかな笑顔を浮かべて頷く。

 

 

「うん、すごく助かってるよ。いや、クロノ君が紹介してくれただけあって優秀だね、努力家だし」

 

 

 幼馴染を褒められてこそばゆくはあるが、しかしクロノはジトっとした目をヴェロッサに向けた。

 ヴェロッサは非常にやり手の査察官なのだが、一つだけ問題があった。

 それは……。

 

 

「ヴェロッサ、キミ……また、サボったな?」

「さぁ、何のことかな?」

 

 

 空とぼけるヴェロッサに、クロノは呆れたような視線を向ける。

 しかし当のヴェロッサは相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべていて、何も悪い事などしていませんよ、とでもアピールしているようだった。

 しかし、クロノは知っている。

 

 

 やり手の査察官で通っているヴェロッサだが、その実勤務態度に遅刻やサボりが目立つ男でもあった。

 適当で、面倒くさがり。

 それが一種のポーズだと知っているクロノはともかくとして、第三者から見るととても優秀な査察官には見えない。

 さて、彼の幼馴染はそのあたりについてきちんと認識しているのだろうか?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「くっそ、あのアホ上司――――ッ!!」

 

 

 時空管理局本局第六技術部、ギル・グレアム一佐が長を務めるその部署の一室に、青年の雄叫びが響いていた。

 無数の表示枠に囲まれている中での青年の叫びを聞いていたのは、猫の耳と尻尾を持つ姉妹だった。

 その片割れがデスク・ルームの椅子を回転させて、水色の髪の青年を呆れたように見やる。

 

 

「イオスー? 何か煮詰まってる感じー?」

「まさに良い感じだ、お師匠!」

「……何がさ」

 

 

 『闇の書』事件当時とまったく変わらない容姿のリーゼロッテは、弟子の言葉に生温かい視線を向ける。

 彼女の隣の姉妹は椅子を回すことも視線を向けることも無く、自分の仕事を続けながらつまらなそうに言葉を紡ぐ。

 

 

「放っておけロッテ、どうせまたアコース君がイオスに事務処理を任せて出ちゃったんでしょ」

「流石だぜお師匠、その通りだ畜生! あっ、今の「畜生」はお師匠達に向けたもんじゃないんで! ……つーか、陸士133部隊の監査なんて行ったことねーよ!」

「……みたいだねぇ」

 

 

 苦笑して、ロッテは椅子を元の位置に戻す。

 この1年、イオスが査察官見習いとして忙殺される姿は何度も見ている。

 何しろ彼の今の直接の上司であるヴェロッサの方針は、「実地で慣らす」と言う物だ。

 イオスが早く一人前になれるようにと思ってのことかは知らないが、重要な物以外はイオスが自分で考えて裁量できるようにして、最終的な判断は自分がしつつ仕事を任せているようだ。

 

 

 ちなみに何故イオスがここ第六技術部で査察官としての仕事をしているかと言うと、彼のデバイスである『テミス』と『カテナ』のメンテナンスが第六技術部主任であるマリーの手で行われているからである。

 普通なら休みつつ待つだろうが、外でも仕事をしないと間に合わないらしい。

 ちなみにどうでも良い情報だが、彼はリーゼ姉妹を呼ぶ際クロノと違い、どちらも「お師匠」と呼ぶ。

 

 

「アコース君も凄く優秀な人材なんだけどねー」

「摘発した不正は星の数、なんて言われてるくらいだからね。まぁ、良くサボってるみたいだけど」

「優秀な部下が出来て嬉しいって言ってたよねぇ」

「そうね、その部下は死にかけてるけど」

 

 

 何やら叫びながら表示枠と格闘している弟子を見て、リーゼ姉妹が2人して苦笑する。

 実際、ヴェロッサ・アコースは優秀な人材だ。

 聖王教会内での立場については詳しくないが、はやてを通じてこの第六技術部との結び付きも強い。

 第六技術部の監査もヴェロッサが担当だし、やや特殊ではある物の戦闘技能もある。

 ……まぁ、サボり癖だけが玉に瑕だが、それはそれで理由があるので何とも言えない。

 

 

「あぁ、ところでお師匠ー」

「何?」

「アイツ……どんな感じ?」

「ああ……」

 

 

 イオスの言う「アイツ」が誰かがわかるので、リーゼアリアは仕事の手を止めて嘆息した。

 

 

「はやての頑張りで、ここ数年で大分進んだよ。でも、やっぱり本場の古代ベルカのユニゾンデバイスが無いと基礎フレーム構造の再生は難しい」

 

 

 「アイツ」……リインフォースの目覚めの研究に関する芳しくない言葉に、イオスは表向き無関心を装っていた。

 ただその胸の内では、今でもあの時の熱が残っている。

 リインフォースには目覚めて貰わないと困る、何故ならば。

 償わせるべきものが、残っているのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 リーゼ姉妹から見たイオスの現状は、良く言って「峠は越えた」状態と言えた。

 以前は仲間殺しだの護衛対象への暴行だの、様々な噂がイオスの昇進・異動におけるマイナス要因となって彼の足を引っ張ってきた。

 しかしそれも数年経って、ようやく収まって来た。

 

 

 その事情をリーゼ姉妹はレティ経由で聞いてはいるが、イオスには伝えていない。

 しかしイオスが査察部の末席に座すことが出来たこと自体がその証左であって、また彼を受け入れることを判断したヴェロッサの尽力と言うことにもなるのだろう。

 まぁ、そのヴェロッサ本人も昨年イオスと出会った時に「握手」するまではどうするか決めていなかったらしいが。

 

 

「ま、元より伸び代の少ない子ではあったけどね」

「その意味では、クロノの方が出世するのは当然だよね。何しろ、あの子は天井知らずな所あるからさ」

 

 

 クロノとイオス、タイプの異なる2人の弟子。

 クロノは不器用ではあったが愚直で、その分だけ鍛えれば伸びる所があった。

 逆にイオスは器用ではあったし、『流水』と言う才能もあった。

 しかしそれ主体になってしまうので技量の伸び代が少なく、最終的にはクロノに及ばない所があった。

 

 

「まぁでも、イオスが『アースラ』を降りるって決めた時は驚いたかな。イオスはそのままクロノ達とくっついて行くもんだと思ってたから」

「確かに。まぁ、それこそ……」

 

 

 2人の猫の姉妹は、チラリと表示枠に殺されそうになっている愛弟子の姿を顧みて。

 

 

「……私達の知らない、イオスの伸び代と言うこと?」

「かも、しれないね」

 

 

 くくっ、と喉の奥で笑うロッテに、アリアも形の良い唇を歪めて笑みを浮かべる。

 だが、それは楽しい想像だった。

 自分達の愛弟子が、自分達が想定していないような成長を見せてくれるかもしれない。

 そんな想像は、師として非常に楽しいものだった。

 

 

「失礼します」

「イオスー、いるかい?」

 

 

 その時、デスク・ルームの扉が開いて金髪の青年と赤毛の少女がやってきた。

 ユーノとアルフだ、彼らは無限書庫で調べ物をした後にここに来たのだ。

 そしてその姿を見て、アリアが「そう言えば」と思い出す。

 

 

 確か、今クロノが向かっている第162観測指定世界での任務は一種の同窓会の性格を持っているのだった。

 なので、本局で仕事をしなければならなかったユーノとアルフはここから直接『アースラ』に向かうことになっている。

 この時間なら、『アースラ』は任務を終えて本局との直通転送ポイントに到達しているはずだ。

 

 

「あ、イオスさん。どうですか、仕事終わりそうですか?」

「悪い! 先行っといてくれ!」

「えぇー、アンタ、フェイトを残念がらせる気かい! 久しぶりに会えるって喜んでたのにさ」

「俺のせいじゃねぇっつの!」

 

 

 そんなイオス達の姿を見て、リーゼ姉妹は顔を見合わせて笑う。

 彼女らの弟子は、今日も平常運転だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「え~、イオスさん来れへんの?」

「うーん、後から来るとは行ってたけど……どうかなぁ?」

 

 

 『アースラ』のレクリエーションルームに、はやての残念そうな声が響く。

 そんな彼女の声を受けるのは『アースラ』に転送されて来たばかりのユーノ――アルフは到着次第フェイトに抱きつきに行った――であり、彼は困ったような顔で頬を掻くばかりだ。

 そんな彼を責めても仕方ない、はやては息を吐いて他の面々の方を向いた。

 

 

「ま、遅れてくるものはしゃーない。私らだけで始めてよか」

「うん。イオスは最近忙しいみたいだから、仕方ないよ」

「イオスさん来れないの? あ、ユーノ君おひさー」

「うん、おひさー、なのは」

 

 

 理解ある態度を示しながらも寂しげな笑みを浮かべる、と言うはやてから見ればある意味で完璧な態度を取るのは、子供形態のアルフをお腹のあたりで抱き締めるフェイトだ。

 最近、事件で保護した子供達の相手をしているからかやけに様になっている。

 はやてとフェイト、そしてユーノと手を合わせて再会を喜んでいるなのはの3人で、今回の第162観測指定世界での任務は達成された。

 

 

 3人が運んだロストロギアは、今頃はクロノ・ヴェロッサの両名が本局へ移送する手筈を整えているだろう。

 今回の任務では対象ロストロギアを狙うAMF装備の機械兵器が出現し、また運ぶはずだった別のロストロギアが爆発・消失してしまうなどのキナ臭いアクシデントもあった。

 しかしそれも、3人の頑張りと仲間の援護でどうにか凌いでいる。

 

 

「まぁまぁ、イオス君のことは置いておいて。せっかくのリンディさんの料理が冷めちゃう前に食べよ!」

「半分はアコース君のだけどね」

 

 

 局員服の上にエプロンを着たエイミィが料理をルームの据付けのテーブルに並べ――スープから七面鳥までの豪華な――そして、調理を担当したリンディが手を拭きながらやってくる。

 しかし彼女の言うように、料理の半分は艦を訪問したヴェロッサの持ち込だ。

 まぁ、本人はいないわけだが。

 

 

(イオスさん、ロッサの所でこき使われてるんやなー)

 

 

 ロッサと言うのはヴェロッサの愛称、彼はカリムの義弟だ。

 細かい家庭の事情ははやても知らないが、特別捜査官の初任務で出会った聖王教会カリムとは、もはや竹馬の友と言っても差し支えない関係だ。

 今もはやての肩で「スパゲッティ食べたいですぅ」と言っている可愛い可愛いリイン誕生の際には、物凄く力になってもらった……その分、はやても様々な協力をカリムに対して行っているが。

 

 

「主、お疲れ様です」

「あー、シグナムも今日はお疲れさん。皆もありがとうな」

「いえいえ、はやてちゃんの補佐は私達の仕事ですから」

 

 

 シグナムに勧められた椅子に座り、シャマルが紙皿によそってくれた料理を受け取る。

 周囲を見渡せばヴィータもザフィーラもいる、この4人の騎士は今でもはやての補佐だ。

 まぁ、昔に比べて仕事を共にすることは減ったが。

 何しろはやてを含めて汎用性が高いので、いろいろな所に駆り出される。

 フェイトやなのはのように、専門の役職や所属部隊を持つ人間とは違うのだ。

 

 

「うーん、でも教導隊も大変だよ? やれる範囲がカッチリ決まってて窮屈に感じる時もあるし」

「執務官は逆に権限は広いけど、担当できる事件の数は限られるし」

「んー……まぁ、浅く広くか深く狭くしか無いんかなぁ。どっちかと言うと人事の領域やし……」

 

 

 適材が適所に配置されるとも限らないし、されたとしても役職と部隊に縛られる。

 もちろん、それは組織として正しいことだとはやては思う。

 しかし、同時に歯がゆく思うこともある。

 

 

 リインフォースの件にしても、そうだ。

 第六技術部は『夜天の書』の再起動を目的に、古代ベルカ式の研究を名目に設立された。

 しかしその活動は順調な部分もあるが、そうでないこともある。

 原因は、他の部署との連携・協力がほぼ不可能だからだ。

 例外は、無限書庫くらいか……あるいは、外部の聖王教会。

 

 

「でも、そのためにはやてちゃんは指揮官研修を受けてるんでしょ?」

「ん~……まぁ、それでもまだ先の話やけどな」

 

 

 なのはの言葉に、はやては曖昧に頷く。

 上級キャリア試験をクリアし、クロノの下で指揮官研修も受けている。

 とは言えすぐに部隊が持てるわけでも無いし、階級的にもまだ先の話だ。

 

 

 頭の中に名簿のリストは出来つつあるし、なのはやフェイトなどの身内には声をかけてもいる。

 リンディやクロノ、レティなどにも根回しはしている……それに、先程名前を上げた聖王教会のカリム。

 元々、カリムからの相談事でもあるし……そしてもちろん、彼にも声をかけている。

 まぁしかし、まだ構想すら固まっていない段階だが……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 第12管理世界、聖王教会中央教堂。

 次元世界に遍く聖王教会、その教堂の一画に表示枠で囲まれた女性がいる。

 その女性、カリム・グラシアは豊かな金髪を片手で流して、先程まで見ていた表示枠を消した。

 

 

「……どうやら、無事に終わったようですね」

「ええ、ロッサはクロノ提督と会えたようだし……ロストロギアの回収も終了。消失した分については調査隊を出すとして、とりあえずは」

 

 

 こぽぽ……と言う静かな音は、ベリーショートの髪のシスターの女性が淹れる紅茶の音だ。

 温められたカップの透明な紅茶が満ち、温かな湯気が立ち上る。

 その女性、シスター・シャッハは己の主人であり幼馴染であるカリムに盆に乗せた紅茶のカップをそっと寄せる。

 カリムがカップを受け取った後は、どこか困ったような顔をしていた。

 

 

「彼もサボり癖さえ無ければ、私も気が楽になるのですが」

「うふふ、あの子はあれで良いのよ」

「騎士カリム? そう言って自分のサボりも見逃してもらおうとか考えていませんよね?」

「…………」

 

 

 それに対しては沈黙を貫いて、カリム……聖王教会の若き女騎士は手の中の紅茶を揺らしながら何事かを考え込む。

 それを見ているシャッハは、静かに息を吐きつつも静かに見守る。

 おそらく、幼馴染の主人はまた先のことを考え始めたのだろうから。

 

 

 彼女は数年前から、八神はやてと言う管理局の魔導騎士に肩入れしている。

 今では友人として関係を築いているわけだが、当初は極めて打算的な関係だった。

 カリムははやてに騎士の称号を与えるよう尽力し、彼女の聖王教会とのパイプの太さをあからさまにして見せることで彼女の出世速度を速めさせた。

 それはもちろん、教会を嫌うミッド地上本部などの敵対勢力をはやてに作ることにもなったが。

 

 

(……騎士カリムが、騎士はやてに肩入れする理由は……)

 

 

 しかし着実にはやては基盤を強化し、「ハラオウン組」と呼ばれる新人の中でも頭一つ抜き出た地位と実績を残しつつある。

 もちろん、はやてもカリムを利用して古代ベルカのデバイスに関する情報を得ている。

 それは聖王教会のロストロギア保全の方針とも対立しない、だからカリムも個人的にはやてに対して前面的な情報の提供を行っている。

 

 

(……おそらくは、『預言』)

 

 

 シャッハにはまだ、カリムは細かい話をしてくれない。

 カリムの性格上、必要になればするだろうが……とにかく、今はまだ必要ないということだろう。

 カリムの力は不安定で、今は言葉で説明できる段階では無いのかもしれない。

 とにかく今は、八神はやてに力をつけさせることが先決、そう判断しているのだろう。

 何のためかはわからないが、おそらくはそれが。

 

 

(世界を守るために、必要なこと……ですね)

 

 

 教会の外に出られないカリムが、それでも世界を守るためにしなければならないこと。

 そして自分は、そんなカリムを守る一枚の盾。

 今の所は、シャッハはそれで良いと思っていた。

 

 

「ロッサは……」

「は?」

 

 

 不意に上がった声に、シャッハは顔を上げる。

 その視線の先にあるのは、1人の義姉の微笑だった。 

 

 

「ロッサは、あの子は、新しいお友達が出来て喜んでいるみたいだもの」

「はぁ……」

 

 

 そんなカリムの言葉に、シャッハはただ頷くことしか出来なかった。

 八神はやてと同時期に出会った少年――今は青年だが――のことを何となく脳裏に思い浮かべながら、自分にとっても弟分に当たる人間が迷惑をかけていなければ良いな、と。

 そんな、儚い夢を見た。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「そう言えば、はやてが新しい部隊を作るって話、知ってる?」

「あー、あれな。何、お師匠達も誘われてんの?」

 

 

 第六技術部デスク・ルームで、リーゼアリアの言葉にイオスは微妙な表情を浮かべる。

 指揮官適正を持ち研修も受けているはやてだ、いずれはどこかの部隊を任せられることになるだろうとは思っていた。

 ただ、それと新しい部隊を一から作ると言うのは別次元の話だ。

 

 

「ううん、私達は第六技術部でお父様と「あの子」を守らないといけないし」

「ふーん……」

 

 

 最後の表示枠をようやく閉じて、イオスは椅子の背もたれに背中を押し付けるように伸びをした。

 苦節数時間、実に長い残業だった。

 とは言え彼は査察官としては見習い、下働きに過ぎない。

 だから苛立ちこそすれ、恨みに思ったりはしない。

 文句は言うが。

 

 

「まぁ、今の所は何とも言えないだろ。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。何にしても何年か先の話だろ」

「まぁねぇ……でも、何だろうね」

 

 

 んー、と難しそうな顔をしながらリーゼロッテが首を傾げる。

 

 

「いったいまた、どうして急に新しい部隊をーなんて言い出したんだか」

「……さぁな」

 

 

 それについては、イオスにもわからない部分だった。

 一応の予測としては、何かしかの実績を残してギル・グレアムの後継者になることだろう。

 つまり、第六技術部の長になることだ。

 ギル・グレアムを通して間接的に古代ベルカ研究を進めるのではなく、自らが管理局内における古代ベルカ研究のトップになることがはやての目標だろう。

 

 

 少なくとも、イオスとリーゼ姉妹はそう思っている。

 実際、はやてが聖王教会との関係を深めているのはそう言う意図も込めてのもののはずだ。

 あるいは今回の部隊創設の話は、そう言う関係で出た話なのかもしれない。

 ただ、いずれにしても。

 

 

「まぁ、私達に言えた義理じゃないけど。心配ではあるね」

「何がだよ?」

「『自分ならもっと上手く出来る』」

 

 

 ロッテの言葉に、イオスは一瞬だけ口を噤む。

 それは、イオス自身にも覚えのあることだったからだ。

 いや、管理局に所属する魔導師の中で「優秀」と謳われたことのある人間なら誰しもが思うことだ。

 海と陸の対立や、解決可能だったはずの事件で出た犠牲者を見てきた人間ならなおさら。

 しがらみだらけの組織の中で、自分ならもっと……と。

 

 

「良く出来る子特有の考え方だ。まぁ、はやてならそのあたりの陥穽に落ち込むことは無い、とは思いたいけれど……」

 

 

 溜息を吐いて、リーゼアリアは押し黙る。

 ロッテも難しい顔をしているが、それ以上は何も言わない。

 自分達には、はやてのやることに対して何かを言う資格が無い。

 はやて本人がどう思っているかはともかく、リーゼ姉妹はそう自分達に課している。

 

 

「はやてを良く見てやって、イオス」

「何か、高町さんのおふくろさんにも似たようなこと言われた気がしたんだが……」

 

 

 実の所、イオスもはやてから「考えておいてほしい」と言われている。

 どんな部隊になるかも不明の段階からの勧誘のため、まだ確かな返答はしていない。

 個人的には、守護騎士達を同じ部隊に所属したくないのだが……。

 基本的には、イオスは後輩に甘い。

 その後輩はイオスより出世しているわけだが、それはこの際関係が無い。

 

 

「……ま、まだ先の話だろ」

 

 

 一応、イオスは査察官での部隊入りを検討されているらしい。

 査察官は特定の部隊に入り、その部隊についてあらゆる視点から監査することができる。

 財務、任務行動、設備、人員待遇、指揮系統……そう言った物が局内の規則に抵触していないかを確認し、部隊における健全性と正当性を保つ役目だ。

 特に独立性の高い部隊では、稀に行われるのだが。

 

 

「あ、いたいた。イオスさん、デバイスの調整終わりましたよー」

「マリーさん! わざわざ持ってきてもらってすみません」

「いえいえ、構いませんよっと」

 

 

 ……ただし、それをやるためには諸々の条件をクリアして一人前の査察官にならないと無理だ。

 イオスの言う通り、まだまだ先の話である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「では、よろしくお願いします」

「はっ、それでは失礼致します!」

 

 

 必要な書類にサインをして、クロノは『アースラ』から厳重封印の上で移送してきたロストロギア『レリック』を本局の遺失物管理部の職員に引き渡した。

 『ジュエルシード』の時のようなセレモニーも無く、引き渡し自体は非常に事務的に終わった。

 何十ものロックがかかった大きめのアタッシュケースのような箱が局員に囲まれて運ばれて行くのを、クロノは息を吐きながら見送った。

 

 

「ふぅ……とりあえず、これで僕達の仕事は終了だな」

「まだ事故現場の検証が残っているけどね」

「そちらは局と教会、それぞれの検証部隊に任せておけば良いさ」

 

 

 共にロストロギアの引き渡しを行ったヴェロッサにそう答えて、クロノは身体から力を抜いた。

 場所は本局の転送ポート、周囲には他の世界のポイントに通じるポートがいくつも機能している。

 青白く輝く不思議な空間の中で、無数の局員と物資が飛び回っている。

 

 

 しかしヴェロッサには「任せておけば良い」とは言ったものの、懸念材料が無いわけでは無い。

 AMF装備の機械兵器の登場、『レリック』らしきロストロギアの爆発・消失。

 いずれも無視できない事態であって、数年前から『アースラ』が関わっている事件でもあるのだから。

 

 

「さて、どうするロッサ。このまま真っ直ぐ義姉上の下へ戻るか? コーヒーくらいはご馳走するが?」

「良いね、僕としてもその方が気楽で良いしね」

「キミらしいと言うか何と言うか……うん?」

 

 

 ヴェロッサに苦笑を向けたクロノだったが、その時視界の隅に煙を見た。

 無論それは誇張であって、言ってしまえば心の光景であって、現実では誰かが走ってきただけだ。

 ざざざっ、と擬音でもつきそうな勢いで目の前で立ち止まったのは、水色の髪の幼馴染だった。

 彼は身体を起こして直立不動の体勢を取ると、2人を見て敬礼しつつ。

 

 

「おいコラこんのアホ上司、ちったぁ自分の事務処理くらい自分でやりやがれ!」

『ご苦労様ですアコーサ査察官! 書類事務に関して処理しましたので後ほどチェックお願いします!』

「落ち着けイオス……肉声と念話が逆だ」

「ぬおっ、しまった!?」

 

 

 愕然とする幼馴染だが、当の上司であるヴェロッサは口元を押さえて笑いを押し殺している。

 事務処理を押し付けた形のヴェロッサだが、それでも上司は上司だ。

 

 

「うーん、困ったよイオス君。公衆の面前で部下になじられて、僕は激しく心が傷ついてしまったよ。いやぁ、仕事が手につかないかもしれないねぇ」

「ぐっ!? く……い、いや、アコース査察官は私ごときの罵声で屈しませんよ……!」

「物凄く斬新な励まし方だね、それ」

 

 

 慌てるイオスに、ニヨニヨとした笑みを浮かべるヴェロッサ。

 2人の関係性に苦笑いを内心で浮かべつつ、クロノは思った。

 不安な面もあったが、まぁ、何とか上手くやっているようだ。

 

 

 いろいろと懸念すべきことや心配すべきこともあるが……大丈夫だと思いたい。

 エイミィもそう言っていた、「大丈夫」と。

 皆が頑張れば、きっと大丈夫だと。

 愛する人の言葉に、目の前の光景に、クロノはそう思いを強めたのだった。

 

 

『良いから仕事しろよ査察官んんんんんんんっっ!!』

『あっはっはっは、今日は疲れたから明日にしようか』

『おいいいいぃぃいぃっ!!』

 

 

 ……とりあえず、念話で揉めている(?)2人の友人を仲裁することにしよう。

 イオスには落ち着けと、ヴェロッサには仕事しろと。

 クロノは溜息を吐くと、2人にそのまま言ったのであった……。

 

 


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