次回日曜日の投稿も、予定通り行う予定です。
また、今回は少し書き方を変えてみました。
読みやすくなると良いのですが……。
では、どうぞ。
はぁ……と、なのはは今日何度目かの溜息を吐いた。
あの『ジュエルシード』による街中の被害から、1週間。
週末の休日、しかし心は1週間前のあの時点のまま何も変化していなかった。
『ジュエルシード』によって歪められた人の気持ちによって、街に大きな被害をもたらしてしまったこと。
そしてそれに気付きながら、見逃してしまった自分。
悔恨の念が、なのはの胸中に暗い影を落としていた。
「……なのはちゃん?」
その時、不意に声をかけられてなのはは慌てて顔を上げた。
するとそこには、心配そうな顔で自分を覗き込む2人の友人の顔があった。
どちらも小学校に入学した当初からの友人で、昔は喧嘩をしたこともあったが……今ではどちらもかけがえのない親友である。
「どうしたの? 大丈夫?」
「え、えーと、えへへ……ごめんね、今日が楽しみで昨日ちょっと眠れなかったんだ~」
「はぁ~、アンタって時々変な所で子供っぽい失敗するわよね。まぁ、実際子供なんだけど」
心配そうになのはの様子を窺っているのは、月村すずかと言う名の少女だ。
紫がかった艶やかな黒髪を腰まで伸ばしており、処女雪のように白い肌と9歳とは思ない柔らかな物腰で、相手にたおやかな印象を与える。
今、なのはがいるのは彼女の屋敷―――月村家は海鳴市有数の資産家―――の庭だった。
今日は彼女の誘いで、お茶会に来ているのである。
一方で窘めるような口調の中に心配そうな色を隠している少女は、アリサ・バニングス。
日本で起業したアメリカ人実業家を父に持つ生粋の令嬢で、すずかの家に勝るとも劣らないお嬢様である。
ただすずかとは対照的に活発な性格で、太陽に煌めく金色の髪が彼女の性格を物語っているかのようだった。
「今日は誘ってくれて本当にありがとう、すずかちゃん、アリサちゃん」
「……ううん、こっちこそ、来てくれてありがとう」
柔らかく微笑むすずかの顔を見ていると、なのははささくれだっていた自分の心が安らぐのを感じた。
家族に感じる安らぎとは別の感情が、なのはの胸を満たして行く。
「誘ったのはすずかなんだから、私にまでお礼言わなくたっていいわよ」
「ううん、それでもやっぱり、アリサちゃんにもありがとうだよ」
「……ふ、ふん、まぁ、そこまで言うならお礼を受け取ってあげても良いけど?」
「うふふ……」
にっこりと邪気なく笑ってお礼を言うなのはに、アリサは微かに頬を染めながらそっぽを向いた。
それを見てすずかがおかしそうにクスクスと笑い、なのはも温かな感情をそのまま表に出すことができた。
自分を隠すことなく接することのできる、そんな関係が3人にはあった。
ただ今のなのはには、同時に少しばかりの後ろ暗い気持ちがある。
魔法の存在が、それまであり得なかった「2人への秘密」を作り出してしまったのだ。
アリサとすずかは小学校でも同じクラスであり、そんななのはを一番近くで見て来た。
だからこそなのはの沈んだ感情を察して、今日のようなお茶会を開催するに至ったのである。
何かで悩んでいる親友を元気づけてあげたいと言う、温かな気持ちで。
「それにしても、なのはのお兄さんとすずかのお姉さん、ラヴラヴよねー」
「うん……お姉ちゃん、恭也さんと出会ってからずっと幸せそう……」
「うちのお兄ちゃんは、どうかなぁ……でも、前より優しくなったかも」
そして話題が変わり、今この場にはいないなのはとすずかの兄姉のことになる。
なのはは高町家の末っ子で、上には兄と姉が1人ずついる。
一方ですずかは姉が1人おり、この姉がなのはの兄と恋人関係にあるのである。
なのはの兄の名前は「恭也」、すずかの姉は「忍」と言う名前である。
2人は今頃、忍の部屋で2人っきりのはずである。
「良いわよねぇ、もし2人が結婚したらなのはとすずかは姉妹になるんでしょ?」
「あー、そうだね。でもどっちがお姉ちゃんになるのかな?」
「なのはちゃんなら、お姉ちゃんでも妹でも良いなぁ」
「……ふーん」
「うふふ、アリサちゃん、拗ねてる?」
「べ、別に拗ねてなんか……」
取りとめのない会話を続けながら、少女達のお茶会は続く。
そしてその様子を、ユーノは月村家に大量にお世話されている猫達に追いかけられながら見つめていた―――――。
◆ ◆ ◆
月村邸には何十……いや、下手をすれば何百匹と言う猫がいる。
すずかが捨て猫を見つける度に拾ってくると言うのもあるが、月村家そのものが猫派の家族が多く、また猫同士の間に子供が生まれて増え続けるのである。
結果、フェレット状態のユーノは猫達に追いかけられるハメになっていた。
すずかも「アイン、ダメだよ!」などと一匹一匹の猫の名前を呼んで―――驚異的な猫認識力である―――注意しているが、まったく効果が無い。
人によってはネズミ呼ばわりするユーノ、猫達にとっては格好の
(……あっちが、なのはの本来の姿、なんだよね……)
しかし猫達から逃げ回りながらも、ユーノは友人達と楽しそうに談笑するなのはの姿を見つめていた。
魔法に関しては自分など問題にならない程の巨大な才能を示し、この10日間の魔法の練習で魔法戦においては自分を超えてしまったのではないかと思える程だ。
だがそれでも、こうして普段の姿を見せられると痛感せざるを得ない。
無関係の少女を、巻きこんでしまったのだと。
もし『ジュエルシード』が事故なく管理局に引き渡されていれば、もし自分が問題無く21個の『ジュエルシード』を回収できていれば、もしイオスとはぐれていなければ。
高町なのはと言う少女は、管理外世界の住人としてごく普通の生活を送っていたはずなのに。
(僕は……何てことを……)
不可抗力、やむを得ない不慮の事態……言い方はいろいろ出来る、客観的に見ればユーノの行動は必ずしも非難されるべき物では無かったのかもしれない。
しかし、ユーノの胸に宿る罪悪感は消えることが無かった。
おそらくこの罪悪感は、後々の人生にまで響いて来ることだろう。
『ユーノ、聞こえるか?』
『あ……はい、聞こえます!』
猫達の追撃をかわしながらも、頭の中に響くイオスからの念話に返答する。
イオスは今、この場にはいない……休息を得ているなのはとは異なり、管理局員な上に年上でもあるイオスは今日も街中を探索して『ジュエルシード』を探していた。
お互いの魔力の波長を確定させてしまえば、念話の精度も上がってくる。
あの事件の後、ユーノはなのはに「時空管理局」について教えていた。
正確な教え方であるかはともかくとしても、『ジュエルシード』の暴走のような事件を防ぐための組織だと教えた所、なのはは深く考え込んでしまった。
なのはがどのような結論を出すのか、短い付き合いとはいえユーノにはわかってしまう。
それがまた、ユーノにとっては憂鬱さを増す事情になっていた。
『『ジュエルシード』を見つけたぜ、発動寸前だったけど』
『本当ですか!?』
イオスからの知らせに、ユーノは毛並みを逆立たせて反応した。
その頃には、なのはの手によってテーブルの上に避難させられていた。
にゃーにゃーと鳴きながら少女達の膝に上ろうとする猫達に、なのはとアリサは歓声を上げている。
『おーう、どうやら封印処置まではいらないっぽい。でも一応処置して……うおっ!?』
『イオスさん? どうしたんですか!?』
『いや、ちょ……ヤバ』
ブツッ……と、念話が一方的に切られてしまう。
ユーノは何事かと慌てるが、そんな彼にさらに追い打ちをかけるような事態が起こる。
至近距離……月村邸の敷地内で、『ジュエルシード』の反応があったのである。
◆ ◆ ◆
『イオスさん! こっちでも『ジュエルシード』が発動しました!』
「ああ!?」
再び繋がったユーノからの念話に、イオスは思わず舌打ちしてしまった。
街に散らばっている『ジュエルシード』が複数ある以上、同時多発的に発動する可能性は当然考慮していた。
しかしだからと言って有効な手が打てるかと言えば、それは出来なかった。
イオスの身体が一つしか無い以上、時間差をつける以外の解決策は無い。
なのは・ユーノのタッグを頼みとするしか、現実的には手が無かった。
それははからずも、なのはを事実上の管理局側の人間として扱うことを意味していた。
未だ自由意思を有しない、未熟な魔導師見習いを頼らなければならない。
『大丈夫です! 私が行きます!』
「い……『いや、行くったってお前』
『お友達の家なんです……やらせてください!』
友達の家!
それはまた何とも厄介な場所に『ジュエルシード』があった物だ、イオスは運命の非情さを呪わざるを得なかった。
あのなのはが、友達の家に暴走しかけたロストロギアがあると知って放っておけるはずが無い。
加えて、ある事情から自分はこの場を動けない。
となれば、もはや一方の『ジュエルシード』のことはなのはとユーノのコンビに任せるしか無かった。
ジャラ……と、デバイスを握る手に力を込めて。
『……無茶だけはするなよ!』
『『はいっ!』』
任せるしか、無かった。
人手不足、こうなれば仕方が無い。
もしかしたならこの時点で、イオスはなのはと言う少女の人生を「壊す」決断をしたのかもしれない。
管理局員としては、非難されるべき判断では無い。
次元世界の平和と法の正義の執行者たる、管理局員としては。
1人の少女の都合よりも、世界の安定を優先しなければならないのだから。
「……まぁ、一応、俺としても宣告しておかなきゃいけないからさ、言わせてもらうよ」
そしてイオス自身の状況に戻る、そこには想定外の事態があった。
『ジュエルシード』の暴走? ……否。
現地人の介入? ……否。
―――――「魔導師による妨害?」。
答えは、イエスだ。
今、イオスの目の前にはいるはずの無い「敵性魔導師」がいる。
場所は街中のビルの屋上、念話を阻害しない簡易結界を張った空間の中で。
魔力を持つ者以外の接近を許さない、そんな結界の中にはイオス以外にもう1人。
「時空管理局次元航行艦『アースラ』所属、執務官補佐のイオス・ティティアだ。その手に持っている物をロストロギアと知ってかっさらうつもりなら、俺はキミを公務執行妨害及びロストロギア不法所持の罪状で逮捕しなけりゃならないんだが?」
「げ、管理局かい……ごめんフェイト、こんなに早く出てくるなんて……」
後半の言葉はイオスには聞こえなかったが、前半の言葉は聞こえた。
そしてその前半の言葉だけで、イオスには十分だった。
イオスが回収しようとした途端に横槍を入れられ、攻撃を避けた直後に目の前の女が現れて『ジュエルシード』をかすめ取って行った。
赤みがかった長髪、タンクトップにハーフパンツのみと言うラフで露出度の高い衣服。
裾の短い黒のマントと前の開いた黒のスカートを纏ってはいるが、豊満なバストや流れるような脚線美が嫌でも強調されるデザインの衣服だった。
そんな彼女の黒のフィンガーグローブで覆われた右手の指の隙間から、『ジュエルシード』の青い輝きが漏れている。
「さて、おねーさん……誰だい?」
「答える義理は無いねぇ」
ニヤリ、と好戦的な笑みを浮かべる女性に、イオスも思わず笑みを返す。
どこか捕食動物を連想させるその笑みは、彼の師匠を彷彿とさせた。
けして嫌いでは無い、そんな笑みだ。
まぁ、だからと言って躊躇するわけでも無く。
「なら、諸々の罪で拘束させて貰う!」
<Chain bind>
むしろ、イオスにとって全力で殴ってやりたいタイプの笑みだった。
『テミス』の音声と同時に、戦いの火蓋は切って落とされた。
◆ ◆ ◆
『無茶だけはするなよ!』
「「はいっ!」」
イオスからの念話をそれで終了させて、お茶会の場から飛び出してきたなのはは純白のバリアジャケットへと姿を変える。
ユーノは戦えない代わりに結界を張り、月村邸に被害が出ないようにした。
「ユーノ君」
「何? なのは」
現場に急ぎながら、なのはは肩に乗っているユーノに声をかける。
その目には、本人以外には窺い知れない感情がこもっていた。
人によってはひたむきと評したかもしれない、しかし別の人間から見れば……。
「……管理局って、こう言う風に魔法で誰かが傷つかないようにするお仕事をするんだよね?」
「え、うん……もちろん、それだけじゃ無いけど。でも、ロストロギア災害から人々を守るのも管理局の大事な仕事だよ。なのはみたいなタイプの魔導師で無いと、解決できないような問題を解決する仕事。だけど今みたいに、凄く危険を伴うんだ」
「……私みたいな人にしか、できない……」
「なのは? でもなのはは、民間人だし……その、そんなに責任を感じなくとも」
言い方が不味かったと後悔しつつ、ユーノはなのはに気にしないように言う。
やはりなのはにとって、先週の『ジュエルシード』の暴走による街への被害は看過できない事件だったようだ。
「……うん、わかってるよユーノ君。でも今は、すずかちゃんの家の『ジュエルシード』を何とかしなきゃ」
「……そうだね」
胸の内に罪悪感を抱えたまま、ユーノはなのはの言葉に頷いた。
そして発動した『ジュエルシード』の反応を頼りに駆けて、現場に急行してみれば……。
……月村邸の猫の一匹が、巨大化してそこにいた。
ユーノの見立てでは、どうやら猫の「大きくなりたい」と言う願いを『ジュエルシード』が正しく叶えたのではないかと言うことだ。
……何気に『ジュエルシード』が正常に機能した(と思われる)貴重な例なのだが、そのような感慨は湧かなかった。
「あ……!」
その時だった、なのは達がいる場所とは違う場所から放たれた黄色い閃光が、巨大化した猫に襲いかかった。
猫は悲鳴を上げて倒れる、なのはも声にならない悲鳴を上げながらその様子を見ていた。
「あれは!?」
傍から響いたユーノの声に振り向いてみれば、木々の枝が揺れていた。
そこからはチリチリと何かが焦げるような音が響いており、気のせいでなければ放電しているような印象を受けた。
そしてそこに、なのはは視線を向ける。
それを見据えた時……なのはの胸に、言いようも無い感情が生まれる。
そう、そこに……その場所に。
なのはの運命が、そこにいた。
◆ ◆ ◆
「……なのはってば遅いわね、どこまで探しに行ってんのかしら」
「そうだね。この屋敷広いから……森の中で迷ったりしてないと良いけど」
庭と言うよりは文字通り森と言った方が良い月村邸、その中に飛び出して行ったペットのフェレットを追いかけて、なのはは行ってしまった。
それを待ちながら、アリサとすずかは何をするでもなくお茶を飲んでいた。
アリサは自分の長い金髪の髪の一房を手で弄りながらあからさまに苛立っていて、すずかはそれを見ておかしそうに笑っている。
そのことが何だか面白くないのか、アリサは髪を離して頬を膨らませる。
それがまた可愛らしいのか、すずかはまたクスクスと笑った。
「アリサちゃん、優しいね」
「……何よ、いきなり」
「だって、なのはちゃんのことが心配なんでしょう?」
すずかの言葉に、アリサは答えない。
ただ目を閉じてカップを傾けるその顔は、少しばかり朱色に染まっているように思えた。
表には現れない親友の優しい気持ちを知っているから、すずかは微笑む。
「今日だって、なのはちゃんのためにお茶会しようって誘ったんでしょう?」
そう、先程アリサは「すずかが誘った」となのはに説明したが、実際の発起人はアリサである。
その前から少し様子がおかしかったのは気付いていたが、この一週間のなのはは2人から見て明らかに「落ち込んで」いるように見えた。
といって、数年来の付き合いからなのはが自分から弱音を吐いたりするような子供で無いことはわかっている。
「……だってあの子、あからさまに何か悩んでるじゃない」
「うん……」
優しげな微笑みから一変、今度はすずかも心配そうな顔になる。
それだけ、最近のなのはの様子は変わっていた。
いつもと変わらないように見えるなのはの笑顔も、どこか違うように感じる。
何か悩んでいるのなら、言ってほしいと思う。
力になれるかもしれない、また力になれなくても何かできるかもしれない。
だが、すずかはそれを無理に聞き出そうとは思わない。
対してアリサはある意味において積極的で、すずかとはその点で正反対である。
「悩むのは良いわよ、けど……出来れば、一緒に悩んであげたいじゃない」
「……アリサちゃんは、優しいね」
「……あー、もうっ。なのはってば遅いわね! どっかで転んでんじゃないの!?」
飲むべきお茶がなくなってしまって、顔を隠せない。
その代わりなのか何なのか、アリサは大きな声を上げながらそっぽを向いてしまった。
すずかはそれを、温かな眼差しで見つめていた……。
◆ ◆ ◆
赤髪の女性がイオスの放つ『テミス』の鎖を器用にかわしながら、直線的に突っ込んで来る。
その動きは極めて直線的かつ感情的で、一見、何も考えていない突撃をしているだけのように思える。
しかし四方八方から迫る鎖を身体をしならせてかわす姿を見れば、それが本人なりの考えのある行動だったのだとわかる。
それにした所で、女性の身体の柔軟さにイオスは舌を巻いた。
女性の身体が柔らかいとは言っても、地面に節々を打ちつけながら迫る鎖の間を器用に抜いて来るとは思わなかったのである。
その姿はまるで、火の輪を潜る猛獣を思わせた。
躍動感に溢れる身体が、拳を振り上げてイオスに迫る。
「せえええええええぇぇぇえいっっ!!」
「プロテクション!」
<Active protection>
鎖の先についた円錐部から電子音が響き、主人を守る。
水色の輝きを放つ陣がイオスの目前に展開され、女性の繰り出した拳を受け止める。
魔法に対して脆弱だが、物理攻撃に対しては強靭という特徴を持つ。
赤と青の魔力光が鬩ぎ合い、赤が離れる。
「っとぉ……流石、ヤるねぇっ!」
「お褒めに預かりどうも!」
犯罪者にしてはサバサバした言葉に、イオスは思わず苦笑してしまう。
これまで色々な犯罪者を見て来たが、こう言うタイプは珍しい。
しかし、イオスのやることは変わらない。
シールドを消して新たな鎖を生み出す、今までは腕一本につき一本の鎖だったが……。
今度は一本の腕から三本ずつ生み出し、それを操る。
鎖同士が擦れる音が響き渡り、一旦離れた赤髪の女性を拘束すべく放たれる。
単純計算で3倍の鎖が、女性に迫る。
しかし女性は不敵な笑みを崩さずに、力を込めるように両拳を身体の前で握り込んだ。
「そんなナヨナヨした鎖じゃあ……私は止められないねぇ!!」
電撃。
赤髪の女性の全身から放たれたそれは、明らかに放電と言う現象を起こしていた。
特に魔力変換の魔法陣は見えない、すなわちイオスと同じ魔力変換資質。
電撃を纏った無数のフォトンスフィアが鎖に触れると、着弾と同時に炸裂して弾き飛ばした。
水属性のイオスの鎖に、電撃の衝撃が走り抜ける。
(魔力変換資質……『電気』か!)
『電気』の資質を持つ者は、意外と多い。
『炎熱』と並ぶポピュラーな資質で、管理局の魔導師の中にも扱える人間は少なくない。
ただ少なくないとはいえ、魔法なしで魔力を変換できる技能は強力だ。
何しろ、タイムラグ無しで附属効果付きの攻撃を繰り出せるのだから。
「『バァリィアァ……ッ」
「プロテク……」
「……ブレイク』ッッ!!」
「……ションッ!」
<Active protection>
再び展開される対物理衝撃、しかし今度は様子が違った。
物理的な攻撃に比類無き頑強さを誇るはずの盾に、女性の拳が触れた途端に罅が入ったのだ。
その罅は時間を追うごとに拡大し、そうなれば相手の拳に込められた魔法の構成に気付かないイオスでは無い。
ギリギリと何かを削るような音、それが意味する所は……障壁破壊攻撃!
舌打ち一つ残して、イオスは自分からシールドを切り離す。
その直後、ガラスが割れるような音が響いてシールドが砕ける。
そのままそこにいれば、間違いなく女性の一撃を直接身体に受けていただろう。
現実の街並みを再現した結界の中で、隣のビルの屋上まで跳躍するイオス。
体勢を整えて、顔を上げた時には……。
「……あー、コレはヤバいな」
その時にはすでに、あの赤髪の女性は姿を消していた。
結界越しの転移か、あるいは単純に結界に穴を開けて出て行ったのかは不明だが……。
「始末書じゃ済まねぇよな、コレ……」
正体不明の魔導師(と思われる)に、回収中のロストロギアを奪われた。
もしかしたなら、スクライアの輸送艦の事故にも関係しているかもしれない。
そう言う意味では、容疑者とのファーストコンタクトだった。
こうなってくると、もはやイオスも手段を選んでいられなくなってくる。
『……イオスさん!』
ままならない現実に溜息を吐いて頭を掻いていると、頭の中にユーノの声が響いた。
嫌な予感を抱えたまま、話に耳を傾けていると……。
『なのはが、なのはが……!』
本当に、ままならない現実だ。
親友の言葉を思い出しながら、イオスは苛立たしげに地面を蹴った……。
◆ ◆ ◆
その夜、海鳴市内のある高層マンション。
その一室で、1人の少女が1匹の犬……狼と抱き合っていた。
黒を基調とした肌の露出の多めな服の上に赤黒のマントを纏った少女と、燃えるような赤い毛並みの獣。
マンションの一室で向かい合うには、あまりらしいとは言えない光景だった。
「大丈夫かい、フェイト? どこも怪我してないかい?」
「うん……大丈夫だよ、アルフ」
どうやら少女はフェイト、獣はアルフと言う名前らしい。
人語を解する獣アルフが嬉しそうに尻尾を振ると、それまで動かなかったフェイトの表情が微かに笑んだように見えた。
1人と1匹、他人には見えない絆が両者の間にはあるようだった。
「ほら、1つ取って来たよ」
「うん……私も、1つ。これで2つ……」
フェイトと言う少女の前で、青く輝く宝石が2つ浮かんでいる。
その柔らかな輝きが、薄暗い部屋の中で少女の金色の髪と紅の瞳を浮かび上がらせる。
ロストロギア、『ジュエルシード』。
ある事情で、彼女達が集めなければならない秘宝だ。
「……でもフェイト、ごめんよ。まさか最初から管理局の奴と鉢合わせるなんて……」
「……ううん、私の方も……」
一転、すまなそうに尻尾ごと項垂れるアルフ。
フェイトは10歳前後の容姿には似合わない程の冷静さもって、アルフの言葉に首を横に振って見せた。
実はフェイトの方も、今日ある現地人の屋敷と思われる場所で『ジュエルシード』を回収した際、純白のバリアジャケットを纏った魔導師と遭遇していたのである。
今にして思えば、あの少女も管理局の魔導師だったのかもしれない。
『どうして……こんなことをするの!?』
こちらへの攻撃の意思を見せず、ただ『ジュエルシード』で巨大化した原生生物を守ろうとした同年代の少女。
実は、同年代の少女と話すのは初めてだった。
その時は「答えても、多分意味がない」……そう言って、フェイトは電撃を伴った射撃魔法であの少女を昏倒させたのだった。
あの、力強い瞳の少女を。
「……ごめんね」
あの時にも呟いた言葉を、もう一度呟く。
もはやその言葉は相手には届かないが、それでも口をついて出てしまった。
……それでも、フェイトは止まるわけにはいかない。
何があろうとも、自分が『ジュエルシード』を集めて持ち帰らなければならないのだから。
事情は誰にも話せない、だから最悪、今日のように力尽くで奪うことすら厭わない。
たとえ、相手があの管理局だとしても。
何故なら、自分は……。
「……フェイト……」
「大丈夫だよアルフ、私は迷わない」
そう、迷わない。
誰よりも何よりも、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎながら。
フェイトは、アルフを抱き締めた。
「……待ってて、母さん……」
無印編第4話、できるだけサクサクと進めて行きたいと思います。
イオスというイレギュラーを入れて物語を進めるので、やはり微妙な所で変化を入れていきたいですね。
今回の場合、アルフさんとの接触とか。
アルフさん的には、逃げた方が良いと考えるのかもしれませんね。
では次回、「民間協力者」。
親管理局な物語は、展開する上で嫌な描写とかもたくさんあるかもです。
これが、組織人ゆえの思考。
それでは、失礼致します。