魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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長くなりましたので、さらに話を分割しました。
次回は明日投稿しますね。
では、どうぞ。


雌伏編第5話:「冬に咲く花:中編」

「作戦内容を説明する」

 

 

 第41無人世界「ブランタイア」、古びた遺跡だけが人類がかつて存在していた証明として残る無人の世界。

 滅びた世界の空に、銀の艦『アースラ』がステルスモードで浮遊している。

 身を隠すように飛ぶその艦の中で、クロノは整列した武装隊60名を前にしていた。

 

 

「これより我々は「ブランタイア」地上に降り、MAe令嬢レイチェル・マリア・イメルト及びその付き人レイナ・フランキスクスの捜索・救助を行う。救出対象2名は同世界を根拠地とする海賊グループに拘束されている可能性が高く、諸君には細心の注意を払って救出作戦に当たってほしい」

 

 

 すでに艦の幹部で決定した作戦を説明する、『アースラ』後部の格納庫のような場所に集まった60余名の視線が彼に集まる。

 レイチェルとレイナが2時間前に脱出艇で抜け出し、そして海賊に拘束された事実はすでに周知されている。

 武装隊の面々の表情は真剣そのものだ、例えレイチェルが嫌われていてもそこは関係ない。

 

 

 彼らの目の前、クロノの後ろに巨大な表示枠が展開される。

 そこには第41無人世界の状況と、エイミィが2時間で調査した情報が載っている。

 世界地図の上に赤いマークが2つ、探知された熱源だった。

 どちらか、あるいは両方が海賊のアジトである可能性が高い。

 

 

(……まず、武装隊の2個小隊を4個の分隊に分ける)

 

 

 クロノの説明を先頭の列で聞きながら、イオスが地図を見つめる。

 両隣りになのはとルイーズ、なのはの向こうにヴィータ、ルイーズの向こうにフェイトがいる。

 このメンバーが、4つの分隊をそれぞれ率いることになっている。

 

 

 まずイオスとフェイトが1個ずつ、これは艦に待機する。

 援軍用と、艦の護衛用だ。

 そしてルイーズが1個、なのは・ヴィータが1個を率いる。

 作戦ではルイーズ隊は南、高町隊は北の熱源地点へと向かうことになっていた。

 なお、南は火山地帯で北は積雪地帯だ。

 

 

「……以上だ! 質問が無ければこれで作戦の概要説明を終了する。敵は魔力結合阻害フィールドを使用する可能性が高い、十分に注意してくれ。厳しい任務だが……何としてもレイチェル嬢とレイナ女史を救出し、第55世界へ無事に送り届けるんだ。諸君の奮闘に期待する!」

(期待……ね)

 

 

 クロノの言葉に内心で苦笑しつつ、イオスは他の皆と同じように敬礼した。

 期待、その言葉の白々しさを知っているのはクロノ自身だろう。

 しかし言わなければならない、それがトップと言う物だからだ。

 

 

 レイチェル達の消息を見失って、すでに2時間。

 2時間、短くも長いこの数字がどのような結果をもたらすのか。

 ――――それは、今のところは誰にもわからなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ええい、離せ! 離さぬか!!」

 

 

 薄暗い空間に、少女の甲高い声が響く。

 しかしそれを聞いている相手は、黙したまま何も語らない。

 仮面をつけたずんぐりとしたそれは、妙に重々しい足音を立てながら通路を進んでいる。

 

 

 甲高い声で喚き続ける少女の腰を脇に抱えて、まるで荷物のように運んでいる。

 それが少女――レイチェルには気に入らないのか、手足をバタつかせて抵抗していた。

 しかしビクともしない、その後ろには同じような体勢で連れられるレイナがいる。

 レイチェルの言いつけに逆らえず脱出艇で艦を抜け出し、あげくの果てにこの状況だ。

 レイチェルと異なり、俯いて黙っているのも仕方ないのかもしれない。

 

 

「離せ! 私を誰だと思っておるのじゃ、離せぇっ!!」

 

 

 その時、ピタリと動きが止まった。

 別にレイチェルの言葉に従ったわけでは無く、目的地に到達したから止まったのだ。

 そこは、どこか……コケの生えた石壁に覆われた広間だった。

 近代的なミッド式の生活に慣れたレイチェルからすれば、不潔極まりない場所だ。

 

 

『……良く来た』

「誰じゃ!?」

 

 

 不意にくぐもった声がして、レイチェルが顔を上げる。

 体勢は変わらないが、それでも不満を隠そうとしないのは器が大きいとも言える。

 

 

「誰じゃ、お前は! こんなことをして、どうなるかわかっておるのか! お父様に言いつけるぞ!!」

『……お前は人質だ』

「おい! 聞いておるのか!!」

 

 

 目の前、どこかからか入り込んだ木の蔦に絡まれた石の椅子に座る誰かがいる。

 男なのか女なのかも判然としない、ただレイチェルを抱えている者と同じ仮面をつけている。

 レイチェルを見ているのかどうかすら、わからない。

 わかっていることは、レイチェルの話を聞いていないと言うことだ。

 

 

「……ええい、お前! 何をしておる、私を助けよ!」

「お、お嬢様」

「助けよ、私を逃がすのじゃ! さもなくばクビじゃ! 役立たず!!」

 

 

 レイナの顔が悲痛に歪む、こんな状況で自分に何ができると言いたげな顔だった。

 しかしレイチェルには関係が無い、何故なら彼女にとって自分と父以外は替えの効く存在なのだから。

 

 

『みせしめだ』

 

 

 再びくぐもった声が響き、レイナを抱えている仮面が片手を上げた。

 手首が外れ、中から鋭利なナイフのような刃物が出現した。

 微かな明かりに照らされるそれに、レイナが悲鳴を上げる。

 

 

 鈍い音。

 

 

 縛られたハムをぶつ切りにするような音が響き、次いで破れたホースから水が漏れるような音がした。

 恐怖に染まった甲高い悲鳴は、やがて聞くに堪えない濁った音へと変わって行く。

 そして、きっかり30秒で静かになった。

 

 

「………………」

 

 

 ……レイチェルも、静かになった。

 猫が毛を逆立たせるように震えた後、ひきつけでも起こしたかのような声を上げて。

 そして、気を失ってしまった。

 ぐったりと沈む身体は、もう何も言わない。

 

 

『……実験開始だ』

 

 

 くぐもった声が、響いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 第41無人世界「ブランタイア」は、地域によって特徴が大きく変わる世界だ。

 例えばルイーズ達の部隊が向かった南側は、火山とマグマが広がる危険地帯だ。

 普通の人間であれば、まず足を踏み入れない場所だ。

 

 

「おい、足元気を付けろよ」

「わかってる。お前こそバリアジャケットの耐熱数値、上げとけよ」

「そこ、無駄口叩かない! 近くに敵がいるかもしれないのよ?」

 

 

 そして今、そこに足を踏み入れたストボロウ分隊の面々は注意しながら陸路を進んでいた。

 奥へと進む道は細く、垂直に切り立った岸壁の僅かな隙間に足を乗せて進んでいる。

 一列に並び、歩くと言うよりは擦ると言った方が良い進み方だった。

 

 

 空を飛ばないのは、敵に発見される可能性を僅かでも減らすためだった。

 可能な限り魔力の発動を押さえて、自分達の肉体を頼りに山岳地帯にわけ入っている。

 バリアジャケットの防護はあるので、崖下――つまり、彼らの足元の先――に見える灼熱のマグマの熱は感じないで済んでいる。

 だが落ちれば、いかなバリアジャケットと言えども無事では済まない。

 

 

「何だ……?」

「どうした?」

「いや、管制司令代行から受け取った熱源の波長なんだが……」

 

 

 その時、隊列の半ほどにいた観測班が戸惑ったような声を上げた。

 彼らの役目はエイミィが見つけた熱源の発生場所を探ることで、ひいては敵のアジトを見つけることだ。

 しかしその彼らが、今は疑問を抱いている。

 

 

「この熱源、動いてないか――――?」

 

 

 観測班の表示枠に浮かぶそれは、確かに動いていた。

 そして隊列が歩みを止めた時、それは起こった。

 隊列の真下、マグマがごぼりと音を立てながら盛り上がる。

 

 

 そしてその次の瞬間、まるでクジラが跳ねるかのように巨大な何かが飛び出してきた。

 言うなれば巨大な鰻だ、しかし人間10人を束ねたよりも大きく、成人男性の身長ほどの長さがある巨大な牙を持っているが……間違いない、原生生物だ。

 マグマの中から突如として現れたそれは、足を止めた隊列目がけて大きく顎を開いて襲いかかる。

 

 

「う、うわああああああああああっ!?」

 

 

 観測班の男が悲鳴を上げる中、空中へと飛び出した人物がいる。

 薄茶色のポニーテールのその女性は、観測班目がけて口を開けた原生生物の頭を槍先で殴打した。

 槍型のストレージデバイス『エベタム』と、分隊12名を率いるルイーズ・W・ストボロウだ。

 

 

「総員散開! まだ下にいるよぉ!!」

「え、えぇ……!?」

 

 

 隊員が驚く中で、マグマの中から一匹また一匹と、巨大な原生生物が頭をもたげて来た。

 そのどれもが獰猛そうで、獲物を見つけたとばかりに牙をむいている。

 ルイーズは浮遊魔法を継続しつつ槍を構え、眼下を睨み下ろした。

 

 

「熱源の位置!」

「あ……は、はい! ここです、管制司令代行から受け取った波長と同じ熱源が!」

「……原生生物の巣だったんだねぇ」

 

 

 ポツリと呟いて、ルイーズは槍の柄を握る手に力を込めた。

 どうやら、こちらはハズレだったようだ。

 

 

「『アースラ』に連絡……! こちらはハズレ! 至急、高町分隊の方へ援軍を差し向けるようにとぉ! こっちは……!」

 

 

 自分を喰らわんとする原生生物の牙をかわし、その横顔に蹴りを叩き込みながら。

 

 

「こっちはこっちで対応するぅ! 皆、巣から脱出するよぉ! こんな所でくたばったらダメだからねぇ!!」

「「「り、了解!」」」

 

 

 ルイーズの檄に、武装隊員達も気合いを入れ直す。

 簡易デバイスを構えて陣形を敷き、襲い来る原生生物の群れを凌ごうとする。

 まさに、「こんな所でくたばらない」ために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 遠く、世界中央部に着陸した『アースラ』の周囲には、現在20数名の武装隊員が展開している。

 周囲に原生生物や海賊が潜んでいる可能性があるため、3人1組の班がローテーションを組みつつ警戒している。

 そしてその中央、物資の詰まった木箱の上に座るイオスが手で膝を打った。

 

 

「――――うし! 艦長から連絡が来た! 全員、ちゅうもぉくっ!!」

 

 

 木箱の上で声を張り上げる総隊長に、武装隊の面々が視線を向ける。

 空色のバリアジャケットに身を包んだイオスは、その一つ一つの視線を全身に感じながら立ち上がった。

 武装隊の面々を見渡せば、彼より年上だろう隊員達が揃いの簡易バリアジャケット姿で整列している。

 

 

「これから、俺達は高町分隊の援軍に向かう! ハラオウン分隊は予備兵力としてここに残すそうだから、高町分隊との合流までは俺達だけだ。注意して行こう!」

「「「了解!」」」

「おし! よろしくお願いします!!」

「「「お願いします!」」」

 

 

 どこの会社だ、とでも突っ込みたくなるイオスだった。

 まぁ、言ったのは彼自身だが。

 正直、レイチェル救出と言うのはモチベーションが今いち上がらないが、それでも民間人を救出する義務が彼らにはある。

 そこに、感情を挟む余地など無いのだ。

 

 

「まぁ、とにかくレイナって人は助けないとな!」

「だなぁ、あの人苦労し過ぎだろぉ」

「これで万が一のことがあったら、人間の人生について考えちゃうわよね」

「縁起でも無いこと言わないでよ……」

 

 

 テンションを上げる目的の会話をこなしつつ、武装隊員がそれぞれ空へと上がる。

 向かうは北部、雪降る寒冷地だ。

 イオスは自分の分隊のメンバーが準備を整えたのを確認した後、自分も空へと上がった。

 

 

『イオス』

「あん? ……って、『何だフェイトか。どうした?』

『えっと、なのはのことお願い。なのは、疲れてるみたいだったから』

 

 

 本当は自分が行きたかったのだろう、念話の向こうのフェイトの表情が予測できる声音だった。

 疲れの原因も何となく予想できるので、イオスは飛びながら頭を掻いた。

 ……正直な所、お願いされても彼に出来ることは限られているのだが。

 

 

『まぁ……善処はしてみるよ。あんま心配すんな』

『うん、信頼してるよ』

 

 

 簡単に信頼されてしまった。

 それに対して何かを言おうと思った時、傍らに今度は通信の表示枠が出現した。

 クロノだった。

 

 

『イオス、緊急事態だ――――高町分隊が、5分ほど前から戦闘に入ったとの報告が入った!』

「ああ、そう……総員、第二戦速!」

「「「了解!」」」

 

 

 ぐんっ……と加速の圧力を感じながら隊列を崩さず飛びつつ、イオスは思う。

 後輩の信頼と言うのは、結構なプレッシャーだと。

 到着までおよそ11分、勝負の時間だ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『高町分隊! 今、ティティア分隊を援護に向かわせた! そちらの状況を報告してくれ!』

「ああ!? 報告ったって……なぁっ!」

 

 

 『アースラ』のクロノの全体念話に応じたのは、なのはでは無くヴィータだった。

 なのはが応じられない状況にあるので、彼女が代わりに応じる。

 しかし彼女自身、そこまで余裕があるわけでは無い。

 

 

 何故なら今、彼女は戦闘の最中だったからだ。

 相棒である『グラーフアイゼン』をコンパクトに振り回し、鉄球を放って敵の頭部を砕く。

 『アースラ』を襲った海賊――「機人」の待ち伏せを受けたのだ。

 

 

「大騒ぎ……だ、よぉっ!」

 

 

 極めて簡潔な報告を告げた後、縦に振り下ろした『グラーフアイゼン』が敵の「機人」を頭頂部から地面に叩き潰された。

 金属製品の潰れる音に、血液のように見えるオイルが噴き出てヴィータの赤いドレスに染みを作る。

 そして足元、雪積もる地面を朱色に染め上げた。

 

 

「きゃああああぁっ!?」

「……っ、『アイゼン』!」

<Raketenform、Explosion>

 

 

 変形、そしてカートリッジ。

 噴射の勢いに任せて回転しながら、ヴィータが飛ぶ。

 ぐりん、と3回目の回転で、味方の武装隊員に刃を振り下ろそうとしていた「機人」を横から叩き飛ばした。

 鈍い音を立てて折れ、砕け散る敵の身体に、ヴィータが眉を顰める。

 

 

「……大丈夫か!?」

「は、はい、ありがとうございます!」

「相手は機械だ、人間相手と同じ感覚で戦ってたら怪我するぞ。注意しろよ、てめぇら!」

「「「了解!」」」

 

 

 倒れた女性隊員を庇うような位置で、周囲の味方に注意を喚起する。

 敵はやはり魔力結合阻害のフィールドを持っていた、発生装置は敵の壁の向こうにある。

 ヴィータは部下を引き連れて時間稼ぎに前に出たのだが、敵の数が思ったよりも少ないので何とかなっている状態だった。

 

 

(だが、何なんだコイツら……嫌な予感がする)

 

 

 北部の雪原地帯、そこにある古い遺跡が海賊のアジトだった。

 こちらはわずか12名しかいない、敵も同程度の数だ。

 ただ例の阻害結界の発生装置が遺跡の入り口付近に置いてある、おそらく入り口を守っているのだろう。

 忌々しい事に、武装隊員の射撃魔法では抜けない。

 

 

『砲撃ルート、開けてください!!』

「高町隊長の砲撃が来るぞ! 巻き添えになる前に下がれ!」

「「「り、了解!!」」」

 

 

 ヴィータの声に、武装隊員が慌てて道を開ける。

 その直後、桜色の火線が走った。

 雪を溶かして地面を露出させながら進むそれは、「機人」を巻き込みながら遺跡の入り口を吹き飛ばした。

 当然、フィールド発生装置ごと、である。

 

 

「すげ……流石は高町隊長だな」

「何か、私達の出る幕が無いわね……」

 

 

 武装隊員達が感嘆の声を上げる、事実、それだけ強力な砲撃だったのだ。

 ただ、ヴィータはそれを見て首を傾げていた。

 

 

(何か、いつもよりチャージに時間かかったな?)

 

 

 もちろん、今の砲撃は威力・精度共に文句のつけようがない。

 だが『闇の書』事件の時は、もっと素早く砲撃が来ていたような気がする。

 直接戦った身だからこそ、ヴィータはそう思った。

 

 

『中に突入します! 退路を確保しつつ、支援をお願いします!』

「……って、『待てなのは! 援軍の部隊を待った方が良くないか?』

『大丈夫! それに、レイチェルちゃん達を早く助けてあげないと』

 

 

 何となく引っ掻かる部分を感じつつも、なのはに押し切られるヴィータ。

 一抹の不安はあるが、なのはの言い分も正しい。

 それに自分となのはがいれば、大概の状況は打破できるだろうと言う自信もあった。

 

 

「……突入するぞ! ポイント確保急げよ!!」

「「「了解!」」」

「第一班先行します!」

「第二班、援護します!」

「第三班、退路を――――」

 

 

 だから、行った。

 それは、この時点では正しい……少なくとも、正しいと思える判断だった。

 この時点、では。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 遺跡は広い、12名で全てのポイントを確保することは不可能だ。

 しかも敵には例のフィールド発生装置がある、それを先行役の第一班と共に破壊しつつ後続の道を開けるのが前衛たるヴィータの役目だった。

 

 

「『テートリヒ――――シュラーク』ッ!!」

 

 

 赤く輝く魔力光が軌跡を描き、壁に埋め込まれていた装置を破壊する。

 自身にかかっていた負荷が消えるのを確認すると、ヴィータを手で後続にサインを送った。

 先行組が自分の脇を擦り抜け、1人1人ポイントを取りながら先へと進む。

 壁から壁へ、通路から通路へ、サインを送り合いながら進む。

 

 

『なのは、次のフロアだ』

『……うん、後ろは任せて、ヴィータちゃん』

『おう、しっかりついて来いよ』

 

 

 後ろからなのは達がついて来る、ヴィータ達が潰して確保した安全圏を進む形だ。

 ただ、隙間の多い遺跡だ。

 どこから敵が出て来るかわからない、故に緊張感を持って慎重に進まねばならない。

 ぐ……っと、ヴィータを顎先に伝う汗を手の甲で拭った。

 

 

 周囲を見れば、古びた遺跡の壁が目に入る。

 複雑な紋様が描かれているそれは歴史的価値が高そうだが、どこから生えているのかわからないような木の蔓が壁を砕きかけていた。

 保存状態は極めて悪い、それがこの遺跡の価値を台無しにしているようだった。

 

 

 

『ヴィータ副隊長、遺跡の広間と思わしき場所を確認しました』

『……すぐ行く、手ぇ出すなよ』

『了か……うぁ』

『おい? ……おい!?』

 

 

 念話が不自然な形で途切れて、ヴィータは後続のためのマーカーを残しつつ走った。

 壁を蹴るように曲がり、先行の班の下へと急ぐ。

 そして何度か角を曲がり、通路を進んで……見つけた。

 

 

 2「機」の敵と、その足元で倒れている2名の武装隊員を。

 ヴィータは迷うことなく頭の中でスイッチを入れ、『グラーフアイゼン』を低く構えた。

 そしてまず1「機」目の敵を、気付かれる前に下から振り上げたハンマーで顎から頭を吹き飛ばした。

 

 

「――――おらぁっ!!」

 

 

 そしてもう一つ、振り上げからの振り下ろし。

 頭部をやはり砕いて、もう1「機」を潰した。

 固い物が潰れる音が響き、血液代わりのオイルが身を汚す。

 

 

「……大丈夫か!?」

「うぅ……」

「……す、すみません、副隊長……っ」

 

 

 生きている、ほっとした。

 1人は意識が無いが、もう1人は意識があった。

 ヴィータは彼らをその場の壁に寄り掛からせると、後続に負傷者の連絡を入れた。

 治療班が来るまでここで待機しなければならない、ヴィータは息を吐いた。

 

 

 しかし先ほど報告のあった広間も気になる、ヴィータは少しだけ歩を進めて先を窺った。

 すると通路の出口、そこから確かに広い空間が見えた。

 そして、そこには。

 

 

『――――ヴィータちゃん!』

 

 

 そのタイミングで、後続のなのはが追いついてきた。

 なのはは通路の出口で立ち竦むヴィータの横に立つと、同じようにその先を見た。

 そして、そこで見たものに対して……なのはは。

 

 

「……レイチェルちゃん!!」

 

 

 声を、上げた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「時空管理局です――――抵抗せず、こちらの指示に従ってください!」

 

 

 『レイジングハート』を突き付けるなのはの前には、2人の人間がいる。

 まず1人はレイチェル、苔の生えた石造りの床に蹲るように倒れている。

 ピクリとも動かないが、『レイジングハート』によればバイタルは正常らしい。

 それに対しては、ひとまずほっとする。

 

 

 問題はもう1人だ、木の蔦が絡まった石の椅子に座る誰か。

 男のようだが、仮面をつけているため判然としない。

 ただ仮面はこれまでの敵がつけていたのと同じだ、なのでレイチェル達を攫った海賊だと推定できる。

 

 

『なのは、コイツ、変だ』

『う、うん……何だろう、変なカンジがする』

 

 

 ザザ……と、数人の武装隊員がなのはとヴィータに続いて広間に入ってくる。

 半円を描くように、椅子に座る仮面を囲む。

 他にも仲間がいるかもしれない、警戒は解けない。

 なのはは周囲を見渡した後、男に告げる。

 

 

「……もう1人の人質は、どこですか?」

 

 

 レイナの姿が見えず、なのはは一抹の不安を覚えた。

 そしてその不安は、ある意味で的中することになる。

 

 

「……おい、答えろよ!」

『死んだ』

「な……っ」

 

 

 重ねて問うたヴィータの言葉に、仮面が最悪の返答を行う。

 死んだ――――その言葉に、なのはが大きく目を見開いた。

 ひゅっ、と息を呑み、杖を握る手先が震える。

 

 

「し……死んだ……って……!?」

『殺した』

 

 

 妙にくぐもった声が、淡々と告げる。

 それは明らかに不自然な発音で、どこか人間とは思えなかった。

 まぁ、これまでの敵も人間では無かったが。

 

 

 そして、なのはは動けなくなってしまう。

 訓練校では敵の言葉を鵜呑みにするなと教えられたが、それでも、レイナが死んだという事実に心が揺らいだ。

 助けられなかった、その事実がなのはの思考を削いだ。

 削がれて、反応が遅れる。

 

 

「な、何だ……!」

 

 

 武装隊員の言葉に、はっと思考が現実へと戻る。

 その時にはもう、足の裏にその震動が伝わっていた。

 何か重い物が崩れ落ちる、引き摺られるような重厚な感触と音だ。

 天井からパラパラと小石や砂が落ちて来るに至って、誰もが気付いた。

 

 

「崩れるぞ……!?」

「遺跡が、崩れる!」

「熱源、観測しました! 地下……地下50メートル地点に、小型魔導炉らしき反応!」

「え、あ、う……!」

 

 

 混乱した頭で、矢継ぎ早に報告を受ける。

 自分は隊長だ、しっかりしなければ。

 そう思えば思うほどに、少女の心は乱れて行った。

 

 

『実験の開始だ』

 

 

 椅子に座ったままの仮面が、淡々と告げた。

 それに反応したのはヴィータだ、指に挟んだ鉄球を投げ、放つ。

 

 

「何が実験だ、このキチガイ野郎!!」

 

 

 ハンマーで撃ち放たれたそれは、真っ直ぐに仮面を狙う。

 牽制も無い、直線的な攻撃。

 しかしそれは、吸い込まれるように仮面に激突した。

 

 

 それに一番驚いたのは、ヴィータだ。

 直撃するとは思わなかったのだ。

 仮面が罅割れて砕け、床に破片が散らばる。

 その下にあったのは――――目も口も鼻も無い、のっぺらぼうのような顔だ。

 

 

「人じゃ……無い?」

「機人、いや、こいつは……」

「ヴィータちゃん? 危ないよ!」

 

 

 ステップを踏むようにして移動して、仮面の前に立つヴィータ。

 そしてそっと手を伸ばし、何も無いその顔に手を触れさせる。

 相手からの反応は、無い。

 そのことを確認したヴィータは、力任せに掴んだ顔の部分を引っ張った。

 

 

 鈍い音が響き、何かが折れるような音がする。

 次いで、電気がスパークするかのような音。

 崩れる遺跡の中、ヴィータがなのは達を振り向いた。

 

 

「やられた……!」

 

 

 ヴィータは砕いた顔、その奥にあった物を掲げて見せる。

 そこには、小さな機械があった。

 別に複雑な構造は必要無い、何故ならそれは少し文明の発達した世界ならどこにでもある物。

 

 

音声記憶装置(ボイスレコーダー)……!」

 

 

 呆然と呟くなのは、それもそのはずである。

 自分達は今まで、ボイスレコーダーが仕込まれただけの人形を相手にしていたのか。

 その時、足元が大きく揺れた。

 地下に仕込まれた魔導炉が爆発と震動を起こし、遺跡を崩そうとしている。

 

 

 ――――罠。

 罠だったのだ、これは。

 だが、誰の……何のための罠だ?

 

 

(どうしよう、どうすれば……!)

 

 

 撤退するには、時間が足りない。

 とはいえ、ここにい続けることもできない。

 ならば、どうすれば良い。

 隊長として、皆を守る義務がなのはにはあるのだ。

 どうする、どうする――――どう、する。

 

 

<Master>

 

 

 はっ、とした。

 突然、『レイジングハート』が砲撃形態へと変化したのだ。

 砲撃。

 『レイジングハート』が見せた姿に、なのはは唇を引き結んだ。

 

 

 多少……いや、かなり乱暴だがそれしか無い。

 そう、覚悟したのだ。

 その後、なのはは全員に対してある指示を出し、そして――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『アースラ』は、なのは達が向かった遺跡の崩落を2つのルートで察知することが出来た。

 一つは、サーチャーを使ったエイミィの管制。

 そして今一つは、援軍の武装隊員10名を率いて現地に向かっているイオスからの報告だ。

 

 

 幼馴染であり部下である2人からの報告に、クロノは決断を迫られた。

 つまり、さらにフェイトの部隊を向かわせるかどうかだ。

 否、『アースラ』を動かすことも考えたが、出来なかった。

 

 

「艦長、第41無人世界北部から飛翔する物体を確認しました!」

「艦形照合……次元航路内で遭遇した、もう1隻の海賊船です!」

 

 

 オペレーターの2人の報告に、クロノは内心で唸った。

 もう1隻の海賊船の行方はもちろん探していた、だが今まで発見されていなかった。

 そして今、突如『アースラ』のセンサー類にかかった。

 これの意味する所は、明白だった。

 

 

(こちらのサーチから、逃れる術を持っているのか)

 

 

 この時点で、「自分達はただの海賊では無い」とアピールされているような物だった。

 あまりにも、未知数。

 本音を言えば追撃したいが、タイミングが悪い。

 まだレイチェル達の奪還の報告も来ていない、容易には艦を動かせなかった。

 

 

「か、艦長!」

「どうした?」

「……か、海賊船から……」

 

 

 クロノの座る指揮シートから見て、下の段の椅子についているエイミィが振り向いた。

 その顔は、何と言うか、困惑を通り越して不信の域に達していた。

 

 

「海賊船から、メッセージらしき物が届いてますけど……」

「読んで……いや、こっちに表示してくれ」

「り、了解」

 

 

 数秒で開かれた表示枠、その内容にクロノは眉を顰めた。

 そこには、こう書かれている。

 

 

『せいぜい、お嬢様によろしくお伝えください』

 

 

 どう言うことか、と考える時間はクロノには無い。

 こうしている間にも海賊船は大気圏外に出ようとしている、何らかの決断を下す必要があった。

 そして同時に、何かを決断し続ける艦長という役職の重みを知る。

 自分の母は、ずっとこれを繰り返していたのか……。

 

 

『艦長! こちらイオスだ。ちょっと不味い事態になった!』

「何だ!?」

 

 

 今度は何だ、そう思って艦橋の中央スクリーンを仰ぎ見る。

 通信相手のイオス経由で送られてきた映像に、クロノは目を見張る。

 何故ならそこには、なのは達の向かった遺跡が映し出されていて。

 

 

 桜色の光の柱が、遺跡を吹き飛ばしていた。

 

 

 遺跡の内部から放たれたらしいそれは、遺跡を吹き飛ばし――――サーチャーの映像が乱れる程の余波を周辺に与えていた。

 ビリビリと映像越しに伝わってくる魔力の震えに、艦橋が静まり返った。

 

 

「あれは……」

 

 

 そしてその現象に見覚えのあるクロノが、囁くように言った。

 

 

「なのはの、『スターライトブレイカー』か……!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 石壁の天井を跡型もなく吹き飛ばし、振り積もった雪はおろか空の雪雲に一時的に穴を開けた。

 桜色の閃光が細まり、最後には線となって消える。

 後に残るのは、遺跡に開いた巨大な穴……。

 

 

 ……ざんっ、とその穴の縁に肩足を乗せた人間がいる。

 2つに縛った栗色の髪、白い魔力の防護服を纏った少女は、地上に出ると後ろを気にするように下へと顔を向けた。

 

 

「皆、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です!」

「ちょっと砂とか雪とか被りましたけど、隊長のおかげで生きてます!」

 

 

 その下には、少女の後に続くように上がって来る武装隊の面々がいる。

 崩落する遺跡の中、なのはが自らの最大砲撃で天井を吹き飛ばしたからこと助かった者達だった。

 全員、所々薄汚れているが、無事だ。

 負傷者も運び出すことが出来た、それにもう1人も。

 

 

「……ったく、無茶しやがって」

「えへへ……ごめんね、ヴィータちゃん」

 

 

 悪態を吐くヴィータの背中には、気を失ったままのレイチェルがいた。

 ぐったりと脱力しているためにかなり重いが、魔力で身体強化しているヴィータには大した問題では無い。

 むしろ問題なのは、もう1人を発見できていないことだろう。

 

 

『……ザザ……ザ……高町隊、聞こえるか?』

『クロノ君? うん、聞こえるよ』

『そうか、良かった……状況を教えてくれ、どうなっている?』

 

 

 クロノから長距離念話が届き、なのはは事情を説明する。

 その間にも、雪が振り続ける遺跡跡はまだ微かに地鳴りがしていた。

 どうやら、まだ崩落が収まったわけでは無いらしい。

 

 

 なのはは遺跡でレイチェルを保護したことと、レイナを保護できなかったことを伝える。

 ボイスレコーダーのことや「機人」のことも伝えたが、それについて考察している時間は無かった。

 だからか、クロノは聞くだけに留めて余計な質問はしなかった。

 

 

『了解した。とにかくレイチェル嬢を連れてそこを離れてくれ。レイナ女史の捜索については、その後で部隊を編成し直して行うこととする』

『でも……』

『そこに留まるのは、レイチェル嬢が危険だ。レイナ女史もそれは望まないだろう』

『……うん』

 

 

 クロノの言葉に、とりあえず頷く。

 確かに、気を失ったレイチェルを連れたままで捜索は出来ない。

 後ろ髪を引かれる思いで、なのはは再び浮遊した。

 

 

 空中で身体ごと後ろを向けば、レイチェルを担いだヴィータを始めとする仲間達が見える。

 そしてその向こう、自分が開けた穴の向こう側……あの広間があるだろう場所を見る。

 それから、何事かを呟こうとした時だ。

 

 

<Master、Please pay atte――――>

 

 

 注意を促した『レイジングハート』の音声が、なのはの耳には途中で途切れたように聞こえた。

 応答しようとした唇は、熱い液体に満たされて声を出せなかった。

 左、腰のあたりだろうか、妙に熱かった。

 腰から下の感覚が急激に失われて、全身から力と言う力が抜け落ちて行くようだった。

 

 

 何か、固い物が背中に当たっている感触がある。

 振り向く、見る、そして気付く。

 半透明、まるで空に溶けているかのように――ステルスだ――何か、四角い何かがあった。

 自分と触れ合うことで、その姿が見えている。

 だって、こんなにも赤く塗装されているのだか――――――――。

 

 


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