魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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今回、悪い意味でのお嬢様キャラが出ます。
苦手な方は、ご注意ください。



雌伏編第4話:「冬に咲く花:前編」

 

 時が経つのは――と言うか、別にそこまで経っていないが――早いなぁ、と思うイオスだった。

 それは、自分の職場でもある次元航行艦『アースラ』の艦橋にいても感じることだ。

 具体的には、少し前は彼の義母同然の存在が座っていただろう指揮シートに座る人間について。

 

 

「……なんつーか、すげー違和感あるな」

「あー、わかるわかる、物凄く変な感じ」

「……悪かったな」

 

 

 憮然とした顔で応じるのは、クロノだった。

 この春に三佐昇進と提督資格を得て、現在は次元航行艦『アースラ』の艦長の職に就いている。

 もっとも、現在は研修中で正式な配置は来春だが。

 イオスとエイミィにしてみれば、以前はリンディが座っていたそこにクロノがいるのは違和感を感じてしまうのだった。

 

 

 しかしそう言うイオスとエイミィも、それぞれに昇進を果たして役職に就いている。

 クロノの執務官補佐としての任はそのままに、イオスは一等空尉に昇進の上『アースラ』配備の武装隊2個小隊60名の総隊長(中隊長相当)、エイミィは通信主任に加えて管制司令代行の役職に就いている。

 士官学校同期のこの3人はもちろん、他の『アースラ』スタッフも昇進や異動を経験している。

 『闇の書』事件から2度目の冬を迎えるに当たって、そのままではいられないのだった。

 

 

「違和感あるって言えば……俺の指揮下の武装隊なんだけど」

「僕が艦長職に就いたからな、保有制限が空いたんだ」

「レティさんも意外と人情人事をするんだねぇ」

「いや、単純に最高のパフォーマンスを出せる所に配属しただけだと思うぞ俺は」

「「あり得る」」

 

 

 一瞬、「文句があるの?」と眼鏡に手を添えているレティが幻視できた気がするが、気のせいと言うことにしておく。

 しかし実際、今回の航行任務でイオスの指揮下に入った武装隊の隊長陣は狙っているとしか思えなかった。

 と言うのも、彼女達は……。

 

 

「クロ……じゃない、艦長、総隊長、管制司令代行、皆を連れて来ました」

 

 

 と、その時、執務官候補生として『アースラ』に乗艦しているフェイトが艦橋に来た。

 黒を基調としたジャケットとタイトスカートの制服に身を包んだ小さな少女が、背筋正しく3人に敬礼する。

 3人はその堅苦しさと真面目さに苦笑しつつ、それぞれのやり方で敬礼を返した。

 

 

「どうよフェイト、勉強はかどってる?」

「はい、おかげさまで」

「……ねぇクロノ君、どうしてイオス君はフェイトちゃんに上から目線なの?」

「おそらく、先輩ぶりたいんだろう。そっとしておいてやれ、どうせ先を越されるんだからな」

 

 

 あの2人いつかシメる……そう決意するイオスだったが、目の前のフェイトを含めて艦橋でクスクスと言う笑い声が響くのは止められなかった。

 ――訂正、フェイト以外は視線で黙らせた。

 忘れられがちだが、彼は艦内では上から数えた方が早い階級である。

 

 

 それはそれとして、この任務が終われば今年最後の執務官試験がある。

 11月に申し込みが終わっているので、12月初頭の今回の任務を経て中旬に試験に臨むのだ。

 『アースラ』で執務官試験を受けるのは、イオスとフェイトの2人である。

 

 

(一応、試験でも先輩だからな。面倒見てやらねぇと……)

 

 

 そう思い、うんうんと頷くイオスだった。

 ただフェイトの才能が半端ないので、面倒を見る前に抜かれるのではないかと戦々恐々としていたりするので心中複雑である。

 当のフェイトは、首を傾げて「?」を浮かべているが。

 ちなみに、アルフは今回は留守番のようである。

 

 

「武装隊隊長陣、ただいま到着致しました!」

 

 

 そしてそのタイミングで、イオスの指揮下に入る武装隊の隊長陣が艦橋に転移してきた。

 60名の大所帯だが、彼女らと協力して纏め上げるのがイオスの役目だ。

 そう、「彼女」らと……である。

 

 

「『アースラ』所属武装隊第1小隊隊長、高町なのは准空尉です。よろしくお願いします!」

「同じく第1小隊副隊長、ヴィータ空曹……です。よろしく」

「第2小隊、ルイーズ・W・ストボロウ二等空尉ですぅ。よろしくぅ」

 

 

 ……どこから突っ込もう、イオスはそう思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「まさか、高町さん達が来るとは……」

「えへへ、よろしくお願いしまーす!」

 

 

 イオスが呻くような呆れたような声を上げると、なのはが天真爛漫を体現したかのような笑顔で挨拶を繰り返す。

 それにクロノを含めた『アースラ』スタッフが好意的な笑みを返す、皆、『ジュエルシード』事件の時から彼女のことを気に入っているのだ。

 

 

「……つーか、何でお前までいるんだよ。他のメンツはどうした」

「シャマルは本局で医務官、シグナムは本部の航空隊、ザフィーラははやての護衛で……今回は私だけだよ、悪かったな」

「やめろその言い方、それだと俺が他のメンツに会いたがってる感じになるだろ。それからここでは俺が上官だかんな、覚えとけよ」

「わかった……です」

 

 

 口調には「です」をつけるが目は全くイオスを敬っていない、そんなヴィータの様子に青筋を立てるイオス。

 この2人の関係が喧嘩中心なのはもはや『アースラ』内では常識なので、これにもやはり生温かい視線が送られている。

 

 

 ただ見た目では喧嘩腰でも、ヴィータはきっちりと『闇の書』事件関連での借りを覚えている。

 イオスもイオスで、この2年間黙々と管理局の労働奉仕に従事しているヴィータをちゃんと見ている。

 が、それはそれこれはこれ、そりが合わないので出会えば喧嘩である。

 これも、一つの関係と言えるのかもしれない。

 

 

「で、高町さんとヴィータはまだ良いとして……」

「……えへ?」

 

 

 額に指を当てて視線を送れば、その先では20歳前後の女性が可愛らしく小首を傾げて笑っていた。

 名前はルイーズ・W・ストボロウ、二等空尉で総隊長補佐兼第2小隊の小隊長。

 薄茶色のポニーテールはそのままで、残念なことに語尾が伸びる口調もそのままだった。

 

 

「士官学校卒業してから会って無いから……6年ぶりくらいか?」

「そうだねぇ。クロノもエイミィも久しぶり、懐かしいねぇ……艦長様と管制司令代行様にこんな口きいたら、問題だからもうしないけどぉ」

 

 

 間延びしているわけでは無い、しかし独特に語尾が伸びるのだ。

 訛ると言うのとはまた違うので、何と言えば良いかイオスにもわからないが。

 まぁ、武装隊の仕事には関係ないし、良いか、と割り切るのだった。

 

 

「さて、全員の挨拶が終わった所で今回の任務について説明する」

 

 

 頃合いを見計らって、クロノが立ち上がりそう言った。

 エイミィが中央のスクリーンを動かして、今回の次元世界間巡回任務についての説明をしようとした所で。

 

 

 

「――――遅いっっ!!」

 

 

 

 艦橋に、聞き覚えの無い甲高い声が響き渡った。

 何事かと全員が艦橋の扉の方へ視線を向ければ、そこには少女が1人と女が1人いた。

 少女は見るからに怒っていて、女は見るからに弱り切っていた。

 

 

「お、お嬢様、お嬢様……こちらは艦橋ですので、その」

「ええい五月蠅い! こ奴らが遅いのが悪いのじゃ、私は早うお父様の所へ行きたいのじゃ!!」

 

 

 ……もう、これだけで関係性がわかってしまいそうな2人だった。

 それを見て、イオスは深々と溜息を吐いた。

 彼女達こそ、今回の『アースラ』の任務に重要な意味を持たせる存在だったからだ。

 

 

(……大丈夫かね、今回の任務)

 

 

 そう思い、イオスはふと先日のことを思い出した。

 今回の任務について、クロノから直接説明を受けた時のことを……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――2日前、ハラオウン家。

 イオスはクロノと共同使用している部屋で、クロノから次の航行任務について聞いていた。

 内容は単純で、ミッドチルダからある次元世界までの航路の巡回……まぁ、パトロールだ。

 

 

 本局所属の次元航行部隊の艦船は、多かれ少なかれ次元世界間を行き来している。

 物資の輸送、あるいは民間船の護衛、犯罪者・密輸品の護送……形はいろいろだ。

 その中でも定期・不定期のパトロールは頻度が高く、艦長として研修を受けているクロノにとってはこなさなければならない任務の一つだ。

 しかしどうも、今回の巡回任務には妙なオプションがついているようで。

 

 

「護衛任務ぅ?」

「ああ」

 

 

 思い切り訝しげな声を上げるイオスに対して、クロノは頷きながらも溜息を吐いた。

 その顔は、面倒な物をしょいこまされた時特有のそれだった。

 

 

「巡回任務中の次元航行艦に、民間人を乗せるってのか?」

「ああ……どうやらそうらしい。目的地の第55管理世界「イルギス」まで護衛対象を送り届けるのが僕達の任務だ。と言うか、巡回は名目でこちらがメインだな」

「マジか。いつから管理局は次元世界間旅行事業を始めたんだよ」

 

 

 旅行会社所有の次元航行艦の護衛であればまだわかるが、護衛対象を乗せるとなると稀有な事例になる。

 何故なら管理局の次元航行艦は防衛機密で溢れている、よほどの緊急時で無い限り民間人を乗せるなどあり得ない。

 しかも、命令書には対象に「艦内での行動の自由」まで与えているのだ。

 

 

「所用日数は3日から4日……「イルギス」の自然保護区サファリゾーンまで送り届けること……って、マジで旅行じゃねぇか。どう言うことだこれ」

 

 

 自然保護区は、自然環境や原生生物がそのまま保存されている地区だ。

 中でも第55管理世界「イルギス」は広大な草原を含み、次元世界有数のサファリパークがあることで有名だ。

 とてもではないが、本局の次元航行艦が行く所では無い。

 

 

「ミッドチルダから「イルギス」へ通じる航路では、最近海賊被害が相次いでいる。一般の旅行船では不安と言うことらしい、局の艦であればまず襲われないからな」

「別の航路通れば良いだろうに……」

「一番速く到着できる航路で、との先方の指定だそうだ」

 

 

 クロノの方から流れて来た表示枠には、ここ数か月で頻発している同航路の海賊情報が載っていた。

 当然機密指定がかけられている情報だが、イオスの階級なら見られる情報だ。

 理由として、海賊被害の情報は民間メディアに流れやすいと言うのもあるのだろう。

 記録映像の中では、次元航路内で攻撃を仕掛けて航路外の次元世界に貨物艦を追い立て、捕獲したり強行乗船したりしている様子が映し出されている。

 

 

「まぁ、何と言うか……あんまり会いたく無いな」

「今の所、管理局の次元航行艦を襲撃した記録は無い。『アースラ』なら大丈夫だと思うが……」

「そうだといいねぇ」

 

 

 別の表示枠に表示された護衛対象の情報を見ながら、イオスは溜息を吐いた。

 これは、物凄く面倒くさい任務になりそうだ、と。

 そして、そんな彼の危惧は2日後に的中することになる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 護衛対象の名前はレイチェル・マリア・イメルト、12歳。

 ミッドチルダ第3位の航空宇宙関連企業、「ミッドチルダ・エアロスペース(略称:MAe)」社長の1人娘でありだ。

 とどのつまり、『アースラ』の今回のお客様である。

 

 

 MAeは防衛産業を擁する大企業で、時空管理局に対してヘリコプター、次元航行艦用エンジン、艤装品の他、輸送用車両や戦闘用車両などを供給している。

 何を隠そう、『アースラ』にもこの企業の製品がいくつか採用されていたりする。

 またオーナーであるイメルト家は、管理局の大口スポンサーの一つだ。

 

 

「この船はいつになったら出航するのじゃ! もう待てぬ、早う出ぬか!! これだから粗骨な者共はどうしようも無いのじゃ、無能者!」

「お、お嬢様、お部屋に戻りましょう、お嬢様」

「ええい五月蠅い、あのような狭苦しい所にいられるか!!」

 

 

 波打つ豊かな金色の髪に、気の強そうな細く蒼い瞳。

 手は自分で重い物を持ったことが無いかのように細く頼りない腕、それでいて両肩を怒らせているためか小柄な身長ながら大きく見える。

 一見、厚手の薄桃のドレスを着た可憐な少女だが……その口から出る言葉は非常に辛辣だった。

 眉を立てて喚き散らすその様に、艦橋のスタッフは半ば呆然としている。

 

 

 それでいて、少女を宥めようとている20代後半の女性が困り切っている様子が際立っていた。

 長い黒髪を首の後ろで束ねて、黒のスーツと眼鏡姿のキャリアウーマン風な女だ。

 ただ、少女……レイチェルのせいでとてもキャリアウーマンには見えない。

 彼女の名前はレイナ・フランキスクス、レイチェルの付き人である。

 

 

(うわぁ……)

 

 

 もう、いかにもな「お嬢様」にイオスは心の中でかなり引いていた。

 なのは、フェイト、ヴィータなどは表情にそれを出してしまっている、経験が少ないので仕方が無いのかもしれない。

 ただ、それを注意する気にもなれない。

 

 

「もし……レディ、申し訳ありませんが、出航時間までもう少しあります。もう少々、お待ちください。それと、ここは艦橋ですので……」

「いーまーすーぐーじゃ! 今すぐ出すのじゃ、今すぐ!!」

「いえ、局の規定で予定時間を勝手に早めるわけには……」

「そんなもの、私には関係ないことじゃ!!」

 

 

 えぇ――……と、心の中で呻くイオス。

 情報には載っていたが、予想以上の我儘っぷりだった。

 スタッフ全員がお嬢様を宥めに行ったクロノを内心で称賛しているが、そのクロノの説得と言うか説明も意味を成さなかったようだ。

 ぎゃーぎゃーと喚くお嬢様に、クロノは両手を前に出しつつ。

 

 

「わ、わかりました。本局に出航を早められないか問い合わせてみますので、どうかお部屋にお戻りください」

「最初からそう言えば良いのじゃ、ちょっと顔が良いからと調子に乗るで無いぞチビ」

(((この子、今すごいこと言った……!)))

 

 

 イオス他スタッフは内心で冷や汗をかく、クロノに身長関係の話はタブーだ。

 最近伸びて来たとは言え、それでも平均身長よりやや小さいままだからだ。

 加えて、気のせいで無ければエイミィのいる辺りから熱気が上がっている気がする。

 

 

「す、すみません。すみません……!」

「あ、ああ、いえ……構いません」

「レイナ! そのようなチビに頭を下げるな、我が家の品格を下げるつもりか!!」

「も、申し訳ありません、申し訳ありません……っ」

 

 

 もはや、付き人の女性が哀れになる程だった。

 

 

「ふんっ、本局とやらに金ならいくらでもあると申し伝えておけ……って、何じゃ、私の他にも子供がいるではないか」

「え……あ、私達、ですか?」

「他に誰がおる、これだから庶民は理解が遅くて嫌じゃ」

「あ、あはは……」

 

 

 次に照準を合わせられたのは、どうやらなのは達のようだった。

 レイチェルはまずフェイトを見る、すぐに興味が失せたのか目を逸らした。

 次にヴィータ、赤毛のおさげに興味を抱いたようだが、鼻で笑って目を逸らした。

 そして最後に、なのはを見て……それこそ、上から下までジロジロ見て……。

 

 

「ふ~~~~む……」

「な、なんでしょうか……?」

 

 

 空隊の白いジャケットの制服を着たなのはが、ドギマギしながらレイチェルを見る。

 レイチェルはなのはを見つめた後、にっこりと笑って。

 

 

「良し、そなた、伴をせい」

「へ……へ!?」

「この船の中を探検するのじゃ、早う伴をせんか!」

「え、あ、あー……案内? 案内って言うこと……ですか?」

「何じゃ、金が欲しいのか? いくらじゃ?」

「い、いや……お金はいらないですけど……」

 

 

 戸惑いながら、なのはがクロノ達を見る。

 フェイトはオロオロしていて、ヴィータは助けてくれそうにない。

 自分には仕事もあるので、正直かかりきりにはなれないのだが……。

 

 

「……仕方無い、高町准空尉、イメルト嬢に艦内を案内して差し上げてくれ。仕事はヴィータ空曹に代行させる」

「げ、私か!?」

「え、えーと……「早う!」わっ、ちょ……い、いってきまーす!?」

 

 

 レイチェルに手を引かれて艦橋から出て行くなのは、ちなみに付き人のレイナはずっと頭を下げ続けていたことを追記しておく。

 嵐が去った艦橋、スタッフ全員が溜息を吐いて……。

 

 

「……大丈夫か、この任務……」

 

 

 全員の意思を代弁するように、イオスが呟いた。

 それは代弁と言うのに相応しかったようで……。

 誰も、否定しなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして、大丈夫では無かった。

 全くもって大丈夫では無かった、と言うのも、レイチェルの存在は極めて艦の航行にとって邪魔だったからだ。

 部屋で大人しくしていることなど一度も無く、所構わず顔を出しては無茶を言うのである。

 

 

 しかも大体は、『アースラ』側への苦情とも言えない我儘である。

 やれ部屋が狭い、やれ食事が不味い、やれ暇だ劇団を持ってこい、やれ何々が食べたい用意しろ、やれ洋服が気に入らないから作れ、やれ馬になれ、やれ魔法を見せろ、やれ操艦させろ……etc。

 一言でも抗弁しよう物ならば、次の一言が飛び出すのだ。

 

 

「お父様に言いつけてやる!!」

 

 

 これには、『アースラ』スタッフもどうしようも無い。

 管理局の大口スポンサーの機嫌を損ねるわけにはいかないし、そんなことをすれば局から何を言われるかわかったものでは無い。

 それをどう受け取っているのかはわからないが、とにかく口を噤むスタッフを見てレイチェルは鼻を鳴らして笑うのだった。

 

 

「すみません、お嬢様がすみません……」

 

 

 その後、付き人のレイナが人知れず――表現がおかしい、正確には「お嬢様知れず」――に謝罪に来るので、それがギリギリのラインでスタッフの機嫌を宥める結果になっているのだった。

 と言うか、あまりにもレイナが不憫なので我慢できていると言うか……。

 

 

 そして出航2日目、明日の夜には第55管理世界のサファリパークに到着するかどうかと言う時になっても、レイチェルの我儘は留まる所を知らなかった。

 今日は『アースラ』内の訓練室での武装隊の定期訓練に顔を出したようで、良くはわからないが「戦争ごっこ」らしきことをやらされたらしい。

 そのため、第2小隊の隊長であるルイーズがイオスの所にやって来て。

 

 

「イオスぅ、あの子なんとかしてよぉ……」

 

 

 弱り切った顔でそう言うものだから、イオスは本気で同情した。

 どれくらい同情したかと言えば、『アースラ』のイオスの私室にやって来た彼女に手ずからお茶を淹れてあげたくらいである。

 彼女はお礼を言って、力無くそのお茶に口を付けて。

 

 

「甘ぁ――――っ!?」

「うおっ、なに噴いてんだよ、汚ねぇな!」

「えほっ、えほっ……い、イオスのせいだよぉ、何この劇物ぅ」

「やはり、俺はまだリンディさんの域にまでは達せていないのか……」

 

 

 私室の椅子に座って、ルイーズが深く息を吐く。

 よほど、レイチェルの無茶な要望に振り回されたのだろう。

 正直、艦内の業務を妨害するレベルにまでなってくると問題だった。

 と言うか、もうこれは法的手段に訴えても勝てるんじゃないかと言うレベルである。

 勝っても得な事が何一つ無いので、皆が我慢しているだけだ。

 

 

「あのお嬢様のことはともかく……久しぶりだねぇ、イオス」

「ああ、士官学校の卒業以来だな。あれからずっと武装隊か?」

「いつか脅威対策室に行きたいんだけど、まだまだ実績が足りて無くてさぁ」

 

 

 脅威対策室、テロなどに対応するための部署だ。

 現場の経験と知識が不可欠な部署のため、そこへの異動は執務官ほどでは無いものの難しい。

 よほど優秀な実績が無ければ、勤まらない役職なのだ。

 それから世間話のようなことを話した、他の同期生の近況がどうなっているかとか……。

 

 

「アベルのことは……聞いたよぉ」

「……そうか」

 

 

 その中で、殉職した同期生のことも出て来た。

 アベル・マナット二等陸尉……殉職で二階級特進して、三等陸佐だ。

 犯罪者に機械と融合させられ、「動く死体」として操られていたのをイオスが葬ったのである。

 仲間の死体に鞭打つ行為だとして、心無い者からは「仲間殺し」などと言われる事もあるが……。

 

 

「気にしなくて良いよぉ、皆、この制服を着た時から覚悟してたことだからぁ」

「……ああ」

「と言っても、イオスは気にするんだろうけどねぇ」

 

 

 そう言って微かに笑うルイーズの視線から、イオスは逃げるように顔を背けた。

 それから、わざとらしく仕事に戻る。

 まぁ、その仕事がレイチェルの我儘の皺寄せだと思うと涙が出て来るわけだが……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「まったく……何じゃケチくさい、金ならいくらでもあると言うに」

「に、にゃはは……いや、お金の問題じゃないと思うんだけど……」

 

 

 プリプリと怒るレイチェルの後を追いかけながら、なのはは苦笑いを浮かべていた。

 昨日から何故か気に入られたらしく、こうして良く連れ回されているのである。

 ちなみに今は、レイチェルの「魔導砲を撃ってみてたもれ」と言う願いが拒否された所だった。

 

 

 いや、それは無理だろうと思うなのはだが、レイチェルは変わらず「お父様に言いつけてやる!」と吐き捨てて魔導砲のコントロール・ルームから出て来た所なのだ。

 不機嫌は、昨日からずっと続いている。

 『アースラ』は広いので飽きないはずだが、レイチェルにとっては意味を成さないようだった。

 

 

「……でも、レイチェルちゃん。あんまり皆を困らせたらダメだよ?」

「何故じゃ?」

「いや、何でって」

「どうして困るのじゃ? 私の言うことを聞いておれば私も無茶は言わぬ、私の言うことを聞かぬ方が悪いのじゃ、無能なのじゃ、意地悪なのじゃ!」

 

 

 その時点で無茶である、なのははほとほと困り果てていた。

 こう言う手合いは、正直に言って初めてである。

 強いて言えば昔のアリサが近いかもしれない、小さい頃のアリサはすずかを苛めていた時期があった。

 ただアリサは友達になりたい気持ちが行き過ぎてそうなっただけで、当時のなのはと取っ組み合いの喧嘩を経てどうにか関係を構築したのである。

 

 

 翻って、レイチェルにはそう言うものが無いように感じられるのである。

 何と言うか、「世界は私を中心に回っている」を地で行っていると言うか……おそらく、幼い頃からあらゆる願いを叶えられて育ってきたのだろう。

 なので彼女にとっては、「言えば叶う」のが普通なのである。

 

 

「でも、やっぱり皆に迷惑をかけるのはダメだよ」

 

 

 だからこそ、何とかして教えたいと思うなのはだった。

 世の中には出来ないこともあって、お金で解決できないこともあるのだと。

 今のままでは、皆が離れて行ってしまうと。

 

 

 流石にアリサの時のように取っ組み合いをするわけにはいかないのが、明らかに艦の業務を妨害しているとあっては不味い。

 それは、いくらなんでも不味い。

 武装隊は彼女の遊びに付き合うために訓練をしているのでは無い……流石に、そこはなのはもカチンと来ている所だった。

 

 

「武装隊の人達は、次元世界の人達を守るために一生懸命練習してるんだよ? それなのに、あんなことしちゃダメだよ」

「……」

「それに艦の皆にも、我儘を言って困らせるの、ダメだよ。ちゃんとごめんなさいって言おう? 私も一緒に謝りに行くから、ね?」

「…………」

「ね、レイチェルちゃ「ええい、五月蠅い!!」

 

 

 小さな背中が立ち止まって、両手を握り締めて怒鳴る。

 振り向いた顔は、眉を立てていて……明らかに、不機嫌だった。

 

 

「五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い、五月蠅い! 何じゃ先程からお前は、何様のつもりじゃ! お前はただ私の言うことを聞いておれば良いのじゃ、だと言うに、何をゴチャゴチャ言うのか!!」

「れ、レイチェルちゃん、落ち着い」

「金か!? 金が欲しいならそう言えば良かろうに……っ……これで満足か!? わかったら説教なぞするでない!!」

 

 

 肩から提げた小さな鞄の中からメモ帳のような物を取り出して、何かを走り書きしたかと思えばそれをなのはに差し出すレイチェル。

 11歳のなのはは初めて見る物だが、それはいわゆる小切手と言う物だった。

 レイチェルの父のサインがすでに入っている物で、そこにレイチェルが金額を書き込む仕組みだ。

 ちなみに、日本で言えば高級マンション全室を買い占めてしまえる程の金額が書いてある。

 

 

「……お金は、いらないよ」

 

 

 ゆるゆると首を振るなのはは、どこか哀しげだった。

 それがどう言う意味の哀しみかは、なのは以外にはわからない。

 ただ、レイチェルの不機嫌さを上昇させる効果はあった様子で。

 

 

「もう良い!!」

「レイチェルちゃん、あのね」

「五月蠅い! 少し目をかけてやれば良い気になりおって……!」

「きゃっ……」

 

 

 どんっ、となのはを突き飛ばして、レイチェルは駆け出した。

 

 

「待って、レイチェルちゃん!!」

 

 

 尻もちをついてしまったなのはは、慌ててレイチェルを呼び止めようとする。

 ただレイチェルにその気が無いようで、そのまま駆けて行ってしまった。

 あいたた……とタイトスカートのお尻を撫でながら、なのはは起き上がる。

 

 

 どうしたらいいのか、と頭を悩ませる。

 お話をする、これは確定だ。

 ただ、どうやってお話をするのかと言うと……かなり、悩ましかった。

 

 

「なのは!?」

 

 

 その時、レイチェルが駆けて行った方とは逆の通路から、黒い制服姿のフェイトが駆けて来ていた。

 コケる所を見られてしまったのか、とても心配した顔をしている。

 だからそれを見て、なのはは舌を出して笑って誤魔化すのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 たまたま通りがかったら、なのはがお客様の女の子レイチェルに突き飛ばされていた。

 それに驚いて駆け寄ったフェイトだが、なのはは大丈夫だと言ってそのまま立ち上がる。

 ただ、その動きが少し緩慢で……フェイトはますます心配そうな顔になって。

 

 

「大丈夫、なのは? もしかして寝てないの?」

「あ、うん、ちょっとだけ」

「……本当?」

 

 

 繰り返しの確認に、なのはは笑顔を浮かべるばかりだ。

 だが実の所、なのはは今日ほぼ徹夜である。

 夜通し起きていたレイチェルに付き合わされて、しかもレイチェル自身は昼過ぎまで寝ていると言う昼夜逆転生活を送っていた。

 ただなのはには朝になれば仕事があるのであって、レイチェルのように朝寝など出来ないのだ。

 

 

「本当に大丈夫だよ、『レイジングハート』に体調管理して貰ってるし」

「そう? なら良いんだけど……」

 

 

 それでも、フェイトは心配だった。

 自分もそうだが、なのはは普段から休日も魔法の訓練に時間を割いているような生活を送っている。

 良くクロノやユーノが「良く疲れが溜まらないな」などと言っているくらいだし、それにデバイスの体調管理は病気やバイタル確認が中心で、人間の疲労の度合いとなると機械には読み切れない。

 人間の「疲れ」と言うのは、いつどこで表に出て来るのかわからないから。

 

 

 それでも「大丈夫大丈夫」と言って笑うなのはを見ていると、大丈夫なのかなと思えてしまう。

 可愛らしく力こぶなど作って見せるなのはにクスリと笑って、フェイトはその話を終わらせた。

 とりあえず、今は。

 

 

「えへへ……怒られちゃった」

「あ……だ、大丈夫?」

「うーん……微妙?」

 

 

 困ったように笑うなのはに促す形で、2人は歩き出す。

 廊下を歩きながら、なのははレイナから聞いたと言うレイチェルのことを話す。

 曰く、父親に会うのは3年ぶりなのだとか。

 

 

「3年ぶり?」

「うん、何かね、物凄く忙しい人なんだって。それで、あんなに早く早くって言ってたみたい」

 

 

 母親はレイチェルを産んだ直後に亡くなってしまい、それ以降は使用人に育てられた。

 ただ使用人は親では無いので……レイチェルの言うことを適当に叶えながら、後はほぼ放置だったのだとか。

 そのせいだろうか、父親への傾斜を強めたらしい。

 

 

 そしてその気持ちを、なのははほんの少しだけ想像することが出来た。

 かつて幼い頃、父が入院して……1人だった時のことを思い出すから。

 寂しい、自分を見てほしい、ちゃんと良い子にしてるから、と。

 まぁ、レイチェルの場合は我儘で気を引こうとしているのかもしれないが。

 

 

「だからかな、何だかね、ほっとけないの」

「そうなんだ……」

 

 

 それに、フェイトも頷く。

 家族の気を引きたい、と言う気持ちは……かつて『ジュエルシード』を求めた彼女にも少しはわかるつもりだった。

 わかると言うより、想像できるかもしれない、だが。

 

 

 まぁ、それでも同時にスタッフから「何とかして」と抗議を受けているクロノの様子も見ているので、完全には首肯し難いものもあるのだが。

 我儘にも理由がある、と言うことはわかる。

 わかるが……心配、ではあった。

 

 

(……あの子は、独りだ)

 

 

 レイチェルは、彼女は気付いているだろうか。

 この艦で彼女と正面から向き合うのは、もはやなのはだけだと言うことに。

 なのはは気付いているのかもしれない、だから怒ったのかもしれない。

 だが……なのはでは。

 

 

「……あ、レイナさんじゃない?」

「え? あ、本当だ」

 

 

 T字路のような場所に差し掛かった時、狭い方の通路に黒髪の女性を見つけた。

 何やら表示枠を開いて、誰かと連絡を取っているらしい。

 

 

「……ええ、艦は予定通りの航路で……ええ、時間も……」

「レイナさーんっ!」

「……また連絡する」

 

 

 なのは達が駆け寄ってくると、レイナは表示枠を消して2人の方を向いた。

 背筋を丸めて低姿勢、どこか怯えも含んでいる様子だが……。

 

 

「あの、レイチェルさんこっちに来ませんでしたか?」

「あ、あの、お嬢様がまた何か……?」

「え、えーと……だ、大丈夫ですよ?」

 

 

 なのはは、素直であった。

 

 

「ああぁ……も、申し訳ありません」

「わ、わわわっ、レイナさんが謝らなくて良いですから!」

 

 

 ペコペコ頭を下げるレイナに、なのはが慌てて両手を振っている。

 その様子を苦笑しながら見つめていたフェイトが、ふと何かに気付いたように視線を止める。

 レイナの右の掌が、左手と比べてやや荒れている。

 荒れている、と言うか、軽い火傷を何度も繰り返したような痕があるのだ。

 

 

「手を、怪我してたんですか?」

「え? あ、ああ……まぁ、お嬢様の傍仕えをしておりますと、いろいろありますので」

「そうなんですか……」

 

 

 気にしつつも、特に聞くことでも無いのでそれで納得する。

 そんなフェイトをよそに、なのははどこかに連絡していたのかを聞いていた。

 何でも会社の関係者と話していたらしい、邪魔をしたことを詫びるなのはに、レイナは逆に頭を下げていた。

 

 

(……よ、良く謝る人だ……)

 

 

 あのレイチェルの付き人をしている以上、仕方が無い面もあるのかもしれない。

 しかしそれでも、なのはとレイナがペコペコし合う状況は止めなくては。

 そう思い、フェイトが再び口を開こうとした、その時。

 

 

 警報が、鳴り響いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『海賊が攻撃してきたのか!?』

『ああ、どうやらそのようだ』

 

 

 懐疑を含んだイオスからの念話に、クロノは艦橋の指揮シートに座りながら応じた。

 当初の想定では海賊は局の本格的な艦船にはちょっかいをかけてこないだろうと踏んでいたため、イオスとしては俄かには信じがたかったのだ。

 しかし事実として、クロノが見つめる艦橋のスクリーンには小型の貨物艦を改造したらしい海賊船2隻がそこに存在していた。

 

 

 艦体表面に白いドクロマークと言うありがちな海賊船だ、乱雑な黒の塗装の下には元々の艦の塗装や名前が微かに見えている。

 中古の魔導砲――100年前に主流だったレールカノン式――を無理矢理に取り付けたのか、少々不恰好だが……民間の輸送艦を襲うくらいはできそうだ。

 だが、それでも管理局の次元航行艦を相手に出来るものでは無い。

 

 

『……なんつーか、今回の任務はいろいろと驚くな』

「いや、まぁ、これも想定の範囲内だよ」

 

 

 レイチェル関連の苦情の対応のせいで睡眠が足りないのか、瞼を指で揉みながらクロノが言った。

 実際、海賊の出没空域を通る以上はこういうこともあるだろうと踏んでいた。

 もちろん可能性は低いだろうが、それでも想定するのが仕事だ。

 

 

「とは言え次元航路内での戦闘行為は危険だ、まずは航路外に出てやり過ごす方向で行く」

『捕縛しなくて良いのか?』

「そうしたい所だが、向こうも次元航行艦を持っているとなればこちらの要員が足りない。それに確実に航行の予定が狂う。残念ながら、あらゆる意味で不可能だ」

『航路外に出てもついて来た場合は?』

「その場合は仕方ない、応戦する……エイミィ、近くに戦闘をしても被害の及ばない世界はあるか?」

「了解、検索……出来たよ、すぐ先に第41無人世界のポイントがある!」

 

 

 第41無人世界「ブランタイア」、その名の通り無人の世界である。

 200年前くらいまでは人が住んでいた痕跡があるが、管理局が平定した時には無人だった世界だ。

 訪問する人間はほとんどいない、『アースラ』は一旦そこへと向かった。

 次元航路から出て、第41無人世界の衛星軌道上に銀の艦が出現する。

 

 

「対象次元航行艦1隻、次元航路から出ます!」

「熱エネルギー反応感知、砲戦準備を整えている模様!」

「総員、第一種戦闘準備!」

 

 

 アレックスとランディのオペレートに、クロノが鋭い指示で応じる。

 艦橋に緊張感が満ち、『アースラ』の通常魔導砲にエネルギーを充填するシークエンスがマニュアル通りに進められていく。

 『アースラ』はどちらかと言えば旧式艦だが、それでも海賊の改造船に負けるほど古くは無い。

 

 

「敵も火力の劣勢は認識しているだろう、こちらに強制接舷して突入しようとするはずだ。それを防ぎ、撃退できればそれで良い。対象艦に警告は?」

「2度送って、2度とも無視されました!」

「対象、レールカノン発射! 距離を詰めつつ攻撃を繰り返しています!」

 

 

 中央スクリーンの中で、『アースラ』の3分の1程度の大きさの艦が一門しかない砲を煌かせている。

 しかしそれは、『アースラ』の防御障壁を抜くことはできない。

 艦橋にエイミィが警告を伝える声が響く中、クロノは目を細めた。

 

 

「イオス、武装隊の状況は?」

『ルイーズは俺と一緒に第2小隊に指示出し、ヴィータは第1小隊を纏めてるって言ってきてる。なのはとフェイトも急行中……こっちは何か、レイチェルのお嬢さんにかかずらわってたらしい』

『『ごめん!』』

「そうか……大丈夫だとは思うが、2分以内に配置を終えてくれ。フェイトは艦橋に」

『『『了解!』』』

 

 

 万が一の際には武装隊が必要になる、その時、『アースラ』の魔導砲の準備が整ったらしい。

 カウントの後に、まずは警告を兼ねた砲撃を行う。

 

 

「魔導砲発射、よぉ――――――――いっ!!」

 

 

 管制指令代行のエイミィの声が響き、クロノが腕を振り下ろす。

 

 

「1番から4番、発射ぁ――――あっ!!」

「1番から4番、発射!」

「発射確認! 全シークエンス問題なし、照準――――掠めます!」

 

 

 直後、『アースラ』両側面から合計4つの魔力の光が放たれた。

 それは海賊船を掠めるように放たれて、海賊船が竦んだように減速した。

 それからしばし逡巡するように減速が続き、やがて停止、反転した。

 

 

「あ、あれ? いやにあっさりと……」

「元々、相手にならないからな」

 

 

 あっさりと逃走する海賊船にエイミィが首を傾げるが、クロノはそれを当然と思う。

 しかしだからこそわからない、何故ちょっかいをかけてきたのか……。

 

 

 その時、艦が揺れた。

 

 

 艦の一部に衝撃が走り、艦橋にいた者達がバランスを崩す。

 端末にしがみ付きながら、エイミィが状況を報告する。

 

 

「艦底部に小型の物体! 次元航路から直接転移されました!!」

 

 

 規模と形状は、超小型のそれだ。

 ただ次元航路から直接出てきたため、『アースラ』のセンサー類に映らなかったのだ。

 

 

「突入か!?」

「まだわかんない! 各所、報告ぅ――――!!」

『お客さんが大量発生だぜ……!』

「イオス!」

 

 

 クロノが指揮シートに手を当てて立ち上がった時、イオスから念話で報告が来た。

 敵襲だ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「どういう状況だよこれは……」

「まぁ、現場なんて大体そんなものだよぉ」

 

 

 バリアジャケットを身に纏い、通路の壁に身を押し付けながらイオスは毒吐いた。

 通路の出口を挟んでイオスに応じるのはルイーズ、それから2人の後ろに続くように『アースラ』所属武装隊の第2小隊の面々が並んでいる。

 イオスが毒吐いている理由は、今まさに後方へと引き摺られていく隊員だった。

 

 

 仲間の隊員に簡易バリアジャケットの襟元を持たれて引き摺られていく、その跡には隊員の重みの分だけ擦り付けられたような朱色が見える。

 負傷者だ、簡易とは言えバリアジャケットを抜く程の衝撃、それが床下から突然襲い掛かってきたのだ。

 

 

『ごめんなさい、遅れました!』

『第1小隊、南側に到着したぜ!』

『おーう、待ってたぜ。さっそくだけど、通路の真ん中に突き出てるやつ見えるか?』

『えーと……アレですね! 中から人が出てきてるんですけど……!』

 

 

 場所は『アースラ』では比較的下層の通路、そこに次元航路事故用の脱出艇のような物の姿が半分ほど見えている。

 ただし明らかに改造されている――先端に特殊合金のドリルがある――し、普通、他の艦の壁を抜いて突き刺さっては来ない。

 衛星軌道上で艦に穴が開けば大惨事だが、緊急の魔法障壁が展開されてそれを抑えている。

 

 

 問題は、改造脱出艇の中から顔をドクロのマスクで覆った人間がワラワラと出てきていることだ。

 どう考えても海賊、手には鉄製の斧やら弓やらを抱えている。

 装備としては貧弱だ、が……いきなり突入してきたので、展開途中だった第2小隊は奇襲を受けてしまった所だった。

 

 

「どうするぅ?」

「高町さんの隊とこっちで、挟み撃ちには出来る形にはなったが……『クロノー、制圧して良いよな?』

 

 

 現在の位置取りは、I字型通路の上側をイオス達第2小隊、下側に回りこんできたなのは達第1小隊の面々がいる形だ。

 幸い、重要な機関は外れている。

 何しろ座標を重ねるようにして次元航路から出ると言う危険極まりない転移で衝突して来たのだ、下手を打てば次元震規模の衝撃が起こって2艦とも宇宙の藻屑になっていた所である。

 

 

 しかし突入してきた相手が何を考えているのか、イオスには判断がつかない。

 何しろ数はわずか5、6名程度、その程度の人員で『アースラ』を制圧できるはずも無い。

 今は通路の半分を埋めている小型改造艇を壁にする形で、居座っているが……。

 その時、敵の改造艇の先端がスライドした。

 デバイスコアに似た何かが露出し、甲高い音を立てて起動する。

 

 

(あれは……?)

 

 

 この距離からでは判別できない、だが何らかの術式を展開しているようにも思える。

 

 

『まさかこういう形で潜入されるとはな……失態だな。侵入者は全員捕縛、やれるか?』

『了解、他の隔壁閉じとけよ。よし、許可が出……」

「イオスゥ!」

 

 

 クロノとの念話を終えて指示を出そうとした時、ルイーズの声が響いた。

 声が聴覚を打った直後、今度は視覚に奇妙な物が映った。

 それはまるで泥団子だ、バレーボールくらいの大きさの泥団子に釘やネジなどの鉄屑が――-―。

 

 

「やば……!」

<Chain protection>

 

 

 イオスの意識よりも『テミス』の判断の方が早い、両腕の鎖がイオス達を守るために縦横無尽に壁を作る。

 そして次の瞬間、釘とネジの鉄屑の塊が泥と共に炸裂した。

 いわゆる、ゲリラ用の「汚い爆弾(ダーティ・ボム)」だ。

 爆薬に鉄屑を仕込んで飛ばし、周囲に甚大な被害を与えるための兵器。

 

 

「……! 『レイジングハート』、ワンショット!」

<Accel shooter>

「第2小隊、前に出る! 2人は私についてこい、他は高町隊長と援護射撃!」

「「「了解!」」」

 

 

 ヴィータが部下を連れて前衛に立ち、『グラーフアイゼン』を構えて海賊に突貫する。

 その直後、なのはがシューターを放って牽制する……が。

 

 

「何!?」

 

 

 海賊が放つ矢を弾きつつ、ヴィータが驚愕する。

 なのはの放ったのは初歩的な射撃魔法だ、それが3つ放たれた。

 砲撃魔法を艦内で使えるはずが無いから、妥当な判断だと言える。

 

 

 しかし、その射撃魔法は敵中で炸裂する前に消えてしまった。

 

 

 3つのシューターが改造艇の1メートルまでに近付いた時、それが起こった。

 軽い音を立てて、煙のように――――消えてしまった。

 単純な防御壁でも何でも無い、ただ改造艇に備えられたデバイスコアに似た何かが起動しているだけで。

 

 

(……無効化フィールド……か!?)

 

 

 武装隊の射撃魔法も悉く無効化される、敵の装備が貧弱なのでこちらもダメージは無いが。

 そう、単純な魔力攻撃の魔法を向こうかする……そうとしか思えない、しかし信じ難い。

 そんな技術は、ベルカでもミッドでも実用化はされていないと言うのに――――!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 レイチェルは、不機嫌だった。

 その内心はまさに飼い犬に手を噛まれたそれであり、酷く気分を害していた。

 彼女にとって、自分の思い通りにならないということはそれ程の意味を持つ物なのである。

 

 

「……者……配備……!」

「……海……!」

(何じゃ、騒々しいのぅ……!)

 

 

 だからか、周囲が段々と騒いでいく状況に苛立ちを募らせていた。

 家ではこのように不機嫌になることは少ない、不機嫌になる前に使用人が何でもしてくれるからである。

 彼女にとってはそれが当然で、それ以外の価値観は知らない。

 世界の全てが、彼女を中心に回っているのだから。

 

 

「……お嬢様! お嬢様っ、こんな所に!」

 

 

 その時、付き人のレイナが血相を変えてやってきた。

 レイチェルが騒ぎを嫌って人気の無い方へ無い方へと進んだため、見つかったのはかなりの時間が経ってからだった。

 レイチェルはどこにでも行ける許可を局から得ている――そこが、クロノを始めとした『アースラ』スタッフには理解できないのだが――そして、今や誰も彼女に積極的に声をかけないのだ。

 

 

「お嬢様、今は出歩かれては危険です!」

「五月蝿い! 使用人の分際で私に命令するでない!!」

 

 

 なのはの件があるので、レイチェルはいつも以上に過剰に反応した。

 駆け出し、すぐ傍にあった部屋の中に入った。

 部屋と言うより、そこはどこかの倉庫のようだった。

 

 

「……船じゃ!」

 

 

 船……いわゆる、緊急用の脱出艇だ。

 数十人が乗れるような規模の船がこの区画に3隻あり、偶然かどうかはわからないがその内の1隻がレイチェルの会社の機体だった。

 昔、父に乗せてもらったことがある……自家用艇の一つとして。

 

 

「お嬢様、戻りましょう!」

「……お前!」

 

 

 名前で呼ばず、ただ呼びつけるのも彼女の流儀だ。

 そしてその声音は我侭を言う時のそれであって、レイナはどこか怯えたような顔を作っていた。

 

 

「お前! 私をお父様の所に連れて行きなさい!」

「はぁ……!?」

 

 

 もう嫌、ここの連中は皆キライ。

 ――――お父様に、言いつけてやる!

 少女の胸には、もはやそれしか残っていなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 限定空間内での魔力の結合を阻害し、低ランクの射撃魔法を無効化する。

 原理としてはそう言う物だと理解して、ヴィータはそれに対応して見せた。

 指の間に挟んだ鉄球を放り、ハンマーフォルムの『グラーフアイゼン』で撃ち放った。

 

 

「そんな小細工――――ブチ抜く!」

<Schwalbefliegen>

 

 

 赤い魔力が付与された鉄球が飛び、それは鋭角的な動きを経て――海賊側の改造艇を破壊した。

 それは的確にデバイスコアに似た宝石を打撃し、また破壊した。

 コアの破片が散らばり、通路を半ば塞いでいる改造艇の先端部分がダルマ落としのように吹き飛ぶ。

 

 

<Chain bind>

 

 

 そしてそのタイミングを狙ったかのように、鎖の群れが反対側から放たれてきた。

 数は、二本。

 一本は吹き飛んだ改造艇の破片を鎖の間で絡め取り、もう一本はヴィータを掠めるようにしながら海賊達の身体を打撃した。

 

 

 打った後、絡みついて捕縛する。

 身体の真ん中を締め付けて床に叩きつけるその姿にかつての自分を見て、ヴィータは軽く眉を顰めた。

 それは、ヴィータに先を越された形の少年も同じことで。

 

 

「美味しい所だけ持ってきやがっ……って!」

「お前が遅いんだっ……っろ!」

 

 

 『チェーン・インパルス』、及び『テートリヒ・シュラーク』。

 共に魔力結合とは関係ない、物理的な攻撃だ。

 何しろ、魔力結合の阻害の原因がわからない――ヴィータは「見るからに怪しい」と言う理由で改造艇のコアを吹き飛ばしていたが――ので、魔力攻撃以外の方法を選択したのである。

 

 

 それでお互いの後ろ側にいた海賊を殴打したのだが、お互いがお互いに嫌な顔をしていた。

 もちろん、内心で、である。

 表に出すと武装隊の士気に関わる、なのでお互い胸の内で互いに悪態を吐いているのだろう。

 

 

『つーか、お前私の時にはもうちょっと動き鋭かったろ。サボりか?』

『遠距離主体のミッド式魔導師に何を期待してんだよ、おバカさんかお前は』

『はぁ? 実戦で近いも遠いもねーだろ。お前こそおバカさんだろ』

『ああん?』

『おぅ?』

 

 

 ……訂正、念話ですでに挑発し合っていた。

 とにかく2人を捕縛、2人を両側の壁に激突させた後、残りは2人――――。

 

 

<Mission complete>

「うん、ありがと『レイジングハート』」

 

 

 その2人については、桜色のバインドによって縛り上げられていた。

 この時点で、魔力結合阻害の現象は働いていないことがわかった。

 海賊6名を捕縛、上々の結果だが。

 

 

「お疲れ、高町隊長」

「にゃはは……遅くなってすみません」

 

 

 魔力結合が阻害されている状況では、Cランク前後の戦力しかない並の武装隊員はどうすることも出来ない。

 なので結果として、イオス達隊長陣で片を付けた形になった。

 しかしそれは、逆に言えば……。

 

 

(……何でコイツら、そんな装置を……?)

 

 

 イオスが訝しむが、こんな所で考えても答えは出ない。

 

 

「イオス総隊長、この海賊と改造艇、どうするのぉ?」

「ん……まぁ、とりあえずコイツらは捕縛だろ。船については艦橋の判断だな。まぁ、その前に……」

 

 

 ぐいっ……と自分の鎖で締め上げた海賊を持ち上げて、顔を近づける。

 脱力しているのか、かなりの重さだった。

 いや、それにしても重い。

 ……否、重すぎる!

 

 

「こいつは……!」

 

 

 不自然に思ったイオスがドクロのマスクを引き剥がし、そこにあるだろう顔を見た。

 するとそこには、顔が無かった。

 いや、あるにはあるが、それは人間の顔では無い。

 灰色の面に目のような大きな丸いランプがついている、そんな顔だった。

 機械の、顔。

 

 

「人間……いや、生物じゃない……だと!?」

 

 

 『テミス』のサーチを急遽行って見ても、それからは生体反応が無かった。

 いや、あった。

 生体反応はある、しかし機械の部分が多すぎて生物とは言えない。

 

 

 言うなれば機械の人間、「機人」だ。

 それが、目の前にいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……機械だと?」

『ええ、きちんとした設備でのスキャンが必要でしょうが……見た限り生体比率は10%前後、これはもう機械と言って差し付けないかと思います』

 

 

 念話ではなく艦橋スクリーンを介した通信であるため、相手のイオスも敬語だ。

 それを少しばかしこそばゆく感じながらも、クロノは顎に手を当てて考え込む。

 随分と人命を軽視した突入だと思ったが、最初から「人命」が乗っていなかったのかと納得もする。

 

 

 しかし、背後関係が不明だ。

 それこそ『アースラ』のしかるべき設備で検査しなければ、判断のしようも無い。

 だからそれについては後で考えるとして、さしあたりの問題は。

 

 

「……イオス、エイミィ。前線と後方の担当者として、今後の航行についての認識を述べてくれ」

「了解、まず私から。後方担当のトップとしては、艦の損傷に対するケアをしてからでないと次元航行は推奨できません。最低でも突き刺さってる改造艇を抜くべきです、損害は小さくとも無視はできません」

『では次に前線から。前線としても、先の戦闘で発生した魔力結合阻害のフィールド展開の完全停止または完全破壊を確認してからが良いと判断します。不確定要素は排除すべきかと』

 

 

 艦長を補佐する前線と後方のトップ2人の意見が重なった、艦長であるクロノの意見も大体は一致する。

 幸い、第41無人世界が近い。

 そこに着陸、簡単な修繕と捜査をした後に再離陸するのが理想だ。

 問題は、どう考えても一日以上の時間がかかることだ。

 

 

 となると、『アースラ』が預かっているあのお嬢様が何を言うかわからない。

 それがわかるから、クロノとしては苦悩する。

 ……しかし、危険要素を孕んだまま次元航行をするわけにはいかない。

 

 

「……!?」

 

 

 その時、艦が揺れた。

 しかしそれは先程のような破壊的な物ではなく、どちらかと言うと内側からの衝撃だ。

 内側からの反応だからこそ、まず最初にエイミィが反応した。

 

 

「クロ……失礼! 艦長! 後部ハッチの一つから脱出艇が出ます!」

「何……!?」

 

 

 どういうことだ、と聞く前にスクリーンに回答が出る。

 そこには、『アースラ』の隔壁と壁を押しのけるようにして外に出た小型艇が見えた。

 MAe製の、30人乗り小型脱出艇……そこから連想する事は、一つだ。

 

 

「まさか……レイチェル嬢の現在位置は!?」

「え、ええと………………艦内にバイタル反応、ありません!」

「何だって……」

 

 

 クロノが呻く、しかし事実としてそこに船がある。

 さらに状況は悪化する、『アースラ』から離れていくその船の前方に1隻の艦が姿を現したのだ。

 海賊船の、2隻目だった。

 

 

 不味い、そう思った時にはすでに遅い。

 衛星軌道上で邂逅した2隻は衝突し、すると当然、小さい脱出艇の方が押し負ける。

 煙を噴き上げて、そして墜ちる。

 

 

「…………」

 

 

 『アースラ』の誰もが沈黙する中、それは起こってしまった。

 少女を1人乗せた――と思われる――船が。

 第41無人世界「ブランタイア」に、墜ちていった――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――良かったのですかな。次元航行艦が海賊に襲われたなど、局のイメージに障りませんかな」

「構うまい、新米艦長故の稚拙さということになるだけよ」

「それにあの艦にハラオウンの倅をあてがったのはロウランだ、いざとなればあの女に責任を取らせれば良い。縁故主義とでも銘打ってな」

「そうだな、グレアムの件と良い最近の彼女には――――我々に対する従順さが欠けているようだ」

 

 

 ……。

 

 

「時代遅れの私掠船にも、使い道はあるものだな」

「確かに。しかし粗悪品とはいえAMFと初期型の機人まで貸し与えるのは聊か、どうでしょうかな。後々問題になりませんか……次元航行艦の死角まで教えてしまって」

「それについては最高評議会の決定だ、我々が勘ぐることでは無い」

「それにAMFと機人はアレとレジアスの管轄だ、いざとなればアレらを切り捨てれば良いのだ」

 

 

 …………。

 

 

「MAeの令嬢を危険な目に合わせたとなれば、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのハラオウンも局内での勢力を衰えさせよう」

「Aランク以上のロストロギア事件を大した被害も無く立て続けに2件も解決して、調子に乗っていたからな」

「左様、ここで一つ頭を抑えておかねば……」

「うむ、今回の件であの女も学ぶだろう。自重と謙遜がいかに美徳かと言うことをな……」

 

 

 ………………淀んでいる。

 悪意が渦巻くその場所は、どこか……存在が、濁っていた。

 淀んだ空気が吐き出されるそこは。

 その席に座る者達は。

 

 

 ――――世界を守る責務を、負う者達だ。

 そして、守っているからこそ……見返りを求める。

 それを悪だと断じることは――――。

 

 

 ――――誰に、出来るのだろう?

 

 


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