魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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雌伏編第2話:「特別捜査官、初陣:後編」

 初仕事から6日後、はやては聖王教会のエルセカ小教区の教会に来ていた。

 数年前に出来たばかりだという教会は、まだどこか真新しい。

 とは言ってもはやて達が通されているのは応接室のような部屋であって、一般の信徒が祈りを捧げるような場所とは別の建物である。

 

 

 応接室の外を見れば、窓の向こうには最も高い聖王を祀る聖堂が見える。

 日本の教会に似ているようにも思うが、それとは規模も真剣さも違う。

 今も、近隣の市民と見られる人々がまばらに見えている。

 ただ治安に対する懸念があるのか、教会騎士の厳重な警備と共に高く白い塀が敷地を覆っていて、出入りは関係者と信徒のみ東西南北の四門から許されている。

 

 

「珍しいかね?」

「あ……はい、初めて来ました」

「そうか、まぁ私も初めて来た時は面食らった物だ。だがあまりキョロキョロしないようにな、おのぼりだと思われるぞ」

「は、はい、すみません」

 

 

 右隣、つまり上座側に座っている男性に指摘されて、陸士制服のタイトスカートの先に見える白い膝を見つめながら、はやては恥ずかしさから自分の頬に熱を感じた。

 隣にいるのはモブツ・ウスマヌ三等陸佐、今回無理を言って教会側と面会をセッティングしてもらった相手だった。

 

 

 黒人系の浅黒い肌に黒い瞳の容姿に、少しくたびれた陸士の茶色い制服が良く似合っている。

 今回の案件でのはやての直属の上司でもあり、今回の面会に同席までしてくれている。

 まだ1週間も付き合っていないのに、良く付き合ってくれたなぁと思う。

 厳格で厳しい人だが、良い人なんだなと思う。

 

 

『まぁこの人、八神さんくらいの娘さんいるからね。そう言うのもあるんじゃね?』

『そういうものなんですか?』

『いや、俺もまだ娘とかいないからわかんないけどさ』

 

 

 左隣、下座側のイオスと個人通信の念話でそんなことを話す。

 ウスマヌ三佐のことは置くとしても、イオスはたぶん子煩悩な父親になるだろうなと考える。

 絶対否定されるので、はやても口にしないが。

 ちなみに守護騎士達は外で待機だ、古代ベルカ式の騎士が教会に入るといろいろと……。

 

 

「まぁ!」

 

 

 その時、少女特有の甲高い声が響いた。

 何かと思えば、2つある扉の内――施設の奥から来る関係者用と、入口側から来る来客用の2つ――関係者用の扉が開いていて、1人の少女が立っていた。

 金色の髪に紫のカチューシャとリボン、丈の長い深い紺色のワンピースと大きな返しのある白い襟元。

 いわゆる、修道女……のように、見えた。

 

 

「今日のお客様は私と同じ年頃と聞いていましたが、本当だったんですね!」

 

 

 声変わりしているかいないかくらいの高い声だ、そして容姿的には12、13歳前後の白人少女だ。

 あまり外に出たことがないかのような白い肌が印象的だが、落ち着いた設えの応接室と相まって深層の令嬢のように見える。

 それも、無邪気で悪戯好きそうな方の。

 

 

「し、失礼だが、キミは……?」

「ああ、申し遅れました。私、カリム・グラシアと申します。聖王教会で騎士になるための勉強をさせて頂いておりまして、今はこの小教区で研修を受けています。以後、お見知りおきくださいませ」

 

 

 ウスマヌ三佐の戸惑い声に、カリムと名乗った少女はスカートの両端を摘まんでお姫様のようにお辞儀をした。

 その姿が妙に様になっていて、3人はあっけにとられてしまった。

 

 

「ちなみにこっちはシャッハ・ヌエラ、幼馴染なんです」

「よろしくお願いします」

 

 

 いつの間にそこにいたのか、カリムの後ろにはベリーショートの濃い桃色の少女が立っていた。

 こちらも修道服を着ているが、雰囲気的にはカリムの付き人と言う方が正しいかもしれない。

 そして正規の訓練を受けているイオスなどから見ると、このシャッハと言う少女はなかなかにデキそうな立ち居振る舞いをしていた。

 

 

 そうこうしている内に、カリムははやての後ろにニコニコ笑いながら回りこんできた。

 何事かと見ていると、カリムは車椅子の取っ手を掴みブレーキを外し、入口側の扉の方へと連れて行ってしまった。

 

 

「え……あの、ちょっと!?」

「せっかくですから、中をご案内しますね。いろいろと面白い物があって、楽しめると思うんです」

「いや、あの……わ、私、これから仕事がっ」

「大丈夫大丈夫♪」

 

 

 教会の関係者相手の申し出を拒否していいのかわからず、はやてはそのまま連れ去られてしまう。

 まさかの、そして余りの事態に反応すらできなかった男性陣2人。

 そんな彼らに対して、シャッハが慌てた表情で頭を下げて。

 

 

「も、申し訳ありません! すぐに連れ戻しますので……!」

 

 

 そして、そのままシャッハも出て行ってしまった。

 それと入れ替わりに、再び奥側の扉が開いた。

 何かと思えば、そこには煌びやかな衣装に身を包んだ初老の男性。

 傍らに助手らしき2人の若者を連れて来たその男こそ、今日イオス達が会いに来た相手だ。

 

 

「いや、お待たせして申し訳ない。私がここエルセカ小教区の司祭を務めております……どうか、なさいましたかな?」

 

 

 途方に暮れるウスマヌ三佐とイオスの顔を見て、司祭は首を傾げた。

 

 

(……これ、どうすんだよ……)

 

 

 捜査官の不在、そのまさかの事態に、イオスは途方に暮れていた……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(はやて、大丈夫かなー……)

 

 

 教会の東門を遠く視界に収めながら、ヴィータは物憂げに自分のおさげの一つを指先で弄っていた。

 服装は制服では無く、すでに赤いドレスの騎士甲冑だ。

 労働従事として入局し、武装隊の任務に就いても……ヴィータはこの甲冑を変えるつもりは無かった。

 

 

 はやてに貰った騎士甲冑だからだ。

 帽子についているウサギなど、お気に入りだ。

 この時点で武装しているのは流石に不味いので、『グラーフアイゼン』は待機状態だ。

 東門から1キロの地点で、道の脇に立ちながら教会の方をじっと見つめる。

 ジリジリと照りつける太陽も、甲冑を纏っていれば平気だった。

 

 

『皆、定期報告をお願い』

『南門、シグナム。異常無し』

『西門、ザフィーラ……変化無し』

『……東門、何もねぇよ』

『北門も大丈夫……じゃあ、また30分後に』

 

 

 全体の把握を行っているシャマルに30分ごとの定期連絡を入れた後、改めてヴィータは東門を見つめる。

 30分の間に、数人の信徒らしき市民が見えた以外は……特に変化が無い。

 そう、何も無い。

 あまりにも何も無いので、焦れてしまいそうになるくらいだ。

 

 

 それは、今のヴィータの状態を示すものでもあった。

 はやてとイオスは見るからに仕事をしているし、シャマルははやての事務担当の補佐みたいな形になっている。

 ザフィーラをイオス、シグナムをはやての護衛として考えれば……自分の存在価値が無い。

 もちろん有事にははやてのために戦う、だがこういう静かな時に自分は役に立てない。

 

 

(戦いしか、したことねーからな……)

 

 

 別にそれを後悔したりはしないが、しかしもどかしく思うこともある。

 自分ははたして、はやての騎士として役に立てているのだろうか。

 管理局とは数十年単位の労働従事契約をはやてと自分達は結んでいる、それは保護観察とセットの物だ。

 そしてそれが、はやて以外の自分達にとってどれほど温情ある措置かもわかっている。

 

 

 本来ならそれは、はやてには必要の無い物だ。

 だから少しでも早く清算して、はやてを身軽にしてあげなければならないのに。

 戦い以外は何も出来ない自分が、どこかもどかしく思えるのだった。

 

 

(でも、そう言う所は……アイツに感謝しなけりゃならねーんだろうな)

 

 

 あの、何かと自分と衝突する水色の髪の魔導師を。

 アレがはやてのために――守護騎士達のためでは絶対無い――どれだけの労力を傾けているかは、ヴィータや他の守護騎士にもわかっていることだ。

 だから、感謝はしている。

 まぁ、ただお互いにソリが合わないので喧嘩しかしていないが……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「なるほど……その娘には心当たりがあります。大変申し訳ない、こちらの監督不行き届きでした」

「ああ、いや、気になさらないでください」

 

 

 緩やかに頭を下げてくる司祭に対して、ウスマヌ三佐は慌てて気にしないように言った。

 地上の人間はえてして聖王教会を嫌う傾向にあるが、ウスマヌ三佐は少し違うようだった。

 あるいは大人として、そうした内心を隠しているのかもしれないが。

 

 

 そして今、カリムの話を聞いて渋い顔をしていた司祭が傍らの司祭に何かを囁く。

 同じ司祭でも、教会の主任司祭と補佐役の助任司祭という違いがある。

 もちろん、主任司祭の方が年配で階級も上だ。

 助任司祭の若い男性が一つ頷くと、席を立ってそそくさと部屋から出て行った。

 

 

「彼女は騎士見習いとして預かっているのですが……若輩ゆえ、どうか許して頂きたい」

「ああ、いえいえ……しかし、どうしましょうな、話し合いは」

「先程の者がすぐに連れ戻してくれるでしょうから、我々だけで触りだけでも話しておきましょうかな。それで、ええと……どのようなご用件でしたかな」

 

 

 ウスマヌ三佐がイオスを横目で見てくる、話し合いはイオス側がセッティングを要望した物だからだ。

 とは言え特別捜査官のはやてがいない状態でのスタートだ、正直芳しくない。

 だからと言って、無駄に待たせて教会側の話し合いの意思を蔑ろにするわけにはいかない。

 借りにもなる、なので……。

 

 

「……特別捜査官補佐のイオス・ティティアです。捜査官が戻るまで、補佐として代行をさせて頂きます」

 

 

 とりあえず、はやてが言うはずだったことをイオスはまず説明した。

 違法研究所から流出した物品が裏のマーケットに流れ――エルセカ村のことだ――それに、どうも聖王教会の司祭服を着ていた男が関与していたらしいこと。

 もちろん聖王教会側を疑うことはありえないが、しかし教会の名誉にも関わることなので捜査に協力して欲しい、と言うことを手短に説明した。

 

 

「なるほど……いや、よもや我が教会の関係者がそのような罪深いことをするはずも無いが」

「ごもっともです」

 

 

 向こうの言葉に頷きつつ、イオスは相手の協力が得られないだろうと予測していた。

 聖王教会は良くも悪くも閉鎖的な組織だ、一教会が相手とは言えそれは変わらない。

 実際、今も「そんなはずは無い」と切り捨てている。

 さて、どう話を持っていこうかとイオスが考えていると。

 

 

「……しかし」

 

 

 初老の司祭は豊かな口髭を撫でながら、重々しく頷いた。

 

 

「もし事実であるとすれば、我が教会にとって甚だ不名誉。何よりも罪深い者が我が教会内に救っているとあれば、それこそますます不名誉と言うもの」

「ええ、その通りですね」

「私としては、まぁ何と言うか……出来れば協力することが、教えにも合致することと思うが。何分いろいろと不便な身なので……」

 

 

 何やら歯切れが悪い、協力する気は無いでも無いが、こちらに何か配慮してほしいことがあるのだろう。

 おそらくその理由は、これまでの会話の中でも出てきたことだ。

 だからイオスは、一つ頷いて。

 

 

「大丈夫です、聖王教会の名誉については管理局として十分に配慮させて頂きます。今回に件に関して、聖王教会が何らの損失を被ることはありません」

「おぉ……それは素晴らしい」

 

 

 何があっても表ざたにはしない、そう言う言質を得て司祭は表情を緩めた。

 そう、彼に……彼らにとって大事な物は「聖王教会の名誉」、もっと言えば「この教会の責任者である自分の名誉」なのだった。

 だから、まずそこに対する配慮を言外に願ってきたのだろう。

 

 

「教会内には余人は立ち入れない場所もありますが、そこを除いてならば教義に反しない範囲での協力をお約束致しましょう。それに、こちらの助任司祭をお連れください、彼は教会内の事情に詳しいのでお役に立てることでしょう」

 

 

 ほら来た、とイオスは思った。

 こちらの行動を制限し、しかも目付け役までついて来た。

 案外簡単に協力を約束したから、胡散臭いとは思っていたのだ。

 

 

「そう言うことであれば、すぐに立ち入り許可証を用意いたしましょう……何、すぐに戻りますでな。それまでには、そちらの捜査官殿も戻っておられるでしょう……」

 

 

 しかも自己完結である、そのままイオスに何も言わせることなく席を立って部屋を出てしまった。

 残されたのは、イオスとウスマヌ三佐だ。

 ウスマヌ三佐は厚い唇を開いて、イオスに聞く。

 

 

「……交渉は、失敗かね?」

「いやいや、まだまだここからですよ。本番は八神捜査官が来てからってことで」

 

 

 そう言って、イオスは自分の椅子の背もたれに深く身を預けた。

 実際、今の彼は補佐に過ぎない。

 だから彼は、どうやってはやてに交渉を成功させるかを考えるのであった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「よろしいのですか、あのようなことを約束されて」

「ふん、あんな物は形だけよ」

 

 

 助任司祭の訝しむような声を鼻で笑い、主任司祭は教会の奥へと進んでいた。

 ゆったりとした足取りで時間をかけているのは、おそらく相手を待たせるつもりなのだろう。

 実際、彼は管理局に協力するつもりなど毛頭無かった。

 

 

 一応、形式として協力はするが……名目だけで、実際は一切協力するつもりは無い。

 適当にお茶を濁して、肝心な部分になれば教義を理由に捜査を妨害すれば良い。

 それに、彼らの任務は長くは続かないはずだった。

 

 

「私から局の上層部に連絡を取ろう、何、3日もせぬ内に奴らはこの世界から出て行くわい」

「そんなことが……?」

「出来るのよ、この私にな」

「おお、流石は主任司祭様」

 

 

 助任司祭の尊敬の視線を背中に感じながら、彼はカカと笑った。

 実際、現在の彼の地位は大したことが無い……一小教区の代表に過ぎない、教会内での序列も下から数えた方が早い。

 だが、彼はこのまま終わるつもりは無かった。

 

 

 彼には武器がある、それも強力な武器だ。

 遍く次元世界に根を張る、聖王教会と対等たり得る唯一の組織、時空管理局。

 しかし彼は今言ったように、上層部とコネクションを持っている。

 それもただの上層部ではなく、まさに管理局の「頂点」とのコネクションが。

 

 

「しかし、カリム・グラシアはどうしますか」

「……あの小娘か」

 

 

 カリム・グラシアの名を聞いた時には、さしもの主任司祭も表情を苦いものに変えた。

 ミッドチルダの魔法学院を繰り上げ卒業して研修に送られてきた騎士見習いの少女については、彼も頭を悩ませているところだった。

 何もこんな辺境の教会でなく、もっと中心部の大聖堂にでもやればいいものを……安全がどうとか言う理由で押し付けられたのである。

 

 

 どういう意思が働いたのかはわからないが、とにかくそう言うことだった。

 おかげで、半年前には別の教会に移る予定がズレこんでしまったのである。

 そのせいで、3ヶ月前の件だ。

 

 

「まぁ、あのような小娘に出来ることはあるまい。それこそ、多少の悪戯ぐらいのことであろうよ……」

 

 

 そう呟くように言って、主任司祭は廊下を歩き続ける。

 歩速は、まったく上げることは無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 はやては、困惑していた。

 困惑していると言うより、困っていた。

 

 

「今度はあっちを探検してみましょう!」

「え、えぇとぉ……」

 

 

 制止して良いのか拒否して良いのかもわからず、はやては困り果てていた。

 自分は捜査官としてここに来ていて、司祭様という方と話し合いを持たねばならない身だ。

 もちろんそれを主張するのは容易いが、自分の車椅子を楽しげに押す少女――知らない人に車椅子を押されると言うのは、割とストレス――が教会でどの位置にあるのかがわからない。

 

 

「カリム!」

 

 

 その時、後ろから誰かが追いかけてきた。

 ベリーショートの髪の女の子で、どこか咎めるような表情をカリムという少女に向けている。

 確か、シャッハという名前だった。

 

 

「お客様に対して失礼です、そんなことをして……」

「あら、お客様だって教会の中に興味がおありだもの。案内して差し上げることも立派な仕事じゃない」

「また屁理屈ばっかりこねて……!」

 

 

 どうやら、このシャッハと言う少女は普段から困らされているらしい。

 一方、カリムは楽しげに鼻歌なぞ歌いつつ通路を歩く。

 どうも、随分と奥ばった場所へと向かってらしいのだが……。

 

 

「あ、あの……こっちって、私みたいなのが来てええんですか?」

「ああ、大丈夫ですよ。古い書庫しかありませんから、いつもは私達がかくれんぼに使っているくらいで」

「は、はぁ……」

「すみません……」

「い、いえ」

 

 

 まぁ、一箇所くらいなら付き合って、すぐ戻れば良いと判断する。

 困り果てたシャッハと言う少女の顔を立てることにして、はやては嘆息した。

 それに聖王教会の中のことを知っておくのは、悪いことでは無い。

 

 

 そうして案内された書庫は、なんと言うか、埃っぽい所だった。

 長い間手入れされていないかのような、教会の真新しさに比べて無意味に埃が積もっている。

 普通、こんな所に人は来ないだろうと思ってしまう。

 

 

「この書庫には、聖王教会の歴史の本とかがたくさんあるんですよ。例えば~……えぇっと」

「え、あの……」

 

 

 そして今度は自分を置いて奥に入ってしまうカリムに、いよいよはやては困惑してしまう。

 伸ばした手が虚しく空を切って、目標を見失って揺れる。

 その様子を傍らで見ていたシャッハが、申し訳なさそうな顔でこちらを見てきて。

 

 

「申し訳ありません、管理局のお客様に対して失礼を。カリムに代わって謝罪致します」

「ああ、いえ、良いんですけど……何で、私を?」

「それは……まぁ、なんと言いますか」

 

 

 言いにくそうにしながら、シャッハはカリムが消えた奥の方を気にしつつ。

 

 

「同年代の方に会えたのが、嬉しかったのかと。あまり情報を開示できず恐縮ですが、カリムは学校でも教会でも1人でいることが多いので。いえ、もちろん私はついていますが」

「はぁ……そう、なんですか」

 

 

 事情は良くわからないが……もしそうなら、それは寂しいことだなと思う。

 1人の寂しさは、良く知っているつもりだから。

 まぁ、でも仕事が進められないのは困りものだが。

 

 

「お待たせしてごめんなさい、これとか面白……きゃあっ」

「あっ……」

 

 

 重そうな本を何冊か抱えて戻って来たカリムが、本棚の角に足をかける形で転んだのだ。

 どんなドジっ娘演出やねん……と心の中で呟きつつも、はやては車椅子を自分で押して助けに行った。

 シャッハも助けに来ようとしていたが、本棚の間が狭いのではやての前に出ることが出来なかった。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます。あ……これも面白そうですね」

 

 

 床にヘタリ込んでいたカリムに手を差し出すと、彼女は恥ずかしそうに笑いながらそこに自分の手を載せた。

 そして四つん這いに近い形になった彼女の目線が本棚の一番下の段に向けられて、彼女ははやての手を取ったまま本の背表紙に手をかけた。

 

 

 ガコン。

 

 

 ……その本をカリムが引いた途端、それは途中で止まった。

 まるで、何かのレバーのように。

 そしてその数秒後、はやてとカリムの周囲の小さな空間が揺れ始めて……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……随分と遅いな」

 

 

 ウスマヌ三佐の呟きは、はやてのことか司祭のことか。

 ただいずれにせよ、司祭達が部屋を辞して20分近く経っているのは確かだった。

 途中、シスターだか使用人だかがお茶を持ってきてくれたくらいだ。

 

 

 しかし、聖王教会相手でなくとも「間」を取られることは交渉ではザラだ。

 特に向こうが管理局の権威を気にする必要が無かったり、少なくともその世界において管理局に遠慮する必要を感じていなかったりする場合、そういうことが起こる。

 管理局とエルセカ村のような関係であれば、利益のために譲歩することはあるが……。

 

 

(聖王教会の連中は、良くも悪くも閉鎖的だからな……)

 

 

 世俗との関係を断つ、と言うのが建前だ。

 たとえその裏でどれほど俗物的なことをしていたとしても、それが教会内での権力闘争に繋がることがあっても管理局法で裁かれることは無い。

 黎明の時代、管理局が次元世界に突如をもたらすのを支援「してやった」と言う自負がそうさせるのだ。

 

 

『あのー、イオスさん。ちょっと良いですか?』

『八神さん?』

『えっと、実は今、ちょっと困ったことになってて……』

『困ったこと?』

 

 

 突然響いてきたはやてからの念話に、イオスは眉を顰める。

 それは確かに仕事前に連れ出されたと言うのはなかなか困ったことだろうとは思うが、声の調子からしてそれだけでは無いような気がする。

 と言って、現状ではイオスにはいかんともし難いものがある。

 ここは、詳しい事情を聞いて見ねばなるまい。

 

 

『八神さん? とりあえず今の状態を説明してくれるか?』

『……』

『……八神さん?』

『…………』

 

 

 返事が、無い。

 

 

「…………」

 

 

 イオスは沈黙する、先程まで確かに通じていた念話が途絶えたのだ。

 原因は複数考えることができる、一言で言えば念話できない状況か場所にいるのだ。

 ただそれが直接的にはやての身体的危機に繋がるかと言えば、確かなことは何もわからない。

 ここは聖王教会の敷地内、治外法権に近い場所だ。

 

 

(……司祭もまだ戻って来ない、か)

 

 

 隣に座るウスマヌ三佐に言うわけにもいかない、少なくともこの段階では。

 何しろ彼は同じ組織に属してはいるが、だから味方と言うわけではない。

 地上本部と、本局。

 所属が違うし、別にはやて個人のために動いてくれるわけでも無い。

 

 

(と、なると……)

 

 

 後はもう、出来れば念話で話したくも無い相手しか選択肢が無い。

 とはいえ、はやての状況はあまり良くないように感じる。

 ……イオスは、そこで初めて苦々しい表情を浮かべた。

 横に座るウスマヌ三佐が、いきなり表情を変えたイオスを不思議そうな顔で見つめていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 念話が繋がらなくなったことに対して、まずはやては心臓が止まるような心地を感じた。

 しかしそれを、眼を閉じて呼吸を深くすることで抑える。

 1年の訓練と研修の間に、急な展開でも慌てずにすむ方法を学んでいる。

 

 

「……随分、降りてきたなぁ」

「ご、ごめんなさい。私のせいで邪魔をしてしまって」

「あ、大丈夫です大丈夫です、気にせんといてください」

 

 

 呼吸を落ち着けた後に上を見れば、遠くに光が見える。

 長い長い細長い四角い空間の向こうに見える光は、先程の書庫だ。

 そして車椅子の上、何冊かの本が散乱した床にはやてはいる。

 そのはやてに、カリムが床に膝をつく形で抱きついていた。

 

 

 それは、いきなり書庫の床がエレベーターよろしく下に下がれば怯えるだろう。

 だが不用意に抱きつかれてしまったが故に、はやても脱出の機会を逸してしまったのである。

 その間に念話も切れて……はやては溜息を吐きながら、己の手に持った杖を見つめる。

 

 

 剣十字の杖、『シュベルトクロイツ』。

 クロノ達と親交のあるデバイスマイスター、マリエル・アテンザの11個目の試作品だった。

 足元に広がりかけていた魔方陣が、空しく消える。

 

 

(うーん、管制デバイスが未完成やから、魔法が安定せぇへんな……)

 

 

 蒐集活動で記憶の中に転写された魔法は、言ってしまえば「マニュアルだけ渡された状態」だ。

 マリエルの作ってくれた杖はただの媒介に過ぎず、『蒐集行使』と名付けられたレアスキルによる魔法行使には無暗に時間がかかってしまう。

 リインフォースのような管制デバイスが管制しなければ、はやては力を十分に発揮できない。

 

 

「ええと、どうしましょう……」

「うーん……道がありますし、先に進んでみましょう」

 

 

 困った顔で問うカリムに対して、はやては先に進もうと提案する。

 上に行くのは無理そうだし、どうやら道が続いているようなのだ。

 左右に繋がるそれは人工の通路のようで、左に進むほど道が大きくなっているように思える。

 左の方は上に向かっているようにも見えるので、そちらに進むことにした。

 明かりは壁に埋め込まれた照明があり、先が見えないと言うことはなさそうだ。

 

 

「……ええと、何とお呼びすればいいのかしら?」

「あ、はやて……八神はやて特別捜査官です」

「はやてさん、ですね。凄いですね、そんな年齢でもう管理局で仕事を任されるなんて」

「ありがとうございます。でも、まだまだです」

 

 

 奥に進むにつれて、やはり道は大きくなっているようだ。

 ただ気になる点があり、それは道の地面だ。

 気のせいか、ローラーと言うか……車輪が通ったような跡が見える気がする。

 それも、それなりの重量の物が。

 

 

「でも、魔法は……さっき見た所、ベルカ式でしたよ……ね? 近代ベルカ式の方ですか?」

「ま、まぁ、そんな所です」

「そうなんですか……では、修練は教会系列の魔法学院で?」

「ええと……あ、出口みたいですよ」

 

 

 何とも答えにくい質問に窮していると、運良く……かはわからないが、広い空間に出た。

 時間にして5分ほど、それほど遠くに来たわけでは無いだろう。

 せいぜい、教会敷地内だ。

 

 

「ここは……何やろ、倉庫?」

「こんな所は、初めて見ますね」

 

 

 カリムも物珍しげにその空間を見ている、どうやら初めて見るらしい。

 そこは何と言うか……倉庫、だった。

 倉庫と言うのが一番正しいと思うのは、その広い空間に整然と何かの部品が並べられていたからだ。

 50坪から60坪くらいの広さの所に、鉄製のコンテナや棚が並べれられている。

 不意にカリムがはやてから離れて、棚に並べられている部品を眺める。

 

 

「……聖王教会で使う備品か何かですか?」

「いいえ……と言っても、私も専門では無いので全部を知っているわけではありません。ただ……部品に刻まれている印章は、聖王教会に縁の無い企業のようですね」

「そうですか……」

 

 

 まぁ、何はともあれ出口を探さなければならない。

 急に雰囲気の変わったカリムに首を傾げつつも、あたりを見渡す。

 車椅子をゆっくりと動かして探っていると、ふと棚に貼られている紙が目に入った。

 そこには製品番号らしき物とどの部分の部品かを示す設計図のような物が……。

 

 

「……これって」

 

 

 そしてその設計図に、はやては見覚えがあった。

 それは数日前に見せてもらった、違法研究所のそれと酷似していて。

 

 

「危ない!!」

「ひゃっ……!」

 

 

 いきなり、カリムに横から飛びつかれた。

 次いで炸裂音と火花が聴覚と視覚を刺激し、触角が身体を床に打ち付けられた感覚を、嗅覚が独特の油の焼けたような匂いを……そして最後に触覚が飲み下した唾の味を伝えてきた。

 まとめて言えば、先程まではやての頭があった場所が小さく爆発したのだ。

 その火花は、いわゆる跳弾という物で。

 

 

「じ、銃……?」

 

 

 それは、魔法の世界には余りにも似つかわしくない物。

 だが、魔法の使えない者によって現在でも使用されている人殺しのための武器だった。

 

 

「――――何者ですか!」

 

 

 はやてを車椅子ごと押し倒す形になったカリムが、厳しい表情と声を上げる。

 その視線を追えば、そこには……。

 ……拳銃を持った神父様と言う、いかにもな人物がいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 次元世界と地域にもよるが、質量兵器は製造・保有・使用が管理局法により禁止されている。

 それはいかに自治権を認められている聖王教会だろうと同じことで、法に触れる行為だ。

 よって今、自分の目の前で銃を構えている神父――司祭は、犯罪者と言うことになる。

 いや、そもそも。

 

 

(……間違いない、この倉庫にあるのは例の違法施設から運び込まれた物や)

 

 

 自爆で有耶無耶にされたのだろうが、製造された「モノ」の行き先はまだわかっていなかった。

 3ヶ月前に陸士部隊が制圧する以前、作られたモノがどういう経路で外部に運び出されていたのかは調査が必要だったのだが……。

 

 

「……聖王教会が、物流を支えてたんか」

 

 

 おそらく、外部の需要家と供給元である施設とを繋いでいたのだろう。

 通常のルートでの積み出しでは貨物検査でバレてしまう、しかし局の担当者が容易には臨検できない聖王教会の貨物ならばそのリスクは小さい。

 ここの物資は、その残りと言う所か。

 

 

「貴方は、この教会の助任司祭ですね」

 

 

 地面に座り込む形になったはやての前に立ち塞がり、厳しい表情で若い司祭を睨むのはカリムだ。

 両腕を横に広げ、はやてを庇う姿勢を見せている。

 

 

「聖王様に仕え、支え、祈り、人々の安寧を願うべき身でありながら、その所業。断じて許されることではありません、しかし今ならばまだ聖王様はその広い御心でお許しになるでしょう。己の罪を悔い改め、懺悔し、教義の道に戻りなさい」

「教義書通りの説法、痛み入ります……ですが、世の中には教義よりも優先すべきことがあるのですよ」

 

 

 助任司祭の男はカリムの感銘を受けた風も無く、むしろ鼻で笑った風ですらあった。

 その顔は、とても俗世と縁を切った宗教者とは思えない。

 男は変わらず銃口をカリムの胸下のあたりに向けており、その向こうのはやてを狙っていることは間違いが無かった。

 

 

 カリムの背の向こうで、胸元に揺れる剣十字のペンダントに触れた。

 そしてそれは瞬く間に杖へと変化するが、その瞬間にすぐ右側で火花が散った。

 男が牽制に発砲したのだ、カリムの右肩を僅かに掠める形で。

 

 

「カリムさん!」

「大丈夫です」

 

 

 半歩揺らいだ身体は、半歩以上は揺るがなかった。

 紺色のシスター服を微かに滲ませる色を見て、はやては息を呑んだ。

 対して、助任司祭の男は困ったような顔をする。

 

 

「カリム様、どうかお下がり頂けませんか。カリム様に万一のことがあれば我らが教会上層部よりお咎めを受けてしまいますし、私はこれより教会の神域を汚した無作法者を成敗せねばなりませんので」

「教会の……神域やて? こんな質量兵器を詰め込んだ倉庫がか?」

「左様、教会の秘奥と言えばそれすなわち聖王様の神域。それを侵したのは管理局員、お前だ」

 

 

 10歳そこそこの少女を相手に、何を戯けたことをとはやては思う。

 しかしこの状況、なかなかに厳しい。

 バリアジャケットを展開すらしておらず、デバイスの未完成で魔法も十全に発動しない。

 助けを求めようにも念話も届かず、場所もわからない。

 しかも自分だけならともかく、カリムもいる。

 

 

「恥を知りなさい」

 

 

 静かなその声に、はやても男も動きを止めた。

 声の主はカリムだ、鋭い瞳が微動だにせずに男を睨み据えている。

 背中を見ているだけのはやてでも息を止めるほどの強い気配だ、向き合っている男となると相当な物だろうと思う。

 事実、銃口の先が僅かに揺れた。

 

 

「聖王様に仕える身でありながら聖王様の御名を騙り、その権威を持って己の恥部を隠そうとする。それが教会の一翼を担うべき司祭のすることなのですか、そのようなことをせよと聖王様は仰せになりましたか」

 

 

 それは弾劾の言葉だった、はっきりとした軽蔑の宣言だった。

 12、13の見習い騎士が、自分よりも位階を進めた年配の司祭を責めていた。

 己の信仰心に恥じる所は無いのかと、告げていた。

 

 

 助任司祭は男は一瞬だけ、たじろいだ。

 少女の強い瞳に気圧されたように。

 しかしそれを否定するかのように表情を歪めると、ズカズカと前に歩み。

 

 

「きゃっ……!」

「カリムさん!」

 

 

 銃を持った手の甲でカリムの頬を張り、殴り飛ばした。

 業を煮やしたのだろう、苛立ちままのその行為にカリムは成す術も無く地面に転がる。

 それを一瞥した後、はやてに銃口を向ける。

 

 

 息を呑んだはやてだが、同時に足に力を込めた。

 少しならば足で動ける、だがその後はどうすれば良いのか。

 今のはやてには、そこから先の判断が出来ない。

 

 

「神の罰を受けろ」

 

 

 何が神罰か、敬虔な宗教家の皮をかぶった強欲な犯罪者が。

 歯を噛み締めて男を睨む、そうすることで恐怖心を堪える。

 剣十字の杖を握る手に力を込める、そうすることで震えを止める。

 

 

 誓いがある、だからこんな所でエセ司祭に殺されるわけにはいかない。

 だから、考えろ。

 現実は最悪だ、だがここから何かをどうにかする方法を考えろと自分に命令する。

 あの時だって、何とかできたじゃないかと――――。

 

 

「……っ!?」

 

 

 音。

 しかし銃声では無い、別の場所で轟音がしたのだ。

 それは上、そう、天井の方から聞こえてきた物で。

 不意に、風が吹いたような気がした――外の、風が。

 

 

「なんだ!?」

 

 

 男も困惑の声を上げ、引き金にかけた指を離す。

 その時。

 

 

『――――ん! はやてちゃん! 聞こえる!?』

『シャマルか!?』

『念じて――――それだけで、シグナムが』

 

 

 急に復活した念話、シャマルの声が脳裏を駆け抜ける。

 同時にはやては剣十字の杖を立て、両手で握った。

 

 

『それだけで、そこに行けるから――――!』

 

 

 男がはやての動きに気付き、再び銃口を向ける。

 

 

(――――守って!)

 

 

 はやては念じ、願った。

 不信など無い、全ての信頼がそこにある。

 

 

「シグナム――――ッッ!!」

『――――御意ッ!」

 

 

 念話の声が現実の声に変わった瞬間、銃声が響いた。

 次いで、火花と跳弾音。

 そして、はやての視界に広がる三角の薄緑の魔方陣と桃色の髪。

 

 

 地面に膝をつき、顔近くで鞘から抜いた剣の刃で銃弾を弾き飛ばした女がいる。

 桃色のポニーテール、騎士甲冑を纏った細身の身体。

 はやてを守るように出現したそれは、はやての騎士。

 ヴォルケンリッター筆頭、シグナム。

 

 

「シグナム!」

「主はやて、ご無事で何よりです。しかし……貴様」

 

 

 喜色を浮かべるはやてにほっとした表情を向けた後、シグナムは銃を持つ男を睨む。

 鋭く、強いその瞳と銃弾を弾かれたと言う事実に助任司祭の男が後ずさる。

 

 

「主はやて、ご命令を」

「うん! その人を……殺人未遂と質量兵器の不法所持の罪で捕縛して!」

「仰せのままに!」

 

 

 騎士の本分を遂げる喜びを感じつつも、冷徹な足取りで男に近付くシグナム。

 男は先程の余裕をどこへやったのか、怯えた顔で銃をシグナムに向けて。

 

 

「く、来るな!」

 

 

 撃った、しかしシグナムはそれを一刀の下に斬り飛ばした。

 甲高い音が響き、床に斬れた弾丸が落ちる。

 

 

「わ、私は聖王教会の所属だぞ、それを……それを、こんなことをして」

 

 

 さらに2発、しかし無意味だった。

 空気の抜けるような音と共に、『レヴァンティン』が薬莢を一つ飛ばす。

 

 

「行くぞ、『レヴァンティン』」

<Jawohl>

 

 

 ひっ……と男が怯えた吐息を漏らした、次の瞬間。

 炎を纏った剣が、彼の眼前に迫り――――爆裂した。

 

 

「こんなことをしてええええええええええええええぇぇぇっっ!?」

 

 

 ――――『紫電一閃』――――

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「な、何だ……?」

 

 

 戸惑いの声を上げたのは、誰だったか。

 床を一瞬グラリと揺らしたその衝撃は、しかしすぐに収まった。

 とは言え教会に似つかわしくない現象であることには違いが無く、一同は困惑を滲ませていた。

 ――――ただ1人を、除いては。

 

 

 イオスだけは、困惑とは別の表情でそこにいた。

 あれからすでにいくらか時が経って、主任司祭達も戻ってきている。

 しかしはやてが戻っていないわけだが……その事情を、すでにイオスは知っていた。

 

 

「主任司祭殿、そしてウスマヌ三佐。お伝えしておかねばならないことがあります」

「な、何だねイオス君。改まって……」

 

 

 怪訝な顔をするウスマヌ三佐に心持ち頭を下げて、イオスは向かい側の中央の席に座り主任司祭を見据えた。

 一見友好的な初老の司祭は、今は流石に怪訝そうな顔でこちらを見ている。

 部屋の視線が自分に集中するのを自覚しつつ、イオスは静かに、しかしはっきりと言った。

 

 

「先程、八神はやて特別捜査官がそちらの助任司祭を現行犯で捕縛しました。罪状は殺人未遂と公務執行妨害、そして……質量兵器の不法所持及び隠匿、だそうです」

「何だと……!?」

「……どういう事だね、何故我が教会の敷地内で私の助任司祭が捕縛されるのですかな」

 

 

 口調は丁寧だが、目は教会敷地内での勝手は許さないと告げている。

 まぁ、事実だけ見れば管理局員が聖王教会の敷地内で許可無く教会関係者を逮捕したことになる。

 それは、お互いの関係上かなり不味い。

 

 

 しかし今回は、現行犯なのだった。

 しかもその教会敷地内に質量兵器の保管庫があり、それが違法施設の物と同一の物資を置いているとなると、いかな聖王教会と言えども言い逃れは出来ない。

 出来ないのだが……が。

 

 

「八神はやて特別捜査官は偶然、質量兵器の保管庫らしき場所を発見したのだそうです。しかもそれを見つけた助任司祭が質量兵器を使用して発砲、たまたま同席していたカリム・グラシアを負傷させたのだとか。そこでやむなく、カリム・グラシアの救出のため、仕方なく武力を行使してこれを捕縛、事態の沈静化を図った……ということです」

「軽率な行動だ」

「そうでしょうか?」

 

 

 今、イオスは必死で頭を回転させていた。

 どうすればはやてを守れるか、それを考えていたからだ。

 対応を間違えれば、はやての正当防衛が先制的な過剰防衛として扱われかねない。

 例え、敷地内に質量兵器の倉庫があったとしてもだ。

 

 

「むしろこちらこそ説明を求めたい、何故、教会の敷地内に違法な質量兵器がプールしてあるのでしょうか? それも、陸士3199部隊が3ヶ月前に制圧した施設にあった物と同一の物が。加えて言えば、近隣のエルセカ村に流れていた横流し品と同様の品がここにあるのでしょうか」

「そのような事実、あるはずも無い」

 

 

 イオスの追及に、相手は揺るがない。

 しかし事実として品は「ある」のだ、言い逃れられるものでは無い。

 普通ならば、だ。

 

 

「……が、私とて教会内部の全てを把握しているわけでも無い」

 

 

 しかも、自分の責任を切り離しにかかってきた。

 この流れはあまり良くない、そう思うイオスだったが。

 

 

「まぁまぁ、イオス君も熱くなるんじゃない」

 

 

 そこへウスマヌ三佐が割り込んできた、言葉を続けようとしていたイオスは口を噤まざるを得ない。

 何しろ上官だ、厄介になっている身でもあり、かつイオス達と違って今後もこの教会と付き合わねばならないのだ。

 口も挟みたくなるというものだろう。

 

 

「司祭殿、こちらとしても司祭殿がまさかそのようなことをするとは思っていない。それに聖王教会の面子を潰す……などと言うこともこちらの本意では無い。どうだろう、ここは事件は表沙汰にせず……しかし質量兵器の存在は看過できないので、極秘で調査する、という所で落としませんかな」

「ふむ……しかし、教会内で勝手をしたそちらの捜査官の処遇はどうするのですかな」

「口頭で注意する……という所でしょうな、何しろカリム・グラシアを守り、かつ不正を暴いたのですからな。流石にこれを処罰と言うのは、今度はこちらの体面が保てない」

「ぐむ……」

 

 

 イオスを抜いた年配の2人が話を進めていく、つまりこれは談合だ。

 事件を闇に葬る代わり、違法施設に関わっていると見られる助任司祭を管理局が捕縛する。

 その代わり、管理局は「助任司祭が勝手にやったこと」と言う聖王教会の言い分を認める。

 お互いの顔を立てて、お茶を濁そうと言うわけだ。

 

 

 ウスマヌ三佐ははやてに事件の捜査を依頼した部隊の長であるはずだが、それを押しのけてでも聖王教会との関係悪化を防ごうと言うのだろう。

 実よりも名をとる、そう言う考えなのだろう……質量兵器の回収実績も上がる、彼は出世するだろう。

  形としては、労せずして手柄を得たことになる。

 

 

(やられたか……)

 

 

 事ここに及んでは、若造のイオスが何を言ったところで覆らないだろう。

 最低限、はやてが聖王教会からつけ狙われると言う事態だけは避けられそうだが……。

 

 

 大人2人の談合の会話を聞きながら、しかしイオスは別のことを考えてもいた。

 ――――カリム・グラシア。

 彼女の行動の意図が、どうにも読めないのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 シグナムの一撃によって粉砕された倉庫の一部、その破壊に巻き込まれる形で伸びている男がいた。

 はやてに銃を向けた司祭だ、今は気を失っている。

 当面目を覚ましそうに無いと判断したシグナムは、剣を収めて振り向いた。

 

 

「主はやて、ご無事ですか!」

「うん、ありがとうなシグナム。めちゃくちゃカッコよかったで」

 

 

 にっこりと笑うはやてにほっと胸を撫で下ろして、シグナムははやてを両手で抱え上げた。

 いつもと同じく軽い小さな身体を抱き上げて、車椅子を探してあたりを見渡す。

 するとその時、別の通路から倉庫に駆け込んできた少女がいた。

 

 

「カリム!」

「あ、シャッハ……」

「怪我を……だから、無茶だとあれほど……」

 

 

 シャッハだった、心配そうな顔で床に座り込むカリムの下へと駆け寄る。

 肩に傷を負い、頬を押さえたカリムがそれを笑顔で迎えていた。

 シグナムは初対面だが……。

 

 

 ぐい、とはやてがシグナムの服を引っ張って近寄るように伝えてきたので、シグナムはその通りにした。

 ゆっくりと歩み寄り、視線を合わせるように床に膝をつく。

 頬を押さえたままのカリムが、はやてを見てにっこりと微笑む。

 

 

「はやてさん、怪我が無くてよかった」

「ありがとうございます、カリムさん。そしてすみません、私を庇ったせいで怪我を」

「良いんですよ、これも聖王様の与えた給うた試練なのですから」

 

 

 どうやら、怪我も見た目ほどには酷くは無いらしい。

 シャッハの治癒魔法に身を委ねるカリムを見て、シグナムはそう判断した。

 そしてどうやらはやてを庇ってくれたらしい、そのことについてお礼を言おうとした所で……。

 

 

「カリムさん、そろそろ事情を話してもらえますか?」

 

 

 はやてが、真剣な顔でそう言った。

 シグナムは何の話かと思うが、対するカリムは微笑んだままだ。

 

 

「……事情、と言いますと」

「誤魔化さんで良いです」

 

 

 ふるふると首を横に振って、はやては続ける。

 

 

「たぶんですけど、カリムさんにとってこの状況になるのが好ましかったんや無いですか? いや、まさか怪我したかったわけじゃ無いでしょうけど……でも、怪我するのも仕方ないって、どこかで思っていませんでしたか?」

「まさか、私も怪我をするのは嫌ですよ?」

「じゃあ、どうして私をここへ連れてきたんですか?」

「それは偶然ですよ」

「本当に?」

 

 

 畳み掛けるように、問いかける。

 すると、カリムの表情が変わる。

 笑みは変わらない、ただ、笑みの質が変わった。

 

 

「ねぇ、シャッハさん。シャッハさんは今までどこで何をしていたんですか?」

「……どういう意味でしょうか」

「ついさっき、遮断されてた念話が通じるようになったんです……その時、外の空気を感じたような気がするんです」

 

 

 天井を見上げながら、はやては思い出す。

 そう、あの時、シャマルの声が届かなければ自分は死んでいただろう。

 だから、念話が通じてよかったと思う。

 だが、どうして急に念話が通じるようになったのか――。

 

 

「……天井の一部を壊して、念話妨害を解いていたんじゃないですか? だからこのタイミングで来れたし……カリムさんが傷付けられたタイミングで、念話を通じるようにしたんやないですか?」

 

 

 そう、はやてが撃たれそうになるタイミングではなく。

 カリムが殴られた、その瞬間に。

 

 

「…………」

 

 

 はやての言葉に、シャッハは沈黙で答えた。

 それはこの場においては、肯定したも同然だった。

 それの意味する所は、つまり……。

 

 

「……どこで、気付いたんですか?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「違和感を感じたんは、やっぱり最初です。いくら同年代の子を見つけて嬉しかったからって、仕事場から連れ出すなんて普通はしません」

「うふふ、世間知らずなだけとは思いませんでしたか?」

「シャッハさんは比較的常識人っぽかったので、止めないのはおかしいですよね……それに最後、『だから、無茶だとあれほど』って言ってました。あれで確信したんです、前々からこうなることを話し合ってたんだろうなって」

 

 

 カリムが、少しだけ責める視線をシャッハに向ける。

 シャッハを自分のミスだったのかと思い、少しバツの悪い顔をする。

 しかしはやてにしてみれば、最初からカリムの予定通りだとするなら納得できる所がいくつもあるのだ。

 

 

 例えば、エレベーターからの脱出を抱きついて止めたのもわざとだろう。

 はやてを庇ったのだけは本当だろうが、おそらくそうなる状況も読んでいたはずだ。

 何故ならそれは、カリムの予定通りなのだから。

 

 

「……ごめんなさい、貴女を巻き込みました」

 

 

 そっとその場に手を付いて、カリムが謝罪の言葉を述べた。

 それは、これまでの行為を故意に行っていたものと認める言葉だった。

 

 

「……どういう事でしょうか」

 

 

 はやてを抱く手を強めて、シグナムが問う。

 彼女の目はカリムよりもシャッハに向いている、彼女の目にはシャッハの方が手強いと移っている。

 事実、今もシグナムの動きに合わせて足の位置を微妙に変えていた。

 

 

「教会の不正を暴くため、管理局の方のお力をお借りしたかったんです。ただ私は教会内では監視されている身なので、公に助けを求めることも出来ず……本当にごめんなさい」

 

 

 カリムの話によれば、聖王教会では騎士見習いは問題のある小教区に送られるのだと言う。

 そこで不正を暴くことで騎士見習いの修行を終了したものとみなし、騎士としての箔をつけるのだ。

 古くより、教会で重要な地位につく予定の者はそうして功績を挙げる慣例があるのだとか。

 

 

 ただここエルセカ教区の不正は想像以上に規模が大きく、教会内ではむしろ裁けないとカリムは判断したのである。

 そこで特別捜査官と言う自分と同年代の局員が来ると聞き、その力を借りたいと思ったこと。

 とは言え直接的に言うわけにもいかず、こうして偶然を装って事態を解決して貰うしかなかったことを説明された。

 

 

「……我が主を、利用したと言うのか」

「ごめんなさい」

 

 

 硬くなったシグナムの声に、カリムは頭を下げ続けることで応じた。

 さらに何かを言い募ろうとするシグナムを、はやてが手で制して止めた。

 

 

「ええよ、シグナム」

「しかし……!」

「ええから」

 

 

 強く止められれば、シグナムは口を閉じるしかない。

 それに、はやてがカリムを食い入るように見つめる視線も気になった。

 カリムはそれを、静かな表情で受け止めている。

 

 

 はやては思う、カリムの言うことは一見、納得できるものだ。

 内部告発で揉み消される恐れがある場合、告発者が外部の人間に協力を求めることは良くあることだ。

 過去の研修の中でも、そうした事件解決パターンをいくつか見たことがある。

 特に聖王教会のような極めて閉鎖性の高い組織の場合、確率は上がる。

 

 

(……でも、何かおかしい)

 

 

 それで何故、自分なのだろう。

 あの場には、自分以外に2人いた。

 年配のウスマヌ三佐はわかるとしても、何故イオスではなかったのか。

 

 

 同性だからだろうか、だが見るからに仕事に不慣れで身体が不自由な――別に自虐ではなく、事実を言っているだけだ――自分を、それだけの理由で選ぶだろうか?

 教会の不正と言う大事を前に、そんなことを理由にするか?

 もちろん、ただの考えすぎである可能性もある。

 だが……一点、どうしても気になる点がある。

 

 

「……どうして」

 

 

 唇が乾いていることを自覚しながら、はやては問うた。

 

 

「どうして……私の魔法系統を、近代ベルカ式かどうか聞いたんですか?」

 

 

 今にして思えば、不自然に思える。

 単純に管理局の自分が、ミッドチルダ式魔法をベースに古代ベルカ式をエミュレートした術式を使うのが珍しいのだろうか。

 ……いや、そんなはずは無い。

 何故なら自分の使う術式に、ミッドチルダ式の術式は混ざっていないからだ。

 

 

「魔法を……使ってみてくれませんか?」

「その必要はありませんよ、私は――――古代ベルカ式ですから」

 

 

 ――――古代ベルカ式!

 管理局で調べてみても、専門的な使い手が局内ではほとんど見つからなかった……リインフォースの復活のためには必要不可欠な物なのに。

 その使い手が今、目の前にいる。

 

 

「私も義弟以外に古代ベルカ式を使う人間を知りませんでしたが……まさか、生き証人と共にお会いできるとは思いませんでした」

 

 

 シグナムを見ながらそう言うカリムは、最初の少女らしい笑みとは別種の笑みを浮かべている。

 頬が少し腫れているが、それを加味しても魅力的な笑みだ。

 見る者を、ぞくりとさせる笑みだった。

 

 

「義弟……もう1人、おるん?」

「はい、いますよ。でもだからこそお会いしてみたいと思ったんです、ベルカ自治領出身者では無い古代ベルカの使い手に。でも……想像していたのと違って、こんなに可愛らしい女の子だったなんて」

「2人……古代ベルカ式の使い手が、2人も……!」

 

 

 剣十字に触れる、それははやてにとっての古代ベルカの象徴だ。

 目を見開いたまま固まったはやてに比して、シグナムはまだ幾分か余裕があった。

 

 

「だが、それならば興味で我らが主を担ぎ出したと言うのか」

「ええんよシグナム、そんなんはもうどうでもええ。もし上の人に手柄を横取りされたって、カリムさんは私のことを覚えてる。覚えてくれてる……そうやろ?」

「ああ、それが本当の喋り方ですか。それなら私も……。ええ、私も貴女のことを覚えたわ。管理局の小さな古代ベルカの担い手を」

「自分かて小さな女の子やろに」

「うふふ、これでも大人っぽいって言われるのだけど」

 

 

 事件が解決されるなら、手柄なんてどうでも良い。

 事がここまで公になった以上、少なくともこの倉庫の件については何らかの処理が成されるだろう。

 それで、一応自分に依頼された仕事は完了とみなされるはずだ。

 

 

 それよりも重要なのは、はやてにとって重要なのは、カリムとの出会いだ。

 このコネクションは、きっと将来の彼女にとって大きな意味を持ってくる。

 はやてにとっても……家族や友人、仲間にとっても。

 

 

「改めまして……聖王教会騎士見習い、カリム・グラシアです。今後とも良くお付き合いください」

「……時空管理局特別捜査官、八神はやてや。こちらこそよろしゅう」

 

 

 これが、八神はやてとカリム・グラシアの出会い。

 出会いから生まれた関係は、最初は極めて打算的なもの。

 しかしこれが、本当の友情へと変化するのは……。

 

 

 ――――もう少し、先のお話。

 

 




……カリムさん達のキャラが合っているか、激しく不安です。
この頃の情報って少ないので自由度はある程度高いのですが、その代わりに後の原作展開と齟齬を起こさない範囲で展開を考えなければならないので難しいです。

と言うわけで、最後までお付き合いいただきありがとうございます、竜華零です。

はやてさんの初任務のお話でした、はやてさん主役。
そしてイオス、主人公のはずが激しく地味だ。
次回も頑張ります。

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