魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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A’s編エピローグ:「続く現実」

 ――――新暦66年2月中旬、『闇の書』事件終結から約2ヶ月が経過したある日。

 時空管理局本局の司法関係の部署が集まる静かなエリアに、彼らはいた。

 そこには、ここ1ヶ月程ですっかり馴染んでしまった光景がそこには広がっている。

 

 

「さて、今日は次の公判に向けての重要なステップだ。もう何度も何度も言ってるが、間違っても暴れたり暴言を吐いたりすんなよ。自分達が被告人だって言う自覚を持って殊勝に、謙虚に、立ってろよ」

「わぁかってるって、相変わらずネチネチ言う奴だな」

「ああん?」

 

 

 15歳前後の水色の髪の少年が、10歳前後の赤い髪の少女と睨み合っている。

 より俗っぽい言い方をするのであれば、「ガンつけ合っている」光景がそこにあった。

 少年は深い紺色の局員服に身を包んでいるが、少女の方は黒のスーツに身を包んでいる。

 

 

「てぇめぇは目が謙虚じゃねぇんだよ。初公判の時だってお前、検事担当の局員睨みやがって。後で俺がどんだけ苦労したと思ってんだよ。矯正されてもない被告を何で『申し訳ありません、しかし彼女は深く更生の意思を云々』なんて言わなきゃなんねぇんだよ」

「私らのことはいーんだよ、はやてのことだけで」

「バカか、おバカさんなのかお前は。お前らの判決=八神さんの判決なんだよ。つーか態度でけぇんだよてめぇ、お前らの処分は俺の胸先三寸一つだってことを忘れんなよ」

「別にお前、裁判官じゃないだろ」

 

 

 弁護におけるモチベーションの問題だよ!

 そう心の中で叫ぶイオス、しかし言っていることは双方かなり酷い。

 赤い髪の少女も最初の頃は遠慮がちだったのだが、最近は慣れたのか言動に鋭さが滲み出ている。

 

 

 そしてその様子を、「またか」と言いたげな雰囲気で見つめる人間が周囲に複数いる。

 特に小柄な――車椅子に乗っているためだが――少女などは、深々と溜息を吐いている。

 それから苦笑のような表情を浮かべて、自分の目の前で睨み合ってる2人に声をかける。

 

 

「あの、2人とも。喧嘩はそこまでにせんと……」

「む、大丈夫だ八神さん。他の奴らは正直どうでも良いが、キミに関しては俺が責任をもって無罪にして見せる。と言うか実際無罪だし、むしろこいつらが余計だし、おかげで保護観察期間めちゃくちゃ伸びそうだし」

「あ、あはは……ほら、ヴィータもごめんなさいして」

「…………ゴメンナサイ」

「心がこもってねぇ……」

 

 

 言い合っている内容は最悪だが、これはもう日課のような物だ。

 はやてが徐々に快復し、1ヶ月程前から在宅通院が可能になったあたりから本局に来ることが多くなった。

 無論、イオスと守護騎士達の仲が良好たろうはずは無い。

 

 

 だがイオスはグチグチと文句を言いつつも、クロノと共にはやて達の管理局受け入れの準備を裁判も含めて整えていた。

 守護騎士達が事あるごとにお礼を言っていた時期もあるが、イオスが「お前らのためじゃねぇし」と言って受け取らないので、素直では無いヴィータなどとは良く口喧嘩に発展している。

 それに感謝しているのは確かだった……しかしそれは、贖罪と言う形で示すべき感謝だ。

 

 

「あ……はやてちゃん、イオス君、時間大丈夫?」

「あ、そやね。もうそろそろ行かんと……」

「はっ、時間管理もできねーのかよ」

「はぁ? 気付いてたし、あえて言わなかっただけだし」

「……イオスさん、何か最近キャラ変わってません?」

 

 

 まぁ、感謝の仕方がやたらに素直で無いのだが。

 しかしシャマルが言ったように、そろそろ行かなければならない。

 何しろ印象が良いはずが無いのだ、だから時間くらいは守らなければならない。

 

 

 今日、はやて達は過去の『闇の書』事件の遺族会の面々と会う約束をしている。

 

 

 イオスの話では、半分近くの遺族は出欠の返事すら無かったと言う。

 ただそれでも、いつかはやらなければならないステップだった。

 例え法的に、過去の事件に遡及しての責任が生じないとは言っても。

 自分の代の事件では人死にが無かったとしても、守護騎士達と共にあろうとするならば、越えねばならないステップだった。

 

 

『正直、時期尚早だと思うけどなー……』

 

 

 長年遺族会と関わって来たイオスは、そうしたはやての意思に対して最後まで良い顔はしなかった。

 どの道、守護騎士が今後管理局任務に従事する形で贖罪を始めれば、その容姿から確実に知られる。

 最後の『闇の書の主』としての自分のことも、すでに噂として局員の間に流れている。

 情報統制のおかげか、上層部の一部を除いて『夜天の書』との関わりは漏れていないが……。

 

 

 怖くないわけが無い。

 恐ろしくないわけが無い。

 これから身に覚えの無い罪で弾劾されると思うと、身体が竦んで動けなくなってしまいそうだ。

 

 

「主はやて……」

「大丈夫や」

 

 

 心配そうな、申し訳なさそうな顔で自分を覗きこむシグナムに、即座に返す。

 手は震え、浮かべた笑顔はぎこちない。

 しかしそれでも、皆と一緒にいたいから。

 一緒に罪を背負って生きて行くと、そう決めたから。

 そっと、胸元で揺れる金の剣十字に触れる。

 

 

 それが、勇気をくれる気がした。

 あの子も頑張っているはずだから、自分が折れるわけにはいかないと思える。

 今は、眠っている……家族のことを想えば。

 頑張れる。

 

 

「まぁ、今日来てるのは比較的に理性的な面々だから。そう緊張せずに……と言うかザフィーラ、お前なんで狼モードなんだ。俺に対するいやがらせか、アルフと一緒に俺を追い詰めるつもりか」

「別にそう言うわけでは無いのだが……」

 

 

 犬嫌いなイオスが狼モードのザフィーラから距離を取る、それが少しだけおかしかった。

 はやての緊張を解そうとしてくれようとしてくれたのかもしれない、単にザフィーラを嫌っている可能性もあるが、それは穿ち過ぎだと思いたい。

 

 

「じゃ、行こうか八神さん。それと守護騎士、さっきはああは言ったが……被害者と加害者の関係だ、正直俺は会わない方が良いとすら思ってる。弾劾されるし、非難されるし、侮辱されるし、批判されるし、罵倒されるだろうよ。だがそうなっても俺には庇えない、せいぜい八神さんを気遣う程度だ。お前らは知らん、それでも……」

 

 

 廊下を少し歩いて、そして局員服の裾を翻して振り向くイオス。

 先程までの雰囲気を消して、緊張した面持ちになるシグナム達4人。

 そして、はやて。

 言葉は無い、しかしどこか同じ目をした彼女達を見て。

 

 

「――――上等だ。じゃあ地獄を見に行くぞ、法で制御できない地獄を」

 

 

 微かに笑って、イオスは先導するように歩きだした。

 それに、はやて達もついて行く。

 この先あるのは惨状だけ、それでも前に進む。

 

 

 何故ならこれは、現実だから。

 嫌だと泣いて叫んでも、消してしまうことなど出来ない現実だから。

 だから、皆、歩いて行く。

 こんなはずじゃない現実の、その先へ。

 

 

「……――――」

 

 

 背中にかかる追い風が、幸運を運んでくれると信じて。

 八神はやては、新たな自分を始めるための最初の一歩を。

 ――――踏み込んだ。

 

 




A’s編エピローグ、最後までお付き合い頂きありがとうございます。
これにて『闇の書』編は終了、次回からStS編に向けた話を短編・中編のような形でしばらく続けて行きます。
内容はまだ未定ですが、大体10話くらいで展開していければと思います。

時系列の中でしか展開されてない話とかは自由度が高いので、原作の設定を活かしつつオリジナルな話になる予定です。
名付けて、「雌伏編」。
それでは、次回以降もよろしくお願いいたします。

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