魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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A’s編第15話:「可能性の提示」

 

「なるほどね、なのはとフェイトは魔法使いで、さっきは世界が滅びそうになってたのを食い止めようとしてたってわけね? で、私達はそれに巻き込まれた一般人で、今現在こうやって説明を受けていると。なるほど、それなら今までのなのは達の不自然な所とかも全部説明できちゃうわね……って、そんなわけあるかぁ――――っ!」

「あ、アリサちゃんっ、アリサちゃんっ、落ち着いて!?」

 

 

 事件終息直後、『アースラ』の一室でアリサが吠えた。

 それを、共に武装隊に保護されていたすずかが宥めている。

 知らない場所に――それも、メカメカした見たことも無い様式の船に――連れてこられて不安もあるだろうが、テーブルを挟んで向かい側に座っているなのはとフェイトの存在が緊張を緩めているのだろう。

 

 

 今、巻き込まれた一般人である2人に、なのはとフェイトが事情を説明している所だ。

 すでに監視の下、アリサとすずかはそれぞれの家に「友達の家に泊まる」と連絡して貰っている。

 泊まり先は八神家だが、実際は『アースラ』と言うことになる。

 

 

「……って言いたい所だけど、実際に見せられたら信じるしかないわよね」

「し、信じてくれるの?」

「ええ、だってなのははドンくさい所もあるけど、つまんない嘘は吐かないでしょ?」

「……な、何だか素直に喜べないの……」

 

 

 アリサの言葉に苦笑いするしかないなのは、当のアリサはと言えば腕を組んで胸を逸らしている。

 その目は、どこか「やっと話してくれた」と喜んでいる様にも見える。

 魔法がどうとかいう話は想像も出来ていなかったが、何か秘密にしていることがある、くらいのことは思っていたからだ。

 すずかもそれがわかるからか、目を微笑みの形に細めている。

 

 

「ええと、じゃあ……どこから話そうかな」

「うん……じゃあ、フェイトちゃんのことも知りたいな。そうしたらもっと、仲良くなれる気がするから」

「あ……」

 

 

 そっとフェイトにも微笑みかけて、すずかが穏やかに言う。

 その微笑を受けて、フェイトも少し固い笑みを返す。

 そうして……そこから、少しだけ長い話が始まった。

 

 

(……何とも器の大きい友達だな)

 

 

 ふぁ……と、不謹慎ながら欠伸を噛み殺しつつその様子を見守っているのは、イオスだ。

 扉近くの壁に寄り掛かり、4人の邪魔をしないよう気配を殺しながらなのはとフェイトの一般人への説明を聞いている。

 今回、アリサ・すずか両名を巻き込んだのは管理局側のミスとしてカウントされている。

 

 

(始末書だな……まぁ、それは良いんだけど。どうするか)

 

 

 一般人に魔法や次元世界の存在が知られた場合、選択肢は3つしか無い。

 黙っていて貰うか、忘れて貰うか、そして現地協力者になるかだ。

 ただ見ている限り、2つ目は無い気がする。

 始末書追加だ、イオスは胸の内でそう1人ごちた。

 

 

(……終わってみれば)

 

 

 終わってみれば、今回の『闇の書』事件は奇跡と言って良い終わり方だったと言える。

 第1級ロストロギア事件にも関わらず死者もいない、後遺症が残るような重傷者もいない。

 何も失われていない、物語のハッピーエンドのような終わり方だ。

 今だから言えるが、事件に関わる前は仲間の誰かが死ぬだろうと思っていた。

 そしてそれは、自分かもしれないと。

 

 

 だが、実際には誰も失われなかった。

 今回の『闇の書』の主……八神はやてが殺人を許容しなかったからだ。

 その意味では、彼女の功績と言って良い。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 深く息を吐いて、イオスは全身から力を抜いた。

 何を考えているのか、と問われれば……いろいろだ。

 家族のことかもしれないし、友人のことかもしれない、敵だった者達のことかも。

 ただいずれにせよ、これからのことを考えている。

 彼にとっての、現実のこれからを。

 

 

「失礼する」

 

 

 その時、部屋の扉が開いた。

 入室してきたのはクロノとエイミィだ、2人はどこか表情を曇らせている。

 そしてイオスを見て、なのは達を見て。

 

 

「話の最中にすまないが、イオス。それからなのは、フェイト、来てくれ」

 

 

 何事か、と目をパチクリとさせていると……目が合った。

 クロノ達の後ろ、そこに立つ銀髪の女と目が合った。

 その後ろには守護騎士達もいて……彼女らは、イオスと目が合うと。

 ぺこりと、軽く会釈してきたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 アリサとすずかの世話をエイミィに任せて、イオス達はクロノに連れられて別の部屋に来た。

 会議にも使う大部屋だ、長机に配された椅子にそれぞれが座って向かい合う。

 上座、議長席に座ったクロノが口火を切った。

 

 

「この会議は、非公式な物だ。だから艦長は来ない、代理として僕が議長を務める……すまないが、もう一度説明してくれ、『闇の……いや、リインフォース」

「わかった」

 

 

 イオス達の向かい側に座るのは、リインフォースと守護騎士4名の合計5名だ。

 それを、クロノ・イオス・なのは・フェイト……そしてユーノとアルフが聞く形になっている。

 はやてはいない、最後の魔法を放った直後に極度の疲労で倒れてしまったからだ。

 今は、『アースラ』の一室で眠りについている。

 

 

「何だい何だい、事件は終わったんじゃないのかい?」

「すまない……まだ、続きがある」

 

 

 アルフの言葉にすまなそうに表情を軽く歪めて、リンフォースは説明を始める。

 まだ続きがある、その言葉の通りに。

 「続き」、その説明を。

 

 

「そちらの尽力もあり、『闇の書』及び『夜天の書』の自動防衛機構(ナハトヴァール)は停止した。しかし、このままでは遠からず再生してしまうのだ……」

「アルカンシェルでコアごと消滅させたはずじゃ……!?」

「……すまない、原因は私にある」

 

 

 ユーノの指摘を否定して、リインフォースは説明した。

 まず防御プログラムは停止したが、『夜天の書』の魔導書としてのバグはそのままだと言うこと。

 基礎構造は歪められたままのため、近い将来、『夜天の書』が新たな防衛プログラムを生み出して暴走を初めてしまう可能性が高いこと。

 

 

 そして修復しようにも、『夜天の書』が原型が失われておりどう修復すれば良いかがわからないこと。

 今は主であるはやてへの浸食も停止し、リンカーコアも安定している。

 ただもし防衛プログラムが再作成されてしまえば、今度は命を落とす可能性が高いこと。

 すなわち、『夜天の書』が存在する限り……はやてに安寧は訪れない。

 よって、リインフォースは進言する。

 

 

「私を、『夜天の書』を破壊してほしい。防衛プログラムの無い今ならば、特別な手段を取らずとも簡単に破壊できるはずだ」

 

 

 自分を破壊しろ、すなわち――――殺せ、と言っている。

 それを理解した時、なのは達は衝撃を受けたような表情を浮かべた。

 口々に思い留まるように言うが、しかしリインフォースは首を横に振り続ける。 

 

 

「時間が、無い。今こうしている間にも、防衛プログラムが再作成されてしまうかもしれない。だから、そうなる前に……お前達に、頼みたい。私は自分で自分を破壊することができない……」

「でも……だけど、それじゃあシグナム達も」

「いや、テスタロッサ……私達は……」

「彼女らはすでに私から独立したプログラムだ、故に」

 

 

 守護騎士(ヴォルケンリッター)プログラムは、すでに『夜天の書』から切り離されている。

 故に、自分と共に消滅することなく……主であるはやてが生きる限り、存在し続けることができる。

 そう告げた時のリインフォースの顔は、何と言うか。

 

 

 

「逝くのは、私だけだ」

 

 

 

 どこか、晴れやかな顔でそう言った。

 

 

 

「そんな……」

 

 

 哀しげに呟いたのは、誰だろうか。

 全員の表情が沈痛に歪み、俯き、沈黙が場を支配する。

 それを見渡しながらリインフォースは、ああ、優しい者達だな、と思う。

 

 

 こんな自分の死を、終わりを、哀しんでくれている。

 終焉と破壊を撒き散らしてきた自分が受けるには、過ぎた感情だと思う。

 そして、こんな者達が主の傍にいてくれることを嬉しく思った。

 これなら、安心して逝けると。

 ただ一つ、心残りがあるとすれば……。

 

 

「……ふざけんなよ」

 

 

 そう、彼のような人間達に……償いが出来なくなることだろうか。

 騎士達に、その咎を任せてしまうことだろうか。

 そう思って、リインフォースは彼を見た。

 イオス・ティティア、一時的に自分の内に取り込んだ少年を。

 彼は半笑いのような顔でリインフォースを見つめて。

 

 

「イ、イオス……」

「何だそれ、ふざけてんのか? 破壊しろ? 死ぬ? お前……ふざけんなよ!」

「きゃっ……」

 

 

 けたたましく立ち上がり、隣のフェイトが身を竦ませる。

 しかしそこに配慮できる程、今のイオスには余裕が無かった。

 一同が驚いた目で見る中、リインフォースを睨みつけている。

 

 

「これからだろうが! これからお前には、いろいろ償って貰わなきゃなんねーんだよ!」

「すまない、だが……」

「だがもクソもあるか! 俺は認めねぇ……そんなもん、逃げだろうが!」

 

 

 逃げ、と言う部分に反応したのはヴィータだ。

 彼女は俯いて黙っていたが、イオスの言葉に触発されたように顔を跳ね上げて。

 

 

「逃げるんじゃねぇ! リインフォースだってなぁ……!」

「うるせぇ! てめぇらもてめぇらであっさり諦めやがって! 結局はそれか、ああん!?」

「どうしようも無いんだよ! 私らだってどうにか出来るならしたいよ! したいけど……したいけど……っ」

 

 

 言葉は続かない、イオスに対抗するように立ち上がったヴィータは……しかし、再び俯いてしまう。

 そんな彼女の肩に、シャマルが静かに手を置いた。

 シグナムも目を伏せ、ザフィーラも何も言わない。

 

 

 沈黙が、場を包む。

 誰も、何も言わない……言えなかった。

 ただ1人、イオスだけが立ったまま――――。

 

 

「……ふざけんなよ」

 

 

 そう言って、駆け出した。

 席を蹴り、部屋から飛び出していずこかへ走り出したのだ。

 驚いたクロノも席を立ち、追いかける。

 

 

「イオス!? どこへ……ユーノ、少しここを頼む!」

「え、あ、う、うん!」

 

 

 幼馴染の背を追いながら、クロノは思った。

 どうするつもりだ、と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ふざけるなと、そう思った。

 そして同時に、卑怯だと思った。

 こちらがいろいろな手続きを始めようとした矢先、その相手は『死ぬ』のだと言う。

 

 

 魔導書が『死ぬ』と言うのもおかしな話だが、とにかく許せなかった。

 ようやく終わり、そして始まるはずだった何かを勝手に放棄することが。

 何を勝手に満足して終わろうとしているのかと、強く憤った。

 と言うか、だったらさっきの戦いは何だったのかと言いたい。

 

 

「おい、イオス! どこに行くんだ!?」

 

 

 どうやらクロノが追いかけて来ているらしい、それでもイオスは駆け続けていた。

 止まれない、感情がそれを許さないのだ。

 そしてその感情の冷たい部分が、自分に対して冷静になれと囁いて来る。

 自分の目的は『闇の書』を終わらせることだったじゃないかと、しかし……。

 

 

「プレシアと同じ轍は踏まねぇ……!」

 

 

 関係の無い話のようだが、イオスにとっては大ありだった。

 プレシアは、フェイトの母は最後まで現実と向き合うことなく逝った。

 フェイトには言っていないが、イオスはそれを内心で卑怯だと思っていた。

 現実と向き合わせ、罪を償わせて……再び始めるために、助けた命だったはずなのに。

 今では、イオスはそう思っている。

 

 

「今度は逃がさねぇ、絶対に向き合わせる……現実と」

 

 

 向き合わせる、そう強く思う。

 『アースラ』の廊下を駆ける足は、自然、ある場所を目指していた。

 その間に、再び冷静な誰かが自分に囁く。

 

 

 現実を見ろ、と。

 どう考えても不完全な『夜天の書』は危険だ、後顧の憂いを断つためにも破壊するのが正しいと。

 そうすることで事件は終わる、後は残った守護騎士達に罪を償わせれば良いと。

 それが、最も現実的な方法だと。

 しかし、イオスは叫ぶ。

 

 

「そんなもん、くそくらえだ!!」

 

 

 廊下で擦れ違ったクルーが身を竦ませる程の大声、しかしイオスは気にもしていない。

 その代わり、後から追いかけているクロノが謝罪している。

 それを若干気にしつつも、イオスは思考しつつ駆ける。

 

 

 現実的な方法? 安易な方向に逃げることが現実なのかと自問する。

 本当の現実は、たった一つ。

 リインフォース……あの魔導書が、勝手に諦めて消えようとしていることだ。

 その現実を認めた上で、さらに――――。

 

 

「……な、おいイオス!」

 

 

 ――――現実の、その先へ。

 現実を認めて諦める現実主義者では無く、その先を求める。

 不屈の少女達が、自然とそうしているように。

 最善とまでは言わなくても、こんなはずじゃない現実から少しでもマシな方向へ。

 

 

「――――お師匠!!」

 

 

 こんなはずじゃない現実よりも、一歩でも先に進むために。

 

 

「頼む、手を貸してくれ! 『デュランダル』の……」

 

 

 重要参考人として彼の師2名が軟禁されている部屋の電子キーを開けて、イオスは叫んだ。

 2人の師は、弟子の突然の来訪に驚いた表情を浮かべる。

 部屋のソファに座ったまま、扉を開け放ったイオスを目を丸くして見つめている。

 

 

「……凍結封印の原理について、教えてくれ!!」

 

 

 不屈の、現実主義者へと。

 少年は今、変貌を遂げようとしていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……早朝の海鳴市は、雪が降っていた。

 いつもならば日の出は遅いのだが、今日に限ってやけに明るく感じる。

 曇った空を水平線、そして海鳴の住宅街が一望できる丘の上の公園。

 

 

 そこに、女はいた。

 茶色い装丁の魔導書を抱いて立つ銀髪の女の足元には、白い三角形の陣が輝いている。

 さらにその両側、桜と金の魔法陣。

 その上に立つのは、なのはとフェイトだ。

 

 

「リインフォースさん、本当にはやてちゃんに何も言わなくて……良いん、ですか?」

「やっぱり、せめてお別れを……」

「……お前達は、優しいな」

 

 

 自分が急かし、破壊を依頼した少女達に微笑を向ける。

 リインフォース、そう呼ばれることに幸福を覚える。

 そのことに、背中に流した銀色の髪を揺らしながら苦笑する。

 もう誰も、自分を『闇の書』とは呼ばないのだ。

 

 

 そしてその様子を、シグナムを始めとする守護騎士達も見守っていた。

 皆、どこか辛そうで、悔しそうで……けれど、事実を事実として受け入れる覚悟を持っていた。

 自分達には、どうすることもできない。

 主たるはやては、今この場にはいない。

 一旦、家に戻らされて……今は、眠っているはずだ。

 

 

「……主はやてを、頼む」

「……ああ」

 

 

 だからせめて、憂いのないように送ってやりたいろ思う。

 頷くシグナムに、リインフォースは笑みを浮かべて頷く。

 哀しみは無い、その代わりにあるのは……寂しさだった。

 主の傍に、主のこれからに自分がいない。

 それは、初めて感じる気持ちだった。

 

 

「……では、先に逝く」

「リインフォース……」

「ええ……」

「……む」

 

 

 泣きそうに表情を歪ませるヴィータを、シャマルがそっと抱き寄せる。

 ザフィーラはそんなヴィータを見ないようにしながらも、真っ直ぐにリインフォースを見ていた。

 寂しさはある、だが不安は無い。

 守護騎士がはやてを守る限り、何も心配はいらないと信じているから。

 

 

「……では、頼む」

「はい……」

「…………」

 

 

 なのはが頷き、フェイトも杖を構える。

 なのはの肩の上でフェレット形態のユーノが結界を維持し、フェイトの足元でアルフが2人の術式を補助している。

 魔法陣が輝き、2機のデバイスがコアを輝かせる。

 それはリンフォースの胸元で輝く『夜天の書』と同期し、彼女を天へと還そうとする。

 

 

「世話になるな……」

<Don't worry>

<Take a good journey>

 

 

 自分は幸福だと、リインフォースは思う。

 主を食い殺さず、騎士達を残し、そしてもう二度と何かを破壊することも無い。

 十分だ、そう思える。

 自分が過去に成したことを思えば、現状は最高の終焉だと。

 ――――さよならだ。

 

 

(本当に、これで……)

 

 

 一方で、フェイトは葛藤していた。

 リインフォースの願いを叶えてやりたい、そう言う気持ちはある。

 しかし、心のどこかでそれを拒否する気持ちもあった。

 もちろん、なのはもそうだろう。

 

 

 だがフェイトの脳裏には、母の姿がある。

 遺された時のあの気持ちを、通じ合えないままに別れたあの気持ちを、はやてに味わわせて良いのだろうかと思うのだ。

 葛藤。

 もっと何か、この、こんなはずじゃない現実を少しでも良くする何かは無いのかと。

 

 

「…………」

 

 

 だが、言葉が出てこない。

 思いつかない、『夜天の書』の防衛プログラムの再作成を止める方法が。

 きっとヒントは、あるはずなのだが……。

 

 

 『バルディッシュ』のコアが輝き、リインフォースの陣に繋がったフェイトとなのはの魔法陣が輝く。

 天に還すのだ、『夜天の書』を。

 そして術式が、どうしようも無い部分に進もうとしたその時。

 

 

「……フェイトちゃん?」

 

 

 止めた。

 止まったのだ、フェイトの動きが。

 なのはの声と同様、リインフォースが首を傾げてフェイトを見る。

 

 

「どうした?」

「え……あ、その……えと」

 

 

 拒否感が、拭えない。

 だからフェイトは、一瞬だけ手を止めてしまった。

 しかしそれも、一瞬の気の迷い。

 フェイトはすぐに、術式を再開させようとして……。

 

 

「ちょぉ……っと待ったぁ――――――――!」

「え?」

 

 

 その時、空から降ってくる影があった。

 人数は2人、黒と水色の髪の少年だ。

 彼らは腕にそれぞれ猫を抱えて、雪積もる公園の地面に着地する。

 バリアジャケットを着たまま、水色の髪の少年が叫んだ。

 

 

「勝手に終わらせんなゴルァ――――!」

 

 

 場の空気が、変わった。

 フェイトはふと、そんなことを思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「動くな! 誰も動くな……動かないでくれ、儀式が止まる」

「止めりゃあ良いんだよ、この馬鹿が!」

 

 

 執務官権限でリーゼ姉妹を一時的に釈放して、共にイオスを送り届けたクロノは溜息を吐いていた。

 徹夜明けだからか、それとも他の理由があるのか……イオスのテンションが高い。

 リーゼ姉妹でさえ、気のせいで無ければ毛並みが乱れていると言うのに。

 

 

「お前の身柄は管理局が預かってるんだっての……勝手に消えようとすんな、八神さんに迷惑がかかるだろうが!」

「……お前」

 

 

 少しの苛立ち、しかしそれもイオスを前にすると表には出せなくなってしまう。

 何故なら彼も、リインフォースがかつて傷つけた人間の1人だから。

 一時的な吸収は、裏を返せば感情移入に繋がる。

 

 

 儀式を中断できないので、その場に立ったままイオスを見つめる。

 イオスもまた、睨み返す勢いでリインフォースの目を見た。

 諦め、それでいて安心しているような目だった。

 それに対して、イオスははっきりとした苛立ちを感じた。

 

 

「言ったはずだぜ……許さないし、逃がさないってな」

「お前には……いや、すまない……」

「今さら、謝罪なんていらねぇ!」

 

 

 吐き捨てるように言って、イオスが一歩前に出た。

 魔法陣の直前、そこまで歩いて。

 

 

「管理局の法に――――死刑は、無いんだよ」

「私は……今まで、多くの命を食い殺して来た。呪われた魔導書だ」

「知らん、つーかここで壊すんだったら昨日の戦いは何だったんだって話になるだろーが」

「だが、防衛プログラムが」

「くどい!!」

 

 

 最終的に怒鳴って、イオスは言った。

 

 

「例えお前が嫌だやめろと泣いて喚いたとしても――――俺はお前を法廷に連れていく! 何があっても、誰が何と言おうともだ!!」

 

 

 ジャキッ、と残った右腕の鎖を示すと、リインフォースが身を竦めた。

 左腕のそれは回復していない、だからイオスは右腕のそれを鳴らしながら。

 

 

「俺のデバイスは鎖だ……俺のマイスターの趣味って部分もあるが……俺がこれを選んだのは、お前らを繋いで逃がさないためだ。だから逃がさない、絶対にだ!!」

「ならば……どうするのだ。このままでは、私はまた暴走してしまう……」

「ああ、そうかい……だったら俺は言うぜ、俺、執務官補佐イオス・ティティアは」

 

 

 魔法陣の中に入り、リインフォースの腕を掴む。

 儀式が壊れ、輝きが失われる。

 そのことにリインフォースが何か言おうとした矢先、彼は言った。

 

 

 

「『デュランダル』の永久封印で――――お前を保存することを、提案する!!」

 

 

 

 言葉が広がり、その場にいる全員の耳に届く。

 儀式の中断で術式が崩れ、立ち尽くしていたなのはとフェイト、そして騎士達。

 彼女らは、イオスの言葉の意味を理解すると。

 

 

「「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」」

 

 

 一様に、声を上げた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「元々、私達は『デュランダル』で『闇の書』を永久封印するつもりだった」

 

 

 猫形態のリーゼアリアが、落ち着いた声音で説明した。

 『デュランダル』の放つオーバーSランクの氷結魔法『エターナルコフィン』は、蒐集終了直後に出現する管制人格(正確には、管制人格に乗っ取られた術者)を氷の棺に閉じ込めることで活動と転生を停止させるために開発された物だ。

 

 

 『闇の書の闇』の場合は、主も管制人格も失った魔力の塊だったために封印できなかった。

 しかし今ならば、防衛プログラムを持たない状態の『夜天の書』を氷結封印することで状態を保ち続け、再作成を阻止することが理論上は出来るはずだった。

 今回のイオスの提案は、プログラムの再作成を阻止しつつ、その間に問題の解決策を探ると言う物だった。

 

 

「……無理だ」

 

 

 リインフォースは首を横に降る、そんな賭けには乗れないと。

 イオスの提案は、いわば問題の先送りに過ぎない。

 問題の根本はリインフォース自身にすら『夜天の書』の元の姿がわからないこと、基礎構造の歪みだ。

 それが解決できない限り、仮に防衛プログラムの再作成を阻止できたとしても意味が無いのだ。

 

 

「キミの基礎構造については、局の遺失管理部やスクライアなどの協力を得つつ、古代ベルカの遺跡を調査しながら融合機の情報を集める予定だ。それから聖王教会の許可を得る必要があるが、まぁ、それは僕達で何とかする。ツテもあるしな」

 

 

 腕の中のリーゼロッテを見下ろしながら、クロノが言う。

 

 

「だが確実では無い、実際、問題の先送りに過ぎないかもしれない。誰かがキミの封印を悪用するかもしれない、僕達が生きている間にキミを目覚めさせることはできないのかもしれない。だがそれでも」

 

 

 カード状態の『デュランダル』を起動させて、クロノが右手に持つ。

 雪が降りしきる中で、彼の持つ白き杖は映えて見えた。

 その杖先をリインフォースに向けて、クロノは問う。

 どうする、と。

 

 

 仮に相手を人権のある主体的な存在と見なす場合、全ての行為には相手の同意がいる。

 今回のこの提案も、「封印」と言うよりは「治療」と解釈することになる。

 いずれにしても、リインフォースの同意が無ければどうしようも無い。

 

 

「それでも僕達は、可能性を提示する。僅かな可能性に賭け、こんなはずじゃない現実と戦うか。それとも諦めて天へと還るか。それは個人の自由だ、キミ達が決めることだ」

 

 

 永久封印後のプランも、実はすでにリンディを交えて話している。

 今、運用部のレティに協力を要請して、ベルカ式デバイスの研究部署を作ろうとしている所だ。

 独立性の高いデバイス研究部署――仮称、時空管理局本局第六技術部――であれば、機密を理由にかなり高いレベルの情報統制を行える。

 無論、必要な条件はいくつもある。

 

 

 まず上層部の承認か、最低でも黙認が必要になる。

 そして責任者だ、責任者がこちらに協力的でなければならない。

 それから古代ベルカ式のアームドデバイスを持つはやてと守護騎士3人に所属して貰わねばならない、管理局に所属したことの無い古代ベルカ式の魔導師(騎士)が所属すれば「バックアップとデータ取りのために」専門部署が必要だと表向きに主張することが可能になる。

 

 

「無理だ」

 

 

 再び、今度はより強い意思を込めてリンフォースが拒否する。

 まず、局内にあっては封印中の自分の身に研究の手が伸びるかもしれない。

 そうなれば、何かの拍子に防衛プログラムの再作成が行われてしまう可能性がある。

 そして、主や守護騎士達に負担を強いることになる。

 

 

 第一、誰が封印中の自分の身を守ってくれると言うのか。

 都合よく、身を挺して、管理局と言う組織の中で『夜天の書』を誰が守るというのか。

 責任者になれるような地位の者が、そもそもいるのか。

 

 

「誤解を解いておきたいのだが、僕達が封印するのはあくまで『夜天の書』だ。第1級指定ロストロギア『闇の書』じゃない。スタート地点を間違えないで欲しい」

「そんな詭弁を、誰が信じる!?」

「信じさせるんだよ――――っても、まぁ、俺らが一日で考えたルートじゃ無理だ。でも、いるんだよ、11年間、お前を封印して、どうやってそれを維持するか考え続けてた人が」

 

 

 自分達は、そのルートに便乗するだけだとイオスは言った。

 そんな人間がいるのか、リンフォースには俄かには信じられなかった。

 しかし、イオスは逃さぬようにその瞳を射抜くように睨んで。

 

 

「さぁ、選べよ魔導書。お前の現実のその先は……目の前にあるぞ」

 

 

 リインフォースの腕を掴んだまま、イオスが言った。

 現実が、目の前にある。

 助かるかもしれない可能性が、提示されている。

 だが、とリインフォースは迷う。

 

 

 可能性は限りなく0に近い、夢物語と言った方が良い。

 危険だ、合理的に考えて……「現実的」に考えて、不可能だと思う。

 だから、リインフォースは断ろうとした。

 否と答え、イオスの手を振り払おうとした。

 しかし、その決意を。

 

 

「リインフォース――――――――ッッ!!」

 

 

 その決意を揺るがせるであろう存在が、その場に来た。

 来て、しまった。

 リインフォースがこの世で最も愛しく想い、そしてこの場で会いたくないと願っていた相手。

 

 

 八神はやてが、来てしまった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 八神はやてがここに来れたのは、いくつかの要因がある。

 まず肉体的な要因、魔導師として覚醒したはやては無意識の内に魔力で身体を強化し……いつも以上の速度で、移動することが出来たこと。

 場所については『夜天の書』のリンク、それとリンカーコアの正常活性によりミッド式の排除結界を擦り抜けられたのだろう。

 

 

 ……と、現実的な話をすればそう言うことになる。

 しかしはやては後に別の言い方をする、イオスなどは眉を顰める発言だが。

 ――――運命だったのだと、そう告げることになる。

 

 

「リインフォース……」

 

 

 雪道に車椅子の痕をつけて、はやてはリインフォースに近付いた。

 すでに儀式は中途で解かれてしまい、魔法陣は消えてしまっている。

 ただ……『夜天の書』のリンクを通じて、何が行われようとしていたのかは理解している。

 

 

「……何でなん?」

「主はやて……」

「言うたやん……一緒に頑張ろうて、言うたやんか」

 

 

 どうして、と、その瞳は告げていた。

 それを見た途端、リインフォースは自身の決意が微かに揺らぐのを感じた。

 しかし首を横に振って意思を固め、リインフォースは笑みを作った。

 

 

「……私は」

「聞きたぁない!」

 

 

 理由を、リインフォースが消える理由を知りたいわけでは無い。

 そう声に込めて、全身で表現して、はやてはリンフォースを見上げた。

 リインフォースは頭が良いのだ、だからきっと消えなくてはならない理由があるのだろう。

 だけど、それは「消えて良い」理由にはならない。

 

 

「……私がいなくとも、騎士達がいます。何も心配はいりません」

「嫌や! リインフォースがいてくれへんかったら……嫌なんや!」

 

 

 名を、心を貰っただけで十分だとリインフォースは思っていた。

 しかし、はやてはそれでも不十分だと思っている。

 これからだ、これからが始まりなのだ。

 全てが今から始まるのに、どうして。

 

 

「これでええんか!?」

 

 

 はやては叫んだ、それはリインフォースに向けられた物では無い。

 

 

「皆、これでええんか……!? リインフォースが消えて、それで、やったなって、明日から頑張ろうって、そう思えるんか――なぁ!?」

「はやて……」

 

 

 それは、守護騎士達に向けられた物だった。

 はやての言葉に、特に表情を歪めたのは――ヴィータだった。

 納得など出来るはずが無い、一番できていないのがヴィータだったからだ。

 

 

「主はやて、私は……貴女を守る、その最善の手段を取りたいのです」

「リインフォースがいなくなることが、私を守ることになるんか?」

「はい」

「違う!」

 

 

 我儘? それの何が悪い。

 聞きわけが無い? それで家族を守れるなら安いものだ。

 逝った者の魂が想いは残る? 信じられない……そんなことは。

 だから。

 

 

「――――許さへんって、言った。私の人生を滅茶苦茶にした責任、一緒に取って貰わなあかん。絶対の、絶対に……絶対や!」

「主はやて、どうか」

「マスターは私や! 言うこと聞いて……あっ」

 

 

 勢い込んで車椅子を進めたために、バランスを崩してはやてが転ぶ。

 反射的に、リインフォースが前に出てはやての身体を抱きとめた。

 イオスも、逆らわずに手を放した。

 カラカラと車椅子のタイヤが回る横で、リインフォースとはやてが抱き合う形になる。

 はやては、リインフォースの腕を掴んで放さない構えを見せる。

 

 

「主はやて……」

 

 

 困り果てた顔で言っても、はやてはリインフォースの胸に顔を埋めて首を横に振るばかり。

 助けを求めて、守護騎士達の方を見れば。

 

 

「リインフォース……」

 

 

 ヴィータが、一歩前に出て。

 

 

「……私も、お前に……逝ってほしく、無いよ」

「鉄槌の……」

 

 

 他の3人の顔を見ても、ヴィータと同じ顔をしていた。

 なのはもフェイトも、他の誰も彼もが。

 同じように……「逝かないで」と、言葉にせずに伝えて来ていた。

 

 

 魔導書としての合理的な判断は、変わらず自身の破壊だ。

 イオスの穴だらけの賭けに乗っても、万に一つも勝てないと告げている。

 だが合理的で無い部分、すなわち人の心は。

 

 

「……償ってもらう、絶対だ」

 

 

 イオスの言葉に、リインフォースは微かに喉を震わせた。

 そして、そうか、と胸の内で呟く。

 厳しい人間達だと、そう思う。

 自分に、逃げることを許さないと言うのだから……。

 

 

「……主はやて」

「…………」

「主はやて、そして他の者達も、一つだけ……一つだけ、約束してほしいことがある」

 

 

 胸の中のはやてが、顔を上げた。

 そこには、リインフォースの顔があって。

 

 

「もし……封印されてなお、防衛プログラムの再作成が少しでも確認されたなら……その時は、必ず私を、『夜天の書』を破壊してほしい。コアが再生する前なら、破壊は容易だから……破壊の術式の起動方法は、教えておく……」

「リインフォース、じゃあ……」

「……はい、主はやて。仰せに従います……」

 

 

 泣き虫な彼女は、やっぱり泣いていて。

 

 

「私も、主はやてと共に歩めるようになりたいです……」

 

 

 そう告げる彼女に、はやては頷いた。

 細かい話はわからない、ただ、これだけは言えた。

 頑張る、頑張るから、と。

 

 

「私が絶対、何とかするから……!!」

 

 

 それは、約束。

 とても尊い、約束。

 いつか果たされなければならない、約束だった――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 新たな魔法陣が組み直される、それはリインフォースが選んだなのは・フェイトに加えて、主術者のクロノと補助者のイオスの魔法陣にリインフォースの魔法陣を組み込んだ物だ。

 クロノとイオスの肩に子猫形態のリーゼ姉妹が乗り、さらに彼らを補助する。

 

 

 三角のベルカ式魔法陣を中心に、4つの円形魔法陣で囲んだ五角の新たな魔法陣。

 『デュランダル』を構えたクロノが、リインフォースの正面に立つ形だ。

 そのリインフォースが、傍らで見守るはやてに視線を向ける。

 

 

「主はやて、これを」

「これ……」

「形見の品……のようなつもりでしたが、今では約束の証、と思ってください」

 

 

 リインフォースがはやてに手渡したのは、不思議な形をした金の十字架だった。

 十字架を象った、小さな剣のペンダント。

 ――――剣十字(シュベルトクロイツ)

 

 

「私の中に蒐集された情報は、全て貴女の記憶の中に転写してあります。私の無害な部分を集めた私の欠片……これを、私の研究に役立ててください」

「……うん!」

 

 

 はやてはそれを、両手で大事そうに受け取った。

 これが、自分とリインフォースを繋ぐ物だと理解しているからだ。

 それ以上の言葉は告げず、ただ見つめ合う。

 ……視線を外すのは、やはりリインフォースからだった。

 

 

「では、頼む」

「ああ」

 

 

 頷いて、クロノ達がリインフォースと共に空へと上がる。

 魔法陣も付随して上がり、結界内の上空に輝きが映る。

 『エターナルコフィン』は強力な凍結魔法だが対象特定が極めて困難だ、そのため一度上空に上がって広域凍結、不必要な部分を削ることになる。

 

 

 クロノが術式を展開する。

 『闇の書の闇』と戦った時のような規模は必要無い、しかし十分な強度が必要だ。

 コアが輝き、青白い冷気が周囲に立ち込め始める。

 

 

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ……」

 

 

 永遠では無い、しかし永久凍土のように強固な封印で無ければ意味が無い。

 目的は防衛プログラムの再作成を含めた、『夜天の書』の完全凍結封印なのだ。

 そして凍結温度が−273.15 ℃に達した時、リインフォースが人としての姿を放棄する。

 人の姿が溶けて、魔導書へと戻るその時。

 

 

「リインフォース――――ッ!!」

 

 

 地上から、はやてが声を上げた。

 

 

「私、頑張るからっ。たくさん、たくさん勉強して、頑張って、絶対にリインフォースを助ける! だから、だから……!」

 

 

 わかっています、とリインフォースは「心」の中でだけ思った。

 主はこれから血の滲む様な努力を自分のためにしてくれるだろう、それがわかるから。

 だから、自分も頑張ってみようと思う。

 

 

 だからこれは、競争だ。

 ただ待つのでは無い、自分も眠りの中で方策を探ろう。

 いつか、共に贖罪の道を歩むために。

 頑張る。

 思えば、それは何と尊い行為なのだろう――――。

 

 

「……凍てつけ!」

<Eternal coffin>

 

 

 自分の全てを閉ざすだろう寒さの中で、それでもリインフォースは温かだった。

 自分は世界で一番、幸福な魔導書だと思った。

 そう想い、『夜天』と呼ばれる女は眠る。

 

 

 自分を待つ者と、自分が傷つけた者。

 それらの人々のことを想いながら、名に幸運の追い風の意を持つ女は眠る。

 近くて遠い、そんな目覚めの日を夢見て……。

 ……現実のその先を、見つめながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 これからが大変だと、シグナムは思った。

 上空で凍結封印の輝きが放たれ、降りしきる氷の結晶の中で泣き崩れる主を見つめながら。

 守護騎士の将として、今後のことを考えていた。

 

 

 まず、主であるはやての身柄については大丈夫だろうと思う。

 クロノやイオス、なのはやフェイトなどがついている限り悪いようにはならないはずだ。

 問題は自分達4人だ、裁判か……あるいは、裁判以外の何らかの裁定が下されるはずだと思った。

 いずれにしても、何らかの贖罪が必要なのは確実だった。

 

 

(私が……我らが裁きを受けるのは良いが、主はやてにご迷惑をかけないようにしなくては)

 

 

 今さらかもしれない、自分達の存在がすでに主にとっての災いなのだから。

 だがそれでも、はやては自分達と共に在りたいのだと言う。

 素直に嬉しいという反面、そこに主の厳しさを感じる気がした。

 

 

 それに先程のクロノやイオスの言動から察するに、自分達はリインフォースの封印維持のために利用されるらしい。

 それについては異論の無いシグナムだが、一つ、リンフォースと同じ疑念があった。

 いったい、誰が『夜天の書』の封印を管理するのか……?

 

 

「シグナム、誰かが来た」

「む……」

 

 

 ザフィーラの声に顔を向ければ、結界内の公園をこちらに歩いてくる人間が2人いた。

 1人は知っている、『アースラ』スタッフの女性士官だ。

 確かエイミィと言う、癖っ毛がチャームポイントの女性だ。

 

 

 そしてそのエイミィに伴われて共に歩いてくるのは、初老の男性だった。

 きっちりと着こなした紺色の制服には、管理局の将官であることを示す襟章がついている。

 歩く姿には隙がなく、かなり場慣れした人物だとシグナムは見た。

 ただ、誰かはわからない。

 

 

「……っ……、ど、どなたですか?」

 

 

 その男性はシグナム達に会釈した後、シャマルとヴィータに慰められているはやての近くへと歩いてきた。

 それに気付いたからか、はやても涙を拭いて顔を上げる。

 涙に濡れたその顔や、はやてを守るように立つヴィータを見て、男が微かに顔を歪める。

 そしてそれをすぐに消して、柔和に微笑しつつ膝を折ってはやてと目線を合わせた。

 

 

「……初めまして、になるのかもしれないね」

 

 

 リンフォースを眠らせる氷結の雫が降りしきる中で。

 

 

「私の名前はギル・グレアム……キミの人生を、奪った男だ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『そう、じゃあグレアム提督は封印の現場に居合わせたのね?』

「ええ、何とか。不眠不休で移動して間に合わせたそうよ」

 

 

 衛星軌道上の『アースラ』、自身の執務室でリンディは本局と連絡を取っていた。

 相手は、本局の友人であるレティだ。

 

 

『第97管理外世界で「発見」されたロストロギア『夜天の書』については、新たな部署で封印の維持・保存を行う……本当なら遺失管理部の出番だけれど、まぁ、古代ベルカ式デバイスの研究・解析のためと言う名目で専門の技術部を立ち上げる方向で話が進んでるわ』

「そう……ありがとうレティ」

『古代ベルカが関わるなら、聖王教会も首を突っ込んでくる可能性もあるけど……無茶をしたわねリンディ、弱みになるわよ、良いの?』

 

 

 通信画面の中で頭を振って、レティが溜息を吐く。

 自分を心配してくれているのだろう、苦笑してしまう。

 だが良いも悪いも無い、とリンディは思う。

 

 

 現在『夜天の書』の封印状態は良好、全ての機能の完全停止を主の承認付きで確認している。

 防衛プログラムの再作成も、今のところ兆候は見られない。

 これから先は、元々グレアムが『闇の書』封印後に用意していたルートに乗せる形になる。

 そして今回封印に立ち会ったことで、この件は彼の「手柄」になる。

 

 

『……グレアム提督は、『闇の書』事件での捜査妨害などの罪で降格が決まった。今の地位から3等落として、新設される仮称第六技術部の部長に決まった。マリエルを中心に、カートリッジシステムの搭載なんかに携わった人材で固めると思う。局内に古代ベルカ関連の技術に関わった技術者なんてほとんどいないから……』

「そう……そうなるでしょうね」

 

 

 管理局上層部は、グレアムの捜査妨害の件を揉み消す方向で動いているようだ。

 重鎮中の重鎮であるギル・グレアムが『闇の書』を完成させようとしたなど、スキャンダル以外の何ものでもない。

 だから公的には、『闇の書』の消滅が大々的に発表されるだけだろう。

 

 

 そして一方で、グレアムの「希望」で古代ベルカ式デバイスの研究部署を設立する。

 グレアムを権力中枢から遠ざけつつ、彼の希望を叶えることで懐柔しようと言うのだろう。

 希望は叶えてやるから、余計なことを言ってくれるなよ、と。

 実際、『夜天の書』には『闇の書』のような巨大な力は無い……と、言うことになっている。

 

 

「……グレアム提督は、辞職するつもりだったようだけど」

『説得したの?』

「息子達が、ね」

 

 

 そう、クロノとイオスが夜を徹してグレアムを説得した。

 グレアムは渋ったが、2人の言葉で最終的には2人に従うことにしたらしい。

 

 

(これ以上、父達を裏切らないでほしい……か)

 

 

 グレアム自身には、必ずしもクライドやユースの気持ちを裏切るつもりなど無かったのだろう。

 しかし後悔と責任感が、彼の判断を鈍らせた。

 だからリインフォースの封印と「治療」を、グレアムもリーゼ姉妹も贖罪の一環として受け入れた。

 

 

 少なくとも自分が生きている限りは、リインフォースの封印に誰も手出しはさせないと誓ってくれた。

 そして、リインフォースの目覚めに必要な調査や行動に協力すると約束した。

 それが、今回の事件の……一応の、終わりの形だった。

 

 

『……とにかくこれで『闇の書』事件は終わり、ご主人に報告出来るわね。いつ行くの? 休暇申請は早めにね』

「そうね……来週あたり、行こうと思うの」

 

 

 夫達への報告だけでは無く、他にも行こうと思っている。

 クロノと、フェイト……そして、イオスも連れて。

 プレシアのお墓参りと、サルヴィアのお見舞いに行こうと思う。

 

 

 そして、話そうと思う。

 いろいろなことを、話そうと思う。

 辛いこともあった、苦しいこともあった、泣きたくなるようなこともあった。

 けれど、何とかやっていると。

 

 

「私達の子供は、正しいと信じたことのために何かを出来る子に育ってくれたのよ……って」

 

 

 そう言って、リンディは微笑んだ。

 事件の終わりを感じさせるその微笑は。

 何よりも、美しかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 12月25日の夜、すなわち第97管理外世界で言う所の聖夜である。

 海鳴市も他の諸地域と同じようにクリスマス・イルミネーションに包まれ、ありとあらゆる場所でホワイトクリスマスが祝われていた。

 そしてそれはまさに事件直後、リンディ不在のハラオウン家も例外では無かったようで。

 

 

「「「かんぱぁ――いっっ!!」」」

 

 

 コップを軽く打ち合う音が響き、広いリビングの思い思いの場所に座った一同がささやかながら賑やかなクリスマスパーティーを始めたのだ。

 急ごしらえとあって飾り付けは簡単だが、なのはの実家のケーキやエイミィらの作ったミッド料理(材料は地球産だが)が所狭しとテーブルに並べられている。

 

 

 参加メンバーはリンディを除くハラオウン家(フェイト・アルフ含む)と、なのはとユーノ、そしてはやてと守護騎士から成る八神家、さらにはリーゼ姉妹まで参加している。

 守護騎士やリーゼ姉妹はそれぞれ全身から「え、私、ここにいて良いの……?」と言う空気を出しているのだが、これははやてが望んだことだった。

 

 

「お祝いしよ、新しい私達の門出やから」

 

 

 と言うのが、はやての言い分だった。

 足りないメンバーについては寂しい思いもあるが、彼女の胸に揺れる剣十字を見ればそれも薄れる。

 悲しむ必要など、少しも無いのだと思えるから。

 ……病院に一日戻らなかった件で、石田医師には物凄く叱られたが。

 

 

「……何であんな元気なんだ?」

「さぁな、若いんだろう」

「いや、俺らもまだ15にもなってないんだけど……」

 

 

 そしてリビングから壁を何枚か隔てた部屋では、クロノとイオスが今回の『闇の書』事件の事後処理に追われていた。

 傍らにはエイミィやフェイトが気を利かせて持って来てくれたクリスマス料理や飲み物があるが、それに手をつけた様子は無い。

 今の会話も、お互いでは無く手元の表示枠や書類を見ながらの会話だった。

 

 

「まぁ、事件が終わったのは良いが……当たり前だが、僕達は今後もいろいろと続けなくてはならないからな」

「それはまぁ、そうだろうけどなー」

 

 

 無関心に呟いて、また一つ承認のボタンを押して表示枠を消すイオス。

 しかしその次には横のクロノから新たに10個程の表示枠が流れて来るので、まったく減らない。

 むしろ増えている。

 隣にジトッとした視線を返せば、肩を竦めて見せるばかり。

 

 

「……艦長も戻り次第、高町さんとこ行くらしいし。アレかね、保護者への説明が必要な時期に来たのかね」

「ユーノのことも含みだな、アレは本局勤めがほぼ内定したらしい」

「マジで?」

「発掘を続けながら、無限図書の司書をやるらしい。おそらく、僕らが調査を頼んだ際の働きを誰かが見ていたんだろう」

「レティさんかな」

「可能性はあるな」

 

 

 流れて来た表示枠を案件ごとに縦に並べて、横に何列かに分けながらクロノと話す。

 そして思うのは、人間だと高町家の面々にバレた時のユーノについてだ。

 はたして、彼はどうなってしまうのだろうか。

 主に、なのはとの関係全般と言う意味で。

 

 

 ちなみにリンディはグレアムと共に、『アースラ』で一旦本局に戻った。

 報告やら根回しやら、いろいろとしなければならないことがあるからだ。

 ちなみに……グレアムとはやてがどんな会話をしたのか、2人は知らない。

 知らなくて良いことだと、そう思う。

 

 

「ところで、お前はどうしてなのはのことを未だにファミリーネームで呼ぶんだ?」

「いや、何かタイミング掴めなくて」

「フェイトのことは呼べてるじゃないか」

「やっぱ、最初にどう呼ぶかって重要だよな……」

「お前って奴は……」

 

 

 会話していても聞こえて来るパーティーの喧騒をBGMに、イオスとクロノは仕事を続けている。

 特に多いのは、リインフォースの封印に関する案件だった。

 『夜天の書』の封印=治療にかなり無理をしたので、その皺寄せが大いに来ているのである。

 今はデバイス内の空間に仮想封印しているが、近い内に正式な場所に移す必要がある。

 管理をするのは、グレアムとリーゼ姉妹の役目だ。

 

 

 他に多いのは、なのはとフェイト、それからユーノの正式な管理局入りに向けた手続きだ。

 3人共、それぞれに目指す役職があって入局するのだと言う。

 特になのはに関してはイオスも複雑な心境が無いわけでは無いが、本人の希望だと言うのならばどうしようも無い。

 リンディが高町家に行くのも、そう言う部分があるのだろうと思う。

 

 

「ああ、そうだイオス。フェイトが執務官を目指すそうだ」

「ふ、ふーん……い、良いんじゃねぇの? うん」

「……先を越されないと良いな」

「俺そんな器ちっちゃくねぇし!?」

「先に受かると言え、頼むから」

 

 

 そして、八神はやてとその守護騎士達の裁判に向けた書類がある。

 正直、事件が事件なので多分に政治的な裁判になりそうではある。

 はやて自身に明確な罪は無いので、そこも判断材料になるのだろうが。

 

 

 最後まで関わると、そう決めている。

 フェイトの時以上に難しい裁判になると思うが、付き合うと決めたのだ。

 この目で、あの時の判断が正しかったのかを知るために。

 

 

「……『闇の書』を終わらせたら、全部終わりだーって思ってたんだけど」

 

 

 だが、現実はそれでも時間を進めて行く。

 それは当たり前のことだが、何だか妙な気分だった。

 人生の大目標を達成したとしても、ゲームのようにエンディングに入ったりはしないのだ。

 現実なのだから。

 

 

「ロストロギア災害に苦しむ人間はまだまだ多い、僕達の仕事が尽きることは無いさ」

「……だな」

 

 

 次元世界には、数多くの人間が「こんなはずじゃない現実」と戦っている。

 それは今こうしている間にも存在していて、大きな力に引き寄せられるように悲劇が連鎖している。

 その全てを解決できると傲慢になることなく、かと言って何も出来ないと卑屈になることも無い。

 『闇の書』事件も……そう言う事件の、一つでしか無いのだった。

 

 

 ……全てが上手くいったわけでは無い、全員が幸福になれたわけでは無い。

 しかし彼らは可能な限りのものを救い、助けて……「こんなはずじゃない現実」と、戦い続けている。

 願いは異なる、世界も異なる、しかし想いは同じだと信じて「正義」を行う者達。

 

 

 ――――彼らの名を、「時空管理局」と言う。

 

 





最後までお付き合い頂きありがとうございます、竜華零です。
今話をもって、A’s編もエピローグを残して終了ということになります。
いろいろ無茶も通しましたが、ある意味、今回が一番無理をしました。

はたして、永久封印と防衛プロローグの解釈はこれで良かったのかどうか。
ただプレシアさん同様、リインフォースさんも生存させるエンドにしたかったのです。
リンフォースさんが結局プレシアさんと同じ最期になるのか、それとも道が別れるのかは今後の展開次第です。

エピローグの後はA’s編とStS編の間の話をしばらく続ける予定です。
それでは、またお会いしましょう。

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