魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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――――Side ESTIA

 

 新暦54年、その艦艇は未だ星の海に姿を残していた。

 二叉の矛にも似た形状の銀の艦の姿は、紛れも無く時空管理局保有のL級巡航艦のそれである。

 しかし、今はその威容も陰をひそめてしまっている。

 

 

 映像を拡大してみれば、銀の装甲にはグロテスクな肉の触手が蠢いていることがわかる。

 それは徐々に大きさと広さを増しているようで、少しずつ艦の形を変えているようですらあった。

 そしてそれは内部の方が顕著であり、それを実感しつつある人間は――――2人。

 

 

「う――ん……これちょっとルート設定ムズくね?」

「いや、どう考えても無理だろう」

「バッカお前、諦めんなって。ほらあそことか通れそうじゃんよ」

 

 

 触手と様々な生物の特徴を見せる肉の塊に覆われつつある次元航行艦『エスティア』艦橋、スクリーンが全てブラックアオウトその空間を魔法の光が照らしている。

 そんな中で、どうやらかなり無理をして繋げたらしい通信機材やコードを放り捨てている人間達がいる。

 ちなみに試しにコードを投げて見た所、触手が「ガバァッ」と喰いついて同化してしまった。

 ただそれを見ても、2人の男は肩を竦め合うばかりで怯えた様子も無い。

 

 

 1人は黒髪黒眼、提督の階級章をつけた若い男だ。

 名は、クライド・ハラオウン。

 今1人は青髪青眼、襟元に副官証をつけた紺の局員服の男、年の頃はクライドと同じく20代後半と言った所だろうか。

 名は、ユース・ティティア。

 艦のコントロールを第1級ロストロギア『闇の書』に奪われ、しかも逃げ遅れた2人である。

 

 

「と言うか、もうたぶん30秒も無いぞ。艦隊のアルカンシェルが撃たれるまで」

「マジか。お前それやめろよ、死へのカウントダウンとか……テンション上がるなオイ」

「上がってどうする」

 

 

 艦橋を埋め尽くして行くグロテスクな肉の塊を前にしても、臆した様子も無い。

 と言って、現実に目の前にある絶望的状況が理解できないほど夢想主義でも無く。

 

 

「う―ん……くそー、やっと念願の娘が出来ると思ったんだけどなー」

「娘? 診断でもしたのか?」

「いや、ただの願望」

「願望か……」

「だってお前、息子なんていつかムサくなるんだしよー」

「イオス君が泣くぞ……」

 

 

 呆れたように言うが、クライド自身も妻子ある身だ。

 そしてこの状況、正直に言って申し訳ないと思う。

 

 

「んじゃ、まぁ、行くかぁ」

「行くって?」

「デバイス構えながら言うなよ、わかってんじゃねーか」

 

 

 それは彼らにとってはいつものことで、そして諦める材料にもならなかった。

 いつものことだから、いつものように。

 目前の肉の集団が蠢き、眼下の艦橋中央に人間の女のような姿が形作られる。

 肉の塊から上半身を這いずり出るそれは、船の先端の女神像に見えなくも無い。

 

 

「提督になってから前線退いて、身体ナマってんじゃねぇだろうな?」

「誰に物を言っている、管理局始まって以来のスピード出世を果たした男だぞ僕は」

「出世と実力は比例しねーんだよ」

「ルックスか?」

「ほざけ、俺のが男前だって(サルヴィア)が言ってたっつーの」

「奇遇だな、僕も(リンディ)に同じことを言われたよ」

 

 

 趣味わりー、と笑う相方に微笑して、クライドは額から流れる血を上着の袖で拭う。

 お互いにすでに満身創痍だ、状況は最悪、諦めはしないが助かる見込みはまさに0。

 だが……。

 ――――止まる理由には、ならない。

 

 

「……なぁ、ユース」

「あん?」

「僕達の息子は、どんな風に育つと思う?」

「知らん。親の背を見て育つってんだから、俺らに似るんじゃねぇの?」

「それは……」

 

 

 楽しい想像だと、思う。

 いつか息子達が……クロノとイオスが大きくなって、自分達のようになる。

 殉職されたりするのは困るが、人々のために程々に働いて、死地に共に赴けるような仲間や友人に囲まれて。

 そしていつか、自分達と同じように大切な女性に出会うのだろうか。

 

 

 それは楽しい想像だと、クライドは思った。

 男の子は母親がタイプの女性になると言うから、きっと口説き落とすのに苦労するような女性だろうと思う。

 ただまぁ、頑張って……そして、いつか家族を作ってくれるのなら。

 

 

「……悪く無い、な」

「ひたってんじゃねーよ……イくぞ。頼りにしてんぜ、相棒」

「…………ああ!」

 

 

 悪く無い、そう思って。

 

 

「「うおおおおおおおおおおおぉぉぉ……っっ!!」」

 

 

 駆け出して。

 そして、視界にあった艦橋の全てが白く染まる程の光が背中から広がった。

 次いで感じるのは、熱。 

 

 

 その熱と光の向こうに――――彼らは何を、見たのだろうか……。

 全てが終わる、その時に。

 彼らの心は……何者にも屈しない、その「不屈」の魂は。

 

 

 

 

 ――――受け継がれて、いるだろうか?

 

 


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