魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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A’s編第12話:「こんなはずだった現実」

 

 声が、聞こえる。

 

 

「どうかそのまま、安らかにお眠りください……その間に、全て……私が叶えて差し上げます」

 

 

 声だ。

 まどろみの中で、自分を優しくあやしてくれるかのような声が聞こえる。

 

 

「……健康な身体、走り回れる両足……」

 

 

 欲しい。

 素直にそう思う、健康な身体があればどれだけ幸せか。

 この不自由な身体、疎ましく思ったことも一度や二度では無い。

 

 

「……愛する者達との生活、家族との安寧……」

 

 

 欲しい。

 素直にそう思う、家族が傍にいてほしいとどれほど願ったか。

 天涯孤独の好み、独りは慣れたなどと強がったことも一度や二度では無い。

 

 

「……心優しき貴女には、優しき永遠を……騎士達を愛してくれたことに対する、せめてもの……」

 

 

 欲しい。

 素直にそう思う、優しさが、安らぎが、苦痛からの解放をどれだけ欲したか。

 現実は辛く苦しく、また誰一人として自分を気に止めてはくれない。

 ならば、夢の中でも大して違いが無い……

 そう、思っていた。

 

 

『ここに――――』

 

 

 ……だが。

 

 

『ここにいるよ!!』

 

 

 それでも……何故だろう。

 

 

『ここにいるよ! 私達はここにいるよ!!』

 

 

 声が、聞こえる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 文句のつけようの無いくらいの晴天、夏の高い空がそこにはあった。

 ジリジリとした日差しの中、ミッドチルダの時間は過ぎていく。

 イオスは、そんな時間の中にいた。

 

 

 彼が今いるのは、ミッドチルダでは一般的な2階建ての一軒家だ。

 広くも無いが狭くも無い敷地の外にはいくつか似たような建築様式の一軒家などが立ち並んでいて、ここが住宅街であることを示している。

 自然色の屋根に、多少風雨で汚れた白い壁、そして小さいが立派な庭。

 そして何より、イオスがどこか懐かしさを感じてしまうそこは。

 

 

(どこからどう見ても、ミッドチルダの俺の家だよなぁ……)

 

 

 しかし彼の記憶では、もはやここは無人の家のはずだった。

 ハラオウン家に引き取られてからは一度だって行っていないし、彼の母も病院暮らしだ。

 せいぜい、イオスに内緒で掃除に来ているリンディくらいなものだろう。

 

 

(えーと、俺は確かフェイトを庇って『闇の書の意志』の魔法を喰らったはずだが……)

 

 

 蒐集に似ている感覚だったが、どうやら違うらしい。

 イオスの精神は、これを「夢」……と言うより幻術だとはっきり認識していた。

 でなければおかしいし、そうでなければそれこそこれまでの人生が「夢」だったことになる。

 

 

 しかし、その認識が徐々に喰われていることも理解していた。

 少しずつだが、こちらが現実だと囁く声が強くなってきているような気がする。

 こう言う術式を破るためには、違和感を見逃さずに自分を強く持つことが必要だ。

 その点、イオスにはアドバンテージがある。

 何しろ、この「夢」にはイオスにとっての最大の違和感――――。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

 ――――「妹」が、いる。

 腰まで伸びた水色の髪の少女、庭に面した縁側とも言うべき場所に座るイオスを上から覗きこむ水色の瞳。

 シンプルな作りの白いワンピースを着て、スカート部分の上から膝に手を置いて覗き込んで来ている。

 イオスに似た風貌を持つその少女は、どちらかと言うと母親に似ていると言える。

 そしてそれはイオスにとっては好意を持つ理由にはならないし、それに。

 

 

「会ったことも無いんだが……」

 

 

 イオスにとっては、違和感の象徴のような存在だった。

 それは確かに、父親が死ななければ彼より4つ下の妹が無事に生まれていただろうことは想像に難くない。

 そしてイオスの妹ならばイオスに似ていても不自然は無く、また兄と呼ばれるのも当然だ。

 

 

 だが、イオスに妹はいない。

 現実では、流れてしまった命だ。

 思うことが無いわけではないが、しかし結局は会ったことも無い……会えなかった妹だ。

 思い出など無い、だから違和感しか感じられない。

 

 

「……ふぇ……」

 

 

 しかしイオスのそんな冷たい対応のせいか、その大きな瞳に涙を溜め始める妹少女。

 それに、イオスは眉を顰めた。

 朝――こちらの感覚で――にも、起き抜けに「誰?」と真剣に聞いたら泣かれた。

 最初は冗談だと思っていたらしいが、様子が違うとわかると本気で泣かれた。

 

 

 今も、向こうの認識では「急に冷たくなった」ということなのだろうか。

 しかしそれにしても泣き虫すぎるだろうと思う、この世界ではどれだけ自分は妹に甘かったと言うのか。

 まぁ、それはそれとして……と、イオスが面倒そうに溜息を吐くと。

 

 

「ぐぉるあああああぁぁぁっ!!」

 

 

 突然、背後から蹴られた。

 背中の真ん中に容赦なくヒットしたそれは、まさに腰の入った完璧な蹴りだった。

 師匠であるロッテとはまた違う、粗雑な蹴りだ。

 背後からの強襲に成す術も無く縁側から転げ落ち、庭の芝に頭から突っ伏すことになるイオス。

 

 

「……ってぇ……」

 

 

 夢ではあり得ないリアルな痛みに、イオスは顔を押さえながら地面に手をついて身を起こした。

 そして蹴りに続き、背後からは怒声が響く。

 

 

「あぁさに続いて俺の娘を泣かすとは、息子の風上にも置けん奴! お仕置きしてやるからもう一発殴られに来い!!」

 

 

 聞いたことの無い、否、ある通信記録でのみ聞き覚えのある声だった。

 これもまた、違和感だ。

 存在するはずの無い声、二度と聞くはずの無い声だ。

 だからイオスは、違和感のままに振り向いた。

 

 

「……親父……」

 

 

 中年にさしかかり始めた、そんな年齢のどこか自分に似た男性を、イオスはそう呼んだ。

 イオスが先程まで座っていた位置で、腰に手を当てて仁王立ちしているその男性を。

 ――――父親と、そう呼んだのである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 リーゼロッテは、自分の身体の軽やかさを感じていた。

 理由はわかっている、胸の奥にあった後ろめたさが消えているためだ。

 自身の想像主たる主人、グレアムは言った。

 

 

『……彼らを、手伝ってあげなさい』

 

 

 深い事情は聞かなかった、ただグレアムが『闇の書』の永久封印と言う手段を破棄ないし凍結したことはわかった。

 それだけわかれば十分だ、ロッテは戦える。

 戦えるのだ、自分は――――弟子達のために。

 

 

「……どうして、って顔してるね」

 

 

 笑みと共に呟くと、血色の瞳が自分の方を向くのを感じた。

 しかしそれでも構わない、目で追えても意味が無いからだ。

 自分に向けて放たれるだろう魔法の気配を感じると、ロッテはその場から消える。

 超近距離の短距離転移だ、それで『闇の書の意志』の死角側に出る。

 

 

 そして、コンパクトな振りの拳が背部の障壁を撃つ。

 ダメージは通らない、だが少しずつ不味い位置に当たり始めている。

 それが『闇の書の意志』には理解できない、何故、とプログラムの思考が疑問に思う。

 その疑問に回答するのは、『闇の書』の知識ではなく猫の使い魔の片割れだ。

 

 

「単純な話さ、アンタが――――素人だから!!」

 

 

 『闇の書の意志』の腰回りに真紅の短剣が生まれ、全方位に向けて射出する。

 そこで再びロッテは瞬間的に姿を消した、真下に出現した敵に『闇の書の意志』が視線を向ける。

 

 

「『ハーケン――セイバー』ッ!!」

「『ディバイン――バスター』!!」

「……!!」

 

 

 そこへ、2つの攻撃が襲いかかる。

 ロングレンジから放たれたそれは、雷光の斬撃と桜色の砲撃。

 避けようとする、その瞬間にバインドで拘束された。

 見れば、下にいたのはロッテでは無く。

 

 

「バインドを無効化できるとしても……数秒、かかる」

 

 

 にやりと笑うのは、変身魔法で姉妹に化けていたリーゼアリアだった。

 いつの間に入れ替わっていたのか、『闇の書の意志』にすら判別がつかない。

 バインドをレジストする間に、まず雷光の斬撃が襲ってきた。

 

 

 しかしそれは、片手を掲げて障壁を張ることで比較的簡単に防ぐことが出来た。

 それはフェイトの紡ぐコマンド・ワードで爆発したが、障壁を抜けるほどでは無い。

 だが、時間差で桜色の砲撃が来る。

 続けて同じ場所に砲撃を受け、合計魔力量に『闇の書の意志』が微かに眉を立てる。

 

 

「知ってるよ、『融合機』……!」

 

 

 砲撃終了後、再び『闇の書の意志』の前に姿を見せたロッテが言う。

 融合機、と。

 それは、古代ベルカのデバイスの一種で――人の姿を取る特殊な物だ。

 

 

 術者と直接融合することで、絶大な力を発揮することができる。

 術者と融合機、どちらの外見特徴が出ているかで制御権がどちらにあるのかを判別することができる。

 『闇の書』の場合、外見は完全に融合機『闇の書』の物だ。

 だから、『闇の書』側が完全に全ての制御権を握っていることがわかるのだが。

 

 

「その身体、素人だ!!」

 

 

 例え『闇の書』の知識が膨大であっても、プログラムとして数百年の経験が蓄積されていても。

 その大本、使役している術者の肉体は10歳の小娘だ。

 それも、専門の訓練を何も受けていない少女のそれだ。

 知識と経験があっても、大本がそれでは完全ではない。

 なのはのような、才能が実力の大部分を占めるようなルーキーは相手に出来ても……足りない。

 

 

 直感が、足りないのだ。

 

 

 例えばロッテは、肉弾戦を行う際には知識と経験、技術に加えて――「直感」や「閃き」に頼る場面が当然、ある。

 それは頭よりも身体に染み込んだ物で、数十年間の実戦の中で培ってきた物だ。

 『闇の書の意志』にはそれが無い、すなわち。

 

 

「頭良いからって、それだけで勝てると思うな……!」

「……!」

 

 

 『闇の書の意志』が拳を繰り出し、ロッテがそれを受ける。

 魔力量自体は『闇の書の意志』の方が上だ、だから出力で押し切った。

 障壁を砕かれ、墜ちていくロッテ。

 だが、その口元には笑みがある、何故ならば。

 

 

「『バリアブレイク』……!」

 

 

 ロッテの背後の空間から飛び出したアルフが、攻撃直後の『闇の書の意志』の顔面に拳を叩き込んだからだ。

 その攻撃は障壁によって眼前で止まるが、しかし。

 

 

「――――クロノ!」

「いい加減に――――」

 

 

 直上、真っ直ぐに落ちて来た存在がいる。

 黒髪を靡かせて落下するように来たそれは、拳を振り上げて。

 

 

「――――起きろっっ!!」

 

 

 クロノは『バリアブレイク』によって砕かれた障壁を掻い潜り、拳を叩き込んだ。

 叩き込む直前、薄緑色の小さな魔法陣を拳が通過した。

 それはユーノのブースト魔法だ、魔法陣を経由したクロノの攻撃力がブーストされる。

 

 

「――――!?」

 

 

 結果、初めて届いた。

 これまであらゆる攻撃を障壁で防いできた『闇の書の意志』が、初めて。

 障壁に守られていない顔面を、殴られたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 酷い目にあった、イオスは顔を押さえながらそんなことを思った。

 夢のはずなのだが、リアルに痛みを感じる。

 まるで誰かに殴られたかのように――まぁ、実際に殴られているわけだが。

 

 

「まったく……妹を泣かすとは、それでも兄貴かお前は」

「……親父……」

「親父と呼ぶな、パパと呼べ」

「……嫌だよ」

 

 

 場所は変わらず縁側だ、しかし今は隣に30代後半か40代前半だろう男が座っている。

 腕を組んで「反抗期か……」などと馬鹿なことを呟いているが、その姿は昔に写真で見たものよりも年齢を重ねたものだ。

 生きていれば、こんな風になっていただろうと言う容姿だ。

 

 

 イオスや母親に比べて色素の濃い青い髪に、同じ色合いの瞳。

 今はシャツにジーンズと言うラフな格好だが、肉付きは鍛えられているそれだ。

 やはり、この世界でも管理局員なのだろうか。

 

 

「まったく、良いかイオス。我がティティア家には家訓がある……『水に流せ』、だ」

「……何だその馬鹿な家訓」

「どんな喧嘩をしたとしても、どんなにこじれた関係でも、水に流して受け入れ、関係を再構築する――――それが、『流水』の属性を持つティティアの魔導師の極意だ。忘れるなよ」

 

 

 兄妹喧嘩――らしい――のお説教にしては、随分と観念主義的だとイオスは思った。

 ティティアの家が、『流水』と言う魔力変換資質を代々受け継いでいることは事実だ。

 記憶はないが、イオスの父……ここにいるユース・ティティアもまた、『流水』の属性を用いた魔導師だったと聞いている。

 

 

 何があろうとも水に流して、新たな関係を構築する。

 初めて聞く家訓だし、ましてここは『闇の書』の夢の中。

 まぁ、ただ、それ自体は悪く無いとは思う。

 ただ、興味本位で思う。

 

 

 

「……じゃあ、アンタはもし誰かに殺されても、それを水に流せるのかよ」

 

 

 

 馬鹿なことを聞いている、と思う。

 もしかしたら幻術に嵌まりかけているのかもしれない、幻と会話をするなど。

 だが、ユースはイオスの言葉に頷いて。

 

 

「流せるだろうな、俺は」

「アンタが殺されちまったら、俺らが迷惑するんだよ」

「それはお前達の問題だな、お前達自身が水に流せるかどうかって問題だ。ただ、俺は流してる。残念には思うだろうが」

 

 

 自分の中の何かが硬化したのを、イオスは感じた。

 父親が死に、妹とやらが流れて母親が壊れ、自分もまた歪みながらも何とかやってきた。

 苦労、たった二文字のそれを10年間続けて来た。

 なのにきっかけを作った本人は、相手を恨んでいないのだと言う。

 

 

「勘違いするなよイオス。『水に流す』って言うのは、相手を許すとか泣き寝入りするとか、そう言うことじゃない」

 

 

 そんなイオスの内面の変化に気付いたわけでもないだろうが、父親が続けた。

 水に流すとは、恨みや怒りを忘れることじゃないと。

 

 

「そういったもんを抱えたまま、相手と付き合うってことだ。恨みを晴らすでも怒りをぶつけるでも無い、けど相手も自分も忘れずに、それでいてただ当然のように付き合うってことだ」

「……意味わかんねぇし」

「関係の再構築、カッコよく言えばそう言うことだ。だってなイオス、恨もうと憎もうと、相手はそこにいるんだぞ? 現実問題として、そいつと何らかの形で付き合っていかなくちゃならないんだから」

 

 

 恨みや怒りを、忘れることなんてできない。

 しかしそれでも、加害者と被害者は付き合っていかなければならない。

 そして永遠の物が無いように、それは変化を伴い続ける物だ。

 

 

 その変化を受け入れて、過去を消さず、しかし「水に流して」。

 共に向かい合う、向かい合っていかなくてはならない「現実」の問題として。

 関係を、再構築し続けなければならないのだから。

 

 

「恨むな、とも、怒るな、とも言わねぇよ。けどなイオス、恨み続けるなよ、怒り続けるなよ。別に他人にどうとまで言うつもりはないが、俺は少なくとも……息子には、そう在ってほしいと思うね」

 

 

 そこで、はっとしてイオスは立ち上がった。

 父親の声音は、もはや妹との喧嘩がどうというそれでは無かった。

 立ち上がって距離を取り、振り向いてみれば。

 

 

「……親父……!」

 

 

 再び、イオスは父親を呼んだ。

 今度は、夢の世界の登場人物ではなく。

 穏やかに自分を見つめる「父」を、父として呼ぶ声だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――顔に。

 顔に突然来た痛みで、八神はやては意識を完全に覚醒させた。

 その痛みが何であるかはわからないが、まどろみを振りほどくには十分な衝撃だった。

 

 

「……ありがとな」

 

 

 いつか見た薄暗い空間、車椅子の上ではやてが呟く。

 顔を押さえて、しかも小声だったので……目前に立つ銀の女には、聞こえなかった。

 しかし、それは確かに礼だった。

 誰に対しての物かは、はやて以外には永遠にわからない。

 

 

「……今のが、現実、やな」

「申し訳ありません、主。すぐに主の願いを……」

「ううん、ええよ。そのお願いは撤回や、夢はいらん、現実は嘘なんかじゃない」

 

 

 小さな声、どこか震えていて、しかしはっきりとした声。

 先程の痛みは、確かにはやてに現実を思い出させてくれた。

 現実、その痛みを、どうして忘れていたのだろう?

 

 

 現実と言う物は、いつだって痛みを伴うのだ。

 痛くて、苦しくて、辛いものだ。

 両親の死も、足の不自由さも、自分を苛む何もかも。

 ――――だけどそれが必要な物だと忘れてしまったのは、いつだろう?

 

 

「……ここにいれば、ここならば貴女は生きていられます。騎士達が愛した貴女を、私が保存し続けることができます。辛く苦しい現実よりも、皆と永遠を生きることの方が幸福です」

「現実から、逃げたらあかんよ」

「けれど」

「それに、貴女が辛いばっかりやないか」

 

 

 はやての言葉に、銀髪の女……『闇の書の意志』が、息を飲んだ。

 そして気付く、目の前の小さなマスターが自分を見ていることに。

 他の誰でも無い、自分を。

 

 

 今の自分の意識に自信が持てないが、はやては自身の中に知識が溜まっているのを感じていた。

 それはある魔導書に関する物で、はやてが集めたわけではない。

 しかし、確かに胸の奥に蓄積されているもの。

 融合することで、マスターに収集した魔法と情報を与えることができる魔導書。

 だから、はやては知る。

 

 

「私だけが夢の中で楽をして、貴女を苦しめたくない」

 

 

 嗚呼、と『闇の書の意志』は想う。

 優しい、心優しいマスターだと。

 自身の幸福よりも、こんな自分を気遣ってくれるその優しさを。

 愛しいと、思った。

 

 

「けれど……」

 

 

 そしてだからこそ、辛い。

 すでに自分とリンクしているマスターに対し、いちいち言うべきことではないのかもしれないが。

 

 

「けれど、どうにもできないのです」

 

 

 すでにバグは致命的な部分にまで進んでいて、自分は必ずいつかはやてを殺してしまう。

 愛しい騎士達に心を、感情をくれた心優しき主。

 何故、そんな存在を殺さねばならないのか。

 それがあまりにも呪わしく思えて、気が狂ってしまいそうだった。

 

 

 顔を上げる、瞳から流れ落ちる滴が頬を、顎を伝って流れ落ちる。

 悲しみ、これもまた目の前の小さなマスターが与えてくれた物だ。

 余計な物と断ずるのは容易い、だが。

 

 

「でも、今は私が貴女のマスターや」

 

 

 その頬を、そっとはやてが包む。

 小さな手だ、この手をこれから自分が殺すのだ。

 そう、絶望的な気持ちに沈んでいると。

 

 

「一緒に、頑張ろう?」

 

 

 ……魔導書は、マスターの命令に従うもの。

 マスターの意識が完全に覚醒してしまった以上、魔導書たる『闇の書』にはマスターに従う義務があった。

 だが……。

 

 

「どうにもできないのです、暴走した自衛プログラムは止まりません。私と言う存在が活動を止めれば、かえって破壊を撒き散らすことになります……」

「まぁ、何とかしよ」

 

 

 とはいえ、はやて自身には魔法的な知識など何も無い。

 威勢良く「現実から逃げない」と表明したは良いが、これでは竜頭蛇尾も良い所だった。

 さて、どうした物かとはやてが悩んでいると。

 

 

「あの……」

「ん?」

 

 

 『闇の書の意志』が、遠慮がちに進言した。

 

 

「……先程、管理局の魔導師を取り込みましたので……それも、意識を覚醒させたままのようです。なので……助力を請うて見ては、いかがでしょうか?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 笑わない子供、と言うのは、わかりやすい異常だろう。

 だから周りは、その子に笑顔を取り戻そうといろいろするのかもしれない。

 ――――ならば良く笑い、良く怒り、良く楽しんで。

 しかし泣かない、そんな子供はどう思われるのだろうか?

 

 

「……アンタが死んだせいで、どんだけ苦労したと思ってんだよ」

「そうだな、すまん」

 

 

 幻の父に、イオスは言った。

 それは、今まで溜め込んで……結局、誰にも告げられることの無かった言葉だ。

 溜まり続ける、そんな感情だ。

 

 

「リンディさんや皆に、どんだけ迷惑かけて生きてきたと思ってんだよ」

「まぁ、すまん」

「つーか、何だあの最後の通信記録。遺書代わりならもっとマシなこと言えよ、何であんな軽いんだよ」

「ああ、すまん」

「俺に母さん押し付けて……アンタ、なに勝手に死んでんだよ……!」

 

 

 どうして、自分にこんな気分を味わわせるのかとイオスは問うた。

 治る見込みの無い母を抱えて、どう生きていけと言うのかと。

 何故、逃れられない現実に自分を置いて逝ってしまったのかと。

 

 

「何が水に流せだよ……現実を見ろよ、俺はこれからも1人で母さんの面倒見てかなきゃいけない。治る見込みがあるなら良いさ、だが心の病気ってのは基本的に治らない。治ってもフラッシュバックする……そうなった時、母親を押さえ付けなくちゃいけないガキの気持ちが、アンタにわかるか!?」

 

 

 疲れきって、早く終わってほしいと思うあの瞬間の寂しさを。

 あの現実を、なぜ自分に味わわせるのか――――!

 

 

「すまん」

「――――!?」

「でもなぁ……仕方無いだろ。他にどうやってお前らを守ったらいいか、わからなかったんだ」

 

 

 父は語った、『エスティア』の悲劇を。

 あの時、暴走した『闇の書』は『エスティア』のアルカンシェルを乗っ取っていた。

 あのまま放置すれば、艦隊は壊滅していた可能性が高い。

 そうなれば、次元航行能力を備えた『闇の書』が次元世界を放浪することになる。

 ――――家族のいる、ミッドチルダへ向けて。

 

 

「『エスティア』の自動航行システムの最終目的地は、本局のあるミッドチルダだからな。『闇の書』が艦を乗っ取ってそっちに行ったら、それこそ次元航路を出てミッド地上に向けてアルカンシェルを撃つかもしれない。そう思ったら、まぁ、勢いでな」

「勢いって、アンタ……」

「お前にも家族が出来たら、わかるさ。父親ってのはヒーロー願望の強い馬鹿なんだよ」

 

 

 軽い雰囲気で、しかし目だけは真剣に。

 笑いながら、父親は……ユースは、息子に告げる。

 

 

「水に流せよ、イオス。けど俺を許さなくて良い、恨みも怒りもそのままに、ただ付き合え。まぁ、もう死んでるわけだが……ただまぁ、一つだけ頼むとすれば」

「何だよ」

「アスト」

 

 

 アスト?

 イオスが首を傾げると、父が笑って。

 

 

「お前の妹の名前だよ、覚えておいてやってくれ」

 

 

 アスト・ティティア、産まれて来るはずだった妹の名前。

 イオスがそれを認識したとほぼ同時に、世界が軋んだ。

 夢の崩落、すなわち幻術の解除だとわかる。

 

 

「親父!」

「水に流せよ、イオス」

 

 

 まだ何か言い足りない気がして、イオスは父親を仰ぎ見た。

 しかしその時には、ガラスのように軋んで行く世界に巻き込まれるように父の姿が薄れていた。

 ただ、その言葉だけが届く。

 

 

「忘れるなよ、『流水』とは……恨みも怒りも何もかもを清算する、そして新しい関係を始めるための魔法だってことをな。そしてそれは、無かったことにするってことじゃない。それを忘れなかったなら……」

 

 

 父親は、ただ笑っていた。

 

 

「お前は、良い管理局員になれるさ」

 

 

 いつか、師匠達も言っていたようなセリフで締めた。

 イオスは一瞬、何か言いたいが何を言えばいいのかわからない、そんな心境に陥った。

 許すつもりはない、怒ってもいる、現実は何も変わらない。

 だが、その上で。

 

 

「……父さん――――――――ッッ!!」

 

 

 新しい、関係を。

 そして、世界が壊れた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 伸ばした手、それを誰かに包まれるのを感じた。

 その掌は柔らかく、また温かだ。

 自分の掌を包まれる感触で、イオスは我を取り戻した。

 

 

「……大丈夫、か?」

「……てめぇは……っ!」

 

 

 手を振り払って後ろに跳び、距離を取って構えをとる。

 臨戦態勢、何故ならそこには敵がいたのだ。

 銀糸の髪に、血色の紅の瞳、黒のショートワンピースのような衣服に身を包むそれは。

 

 

「『闇の書』……!」

「……お前も、私をその名で……」

 

 

 ふと寂しそうな顔をされて、癇に障った。

 まるで自分が悪い事をしたかのようだが、もし仮にそうだとしてもとやかく言われる筋合いは無かった。

 

 

 いずれにせよ、どうやら幻術は解かれたらしい。

 しかし完全ではない、おそらく『闇の書』の内部だろうと当たりをつける。

 その上で、幻術が解けると同時に甦った右腕の鎖の感触を確かめて……。

 

 

「ま、待って! 待ってください!!」

 

 

 その時、慌てて自分と『闇の書』の間に入ってきた少女がいた。

 短い茶色の髪に、大きな黒い瞳。

 10歳らしい小柄な身体を車椅子に乗せたその少女は、八神はやてと言う名前の。

 

 

「――――八神さん!?」

「あ、うぇ……え、ええと、イオス、さん? でしたっけ? 何でここに?」

「主、彼が取り込んだ管理局の魔導師です」

「え、あ、ええ? えええええええええええええっ!?」

 

 

 どうやら向こうは向こうで驚愕の事実だった模様だが、しかしそれはイオスにしても同じことだった。

 何故なら、『闇の書』に取り込まれ囚われていると思われた八神はやてが。

 

 

(八神さんの意識が覚醒してる? どう言うことだ……!?)

 

 

 事情はわからないが、はやての意識は完全に覚醒している様子だった。

 操られているわけでも幻術でも無い、まさに一個の意思としてそこにいる。

 『闇の書』と共に、そこに存在しているのだ。

 

 

 これは、あり得ないことだ。

 いや、『闇の書』についてはわからないことの方が多いので確かなことは言えないが。

 イオスが自身の混乱を何とか収拾していると、向こうも向こうで落ち着いたのか。

 

 

「え、えと……お、お久しぶり、です……?」

「疑問形で言われても。気持ちはわかるけど……」

 

 

 『闇の書』から庇って守るべきか、とも思うが。

 しかし見る限り、はやては『闇の書の意思』に対して違和感無く接しているように見えた。

 それがまた、イオスを混乱させる。

 

 

「そ、それで、えーと、イオスさん」

「お、おう」

「ええと……」

 

 

 何故かギクシャクする、無理も無い。

 何しろ、魔導書の中で再会しているのだから。

 イオスとしても、反応に困る。

 

 

「ちょっと、助けて頂きたいんですけど……」

「いや、それはまぁ……管理局員だから、助けるけど」

 

 

 両手を合わせて、小首を傾げて、上目遣いで「お願い」をしてくるはやてに。

 イオスは、何とも情けない様子で頷くのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 クロノは、殴りつけたままの体勢で眉を動かした。

 ロッテ達の助力で障壁を抜き、魔力で強化した拳を顔面に叩き込んだ。

 驚くほど柔らかな頬が、拳の先に押し付けられているような体勢だ。

 

 

 数秒、そのままの体勢で固まっていたのだが。

 不意に、相手……『闇の書の意志』に、変化が生じた。

 急にそのまま固まり、動かなくなった。

 

 

『……あー、あー……えー、こちら時空管理局次元航行艦『アースラ』所属、クロノ・ハラオウン付きの執務官補佐、イオス・ティティアだ。外部、聞こえるか?』

 

 

 何事かと思えば、念話が響いた。

 それは全方位に放たれている物で、その場にいる全員に聞こえた。

 

 

「イオスさん!?」

『おお? その声はユーノか!? 助かった……他に誰がいる?』

「え、ええと、皆! 皆いますよ!」

「私達もね」

『え、あれ? 何でお師匠達がいるんだよ!?』

 

 

 喜色を浮かべて反応したのはユーノだ、他の面々もそれぞれに声を上げる。

 唯一クロノは特に表情を動かすでも無く、動きを止めた『闇の書の意志』から距離を取りつつ耳に手をやるような仕草をして。

 

 

「イオス、聞こえるか? こちらで『闇の書』が動きを止めている、そちらで何か行ったのか?」

『おお、クロノか。これが『闇の書』の陽動ってことは無いから、安心しろよ』

 

 

 聞きたいことを答えられてしまって、クロノはそこで初めて苦笑した。

 

 

『えーと、良いニュースと悪いニュースがあるんだが、どれから聞きたい?』

「手短に良いニュースから」

『八神はやてを保護……保護? うん、まぁ、保護した』

「何だその微妙さは……」

 

 

 しかし、それは確かに良いニュースだった。

 『闇の書』の主である八神はやての意識の覚醒は、良いニュースであることには違いない。

 まぁ、問題は悪いニュースの方だ。

 

 

『ただ、このままじゃここから……『闇の書』から出れないらしい。細かい点は俺にもわからないから……お師匠!』

「はいはい、何?」

『これから条件とか言うから、お師匠達の知識で何とかアイデアを出してほしい。俺らより長く『闇の書』と付き合ってきたお師匠達にしか、無理だと思う』

 

 

 そんなイオスの言葉に、リーゼ姉妹は笑みを浮かべた。

 未だに自分達のやり方の方が正しいとは思っている、だが同時に。

 弟子に頼られるのは嬉しいと、この期に及んでそんなことを考えてしまうのは。

 

 

 ……温いと、言われてしまうだろうか?

 まぁ、誰に言われるかわからないが。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方、外部と念話を繋げた『闇の書』内部。

 イオスは車椅子の後ろに周り、はやての頭に手を置く形で念話を続けている。

 肉体がはやての物なので、こうしないと外部とイオスの意識を繋ぐことができないのだ。

 

 

「何や、くすぐったいなぁ」

「…………あーっと、それでだお師匠」

 

 

 クスクスと小さく笑うはやて、それに対してイオスは微妙な表情で外の師に『闇の書』脱出のために必要な情報を口頭で伝える。

 一見、和やかなように見える。

 しかしその実、現実世界の『闇の書の意志』の動きを止めていられる時間には限りがある。

 なので……。

 

 

「急いでくれ、もういつ防衛行動を再開してもおかしくない」

(……何で、コイツと協力しなきゃならねぇんだ……?)

 

 

 ……その『闇の書』そのものである管制人格の女が、横から急かすようにイオスに言葉をかける。

 イオスはそれを半ば無視する、そもそも会話の必要性を感じていなかった。

 言われなくともわかっているし、そして何より話したくない。

 

 

 今でも、はやてがいなければ協力など絶対にしない。

 はやての救出に必要だから、と言う理由が無ければ『闇の書』との協力などあり得ない。

 イオスは、心の奥から滲みでる嫌悪感を抑えるのに必死だった。

 まぁ、本当は体よく拒否しようとしたのだが、自分だけでは脱出できないことと。

 

 

『お願いします、力を貸してください』

 

 

 ……と言う、はやて本人の懇願によって我慢している。

 そう、全てははやてのためだ。

 そうでもなければ、『闇の書』との協力など本当に。

 

 

『水に流せよ、イオス』

 

 

 ……父の言葉が、ふと脳裏に甦った。

 幻の言葉だ、気にする必要はないと思う。

 しかし、ただの幻だとも思えなくて……。

 

 

『その条件なら……イオス? イオス? 聞いてる?』

「イオスさん? 呼んでるみたいなんですけど……」

「あ、ああ……てか、適応早いね八神さん」

「まぁ……」

 

 

 苦笑するはやてに微妙に関心しつつ、イオスは意識を念話へと戻した。

 考え事は後だ、とにかく今は脱出に専念する。

 

 

『その条件なら、要するに管制人格の自制よりも自動防衛プログラムの方が優先されているってことでしょう? ならば、自動防衛プログラムを排除すれば良い筈』

「出来るのか? 内部から弄るのはほぼ不可能だぞ」

『わかってる、でも表の防衛プログラムと管制人格、そして何よりも管理者……つまりマスターの意識を切り離してほしいの、できる?』

 

 

 そこでイオスははやてを見た、こちらを仰ぎ見たはやては『闇の書』を見る。

 管制人格たる女は、それならば可能だと示すために頷きを返した。

 それを確認した後、イオスは師に応じた。

 

 

「……できるらしい」

『OK、ならたぶん何とかできる筈』

 

 

 リーゼアリアが、確信めいた思念を放つ。

 それを頼もしく思いつつ、イオスが具体的にどうするのかを聞いた。

 そして、返ってきた師の答えは。

 

 

 ――――想像以上に、凶悪なものだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 リーゼアリアは言う、『闇の書の意志』の自動防衛プログラムを完膚無きにまで叩き潰そうと。

 どんなシステムにも想定値と言う物が存在する以上、それを超えるダメージを与えてダウンさせることは可能なはずだと。

 主とリンクしていては不可能だが、切り離しが可能ならばプログラムだけをダウンさせられるはずだと。

 

 

 すなわち、純粋な魔力ダメージによる昏倒!

 物理ダメージの方が話が早いのだが、その場合はやての肉体が大変なことになるので仕方が無い。

 あくまでも膨大な魔力ダメージを与えて、八神はやてと管制人格とやらが管理者権限を行使できるようになれば良い。

 そうすれば、「一時的に」自体は沈静化するはずだと。

 

 

「実際、11年前にはそれで一時的にしろ『闇の書』の主を捕縛したわけだし……」

 

 

 その場にいたから、アリアも良く覚えている。

 最も、あくまでも「一時的」でしか無いわけだが。

 そして、外にいるメンバーの中で純粋魔力攻撃、それも大規模な広域破壊力を持つ程の高魔力を有する者は、2人しかいない。

 

 

「『チェーンバインド』!」

「『ストラグルバインド』……!」

 

 

 まずアリアとクロノ、そしてアルフとユーノで『闇の書の意志』の身体を縛る。

 無数のバインドに拘束されたそれは痛々しくすらあるが、こうしないと再び動きだした時に対処できないのである。

 

 

「なのは、フェイト。大丈夫か?」

「うん、いつでも行けるよ! 『レイジングハート』、お願いね!」

「私も……! 『バルディッシュ』、行けるね……?」

<Reload>

<Load cartridge>

 

 

 クロノの言葉に元気よく答えるなのはとフェイト、砲撃形態の『レイジングハート』と大剣形態の『バルディッシュ』もカートリッジのリロード、そしてロードを済ませて臨戦態勢だ。

 本当はそれぞれもう一段階強力な形態があるのだが、フレーム強化がまだなため今回はお預けとなっている。

 なのはなどは行けると言ったのだが、リーゼ姉妹がそれを止めた。

 

 

「この後があるんだから、無理しちゃダメ」

 

 

 とのことだった、どうやらこの後があるらしい。

 そして、なのはとフェイトが魔力のチャージを始める。

 それを確認して、クロノがイオスに念話を送る。

 

 

「始めるぞ!」

『了解だ。一度切り離すとこっちからは何もできなくなる、何とか耐えてくれよ!』

「了解! ユーノ、アルフ! 2人が砲撃するまで、何としても守れ!」

「わかった!」

「任せな!」

 

 

 ユーノとアルフが勢い込んで返事をした次の瞬間だ、『闇の書の意志』に変化が見られた。

 ずくんっ、と心臓の鼓動のような感触が走り、そして伏せられていた目が上がる。

 妖星の如く、赤い両眼が輝いた。

 

 

<Standby ready>

<Count 10>

 

 

 『レイジングハート』と『バルディッシュ』のカウント音声が響く中、それは完全に起きた。

 もはや『闇の書』と呼んでいいのかもわからないが、それは確実に目を覚ました。

 そして自分の身体を覆う無数のバインドを知覚すると、それを剥ぎ取りにかかる。

 アリアを始めとするバインドを保持する術者は、僅かに顔を顰めた。

 

 

<……8>

 

 

 第一陣のバインドが砕かれる、牢獄の鎖を引き千切る囚人のように引き千切り、腕を掲げる。

 腕を黒い蛇が覆い、手甲のように左腕を包み込んだ。

 そして一瞬の輝きの後、硬質化して――――金属的なパイルバンカーのような姿へと変わる。

 その周囲に魔力の光弾が生まれ、最も脅威と認識したのだろう2人の少女を狙う。

 なのはとフェイトめがけて、無数の光弾が放たれた。

 

 

<……6>

 

 

 雄叫び一閃、アルフが自分のバインドを半ば放棄して迎撃に入る。

 ユーノがアルフのバインドを維持しようと苦心したが、無駄だった。

 アルフの分のバインドが外れ、もう片方の腕が跳ね上がる。

 

 

<……5>

 

 

 一方でアルフも、目的を遂げることには成功した。

 フェイトとなのはに向かった魔力弾を拳で叩き落とし、あるいは弾き飛ばすことに成功したのだ。

 ただその代わりに拳にダメージを負い、鮮血が指先から飛び散った。

 唸るような声が口から漏れ、しかし主人の射線を空けるように下へと滑る。

 海の方向目掛けて、空を駆けるだろう射線を。

 

 

<……4>

 

 

 しかし、そこで予想外のことが起こる。

 両腕が自由になったそれが、今度はより強力な魔法を行使したのだ。

 射撃魔法による妨害を断念し、速射できる砲撃を選択。

 それも、蒐集した中でも最大の威力を持つものを。

 

 

 ――――『ディバインバスター』。

 

 

 なのははそれに目を見開く、当然だが見覚えがあったのだ。

 アレは、密かに練習していた反応炸裂型の、つまり拡散型の……。

 残り二秒で、放たれた。

 

 

<……2>

 

 

 夜空を駆ける桜色の砲撃、誰もが止められないと思った。

 クロノは間に合わず、ユーノはバインドの維持に懸命で、アルフは行動の直後で動けない。

 誰にも、止められない。

 そう考えて、誰もが息を飲んだ次の瞬間。

 

 

 ――――否!

 

 

 とでも言うように、2つの影がなのはとフェイトの前に躍り出た。

 目の前に揺れるのは猫の尻尾、黒い制服に包まれた背中が不思議と頼もしく見える。

 展開されたのは紫がかった青白い魔法障壁、そして次に来たのは衝撃だ。

 アリアが止め、ロッテが砕いた。

 使い魔として自身に与えられた魔力の全てを注ぎこんだ一撃は、桜色の砲撃を破砕する。

 

 

<<……0!>>

 

 

 2機のデバイスがチャージ完了を告げると同時に、なのはとフェイトの傍を何かが擦り抜けた。

 それは、2匹の猫だった。

 力を使い果たし、猫形態になって墜落していくリーゼ姉妹だった。

 しかし2匹の猫の目は、2人に告げる。

 その意思を正しく受け止めて、2人の少女がデバイスを振り上げる。

 

 

「全力・全開! 『スターライトブレイカー』……ッ!!」

「疾風・迅雷! 『プラズマザンバーブレイカー』……ッ!!」

 

 

 ダメ押しに叩き込まれるカートリッジ、空の薬莢がいくつも空中に弾け飛ぶ。

 そして、それだけでは無い。

 特に狙ったわけでは無いのだろう、あえて言えばなのは側の要因だ。

 感覚で組む魔法の構築式が、隣のフェイトの魔法へ影響を与えたのだ。

 

 

「「ブラストォ―……ッッ!!」」

 

 

 融合する、あたかも最初から一つだったかのように。

 同時に全てのバインドを引き千切った敵が、赤く明滅する瞳を驚愕に見開く。

 それほどまでに。

 

 

「……退避――――っっ!!」

 

 

 咄嗟に飛んだクロノの指示、それを最後に。

 

 

「「シュゥ――――――――トッッ!!」」

 

 

 空間全てを切り刻み、破砕する一撃が放たれた。

 それは一直線に一つの目標に向かい、巻き込み、全てを押し潰した。

 まるで、魔力の奔流……雪崩だった。

 

 

 魔力の輝きが、全てを貫き――――。

 そして、結界内を激しく震動させた。

 その夜、海鳴の夜空に輝きが散った。

 

 


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