魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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A’s編第10話:「絶望の幕開け」

 

 結界を解除した途端、クロノとイオスは強い魔力の波動に身を竦めた。

 何事かと思い、元いたビルの屋上から魔力反応のする方向を見てみれば。

 夜空を貫く、昏い魔力の柱が見えた。

 

 

「あれは……!?」

「何だ、あの馬鹿デカい魔力は……!?」

「――――『闇の書』だ」

 

 

 淡い色合いの魔力の縄で捕らえられたロッテが、笑みとも泣き顔とも取れるような表情でそう言った。

 その傍ではアリアも同じように捕縛されており、2人の使い魔はビルの屋上に座り込んでいる。

 しかしその視線は、離れていても近くのように感じる魔力に向けられている。

 

 

「もう遅いよ、守護騎士を吸収して起動した『闇の書』は止められない」

 

 

 守護騎士のリンカーコアを最後の餌として完成した『闇の書』は、マスターである魔導師に対して絶大な力を与える。

 その力は巨大過ぎて、何よりもバグが酷くて、破壊と絶望しか撒き散らさない。

 暴走すれば、それこそ世界が終わる。

 

 

「今からでも遅く無い、私達を……お父様を手伝って。そうすれば少なくともこの世界は守れる」

 

 

 そう言い募るロッテを、クロノとイオスは見つめた。

 アリアも、何も言わないが視線で訴えかけている。

 今なら、まだ間に合うと。

 

 

 それに対して、心が揺れないわけでは無い。

 実際、『闇の書』への対処法は無いのだ。

 ロッテ達の作戦の方が、まだしも現実的ですらある。

 だが……。

 

 

『クロノ君、イオス君! 聞こえる!?』

 

 

 その時、通信が入った。

 『アースラ』のエイミィからで、内容は『闇の書』の起動を知らせるものだった。

 

 

『艦長からの命令だよ、状況は厳しいけど……信じてる、だって!』

「……って、それ命令じゃねーよ」

「母さん……」

 

 

 画面の中でウインクしながらリンディの「命令」を伝えるエイミィに、クロノとイオスは苦笑する。

 クロノは肩を竦めて、イオスは頭を掻いて。

 しかしそれでも、どこか迷いの晴れたような顔で。

 

 

「しょーがねぇ、何とかするか相棒」

「そうだな、まぁ、艦長の命令だからな。それに僕は執務官だ、現場を指揮する義務がある」

「それにマザコンだしな」

「否定はしない」

 

 

 しないのかよ、イオスは心の中でツッコミを入れた。

 少しだけ笑って、イオスは再びロッテを見た。

 

 

「てなわけで、お師匠。俺ら、行くわ」

「……勝手にしなよ、もう。でも、それは持って行くと良い」

 

 

 ロッテが「それ」と言ったのは、クロノとイオスがそれぞれ持っているカードのことだった。

 『デュランダル』、そして『カテナ』。

 アリアとロッテが使用していたデバイスで、拘束のために取り上げていたのだ。

 確か、『闇の書』の封印用のデバイスのはずだ。

 それを渡すと言う意味がわからない程、イオスとクロノは馬鹿では無かった。

 

 

「どうしようも無くなった時に、使いなよ。心配しなくても、私達は軽蔑したりしない」

 

 

 それに、イオスは少しだけ笑った。

 クロノは表情を変えなかったが、しかし同じ感情を抱いているはずだと思う。

 それは、自分達の師に対する感情だからだ。

 

 

 優しい、今のロッテの言葉にそう感じた。

 何故なら今、リーゼ姉妹は……。

 ――――自分達に、逃げ道を用意してくれたのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――いやだ、そう思った。

 

 

 理屈も事情も、何もわからない。

 だが、現実だけがそこにある。

 自分の左腕に絡まった黒い蛇が、自分の大切な家族の胸を貫いた。

 

 

 理屈も、理由も、理解も、何も無い。

 だけど、現実だけがそこにある。

 赤い髪の自分の家族が、胸から赤い光を放って。

 

 

 ――――うそだ、そう思った。

 

 

 その光が弾けて消えると共に、赤い髪の少女も消えてしまった。

 霞のように、消えてしまったのだ。

 頭上で輝く一冊の本だけが、いやに目についた。

 

 

「ヴィータ!!」

「ヴィータちゃん!?」

 

 

 ――――こないで、そう思った。

 

 

 今の自分に近付いたら、ザフィーラもシャマルも同じようになってしまう。

 理屈じゃ無い、何故かそう思った。

 わかるのだ。

 

 

 そして、現実になる。

 現実。

 自分の触れている床から飛び出した無数の触手が、自分の大事な家族に絡みつくのを見る。

 

 

 ――――やめて、そう思った。

 

 

「ぐぉっ……こ、これは……っ!?」

「はやてちゃ……っ、く、きゃあああぁぁ……っ!」

 

 

 そして、シャマルとザフィーラも消える。

 消える、消える、消える、キエル。

 キエテシマウ。

 

 

「主はやて!!」

 

 

 ――――だめだ、そう思った。

 

 

 身体の奥から寒気のような物を感じて、自分の身体を抱き締める。

 左腕で蠢く蛇が、まるで全身を覆うようだ。

 足先から衣服の上を這いずり、素肌を舐めて来る触手が身体を覆う。

 

 

 それを見たからか、最後の1人、シグナムが戻って来てくれた。

 だけど、無理だと思った。

 わかるのだ。

 

 

 ――――にげて、そう思った。

 

 

 だけど、無駄だった。

 シグナムは何度も触手を斬り払い、何とか自分に近付こうとしている。

 その顔は、真剣で、心配そうで。

 

 

 自分を本気で救おうとしてくれている、そんな顔だった。

 そして、シグナムも囚われる。

 先の3人と同じように、胸から輝きを放ちながら……必死に、手を伸ばして来て。

 

 

「主はやて……ッ……(あるじ)いいいぃぃ――――ッッ!!」

「あ……ああ……あああぁぁ……」

 

 

 腕を伸ばす、だけどその手は届くことは無い。

 光が弾けて、シグナムも消える。

 消えてしまった、もういない。

 

 

 ――――うそだ、もう一度そう思った。

 

 

「う……うぅ……うううううううううううぅぅぅ……っ」

 

 

 大切で、大事で、ずっと……永遠に一緒にいたいと思っていたのに。

 家族がいなかった自分に、やっとできた「家族」なのに。

 なのにどうして、いなくなるのだ。

 

 

 自分から、奪っていくのだ。

 

 

 誰を恨めば良いのかわからない、何に怒れば良いのかわからない、どうやって悲しめば良いのかわからない。

 どうして、どうして、どうして、どうして――――ドウシテ、ワタシバカリ。

 

 

 ――――いやだ、何度もそう思った。

 

 ――――うそだ、何度もそう思った。

 

 ――――いやだ、何度でもそう思う。

 

 ――――うそだ、何度でもそう思う。

 

 

「ううぅぅぁぁああああぁぁ……ッッ!!」

 

 

 身体が熱い、息が詰まる、しかしそんなことはどうでも良い。

 一緒にいたかった「家族」が消えてしまったのに、自分のことなんてどうでも良い。

 だから、少女は――――『闇の書』の主「八神はやて」は思った。

 

 

 嫌だ、嘘だ、と。

 

 

 こんなのは嫌だ、こんなのは嘘だ。

 こんなのは現実じゃない、こんなものが現実なはずが無い。

 こんなことが現実であって良いはずが――無い。

 

 

(こんな……こんな現実――――)

 

 

 『闇』が、輝く。

 

 

(――――――――嘘だ)

 

 

 そして、『闇』が生まれた。

 

 

<――――心優しき主の願いを、叶えましょう>

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「はやてちゃん……!」

 

 

 結界内の大学病院上空、なのはは無数のグロテスクな触手に覆われた建物を見て眉を顰めた。

 ヴィータやシグナムが消えたことにも混乱しているが、それ以上にはやてが触手の海に飲まれたことの方が衝撃だった。

 すずかの友達で、今では自分の友達でもあるはやて。

 

 

 それが『闇の書』のマスターであることも十分な驚きだが、今回のこれは驚くとかそう言うレベルを遥かに超えた事態だ。

 『レイジングハート』を握り締めて、途方に暮れるように眼下の変化を見守ることしかできない。

 そんななのはの傍に、フェイトが寄って来た。

 

 

「なのは! 大丈夫!?」

「フェイトちゃん! うん、私は大丈夫なんだけど、はやてちゃん達が……」

「うん……」

 

 

 触手蠢く不気味な建物に、フェイトが厳しい視線を向ける。

 はやてを助けたいとは思うが、どうすれば良いのかがわからなかった。

 『バルディッシュ』に魔力サーチをさせても、もはや建物中から滅茶苦茶な魔力が放たれていてはやてを探せない。

 

 

『なのはちゃん、フェイトちゃん! 聞こえる!?』

「エイミィさん!」

「うん、聞こえるよ!」

 

 

 エイミィからの通信に、2人はほっと胸を撫で下ろした。

 何をどうすればわからなくて、不安になっていたのだ。

 大人のお姉さんであるエイミィの声は、それだけで2人を勇気づけてくれる。

 しかもエイミィは、心強い味方をも連れて来てくれた。

 

 

「なのは、お待たせ!」

「ユーノ君!」

「私も来たよー、フェイト♪」

「アルフ!」

 

 

 エイミィはなのはの家からユーノを、そしてフェイトのマンションからアルフを結界内に転移させたのだ。

 当然、2人への援軍だ。

 その他にも、武装隊を部隊編成して展開しつつある。

 

 

『皆、良く聞いて。艦長は『闇の書』の停止を命令するって言ってた、でも絶対に無理はしないでって』

「「はい!」」

『うむ、元気があってよろしい! でも本当、無茶はしないで良いからね? ユーノ君とアルフは2人をサポート、クロノ君とイオス君がすぐ行くから、それまで持ち堪えてね!』

「わかりました!」

「任せときなって、エイミィ。フェイトは私のご主人様だし、なのはは恩人だ、絶対に守るよ!」

 

 

 しかし、そうは言っても具体的な方法はわからない。

 そう思って眼下の建物を見下ろした時、それは起こった。

 無数に蠢いていた触手が、急速に移動し始めたのだ。

 

 

 いや、移動していると言うよりは……まるで、巻き戻されているかのようなイメージだ。

 ズルズルと高速で収縮していくそれは、やがて一点に収まって消える。

 そしてそれらを全て取りこんだのは、病院の屋上に立つ1人の少女。

 

 

「はやてちゃん……じゃ、ないっ!?」

 

 

 なのは達の視線の先には、はやてとは似ても似つかない少女がいた。

 はやてとは年の頃も違う、まるで別人のような少女。

 容姿も服装も、まるで違う。

 はやては茶色の髪の、あくまでも日本人としての容姿を持っていたが……。

 

 

「あれは……!」

 

 

 腰を過ぎたあたりまで伸びた滑らかな銀の髪に、血よりもなお真紅に染まる紅の瞳。

 日に当たったことが無いかのような白い肌、細い手足に位置の高い腰、豊かな胸元。

 金のラインの入った黒のインナーはノースリーブで、首から太腿までを覆うショートワンピースタイプだ。

 首には茶色の革のチョーカー、左右で形が微妙に違う黒手袋に黒のショートブーツ。

 さらに足を覆うのは、右は太腿、左は足首までを覆う黒のソックス。

 

 

 腰を金の飾りベルトで締める黒のロングスカートは前を開けたタイプで、剥き出しの両肩を覆う黒の上着とセットになっているようだった。

 いずれも、金のラインが幾重にも描かれている。

 特徴的なのは両頬と左腕の肌に直に刻まれた赤色のラインと、右腕全体と左足全体、そして右足の太腿部分を締める赤のリボンベルト。

 そして左手に持った茶色い装丁の本『闇の書』と、耳元と背中を彩る三対六枚の黒い羽根だった。

 

 

「ああ……また、全てが終わる……けれどその前に、心優しき主の願いを……」

 

 

 囁くような声を上げて、少女が左手を掲げる。

 幾枚もの紙がめくられる音が響き、『闇の書』が開く。

 そしてあるページで止まったかと思えば。

 

 

「な……!」

 

 

 巨大な魔力が、少女の頭上で膨れ上がった。

 生み出されたドス黒い巨大な球体は、存在するだけで重苦しい存在感を主張している。

 

 

「あの子……」

 

 

 その際、一瞬だけ、少女が顔を上げるのをなのはは見た。

 気のせいかとも思ったが、違うと思った。

 少女が。

 自分達に破壊の力を向けようとしている少女が、まるで。

 

 

<Diabolic emission>

 

 

 まるで、泣いているような気がして――――。

 

 

<Defense line>

 

 

 しかしその感情も、目前で膨れ上がって炸裂した黒い球体と……。

 自分達の前の前に飛び出してきた存在を前に、消えてしまった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 広域殲滅型、相手のスタイルをそう読み取った時には全てが遅かった。

 とっさにフェイトは隣のなのはを抱き締めて庇い「にゃっ!?」、さらにそのフェイトをアルフがやはり抱き締めて庇ったが「えっ!?」、最終的にはユーノが前に出ていた。

 

 

 直後、ドス黒い魔力の塊がフェイト達だけでなく周辺を巻き込んで放たれた。

 ビリビリと身体の奥に響く魔力の余波に、フェイトはキツく目を閉じた。

 ――――……しかし、覚悟した衝撃はいつまで経っても訪れなかった。

 

 

「……ふぃ――……ヤバかったぜ、思ったより威力高いでやんの」

 

 

 聞こえて来た声に慌てて目を開ければ、そこに見えるのは黒いラインの入った空色のバリアジャケットの背中だ。

 水色の髪の魔導師、イオス・ティティアがそこにいた。

 来るとは知っていたが、タイミングの良さに驚いてしまった。

 

 

「イオス!」

「おーう、フェイト。無事……なのは良いとして、いつまでアルフや高町さんと抱き合ってるんだ?」

「あ……あ、アルフ、離して! なのは、ごめん!」

 

 

 良いよ、と少し頬を赤くしながらも許してくれるなのはにほっとしつつ、フェイトはもう一度顔を上げた。

 周囲を見渡せば、相手の攻撃魔法は純粋な魔力攻撃だったようで……その痕跡をいくつか見ることができる。

 ただ、あれだけの空間攻撃で建造物に被害が無いと言うのは、どう言う術式構成なのだろう。

 

 

 さらに見れば、自分達の正面で魔法の威力を全て受け止めてくれたらしいイオスがいる。

 ただその手には、デバイスらしき黒い盾を持っている。

 見たことが無いので、それが何かもわからない。

 ただ盾の表面から白い湯気のような物が出ているので、やはり盾で間違いないのだろう。

 

 

「イオスさん、それは? さっきの空間魔法を防いだのって……」

「おう、『カテナ』って言う盾型デバイスだ。対『闇の書』用らしいけど……まぁ、お師匠からの借り物だよ」

「リーゼロッテさん達の?」

「ん」

 

 

 フェイトと同じように気になったのだろう、ユーノが盾の……『カテナ』のことを聞いていた。

 リーゼ姉妹の名前が出た時に微妙に表情を変えたようだが、今はそれを指摘するべき時では無いと流すことにした。

 

 

「どうやら、間に合ったようだな」

 

 

 その時、漆黒の魔導師が降りて来た。

 クロノだ、彼もまたその手にいつものとは違う白い杖を持っている。

 

 

「『闇の書』の主と言うのは、あれか?」

「あ、えっと……たぶん……」

 

 

 クロノの問いに、なのはは微妙な顔をして答える。

 はやての姿が無いので、たぶんそうだとは思うが……あまりにも姿が違うので、頷くしかない。

 まさか、はやてまでいなくなったなどと思いたくも無い。

 

 

「んん……? いや、明らかに見た目違うだろ。八神はやてと」

「え、イオスってはやてを知ってるの?」

「お? おお、まぁ、うん。それは後でな、今はとにかくアレを何とかしないとな」

 

 

 微妙に誤魔化して、イオスは少女の手元で開いている『闇の書』を睨む。

 凄まじい魔力を感じる、現在進行形で暴走へ向けて進展中と言った所か。

 その次の瞬間、『闇の書』を中心に周囲に新たな結界が張られた。

 ベルカ式の封鎖領域、「逃がさない」と言う意思表示のようだった。

 

 

「クロノ、何か策はあるか? あると言ってください」

「ウザいなキミは……まぁ」

 

 

 呆れたように苦笑しながら、クロノは杖を肩に乗せつつ黒羽の少女を見やる。

 それから、ふむ、と考えるように手を口元に当てて。

 

 

「とりあえず、ベルカが相手ならクロスレンジは危険だな。情報を得る意味でもミドル・ロングレンジでやり合うのが得策だろう。なのははフルバックで砲撃、フェイトはスピードで相手を撹乱、ユーノとアルフは引き気味でなのはとフェイトの支援、僕が中衛で指揮・状況把握。それからイオス、お前は前衛でひたすら壁だ」

「おいコラ待てよてめぇ」

「何のための盾だ、馬鹿。さて、じゃあとりあえずは……」

 

 

 チャキッ、と杖を構えて、クロノが告げる。

 

 

「ミッドチルダ式魔導師のチーム戦闘と言う物を、見せてやろうじゃないか」

 

 

 ――――開戦。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 管理局本局、高位高官の執務室が並ぶエリアの一室には、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 しかしそこにいる人間は1人切きりで、その視線は目の前の通信画面に向けられている。

 その画面には、長い緑の髪を頭の後ろで結んで束ねた美しい女性が映っている。

 

 

『……全て聞きました、息子達の立てた仮説を。そしてその説明を聞いて……いえ、例え聞かずとも、私はそれを信じただろうと思います。心のどこかで、その可能性を無視していたから』

「……そうだろうな、キミは賢い。私は、見て見ぬふりをしてくれていればそれで良いと思っていた」

『貴方が前線の職を退き、顧問官などと言う閑職に自ら就いたと聞いた時、もしやとは思ったんです……けれど、賢明な貴方がまさか、と考えることを放棄してしまった……』

 

 

 緑の髪の女性、リンディは画面の向こうで悲哀に満ちた表情を浮かべる。

 受ける男、ギル・グレアムは両肘を机についたままの体勢で目を閉じる。

 まるで、リンディの視線から逃げるように。

 

 

「……あの子を見つけた時、奇跡だと思った……運命だとも」

 

 

 あの子、と言うのは『闇の書』の主のことだろうとリンディは思った。

 

 

「『闇の書』の次の主を発見できたのは、リーゼ達の努力と……クライド達が遺してくれた『闇の書』のデータがあればこそだ。まさに運命の導きだと思った、幸い、次代の『闇の書』の主は天涯孤独の身だった、失われても悲しむ人間は少ない……」

『……だから、封印を?』

「……ああ……」

 

 

 運命の導きだと、本当にそう思った。

 部下達の魂が、自分を『闇の書』へと導いてくれたのだと。

 それからは、『闇の書』の主を「父の友人」と称して援助し……対『闇の書』用の特殊なデバイスを秘密裏に開発し……リーゼ達を使って『闇の書』の完成時期を操作して……。

 

 

 だがそれも、もはや全てが水の泡だった。

 リーゼ達からの連絡は途絶え、リンディによればクロノ達が『闇の書』の主と思わしき敵と戦闘に入ったのだと言う。

 だがグレアムの予測では、それは主では無く「闇の書の意志」、管制人格との戦闘だろうが……。

 

 

「……今からでも遅くは無い、協力しては貰えないだろうか」

 

 

 無駄だろうとは思いつつ、グレアムはそう問うた。

 予想通り、返って来た返答は冷たい物だった。

 

 

『もし本当に、提督がその案を素晴らしいと認識しているのなら……どうして、最初から私達に協力を要請しなかったのですか?』

 

 

 それも、グレアムの心を揺らす回答だった。

 自分でも迷いがあるから、だから秘密裏に全てを処理しようとしたのではないのか、と。

 ……否定は、出来なかった。

 

 

『それに、あの人は……貴方にそんなことをさせるために、貴方を守って死んだんじゃありません。そんなことを貴方にさせるために死んだなんて、それこそ私には認められません』

「……!」

『……サルヴィアだって、本当はわかっているはずなんです。それに』

 

 

 貴方にそんなことをさせるために、あの子達が傷ついたなんて思いたくない。

 続けられたその言葉に、グレアムは初めて息を飲んだ。

 自分の行為が、周囲の人間の行動に泥を塗っていると言う事実に。

 

 

『……信じてください、提督。私は信じています』

 

 

 何を、とはグレアムは問わなかった。

 しかし問われた物として、リンディは言った。

 

 

『私の息子達とその仲間が、必ず全てを終わらせてくれると、信じています。だからどうか、提督』

 

 

 強い目で、リンディは言う。

 

 

『辛く苦しい、こんなはずじゃない現実から、どうか逃げないで』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 現実主義者を標榜していても、現実から逃げ出したくなる時がある。

 それは厳しい戦闘の最中であったり、あるいは受け入れ難い事実が判明した時だ。

 イオスにとっては前者は『闇の書』との戦闘であり、後者はその主の正体だろう。

 

 

(「我は『闇の書』」、だぁ?)

 

 

 グルグルと回転する視界の中で、イオスは唇を噛み締める。

 片手に1メートルはあろうかと言う大盾『カテナ』を持ったまま――これがまた、異様に重い――片腕の鎖を操作して敵を……自らを『闇の書』と名乗った少女の身を縛る。

 ピンッ……と張った鎖で、黒羽の少女と繋がる。

 

 

「『闇の書』ってーのは、お前が持ってる魔導書の方だろうがよ」

「……我は、『闇の書』……」

 

 

 応答があり、反撃が来る。

 自分の身を縛った『テミス』の鎖に少女が指先で触れると、少女が左手に持つ『闇の書』がページをめくりながら輝き、魔力を発する。

 

 

<Breakup>

 

 

 砕けた。

 宣言通りの効果が発揮され、イオスの左腕の鎖が完膚無きまでに砕かれたのである。

 砕け散る鎖の欠片に、イオスが目を見開く。

 そしてそのイオスを、『闇の書』を名乗る少女が哀しそうな瞳で見つめている。

 その哀しみのままに、腕をイオスに向けて……。

 

 

<Divine buster extension>

<Plasma smasher>

 

 

 そこへ、2つの方向から桜色と雷光の砲撃魔法が放たれる。

 少女はそれに対してツイ、と視線を向けて……それだけの動作で自身の両側に三角形の紫の魔法障壁を展開した。

 そして、受け止める。

 

 

「何……?」

 

 

 それを、指揮官たるクロノは驚きの目で見た。

 なのはとフェイトの砲撃、有体に言ってAAAランク魔導師2人の同時砲撃を受けて微動だにしないとは。

 しかも、まだ余力がありそうである。

 

 

「でええええええぇぇぇいっっ!!」

 

 

 そこへ、少女の背中めがけてアルフが飛びかかった。

 バリア無効化の術式を乗せた拳で、殴りかかろうとする。

 それに対する反応もまた、苛烈な物だった。

 

 

<Blutiger dolch>

 

 

 黒羽の少女の腰回りに出現した十数本の真紅の短剣のような物が、赤い魔力の軌道を残しながら高速で飛翔した。

 次いで、少女の周囲で4つの爆発が起こる。

 その中からそれぞれ後ろに押されるような形で飛び出してくるのは、当然イオス達4人。

 ダメージが少なそうに見えるのは、バリアジャケットの守護の他に。

 

 

「よくやった、ユーノ」

「正直、4人同時の遠隔防御って制御難しいんだけど……」

 

 

 デバイス無しで防御魔法を展開し、4人を同時に守ったユーノだった。

 彼は攻撃手段が無いので、中後衛(ウイングバック)としての役割をアルフと分担しているのだ。

 

 

「だぁ……くそ、サンキューユーノ! てか、重いなこの盾!?」

 

 

 何キロあるのかは知らないが、師であるロッテはこんな物を平然と振り回していたのかと思うと尊敬を通り越して呆れてしまう。

 防御性能は確かに高いが、そこ以外の性能を無視したピーキーなデバイスらしかった。

 

 

「畜生、状況がわかんねぇからテンション上がらねぇ……」

 

 

 命令としては「『闇の書』の停止」だが、『闇の書』を名乗っている少女の正体がわからない。

 それから「八神はやて」がどうなったのか、それも気がかりだ。

 直接顔を合わせるとどうしたら良いかわからないイオスだが、気がかりでないとは言わない。

 

 

 敵である黒羽の少女に聞いても良いのかもしれないが、微妙に会話が成立しないタイプのように思える。

 しかも本当に彼女が『闇の書』そのものだとするなら、それに頼るのはイオスとしてはほとんど「NO」と拒絶したい所だった。

 

 

「……あ?」

 

 

 あれこれと考えていると、『闇の書』を名乗る少女が次の動きを見せた。

 ミッドチルダ式の円形の魔法陣を展開したかと思えば、右腕をこちらへと掲げて止めた。

 その掌に、桜色の魔力を集束させながら。

 

 

「アレは……!」

 

 

 最初に反応したのはフェイト、それはそうだろう。

 何しろ、この場にいるメンバーで唯一……その身で受けたのだから。

 精神リンクを通じて疑似体験しただろうアルフも、一瞬でゾワリと全身の毛を総毛立たせていた。

 

 

 ビリビリと空気を震わせる魔力の余波に、一同が身を竦ませる。

 そんな彼ら彼女らに対し、黒羽の少女――――『闇の書』は、やはり哀しげな目を向ける。

 その目は、こう言っていた。

 ……お前達も、壊れてしまう。

 

 

「――――咎人達に、滅びの光を」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『スターライトブレイカー』、それはなのはの最大最強の砲撃魔法として記憶されている。

 破壊力、貫通力、射程力、殲滅力、どれをとっても超一級品の砲撃魔法だ。

 しかし最大の脅威はその威力では無く、戦場の残留魔力をも吸収して使用する点だ。

 

 

 事実上、使用魔導師の最大威力に周囲の魔力を乗せてさらに最大化する。

 つまり理論上は、威力の上限が無いのである。

 しかもそれを放つのは、なのは以上の魔力と技量を持つ『闇の書』の少女!

 

 

「全員退避!! 距離を取れ!!」

 

 

 だから、クロノが戦場からの一時離脱を決断したのは無理からぬことだった。

 戸惑うなのは本人をよそに、全員が何も言わずにその指示に従った。

 なのは・フェイト、アルフ・ユーノ、そしてクロノ・イオスの3組に別れて散る。

 もちろん、敵の照準を散らすためだ。

 

 

『あ、あの……クロノ君? 何もこんなに別れて、離れなくても……』

『フェイト、ユーノ、アルフ、キミ達の意見を聞こう!』

『至近距離だと、防御の上からでも墜とされる!』

『距離をアドバンテージとして防御体制を築くんだ、そうすれば何とか耐えられる!』

『それと出来るだけ正面から受けない! あんなモノ、正面からじゃ耐えきれないよ……!』

 

 

 順繰りに返って来た声に、何故か不満そうな顔をするなのはを幻視したクロノだった。

 それから、傍らのイオスに目をやり。

 

 

「大丈夫か?」

「左の鎖はダメだ、完全に死んだ。『カテナ』と右の鎖で何とかするさ……と言うか、状況がわからん。あれは本当に『闇の書』で良いのか? 人間にしか見えんぞ」

「そうだな……」

 

 

 後方を見れば、桜色の光を集束させている黒羽の少女が見える。

 自身を『闇の書』と名乗っていて、人間離れした魔法と態度。

 確かに、デバイス然としていると言えばそうなのかもしれない。

 

 

 リーゼ姉妹の意見を聞きたい、切実にそう思った。

 あの2人ならば、何か自分達の知らない情報を持っているはずだからだ。

 だが決裂した今、あの2人を頼ることは……。

 

 

『クロノ! イオス! 緊急事態!』

「どうした!?」

 

 

 突如響いたフェイトからの念話に、クロノが応じる。

 そしてその表情が驚愕に染まり、次いで苦々しい物に変わる。

 何故なら、フェイトからもたらされた報告は「結界内に取り残された一般人がいる」だったからだ。

 

 

「一般人!? 一般人が何でこの結界内に入れるんだよ、ベルカ式だぞ!?」

『わ、わからない、『闇の書』の方が「結界に入れても良い」って判断したとしか……』

『私達、助けに行きます!』

「助けに……って、2人共待て!」

 

 

 慌てて、クロノが2人を止める。

 後方のチャージ完了までのカウントダウンを気にしながら、しかし止めなくてはならなかった。

 

 

『だって、危ないよ!?』

 

 

 なのはは言う、一刻も早く保護して結界の外に転送すべきだと。

 一理ある意見だ、だが今は「戦闘中」なのだ。

 そして狙われているのは自分達だ、だから。

 

 

「お前らがそっち行ったら、その一般人を巻き添えにして撃たれるかもしれないだろ!」

 

 

 そう、後方で『スターライトブレイカー』完成しようとしているのだ。

 3方向に別れたので、なのは・フェイトを狙う確率は単純に言って3分の1だ。

 だが一般人救援のため2人の離脱速度は鈍る、そうなるとクロノ組やユーノ組に対して『闇の書』の少女に距離的に近くなる。

 

 

 クロノが『闇の書』の少女なら、確実にそちらを狙うだろう。

 だから、クロノの決断としては。

 

 

「エイミィ!」

『任せて!!』

 

 

 何の説明も無いが、エイミィは即座に「任せろ」と答えた。

 それにある種の心地良さを感じつつ、クロノはイオスに目を向ける。

 もう1人の補佐官は、その考えをすぐに察したようだった。

 

 

 そう、分散したなのは・フェイトの方角に一般人がいて……砲撃の巻き添えになる可能性があるのなら。

 ならば、その可能性を消すために逆のことをすれば良い。

 ……まぁ、できればやりたくない方法だが。

 

 

「高町さん、フィイト。その一般人のいる座標を正確に教えてくれ。ユーノ、カウントダウン管理頼む。それから全員……」

 

 

 対『闇の書』専用防御デバイス、『カテナ』を両手で握って。

 

 

「全員、再集合だ!!」

 

 

 イオスが、そう告げた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その頃、アリサとすずかは不思議な体験をしていた。

 はやてとの面会を終えて、そのまま徒歩でバス停まで歩いていたのだが……バスが来る前に、奇妙なことが起こったのだ。

 

 

 何と言えばいいのだろう、無理矢理に表現を見つけるなら「全ての時間が止まった」とでも言おうか。

 歩いていたはずに人々がいなくなり、動いていたはずの車が止まり、気のせいで無ければ電気なども止まっているように思える。

 正直に言って、気味が悪かった。

 

 

「アリサちゃん……」

「大丈夫よ、私がついてるでしょ!」

 

 

 それでもアリサが自身を保っていられたのは、ひとえにすずかの存在があったからだと言える。

 不安がり、怖がっている親友の存在がアリサの精神を恐怖や恐慌から辛うじて守っていた。

 自分がすずかを守らなければならない、その意志の強さで。

 

 

 とは言った物の、アリサ自身にも状況の打開策があるわけでは無かった。

 すずかと繋いだ手の温もりだけが確かで、それ以外の物は全てが不確かに思える。

 不安げにあたりを見渡してみても、不気味な程に静かで……。

 

 

『はい、スト――――ップ!』

「「きゃあああああああああっ!?」」

『うわ、しまった。ごめん、驚かせちゃったね!?』

 

 

 その時だった、2人の目の前に表示枠のような物が現れたのは。

 そこにはボブショートの髪のお姉さんが映っていて、2人が悲鳴を上げると慌てていた。

 空中に浮かぶモニターなど見たことが無いので、アリサとすずかは抱き合いながら後ずさった。

 まぁ、アリサは涙目ながら睨みつけると言う精神的強さを見せていたが。

 

 

『ええっと、後ずさらないで! 怪しい者じゃないから!』

「怪しい人間は皆そう言うのよ!」

『うぐぅっ』

 

 

 何故かモニターの前でリアクションを取る女、エイミィ。

 しかしエイミィとしても、「あれ?」と思わざるを得ない。

 何故なら、結界内の取り残されている2人に微妙に見覚えがあるような気がしたからだ。

 具体的には、なのはやフェイトの携帯電話の写メとかで。

 

 

『と、とにかく……動かないでね?』

 

 

 どこか申し訳なさそうな声音でエイミィがそう告げると、2人が反論する前に足元が白く輝いた。

 転移魔法だ、しかしそれが何かわからない2人は怯えの表情を見せる。

 反射的にすずかがアリサに抱きついた次の瞬間、2人の視界は白に染まった。

 

 

 その時、勇敢にも顔を上げたアリサの視界には。

 星よりもなお輝く、桜色の輝きがあった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――封鎖領域内、市街地上空。

 本来ならば桜色の輝きから離れなければならないその位置に、イオス達は未だに留まっていた。

 理由は一つ、確実に自分達を狙わせるためだ。

 

 

「よ――し高町さん、『スターライトブレイカー』の術式構成と特徴を教えてくれ! 術式計算に使用するから」

「え、えーと……わかんないです!」

「なのは、感覚で魔法組んでるから……」

「これだから天才はもぉ――――!」

 

 

 『カテナ』を両手で構えたイオスが、防御魔法の術式を組みながら怒鳴った。

 なのははそれに戸惑っているが、フェイトとユーノなどは苦笑していた。

 一方、クロノは冷静にこれから行う作戦の確認を行っていた。

 どのような状況でも冷静に、それもまたリーゼ姉妹の教えでもある。

 

 

 位置は『バルディッシュ』が調べた一般人2名のいる座標の反対方向、距離は1.5キロ。

 並びは当然『カテナ』を持つイオスが先頭だ、彼が先頭で無いと砲撃を受け止めきれない。

 それから彼の左右後ろになのはとフェイト、その後方にアルフ、クロノ、ユーノの順だ。

 狙いは一つ、『闇の書』の少女が放つ『スターライトブレイカ―』の防御。

 

 

「さぁ、頼むぜ『カテナ』……!」

 

 

 先頭で直接の防御を担当するだけに、イオスのプレッシャーは相当な物があった。

 何しろ、相手が集束しつつある相手の魔力値はなのはやフェイトよりも強いのだ。

 しかもほとんど初めて使用するデバイス、自分との相性もわからない。

 もし、ある物と言えば。

 

 

(俺の後ろに、全員がいる……!)

 

 

 自分の後ろに仲間が全員いる、その現実に対する責任感だった。

 歴史上、弱虫と呼ばれて尊敬された人間はいても卑怯者と呼ばれて尊敬された人間はいない。

 そして『闇の書』と戦い死んだ彼の父は、どちらかと言えば前者のはずだった。

 何より、彼の師がそうだ。

 

 

「テンション上がるぜ、なぁオイ……!」

「それ程でもないさ、いつもと同じだ。やるべきことをやったら、天命を待つのみだ」

「クールだなオイ」

 

 

 こんな時でも幼馴染は変わらない、そのことが妙に嬉しかった。

 すぐ後ろを見れば、それぞれデバイスを構えたフェイトとなのはが頼もしい目つきでそこにいる。

 2人とも、もういっぱしの魔導師だ。

 局の先輩であるイオスなど、あっという間に追い抜いていくだろう。

 

 

 だがその未来を見るためにも、この場を凌がなくてはならない。

 そして、何よりも。

 ――――『闇の書』にだけは、負けるわけにはいかない。

 

 

「――――――――来るぞ!!」

 

 

 クロノが告げた次の瞬間、視界の向こう側で桜色の光が集束して消えた。

 しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間にはより巨大な光の柱となって放たれた。

 膨大な、そして純粋な魔力の砲撃が市街地を抜けて迫ってくる。

 作戦の第一段階は成功だ、何せ自分達を狙ってくれたのだから。

 次は……。

 

 

「『ディフェンスライン』、最大展開!!」

<I got it>

 

 

 盾中央に埋め込まれた赤色のコア・クリスタルが煌めき、イオスの前面に薄い、しかし強靭な魔力のシールドが展開される。

 それは先程『闇の書』の少女の放った広域空間魔法からフェイト達を守った防御魔法であり、『カテナ』に登録された唯一の魔法でもあった。

 純粋な魔力砲撃に対し、強固な防御力を発揮するだけのデバイス。

 

 

 イオスの『流水』の影響を受けているのか、青白く輝くそれは……数秒の後に、桜色の衝撃に襲われた。

 一気に両腕から身体に伝わる負荷が増し、イオスは声を上げることもできずに息を詰めた。

 そして桜色と薄青の鬩ぎ合いが始まると同時に、なのはとフェイトが動く。

 

 

「お願い、『レイジングハート』!」

「行くよ、『バルディッシュ』!」

<<Load cartridge>>

 

 

 連続で3発の薬莢を飛ばして、2人の少女が背中を合わせるように外を向いた。

 そして掲げたそれぞれのデバイスが、イオスと自分達の左右に薄く滑らかな障壁を張る。

 それは上空から見れば、イオスを中心に鏃のような形を形成した。

 ビリビリと杖先から伝わる衝撃に、2人の少女が表情を苦悶に染める。

 

 

『フェイトちゃん、大丈夫!?』

『大丈夫、正面で受けてるイオスに比べれば、これくらい……!』

 

 

 気遣い合う2人、正面でイオスが受け止め流した砲撃魔法の威力を障壁内に入れないために歯を食い縛る。

 その様を見て気合いを入れたのか、あ、と喉奥から声を絞り出したのはアルフだ。

 

 

「……おぉ……ん……っ……!!」

 

 

 遠吠えのようなその声の直後、障壁内にアルフの魔力光が満ちた。

 それはなのはとフェイトの張った障壁を埋めるように輝き、ジリジリと削られていく障壁をより強固たらしめんと補助する。

 

 

「凍てつけ……!」

<OK, boss>

 

 

 さらにクロノ、彼は『デュランダル』の凍結能力を敵『スターライトブレイカー』の構成術式そのものに当てた。

 桜色の砲撃の表面に、微かな霜が降りるように白い凍結が起こる。

 それは術式の活動を遅延させ、僅かながら威力を鈍らせる。

 

 

「『ブーストアップ・ディフェンスパワー』……!」

 

 

 そして最後にユーノだ、彼は前方で『スターライトブレイカー』を受け止める5人に対して魔法防御に対するブーストを行う。

 それは全体の防御力を底上げし、結果として状況を膠着させる。

 

 

「ぐ……っ、うおおおぉぉ……!」

 

 

 そうした味方の援護を受けながらも、やはり先頭のイオスの負担は大きい。

 しかし彼は空中で踏ん張り、ともすれば下がりそうになる身体をその場に留め続けた。

 視界は、もはや桜色の輝きで満たされている。

 それでも前しか見ない……と言うより、見れない。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 

 腕の感覚が無くなる程の衝撃の中で、イオスは耐えた。

 耐えて、耐えて、そして……。

 

 

 海鳴の空に、桜色の閃光が満ち溢れた。

 

 


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