魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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A’s編第8話:「エスティア」

 その男は、広い執務室で空中投影のディスプレイの光に顔を照らされていた。

 いくつかの書類棚と機材、階級の割に簡素な作りの机とカーペット。

 机の上に表示されているのは、どこかの部隊の活動報告書のようだった。

 緑髪の女性に指揮されていて、黒髪や青髪の少年達がデスクワークや戦闘を行っている映像。

 

 

 そこに書かれている内容は、総じて言えば「苦労しているが、奮闘している」と言うことだった。

 努力に比して収穫は少なくとも、それでも諦めずに少しずつ前進していると言う。

 現実を認め、しかし理想を捨てすぎず、出来ることをひたすら繰り返して。

 

 

「『アースラ』の面々は、頑張っていますよ。お父様」

「本当、むしろこっちが感心しちゃうくらいに」

「……そうだろうな」

 

 

 数十年共にいる2人の使い魔の言葉に、男……ギル・グレアムはどこか嬉しそうに頷いた。

 まるで、自分の孫達の活躍を喜ぶ祖父のような表情だった。

 管理局の顧問官と言う高い地位にいる彼は、今では『アースラ』の面々の後見役のような存在だ。

 彼ら若い世代の活動を支援し、自分は若者に道を譲って静かに過ごす。

 グレアムは、そう言う男だった。

 

 

「ユーノ君の調査は、どんな様子かね」

「そうですね……正直、驚きました」

「もしかしたら、今、『アースラ』の面々で一番真実に近い位置にいるかもしれない」

 

 

 それに対しても、グレアムは嬉しそうに頷く。

 先程に比べて複雑そうな色を浮かべてはいたが、しかしそれでも笑顔だった。

 若い世代の活躍を聞くのは、いつも楽しいものだから。

 

 

 そんな彼の手元には、一通の便箋がある。

 白い清楚な設えのそれには、幾枚かに渡って綴られている手紙と写真が入っている。

 それは、彼が生活の支援をしているある少女からの手紙だった。

 天涯孤独の身の少女だったが、しかし最近「家族が出来た」と手紙を寄越してくれたのだ。

 嬉しかった、同封された「家族」写真を見て、幸せそうな顔で笑う少女を見て、本当にそう思った。

 

 

「……お前達も、ご苦労だった」

「いえ、お父様がお望みのことですから」

「それは、私達の望みでもあります!」

 

 

 2人の使い魔、リーゼ姉妹はそう言って笑った。

 アリアの淑やかな微笑と、ロッテの快活な笑顔。

 それを眩しそうに見て、少し表情を曇らせて……グレアムは、机の引き出しを開けた。

 

 

 そこには、一枚の写真が入っていた。

 写真立てに入れられているそれは、複数の家族の集合写真のようだった。

 大人の何人かは、管理局の制服を着ている。

 

 

「クライド……ユース……」

 

 

 1人1人の名前を呟く、その名前はすでに帰ってこない部下達の名前だった。

 かつて、自分の失態で死なさなければならなかった者達の名前だ。

 ある事件で、あるロストロギアに殺された者達の名だ。

 

 

 写真には、グレアムとリーゼ姉妹も写っている。

 そんなグレアム達を中心に、右側に黒髪の男性と緑髪の女性、そして男の子。

 左側には金髪の男性と青髪の女性と、そして男の子。

 右が11年前のハラオウン家で、左がティティア家……他にも何人かの家族が移っている。

 ……11年前の事件の出撃前に、撮った写真だった。

 

 

「……大丈夫だ」

 

 

 どこか自分に言い聞かせるように、グレアムは呟く。

 そんな彼を、リーゼ姉妹はどこか沈痛そうな顔で見つめていた。

 

 

「今度は……今度は間違えない。甘さは捨てる、だから……」

 

 

 手元の手紙に視線を落として、彼は。

 

 

「……だから、見ていてくれ、皆……」

 

 

 何かを思い出すように、目を閉じた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 所変わって、高町家だ。

 その夜、高町家では小さいながらも温かい祝宴が催されていた。

 参加者は高町家と久々に帰ってきたユーノ、そしてお客様のフェイトとアルフである。

 もちろん、ユーノとアルフは動物形態だ。

 

 

 高町家のテーブルの上には、母である桃子特製のシチューとパン、ハンバーグにポテトサラダと言った料理が所狭しと並んでいる。

 淡い色合いのテーブルクロスに覆われたテーブルの上には、料理の他に可愛らしい花が活けられた花瓶が置かれている。

 

 

「すまないね、フェイトちゃん。本当は当日に招待できたら良かったんだけど……」

「い、いえ! こういうの、初めてで……嬉しいです」

「……そう言ってくれると嬉しいよ。どうかな、日本にはもう慣れたかい?」

「はい、皆もよくしてくれて……」

 

 

 惜しむらくは、父親である士郎が残念に思うようにクリスマス当日にパーティーを開けないことだろうか。

 しかし、高町家は喫茶店を経営している。

 もっと言えばケーキ屋さんである、クリスマスはかきいれ時だった。

 

 

「いやぁ、でもユーノ。お前ってばどんな女の子とお付き合いしてるんだい? 私達にも紹介してくんないとダメだよ~?」

「フェレットに何を言ってるんだお前は……だがなのは、動物の現象だから仕方ない面はあるにしても、何日も他所の家にペットを預けるのはどうかと思うぞ」

「う、うん、ごめんなさい」

「まぁまぁ、恭ちゃんも厳しいことばっかり言って無いでさ、ね?」

 

 

 なのははなのはで、兄姉とユーノの不在期間の話になり苦しい状況に陥っていた。

 恭也として動物の恋愛に関する話を具体的には叱りにくく、美由希は美由希でそこまで深くは気にしていないようだった。

 まぁ、テーブルの下でお肉を頬ばっているアルフは、その話を聞いて噴き出すのを堪えるのに苦労していたが。

 

 

『ゆ、ユーノ、ユーノ、相手はどんなメスなんだい……!?』

『あ、アルフ、ダメだよそんなこと言っちゃ!?』

『に、にゃぁ……ご、ごめんねごめんね、ユーノ君!』

『いや、うん……良いよ、もう。フェレットな僕が悪いんだから……』

 

 

 実際、1週間以上留守にしていたのは事実だ、仕方ない。

 ユーノは美由希の手からパン屑を貰いながら、そんな風に考えることにした。

 いつか、人間として紹介してもらおうと思いつつ。

 

 

「あ……そうだなのは、明日、どうするの?」

「え、うーん……明日はクリスマス・イヴだから、流石にお店のお手伝いしなくちゃだし……」

「何だ、何かあるのか?」

 

 

 なのはは毎年、この時期は両親の経営する喫茶店の看板娘としてお手伝いをしていた。

 配膳の手伝いくらいしか出来ないものの、多忙なこの時期には重要な戦力となるのが常だった。

 まぁ、そんな彼女や美由希目当てに来る客もいる……が、士郎と恭也により人知れず処理されている。

 なお、別に血生臭い意味は無いのであしからず。

 

 

 ところが今年は、少しなのはの事情が違うのであった。

 原因は、なのはとフェイトの友人でありクラスメートである、すずかだった。

 すずかの友人が重い病気で入院しており、サプライズでクリスマスを祝ってあげたいのだと言う。

 2人は、すずかからそのお手伝いをお願いされていたのである。

 

 

「良いよ、行ってきなさい」

 

 

 事情を聞いた士郎は、すぐに頷いてそう言った。

 

 

「え、でも……」

「お店の方は大丈夫、恭也も美由希もいるし、今年はバイトの子も入ってくれるから」

 

 

 士郎に続いて、桃子も末の娘にそう言う。

 なのはが迷っていたのは明白で、親としては好きな方に行かしてやりたかったからだ。

 それに小学生の娘に手伝って貰わなければなら無い程、追い込まれてもいないつもりだ。

 

 

 なのはは昔から――特に、士郎の入院騒動の時期から――我侭を言わない娘だった、それは今に至ってもそうだ。

 だから、こちらからなのはの望みを察してやってあげたかった。

 なのは本人は少し迷っていたが、兄姉が彼女の視線に頷きを返すと、花開くような笑顔で。

 

 

「うん、ありがとう! お父さん、お母さん!」

 

 

 そんな様子を、フェイトとユーノが見つめている。

 ……アルフは、尻尾を振りながらお肉にかぶりついていたが。

 この時の2人の少年と少女の感情は、共通している部分とそうでない部分があった。

 

 

 共通している部分は、まずなのはとその家族に感じる温かな気持ちだ。

 そしてもう1つ、自分達が持ち得なかった「家族」としての形。

 違う点は、ある人間へその感情が向かったかどうかだ。

 ユーノは向かわず、フェイトは向かった、それは。

 

 

(……お母さん、か……)

 

 

 フェイトの脳裏に浮かぶのは、ある病院に入院している女性だった。

 そして、その息子。

 『闇の書』事件に入って以降、どことなく不安を感じている少年だった。

 何となく、自分とは違うベクトルで事件を見ているような気がしているのだ。

 何か、自分には話していない気がする。

 

 

「それで、どんな子のお見舞いに行くんだ?」

「えっと……確か……」

 

 

 兄の言葉に、なのはは思い出すように頬に指を当てて。

 

 

「八神……八神、はやてちゃんって言うんだって」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 イオスは、10日ほど置いて熟考した末にようやく、「守護騎士に感情がある」と言う仮説をある程度は信じるようになっていた。

 より正確に言えば、「今回の『闇の書』の主は守護騎士に感情を与えた」と言う主張を組むようになったのであるが……。

 

 

 その場合、「何故、感情を与えたのか?」と言う疑問に答える必要が生じる。

 ただ、これはイオスも明確な回答を用意できていない。

 当然、『闇の書』の主が望んだからだろうが……何故、望んだかはわからない。

 『闇の書』の完成を目指すなら、おそらくは邪魔な物だろうに。

 

 

「『夜天の魔導書』、ね」

 

 

 ユーノのレポートを表示枠に出しながら、『アースラ』の自室でぽつりと呟く。

 ユーノには悪いとは思うが、正直、イオスにとっては必要な情報とは言えなかった。

 かつては健全なマジックアイテムだったかもしれないが、現状は災厄を撒き散らす『ロストロギア』でしか無いからだ。

 

 

 だから封じる、あるいは破壊する必要がある。

 その一つがアルカンシェルと言う兵器だ、だが根本的な解決にはならない。

 現実的に実行可能で、しかも『闇の書』の転生を許さない方法。

 この10日間で、イオスは『闇の書』の性質についていろいろと考えていた。

 そして、ふと気になる可能性について思いついていた。

 

 

「完成前の破壊・封印は不可能……親父の時も、確か……なら。いや、だが……」

「イオス、いるか?」

 

 

 イオスが悶々と考えていると、部屋の扉が開いてクロノが入ってきた。

 彼もまた手に資料を持っており、何かを調べ、考えている様子だった。

 

 

「あ、ああ、クロノか。何だよ?」

「いや、少しお前に確認してほしいことがあるんだが……何を調べていたんだ?」

「いや、別に大した問題じゃないよ。『闇の書』の性質について少しな……てか、確認って何をだ?」

「ああ、これだ」

 

 

 それまでイオスが見ていた表示枠の上に重ねるように、クロノが新たな表示枠を展開する。

 いくつかの表示枠で構成されるそれは、今回の『闇の書』事件での戦闘映像が映されていた。

 海鳴市の結果内の戦闘と、先の砂漠世界での戦闘だ。

 特に……。

 

 

「……仮面の野郎か」

「ああ、ここを見てくれ」

 

 

 そう言って、クロノはイオスの肩に手を置きながら映像を停止した。

 まず、海鳴市での戦闘映像……最後、クロノが背後から蹴られている画像。

 次いで、砂漠世界でイオスがやはり仮面の男から奇襲の蹴りを受けている画像。

 

 

 それと、何度かあった仮面の男の魔法に関する画像だ。

 紫がかった青いバインドや、アルフの障壁破壊攻撃を受け止めた防御魔法。

 エイミィのサーチャーが拾ったらしい映像と魔力反応の数値、それらをクロノは指差していった。

 それから、イオスの方を見て。

 

 

「どう思う?」

「どうって……まぁ、とんでもなく強い奴だとは思うよ。つーかコレ、お師匠達くらい強ぇんじゃねーの?」

 

 

 魔法展開速度、転移の隙のなさ、近接格闘能力、どれをとっても一級品だ。

 正直、イオスは一対一でやって勝てる気がしなかった。

 

 

「……見覚えがあるとは、思わないか?」

「何にだよ? この仮面の野郎の身元に心当たりがあるのか?」

「…………最後にこの映像を見てくれ」

 

 

 どことなく重い空気を乗せて、クロノが妙にゆっくりとした動作で新たな表示枠を出した。

 そこには、事件とは無関係に見える映像が流れていた。

 だがそれが比較映像として並べられると、イオスが顔色を変えた。

 

 

「……どう、思う?」

 

 

 そしてもう一度、クロノは聞いた。

 今度は、イオスは答えなかった。

 

 

「……いや、お前……いくらなんでも、これは」

「調べる必要がある。仮面の男の出現している時間、どこで何をしていたのか。そして、第97管理外世界から他の次元世界に物の流れがあるか、どうか。他にも、いろいろだ」

「……ああ、くそっ」

 

 

 ガリッ……と頭を掻いて、イオスは呻いた。

 現実は認めねばならない、クロノが示した物に対する感想がそれだった。

 

 

「……いつになったら、現実は俺らに優しくしてくれるのかね」

「さぁ、どうだろうな。現実はこんなはずじゃないことばかりだから、永遠にそんな日は来ないのかもしれない」

「……だな。ああ、そうだクロノ。俺もお前に言っとかないといけないことがあるんだが」

「何だ?」

 

 

 本当にうんざりした顔で、イオスは告げる。

 それは。

 

 

「『闇の書』の、システム的欠点についてだ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 すでに『アースラ』は対『闇の書』用装備の試運転も終え、現在は第97管理外世界の惑星「地球」の衛星軌道上にその姿を留めていた。

 当然、第97管理外世界の技術では発見できない強力なステルスで艦体を覆って、である。

 

 

「艦長、お茶です」

「ありがとう、エイミィ」

 

 

 第97管理外世界の仮司令部を解き、正式に『アースラ』に司令部を置いて10日前後。

 すっかり落ち着いた艦橋において、リンディは指揮シートに座ってお茶を楽しんでいた。

 お盆を両手で持ちながら、リンディが手馴れた様子で湯飲みの中に砂糖とミルクを大量投入する様を見守るエイミィ。

 

 

「エイミィも、どう?」

「艦長、一応私も職務時間中なんで……」

「あ、そうだったわね」

(((上手い逃げ方だ……!)))

 

 

 艦橋の『アースラ』スタッフが、心の中でエイミィを持ち上げていた。

 リンディは普段は優秀な艦長として皆から信頼されているのだが、唯一、クルーをお茶に誘うと言う本来なら欠点にならない欠点を持っている。

 「玉に瑕」とは、まさにこのことだった。

 

 

「それにしても、今回の事件は不思議なことばかりだわ」

 

 

 手製のお茶を口にしながら、リンディは息を吐いた。

 思い返すのは、ここ1ヶ月近くの『闇の書』事件についてだ。

 11年前の事件に比べて、なんと言うか……「平和的」なのだ。

 

 

 勿論、局員襲撃事件や各世界の生物に対する攻撃は犯罪だ、褒められる行為では無い。

 しかし、1級ロストロギア事件であるにも関わらず死者がいない。

 襲われた者もリンカーコアが回復すれば、後遺症もなく職場に復帰している。

 過去の事件に比べて、流されている血が明らかに少ない。

 これは、不謹慎ながら「異常」と言わざるを得ない事態だった。

 

 

「過去、『闇の書』……『夜天の書』によってもたらされた被害は、数百万人ではきかない。それなのに、今回に限って死者が0。良いことだけれど、ここまで来ると戸惑いすら覚えてしまうわね……」

「そうですね……」

 

 

 何かを考えているようなリンディに、エイミィは相槌を打つだけに留めた。

 理由は、リンディは時にこうして考えを口に出して整理することがあるからだ。

 そして、『闇の書』事件に関してはエイミィは記録以上のことを知らない。

 

 

 だからだろうか、彼女は『闇の書』……『夜天の書』に対して同情的だった。

 これまではどうしてこんな事件が起こるのか、不思議だった。

 しかしユーノの調査で強制転生や持ち主のコア侵食などの事情がわかり、この事件が持ち主にとって「起こさざるを得ない事件」だったのでは無いかと考えるようになったのだ。

 

 

(……まぁ、口には出せないんだけどね)

 

 

 局員の立場では、けして口に出してはいけない考えだ。

 そしてハラオウン家の関係者としても、出すわけにはいかない考えだ。

 まして、遺族の前では。

 

 

 しかしだからこそ、哀しいとも思うのだ。

 これが遺族では無い、部外者の意見だとはわかっている。

 だけど哀しいが故に、どうにかできないのかと悶々としてしまうのも事実だった。

 

 

「……どんな事件、だったんですか?」

 

 

 気が付けば、自然と口をついて言葉が出ていた。

 内容は、11年前の事件についてだ。

 概要は知っているが、本人達の口から直接聞いたことはなかった。

 気のせいでなければ、艦橋のスタッフ全員が息を詰めているように見える。

 

 

「そうね……」

 

 

 そしてそれを、リンディも拒みはしなかった。

 それは彼女が聡いためか、それとも他の理由があるのかはわからない。

 ただ、場の空気が「聞きたい」と言うような雰囲気になっているのを察しただけかもしれない。

 

 

 湯飲みを置き、ふと手元に置かれていたキーを見つめる。

 それは魔法式の刻まれた特殊な鍵で、全体が真紅に塗装されている物だった。

 それを手に取り、指先で弄びながら……リンディは、ふと皮肉気な笑みを口元に浮かべた。

 何故なら、そのキーは……。

 

 

「そうね、あれは……」

 

 

 ……彼女の夫を、殺した兵器の鍵なのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――巡航L級2番艦、『エスティア』。

 それが、11年前の『闇の書』事件で『闇の書』ごと撃沈された艦の名前だ。

 その事件は当初、『闇の書』事件の終焉を予感させる終わり方をしていた。

 

 

 『闇の書』とその主に対し、管理局は艦隊戦力を動員した物量作戦で抑え込みにかかった。

 その作戦は半ば成功した、『闇の書』を主ごと封印し、留置空間へ護送する所まで行ったのだ。

 しかし封印は不完全だった、『闇の書』は自らの保存のために主を取り込んで暴走し、次元航路内で『エスティア』を侵食した。

 

 

『提督……グレアム提督! やった、繋がった! 繋がったぞユース!』

『見たか畜生! ティティア家は昔から電化製品に強いんだよ!』

 

 

 当時の通信記録には、『エスティア』から艦隊旗艦に向けての最後の通信の様子が残されている。

 それは、管理局史上に残る「楽しいラストメッセージ」だったと言う。

 『エスティア』艦長クライド・ハラオウンと、その副官ユース・ティティアのラストメッセージだ。

 

 

『テンション上がるなオイ……!』

『横でテンションが上がっているバカは置いといて、提督……残念ながら、『エスティア』は艦のコントロールを完全に奪われました』

『こんな感じだ』

 

 

 そこでどうやったのか、通信画像が動いた。

 そこには、『エスティア』のコントロール・ルームが……『闇の書』が過去に吸収したのだろう魔法生物達の生体パーツに侵食されている様子が映し出される。

 壁や床と半分融合しているそれは、ちょっとしたクリーチャーのようにすら見えた。

 

 

 艦を放棄せよと言う艦隊司令官の言葉にも、彼らは従わない。

 と言うより、従いようがなかった。

 他のクルーを転移するだけで精一杯で、もはや2人が脱出できる隙間がなかった。

 

 

『ヤバい、追い詰められ過ぎてテンション上がるなオイ……!』

『横で興奮しているバカは置いておいて、まぁ、こういう結果になってしまいました。申し訳ありません、グレアム提督』

『うおっ、アルカンシェルのコントロール奪られたぞ相棒!』

『……まぁ、そう言うわけです』

『馬鹿野郎ッ、ここはあの伝説の台詞を言うべ』

 

 

 『エスティア』に搭載されている主砲――アルカンシェルのコントロールを奪われるに至っても、2人はどこか楽しそうだったと言う。

 それは自棄になっていたのか、それとも艦隊司令官の気持ちを慮ってのことだったのかは、今となってはわからない。

 ただ、それを最後に通信は途絶えた。

 

 

 そして、最終的な結果だけが残る。

 艦隊司令官ギル・グレアムは苦渋の末に、旗艦のアルカンシェルで『エスティア』を撃沈。

 暴走した『闇の書』ごと、全てを闇へと葬り去ったのだった――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『申し訳ありませんでした……!』

 

 

 リーゼ姉妹は、それを昨日のことのように思い出すことができる。

 『エスティア』の犠牲者2名の葬儀の場で、跪いて許しを請うた彼女らの主人の姿を。

 清廉潔白とは程遠い組織を渡り歩くにあたって、一度たりとも膝を屈したことの無い男が、初めて跪いた姿を。

 

 

 ただ、許しを請うても……彼女らの主人が許しを求めた相手は、片方は強すぎて、片方は弱すぎた。

 リンディ・ハラオウンは、夫の死に衝撃を受けつつも気丈に耐えて見せた。

 サルヴィア・ティティアは、そもそも夫の死を受け入れられなかった。

 だから結果として、2人ともが彼女らの主人を責めなかった。

 

 

「……リンディがもう少し弱くて、サルヴィアがもう少し強かったら」

「やめてよ」

 

 

 アリアがどこか後悔するように言うと、ロッテが強い口調で止めた。

 隣の部屋から聞こえてくる主人の声に顔を顰めて、猫の耳を塞ぐように畳みながらだ。

 思い出す、11年前の事件直後はよくそうやって外界の音を遮断していた。

 作戦の失敗を糾弾するのは、いつだって遺族以外の第3者だった。

 グレアムの政敵、反管理局主義者、メディア、反戦主義者…………。

 

 

「今さら、そんなこと言ったって……何も変わらない。だったら、やり切るしかない」

「けど……ううん、ごめんなさい。弱気になった」

「良いよ、気持ちはわかるから」

 

 

 クライド・ハラオウンとユース・ティティアは、主人――ギル・グレアムとは特に付き合いの深かった部下だった。

 だから、家族ぐるみで2人の妻と子供のことも良く知っていた。

 それを死なせてしまったことが、主人たるギル・グレアムの「罪」だ。

 

 

 そして彼女達、リーゼ姉妹の「罪」とは。

 主人たるギル・グレアムを「楽にしてくれなかった」、そのことを恨んでいる、と言うことだった。

 使い魔である以上、彼女達の精神はグレアムの精神状態の影響を受ける。

 だからこそ彼女達は誰よりもグレアムを理解し、そして味方するのだった。

 

 

「……っと、アリア。通信……じゃない?」

「メール・メッセージね。このご時世に珍しい……」

 

 

 その時、リーゼ姉妹宛てのメールを受信した。

 画面を開いて内容を読めば、リーゼ姉妹は2人共が表情を消した。

 真顔のまま、差出人を確認する。

 そして意味を図るように頭の中で反芻した後――微笑んだ。

 

 

 その微笑は、どこか喜んでいるような、それでいて哀しんでいるような微笑みだった。

 双子だが、その微笑は僅かに異なる笑みを持っているようにも見えた。

 だが、その微妙な区別は他人にはできない。

 そして、その彼女達にそんな笑みを浮かべさせたメールの内容は。

 

 

 

『次は、負けない』

 

 

 

 差出人は、彼女達の唯一……唯二の弟子だ。

 それに対する返信は、しなかった。

 ただ、何を見るでもなく天井を見上げて。

 

 

「……次は、ね」

 

 

 双子のどちらかが、そう告げた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「そう、次は……今度こそは、止めなければいけないわ。この悲しみと憎しみの連鎖を」

 

 

 『アースラ』艦橋の席上、全てを語り終えたリンディ・ハラオウンがそう締めくくった。

 かつて『闇の書』によって失わされた女の1人の姿に、傍らの少女は目を伏せた。

 まるで管理局が掲げるお題目そのままのセリフ、だが……不思議と。

 

 

「皆の力を、私に貸して頂戴」

「「「……了解!」」」

 

 

 不思議と、力を貸したいと。

 そう、思えた。

 仲間達の声に、かつて大切なものを失った女は笑みを受かべた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「そうだ、次こそは……法を言い訳には、しはしない。必ず、この連鎖を止めてみせる」

 

 

 薄暗い部屋の中、唸るようにギル・グレアムは告げた。

 従者すら払った部屋の中で、かつて失わせてしまった男が言う。

 だが、その言葉に応じる者は誰もいない。

 

 

 誰も……彼の傍には、いなかった。

 残るのは、ただただ空虚な誓いだけ。

 贖罪のための、誓約だけだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 さらに時間が進み、第97管理外世界は12月24日を迎えていた。

 私立聖祥学園も本日無事に終業式を迎え、これから冬休みに突入する。

 その生徒であるなのはとフェイトは午後、アリサ・すずかと共に冬の冷たい空気の中を歩いていた。

 

 

 赤い十字を象徴に持つ白亜の建物を前に、お揃いの――聖祥学園指定の――ダッフルコートを身に纏い、さらにその手に一抱え程もある箱を持っている。

 色違いの包装紙とリボン、お揃いなのがどこか女の子らしい。

 

 

「な、何だか緊張してきちゃったの……」

「何でなのはが緊張すんのよ、むしろすずかでしょ」

「……ね、ねぇアリサちゃん。サプライズプレゼントなのに見えちゃってるけど、大丈夫かな!?」

「本気で緊張してるの!? もうっ、そんなの病院に入ったらコートで覆っちゃえばいいでしょ、ほらこうやってコート両手で持つフリして!」

「な、なるほど、流石アリサちゃん」

「頭良いの……」

 

 

 ダメだこりゃ、アリサはそう思った。

 今日はすずかの友達の「八神はやて」と言う女の子のお見舞い兼クリスマスのサプライズプレゼントに来たのだが――クリスマス当日は、アリサとすずかは家のパーティに駆り出されてしまうので――イヴの今日、こうして皆で来たのだ。

 

 

 アリサ自身も会いたいと思っていたし、すずかも紹介したいと言うので。

 だが、当のすずかはもちろんなのはまで妙に緊張している様子なので、ここは自分がしっかりしなければと思っていたりする。

 頼りになるのは、唯一静かにしているフェイトくらいな物で――。

 

 

「……し、紹介……プレゼント……お見舞い……は、初めて……し、失敗したら、はやてだけじゃなくてすずかにまで……き、嫌われ……っ」

「って、フェイトが一番テンパッてんじゃないのよ!」

 

 

 なのはとすずかを遥かに上回るフェイトの緊張っぷりに、アリサは衝撃を受けていた。

 しかしアリサは知る由も無いが、フェイトは友人に友人を紹介されるのはこれが初体験だった。

 この場合、なのはのビデオレターで知りあっていたアリサやすずかは例外として除外される。

 

 

 おまけに、「友人のお見舞い」及び「友人へのクリスマスプレゼント」も初体験である。

 さらにこの場合、なのはは除外される。

 そのため極度に緊張しており、失敗したらすずかに嫌われ、さらにはアリサに嫌われ、最悪のケースではなのはにまで嫌われるビジョンまでが頭に浮かんでいた。

 

 

「だ、大丈夫だよ、フェイトちゃんっ」

「ひゃっ、な、なのは」

「私も一緒、凄く緊張してる。だから、一緒にがんばろ?」

「……う、うん。なのはが一緒なら、私、頑張れるよ」

 

 

 にへへ、と傍で輝く向日葵のような笑顔に、フェイトは一瞬寒さを忘れた。

 ぎゅっと握られた手は温かくて、フェイトに勇気を与えてくれるのだ。

 あの時も、そして今も。

 

 

「なのは……」

「……フェイトちゃん」

「…………すずか、受付ってどこでやるのかしらね」

「あっちだけど……」

 

 

 何故か見つめ合い始めた2人を放って、アリサとすずかがカツカツと先に歩いて行った。

 まぁ、すずかは苦笑を浮かべているのだが……置いて行かれたことに気付いた2人がアリサとすずかに追いついたのは、たっぷり10秒後のことだった。

 

 

 それから受付を済ませ、「八神はやて」が入院している個室へと向かう。

 近付くにつれてフェイトの顔色が再び青くなるが、それはなのはが手を繋ぐことで8割方解消されている。

 まぁ、アリサのジト目度数が上がるわけだが。

 

 

「よーし、ここね! 皆、準備は良い?」

「「「も、もうちょっとだけ、心の準備を」」」

「OKね、じゃあ行くわよ!」

「「「えええ!?」」」

 

 

 じゃあ何で確認したの!? と言いたげな親友達の顔は無視して、アリサは病室の扉をノックした。

 すると中から声音の高い声で返事がして、アリサを除く3人もいよいよ堪忍せざるを得なかった。

 そして、その扉が開かれる。

 

 

「あれ、すずかちゃん!?」

「こんにちは、はやてちゃん!」

「初めまして~」

 

 

 ――開かれた扉の先で、少女達は出会う。

 驚いた3対の眼が自分達を射抜くのを、2人の少女は確かに感じた。

 

 

「どうしたん、いきなり。いや、嬉しいけど……」

「えへへ、実はね」

「じゃーん、サプライズプレゼントー!」

 

 

 ――その部屋の中で、女性達は出会ってしまう。

 目の前の2つの身体が身を固くするのを、3人の女は確かに感じた。

 

 

「わあぁ……!」

「えっと、気に入ってくれると嬉しんだけど」

「そんな、ほんまにありがとう! それに、その、初めて会うのに……」

「アリサよ、すずかの友達は私の友達よ、気にしないで!」

 

 

 ――その時、彼女達は出会った。

 異なる陣営に身を置く者同士が、今、この時、一堂に会した。

 

 

「ちょっと2人とも、なに固まってるのよ。自己紹介もしないで……えっと、この2人は、フェイトとなのは、私とすずかの友達よ」

「あ、ほな、えっと……皆も自己紹介して。順番に、シャマル、シグナム、ヴィータ」

 

 

 ――出会った。

 

 

「「……」」

「「「……」」」

 

 

 ――――「敵」だ。

 

 




最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
段々とやりたいシーンは近付いて来ているのですが、もうA&s編では原作と離れていく可能性もあるかもです。
基本的な流れは、「闇の書」の特性上変えるのが難しいですけど。
つまり、原作の設定が流石の水準と言うことでしょうか。

しかし、ユーノさんファンの皆さん、申し訳ないです……。
だけど私には、この時期のユーノさん不在の理由が他に思いつかなかったんです……。
くそぅ、何故フェレットなんだユーノさん……。

では、また次回でお会いしましょう。

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