魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

23 / 88
A's編第3話:「ミッドとベルカ」

『シャマル、2人が罠にかかった』

「ええ、わかっているわ」

 

 

 頭の中に響いた声に、金髪のボブショートの女が応じる。

 女の前にはまな板や包丁があり……そこがどこかのキッチンであることを教えてくれる。

 冷蔵庫があり、棚があり、どこにでもある一軒家の台所である。

 

 

 しかし今、そこには他の家には無い輝きが溢れていた。

 床に広がる三角形の模様から発せられる輝きの中に立つ金髪の女、それは少し神秘的にも見える。

 彼女はそうやって、目の前には無い何かを見ているのである。

 そして……。

 

 

「ただいまー」

「……っ」

 

 

 魔法陣を慌てて消して、外部との接続を立つ女――「シャマル」。

 彼女はエプロンで手を拭くフリなどしつつ台所から出て、小走りに玄関へと向かった。

 そして、先程までの厳しい表情を消して。

 

 

「おかえりなさい、大変だったでしょう」

「ただいまや。やー、エラい人やったわー」

 

 

 そこにいたのは、青い毛並みの大型犬らしき動物を連れた車椅子の少女だった。

 車輪についた汚れを拭い、同じように動物の手足も拭いている。

 シャマルはそれを見て何とも言えない苦笑を浮かべつつ、玄関先に置かれた買い物籠を手に取る。

 

 

「あれ? シグナムとヴィータはどっか行っとるんか?」

「あ……あ、ああ、はい。2人はちょっと、コンビニに行ってるんです。ヴィータちゃんが、限定アイスクリームがどうとか言って」

「あはは。もう、しゃーないなー」

 

 

 困ったように笑う少女に同じような笑みを浮かべつつ、シャマルは少女のために道を開ける。

 その道を車椅子で通りながら、少女は「うーん」と小さく唸った。

 茶色の髪がさらりと揺れて、寒さで白くなった頬が露になる。

 

 

「なら、先にお風呂入ってまうかなー」

「あ、ご一緒します」

『私は、2人を迎えに行ってきます』

 

 

 2人の頭の中に響くような声が、そう提案する。

 少女はそれに小さく笑みを返して。

 

 

「んー? それなら、ザフィーラにお願いしよかな」

『お任せを』

 

 

 頷き一つ、手足を拭かれたばかりの大型犬らしき動物……ザフィーラが尻尾を振りつつ家から出ていく。

 それを一瞬だけ厳しい視線で見送って、シャマルはすぐに優しい笑みを少女に向けた。

 

 

「さぁ、私達はお風呂に入ってしまいましょうか」

「せやな。お風呂上がる頃には、皆帰ってきとるとええんやけど」

「大丈夫ですよ、きっと皆戻ってきてますから」

 

 

 少女の身体を抱き上げて、シャマルは笑みを浮かべてそう言う。

 皆、すぐに戻ると。

 

 

「……きっと、ね……」

 

 

 その視線は、ここでは無いどこかを向いていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 結界内の閉じられた空間を、4つの人影が駆けている。

 それぞれの輝きを宿した魔力弾が飛び交い、魔力を乗せた斬撃や打撃がそれらを打ち払う。

 ビルからビルへと飛び移り、駆けつつ、イオスは唇を笑みの形に歪めていた。

 

 

 そんな彼の背後には、赤く輝く4つの鉄球が飛来してきている。

 燕のように飛翔し、それぞれの屋上の貯水槽や手すりを破壊しつつ進むそれは敵魔導師……否、騎士の攻撃魔法による物だ。

 まるで燕のように直線・曲線を描きながら迫るそれは、一つ一つが重い。

 

 

「はは――――」

 

 

 それでも、イオスは笑っている。

 楽しくて仕方が無いと言うように、いや待ち望んでいた瞬間だとでも言うように。

 笑んで、笑って、そして前を見た。

 

 

「『テートリヒ・シュラーク』!!」

 

 

 直後、ビルの下から急浮上してきたらしい赤い髪の騎士……ヴィータが、デバイスを振り上げて飛び出してきた。

 イオスが次のビルの真ん中に着地したタイミングで行われたそれは、必中のタイミングだった。

 頭上から放たれる不可避の一撃、反応したのは鎖だった。

 

 

<Chain bind>

 

 

 イオスの前を縦横無尽に駆けた鎖が、振り下ろされたハンマーを受け止める。

 ネットのように揺れたそれがたわみ、弾け――――ハンマーに二重三重に絡んだ。

 屋上の端に穿たれた先端から伸びる鎖の各部分が赤い鉄槌に絡み、勢いを殺す。

 デバイス同士が触れ合った箇所が、イオスとヴィータの魔力の摩擦によってスパークする。

 

 

「こんの……アイゼン!」

<Jawohl>

「押さえ込め、『テミス』!」

<Yes,my lord>

 

 

 ハンマーの後部部分に火が入ると同時に、鎖もたわみを修正してハンマーへの締め上げを強化した。

 そして拮抗する、拮抗すれば動きも止まる。

 鎖に巻かれた部分から迸る火花に顔を歪めて、ヴィータが叫ぶ。

 

 

「てめぇ、卑怯な手ぇ使っておびき寄せやがって……!」

「はっ、闇討ちしてるような奴に言われたかねぇよ」

「んだとぉ……!」

 

 

 カッ、とヴィータが目を見開く。

 するとそれに反応するように、後ろからイオスを追っていた鉄球が追いついて来た。

 拮抗させたまま、背後から攻撃を当てようとして。

 

 

 しかし、それは叶わなかった。

 鋭角的な角度で飛来した青白い魔法の弾丸が、4つの鉄球を弾き飛ばしたのだ。

 それも一発では無い、一つの鉄球に3発ずつ叩き込まれた。

 精確な射撃だ、それを成したのはイオスでは無く。

 

 

「……っ、くそ!」

 

 

 舌打ち一つ、ヴィータは一旦獲物を引いてから横に振り、鎖の拘束から逃れた。

 そして大きく後退して宙に浮かび、迫りくる鎖から距離を取りながら射撃魔法の主を探す。

 いた、それは自分とほぼ水平の高さに自身を固定していた。

 

 

「――――シグナム!」

 

 

 幼さの残るその声に応じるように、射撃魔法の主の直上から斬りかかる騎士がいた。

 桃色の髪を後ろで縛っているその女騎士は、炎を纏った剣を持ち――――空気の抜けるような音と共に、薬莢が弾け飛んだ。

 

 

「クロノ!」

 

 

 イオスが叫び、救援するように鎖を放つ。

 しかしその鎖の先端がクロノに届くよりも早く、そして黒髪の魔導師が防御魔法を展開するよりもなお速く。

 炎熱の斬撃が、爆炎を巻き起こした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――『紫電一閃』。

 その斬撃の技を、シグナムはそう呼んでいる。

 カートリッジによる魔力増強と『炎熱』の魔力変換資質をデバイスの剣『レヴァンティン』に乗せ、そのまま敵を斬る剣技だ。

 

 

 その爆煙を背景に下へと移動して空中で止まり、血を払うような仕草で剣を振った。

 技の余熱を排しているのか、剣から湯気のような煙が排出される。

 桃色の横髪がサラリと流れ、端正な顔にかかり……反射的に、瞳が右を向いた。

 

 

「スナイプ、ショット!」

<Stinger snipe>

 

 

 煙の中、2方向から青白い光弾が無数に飛び出してきた。

 防御したのかと呆れる半面、まず真上から擦過した光弾を後ろに避ける。

 そして次いで背面のビルのガラスを背にしながら下へと急降下し、横から順繰りに放たれてくる光弾を避け続ける。

 最後の光弾を直接斬り落とし、仰ぎ見るように空の敵を見上げる。

 

 

「この程度の小細工、通じると思うか!」

「思わないさ」

 

 

 しかし声は、横から聞こえた。

 向かいのビル、ちょうどイオスとヴィータが屋上にいるビルだ。

 そのガラスの壁面に背を沿い、シグナムと向かい合うように黒髪の魔導師がいる。

 杖を真っ直ぐに構え、自分の左右、横一列に光弾を浮かべている。

 

 

「『スティンガースナイプ』、フル・スナイプショット!」

<Shot>

 

 

 横一線、放たれた光の弾丸はしかし、シグナムには当たらない。

 シグナムよりも頭一つ上だ、背面のビルを横一列に抉るように放たれている。

 それは特殊な術式が込められていたのか、壁や柱を砕きながら中央部分まで進んで突き刺さり、数秒後に爆発した。

 その爆発がオフィスビルの中核となる柱を幾本か折り、ビルの倒壊が始まった。

 

 

「何の……」

 

 

 つもりだ、と言おうとした所でシグナムの聴覚が別の音を取られた。

 厚みのある金属が擦れ合うような音をさせるそれは、本当に微かな音だ。

 ……目を見開いて、気付き再び見上げた時にはもう遅かった。

 

 

「な――――!?」

 

 

 ビルの最上層の一部が、鎖に巻かれてシグナムの真上に落ちて来ていた。

 イメージとしては倒壊途中のビルに鎖の先端を突き刺して巻き、引き倒すような物だ。

 

 

(先の水色の髪の魔導師が放った鎖は、仲間の救援では無く次撃のための布石だったか!)

 

 

 読み違えだ、シグナムが剣を振り上げるよりも先に『レヴァンティン』が防御魔法を展開する。

 そしてその上にビルの一部が直撃し、押し潰されるようにシグナムはビルの瓦礫群と共に落下していった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「シグナム!?」

 

 

 それに驚愕したのは上空のヴィータだ、まさか仲間に向けてビルを倒壊させるとは思わなかったろう。

 防御するのは見たから、ダメージ自体は少ないと判断できる。

 しかし、驚いたと言う点は確かにあった。

 

 

<Spear snipe>

 

 

 海の波のような音が聞こえた瞬間、弾けるように動いた。

 何度も直角に曲がり、帽子を押さえつつ振り向けば水で構成された槍が自分を追撃してきている。

 魔力変換資質による物と、ヴィータの中の「経験(きろく)」が告げる。

 だから彼女は、自らの獲物を構えて縦に回転するような体勢を取った。

 

 

<Gegenstand kommt an>

「わかってる! ――――打ち払え、アイゼン!」

<Jawohl!>

 

 

 金属が打ち合う独特な音が響き、ヴィータが打ち放った鉄球の群れが背面の流水の槍を正面から粉砕する。

 水滴と水蒸気が散って、流水の槍は消えた。

 しかしその直後、背面の魔法を打ち払ったヴィータの背中に、改めて青白い魔力の弾丸が直撃した。

 

 

「が……っ!?」

 

 

 見れば、先程ビルの基礎を破壊したクロノが杖を構えて自分を狙っていることに気付いた。

 単純な話だ、シグナムの圧力を一時的にかわした敵が2人でかかってきただけだ。

 ギリッ……奥歯を噛み締めて背中の痛みを耐えて、デバイスの柄を両手で握り、今度はクロノへ向かって飛翔する。

 

 

「……! スナイプショット!」

<Stinger snipe>

「そんなもんに、当たるかぁっ!」

<Explosion>

 

 

 クロノの放つ無数の青白い光弾を避け、突撃を敢行する。

 右は厚いが左は薄い、そんな弾幕を避けながら左下に構えたハンマーを振り上げ気味に放とうとする。

 その時、突如デバイスのコアが明滅して主人に注意を喚起した。

 それに気を遣う間も無く、ヴィータの一撃は――――。

 

 

 ――――放たれ無かった。

 感じたのは重みだ、誰かに腕を引かれているかのような感触。

 同時に、耳に金属が擦れる鈍い音。

 それはやがて激しさを増し、次第に失速させ、最終的にはヴィータの突撃を阻んでしまう。

 

 

「……鎖……ッ!」

 

 

 鎖だ、それが再びヴィータのデバイスの柄に巻き付いている。

 噴射するハンマー部分では無く、柄の部分に絡んでいるのがいやらしい所だ。

 悔やんでからでは遅い、とりあえずの一撃をヴィータは覚悟したのだが。

 

 

「イオス! 次だ!」

「ああ!」

 

 

 直下から爆炎が上がると――シグナムが瓦礫を炎撃で破砕した――同時に、クロノの声にイオスが応じる。

 それに従うように、ヴィータは自分の腕が強く引かれるのを感じた。

 いや、鎖に引かれたデバイスに引かれたのだ。

 

 

「何だと……って、どわあああああぁぁっ!?」

 

 

 攻撃は無い、しかしその代わりに別の行為がヴィータに襲いかかった。

 デバイスに引かれる形で両腕を上げた自分の身体にもう1本別の鎖が絡まり、直後に横に振られた。

 ぐりん、と視界が回転し――――振り回されて、天井方向に振られた直後に真下に飛ばされる。

 

 

 結果として、ヴィータは倒壊したビルとは別のオフィスビルに頭から斜めに突き刺さるような軌道で吹き飛ばされる結果になった。

 ガラスが割れ、床が抜けて壁をブチ抜き、衝撃がビルの下層まで続く音が結界内の大地を震わせた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 シグナムが戦線に復帰すると、まず最初に直上方向からの一斉射撃に見舞われることになった。

 純粋な魔力弾と流水属性の槍の斉射に、桃色の髪の騎士も流石に防御の姿勢を取らざるを得ない。

 剣を掲げるように腕を交差し、射撃の雨の隙間から敵を仰ぎ見る。

 

 

 精度と言い弾丸量と言い、これまで相手どってきた局員とは違うらしい。

 周辺に結界を維持している別働隊がいる様子だが、こちらは戦闘に介入する様子は見せない。

 となれば、目前の敵を打倒すれば当座は凌げると言うことだ。

 

 

『……ヴィータ、大丈夫か?』

『あっつつ……たりめーだ! この程度でどーにかなる程ヤワじゃねー……それよりシグナム、こいつら』

『ああ……わかっている』

 

 

 シグナムが視線を横に動かせば、そこにいつの間にか水色の髪の魔導師がいる。

 近接戦、上からの弾幕の密度は低下していた。

 視線と同時に身体も動く、弾幕に身を晒すように剣を構える。

 

 

<Chain impulse>

<Schlangeform>

 

 

 デバイスの剣が形状を変えて、鞭のようにしなる。

 連結刃が放たれ、中距離で打撃力をブーストされた鎖と各所で衝突することになる。

 そして互いに剣と鎖がたわみ、身体のみが交錯する。

 

 

 イオスの右拳、それをシグナムは身体を傾けるだけで回避する。

 シグナムの手は剣と本で塞がっているため、手による防御が出来ない。

 しかしそれでも、反射領域における超近距離移動ではミッドよりベルカが勝る。

 身体をそのまま沈めるように回転し、長い脚を見せつけるように蹴り上げた。

 

 

「どぅあっ!?」

 

 

 イオスはそれを身を逸らして避ける、まさに目と鼻の先を通り過ぎて行った足の軌跡が輝いて見える程の速い蹴りだった。

 彼の師に勝るとも劣らぬ蹴撃だった、だからこそ彼は腹の奥に力を込めて耐えた。

 

 

 圧力だ。

 

 

 高密度の魔力が込められていただろう攻撃は、それだけで威力を持つ。

 彼の師のうち近接戦闘を担当していた側が稀にやっていた、純粋な魔力を込められた一撃は時に他の魔法を上回る威力を発揮するのだ。

 ひゅっ、と風が前髪を吹き上げたかと思えば――――次に身体が吹き飛びそうな程の圧力が下から上へとかかってきた。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 自身の身体の隅々にまで魔力を通して堪える、ここで耐えねば師に申し訳が立たない所の騒ぎでは無い。

 何よりも意地として、イオスはこの相手に負けるわけにはいかなかった。

 『闇の書』の、守護騎士には。

 

 

 しかし動きを止めてしまったイオスを前に、結果としてシグナムはチャンスを得ることになった。

 手首を返し、たわんだ連結刃を立て直して先端部分をイオスの顔めがけて落とした。

 イオスは身体を軋ませながら回避行動に入り、間に合わないと悟ると。

 

 

(『テミス』――――!)

 

 

 自身のデバイスの鎖に思念で命じて、腕を引かせた。

 巻き戻しだ、ただし力の方向は逆だが。

 両腕の鎖に引かれるように跳ね、跳んで、連結刃を回避する。

 しかしそれは下策だ、事実、瞬時に連結刃を収納してシグナムが腰だめに剣を構えているのが見えた。

 

 

「『紫電――――……っ!」

 

 

 炎熱を刃に走らせて放とうとした矢先、異常を感じた。

 それは後ろに振り上げた剣先に青白い光弾が直撃すると言う物で、剣の軸線をズラすための攻撃だった。

 正確無比の射撃魔法を放ったのは、当然クロノだ。

 

 

 直後、上でヴィータが復帰したのだろう……ビルの壁を爆砕する音が響いた。

 そして、こちらも。

 今さら止めることなど出来ない、放つしか無かった。

 

 

「直撃は勘弁……!」

<Water wall>

「……――――一閃(いっせん)』ッッ!!」

 

 

 構わず、そのまま叩き込んだ。

 一瞬の時間差で築かれてしまったイオスの水の壁に、切っ先を叩きつけて……。

 次の瞬間、白い水蒸気に全身を包まれた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そしてその様子を、遠方から見ている者がいる。

 艦長であり最高位の士官として現場の指揮を執っている、リンディである。

 リンディ自身はマンションから動いていない、しかしそのリビングにはエイミィが設置して行った計器類が問題無く稼働していた。

 

 

 事実、空中には無数のディスプレイが並び……サーチャーが知らせるあらゆる情報が届いている。

 設備こそ物足りないが、機能的には『アースラ』と遜色ないレベルだ。

 今、リンディは宙に浮かぶキーボードに指先を添えながら。

 

 

「武装隊は結界の強化と維持に専念。それと外部からの干渉の可能性もあるので、警戒は密に」

『『『了解!』』』

 

 

 画面上では、各所で結界の展開措置と警戒活動を行っている武装隊の隊員達の様子が映し出されている。

 そして当然、結界内で守護騎士2名と戦闘を続けるクロノとイオスの姿も。

 それを見つめていると、自然、リンディの胸に微かな疼きが走る。

 

 

(……今、ここで騎士を倒しても意味は無い……)

 

 

 それはリンディも、そしてクロノもイオスも知っていることだ。

 むしろ、倒してしまうことの方が不味いことだってある。

 何故なら、それはサーチャー越しに計測している騎士2名の「中身」を見ればわかる。

 

 

「……ロストロギアのプログラム生命体……?」

「何だい、そりゃあ?」

「そのままの意味よ。あの騎士達は人間でも使い魔でも無く……そうね、存在そのものがロストロギアの一部、一種の魔法生命体なの」

 

 

 傍らで戦闘の推移を見守っているフェイトに、そう説明する。

 名称、『闇の書の守護騎士』。

 全部で4体あり、『闇の書』が完成するために必要な魔力を回収するだけの存在。

 過去、何人もの主の下を渡り歩き、11年前の事件でも姿を見せており。

 

 

(……クライド達と、戦った)

 

 

 自分も、無関係では無かった――――否、当事者だった。

 イオスの父母も、それ以外の多くの家族も。

 皆11年前に、そしてそれ以前から、あの魔導書には奪われ続けている。

 息子達がその連鎖を止めてくれるなら、そんな想いが全く無いとは言えなかった。

 そして同時に、また失うかもしれないと言う恐怖もあるのだった。

 

 

「魔法生命体……って、あの、私と同じ?」

「違うわ」

 

 

 自分でも驚くほど、声が冷たかった。

 見ればフェイトと子犬形態――マンションに入る上で必要だった――のアルフが、目を丸くしていた。

 不意に気恥かしさを覚えて、誤魔化すように咳払いをする。

 

 

「フェイトさんは、人間よ。生まれは人とは少し違うかもしれないけど……検査だって、人間だと判定されたじゃない。だから、そんなことを言ってはダメよ」

「……はい」

 

 

 説得力が無いかしら、などと思いつつ、熱を持った頬を隠しながら映像を見続ける。

 騎士を倒しても意味は無い、だから正解は……生け捕り。

 そして、主を引き摺りだす。

 『闇の書』の完成前ならば、主も普通の魔導師に過ぎないからだ。

 

 

 それにしても、と思う。

 エイミィが調べた転移痕の多さから当たりをつけたが、思いの外早く釣れた。

 もしかしたなら、本当に第97管理世界の住人が主なのかもしれない。

 拠点云々、では無く。

 

 

(……案外、主は本当に近くにいるのかもね)

 

 

 そう考えていると、フェイトが遠慮がちにリンディに声をかけた。

 

 

「あの、私もお手伝いした方が……」

「ありがとう。でもフェイトさんは数日前の戦闘の疲れが残っているでしょう? デバイスも無い、今日は次の戦いのために良く見ておくといいわ」

「次?」

「そう、次」

 

 

 いずれにせよ、今日で全ての決着がつくわけでは無い。

 むしろ威力偵察、あわよくば戦果を、と言うのが本音だ。

 だから今は、少しでも敵の情報を得たかった。

 そしてリンディはその後は何も言わず、画面の中の息子達の戦闘に意識を集中した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 良い感じだ、クロノは戦場を見つめながら冷静にそう判断する。

 現在彼の正面にいるのは赤い髪の騎士……ヴィータ、と呼ばれていた方だ。

 ただ彼女の場合、イオスの『テミス』とすこぶる相性が悪いようだった。

 

 

「――――アイゼンッ、カートリッジロード!」

<Explosion,Raketen form!>

 

 

 乾いた音と共に薬莢が飛び出す、ベルカ式独特のドーピング作業だ。

 その次の行動はわかっている、ハンマー型のデバイスを振り上げ噴射し、その勢いを利用して回転しつつ敵へとぶつける。

 突破力、打撃力共に極めて高い一撃だ、だが。

 

 

<Stinger ray>

 

 

 自らのデバイス『S2U』から、速度と精度に優れた射撃魔法を撃つ。

 鋭い針のような一撃が加速直前のヴィータを襲い、最初の加速タイミングをズラす。

 そしてそれだけで、技の出がかりを潰すことができる。

 言うほど簡単ではない、過去のデータから得たシミュレーションを繰り返した結果だ。

 そしてそれは、彼だけでは無い。

 

 

「結べ、『テミス』!」

<Chain bind>

 

 

 ヴィータ本人を狙わない、鎖は常にヴィータのデバイス、その柄を狙って放たれる。

 両側のビルに先端が刺さり、中ほどの鎖がハンマーの柄に絡まり噴射の勢いを削いでしまう。

 シールドを簡単に破壊する強力な打撃も、出がかりを潰されては十全の威力は発揮できない。

 

 

「こ、の……卑怯な、手ぇばっかり……使いやがってぇ――――ッ!!」

「……って、おいおい!?」

 

 

 イオスが驚きつつ空中で身体を逸らす動きを取る、と言うのもヴィータが鎖の拘束を無視する形で直進を続けたからだ。

 ビルに深く刺さり魔法で固定化までされた鎖の先端を引き摺り……つまりビルを鎖で抉るような形で、ヴィータが弱いながらも加速に入る、そして。

 

 

「アイゼンを……ナメんなぁ――――ッ!」

 

 

 引き千切った。

 セリフのように熱情で振り回すのではなく、手首を返して一旦引き、小さく回転させてから一気に魔力を噴射した。

 たわんだ鎖が瞬間的に緩み、緩んだ拘束を力尽くで弾き返したのである。

 パワーだけでなく、技術でも上級者だと知らしめる攻撃だった。

 

 

「『ラケーテンッ……ハンマ』ァ――――ッッ!!」

「『ウォーター・スピア』!」

<Chain bind>

 

 

 対するイオスが行ったのは、回避行動を取りながらの独自詠唱での魔法攻撃とデバイス詠唱での捕縛魔法だった。

 イオスの目前を鋭利な先端を持つハンマーが擦過する、勢いと魔力を削がれた状態でも十分な威力を持っていたそれは、それだけでイオスの身体を吹き飛ばした。

 

 

「野郎……!」

 

 

 しかし直撃はしていない、余波に逆らわずにイオスはヴィータから距離を取った。

 流水の槍はハンマーの先端を、そして放たれた捕縛の鎖は石突に巻き付き。

 結果として、ヴィータの攻撃の威力はイオスとは反対側にほとんど流れてしまった。

 

 

「おっと」

 

 

 空中で一回転したイオス、その手を掴んで止めたのはフォローに来たクロノだ。

 

 

「大丈夫か?」

「モチ」

 

 

 会話をしつつ、視線を動かして確認すれば……少し離れた位置の壁に縫い付けられるような形でバインドで縛られたシグナムがいる。

 クロノが魔力で、イオスが流水でそれぞれ何重にもバインドをかけたため、解除に少し時間がかかっているのだろう。

 

 

 こちらの作戦は単純だ、一対一で勝てないベルカの騎士が相手ならば一対一で戦わなければ良い。

 故に、可能な限り二対一の状況を作って戦うのだ。

 それは今の所8割は成功し、僅かながら自分達のペースで戦闘を行うことが出来ている。

 しかし同時に、違和感を感じてもいる。

 

 

「……随分と感情表現が豊かだな。守護騎士に感情表現などと言う物は無いはずだが」

「関係無ぇよ、所詮はプログラムだろ」

「そうだが……何だろう、違和感を感じる」

 

 

 ヴィータもシグナムも、怒ったり驚いたりと忙しい。

 表情もコロコロ変わる、これは過去の記録には無かったことだ。

 『闇の書』のプログラムに過ぎない守護騎士には、対話のための会話能力しか無かったはずだ。

 

 

「バグでもあんじゃねーの。それより次だ、ヤろうぜ」

「ああ……」

 

 

 不思議な違和感を感じながら、クロノは杖を構える。

 その時、金属が砕け散るような音が響いた。

 それは、シグナムが再び復帰した音だった。

 

 

「確かに、我らはプログラムに過ぎん。だが……それでも、騎士として」

 

 

 ギャランッ、と音を立てて連結刃が舞い、濃厚な魔力が刃の一つ一つから発せられる。

 

 

「成さねばならぬことがあるのだ……!!」

<Explosion>

 

 

 ――――『飛竜一閃』。

 

 

「すまないが、それをさせるわけにはいかない」

<Execution>

 

 

 ――――『スティンガーブレイド・エクスキューションシフト』。

 

 

「あとちょっとなんだ、邪魔すんなよ……!」

<Explosion>

 

 

 ――――『ラケーテンハンマー』。

 

 

「はっ、プログラム風情が……人間でもあるまいに!」

<Execution>

 

 

 ――――『ウォータースピア・エクスキューションシフト』。

 

 

 

 

 そして、衝突。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「蒼窮を駆ける白銀の翼、疾れ風の剣……」

 

 

 ブツブツと呟きながら、クロノは杖を構えたまま視界を巡らせた。

 4人で放った魔法の余波でビル群は吹き飛び、結果内の話だが一部更地のようになってしまっていた。

 魔力の余熱を排すような煙の中、クロノは煙の微かな動きを捉えた。

 

 

「……うおおぉ――――ッ!」

 

 

 煙をかき分けるように、赤いドレスに煤をつけたヴィータがハンマーを振り上げて飛び出してくる。

 背後、しかしクロノは慌てることなく『S2U』をゆっくりと後ろへと向けた。

 視線が、ヴィータと絡み合う。

 

 

 直後、ヴィータが表情を青ざめさせた。

 彼女の小さな身体に光り輝く鎖が巻き付き、彼女を拘束したからだ。

 設置型の捕縛魔法、『ディレイドバインド』。

 隠密性に優れる、クロノの得意魔法だった。

 

 

「いつの間に……!」

「ついさっきね」

<Blaze cannon>

 

 

 次の瞬間、青白い砲撃魔法がヴィータを直撃した。

 歯を食いしばりながら受けるヴィータ、表情は長い髪に隠れて見えない。

 

 

「ヴィータ!」

 

 

 吹き飛ばされ墜落して行く仲間の姿に、シグナムは助けに行こうと身体に力を込めた。

 すると突然、『レヴァンティン』から警告の音声が飛んできた。

 その次の瞬間、下から幾本もの鎖が立ち上った。

 

 

『ざけんなよ……!』

 

 

 脳裏に響いたヴィータの気迫に顔を顰める、刹那に両手足に鎖が絡んだ。

 この鎖、近距離を得意とする人間には天敵のような存在だ。

 しかし、それを振り払うように腕を振るった。

 カートリッジロードと共に放たれる炎熱の斬撃、鎖を斬り千切って空気の壁を蹴る。

 

 

「イオス、不味いぞ!」

『何とかするっきゃ無い!』

 

 

 何とかする、と言うイオスの言葉はシグナムに向けた物では無い。

 クロノは下に射撃魔法を斉射、下からは逆にイオスの放った流水の槍が無数に撃たれてくる。

 反射的に行った互いへの援護、目前のシグナムは構わずに剣を構えている。

 クロノも対するように杖を構え、近接戦闘への対処を行う。

 

 

 しかしそれ以上に、下が問題だった。

 クロノの砲撃を受けて墜ちたはずのヴィータが、砕けた地面を吹き飛ばしながら直進したのだ。

 すでにカートリッジを弾き、所々が破けたドレス姿で突撃を敢行している。

 視線の先には、シグナムに用いた鎖を巻き戻しているイオスがいる。

 

 

(何を必死な顔してんだか……!)

 

 

 それを見つめるイオスは、しかしどこか皮肉気な表情でそれを見ている。

 ヴィータの表情は、必死だ。

 それは理解できる、罠にかかり、包囲され、戦力で勝っていても戦術的に押されている。

 必死にならないはずも、真剣にならないはずも無く、まして出し惜しんでる場合でも無かった。

 

 

 普通の人間なら、全力を出して当然の場面だ。

 イオスがヴィータの立場でも、そうするだろう。

 だが、両者の間には致命的な違いがあった。

 

 

「――――プログラム風情がよぉ!!」

 

 

 そう、敵は魔導書のプログラムに過ぎない。

 どれほど怒ろうと、笑おうと、叫ぼうとどうしようと。

 人間では無いのだ、感情は無いし魂も存在しない。

 フェイトのような人造魔導師とは違う、人権など発生しようも無い――――ただの、「魔法」だ。

 

 

 それもロストロギアの魔法だ。

 災いをもたらし、害悪を成し、人々の大切な物を奪う物だ。

 アレは、そう言う物だとしか思えない。

 何故なら、実際に、奪われた者がここにいるのだから。

 

 

「束ねろ、『テミス』!!」

<Execution>

 

 

 手首を引き、後退しながら鎖を巻くことを諦めて上からそのまま落とすことにする。

 そしてその間に片腕を引き、100本以上の流水の槍を即時展開し――――収束させる。

 実はなのはの砲撃魔法を見て思いついた手法だが、使える物は使わせてもらう。

 流水を束ねて圧し、凝縮して固めて、拳を握る。

 すなわち。

 

 

<Convergence shift>

 

 

 精緻に制御されたそれを、投げ槍のような要領で投擲した。

 すでに加速を終えているヴィータには、回避のしようの無いタイミングだ。

 背中に鎖を受けて顔を顰め、それでも血ですべりそうになる手をしっかりと握り……そのまま、ブチ当てた。

 

 

 刹那、金属を削るような甲高い音が長時間響いた。

 ヴィータ自身も、イオスも、上空で交錯するシグナムとクロノも顔を顰める程の音量。

 耳の奥が、つんざくかのような音だ。

 

 

「……ねぇん、だよ……っ!」

「ああん!?」

 

 

 実戦で初めて撃つタイプの魔法の制御に集中しながらも、イオスの耳には音を掻い潜って聞こえる声があった。

 掠れたような、少女の声だ。

 しかし次の瞬間、あらゆる音を凌駕する声となる。

 

 

(アタシ)らは、やらなくちゃいけねぇんだよっ! 邪魔……すんなぁっっ!!」

 

 

 同時に魔法の出力が上がる、ハンマー後部の噴射がさらに強まった。

 原因は、追加で放たれた薬莢だろう。

 

 

「……邪魔、だと? 邪魔なのは……てめぇらの方だああああぁぁっっ!!」

 

 

 感情も魂も心も無い、魔力を集めるだけのプログラム。

 わかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 それだけ、相手の言葉が理不尽に聞こえたからだ。

 

 

 『闇の書』が完成すれば、どうなるかわかっているくせに。

 これだからただのプログラムは救い難いんだと、強くそう思う。

 その時、イオスの脳裏に浮かんだのは……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ねぇ、かぁさん、どうしちゃったの?

 

 ――――どうして、おにんぎょうばかりにはなはしかけるの?

 

 ――――ちがうよ、ぼく、よそのこなんかじゃないよ?

 

 ――――なんで、そんなことをいうの?

 

 ――――ぼく、ここにいるよ?

 

 ――――ねぇ、かぁさん。

 

 ――――かぁさん……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 唇を噛み切る、そして意識を現実へと戻す。

 目の前にいる敵が現実だ、虚構に精神を持っていくなと自分に言い聞かせる。

 そんなことに、意味は無いのだからと。

 

 

「お前らの……!」

 

 

 何故、どうして、そんな声をたくさん聞いて来た。

 『闇の書』の遺族、ロストロギア事件の遺族の声を執務官補佐として聞いて来た。

 それは、自分の胸の内にも湧き上がる気持ちだ、想いだ、声だ。

 

 

 自分だけじゃ無い、クロノだってリンディだって、より多くの人間がそう思っていた。

 それでもどうしようも無くて、現実を認めるしか無かった。

 生きているのに死んでいる、そんな母親を見る度に思った。

 ――――「終わらせてやる」、否、違う。

 

 

「……お前らのせいでなあああああぁぁぁっっ!!」

 

 

 憤怒、復讐心……それ以外の何かだ、ただ「許せない」と言う気持ちだけがそこに残る。

 そんなことをしても、何も戻らないと言う現実に潰されないために。

 怒りを、嘆きを、疑問を、自分の内側に押し込めて。

 それを、力へと変えるのだ。

 終わらせて、そして、思い知らせてやるために。

 

 

 主のために必死なのに結構なことだ、しかしそれは許されない。

 許さない、決して。

 だから告げる。

 

 

「これ以上、お前らの好きにはさせねぇ! 犠牲者はここで打ち止めにする!!」

(――――『テミス』!)

<Yes,my lord>

 

 

 嫌な音が、ヴィータの身体に二度伝わった。

 一つは相棒のデバイスに小さな罅が入ったこと、水圧が上がった。

 もう一つは左肩、そこに鎖の先端が浅く突き刺さったのだ。

 血が流れる、しかしプログラムなので痛みは消せる。

 

 

「くそ、が……っ」

 

 

 だが、まるで人間のように痛みを感じた。

 相手が何を言っているのか、半分もわからない。

 だが、どうやら自分達を恨んでるらしいことだけはわかった。

 仕方無い、と思う。

 

 

 長い生の中で、悪事を働いたことなんていくらでもある。

 今も、多くの局員を襲っているのだ。

 罪だ、だがそれを受け入れる。

 受け入れて、呟くのだ。

 

 

「……?」

 

 

 その唇の動きが、イオスには見えていた。

 どうやら3文字程度の何からしいが、読唇術など出来ない。

 誰かの名前か、それ以外の何かはわからないが。

 

 

「……ねぇ……!」

 

 

 敵の少女のハンマーの出力が、何故か上がった。

 カートリッジでも何でもない、ただ上がったのだ。

 まるで。

 

 

「い、たく……ねぇえええええええええええええええええっっ!!」

 

 

 まるで、大切な何かを守る正義の使徒の底力のように。

 

 

「な……」

 

 

 馬鹿な、とイオスは思った。

 回避不可能のタイミングで、防御困難な技を放った。

 気持ちも込めた、計算で動くただのプログラムにはどうしようも無いはずの一撃。

 それを相手は、まるで人間のように柔軟に対応した。

 

 

 肩に刺さった鎖を振りほどき、身体をドリルのように回転させることで水圧の外に逃れた。

 収束し、細く引き絞られたからこその弊害。

 片腕を、ハンマーを流水の槍に削られながらも、前へと進み。

 血飛沫が、上がる。

 

 

「……ぜぇやあああああああああああああぁぁぁっっ!!」

 

 

 そんな、とも、何故、とも、何が足りない、とも思う。

 しかし、目の前に現実は存在する。

 だが、それでもイオスは諦めない。

 押し切られぬよう、腕を動かして勢いを殺そうとして――――。

 

 

(……!?)

 

 

 身体の動きが、止められた。

 バインドか、いや違う……否、バインド。

 一瞬、目前の守護騎士かと思うが。

 

 

「貰ったぁ――――ッ!」

 

 

 違う、しかし現実としてイオスは両足にバインドを受けていた。

 青とも紫とも取れる色合いのそれは、イオスを真っ直ぐ見据えているヴィータには見えない。

 バインドの正体や種類を考慮する前に、まさに目の前に鋭利な先端の罅割れたハンマーが振り下ろされて、直後。

 

 

 直後に訪れたそれは。

 敗北と言う名の、現実だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その刹那、意識をそちらに持って行かれた。

 それは言い訳にはならない、しかし結果だけがクロノの前に降ってくる。

 気が付いた時には、すでに回避の時間が無かった。

 

 

「『紫電一閃』!」

「『ブレイク……インパルス』!」

 

 

 せめてもの反撃を行うが、すでに遅い。

 魔力を振動エネルギーに変換して放つ前に、敵……シグナムの一撃が『S2U』の柄を捉えた。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 脳裏を掠めるのは、『バルデッシュ』の柄を斬り折られたフェイトの姿だ。

 

 

 想定してはいた、だからクロノは一撃を受けながら身体を捻る。

 衝撃を上半身へ逃がし、代わりに下半身を前へ。

 結果、こちらへ斬り込んで来たシグナムの腹部に足をかける形になり。

 

 

「……ッ!」

 

 

 押し出されるようになりながら、かろうじてデバイスを守り。

 そのまま、吹き飛ばされた。

 背中で硝子を受ける独特の感触を感じながら、クロノはそのまま床や壁を何枚か抜いて転がり、止まる。

 

 

(……やれやれ、何とかダメージは殺せたか……)

 

 

 落ちて来た石などを身体の上から零しながら、クロノは上半身を起こした。

 頭を振って意識をはっきりとさせる、顔を上げて穴の向こうを見るが敵の姿は見えない。

 ただいずれにせよ、2対1で戦うと言うこちらの戦術が崩れた瞬間だった。

 悔しいが、撤退の判断のし所かもしれない。

 

 

 可能ならばここで討ちたい所だ、しかしそれは自己満足以上の結果を得られないだろう。

 胸の奥の熱を可能な限り覚まして、冷静に理性で判断する。

 片耳に手を置くようにして、イオスへ確認の念話をしようとした所で……。

 

 

「ぐおおぉああああああああぁぁっっ!?」

「……イオス!?」

 

 

 念話の相手の声が、悲鳴とも怒声とも取れる声が響き渡った。

 瓦礫を払って窓際まで行き、何とか無事だった杖で硝子を砕いて端に立つ。

 すると、まさにそのビルの真下で。

 

 

「イオス……!」

 

 

 まず目に入ったのはシグナムだ、肩にどうやら赤い髪の仲間……ヴィータを担いでいるように見える。

 次に目に入ったのは、探し人のイオス。

 バリアジャケット上半身の前面を抉り取られたような姿で、大の字になって倒れている。

 

 

 そして、『闇の書』だ。

 ずっとシグナムが持っていたそれが、ページを次々とめくりながら輝いている。

 蒐集だ、そう断定するのに時間はかからなかった。

 イオスの身体の上で輝いている水色の物体は、彼のリンカーコアだろう。

 

 

「『スティンガー……!」

 

 

 今なら撃てる、イオスを避けるように射線を取る必要があるが……しかし蒐集の最中ならば相手は動けない。

 上手くすれば、蒐集を中断させられるだろう。

 そう判断して、まさにそのようにしようとした時だ。

 

 

「レ」

 

 

 魔法が、中断させられる。

 理由は明快だ、自分の右脇腹に重すぎる違和感を感じる。

 何だ、と視線だけは動く――幼少時の師が良かったのだ――そこには、長い脚があった。

 シグナムのそれとは違う、黒のスラックスだけが視界に入った。

 

 

 蹴り足だ、遠心力を伴った蹴りが右脇腹に突き刺さっている。

 そう知覚した次の瞬間、クロノの身体は右方向に大きく吹き飛ばされていた。

 相手の姿を見ることは許され無かったが……回転する視界の中で、空を覆っていた結界が砕けるのを確認した。

 

 

「――――!」

 

 

 誰かの声だ、しかし聴覚が追いつく前に。

 クロノは壁に激突し、突き破り、意識を刈り取った。

 最後に想ったのは、誰への謝罪だっただろう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 遠方、その様子を作戦の様子を窺っていたリンディが席を立った。

 その勢いに、傍らのフェイトとアルフが見を竦める。

 画面の中では、シグナムと言う女騎士の傍に褐色の肌の男が降り立った所で。

 

 

「作戦を中止します!!」

 

 

 周辺に展開する武装隊員に向かって、リンディは叫んだ。

 

 

「結界を解除、執務官及び補佐の転移回収、急いで!!」

『『『了解!』』』

 

 

 顔は厳しく、しかし握った拳は震えていた。

 

 

「撤退――――――ッッ!!」

 

 

 静かなマンションに、リンディの悲鳴のような命令が響き渡った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。