魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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A's編第2話:「闇を探す者達」

 私立聖祥学園、小学校から大学まであるエスカレーター式の名門校。

 なのはの母校でもあり、そして今、新たな仲間を迎える所でもあった。

 転校生、それはいつでもクラスの話題の種となるのである。

 

 

「今日は新しいお友達を紹介します、海外からの留学生さんですよ。仲良くしましょうね……はい、フェイトさん、自己紹介してもらえる?」

「は、はい。ええと、フェイト・テスタロッサです。い……イタリア? から来ました、よろしくお願いします!」

 

 

 転校生の自己紹介、それは聞く者も言う者も緊張する物だ。

 そして実際、教壇の上で自己紹介した金髪の少女は緊張していた。

 宣言の通り、フェイトだ。

 

 

 様々な事情が重なり、今日この日、なのは達のクラスメートとして転校してきたのだ。

 しかし不安はある、何しろ数十人の同い年の子供の前に出たのは初めてなのだ。

 白を基調とした制服は変では無いだろうか、ツインテールにした髪はおかしく無いだろうか。

 朝に自分を送り出してくれたリンディは「とても可愛いわ」と言ってくれたが、はたして本当だろうか。

 

 

「……あ」

 

 

 その時、栗色の髪の少女と目が合った。

 なのはだ、小さく手を合わせて拍手してくれている。

 本当に嬉しそうな笑顔、それにフェイトは安堵を覚える。

 視線を向ければ、ビデオメールで知り合ったアリサやすずかも笑顔で自分を迎えてくれている。

 

 

 それが伝わっているのか、クラス全体の空気が柔らかい物になった気がする。

 良かった、受け入れてもらえた。

 学校に来ること自体が初めてなフェイトは、内心でほっと胸を撫で下ろした。

 ただその後は、同い年の子供達から「日本語上手ー」とか「向こうの学校ってどんなの」と質問攻めにあったが……。

 

 

『にゃはは。フェイトちゃん、大変だね』

『あうぅ……た、助けてー、なのはぁ』

『大丈夫大丈夫、たぶんほら、そろそろ……』

 

 

 念話で話し合う2人、困り果てたフェイトがなのはに助けを求める。

 しかしなのはの言うように、いち早く動いた存在がいた。

 太陽の光に髪を煌めかせながら颯爽と現れたのは、力強い輝きを瞳に宿した少女だった。

 

 

「はーいはいはいっ、そんなに一度に聞いたらフェイトが困っちゃうでしょ!?」

 

 

 その少女の名はアリサ、性格と相まってクラスのリーダー的存在となっている。

 今もフェイトの周りに群がるクラスメートを追い散らし、質問の順番を決め始めた。

 とりあえず緩和された圧力に、フェイトがほっと息を吐く。

 

 

『大丈夫?』

『う、うん。凄いね、これが……学校……』

 

 

 自分でも、少し興奮しているとわかる。

 キョロキョロと周りを見れば、どれもが初めて見る物だ……「時の庭園」やミッドチルダ、『アースラ』とは様式も文化も異なる空間に、フェイトはドキドキと胸を高鳴らせていた。

 その時、ふと思い出したようにフェイトはなのはへと意識を向けた。

 

 

『なのは、身体は大丈夫? 辛く無い? 平気?』

『え、うん! もう全然大丈夫、見て見て、むんっ』

 

 

 ぐっ、と拳を胸の前で握って「元気だよ」アピールをして見せるなのは。

 すずかが不思議そうな顔で見てきたので、慌てて笑って誤魔化した。

 しかし、フェイトは浮かない顔をして。

 

 

『ごめんね、もっと私が……しっかりしてれば』

『そ、そんなこと無いよ! フェイトちゃんが来てくれて、私、すっごく嬉しかったもん!』

 

 

 ユーノとアルフもいたが、この場では除外である。

 そしてなのはも、ふと先日……ほんの2、3日前のことを思い出していた。

 

 

『……どうして、あんなこと……』

『……うん、そうだね』

『……ロストロギア……『闇の書』、かぁ……』

 

 

 かつてロストロギアを巡って争った2人は、今また同じロストロギアに想いを馳せていた。

 そう、それはなのはが倒れてすぐのこと……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――数日前。

 

 

「なのは!」

「フェイトちゃん……」

 

 

 『アースラ』の医務室で、なのはは改めてフェイトの顔を見ることが出来た。

 ベッドに横になる自分の傍に心配そうな顔で寄り添うフェイトに、なのはは微笑んで見せる。

 何故か身体が極度にダルいが、心配をかけたくなかった、それに……。

 

 

「えへへ……前と逆、だね」

「……! そうだね……」

 

 

 なのはの言葉の意図がわかり、フェイトは泣きそうな顔をした。

 以前、自分が『アースラ』に捕縛された時……やはりこうして、ベッドに眠るフェイトになのはが付き添っていたのだ。

 フェイトは目尻に浮かぶ涙を誤魔化すように後ろを振り向くと、医務官と何事かを話していたクロノへと視線を向けて。

 

 

「クロノ、なのはは……」

「大丈夫だ、医務官の話ではリンカーコアの回復も始まっている。2、3日もあれば全快するだろう」

 

 

 笑顔で告げるクロノに、フェイトはほっと胸を撫で下ろした。

 なのはは何故か極度に魔力を失っていて、早い話が衰弱していたのだ。

 いつの間にか握っていたなのはの手に力を込めれば、同じだけの力で握り返してくる。

 ビデオ越しでは無い、確かな温もりがそこにあった。

 

 

 そして同時に、約束を守れなかったと後悔する。

 今度は自分がなのはを助けると、そう誓ったのに出来なかった。

 それどころか、自分を守ることすら出来ずに……。

 

 

「クロノ、あの人達はいったい何だったんだろう。どうして、なのはの魔力を……」

「それは」

「お前らが見た連中は、おそらく『闇の書』の守護騎士だよ……おう、ユーノ。大丈夫か?」

「あ、はい……何とか」

 

 

 扉側の枕元、つまりなのはとフェイトに挟まれる形になっているのはフェレット形態のユーノ。

 身体に包帯を巻いており、動物形態で回復を早めているのである。

 今は、なのはとフェイトに挟まれて居心地悪そうに身じろぎをしていた。

 

 

 ユーノに話しかけつつも、しかしクロノと違ってなのはやフェイトの近くに寄ることも無く、イオスは扉の横の壁に背中を預けるようにして腕を組んで立っている。

 それはむしろ、どこか独白のような気さえする声だった。

 

 

「『闇の書』……?」

「第1級探索指定遺失物『闇の書』、『ジュエルシード』と同じ超A級のロストロギアだ。リンカーコアの魔力を奪い、他人の魔法を奪って完成へと至って行く魔道書型のロストロギア。守護騎士ってのはそのロストロギアに登録されてるプログラムの一種で、まぁ……単純に言って、『闇の書』の完成が奴らの目的さ」

「……完成すると、どうなるの?」

 

 

 戦った相手のことも知りたかったが、今は目的の方に興味があった。

 しかしフェイトの言葉に、クロノは表情を消して……逆にイオスは。

 笑った。

 だがその笑みは、フェイトの胸の内に寒い何かを感じさせる物だった。

 まるで、あの病院からの帰り道で見たような……。

 

 

「……消滅だよ。他には何も残らない、全てドカン、さ」

「……?」

 

 

 フェイトは、首を傾げた。

 最後に全てが消滅するのなら、どうして完成させようとするのだろうか。

 そんな物、自滅の道ではないか、と。

 

 

「その『闇の書』の捜査と確保は、今後『アースラ』が担当することになりました」

 

 

 その時、医務室の扉が開いて2人の人間が入って来た。

 

 

「リンディさん、アルフさん……!」

「久しぶりね、なのはさん。大丈夫?」

「お久しぶりー、いきなり大変だったねぇ。というか「さん」なんて良いよむず痒い、あと……えーと、ネズミ?」

「フェレットだよ! そして僕は人間だからね!?」

 

 

 リンディとアルフがそれぞれ声をかけ、リンディはさらに続けて。

 

 

「今言ったように、本局と連絡を取った結果……今後『アースラ』はロストロギア『闇の書』の捜索、及び魔導師襲撃事件の捜査を担当する事になりました。クロノ執務官とイオス執務官補佐は、さっそく調査に入ってください。なのはさんとフェイトさんは、体調とデバイスの回復までは待機です」

 

 

 なのはとフェイトのデバイス、『レイジングハート』と『バルディッシュ』は、先の戦いで大きな破損を被っていた。

 いずれも、相手の攻撃による純粋な「破壊」による物である。

 デバイスが無ければ魔導師の行動に支障が出る、待機はやむを得ない処置だった。

 そして、とリンディは今度は笑顔で続けた。

 

 

「ただし、『アースラ』は武装追加のため本局に一旦戻します。これはエイミィを艦長代行として行わせますから……仮司令部を、第97管理外世界海鳴市に置くことにします」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「でも、まさか海鳴にお引っ越ししてくるなんて思わなかったの……」

「うん、私も思わなかった」

 

 

 夕方、初めての学校帰り。

 アリサとすずかとはバスで別れて、なのはとフェイトは共に道を歩いていた。

 帰り道は、同じ。

 理由は単純な物で、リンディ達ハラオウン家がなのはの近所に引っ越して来たのだ。

 

 

 その中には、フェイトも含まれている……なのはと同じ学校への入学と言う特典付きで。

 やがて2人の前に、高級感のある高層マンションが姿を現した。

 本当に近所で、上から見ればなのはの家も見えてしまうかもしれない。

 

 

「……本当に、引っ越してきたんだぁ」

「なのは、そればっかり」

「にゃ、にゃはは……でも、本当に嬉しいの」

 

 

 学校を出てからずっと、なのははフェイトと手を繋いでいる。

 バスの中でも繋いでいたので、アリサなどは「ベタベタしすぎ!」と叫んでいたが。

 それでも久しぶりに会えたのが本当に嬉しくて、2人は手を繋がずにはいられなかった。

 なのははニコニコと、フェイトは少しだけ恥ずかしそうにはにかんで。

 

 

「ホントに、もう一緒にいられるの?」

「う、うん……保護観察って言って、ギル・グレアム提督って言う人が担当の人なんだけど。とても良い人なんだ、だから……もう、いつでもこうしてキミに、なのはに会いに行ける」

 

 

 そっかぁ、と本当に嬉しそうに笑うなのは。

 フェイトはふと、本局で面接した保護観察官のことを思い出していた。

 優しい目をした初老の紳士で、管理局でもかなり上位の存在だと聞いている。

 面接の時、フェイトの行動を制限しないと言ってくれた人。

 だけど、その代わりに守ってほしいことがあるとも言っていた人。

 

 

『友達や君を信頼してくれる人達を、決して裏切ってはいけない。出来るかね?』

 

 

 できると、そう答えた。

 視線を動かせば、そこにはマンションを見上げるなのはの横顔がある。

 フェイトの視線に気づいたのか、振り向いてにこっと微笑まれた。

 己の頬が熱を持つのを自覚しながら、フェイトもぎこちなく笑顔を返した。

 

 

 裏切らない、絶対に。

 自分の心を揺らしてくれた、初めての友達を裏切らない。

 こんな自分に良くしてくれて、学校にまで行かせてくれるハラオウン一家を。

 ……けして、裏切らない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そしてそんな少女2人、なのはとフェイトを見つめる視線があった。

 付かず離れず、2人から一定の距離を保った位置で魔法で自分の姿を隠している少年は、自分からそう離れていない相手に対して念話を繋げた。

 

 

「……俺だ。2人とも無事にマンションに到着、襲撃者の気配は欠片もねぇよ」

『了解した。引き続き市内の警戒に当たってくれ』

「了解。それにしても、10歳少女2人をストーキングって……訴えられたら負けるんじゃねぇの俺?」

 

 

 イオスである、彼は今日、市内を巡って捜査すると同時になのは・フェイトの送迎を陰ながら行っていたのだ。

 理由は、デバイスを失っている2人――簡易デバイスを貸し出しているが――を、例の一団が再び襲わないとは限らないためだ。

 つまり、護衛である。

 

 

 特に『闇の書』の特性上、フェイトが標的になる可能性も否定できない。

 そのため、イオスとしてはフェイトから目を離すことが出来なかったのである。

 まったく、アルフでもつけておけば良いだろうに、と思う。

 それでも引き受けてしまうあたりが、イオスの性格を表していると言えるだろう。

 

 

『……すでに市内各所に武装隊を展開して貰った、探知用の結界を二重三重に張り巡らせて網を張ったぜ』

『だからこその外部拠点だ。しかしこうなると、第97管理外世界も近い内に格上げされるかもしれないな』

『まぁ、元々この世界出身の人間は少なくない方だしな……』

 

 

 マンションから離れ、歩きながら念話による会話を続ける。

 『アースラ』の武装隊は、現在はイオスの指揮で市内に展開されている。

 探知結界を張って網を仕掛けるのは、エイミィがこの世界の転移痕の多さに注目したからだ。

 まだ仮説の域を出ないが、『闇の書』の持ち主はこの世界に拠点を設けているのではないか?

 まぁ、今の所成果は無いが……こう言うことには根気が必要だ。

 

 

「さて、今回の主がどんな奴かは知らないが……」

 

 

 ポツリと実際に呟いて、イオスは知らず知らずの内に拳を握る。

 『闇の書』を手にした過去の持ち主は、記録によれば碌でも無い連中が大半だったらしい。

 彼の父が関与した11年前もその例に漏れず、随分と下種な人物だったようだ。

 何しろ、リンカーコアから魔力を奪った相手を暴行した記録も残っているのだから。

 

 

 だから今回も、きっとそう言うタイプの人間だろうとイオスは思う。

 卑劣で下劣でどうしようも無い悪人であれば、やりやすい。

 そう思って、イオスは捜査を続ける……と、同時に。

 

 

『まぁ、それはそれとして。続けようぜ』

『ああ、いよいよ実戦が近いからな……じゃあ、次はさらにレベルを上げて』

『頼む』

 

 

 イオスはクロノのデバイスと己のデバイスを繋げて、相互展開の仮想空間でのシミュレーション訓練を続けている。

 それはもう幼い頃から何度も続けている行為で、士官学校を卒業してデバイスのレベルが上がってからはさらに頻度を上げていた。

 

 

 マルチタスク、と言う戦闘魔導師に必須のスキルを使っての訓練である。

 簡単に言えば一度に複数の思考を展開・進行させるスキルで、魔導師同士の戦闘ではこのスキルの錬度が勝負を決めると言っても過言では無いのである。

 執務官クラスの魔導師が行うシミュレーションであれば、より実戦に近い形が必要となる。

 

 

<Simulation,start>

 

 

 『テミス』の音声が頭の中に響くと同時に、イオスの思考の一部が切り離された。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――敵は、基本的に一対一を好む性質を持っている。

 4人揃えば強力なチームだが、原則として一騎討ちに秀でた能力を持っていることは事実だ。

 そして「現実」を認める、敵は自分達よりも強いのだと。

 

 

 まず、剣だ。

 鋭く速く、それでいて強力で……時としてそれは、炎熱を伴う。

 こちらの放つ射撃を容易に掻い潜り、流水の壁を斬り裂いて進む。

 

 

(――――正直、1人で正面から向かい合ったら勝てねぇやな)

 

 

 次に、(ハンマー)だ。

 重く激しい、突破力と打撃力において他の追随を許さない。

 こちらの張る盾を容易に砕き、打撃を振り下ろしてくる。

 

 

(――――まぁ、僕の張る障壁には一切の期待は持てないな)

 

 

 1つ1つ、数年かけて段階を上げて、2人で積み上げて来た物がある。

 師匠から基礎を叩き込まれ、士官学校で己の不足を突き付けられて。

 それでもなお諦観を抱かず、目指してきた物がある。

 

 

 3つ目は、盾だ。

 固く強固で、展開される守りは何者の侵入をも許さない。

 こちらの砲撃魔法を容易に防ぎ切り、ダメージを通さない。

 

 

(――――元々、俺の砲撃魔法なんざ役にも立たないってね)

 

 

 最後に、護り。

 ほぼ姿を見せることは無いが、4つの中で唯一前に出てこない存在がいる。

 それある限り、ダメージを通しても回復されてしまう可能性が高い。

 

 

(――――だから僕らは、倒すことではなく別の手段を取る)

 

 

 鎖と、杖を持って。

 「俺」と「僕」、「青」と「黒」、2人の少年が進む。

 縛り、捕らえて、掴む。

 目の前に広がるのは。

 

 

(――――突破すべき敵でしか無い)

(――――僕達の目的は、ただ一つ)

(――――守りを破壊して、掴み取る)

(――――父さん達が、一度は手にした物を)

 

 

 一冊の、「本」。

 

 

((手に入れる……!))

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ふぅ……と、ハラオウン家が購入したマンションの一室で、クロノは息を吐いた。

 それはイオスと共同で行っているシミュレーションの結果を受けた物であると同時に、彼が今見ている映像を受けての物でもある。

 そこには、なのはとフェイトのデバイスから抽出した昨夜の戦闘の様子が映し出されていた。

 

 

 赤い髪の少女に追い込まれるなのはに、助けに入るフェイト達。

 フェイトは一度は赤い髪の少女を追い詰めるが、しかし桃色の髪の女が救援に現れる。

 その後アルフとユーノの援護も加わるが、敵にも3人目、褐色の肌の男が援軍に現れる。

 

 

「……『闇の書』の守護騎士プログラム、か」

 

 

 彼女らの足元に広がる三角形型の魔法陣は、ミッド式とは別の魔法体系の物だ。

 今では聖王教会の騎士団にしか残っていないような、古い古い体系だ。

 名称は「ベルカ式」……ミッド式と異なり対人戦闘を想定した実戦主義の魔法だ。

 優秀な術者は、魔導師では無く「騎士」と呼ばれる。

 フェイトの話では、彼女らは自分のことを「ベルカの騎士」と呼んでいたらしい。

 

 

 妙だ、と頭のどこかで引っかかりを覚える。

 しかしそれを抜きにしても、彼女らは強い。

 「記録の通り」だ。

 彼女らは人間でも使い魔でも無い、『闇の書』のプログラム生命体だ。

 故に、戦闘記録は過去の資料にも多数残っている。

 

 

「……むぅ」

 

 

 特にクロノを唸らせたのは、桃色の髪の女性が放った一撃だった。

 砲撃魔法の発射直前にリンカーコアの魔力を奪われ悲鳴を上げたなのはに気を取られたのか、フェイトが敵の攻撃を受け損ねた。

 『バルディッシュ』の柄が砕かれ、防御魔法が破壊されて打ち据えられた。

 強力な一撃だ、それも極めて。

 

 

 先日の戦闘では、なのはとフェイトがデバイスを損壊してしまった。

 今後1週間は戦力として数えるわけにはいかない、敵が一流であればあるほどそうだ。

 それに、他の準備と対策も万全とは言えない。

 

 

「エイミィが『アースラ』にアルカンシェルを備えて戻ってくるのも、早くて1週間後か……」

 

 

 だからこそ現在、『アースラ』の武装隊を動かして網を張っている。

 今は守りの時だと判断している、そして……もし攻めが必要な時は。

 その時は、自分とイオスが最前線に立たねばならない。

 

 

(……望む所では、ある)

 

 

 そう静かに気合いを入れた時、俄かに部屋の外……玄関が騒がしくなったようだった。

 どうやら、フェイトがなのはを伴って帰宅したらしい。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「そう、楽しそうで良かったわ」

 

 

 ふんわりと微笑んで、リンディは2人の少女の前に湯飲みを差し出した。

 中身はもちろんリンディお手製のお茶である、少女2人……フェイトとなのはは(リンディ視点で)笑って受け取ってくれた。

 自分の分も用意して、リンディは2人の向かい側に座る。

 

 

 そして一服、お腹の底に染み渡るような甘みにほっと一息。

 見ると、何故かフェイトとなのはが信じられないような物を見るような目で自分を見ていることに気付いた。

 とりあえず笑顔を浮かべて見せると、慌てて逸らされた。

 

 

「ねぇフェイトちゃん、これ……どうしよう?」

「え、ええと。クロノが、イオスがいない時はそのままにしておけば良いって……」

「……?」

 

 

 小声なのでリンディには何を話しているのかわからないが、この年頃の女の子は内緒話が好きな物だろう。

 そう納得して、甘さたっぷりのお茶を飲む。

 ……すると、2人がまた驚愕の視線を向けて来るわけだが。

 

 

「……フェイトさんが学校に行って、楽しいと感じられたなら。それだけで私は十分嬉しいわ」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 

 頬を染めてお礼を言ってくるフェイトに、リンディは笑みを深くする。

 フェイトの隣に座るなのはも、そんなフェイトを見て嬉しそうに笑っている。

 笑っていられること、それがどれほど貴重で大切なことか。

 

 

 プレシアが亡くなってから、月日もそれほど経っていない。

 まだ養子の話も正式にはしていないが、この事件を終えれば話しても良いかもしれない。

 養子の話をしないのは、何もフェイトの身を慮ってのことだけでは無いのかもしれないのだから。

 そう言えば、なのははプレシアの死去を知っているはずだが……どう、思っているのだろうか。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 だがそれも、フェイトと笑い合うなのはを見ていると杞憂だと思える。

 そう信じさせる何かが、この少女にはあると思える。

 見れば、部屋の隅で犬形態で丸まっているアルフも、尻尾を振って同意している様子だった。

 

 

「あの、それで……事件の方は」

「ああ、今調査中よ。クロノとイオスが調べてくれているの」

 

 

 拠点に選んだマンションには現在、リンディとイオス、クロノとフェイト、アルフの5人で暮らしている。

 戻り次第エイミィも入るので、最終的には6人住まいになるだろう。

 

 

「デバイスの修理が完了するまでは、そのまま過ごしてくれれば良いわ」

 

 

 それくらいのことは、きっと許されるから。

 ……こんなはずじゃない、現実の中でも。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 シミュレーションにおいて、一対一の場合の勝率はかなり芳しく無い。

 それは相手が複数の「ベルカの騎士」であり、イオス達が過去の事件記録の中から最強の設定でシミュレーション・プログラムを組んでいるからであった。

 

 

『執務官補佐、指示通りに装置を設置し終えました』

「ああ、ありがとう小隊長。後は交代で結界の状態を維持してくれ、隠蔽術式も頼む」

『了解』

 

 

 指揮下の武装隊と念話通信を終えて、イオスはほっと息を吐く。

 今彼がいるのは、拠点のマンションからいくらか離れた地点だ。

 簡素な作りの住宅街の地区で、路地がいくつかあるような場所だ。

 

 

「……のどかなもんだね」

 

 

 周りには、少し人通りもある。

 夕方だからか、買い物帰りの主婦やペットの散歩をしている者もいる。

 ……このタイミングでアルフとユーノのことを思い出したが、何だか悪い気がした。

 

 

 ユーノなどは「いや、僕人間ですよ!? 人間ですからね!?」と言っている姿が容易に想像できた。

 ……しかしそれでもなお、フェレット形態のイメージだったが。

 彼は本格的に人間形態で過ごすべきなのではないかと思うイオスだったが、高町家にいる限りは無理かなーとも思った。

 

 

「のどかで良い世界だ、本当……全部の世界がこうだったら良いんだけど」

 

 

 けれど、それを含めた「のどかさ」を、ロストロギアは問答無用で吹き飛ばしてしまうのだ。

 ロストロギアなる物を誰が作り、何のために造ったかは誰も知らない。

 ただ一つ言えることは、製作者の遺した遺物が世界を壊しかねないほど危険な物だと言うことだ。

 

 

 だから回収し、管理し、調査し、封印し、備えなければならない。

 未だ見ぬ次元世界のどこかに存在するロストロギアを求めて、管理世界を拡大しなければならない。

 それが、時空管理局の基本姿勢だった。

 そしてイオスも、実現可能性を抜きにすればそれは正しいと信じていた。

 だって、彼は失われた――ロストロギアに奪われた側の人間だから。

 

 

(後は、実力が伴えば……だな)

 

 

 そうはさせない、と強い気持ちで考える。

 しかし現実的に見れば、かなり微妙な所だとは思う。

 だが……。

 

 

 瞬間的に脳裏に浮かぶのは、病院の母だ。

 人形の妹を抱き、現実の自分を見ず、虚構の世界に生きる母親だ。

 ある意味で、プレシアに似ている。

 だからかもしれない、フェイトの裁判に力を入れたのは。

 だが、いずれにせよ。

 

 

(俺達が受けたペナルティ分は、返させてもらう)

 

 

 本来なら必要無かった物を受けた、その事実がある限り。

 自分は、現実から逃げずに済む。

 何故なら、現実と言うのはいつだって……そこにあるのだから。

 

 

「……んん?」

 

 

 ふと目を凝らして、イオスは前方を見つめた。

 そして反射的に角を曲がり、壁に身を隠す。

 それからさらに隠蔽術式を展開し――小規模結界のような物――魔法で自分の世界を隠した。

 

 

 何故、そんな行動をとったのか?

 それは……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あれ……?」

「? どうしたの、はやてちゃん?」

 

 

 八神はやて、と言う名のその少女は、ふと首を傾げながら十字路の右を見つめていた。

 目を細めて先を見ようとするが、そこには誰もいない。

 見間違いかと首を傾げるが、何とも引っかかりを心のどこかに覚えるのだった。

 

 

「はやてちゃん?」

「あ、ああ、何でもないよ、ごめんなぁすずかちゃん」

 

 

 良いよ、と柔らかく笑ってはやてを許すのは、最近友達になった図書館仲間の月村すずかだ。

 柔和に微笑む彼女は制服姿で、学校帰りに図書館に寄り……今、はやてと共に帰る所だった。

 図書館で知り合った仲だが、はやてはすずかが優しい人間だと言うことをすでに疑っていない。

 

 

 ゆったりとした服の上にコートを羽織って、車椅子に座るはやて。

 しかしすずかは、一度もそのことに触れてこない。

 妙な気遣いもしない、ただありのままで受け入れてくれる友人。

 それは、もしかしたらはやてにとっては初めてのタイプの友人であったかもしれない。

 

 

「今日は、ご家族の方は?」

「ああ、最近は皆なにかとやることがあるみたいでなぁ」

「そっかぁ」

 

 

 自分の奇妙な「家族」についても、すずかは何も言わない。

 ただ自然と、それを受け入れてくれる。

 いつか自分から話した時も、笑って受け入れてくれるような……そんな安心感が、何故かあった。

 もちろん、ただの勘だが。

 

 

(それにしても……)

 

 

 すずかが気にしない程度に後ろを気にしながら、はやては思う。

 気のせいだろうか、今どこかで見た誰かを見かけた気がするのだが。

 ……まぁ、気のせいか。

 そう思って、はやてはすずかとの会話に意識を戻した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(あっぶねぇ……そう言えば、俺のことを覚えてる人間もいるかもしれないんだったな)

 

 

 大部分は後で派遣されたチームが「修正」したはずだが、100%とはいくまい。

 特に何もせず、外部に何らかの情報発信をしようとしていない者は外れやすい。

 夢だと思ってくれていれば、それで良いからだ。

 

 

 その場から離れながら、イオスは冷や汗をかいていた。

 冬なのに汗をかくとは、なかなかに緊張した一瞬だったと言える。

 確か、名前は「八神はやて」。

 前の事件の際、初日に自分を助けてくれた少女だ。

 1人暮らしで、どこか寂しさを隠していた少女。

 

 

(……友達は、いたんだな)

 

 

 などとどうでも良い事を考えながら、イオスはその場を離れた。

 反対側に抜けて、はやてから距離を取る。

 関わってはいけない、自分は彼女にとっての非日常なのだから。

 

 

 そして思う、彼女のような、この世界の住人の日常を壊さないためにも。

 必ず、守ると。

 『闇の書』などと言う、わけのわからない遺物などに破壊させはしないと。

 

 

『イオス』

 

 

 その時、クロノから再び念話通信が入った。

 彼は立ち止まることなく念話を繋げて、応答する。

 

 

『どうした、クロノ。武装隊からは装置を設置し終えたって報告が来たぞ』

『僕も聞いている、それよりも外部の観測班から優先情報が回って来た。遠方の無人世界で、リンカーコアの魔力を奪われた魔獣が出たらしい』

『……そうかい。ってことは』

『ああ、そうだ』

 

 

 イオスの言葉に、クロノが頷きで応じる様子がイメージできた。

 それに対して、イオスは自分の心が急速に冷めていくのを感じた。

 

 

『もし僕達の仮説が正しいのならば……近く、かかるぞ』

 

 

 クロノの言葉に、今度はイオスが頷くことで応じた。

 約束の時が、近付いて来ている。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――なのはが襲撃されて4日後、フェイトが聖祥学園に転入して1日後。

 第97管理外世界の夜空に、一般人には見えない赤い光が2つ、飛翔していた。

 それは何かを探すように蠢き、やがてある高層ビルの屋上に降りる。

 そこは半年以上前、ある少年が拠点に使用していた場所でもあったのだが……。

 

 

「ヴィータ、急ぐぞ。ここの所、監視が厳しい」

「わかってるよシグナム、このあたりだ……濃い魔力の痕がある」

 

 

 赤い輝きは、それぞれに人間の形を取った。

 1人は、赤いドレスの少女であり……名を「ヴィータ」と言うらしい。

 肩にデバイスのハンマーを担ぐその姿は、数日前になのはを襲ったその少女だった。

 帽子を揺らしながらあたりを探るその姿は、10歳前後の少女にしか見えない。

 

 

 もう1人は、長い桃色の髪をポニーテールにした女性だ。

 ヴィータよりも10歳前後年上に見えるその女性を、ヴィータは「シグナム」と呼んだ。

 手には銀色に輝く奇妙な形の剣と、茶色い装丁の「本」を抱えている。

 スタイルの良い身体を黒のインナーで覆い、その上に紫がかった桃色のワンピースタイプの衣服を重ね、さらに白を基調にラインを淹れた上着と外付けスカート、さらに銀に輝く軽鎧を身に着けている。

 

 

「……シグナム」

「ああ……」

 

 

 2人はさらに跳び、ビルの貯水槽の上に立つ。

 その視線の先には、屋上の後ろ部分があるのが……そこに、彼女達の求める物は無かった。

 代わりに存在しているのは、丸みを帯びた不思議な機械だった。

 元々は画像を映すサーチャーか何かだったのだろうその機械は、花火のように赤い輝きを振りまいていた。

 

 

 それは、魔力だ。

 貯蔵した魔力を放出し、何かを誘うようにクルクルと回転している。

 本を持つ女性が、それを持つ手に力を込める。

 

 

「――――罠だ」

 

 

 瞬間、ガラスが割れるような音と共に周囲に結界が張られる。

 同時に左右から青と赤の輝きが殺到し、2人は空へと飛んだ。

 それぞれの獲物を構え、背中を合わせて見れば。

 

 

「やぁれやれ、本当に魔力に惹かれてやってくるとはな。よっぽど焦ってると見える、どう思うよ相棒?」

「さぁ、どうかな……そこの2人に聞いてみた方が早いんじゃないのか?」

 

 

 声は下からやって来た、シグナムとヴィータがそちらへと視線を移す。

 そこには魔力弾の殺到によってひしゃげた――結界内のことだが――貯水槽があった。

 気配を探れば自分達の周囲に多数の人の気配、隠蔽術式で隠れていたらしい。

 しかし問題は、貯水槽の上に立つ2人だ。

 

 

 1人は黒髪の小柄な少年。

 漆黒の衣装と杖を持ち、冷えた静かな瞳でこちらを見上げている。

 今1人は水色の髪の少年。

 流水のイメージを持つ衣装と、銀に輝く両腕の鎖。

 しかしこちらは顔に皮肉そうな笑みを浮かばせて、しかし瞳は同様に……それ以上に冷えて。

 

 

「……何者だ」

 

 

 聞くまでも無いことを、シグナムと呼ばれた女が問う。

 下の2人は一瞬だけお互いの視線を交わすと、肩を竦める。

 それから、水色の髪の少年の方が見上げて。

 

 

 

「――――時空管理局だ」

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
A's編第2話をお届けしました、展開的に次回は戦闘になるかと思います。
原作を再構成しつつも、むしろ視点をより管理局メンバーへと向けた流れにしたい、と考えています。

あと、なのはとフェイトが微妙に百合になってるかもしれません。
普段の会話からすでに百合の香りをさせるというのも、凄いですけど。
フェイトさんって、これで良いのかな……?
では、失礼致します。

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