魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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時系列や状況が原作と若干ズレていますので、ややオリジナル構成です。
苦手な方々は、ご注意ください。


A's編第1話:「存在する、闇」

 

 幾何学的な空間の歪みの広がる次元航路、『アースラ』は数ヶ月前と同じようにそこを通り、ある次元世界へと向かっていた。

 そしてその『アースラ』艦内、執務官用執務室には2人の少年の姿があった。

 

 

「フェイトの無罪も確定、保護観察付きだが……まぁ、グレアムの爺さんなら大丈夫だろ」

「そうだな。まぁ、それ以上のことはフェイト次第さ。一応、なのはとの約束も果たせたことになるか」

「何だ、惚れたのか?」

「バカ言え」

 

 

 クロノとイオスは、軽口を叩き合いながら同じ空間投影の表示枠を見つめている。

 ただそこに映っているのは、フェイトの裁判用資料では無い。

 先ほど彼らが言ったように、裁判自体は彼らの望む結果で終わっているのである。

 だから今、彼らは別の事件の調査に全ての資源を向けている所だった。

 

 

「最近次元世界を騒がせてる、魔力強奪グループ。目撃者の証言から犯人が複数のグループで、その中の1人は自分を『騎士だ』と名乗ったらしい」

「ああ、襲われた連中のデバイスの記録を継ぎ接ぎすんのは骨が折れたが……レティさんのおかげだな、今度リンディ茶をワンダース贈っとくか」

「二度と協力してもらえなくなるから、絶対にやめろ」

 

 

 ここ2ヶ月程、次元世界の各地で局員……特に魔導師が襲われる事件が相次いでいた。

 そして管理外世界や無人世界を中心に、局員襲撃事件と同じようにリンカーコアから魔力を奪われて衰弱している魔法生物が何体も確認されている。

 

 

 実はこの事件、過去に何度も起こっている事件と状況が酷似している。

 それは10年単位で繰り広げられる災厄であり、事件が起こる度に多数の犠牲者を生む忌むべき事件だった。

 レティを始めとする関係者は、かなりの確度をもって今回のこれを過去のそれと同じ事件だと断定している。

 

 

「第1級探索指定遺失物……ロストロギア、『闇の書』」

 

 

 『闇の書』、その名前をイオスが口に出すと2人の間の空気が重くなるのを感じた。

 それは2人にとっては特別な意味を持つロストロギアであり、探し求めている物でもあった。

 見つけ出し、そして……破壊するために。

 ただこの『闇の書』と言うロストロギアは、管理局でわかっているだけでもかなり厄介な代物なのだ。

 

 

「……で、こっちが被害者のデバイス情報を継ぎ接ぎして修正した情報だ」

 

 

 イオスが空中に指先を躍らせると、彼のデバイスを通じて新たなウインドウが部屋に増える。

 それに視線を走らせながら、クロノは右手で顎を撫でるような仕草をした。

 そこに映っているのは、被害者達の戦闘画像だ。

 有体に言えば、襲われている時の映像と言えば良い。

 

 

 そしてその相手は、管理局の過去の保存情報の中で何度も見た姿をしていた。

 3年前にクロノが執務官となり、情報中枢へのアクセスが可能になってから確認した姿そのままだ。

 炎を纏う女性、赤い髪の少女、蒼い獣……そして、金髪の女性。

 

 

「これは、確定だろ」

「ああ……守護騎士だ、間違いない」

 

 

 ぎし……と言う音を響かせたのは、クロノかイオスか。

 いずれにせよ、彼らの瞳には苛烈な光があった。

 一方は冷たく、一方は燃えるように。

 そして……。

 

 

 

『総員! 第一種戦闘配備!』

 

 

 

 その時、艦内に警告音(アラート)が響き渡った。

 赤いランプが突然灯り、廊下側から慌ただしい音が聞こえ始める。

 イオスがディスプレイを全て消す間に、クロノは艦橋へと連絡を取った。

 

 

「エイミィ! 何があった!?」

『あ、クロノ君! すぐに艦橋に来て!』

 

 

 通信の向こうから聞こえて来る通信士官の声は、妙に切羽詰まっている様子だった。

 しかしその次の言葉に、クロノもイオスも緊張することになる。

 

 

『第97管理外世界で、魔法戦闘の反応を確認――――なのはちゃんが、誰かに襲われてる!!』

 

 

 その瞬間、イオスとクロノは頷き合って。

 即座に、その場を後にした。

 ――――始まりだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 イオスとクロノが艦橋に駆け込んだ時、そこにはすでに主要な人間が揃っていた。

 艦長たるリンディを筆頭に、エイミィ、アレックスやランディなどの『アースラ』スタッフ。

 それぞれ配置について、何かの観測を始めている様子だった。

 

 

「クロノ、イオス、なのはが……!」

 

 

 そして嘱託魔導師登録されたフェイトと、その使い魔のアルフ。

 状況はまだ判然としないが、どうもなのはが異常事態に在ると言うことだけはわかった。

 

 

「まぁ落ち着けって……と言うか、何があったんだ?」

「第97管理外世界、なのはちゃんのいる海鳴市の一部に結界が張られてるのを確認したんだよ」

「高町さんの訓練用の結界で無くて?」

「違うよ……見て」

 

 

 エイミィが機器を操作して見せて来たのは、海鳴市の一部に展開された結界だった。

 大きなドーム型に張られたそれは、間違いなく結界魔法だ。

 だがエイミィが『アースラ』の機器を使用して表面から読み取った術式構成は、イオス達が慣れ親しんでいる物とは異なるパターンの物だった。

 

 

「第97管理外世界の航路に入る直前、ユーノ君の念話通信が最大射程で放たれたのを確認したよ」

「何て?」

「途中で途切れたから、何とも。ただ状況的に見て、救援じゃないかな。私達が近くまで来てることは知ってるはずだし、連絡したから」

 

 

 ユーノは裁判に協力した時とスクライアに顔を見せに行った時を除いては、第97管理外世界……つまりはなのはの傍にいる。

 今回、そのユーノがなのはを救うべく救援を求めたと思われる。

 ……以前の事件でもそうだったが、彼が救援を飛ばすと大事になる気がする、そんな酷いことを考えてしまったイオスだった。

 

 

「中から断続的になのはちゃんの魔力が伝わってくるから、たぶん戦闘状態に入ってるんだと思う。なのはちゃんの魔法って、一発一発が重いから読み取りやすいんだ」

「……うん、そうかも」

 

 

 かつてなのはの最大砲撃を受けたフェイトが頷くと説得力がある、その時のことを思い出したのかアルフがブルッと身体を震わせていた。

 イオスはそんなアルフから意図的に――そして精神的に――視線を逸らしつつ、何か考え込んでいる様子のリンディへと視線を向けた。

 

 

「どうします、艦長?」

「当然、救援に赴きます。武装隊では無く、人員はコンパクトに」

「私が行きます!」

「フェイトが行くなら、私も行くよ。あの子達には借りもあるしねぇ」

 

 

 リンディの方針に声を上げるのはフェイトとアルフ、2人にとってはなのはは友人であり恩人だ、助けに行きたいと思うのは当然だろう。

 リンディはやる気に溢れている2人に対して少し笑んだ後、瞳に真剣な色を見せて。

 

 

「では、嘱託魔導師フェイトと使い魔アルフに対して艦長として命令します。結界内部に侵入し、民間協力者である高町なのはさんの保護と、襲撃者が実在するならばこれの確保に動いてください」

「「了解!」」

「クロノ執務官とイオス執務官補佐は、バリアジャケット展開状態で待機。別の動きがあれば対処して頂戴」

「「了解」」

 

 

 フェイト達2人が転送ポートに乗り込むのと同時に、クロノとイオスはそれぞれのデバイスを起動した。

 黒と空色の光が艦橋に溢れ、転送の光が収まると同時に光も消える。

 濃密な魔法の気配が艦橋に満ちて、イオスは両腕の鎖を指先で確かめながら顔を上げる。

 

 

 目前のスクリーンでは、フェイトが雷撃と共に2人を伴って結界に突入する所が映っていた。

 どうやら、ミッド式の結界に比べて中に強制侵入しやすい構造のようだ。

 このタイミングで、管理外世界のなのはに襲撃をかける相手。

 その事実に、イオスは目を細めた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 どこの誰かはわからない、ただ自分に敵意を持っていることだけはわかる。

 結界に覆われた海鳴市の街中を飛翔しながら、なのはは必死で射撃魔法を操作していた。

 それはフェイトと戦った時に比べて数も多く、また鋭かった。

 

 

 当然だ、『ジュエルシード』事件から魔法の訓練を欠かしたことは一日も無い。

 身体に魔力の負荷をかけて過ごし、早朝から夜まで実働訓練をし、学校の授業中にはマルチタスクを利用した『レイジングハート』の仮想戦闘メニューをこなしてきた。

 魔力も徐々に増え、戦闘経験値も溜まり、魔導師として着実に成長してきた。

 だが今、それらの努力を上回る程の脅威が襲いかかって来ていた。

 

 

「『テートリヒ・シュラーク』!!」

「くぅっ……!」

 

 

 海鳴の夜空で、白衣のバリアジャケットの少女を赤い輝きが撃ち落した。

 いや、撃ち落したと言うより――――殴り飛ばしたのだ。

 『レイジングハート』が咄嗟に張った障壁も、数秒間保った後に派手な音と共に砕け散る。

 

 

「あの子、どこの子!?」

「わ、わからない!」

 

 

 相手の重い打撃を凌ぎながら声を上げれば、肩先のユーノが振り落とされないようにしながら返す。

 視界に映るのは、同い年くらいの赤い髪の少女だ。

 黒のラインとフリルに彩られた赤いドレスと帽子をかぶり、普段なら可愛いと判断するだろう。

 

 

 だがその手にはハンマーを模したデバイスらしき物が握られており、コア部分の宝石が明滅する。

 なのはが今まで見たことがあるデバイスは、杖と鎖……あのような攻撃的なデバイスは初めて見る。

 そしてフェイトのそれとは異なり爆発するような近接戦闘、そして。

 ガシュンッ、と言う音と共に……銃弾の薬莢のような物が飛び出す構造も初めて見る。

 

 

「なのは!」

「あ……!」

 

 

 気が付けば、周囲を4つの赤く輝く鉄球のような物に包囲されていた。

 それは目の前の赤い髪の少女が放った物で、実体のある射撃魔法のような物だ

 

 

<Explosion>

 

 

 響く音声、鉄球に気を取られて反応が遅れた。

 正面、形状を変えたハンマーがなのはに向けて振り下ろされる。

 

 

「『ラケーテン……ハンマー』ッッ!!」

「……させないッ!」

 

 

 それに反応したのはなのはでは無く、ユーノだった。

 反応しきれないなのはの肩から飛び、瞬時に人間の姿に戻る。

 赤い髪の少女は、突然の金髪の少年の乱入に驚いたが……それ以上に、自分の一撃を止めた強固なシールドに驚いたようだった。

 ちなみになのはは、「あ、ユーノ君ってそう言えば男の子だった」と考えていたが。

 

 

「……アイゼンッ!」

 

 

 赤い髪の少女が出力を上げる、ハンマー後部から噴出するジェット噴射のような魔力があたりを照らす。

 そしてそれだけでは無い、件の鉄球が側面からユーノの後ろ、つまりなのはを狙った。

 それに気付かないユーノでは無かった、彼は2秒以内に決断する。

 

 

「なのは! …………ぐうぅぅっ!?」

「ユーノく……きゃあああああああああああっ!?」

 

 

 なのはを庇ったユーノの背中に鉄球が突き刺さり、主を失った防御魔法が同時にハンマーに砕かれる。

 その衝撃でなのはを抱えたままユーノは吹き飛び、背中からビルの壁を破る感触と危険を知らせる『レイジングハート』の音声、そして回転する視界を一度に感じながら何かに叩きつけられた。

 

 

「……っ、あ……ユーノ君!? 大丈夫!?」

「ぐ……」

 

 

 ビルの室内、自分の下に――彼は、吹き飛ばされながらも全てのダメージを担当した――倒れているユーノに、なのはは気付く。

 なのはと違ってユーノはバリアジャケットを纏っているわけでは無い、ダメージはそのまま肉体に来る。

 

 

「な、なの……逃げ……」

「で、でも……あ」

 

 

 赤い髪の少女が目の前に降り立っても、なのはには反撃の手段が無い。

 相性が悪すぎるのだ、なのはの攻撃魔法のほとんどはチャージタイムを必要とする。

 しかし相手はその時間を与えない、相性最悪の天敵のような相手だ……。

 

 

「どうして……」

 

 

 大体において、なのはには襲われる理由がわからない。

 『ジュエルシード』事件以降、平穏に毎日を過ごしていた、今日もだ。

 今日、奇妙な結界を感じなければ……今夜も後は眠り、明日に備えるだけだったはず。

 それが、何故こんなことになっているのか。

 

 

(これで……終わり……?)

 

 

 目の前で振り上げられるハンマーに、なのはは唇を噛む。

 できることは、倒れたユーノを庇うくらいだ。

 嫌だ、と思う。

 家族や友人の顔が浮かんで、このまま終わるなんて嫌だと思う。

 再会したい人間にもできていない、それなのに。

 

 

(――――フェイトちゃん――――!)

 

 

 最後に思い描いた人、会いたいと願ってやまなかった少女。

 会いたくなったら呼んでと、約束を交わした相手。

 その名を心の中で叫んで、なのはは目を閉じ――――。

 

 

 金属音。

 

 

 頬に風が触れて、熱を孕んだ何かが自分の前に立つ。

 次に瞳を開いた時、世界は色を変えていた。

 赤い一撃を受け止める、黄金色の煌めきをもって。

 

 

「……っ。仲間か……?」

「違う」

 

 

 応じる声は、沈着。

 しかし同時に、激しさを内包する声音。

 金色の髪を靡かせて、死神の鎌のようなデバイスを構えた少女は告げる。

 その言葉を、なのはは確かに聞いた。

 

 

 

「――――友達だ」

 

 

 

 少女の胸に、歓喜が溢れた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 結界内の様子は、『アースラ』側からは見えない。

 ただ内部から漏れて来る魔力の衝突を計測することはできるので、艦橋スタッフの中ではエイミィが大忙しの状況である。

 サーチャーを10機飛ばして観測しつつ、情報を収集する。

 

 

(まぁ、これが私の役目だかんね……!)

 

 

 通信と調査、情報の統合と整理、それがリンディの通信担当でありクロノの執務官補佐としての自分の役目だとエイミィは自分に決めている。

 それによって、リンディやクロノと言うハラオウン家の面々の役に立つ。

 戦闘面での才能が無い自分には、それが精一杯だから。

 

 

 現在の仕事は、海鳴市の一部を覆う結界の調査と分析。

 中でなのはの魔力が断続的に膨れ上がっていることはわかっている、戦闘の証だ。

 そして今、フェイト達も中に入って参戦したこともわかる。

 結界内への侵入までの時間が、ミッド式のそれを破る時に比べて妙に短かった気がする。

 

 

「……む!」

「どうした!?」

「内部に新たな魔力反応をキャッチ! 数は2! これは……?」

 

 

 敵だろうか、判断に困る。

 だが確かに、なのはやフェイト達に加えて内部に新たに魔力反応が出た。

 正確には、戦闘によって生じる魔力の高まりをキャッチしたのだ。

 そのため、内部にはまだ他に魔導師がいる可能性も否定できない。

 

 

(でも、こちらが投入できるカードはあと2枚しか無い)

 

 

 エイミィの報告を受けて、リンディは考える。

 現状、敵は最大で3人と考えることが出来る。

 そして味方はフェイト、アルフの2人をすでに投入した。

 数的には互角以上だが、なのは・ユーノがすでに消耗している可能性がある。

 

 

 気になるのは、あのミッド式とは様式が違うと言う結界魔法だ。

 内部に入るのは比較的容易だが、『アースラ』をもってして内部のことを探り切れないとなると外部へ出るのには骨だと言うことだろう。

 結界と言うよりは、封鎖と言った方が正しいように思える。

 

 

(さぁ、どうする?)

 

 

 戦力の逐次投入は愚の骨頂、ならば残りのカードを全て切るか。

 それとも、あくまでも不測の事態に備えるか。

 それでも一応の決断を行い、リンディがクロノとイオスに向けて言葉を紡ぎかけた時。

 

 

「艦長!!」

 

 

 エイミィの悲鳴のような叫びで、リンディはスクリーンを見つめた。

 その次の瞬間、巨大な桜色の光が結界を内側から崩壊させるのを見た。

 それはなのはの最大最強の魔法、『スターライトブレイカー』の輝きに酷似していた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 薄暗い闇の中、静かな瞳が戦場を見つめている。

 複数の魔導師が入り乱れる激しい戦闘の最中、彼女の瞳はただ一点に向けられていた。

 手に持った大きな本を抱え直し、片方の手をそっと伸ばす。

 

 

「……導いて、『クラールヴィント』」

 

 

 細い指に嵌められていた4つの指輪が、共鳴するように明滅する。

 そして彼女の視線の先、急速に収束し始めていた桜色の輝きに乱れが生じていた。

 それに合わせて、誘うように右手を伸ばし……その指先で。

 

 

 ――――掴んだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『アースラ』艦橋からでも、桜色の輝きが結界をブチ抜く様は見えていた。

 以前には無かった結界破壊効果を付与されたその砲撃は、確かに敵の結界を砕いた。

 しかし……。

 

 

「……何があった!?」

 

 

 クロノのその叫びが、艦橋の気持ちを代弁していた。

 拡大された映像の中で、なのはがフェイトに抱えられて倒れていたからだ。

 先程の砲撃は、間違い無くなのはが放った物だ。

 

 

 なのに、何故その直後に倒れるのか。

 ユーノの姿が見えないのも、嫌な予感を倍増させている。

 フェイトはなのはを抱えたまま、アルフを呼んでいる。

 その意図に気付いたリンディが、即座にオペレーターのアレックスとランディに指示を飛ばす。

 

 

「転送準備! 医療班を艦橋へ!」

「り、了解!」

「こちら艦橋! 医務官を艦橋へ、ストレッチャー!」

 

 

 フェイト達がなのはとユーノを連れて来ると同時に対応できるように、医療班を呼ぶ。

 何をされたかはわからないが、とにかく準備は必要だった。

 その時、イオスがエイミィの椅子の背もたれに手をかけながら叫んだ。

 

 

「エイミィ! 現場から離れる魔力反応がある――――追えるか!?」

「ちょ、ちょお……っと、だいじょぶ、掴んだ!」

「出してくれ!」

 

 

 結界が破られたために、『アースラ』の観測機器も正常に機能している。

 

 

「反応は――――4つ!? 1つ多いよ、あ、でも2つ消えて……3つ目も消える、多重転移で追い切れない! だけど……!」

 

 

 魔導師の魔力を追跡することにかけて、管理局に及ぶ者は無い。

 特に4つの反応の内3つが先に消えて1つ残ったと言うことは、最後の1つが転送を行った術者であることを意味している。

 エイミィはそれを見逃さなかった、先にサーチャーを展開させていたことが功を奏した。

 

 

 サーチャーの1機が、現場から逃走を図る最後の1人を補足したのだ。

 それはほんの数秒だ、しかしその数秒の映像が今は必要だった。

 艦橋のスクリーンに、それが映る。

 

 

「……っ」

 

 

 息を飲んだのは、全員だ。

 しかしその内で少なくとも3人、意味のことなる吐息を漏らした者がいる。

 それはリンディであり、クロノであり……イオスだった。

 

 

 映し出された画像は、極めて不鮮明な物だった。

 相手が意図的にそうしたのだろうが、ブレていて司法の証拠品にはならない。

 かろうじて、髪が金髪で薄緑の服を着ていることがわかる程度だろうか。

 だがその人物の身体の前に、1冊の「本」が広げられていることはわかった。

 茶色の革の想定で、本自体が魔力を放つように発光していることがわかる。

 

 

「……エイミィ、お前、最高だよ」

「え、な、なに急に。そんな褒めても何も出な……」

 

 

 振り向いて、エイミィは言葉を止めた。

 イオスが手に力を込めたためか、椅子の背もたれが軋んで微かに震える。

 エイミィは褒めても何も出ないと言っていたが、しかしイオスは心の中でエイミィを称賛していた。

 並の担当者であれば、このサーチャーの画像は取れなかっただろう。

 

 

 犯人に結びつく情報はほとんど無い、だが何が起こっているかがわかる重要な画像だ。

 これがあれば、それだけで意味を持つとイオスは確信していた。

 だから、手に力を入れながらも画像を見つめ……唇を歪めた。

 その表情を見て、エイミィはごくりと唾を飲み込んだ。

 イオスの顔が、獲物を見つけた餓えた獣のイメージに重なったからだ。

 

 

「……イオス」

 

 

 不意に、イオスの肩に手を置く者がいた。

 クロノだ、クロノがイオスを落ち着かせるように肩に手を置いたのだ。

 ぐっ、と力を込められて……イオスは、身体の内側からせり上がる興奮が少し冷めるのを感じた。

 

 

「落ち着け、またチャンスはある。今はなのは達の回収が先だ」

「……ああ、そうだな」

 

 

 努めて冷静に、イオスは首肯した。

 感情を抑えるように深呼吸をして、クロノの手に自分の手を重ねて外す。

 それから、正面からクロノを見て。

 

 

「だけどよ、クロノ。これで決まりだ」

「ああ」

 

 

 イオスに頷いて見せて、クロノは身体をスクリーンへと向けた。

 そしてイオスもまた、両腕の鎖を擦れ合わせながら顔を上げて改めてその画像を見る。

 そこに映る画像を見て、そしてクロノが宣言する。

 

 

「――――『闇の書』だ」

 

 

 おお……と艦橋スタッフが声を漏らし、場が熱気を持つ。

 それを感じたエイミィは、クロノとイオスの向こう側に立つリンディを見つめた。

 

 

「…………」

 

 

 リンディはしかし、何も言わなかった。

 何も言わず、しかし睨むようにしながら正面のスクリーンを見つめている。

 その先の何かを、睨み据えるように。

 

 

 クロノとイオス、そしてリンディ。

 自分には理解できない何かで繋がった3人を、エイミィは見つめ続けた。

 胸の奥に、どうしようも無い不安を抱えながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「だからね、今日は新しいお友達が出来たの」

『あーもう、何度も言わなくてもわかったわよ』

 

 

 携帯電話の向こうから響いて来る呆れたような声に、すずかは苦笑を作った。

 元々はなのはの話だったはずなのに、いつの間にか自分の話になってしまっていた。

 携帯電話を軽く片耳に押し当てながら、ゆったりとしたネグリジェ姿でベッドの端に座る。

 

 

 元々は、イタリアから来ると言うなのはの友人の歓迎会をしようと言う話だった。

 フェイト・テスタロッサ……だったか、なのはが行っているビデオメールを通じて友人になった女の子だ、同い年らしい。

 ただ、なのははどこでフェイトと出会ったのかは教えてくれないが。

 実は、それがちょっと寂しかったりするすずかだった。

 

 

『まったくもう、フェイトの歓迎会の話ができないじゃない!』

「ごめんね、アリサちゃん」

『あーもう、別に怒って無いわよ』

 

 

 知っている、知っていて謝るのだ。

 すずかは知っている、アリサは凄く怒りっぽいが本気で怒ることは実は少ないのだ。

 指摘すると今度は本気で怒るので、特に追求したりはしない。

 ごく稀に、なのはが読み切れずに本気で怒らせることもあるが……その場合は、自分が間に立てば大体は丸く収まる。

 

 

「フェイトちゃん、何が好きなんだろうね」

『うーん、そうねぇ……なのはってばそこんとこ役に立たないしね。イタリアからならそんな日数いられないだろうし、でも出来るだけたくさんいろんな場所を案内したいし……』

「……うふふ」

 

 

 電話の向こうでアリサが真剣に悩んでいる様子が簡単に想像できて、すずかはクスクスと笑う。

 アリサは怒りっぽいが、それ以上に優しいのだ。

 怒りっぽいけど。

 

 

『……む、何だか馬鹿にされているような気がする」

「え? 誰がアリサちゃんを馬鹿にしてるの?」

『……何故かしら、今無性にすずかの家に行きたいんだけど』

「え? それはいつでも大歓迎だけど」

 

 

 アリサがお泊まりに来てくれるなら、それは全力でおもてなしする覚悟のすずかだった。

 

 

『あ、そう言えば。すずかが今日できた友達って、何て名前なの?』

「あ、言って無かったっけ」

『そーよ。まったく、すずかってばそう言うトコ抜けてるんだから』

「えー? ひどーい」

『あはは』

 

 

 どうやら攻守が逆転したようだ、すずかは不満そうに唇を尖らせている。

 先程の自分と同じようにアリサにもその様子が想像できているのだろう、電話の向こうからで明るい笑い声が聞こえる。

 

 

『それで、その子の名前は? 今度私も会いに行ってみようかしら』

「うん、紹介するよ。ええと、その子の名前はね……」

 

 

 今日、夕方に図書館に寄ったすずか。

 その時、高い位置の本が取れずにウンウン唸っていた女の子がいて……つい、助けてしまったのだ。

 茶色の髪の、車椅子の女の子だ。

 

 

「……八神はやてちゃんって、言うんだよ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――父様、騎士達が『アースラ』の面々と衝突しました」

「そうか……」

「騎士達は拠点に戻り、休息に入りました。今夜の所はこれで終わりだと思います」

「……あと、何ページだ?」

「――――あと、半分程度だと思います」

「そうか……わかった。ご苦労、休んでくれ」

「――――はい」

「…………」

 

 

 

「……クライド、皆。私は……間違っては、いないだろうか……」

 

 


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