魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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更新は水曜日・日曜日の週2回の予定です。
ストック状況によっては、一時的に加速するかもしれません。
なるべく、「親管理局」な物語を展開したいと思っています。
とは言え、まだ始まったばかり。
どうなるかは、私にもわからないです。
では、どうぞ。



第1話:「魔法の力」

――――時間を、ほんの少しだけ遡る。

管理局次元航行部隊所属の次元航行艦『アースラ』からリンディ達に見送られてスクライア艦に転送されたイオスは、その場でスクライア側の代表とロストロギア引き渡しの確認を行っていた。

 

 

イオスは14歳と言う若さではあるが、士官学校を出た執務官補佐(キャリア)である。

さらに言えば次元世界によっては10歳そこそこで成人などと言う世界もあり、時空管理局もそれに対応して局員資格に原則として年齢制限を設けていない。

まぁ、スクライア側が若造に過ぎないイオスにもある程度しっかりと対応するのは、低年齢の人間と対等に話すことに「慣れている」、と言うのもあるのかもしれない。

 

 

「……それでは、『アースラ』艦内にて艦長と契約書の確認と署名の後にロストロギアの引き渡し、と言うことでよろしいでしょうか?」

「相違ない、流儀はそちらに合わせよう」

「感謝致します。我々管理局としても、今後ともスクライアとの良好な関係を望んでおります」

 

 

営業スマイル全開のイオスに対し、ベージュ色のローブの下に複雑な紋様の描かれた民族衣装を纏った初老の男も儀礼的な返答を返す。

公的な会合などこのような物である、言うべきことはすでに決まっている。

しかし形式と言うのは重要で、それを双方が十分に理解した上での行動なのだった。

 

 

「では、最後に件のロストロギアの確認をさせて頂きたいのですが……」

「うむ…………では、発見した者に案内をさせよう」

「ああ、それは助かります。状況などもお聞きできますし……」

 

 

相手の言葉に、イオスは笑顔で首肯した。

遺跡でのロストロギアの発見者は遺跡発掘を生業とするスクライアではもちろん、そして管理局にとっても重要な存在になり得る。

 

 

有能な人間であることが多いし、場合によっては管理局への入局を推薦できる。

管理局は人材……特に優秀な魔導師について万年人手不足で、局員は可能な限りあらゆる場面で優秀な人間を勧誘することを求められている。

まぁ、今回は部族からの引き抜き云々の話になるので勧誘できるかは微妙だが……。

 

 

「……へ?」

 

 

そして待つこと数分、スクライアの人間に連れられて来た「ロストロギア発見者」の姿に、イオスは少々間抜けな声を上げてしまった。

それで居住まいを崩すようなことは無いが、気のせいでなければ周囲のスクライアの人間の顔に得意げな――「見たか、若い優秀な人材は管理局員にいるだけでは無い」とでも言いたげな――顔をした気がした。

しかしイオスがそんな反応をしたのも無理は無い……何故なら。

 

 

「ゆ、ユーノ・スクライアです。よ、よろしくお願いします!」

 

 

イオスよりも明らかに年下の少年……否。

正真正銘の「男の子」が、緊張した面持ちでそこに立っていたのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

繰り返すようだが、管理局の局員資格に年齢制限は無い。

しかしそうは言っても、基本的には20代以降の「大人」がほとんどである。

クロノやイオスのような年齢でそれなりの役職に就く人間もいるが、少数派だ。

 

 

そしてさらに、普通の人間(平均寿命80歳換算)で10歳以下となると驚異的な確率になる。

前例が無いわけでは無いが、珍しいことは確かだった。

そして今、スクライア艦の隔離された積荷区画の一つでイオスはその「珍しい例」と共にいるのだった。

 

 

「9歳!? その年で遺跡発掘に協力を……?」

「あ、はい……と言っても、ちょっとした手伝い程度ですよ」

「いや、それでも凄いよ。俺が9歳の頃なんて実績なんて無きに等しかったわけだし……それに、ロストロギアの発見者なんだろ?」

「そ、そんな、偶然です。たまたま僕が調査していた所に出てきただけで……」

 

 

イオスが多少砕けた口調で問うと、ユーノは照れたように笑った。

もちろん、たまたまや偶然で発掘できる程ロストロギアは簡単に見つからない。

普通は専門の調査団を組み、世界から世界へと渡りながら数年がかりで探してようやく見つける物だ。

いかに遺跡発掘専門のスクライア一族といえども、それは変わらない。

 

 

それをイオスの前で照れながらロストロギアの封印装置を操作しているユーノと言う9歳の少年が発掘したと言うのだから、次元世界史上に名を残すかもしれない快挙だった。

ユーノ・スクライア、イオスが聞いた自己紹介によれば両親はいない。

故に一族全体の養い子のようなもので、ユーノは恩を返そうと9歳と言う年齢で発掘を手伝っているのだと言う。

 

 

「ティティアさんだって凄いじゃないですか、その若さでちゃんと自立してて……」

 

 

そんなユーノの言葉に、イオスは苦笑する。

9歳でロストロギア発掘と言う実績に比べれば、自分の14歳で執務官補佐などは霞むと思ったからだ。

あの執務官の幼馴染がこの少年を見たら、どう思うだろうか?

金色の髪に碧の眼、半袖とハーフパンツ、そして白を基調に緑のラインで紋様が描かれた民族衣装とベージュのローブを纏った美少年を。

 

 

「イオスで良いよ、年も近い……って言うには少し離れてるけど、まぁ、近いし」

「そ、そんな、悪いですよ」

「良いよ、固いのは苦手なんだ。だから名前で呼んでくれると気が抜けてね、嬉しい」

「じ、じゃあ……イオス、さん……で」

「まぁ、良し」

 

 

まだ少し堅さを残しているが、ユーノが恥ずかしそうに笑った。

遺跡発掘を手伝い始めてからは特にだが、年の近い誰かと会話をするのに慣れていないのだった。

 

 

一方でイオスが固いのが苦手と言う言葉は本当のこと、彼はクロノ程には真面目では無かった。

と言うか、クロノのあの生真面目さは異常だとすら思っているイオスだった。

クロノ本人が聞けば、「イオスが不真面目なんだ」とでも反論しただろう。

そしてユーノの作業が終了し、封印装置の蓋が開く。

 

 

「これが?」

「はい、ロストロギア……その名も、『ジュエルシード』です」

 

 

そのロストロギアは、その名の通り碧眼の瞳を思わせる宝石の形をしていた。

積荷区画の照明を反射してキラキラと輝き、封印装置の中に浮かんでいる。

それも1つや2つでは無い、合計にして21個のロストロギア。

その1つ1つに、凄まじい魔力を感じることが出来る。

こうして見ているだけでも、内包する魔力の密度に生唾を飲み込んでしまう程に。

 

 

「……効果は?」

「まだ調査中ですけど、遺跡の壁に描かれた古代文字によれば……周囲の生物が抱いた願望を、自覚無自覚に関係無く叶えてしまう、らしいです」

「……願いを叶えるってことか? 凄いな……」

「いえ、ただかなり不安定で……歪んだ形でしか叶えられないそうです。だから封印されて、発掘されるまで誰にも見つからずに……」

 

 

……人間、誰しもに叶えたい願いはある物だ。

死んだ人間に会いたい、高い地位が欲しい、誰かに認められたい……様々だ。

イオスにだってある、クロノやリンディ、エイミィにだってあるだろう。

 

 

このロストロギア『ジュエルシード』は、それを正しい形で叶えてはくれない。

歪んだ解釈で願いを叶えて、世に害悪をもたらしてしまうのだ。

例えば世界平和を望めば、極端な話、世界中の人間を全滅させるべく発動するとか……。

都合の良い願望機など、存在しないと言うことだろう。

 

 

「…………」

「……イオスさん?」

「あ……いや、十分に確認できた、ありがとう」

「いえ、僕も仕事が完遂できそうで嬉しいです」

 

 

9歳らしからぬ言葉にイオスがまた苦笑を浮かべると、ユーノは再び『ジュエルシード』の封印装置を操作し始めた。

イオスはその背中を視界に収めながら、不思議な輝きを放つロストロギアを見つめていた。

願いを叶える、奇跡の宝石を。

 

 

ズ、ズズン・・・ッ。

 

 

その時、艦全体を揺るがす衝撃が積荷区画を襲った。

上からだろうその衝撃によって、イオスの足元が激しく揺れる。

一瞬、上下がわからなくなる。

封印装置を操作していたユーノが床に転がるのを見てイオスは反射的に手を伸ばすが、直後にそれが出来なくなってしまう。

 

 

「うわっ、うわわわわわ……っ!?」

「ユーノ!」

「イオスさん!」

 

 

視界が歪む、まるで次元空間を抜ける時のような感覚に襲われた。

イオスの視界の中でこちらに手を伸ばすユーノと、その後ろで激しく輝く碧眼の宝石が回転していた。

そしてその回転が激しさを増した時……。

 

 

「イオスさん!!」

 

 

イオスの視界が数瞬の間、闇色に染まった。

声を出そうとしても、身体の奥を引っ繰り返されるような感覚に逆に口を閉ざしてしまう。

耳に残るのは自分を呼ぶユーノの声と、何かが共鳴しているかのような甲高い音だけ。

後は……後はただ……。

 

 

――――ただ、『世界を渡る』音だけが聞こえた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

――――次にイオスが感じた感覚は、「痛み」と言う感覚だった。

痛覚が刺激されたために闇に落ちかけた意識が強制的に戻されて、イオスは悲鳴にもならない呻きを漏らすことになった。

まず左肩、次いで頬、それから身体全体を満遍なく痛みが走る。

 

 

どこか高い所から落ちた時特有の痛みと視界の回転が終わり、イオスの身体が固く舗装された道路に転がる。

幸か不幸か人通りの無い道だ、周囲には簡素だが立派な一軒屋が並び、住宅街のどこかだと言うことがわかる。

先程まで次元航行艦の積荷区画の中にいたというのに、今は外に放り出されてしまっている。

 

 

(結界、発動……!)

 

 

しかし痛覚で意識を強かに殴打されながらも、イオスは管理局員としてしなければならないことをする。

どこに落ちたのかはわからないが、状況を確認するためにも、また万が一にも魔法文明の無い世界だった場合には姿を隠さなければならない。

そのため、魔力で一定範囲を「占領」する結界魔法を発動させた。

周囲の景色が歪み、イオスの許可なしには魔導師以外は立ち入れない空間が完成する。

 

 

――――『魔法(まほう)』。

それは次元世界に広く知られる力であり、管理局はこの力で広い次元世界を管理している。

ただ物語や御伽噺の中にあるような不可思議な力ではなく、「リンカーコア」と呼ばれる人間の身体にある機関が作る「魔力」を消費して発動される現象……様々な体系や種別、発動シーケンスに分けられる「科学」である。

 

 

「……っ……くぅ~~~……!」

 

 

そしてその結果魔法を展開した数秒後、思い出したようにぶり返してくる痛みにイオスは悶えた。

痛い、痛い、かなり痛い。

過去の任務や士官学校での扱き、そして幼少時の修行、これまで受けてきた数々の痛みにも負けない程の痛みだった。

そして、何の防御もなしで受けたダメージの確認をする。

 

 

(……肋骨、ちょっと怪しいな……)

 

 

脇腹に感じる鈍痛に顔をしかめながら、他の傷が擦り傷程度であることを確認する。

動けなくは無い、何とか身体を起こして……局員服が所々破れているが、仕方ないと諦める。

地面に座ったまま、その時になって初めて周囲を見た。

 

 

結界内は外と同じ光景を映す、立ち並ぶ家々や舗装された道路、夜を示すような星空……どこか彼の故郷である首都ミッドチルダに似た空気。

残念ながら見たことは無いが、どこかの次元世界であることは間違いない。

 

 

(…………ユーノ!)

 

 

そして思い出す、自分と同様に次元の波に飲まれてしまった少年のことを。

同じ場所に落ちるとは限らない、だが彼は結界から弾かれない。

ここにいないのは確実、となれば探さなければならない。

彼は、次元世界の人々を守る管理局員なのだから。

 

 

「……救難信号を出して良い物かどうかは、ちょっと悩む、か」

 

 

救難信号を出せば、その分、クロノ達が自分を見つけてくれる確率は上がる。

だがもし万が一近くに魔導師を擁する犯罪組織がいた場合、そちらに見つかる可能性もある。

ここがどの世界かわからないというのが、イオスの行動の選択肢を縛っていた。

 

 

「とにかく、ユーノの奴を探さねーと」

 

 

ヨロめきながらその場に立ち上がりながら、イオスはユーノの魔力反応を探す。

ユーノは天才だが、9歳の子供なのだ。

同じ世界に落ちていると言う保障は無い、だからまずイオスは念話による交信を試みる。

魔力によって他の魔導師との交信を行う、通信魔法を……。

 

 

ゾワリ。

 

 

その時、イオスは背筋に何か冷たいものが伝うのを感じた。

彼が感じたのは、魔力だった。

ユーノの物では無い、どこか歪んだ……禍々しさすら備えた、嫌な魔力だった。

彼の結界の中に入って来れるのは、つまり。

 

 

「・・・おいおい」

 

 

そして、イオスが冷や汗をかきながら振り向いた先には。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「どぅおおおあっ!?」

 

 

いきなり背後から振り下ろされた『腕』を、イオスは悲鳴を上げながらとっさに回避した。

『腕』はイオスが寄りかかっていたブロック塀を破壊し、さらに横に薙ぎ払って吹き飛ばした。

……なお、結界内で破壊されても現実では破壊されていない。

ここは複写された世界であって、本物の世界では無いからだ。

故に結界を解けば、そこには何事も無かったかのように元の世界が広がっているのだ。

 

 

「つっても、俺が死んだりするとアレだけどな」

 

 

ポツリと物騒なことを呟いて、イオスは地面に手をつきながら前を見た。

破壊されたブロック塀の向こう側に佇む、『腕』を見た。

水色の瞳で睨み据えたその先には、気持ちの悪い物体が蠢いていた。

 

 

それは、無数の『腕』だ。

まるで影のようなブヨブヨした黒い物体から無数の『腕』が生えていて、それぞれの手に黒いナイフのような刃を握り締めている。

柄が無いためか、刃を直接握った『腕』からは血のような黒い液体が滴り落ち続けている。

 

 

「この世界の原生生物……ってわけじゃあ、無いよな」

 

 

ズキズキと痛む脇腹を意識の外から出しながら、イオスは油断無くそれを見る。

『腕』もイオスを窺うように破壊したブロック塀の上で蠢いており、睨み合いのような状況になる。

その間にも、魔力サーチによってイオスは相手の情報を得ようとしていた。

 

 

(推定魔力ランクA……でも不安定だな、A~Cの間で保有魔力が変化してる。実体は……うおっ!?)

 

 

突然、『腕』が動く。

まず2本、意外な程にリーチの長い腕が刃を振るう。

イオスはその場に屈むことでで回避、髪が数本散った。

 

 

「……禿げたらどうする!!」

 

 

意味の無いことを叫んで跳躍して下がる、その際に懐から1枚のカードを取り出した。

正直、使用して良い物か迷うが……緊急時である、やむを得ないと判断した。

始末書はクロノに書いて貰おう、そんな薄情なことを考えながら。

 

 

「……『我、争乱を清算する者なり。契約に従い、その力を解き放て。正義の女神の天秤に流水を満たせ。そして、復仇の誓いを今ここに』」

 

 

そのカードは魔導師ならば持つのが当然とすら言える魔法の発動媒体、その待機状態だった。

名前は、「デバイス」。

魔導師が魔法使用の補助として用いる機械であり、時として相棒ともなる装備だった。

魔法と科学の融合、その起動に必要な詠唱を行う。

本来は省略できるが、状況が不透明なので念を入れた結果だった。

 

 

「――――『テミス』、セットアップ」

<Setup,stand by>

 

 

カードから電子音声が響くのと同時に、イオスの身体が光に包まれる。

その輝きはほんの一瞬、数瞬後にはイオスの服装は変わっていた。

深い紺色の局員服から、淡い空色を基調とした特殊な防護服へ。

バリアジャケット、魔力によって編まれた魔法の服だ。

大気や温度等の劣悪な環境だけでなく、「魔法」や物理的な衝撃などからも着用者を保護してくれる。

 

 

空色を基調にしたインナーと漆黒のパンツとブーツ、そして所々に黒のラインが入った蒼穹の色の上着。

黒で描かれたラインは羽根のようにも水の流れを表している様にも、あるいは紋章のようにも見える。

上着の袖の中の両腕には手首までを覆う薄い作りの手甲、襟元には銀であしらった階級章が刻まれている。

これがイオスのバリアジャケット、そして。

 

 

「時空管理局次元航行艦『アースラ』所属、執務官補佐のイオス・ティティアだ。管理局の法と正義に基づいて、これより武力を行使する」

 

 

誰にともなく呟く、それはデバイスに記録されて、後に報告に活用されることになる。

そして、イオスの両腕から……水が滴り落ち始めた。

いや、腕だけでなく……イオスの全身を覆うように、まるで周辺の水分を集めているように。

しかしそれは、イオスの外から出る物では無い。

 

 

逆だ、むしろこの水は、『流水』はイオスの内より溢れてくるのだ。

滴り落ちた水は流水となり、イオスの周囲を取り巻き始める。

そして同時に、ジャラ・・・ッと言う音と共に手甲から鈍く輝く鎖が垂れてくる。

 

 

<Chain mode,stand by>

 

 

デバイス『テミス』の電子音声と共に、イオスの足元に蒼穹の色の魔法陣が広がる。

二重の正方形を中心に配した独特の魔法陣の輝きは、そのままイオスの魔力の輝きを示していた。

円錐の形をした先端に飾られた空色の宝石が点滅し、簡易ながら疑似人格が入力されていることを教えてくれる。

デバイスの中でも鎖と言う独特の形状を備えた『テミス』、管理局本局第四技術部の試作品である。

 

 

「さて、とっとと終わらせて……ユーノを探さないとな。やるぞ、『テミス』」

<Yes,my lord>

 

 

宝石の点滅と同時に、魔力の集積体らしき『腕』の塊が咆哮のような声を上げた。

足元の魔法陣の輝きを蹴りつけるように、イオスも駆け出した。

魔法の力を使った戦いが、始まった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

顎の下を滴り落ちる汗が、妙に鬱陶しい。

それほど深くも無い森の中で、少年は土埃に汚れた金髪を月明かりに晒しながら息を切らしていた。

その手には、青い輝きを放つ宝石が一つ。

 

 

「何とか、1個は確保できた……けど……」

 

 

だが宝石を持っていない方の手をちらりと見下ろすと、通常ではあり得ない量の赤い液体を付着させた衣服の袖が目に入った。

手の甲から地面へと、ポタ、ポタ・・・と血が流れ落ちる。

深くはないが、浅くも無い傷だ。

 

 

「ほとんどが、散らばっちゃった……な、何とか、集めないと……」

 

 

金髪の少年――ユーノは、責任を感じていた。

事故か事件かはともかく、自分が発掘した危険性の高いロストロギアをバラバラに散らばらせてしまったのだから。

これで何かしら大きな被害の伴うロストロギア事件にでも発展すれば、少年はそれこそ生きていけない程の衝撃を受けるだろう。

 

 

「何とか……連絡……あと、封印を…………」

 

 

ユーノが思い出すのは、年上の水色の髪の少年だ。

一緒に飛ばされただろうか? それとも別の場所に、あるいはすでにもう……。

怖い想像ばかりが思いつく、ユーノは首を振ってマイナスの考えを振り払った。

 

 

いずれにせよ、今はユーノ自身で出来ることをするしかない。

集落から持ち込んだ『デバイス』と、自分の魔法の力でロストロギア『ジュエルシード』を封印する。

それしか、無かった。

 

 

(……イオスさん……!)

 

 

とりあえずは、イオスが近くにいるのかどうかだけでも確認したい。

その一念で、魔導師同士の交信手段である念話を行おうとする。

傷の痛みで上手く集中できないが、それでも残り少ない魔力で……。

 

 

――――グルルルル――――

 

 

その時、何か大きな獣が唸り声を上げるのが聞こえた。

森の中で朽ちかけた木に足をかけていたユーノはあたりを見渡し、警戒する。

すると突然、茂みの中から真っ黒で丸い何かが飛び出してきた。

ユーノは懐からピンク色の輝きを放つ宝石を取り出し、自分に襲いかかって来た存在に振りかざした。

そして……。

 

 

(イオスさん……誰か……僕に、力を貸して……!)

 

 

……ユーノにとって不運だったのは、イオスもまた同じように存在に襲われていたことだった。

それ故にイオスは結界を張ってしまい、弱ったユーノの念話を受け取ることができなかった。

また仮に出来たとしても、イオスは間に合わなかっただろうが……。

 

 

そしてイオス以外に彼の心の叫びを聞くことが出来たのは、この街ではただ1人だけだった。

その相手は未だ夢の中、力も意思も眠りの奥底にあり……。

ユーノの運命が動くのは、もう少しだけ後の話だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

デバイスにはいくつか種類があり、イオスのデバイス『テミス』はストレージデバイスと呼称される種類の物だ。

最も広く扱われている機種であり、魔法の情報を蓄積したり使用を補助するの機能に特化している。

イオスのデバイスは彼の特性に合わせた特注品であり、搭載されているAIにはストレージとしては珍しく簡易人格がプログラムされている。

 

 

そしてこれは、イオスのある才能を引き出すためにメカニックが搭載した物だった。

魔力変換資質、『流水』。

それがイオスの才能、魔法によるプロセスを踏まずに魔力を「水」と言うエネルギーに変換できる力。

本来は魔法によるプログラム組替えでしか成しえないエネルギー変換を、通常時で行えるのだ。

他にも『炎熱』や『電撃』などが確認されているが、イオスの『流水』は極めて珍しい部類だった。

 

 

「クロノと違って、直接戦闘はあんま得意じゃないんだが……スピア・スナイプ!」

<Spear snipe>

「スナイプシュート!」

 

 

魔力変換資質によってノーモーションで生み出された水が、槍となって放たれる。

直線的に放たれたそれは『腕』が高く跳び上がることで回避されてしまうが、すかさずイオスがコマンド・ワードを発動、直角に近い形で方向を変えた槍が『腕』の胴体部を貫いた。

手の内の何本かが飛び散り、あたりに切れた手が落ちるが……。

 

 

「……再生とか、卑怯くせー」

 

 

すぐに再生した。

それに舌打ち一つ、ジャラリと手元の鎖を指先で弾く。

するとイオスの意思に反応した鎖が、弾けるように鋭角的な動きで縦横無尽に駆け出した。

 

 

<Chain bind>

 

 

『テミス』の電子音声と共に、飛び出した鎖が落ちて来た『腕』の全身を絡め取る。

読んで字の如く、デバイスの鎖で相手を縛り上げる捕縛魔法である。

縛られたハムのごとく、縛り上げた鎖の間から『腕』の肉(かは、わからないが)がはみ出る。

 

 

「どぉ~……いっ、せぇいっ!!」

 

 

掛け声一閃、イオスが鎖を掴んで力尽くで引っ張る。

ぐおんっ、と空気を裂く音と共に縛った『腕』をブン回したのだ。

空中に投げ出された『腕』が、反対側の地面に強かに打ち付けられる。

『腕』の悲鳴らしき声が、響き渡る。

 

 

「……ッ!?」

 

 

しかし、イオスに勝利の余韻は無かった。

むしろ今感じているのは、敗北の予感だ。

具体的には、飛び散った影の手が脇腹に深々と拳を突き立てていたのだ。

 

 

不味い事に、肋骨に違和感を感じている左側だった。

刃は失っていたようだが、それでも千切れた腕が動くとは思わなかった。

かなり強い一撃であって、イオスはたまらず吹き飛ばされる。

バリアジャケット越しに、傷んだ肋骨が軋む。

吹き飛ばされ、道路に背中を打ち付けて転がる。

 

 

「ぐ……っ、にゃろっ!」

 

 

痛みを堪えて膝を立て、身体を起こす。

寝ていたら死ぬ、それは経験から来る本能でもあった。

案の定、鎖の拘束から逃れた『腕』が再生を果たし、無数の手をまるでムカデの足のように蠢かしながらこちらへと高速で這って来ている所だった。

 

 

「……『テミス』」

 

 

再び浮かび上がる空色の魔法陣、イオスは右腕を掲げて鎖の先端の円錐を垂らした。

何かを探すように微かに動く鎖を、変換された魔力の水が取り巻く。

イオスの右腕に纏わりついたそれは、一撃目よりも遥かに圧縮度の高い水の槍を形作り始める。

 

 

『グオオオオオオオオオオオンッッ』

 

 

目の前に迫る『腕』の群れ、しかしイオスは動じない。

左脇腹の痛みに脂汗を流しながらも、真っ直ぐ一点を睨み据える。

その瞳が見据えるのは、『腕』を構成する手ではなく――無数の手の中心、『腕』の核。

すなわち。

 

 

<Chain protection>

 

 

イオスの設定した魔法に従い、『テミス』が制御する左腕の鎖が放たれる。

腕を取り巻いていたそれはいくつもの方向に動いて交わり合って、ネットのような形を形成する。

チェーン・プロテクション……幾重にも重なった鎖が『腕』の突撃を止め、その直後にバインドへと変わる。

その瞬間、イオスは自身の魔力を練り込んだ高密度の水の槍を放った。

 

 

「スピア・レイ……!」

<Spear Ray>

 

 

掌で覆える程小さなそれは、初撃に比べて遥かに高い貫通力を持っている。

シールドすらも貫いて、鎖と『腕』の間を縫って核を貫く。

キュンッ……と甲高い音が過ぎ去った後、『腕』を中心に凄まじい魔力の発光が巻き起こる。

 

 

「アレは、『ジュエルシード』……!?」

 

 

黒い影が剥がれ落ちた先で輝いていたのは、まぎれも無く『ジュエルシード』だった。

ユーノが見せてくれた物だ、間違いない。

暴走しているのか、凄まじい魔力の奔流を感じる。

となると、今まで戦っていた『腕』は『ジュエルシード』の思念体、と言った所だろうか。

 

 

すかさず、イオスは『テミス』の鎖で剥き出しになった『ジュエルシード』を覆い尽くした。

ジャララララッ、と音を立てて鎖が宝石を覆う様は、まるで大蛇に絞められる小動物のようだ。

ただしこの小動物は、極めて危険な力を秘めているが……。

 

 

「……封印処置、しないとな」

 

 

未だ鎖の間から漏れる魔力の光に、左脇腹を押さえながらイオスが溜息を吐いた。

このまま放置はできない、管理局員としてその選択はあり得ない。

一応、『テミス』の中にはロストロギア封印の術式も入力してある。

もっとも、『ジュエルシード』を封印するために組んだ物ではないが……。

 

 

いずれにせよ、暴走寸前だったロストロギアの封印処置は非常に難しい。

……長い夜に、なりそうだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

――――少女は、独りで生きていた。

両親はすでに亡い、父の友人を名乗る人物に財産管理を任せて、その庇護の下で生活している。

生活……生きている、生きているだけ、だった。

 

 

死のうとまでは思わない、だが今の自分に何があるだろうか。

誰もいない家、働かずとも生きていけるだけの資金、そして動かない両足。

その気になれば誰とも話さずに済んでしまう生活に、何の意味があるのだろうか。

心の奥底のその問いかけに答えてくれる存在は、誰もいない。

 

 

「んぅ……あふ……ん~、今朝はやけに早く目ぇ覚めてしもたなぁ……」

 

 

ベットの中からもぞりと這い出して、少女……八神はやては大きく欠伸をした。

寝癖のついた髪をポリポリとかきながらベットの上を這い、ベットの側に止めてあった車椅子に乗る。

両足が動かずとも器用に体勢を変えて、器用に腕で身体を支えて移動する。

長い付き合いだ、今さら車椅子に乗る程度のことで手間取ったりは……たまにしかしない。

 

 

そのまま手で車椅子を動かし、これまた器用に扉を開けて居間へと向かう。

薄暗い通路で戸惑うことも、車椅子で扉を開くことも……今ではほとんど手間取らない。

手間取るのは、ごくごく稀にあるだけだ。

仮に手間取っても誰も助けてはくれないのだから、自分でするしかない。

それが当然だ、バリアフリー住宅だろうとそれは変わらない。

 

 

「5時、かぁ……石田先生との約束の時間まで、かなりあるなぁ……」

 

 

壁の時計を見ながら嘆息する、今さら寝直す気にもならない。

ちなみに石田先生と言うのは、海鳴大学病院と言う病院の医師だった。

女性の医師で、はやてのかかりつけ医のような存在だ。

天涯孤独のはやてと関わる数少ない人間であり、優しくて良い先生だとはやては思っている。

 

 

「……カーテンでも開けよか」

 

 

まぁ、とりあえず顔を洗って朝食でも作ろう。

そう考えて、さらにその前に居間のカーテンくらいあけようと考える。

ギシリ、と車椅子を動かして――その際、器用に家具をよけながら――カーテンに手を添える。

 

 

その時、彼女は気付いていなかった。

いつもいつも朝にあけているカーテンの向こう側に、いつもと変わらぬこの瞬間に。

近い未来に、彼女の運命に大きく関わることになる存在がいることを。

 

 

「……え?」

 

 

形の良い小さな唇から、息が漏れる。

綺麗な瞳が大きく見開かれて、カーテンの端を掴んでいた手を止める。

驚愕と戸惑い、その感情がはやての薄い胸を支配して行く。

 

 

その視界は目の前、すなわち彼女の家の庭へと注がれていた。

そこには、「いつもの朝」にはまるで似つかわしくない存在がいた。

つまり……。

 

 

ボロボロの制服のような物を纏った水色の髪の少年が、庭の塀に寄り掛かるようにして倒れていた――――。

 


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