魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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オリジナル要素があります、苦手な方はご注意ください。
では、どうぞ。


閑話②「胎動の予感:前編」

 

 空は雲に覆われ月も出ていない、電気と言う概念が無いのか街灯も無い。

 そんな闇夜の道を駆ける影が1つ、いや2つ。

 大柄な青年が自分よりも小さな存在を抱え上げて、暗い道を必死に駆けていた。

 

 

 道の周辺には木造りの古びた街並みが広がっており、青年は家々の間の路地に駆け込んだ。

 明かり一つ無い狭い空間に身を顰めて、たった今自分が駆けて来た道の奥を振りかえるようにして睨む。

 そこにもやはり闇が広がっていて、何かがあるようには見えないが……。

 

 

「……怖いよぅ、お兄さん」

「大丈夫」

 

 

 腕の中から響く小さな声に、青年は努めて笑みを浮かべた。

 そう、今不安なのは彼が守るべき市民、それも子供だ。

 次元世界と地上の平和を守る時空管理局の一員として、不安などに負けてはいられない。

 だから彼は片手で子供を抱き、もう片方の手でデバイスのカードを取り出した。

 そして……。

 

 

 ――――ぞぶり。

 

 

 身体の中で鈍い音が嫌に鮮明に響き、胸の奥からせり上がって来た熱が口から噴き出す。

 ごぶ……と、咳とも呼吸とも取れる音が聞こえた次の瞬間、視界の端に映ったのは刃先に滑り気を帯びた小さな銀色の刃だった。

 

 

「……っ」

 

 

 視界が黒く染まる中、腕の中の存在を何者かに奪われる感覚がして、呻く。

 しかし、彼にはもはや何もできなかった。

 唯一出来ることは、デバイスと一緒に指に挟んでいた……服の予備ボタンのような物を落とすことだった。

 

 

「――――引き揚げるぞ、持っていけ」

 

 

 最後に聞こえたのは、そんな言葉。

 それを最後に、青年の意識は闇に飲まれた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――第11管理世界「ツェティニェ」。

 文化保護区があり、整備された観光地である中央部にはこの世界独特の建築様式が保たれた小都市が無数に点在している。

 この世界は文化保護区であるため、管理世界でありながら次元通信なども制限されているような世界だ。

 

 

「ここが……第11管理世界「ツェティニェ」ヴロラ地域、クルヤか」

 

 

 そしてそんな世界に、水色の髪の管理局魔導師――イオス・ティティアが降り立っていた。

 管理世界でありながら地上本部を持たない「ツェティニェ」には、中央部に治安維持の陸士部隊が展開しているのみだ。

 普通であれば、本局――次元航行艦部隊――所属の彼がこの地に降り立つのは、良くて休暇の観光ぐらいな物である。

 

 

 しかし彼はこの地に、間違いなく任務で来ていた。

 フェイトの公判も軌道に乗り始めた7月中旬のこの時期、中央部の観光地には多くの人間が訪れる。

 彼が今いるのは言うなれば辺境部の村であり、文化保護区から微妙に外れた場所だった。

 

 

「……クロノの野郎、また面倒な仕事持って来やがって……」

 

 

 そう、本来なら地上部隊の管轄である場所に彼が任務で来ることは稀だ。

 つまりこれは、執務官としての領分と言うことだ。

 次元世界間にまたがる事件の一部である可能性、それを探りに来たのだが……。

 

 

「ティティア二等空尉殿、こちらでしたか」

 

 

 その声に振り向いてみれば、そこには私服姿の黒髪の青年がいる。

 20代前半のはずだが、髭が適当に剃られているためか実年齢は随分と上のように見える。

 一方でイオスも局員服では無く、私服だ。

 丈の短いシャツにカットジーンズ、ボストンバックと、まるで観光客の様相である。

 

 

「二等空尉って呼ぶと、局員だってバレるんじゃないのか」

「あ、これは失礼致しました!」

「いや、口調と敬礼……」

 

 

 一応、地上部隊に挨拶に行った時、「案内役」として1人つけられた。

 お目付役と言うことだろうが、動きにくいことこの上無かった。

 確かチェスター二等陸士と言う名だったが、固くて融通が利かないと言うガチガチのタイプだ。

 

 

 前途の多難さに、イオスは溜息を吐く。

 目の前の、古びた木造の街並みを何とはなしに見つめながら。

 そもそもの発端を、イオスは思い出していた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――2日前、『アースラ』執務官執務室。

 

 

「救難信号?」

「ああ、そうだ」

 

 

 フェイトの次の公判に向けての資料整理をしていたイオスに対して、クロノは何でも無いことのように頷きを返してきた。

 その時、どこかからの通信を受けた彼がイオスに仕事を回して来たのだ。

 曰く、第11世界の辺境部から局員による救難信号があったと。

 

 

「いや、それはそこの世界の地上部隊の管轄だろ」

「それがどうも、地上部隊は保護区のサファリパークでの密漁組織を相手どってる最中らしく、手が空いて無いそうだ」

「……で、その心は?」

「分隊1つが送られたが、全滅したそうだ」

 

 

 全滅? と言いたげな顔を見せれば、クロノが疲れたように頷いた。

 

 

「いや、でも本局所属の俺らに回ってくる意味がわからんのだが。陸の連中が俺らに救援を求めるわけ無いし……ああ」

 

 

 そこでふと、イオスは得心がいったような顔をした。

 

 

「ロストロギアか? それも執務官クラスの人間が動かなきゃならないレベルの」

「そう……かも、しれない」

「かもしれない?」

「…………死人が動いてると聞いたら、キミはどう思う?」

「イマドキ、3流小説家でも書かねーぞ」

 

 

 きっぱりとしたイオスの言葉に、クロノは苦笑する。

 相変わらずの現実主義だ、見習いたいとは思わないが。

 苦笑を真面目な顔に変えて、クロノは説明を続けた。

 

 

 第11管理世界「ツェティニェ」、その辺境部に半年程前から妙な噂が流れ始めたのだ。

 曰く、「死んだ人間が動いている」……生き返る、では無く「動く」と言う所がミソだ。

 もちろん最初は過疎化に悩む辺境部の住人が、観光客誘致を目的にそんな噂を流したのだろうと言うのが大勢だった。

 しかし、である。

 

 

「現地の村で行方不明者が多発して、局に通報があったんだ。最初は2人の地上局員が派遣されたが、これも行方不明になった。次に4人、さらに1個分隊が派遣されたんだが……」

「……帰ってこなかった、と?」

「そうらしい。流石に地上部隊も不味いと思ったらしいが、陸はどこも人手不足な上に原因が不明だ。で、その事件に勘付いた本局がロストロギア事件じゃないか、と言い出したわけだ」

 

 

 ようやく、イオスにも見えて来た。

 本局と地上は、管理局における二大派閥のような物だが……今回は、その派閥の狭間にある極めて政治的に微妙な位置にある事件らしい。

 

 

 本局は介入して解決できれば地上に恩を売れるし、解決できなくても「もともと地上の管轄、手伝っただけ」と主張できる。

 で、何故クロノやイオスに回って来たかと言えば……まぁ、あまり上の主流派に好かれていないと言うことだろう。

 

 

「正直、僕は今フェイトの裁判以外にも20件ほど仕事を抱えていて動けない。そこでイオス、お前の出番だ」

「人を駒扱いとは、随分と偉くなったなクロスケ」

「偉いさ、何せ執務官だからな」

 

 

 殺意を覚えても許されるはず、3度試験に落ちているイオスはそう思った。

 しかしそれを抜きにしても、今回の事件はキナ臭い。

 死者云々の噂が出る村、行方不明になる村人や局員。

 ……どう考えても、人体実験系の想像しか出来ない。

 

 

「言っておくが、これはまだロストロギア事件「かも」しれない案件だ。だからまずは補佐であるキミを調査に出して、ロストロギア被害と確定しだい僕も動く。系列は違うが現地の地上部隊も支援してくれるはずだ」

「……どうなのかねぇ、陸の連中が俺らを助けてくれるとは思わねぇけど」

 

 

 それだけ、地上と本局は仲が悪い。

 地上からすれば、イオスの投入は横槍を入れられたに等しい行為なのだから。

 

 

「……それとイオス、伝えておくべき情報がある」

「あん?」

「僕達にこの案件が持って来られた理由の一つでもあると思う、最後に救難信号を送って来たのは……」

 

 

 ――――告げられた「名前」に、イオスは少しだけ眉を顰めた。

 そして彼は、本件への関与を了承することになる。

 イオスが今回の事件に対する認識を改めた、その名前とは……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 クルヤの街並みを歩きながら、イオスは心無しあたりを見まわした。

 そこは辺境部だからか、人通りが少ない通りだった。

 そもそも街並みと言っても村なので小規模、人口も300人もいない。

 

 

 いわゆる温泉地だ、それも秘湯好きの観光客しか来ないような辺鄙な場所。

 村は山の麓に築かれていて、温泉は山の中にあるらしいが……。

 

 

「……アベル」

 

 

 アベル、アベル・マナット二等陸尉。

 イオスとクロノよりも4歳年上で18歳、しかし士官学校の同期生。

 そう、今回の事件で最後に分隊を率いてこの村に入ったのは……イオスの友人なのである。

 そして、救難信号を発したのも彼だった。

 

 

 ……しかし、行方不明になったのは彼だけでは無い。

 そうした個人的な事情を片隅に置きつつも、イオスは執務官補佐として、また管理局の二等空尉として行動しなければならないのだった。

 

 

「まぁ、まずは聞き込みをしてみよう。観光客として不自然じゃ無い範囲で、情報が欲しいからな」

「了解であります」

 

 

 イマイチ局員であることを隠す意図があるのかないのか、それとも癖なのか、チェスターは軍隊然とした固さでもって返答してきた。

 まぁ、良い。

 気を取り直して、イオスは近場の売店に向かうのだった。

 

 

「え? 変な事かい? そうだねぇ……良くわかんないけど、皆不安そうにしてるよねぇ」

「最近? 私の家の隣の人が帰ってこないらしいんだけど、でもあそこ、前も夫婦喧嘩で別居とかしてたから、普通かも?」

「俺ぁ農業ばっかだからよ、あんま村のこととかはわかんねぇなぁ」

 

 

 友人を含めた局員達がどこへ消えたのか、それを知ろうとしたのだが……。

 村人は、良く言って普通だ。

 観光地特有の茶屋の店主や土産物屋の売り子、そして道を尋ねた農夫にもそれとなく聞いてみた。

 

 

 ただ、どうも芳しくない。

 そしてイオスはどうも、違和感を感じていた。

 

 

「うーん、どうも良い話が聞けませんね」

「んー……いや、何だ、おかしくないか?」

「何がでありますか?」

「ありますか……って、まぁ、良いけど……」

 

 

 お目付役の地上局員チェスターの言動に、何故か馬鹿にされているような気分になるイオス。

 しかし気を取り直して、売店で買った飲み物を飲みつつイオスはのどかな村の風景を見やる。

 

 

「なんつーか……のどか過ぎるだろ」

「平和で良いではないですか」

「いや、そりゃそうだろうけど……でも行方不明者が出てるんだろ? しかも局員までゾロゾロやってきて観光客も減って、普通ならもっとビクビクしてて良いはずじゃないか?」

「……言われてみれば、確かに……」

 

 

 陸の人間とやるのはやりにくい、改めてそう思うイオスだ。

 おそらくチェスターは、上司から「丁重に、しかし事件は解決させるな」とでも命じられているのだろう。

 そうすると、今のバカみたいな言動もフリとしか見えなくなってくる。

 

 

 まぁ、しかしイオスはイオスなりのやり方で事件に片を付けるしかない。

 だがそれも、情報があればこそだ。

 妨害のつもりなのか知らないが、現地の地上部隊からは詳細な情報が貰えなかったからだ。

 

 

「お兄さん達、観光の人?」

 

 

 その時、不意に背後から声をかけられた。

 実は声をかけたことはあってもかけられたのはこれが初めてであり、少し驚いてしまった。

 それでも警戒にまでレベルが上がらなかったのは、相手が子供だったからだ。

 

 

 男の子か女の子かわからない、そんな年頃の子供だった。

 ボブカットの黒髪に、クリっとした可愛らしい黒瞳。

 頭からかぶるタイプの丈の長い淡い青色の服を着た子供は、興味深そうな表情でイオス達2人のことを見上げていた。

 

 

「村の人達が言ってたよ、久しぶりに観光客が来たって」

「あ、あー、まぁな。うん、兄貴と一緒に温泉、こいつちょっと病気でさー」

「は? 兄貴? 病気?」

 

 

 空気を読まないチェスターの脇腹に子供に見えないようブローを入れて黙らせる、後でうるさそうだがそれは後で何とかする。

 

 

「へぇ、大変だねー。泊まる所とか決まってるの? 良かったらウチの旅館においでよ、他は全部民宿だからこの村じゃ一番の旅館なんだよ!」

「お、何だ。坊主の家はホテルなのか?」

「旅館だよ、風情がわかってないお兄さんだなー」

「はは、悪い悪い」

 

 

 ホテルと旅館の違いはともかく、イオスは「さて」と頭の中で考える。

 実際、聞き込みを続けていたのでそろそろ日も傾く。

 観光客を装うのなら、どこかの宿で泊まる必要があるわけだ。

 

 

 ちらりとチェスターを見やれば、脇腹を押さえながらイオスを睨んでいた。

 どうやら、これ以上の捜査は難しそうだ……お目付役がこれでは。

 それにクロノに定期通信も――特別に許可を受けている――したい、拠点も欲しい。

 

 

「んー、じゃ、頼むわ」

「ホント!? わーい、久しぶりのお客さんだー!!」

 

 

 ジャンプして喜ぶ子供に何とも言えない笑みを返して、イオスは顔を上げた。

 知らず子供と視線を合わせるように膝を屈めていたようだが、それもやめる。

 

 

「どうなることか、ね」

 

 

 消えた同期、行方不明の局員と村人、違和感を感じる村の様子、地上管轄の仕事が本局に回って来たこと。

 不可解なことだらけのこの事件、どうも面倒な事態になりそうだ。

 改めて、イオスはそう思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「これまた、何と言うか普通だな……」

「……? 何がでありますか?」

 

 

 相変わらずのチェスターの様子に、もはやイオスは突っ込む気力も無い。

 そんな彼の手元には郷土料理らしい小動物のステーキがあり、1人用の鉄板の上でジュージューと音を立てて焼かれている。

 

 

 イオスとチェスターは木製の丸テーブルに座っており、そこで夕食をとっていた。

 2階建ての木造建築、歴史を感じさせるそれは現地の松の木で建てられた物らしい。

 1階が酒場を兼ねた食堂になっており、電灯代わりの燭台の炎が揺れている。

 保護区だけあって、科学とは程遠い造りだった……通信装置など、あるはずも無い。

 

 

「ティティア二等空尉殿、明日はどのような予定ですかな?」

「……山の温泉とやらに行ってみよう。そっちで話を聞いて、それで何もわからなければ……山の中に分け入ってみるしかないな」

「あの山は自然保護区なので、許可が無ければ入れないであります」

「……あ、そう」

 

 

 この調子だ、イオスは天を仰ぎたくなった。

 確かに自然保護区なら申請が必要だし、彼は法的には正論を述べているにすぎない。

 ただ、「だったら地上部隊の官舎にいる時に言えよ!」と言いたくはなる。

 しかしつまるところは、事前に確認して申請しなかったイオスのミスだ。

 他人のせいにした所で、何も事態は改善しない。

 

 

(まぁ良い、とにかくちょっとずつでも情報を集めねぇと……)

 

 

 解決者は自分で無くても良い、クロノが援軍を引き連れて来るまでの下準備が自分の仕事だ。

 アベルのことも含めて、万が一行方不明者がいるなら一刻も早くとは思う。

 しかし自分は組織の人間だ、何かをしようと思えば手続きを経る必要がある。

 

 

「あ、どちらへ?」

「部屋に戻るよ、アンタはゆっくり食ってりゃ良いさ。また明日、朝の7時にここで」

 

 

 適当な所で夕食を切り上げて、イオスは席を立った。

 理由としては、クロノへの連絡をチェスターには聞かれたく無かった。

 後は、単純に苛立ちの元から離れたかったと言うのもある。

 

 

「あ、お兄さん。もう寝るの?」

「おう、そうさせてもらうよ」

 

 

 途中、2階の客室へ向かう途中であの子供に会った。

 隣には古ぼけた灰色の服を着た初老の女性がいる、母親にしては随分と年配だ、祖母だろうか。

 顔を伏せて会釈されたので、イオスにはその表情は見えなかったが。

 

 

「そう言えば、ここはその子と2人でやってるんですか?」

「うん、そうだよ」

 

 

 女性に話しかけたつもりだったが、何故か子供が答えてきた。

 まぁ、子供と言うものはでしゃばりたくなる物と気にしないことにした。

 

 

「本当は、お父さんもいたんだけど……この間から、帰ってこないんだ」

 

 

 不意に続けられた言葉に、イオスは目を細める。

 母親らしき女性の顔は相変わらず見えないが、しかし子供が寂しそうな顔をしているのはわかる。

 嘆息一つ、イオスはポンポンっと子供の頭を軽く叩く。

 そしてそのまま、擦れ違うように階段を上がって行く。

 

 

 子供が不思議そうな顔で振り向いた時、そこにはヒラヒラと手を振るイオスの後ろ姿があった。

 足取りも軽く、何の気負いも感じさせない背中。

 しかしその水色の瞳だけは、明かりの無い廊下の先を鋭く見据えていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そしてそれを、人気の無い食堂のテーブルから冷めた感情で見つめていた人間がいる。

 チェスターと言う名のその男性は、自分よりも一回り近く年下の上官を見上げていた。

 何やらカッコつけて現地人の子供と戯れていたようだが、まぁまだまだ若造と言うことだろう。

 

 

「ま、明後日には帰って貰わないとな」

 

 

 それまでの口調とは裏腹にはっきりとした口調、これが本来の彼だ。

 彼の任務はイオスを丁重に扱いつつ、可能な限り派手に失敗させること。

 可能ならば、それとなく殉職させるように上から言われている。

 

 

 そもそも、海の連中は出世が早く人材の年齢層が若い事を自慢にしすぎなのだ。

 地上部隊のように叩き上げの人間が地道に上がって行くことこそ、本来あるべき姿だろう。

 それを陸の領分にまで踏み込んでくるとは、思い上がりも甚だしい――――。

 

 

「あれ? お兄さんももう寝るの? おかわり持って来たんですけど」

「いらん」

 

 

 不機嫌に食事を終えようとした矢先、例の子供が声をかけてきた。

 その後ろには母親なのか祖母なのか知らないが、新しい鉄板の上にステーキを乗せて持って来ている女性が立っていた。

 しかし彼が鬱陶しそうに返答すると、そのまま通り過ぎようとした。

 

 

(本部に連絡しなければ……)

 

 

 イオスがそうであるように、彼にもまた報告の義務がある。

 あまり頓着せず、彼は私服のポケットに手を入れて簡易デバイスのカードを取り出した。

 海と違い、陸では専用のデバイスなどほとんど存在しない。

 これも、人員と予算の面で海が厚遇されていることの弊害の一つではある。

 

 

「ねぇねぇ、お兄さん。それ、なぁに」

「何でも良いだろう、話しかけるな」

 

 

 彼はあまり子供が好きではない、生意気で鬱陶しいからだ。

 大体、今も……そこで、ふと気付く、鼻孔を擽るステーキの匂いで。

 彼女は先程までイオスと話していたはずだが、いつの間にステーキの鉄板など用意したのか。

 

 

 誰かに用意させたのか?

 いや、しかしここにはあの2人以外にいないはず。

 では、あらかじめ用意していた?

 

 

「お兄さん」

「だから、何――――」

 

 

 階段に足をかけた所で、デバイスの待機状態であるカードを持ったまま振り向いた。

 次の瞬間、熱せられて赤くなっている鉄板の表面が視界一杯に――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……どこかからけたたましい音と声が聞こえたような気がして、イオスは部屋に入ると同時に後ろを振り向いた。

 そこには木造りの扉があり、部屋はベッドと机だけがある簡素な物だ。

 

 

 クロノへ定期連絡を取るべくデバイスを出そうとした所だったのだが、それをやる前に何か違和感を感じたのである。

 何、と聞かれると困るが……何と言うか、不思議な魔力の波を感じたような気がするのだ。

 一瞬のことで、それ以上に大きな音が響き渡った気がして。

 

 

 コン、コン。

 

 

 その時、イオスの目の前の扉がノックされた。

 それくらい普通のことだ、旅館ならそう言うこともあるだろう。

 だがイオスは、4年間の局員生活の中で培った勘が何かを自分に囁くのを感じていた。

 それもまた、何、と聞かれると困る類の物だが……。

 

 

 コン、コン。

 

 

 ノックは続く、声はかけられない。

 開くか、どうするか。

 選択を迫られている、行動の選択をするのはイオスだ。

 

 

 コン、コン、コンコンコン。

 

 

 どうする、自分に問いかける。

 勘だけだ、普通に考えれば何でも無いことだ、何か用があるだけだろう。

 チェスターかもしれないし、あの子供と母親のどちらかかもしれない。

 しかし、それにしては。

 

 

 コンコン、コンコンコンコン。

 

 

 それにしては、ノックの位置が高いような気がする。

 だがそれも、気のせいの範疇を出ない。

 結局の所、イオス自身の予感でしか無い。

 

 

 さぁ、どうする?

 

 

 イオスは自身に問いかけた、そしてノックの続く扉を見つめて。

 ……そっと、距離を取りながら。

 彼は、行動を選択した。

 

 

 次の瞬間、部屋の唯一の明かりである燭台の蝋燭の火が消えた。

 暗闇の時間が、訪れる。

 





最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
今回は前後編です、陸と海の派閥意識などが出せていれば良いのですが。

次に至るまでの閑話の2本目です、これと3本目を合わせてイオス中心のオリジナルストーリーにするつもりです。
ある意味では、純粋なものはこれが初めてかもしれませんね。

さすがに少し遅れた感はありますが、夏らしくホラー風味な要素も入れてみました。
それでは、また次回も頑張ります。

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