魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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裁判制度など、オリジナル要素が入ります。
また、暴力的な表現が一部にございます。
苦手な方は、ご注意ください。


閑話①「初公判」

 

 時空管理局本局、次元世界を行き来する次元航行艦部隊の本部である。

 次元の狭間に存在する本局は都市クラスの施設を持つ巨大コロニーであり、相応の人数の人間が自給できるだけの生活スペースも整っている。

 

 

 そして本局のドックに接舷している艦艇の中には、L級次元航行艦の8番艦『アースラ』の姿があった。

 このドックは長期にわたる次元航行を受けたオーバーホールはもちろん、必要物資の積み込みなども行われる。

 それは例えば――――ロストロギアの引き渡しであるとか。

 

 

「次元航行艦『アースラ』艦長、リンディ・ハラオウンです。事前申請の通り、A+級ロストロギア『ジュエルシード』11個の確認をお願い致します」

「古代遺物管理部二課、タキトゥス・クレニセン一佐です。管理局を代表し、貴艦の帰還を歓迎します。これより指定ロストロギアの確認作業に入らせて頂きます」

 

 

 定められた口上を述べ合い、リンディは中年に差し掛かった年頃の男性士官と握手を交わした。

 その際に広報部のカメラマンが写真を取るため、心持ちカメラを意識しつつ柔らかな微笑を浮かべる。

 実際の確認作業はすでに専門の部隊が昨日の内に済ませてある、だからこれは一種の式典(パフォーマンス)だ。

 

 

 遺物の確保を行う部署の士官が、『ジュエルシード』の収められたボックスの中身を覗いて確認を行い、文書を交換してサインし終了。

 この瞬間を持って、『アースラ』は『ジュエルシード』に関する全権限を失った。

 

 

(まぁ、10個は虚数空間に落ちて失われてしまったけれど)

 

 

 そのことについては管理局は触れない、最初からいくつの『ジュエルシード』があったかは最高レベルの機密扱いとされ、公開されない。

 アリシア・テスタロッサの遺体と共に失われた10個の『ジュエルシード』は、書類上は最初から存在しなかったことになっている。

 

 

「さぁ、こちらに一席設けてあります。どうか貴艦の武勇伝をお聞かせ頂きたい」

「お気遣い、ありがとうございます。私のような者にそのような過分な応対をされては、少し気恥ずかしくもありますが……」

「何の何の――――」

 

 

 ははは、ほほほ、とお互いに心にも無いことを言い合いながらの談笑。

 ロストロギアの運搬は部下に任せて、士官同士で会食。

 好むと好まざるとに関わらず、リンディがしなければならないことだった。

 艦の皆や息子達を守るためにも、我慢しなければならないことだ。

 

 

「それでは、艦長」

「私共は、ここで」

「ああ……ええ、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

 

 その時、本局内に入ろうとしたリンディの傍で彼女に対し敬礼した人間が2人いる。

 鈍い銀に輝く『アースラ』のタラップから本局内まで伸びる赤絨毯、リンディ達の立っている絨毯の外側に立つ2人は、彼女の息子達だった。

 

 

「はい、それでは!」

「失礼致しますっ!」

 

 

 敬礼を解いた直後、1歩下がった次の瞬間から背中を見せて一目散に駆け出した。

 途中で足元に置いていた書類ケースを抱えて、見るからに急いで。

 何やら言い合ってるようだが……その様子がおかしくて、リンディは一瞬だけクスリと笑った。

 

 

「あ、あれは……何ですかな?」

「ああ、はい、申し訳ありません。元気な子達で、私も少し困ってしまう時もあるのですが……」

 

 

 柔らかな笑みを浮かべたまま、リンディは肩を竦めるような仕草をした。

 それは、その場に整列する『アースラ』クルーや本局側の出迎え要員達を魅了するには十分な笑顔で。

 

 

「私の、大切な息子達なんです」

 

 

 そう、告げた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 彼らは、走っていた。

 何故に走っているのか、それは当然、急いでいるからである。

 どうして急いでいるのか、それはもちろん、時間が無いからである。

 

 

「急げ急げ急げ急げ急げ、い・そ・げ!!」

「走りながら叫ぶな舌を噛むぞ! ああちょっとすみません失礼します!!」

「え、え、え!?」

「な、なんだなんだぁ!?」

 

 

 通路で擦れ違う人々が目を丸くする中、2人の少年――イオスとクロノは本局の廊下を全力で疾走していた。

 廊下で女性局員と危なげなく擦れ違い、エレベーターに飛び乗り、荷物を運ぶ男性局員達の間を走り抜けて目的の場所を目指す。

 

 

 手元の書類ケースの中身を頭の中で確認しながら、イオスは迷路のように入り組んだ本局の中を走る。

 通路の様式などは『アースラ』と似通っているが、やはり本局だけあってどこか威厳を感じさせる。

 オフィスのようでもあり、学校施設のような雰囲気だ。

 

 

「……っと、イオス! そっちじゃない!」

「うえぇ? 悪い! じゃこっちか!?」

 

 

 逆方向に曲がりそうになったのをクロノに止められながらも、目的の場所を目指す。

 局員服の襟元を指先で弄りながら、つい悪態を吐いてしまう。

 

 

「くっそ……何で引き渡しの式典と時間が被るんだよ!?」

「わからない! だがおそらく、どこかから圧力がかかったんだろう」

「となると、リンディさんと仲が良くない連中(せいてき)の嫌がらせか?」

「どうかな……っと、そこ左だ!」

 

 

 ハラオウン家は、管理局においてそれなりに政治的権威を持つ名家の一つだ。

 交友のある人間には管理局でかなり上位に食い込んでいる者も多く、フェイトの裁判に関することでも何人かに力を借りた。

 

 

 しかし当然のことだが、ハラオウン家と対立する家柄や派閥というのも存在している。

 その中のどこかか、あるいは複数の意図が重なったのかもしれない。

 この手の嫌がらせは、局内ではよくある話だ。

 

 

「良し、ここだ」

「おう」

 

 

 息を整えながら2人が立ったのは、本局でも奥ばった位置にある部屋だった。

 司法関係の部署や訴訟記録や判例文書の保管庫などが隣接する区画で、イオスとクロノは走って乱れた髪や局員服を素早く整えた。

 

 

 入室した瞬間の第一印象は意外と重要だ、通信で話すのとは意味が違う。

 お互いの身嗜みを軽くチェックし合った後、2人で「良し」と気合いを入れる。

 

 

「「失礼致します」」

 

 

 入室したその先は、厳しくも冷然とした張り詰めたような空気の部屋だった。

 黒い司法服を纏った柔和そうな初老の男性と、眼鏡にスーツ姿の厳しい顔つきの女性がそこにいる。

 初老の男性はイオス達の姿を認めると頷き、壁の時計を見て……ゆっくりと、円卓の最奥部で立ち上がった。

 そして、それぞれの秘書や警備が数名。

 

 

「えー……それでは、P・T事件の重要参考人フェイト・テスタロッサの初公判に関する、最終の事前整理手続きを開始したいと思います……」

 

 

 どうやら、間に合ったようだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 カシャンッ、と乾いた音が響く。

 しかしその乾いた音に隠れる形で、酷く鈍い音が響くのをエイミィは聞いた。

 自分の喉から、ひっ、と呼気が漏れるのを感じる。

 

 

 同時に自分の左右に控えさせていた警備兵に命じて、加害者を押さえる様に頼む。

 一方で自分も前に出て、病室のベッドの傍で蹲る被害者の少女を庇うように抱き締める。

 少女の身体は水をかぶって濡れていて、彼女の膝先には細かい花瓶の破片が散らばっている。

 

 

「アリシアの成り損ないのくせに……!」

 

 

 頭上から降りかかる声に反発を込めて顔を上げれば、そこには凄まじい憤怒の表情を浮かべた黒髪の女性がいた。

 ベッドの上で上半身を起こしていた彼女は、今や左右から屈強な警備員に組み伏せられている。

 身体は細く、頬は痩せてこけているが……しかし、ギラギラとした目だけは奇妙な生気に溢れている。

 

 

「プレシア・テスタロッサ、これ以上の暴行行為は当方として看過できません。もしこれ以上面会における秩序を乱すようなら、こちらとしてもご息女に対する配慮を考慮せねばならなくなります」

「息女? ……はっ、私の娘はアリシアだけよ! そんな使い古しの人形に会いたいなんて――――私はそこまで気が狂ってはいないわっ!!」

 

 

 ビクリ、と腕の中で震えるのは心の傷が疼いた証だろうか。

 それに対して良心を痛めつつ、エイミィはハンカチを取り出して少女……フェイトの額の患部にそっと当てた。

 微かに血を吸って赤くなるそれに、エイミィは顔を顰めた。

 

 

 こんな、お見舞いの花を活けた花瓶で殴られるような状態なら――――ミッドチルダの重犯罪者用の病院での面会は、今日で最後にするべきかもしれない。

 通信とか、あるいは格子越しに……などの配慮が必要だろう。

 これまでは、フェイト自身の強い希望で通常の面会を行っていたのだが……。

 

 

「そう、私の娘はアリシアだけ……ああ、アリシア、アリシア……」

 

 

 そしてプレシアは、現実のフェイトには目もくれず……虚構のアリシアに視線を向ける。

 ブツブツと「アリシア」の名を呟く姿は、エイミィには理解ができない。

 イオス達が虚数空間から引き上げた直後から、プレシアはこんな様子なのだ。

 いったい、何があったのか。

 

 

「……フェイトちゃん、今日はここまでにしましょう。ね……?」

 

 

 エイミィが声をかけると、額から血を流すフェイトは小さく頷いた。

 フェイトの肩を抱きながら、エイミィはプレシアから彼女を遠ざけるように歩く。

 病室の出口を出る際、額をハンカチで押さえたフェイトは振り向いて。

 

 

「…………また、来ます」

 

 

 ……答えは、無い。

 フェイトは寂しそうに微笑んで、エイミィと共に監獄を兼ねた病室を出た。

 そんな健気な少女を、エイミィは何とも言えない表情で見つめていた。

 

 

 何と声をかけるべきかはわかっているが、一方で何も言わない方が良い気もする。

 どちらにした方が、この子の心を守れるのか。

 エイミィは、真剣に悩んでいた。

 

 

(クロノ君とイオス君は、今ごろ手続かな)

 

 

 同僚のことを想って、エイミィはそっと息を吐く。

 重要参考人であるフェイトを2日前に本局に身柄を引き渡したプレシアに会わせるには、執務官補佐である自分がついていなければならない。

 ただ、正直キツい仕事だと思う。

 

 

「……こんなはずじゃない現実、か」

「え?」

「あ、ううん、何でもないよフェイトちゃんっ。さ、とりあえず治療して貰おうね」

 

 

 フェイト自身が悪いわけでは無いし、キツく無い仕事などあるはずも無いのだが。

 それでも、思う。

 どうして、世界はもっと優しくできていないのかと。

 ……誰に、とっても。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その日の夕方、クロノとイオス、そしてエイミィは『アースラ』の食堂で夕食を共にしていた。

 夕飯時だけあって、食堂には『アースラ』のスタッフ達が賑やかに食事をしている風景が広がっている。

 

 

「あぁーあ、どうせだったらフェイトちゃんの服とか見に行きたかったんだけどなぁ」

「休暇じゃないんだ、仕方ないだろう」

「そうだけどさぁ、いつまでも私のお古とかじゃ可哀想じゃない」

「いや、つーかミッドの店に行けるわけ無いだろ」

 

 

 不満そうに唇を尖らせるのは、艦内でフェイトの世話を任されているエイミィだった。

 年も比較的近く、かつスタッフ全員が知っているわけではないフェイトの事情を知っているということもあって、リンディに頼まれていたのだ。

 今でも彼女の権限で――プレシアとの面会など――大体のことは許しているが、あくまで重要参考人としてであって、女子としての必需品の補充はまた別問題だった。

 

 

「まぁねぇ……それで? フェイトちゃんの裁判はどんな感じになりそうなの?」

「証拠品と証言者は確保したし、弁護人の手配も済んだ。裁判長も良識派の人間だ、レティ提督の手が回ったのか検事も積極的では無い様子だった」

「いや、てか人造魔導師の成功例ってとこが上の連中のお気に召したんじゃね?」

「あー、そう言えば上の人達は知ってるんだよね。私としてはあんまり好きじゃないなぁ、そう言うの」

「だが、有効なカードではある。今日の分を含めて3回のプレシアとの面会の映像を証拠として提出すれば、説得力も増すだろう」

「問題は、身元引受人だよなー」

 

 

 食事中にするにしては、嫌に殺伐とした会話だ。

 しかし公判前の手続きが終わってしまった以上、初公判はすぐだ。

 フェイトを事実上の無罪にするためには、それこそ事前の準備が欠かせない。

 

 

 『レイジングハート』と『S2U』、そして『テミス』などのデバイスの記録を証拠品としてまとめ、『アースラ』関係者から証言などを得る。

 プレシア・テスタロッサに纏わる調査結果や使い魔であるアルフの協力と証言、そして何よりもこれらの証拠品と証言が管理局法や過去の判例のどの項目にあたるのかを綿密に考えなければならない。

 

 

「簡易裁判とは言え、手を抜くと火傷するからな。何とか保護観察だけにしたい、期間については柔軟に対応しよう」

 

 

 保護観察を担当する将校には心当たりがある、だからクロノとしてはそのあたりで落とし所を探りたいのであった。

 それに、エイミィは好意的な反応を返す。

 

 

「管理局は前科持ちの人間でも受け入れる下地があるから、たぶん大丈夫でしょー」

「いやぁ、それでもロストロギア災害起こした人間に対しては、判例的に言って厳しいと思うぜ」

「……もう、どーしてイオス君はそうやってネガティブなこと言うかなぁ」

「事実だろーがよ」

「それでも言い方って物があるでしょー?」

「頼むから、食事中に面倒事を起こさないでくれよ」

 

 

 イオスとエイミィの間に険悪なムードを感じたクロノは、フォークを軽く振りながら注意した。

 この3人、組み合わせは様々だが稀に喧嘩役2人と仲裁役1人に別れることがある。

 

 

 今のように物事を楽観的に見たがるエイミィと現実的で期待を抱かないイオスがぶつかることもあれば、真面目なクロノと若干雰囲気の軽いイオスが衝突することもある。

 一方で、クロノとエイミィが喧嘩をすることもある。

 3人の関係は、士官学校時代からこう言う物だった。

 

 

「ま、初公判の日時も正式に決定したし。後はフェイトにいろいろ教えないとな」

「……そうだな」

 

 

 実際、それが一番難しい。

 イオスの言葉に頷きながら、クロノは頭の中で綿密に計画を立てていく。

 

 

「と言うか、何だかんだで一番フェイトちゃんの裁判に力入れてるの、イオス君だよね」

「……んだよその顔。言っておくがな、俺は別にフェイトのことはどうでも良いんだからな? ただ執務官試験を受ける上で、関わった仕事に失敗したくないってだけだからな?」

「素直じゃないなぁ」

「違うから! 頼むから俺を良い人認定すんなよ! 絶対だからな!」

 

 

 喧嘩寸前だった空気が一変して、今度はエイミィがケラケラと笑っている。

 その様子を見ていると、クロノは「まぁ、何とかなるだろう」と思えるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 翌日から、『アースラ』内で初公判に向けたフェイトへの講義が始まった。

 何しろ、フェイトはミッド式魔導師でありながら管理局法を知らないのだ。

 せめて、ミッドチルダの一般市民レベルの知識は身に着けていなければならない。

 

 

「魔法知識に関しては、ミッドの大学の修士生クラスなんだがな……」

「天才には偏りが出るってことかね」

「まぁ、逆に納得は出来たさ。魔法知識を詰め込んだ分、他の知識が後回しにされたのだろう」

 

 

 なかなかに酷い感想を述べるクロノに、イオスもなるほどと頷く。

 確かに、他の知識を学ぶよりも先に魔法に関して学んでいたのであれば、異常なまでの才能と実力にも納得はできる。

 天才には天才になるだけの理由があるというが、まさにこれこそがそうだろう。

 

 

「え、えと……」

「もう、2人とも! フェイトちゃんを苛めないの!」

「そうだよ! フェイトを苛めたら容赦しないからね!!」

「あ、アルフ、落ち着いて……エイミィも」

 

 

 そしてそんな男2人に噛み付くのは、エイミィとアルフだった。

 エイミィは2人の監督として、そしてアルフはフェイトの使い魔として裁判に出席するためだ。

 フェイトとアルフは共に被告として、初公判に望むことになる。

 

 

「まぁ、常識的なことはおいおい学んで貰うとして。今日から1週間はとにかく初公判に向けての基礎知識を学んで貰う。これができないと、ちょっと厳しいことになるからな」

「やっぱり、イオス君すごく力入れてない?」

「俺は完璧主義なんだよ」

「普段は不真面目なくせにか?」

「お前ら、実は俺のこと嫌いか!?」

 

 

 ちょっかいを出してくる外野2人を威嚇しつつ、イオスはホワイトボードにカリカリと必要事項を書き込んでいく。

 それをフェイトは真面目にノートに取り、一方でアルフはニコニコしているが何もわかっていない様子だった。

 『アースラ』の予備の会議室の一つに、学校の授業のような空気が満ちる。

 

 

「良し、じゃあまずは基本的な初公判の流れに説明するぞ」

「はい! よろしくお願いします!」

「…………」

 

 

 キラキラと瞳を輝かせて、元気よく答えるフェイト。

 その姿は純粋そのもので、イオスのことを信頼しきっている目だった。

 数秒、時間が止まる。

 

 

「え、えーとだな。公判は人定質問と訴状朗読、権利告知と罪状認否から成立するんだが、一番重要なのは罪状認否(アレインメント)で……」

「イオス君、顔赤いよー」

「うっせ、お前はクロスケでもからかってろ」

「そこで何故、僕の名前が出るんだ!?」

 

 

 講義を受ける上で、フェイトは真面目な生徒だった。

 きっちりとノートを取り、理解できないことがあれば説明が終わった都度に挙手して聞いてくる。

 質問に答える役は基本的にイオスだが、時にクロノやエイミィが己の専門や視点から補足してくることもあった。

 

 

 フェイトは確かに管理局に関する知識には疎かったが、飲み込みは早かった。

 最大でも同じ質問は2度まで、ほとんどのことは1度聞けば理解できた。

 どうやら、誰かに何かを教わると言うことに対して免疫がある様子だった。

 

 

「凄いねぇ、フェイトちゃん。字も綺麗だし……学校とかは行って無いんだよね?」

「あ、はい……基本的なことは、リニスが教えてくれて」

「リニス?」

「え、えっと、私の魔法の先生で……少し前に、会えなくなってしまったんです」

 

 

 そう言って、フェイトはどこか寂しげな表情を浮かべた。

 傍らに座るアルフも同じような表情を浮かべているあたり、共通の知人なのだろう。

 今は聞いてはいけないことと判断したのか、エイミィはそれ以上のことは聞かなかった。

 

 

 だが一方で、クロノはフェイトを微妙な表情で見ていた。

 第97管理外世界を発ってからの10日余り、リニスと言う名前をフェイトとアルフからは聞いていない。

 まぁそれは、今回の事件に直接関わっていないから……というのも、あるのだろうが。

 

 

『……イオス、エイミィ。後で僕の部屋に来てくれないか。今のリニスという名前に、覚えがある』

『クロノ君、何か知ってるの? わかった、後でね』

『まぁた面倒な話じゃないだろうな』

 

 

 念話で2人と後ほどの予定を合わせた後、クロノは一言も発さなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そのデバイスを起動させると、いくつもの映像や数値が立体映像で投影される。

 中には白いバリアジャケットの少女との決闘や、『ジュエルシード』封印の様子、そして『時の庭園』での生活……金髪の少女が黒髪の女性に鞭打たれる様子まで、あった。

 

 

 このデバイスの名は『バルディッシュ』、P・T事件の重要参考人フェイト・テスタロッサ所有のインテリジェントデバイスである。

 クロノは先週の段階でプレシア・テスタロッサを『アースラ』から搬送し、同時に本局のデバイスメンテナンススタッフにこのデバイスの解析を依頼した。

 当然、フェイトの裁判における証拠品とするためである。

 

 

『やっぱ……っと……無骨な形態に……まったけれ……ど……』

 

 

 その『バルディッシュ』の最も古い記録の中に、それはあった。

 ヴンッ、と表示された半透明の画面に現れたのは、薄茶色の髪と瞳の女性だった。

 黒のインナースーツの上に白を基調とした丈の長い上着を着込んだ女性で、小さく露出した胸元の肌色が健康的な色気を備えている。

 

 

 10代後半程度の女性だが、『バルディッシュ』の認識記録によって画面隅に名前が表示されている。

 ミッドチルダ北西々部クルメア地方出身、名称リニス。

 人間ではない、「使い魔」だった。

 それも、プレシア・テスタロッサの使い魔。

 

 

『フレームはフェイトが好きな黒、クリスタルはフェイトの魔力光と同じ金色』

 

 

 その声を聞いているのは、かつての『バルディッシュ』だけだ。

 どこか憂い顔の女性……リニスは、思いつめたように『バルディッシュ』に頬を当てる。

 画面上では、リニスがこちら側へと縋っているようにも見える。

 

 

 画面の中でリニスは願う、あの子の……フェイトの力になってあげてほしいと。

 自分がフェイトに教えた魔法は、『バルディッシュ』なしでは成し得ないからと。

 フェイトが振るう剣、支える杖、強い機体()になってと……。

 

 

「……おいクロノ、こいつは何だ?」

「詳細はまだ調査中だが、プレシアの使い魔で……フェイトの魔法の師匠だろう。僕もマリーからの報告で軽く聞いただけだったからな、フェイトの口から名前を聞くまではピンと来なかったんだが……」

 

 

 マリーと言うのは、本局メンテナンススタッフの1人で本名をマリエル・アテンザと言う。

 リンディの友人であるレティ提督の部下で、士官学校における後輩にあたる。

 武装隊の装備の整備やデバイスの開発・改修が仕事で、クロノの『S2U』やイオス『テミス』の整備を担当するマイスターでもある。

 

 

 この記録は、そのマリーが抽出したデータだ。

 『バルディッシュ』の最古の記録で、どうやら作成直後の物らしい。

 

 

『私がフェイトと出会ってからもう1年、フェイトも魔導師として完成して……貴方を渡せば、私の役目は終わる。あの子にプレシアの真実を話せないまま……』

「役目の終わり……使い魔の契約の終焉か」

 

 

 使い魔は、魔導師との契約を果たせばその場で消滅する仕組みになっている。

 フェイトとアルフのように「ずっと一緒にいること」のような契約でも無い限り、大体は数年程度の寿命しか持たない。

 

 

「言動から察するに、この人の契約はフェイトちゃんを一人前の魔導師にってことかなぁ?」

「だとすれば、随分と過酷な契約だな」

 

 

 自分の教え子が一人前になれば、契約が完了して消える。

 といって自分が消えるのを嫌って手を抜けば、契約違反でやはり消える。

 自分の教え子の成長が自分の命を削るのだから、過酷と言う他無い。

 

 

『私は何もできない臆病者だけれど、代わりに貴方を遺す。あの子が道を切り拓く力として。ただ、できれば、いつかあの親子に新しい絆が結ばれますように。そして、いつかあの子に……』

 

 

 リニスの瞳に、涙が浮かぶ。

 それはイオス達には、どういう意味の物かはわからない。

 消滅への恐怖か、別離への悲しみか、未練への慰みか。

 ただ、いずれにせよ彼女の最後の願いはしっかりと『バルディッシュ』の中に残されていた。

 

 

「……で、どうするんだクロノ。こいつも証拠品として提出するのか?」

「イオスは、どうすべきだと思う?」

「さぁ……どっちにしろ初公判には間に合わねぇな。まぁ、今でも十分に勝てる裁判だし」

 

 

 この記録は、P・T事件とは直接は関係していない。

 事件の全容解決の手がかりの一つにはなるかもしれないが、基本的にはフェイトのデバイスの誕生秘話と言うだけだ。

 

 

『優しい友達ができますように』

 

 

 リニスの最後の言葉にそっと頷いて、エイミィは操作していた器機を停止する。

 浮かんでいた画面が閉ざされて、薄茶色の髪の使い魔の画像も消える。

 

 

「……別に、そのままにしとけば良いんじゃねぇの」

「ん……そうだね。いつか、フェイトちゃんが自分で見つけるまで」

「そう、だな。ならこれを表に出さなくて済むように、努力しよう」

 

 

 3人の言葉に、『バルディッシュ』の金色のクリスタル――マスターの魔力光と同色の――が、まるでお礼でも言うかのように点滅した。

 そして3人の宣言通り、フェイトがこの記録を見つけるのは。

 

 

 ……もう少しだけ後の、お話。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 法廷と言うのは、直接の関係者でなくとも萎縮してしまうような空気を持っている。

 傍聴席の最後列から公判の様子を窺っていたギル・グレアムは、そう思った。

 自身の立場を意識してか、私服姿での傍聴である。

 

 

 彼の他には人はまばらだ、ロストロギア災害とは言え遠い管理外世界の事件の裁判など、人々の注目を集めるような物でも無いということだろう。

 あるいは、局側の情報統制の結果と言うのもあるのかもしれない。

 

 

「被告人、フェイト・テスタロッサ。第1世界ミッドチルダ、アルトセイム地方出身……」

 

 

 現在は、被告人であるフェイトという少女の身上経歴についての確認が行われている。

 この後に罪状を説明され、被告自身が有罪か無罪かを宣告することで公判が本格的に始まるのだ。

 フェイトは被告人席で立ち、緊張した面持ちで裁判官の読み上げる訴状内容に耳を傾けている。

 

 

 そして検事席の反対側、すなわち弁護人席にグレアムの教え子達がいる。

 クロノ、イオス、エイミィ……いずれもグレアムと交友の深い人間達の子だ。

 特にクロノは、執務官研修を自身が行った関係で……いわば師弟の関係にあった。

 クロノとイオスの魔法の師はグレアムの家族であり、そう言う意味でも関係は深いと思っている。

 

 

「いかがですか、あの子は?」

「……キミから聞いていた通り、素直な子のようだね」

 

 

 隣に座る緑の髪の女性の言葉に、グレアムは柔和に微笑みながら頷く。

 白髪の混じった髪と、豊かだが清潔に手入れされた口髭と顎鬚。

 時空管理局顧問官である彼は、管理局でも良識派と呼ばれる人々の1人だった。

 

 

 そして隣で裁判を傍聴しているのは、リンディだ。

 彼女も私服姿で、フェイト達の様子を見守っている。

 管理局顧問官と次元航行艦の艦長、並んで座るには聊か違和感のある組み合わせだ。

 

 

「ええ、とても素直な子なんです。でも、身元引受人と保護監察官が必要で……」

「なるほど、そのどちらか……おそらくは監察官の方、かね?」

「はい……」

 

 

 それを、リンディはグレアムにやって欲しいのだろう。

 保護監察官は文字通り、保護観察期間にある人間を監察する人間のことだ。

 一定の社会的地位があり、かつ事件と関わりの少ない人間が好ましい役職だった。

 それがわかるから、グレアムは「うむ」と頷いた。

 

 

「頼ってもらって光栄だよ。キミの頼みであれば、出来る限りのことをしよう」

「ありがとうございます」

 

 

 小声のやりとり、その中で微笑むリンディにグレアムも笑みを返す。

 フェイトと言う少女の事情はすでに聞いている、彼としても保護することに異存は無かった。

 ……それも、リンディの願いならば叶えるのに否やは無い。

 

 

「それでは、罪状認否に入ります。被告人は訴状の罪状に関して、有罪を認めますか?」

 

 

 かつて、グレアムはクロノとイオスの父親が所属していた艦隊の司令官だったことがある。

 それはつまり、リンディの夫の上官であったことを意味する。

 そして、彼女の夫を死なせた人間だった。

 

 

「私は……」

 

 

 リンディの認識がどうであれ、グレアムはそう思っていた。

 ……だから、それは。

 

 

「……無罪を、主張します」

 

 

 かなしい、つながり。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 初公判自体は、40分程度の時間で終わった。

 フェイトの経歴と罪状などを確認して、フェイト自身が無罪を主張。

 その後は検事側が証拠調べの要求をするなどして、本格的な事実審は次回からになる。

 

 

「はぁ~……緊張したぁ」

「あはは、お疲れ様フェイトちゃん」

 

 

 本局にドッキングしてはいても、基本的に『アースラ』の乗員は『アースラ』内部で生活することを求められている。

 これは緊急時の出撃・離脱のための体勢を整え、艦の状態を維持するために必要な処置とされている。

 

 

 艦には衣食住が揃っているため、出る必要が無いと言う理由もある。

 ただ次元航行艦勤務の人間は定期的な休暇の確保が難しいため、ミッドチルダ出身の乗員などは溜まった休暇を消化して降りることもある。

 休暇の未消化率は、人手不足も手伝って高ランク魔導師になる程に上昇する傾向にある。

 

 

「初めてにしちゃ……てか、普通は誰でも裁判は初めてなんだけど。まぁ、とにかく上出来だよ、うん。後は決められたセリフをその都度言えば良い」

「必要なのは忍耐だな。何を言われてもとにかく冷静に、反論は全て僕達がやる」

「んー、私は弁護っていうより身柄を預かる係だから、上手くは言えないけど……頑張ってね」

 

 

 3者3様の言葉をかける3人、イオス、クロノ、エイミィ。

 それが、今のフェイトには嬉しかった。

 母から離れれば、アルフ以外には誰も自分の傍にはいないのだと思っていた。

 

 

 でも、とフェイトは思う。

 遠く離れてはいるが、自分に友情を求めてくれたかけがえのない少女がいた。

 そして今、目の前には自分のためにいろいろなことを考えて、頑張ってくれている人間が3人もいる。

 それだけじゃなく、『アースラ』の人達は皆、自分とアルフに優しかった。

 

 

「フェイトちゃん? 疲れちゃった?」

 

 

 黙っているフェイトを訝しんだのか、エイミィがそう声をかけてきた。

 フェイトはそれに「大丈夫」と応じて、何か書類と顔を突き合わせて今後の予定について話し合っているイオスとクロノを見つめた。

 

 

「てか、裁判予定もうちょっと短くならないもんかね」

「これでも最短なんだが……何か、材料があれば大幅にステップを飛ばせるんだがな」

「あ、あの……っ」

 

 

 フェイトが声をかけると、2人は何だ何だと言いたげな顔でフェイトを見た。

 どこかに連絡を取っていたらしいエイミィも、首を傾げている。

 

 

「え、えっと……」

 

 

 辛抱強くフェイトの言葉を待つ3人、それなりの付き合いなので待ち方も慣れた物である。

 フェイトは何やらモゴモゴと口ごもった後、眦を決して、両拳を握り締めながら言った。

 

 

「あ、ありがとうございます……その、いろいろ考えて頂いて……」

 

 

 本人は、真摯な表情で訴えかけているつもりなのだろう。

 しかしである、イオス達の目には9歳の少女が頑張る姿としか映っていないので……可愛らしく和む物ではあっても、それ以上の物では無い。

 特に今は疲れのためかやや頬が赤らんでいるため、エイミィなどは黄色い声を上げてフェイトを抱き締めた。

 

 

「フェイトちゃんっ、かーわーいーいーっ!」

「わ、わわわ……!」

 

 

 可愛いと言われて抱き締められるのは、初めてかもしれない。

 人肌に対する免疫が少ないフェイトは、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。

 それがますます可愛いのか、エイミィは頬ずりまでし始めた。

 形容しがたい悲鳴を上げるフェイトを、男2人は呆れたような目で見ていた。

 

 

「まったく、エイミィにも困ったものだな」

「顔赤いぞ、クロスケ」

「……クロスケじゃない」

 

 

 ニヨニヨとした表情で自分を見つめる幼馴染の視線から逃れるように顔を伏せて、クロノは腕を組んだ。

 まったく、どいつもこいつも困ったものだ。

 そう、思いながら。

 

 

「あら、皆揃ってたのね」

「あ、艦長-っ、フェイトちゃんが可愛いんですよっ」

「あら、そうなの?」

「何だい何だい、何が……って、フェイト!?」

「あ、アルフたすけて~」

 

 

 そこへリンディがアルフを連れて来て、状況はさらにカオスになった。

 女衆が黄色い声を上げて盛り上がるのをクロノと静観しながら、2カ月程度で変わった物だとイオスは思う。

 

 

 そして、2カ月弱と言う時間を過ごした世界での事件を。

 今頃は、2人の後輩と言うか友人がいるだけだが……と、瞼の向こう側に第97管理外世界のことを思った。

 あの世界は今、そしてこれからどうなるのだろうかと……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――第1世界ミッドチルダから遥か彼方、イオスが想いを馳せる第97管理外世界。

 いつもと同じ時間、いつもと同じ世界、人々の生活は平穏で変わり無いように見える。

 しかしこの世界で、今。

 再び、何かが動こうとしていた。

 

 

 第97管理外世界、地球……日本国海鳴市では、深夜間近の時間帯。

 とある少女が、静かな時間を過ごしていた。

 その声は、年齢の割に落ち着いて……落ち着いてしまっている。

 

 

「もう10時やし……寝よか」

 

 

 ――――少女は、独りで生きていた。

 両親はすでに亡い、父の友人を名乗る人物に財産管理を任せて、その庇護の下で生活している。

 生活……生きている、生きているだけ、だった。

 

 

 死のうとまでは思わない、だが今の自分に何があるだろうか。

 誰もいない家、働かずとも生きていけるだけの資金、そして動かない両足。

 その気になれば誰とも話さずに済んでしまう生活に、何の意味があるのだろうか。

 ……つい先日まで、そう思っていた。

 

 

(……そういえば、ほんまにあの人、どうしたんやろな…)

 

 

 居間で車椅子の上で目を閉じながら、少女は2ヶ月ほど前のことを思い出していた。

 今から考えても、不思議なことだった。

 忘れるはずも無い、彼女の家の庭で倒れていた少年など1人しかいないのだから。

 

 

 だがどういうわけか、2度目のお見舞いに行った時には病院から消えていた。

 それどころか、誰も彼のことを覚えていなくて……。

 ……あれは、もしかして夢だったのかとすら思えるくらいだ。

 だが、自分はしっかりと覚えている。

 

 

「はやて――――っ!」

 

 

 その時、響くはずの無い……それこそ「つい先日」までは誰の声も響かなかった家で、自分を呼ぶ声がした。

 その声の主の顔を思い浮かべて、少女――八神はやては、微笑んだ。

 とても嬉しそうに、微笑んだ。

 

 

 そして車椅子を翻して、はやては居間を後にする。

 何かあったのかと、「家族」の声に応じながら。

 ――――待ち望んでようやく手に入れた、「家族」の下へと向かった。

 





A's編に入るまでの、閑話その①になります。
フェイトが本局に行った後の、裁判に関する諸々について考えてみました。
リニスさんについては、もうちょっと出せないかなーと思っていたのですが、最終的にこの形になりました。

プレシアさんは生存、でもハッピーエンドにならなそうな雰囲気ではあります。
いろいろ考えては見ましたが、この形に。
本当は、普通にハッピーにしたかったのですけど……。

それでは、次回も頑張ります。

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