魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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第9話:「海上の決闘」

 イオスが正式に営倉入りを解除されたのは、エイミィと話してきっかり3時間後のことだ。

 第97管理外世界の時間では、そろそろ夕方になっているはずだ。

 狭い営倉の中で鈍った身体をバキバキと音を立てて伸ばしながら、イオスは艦の通路を歩く。

 

 

「ああ~……意外と早かったかな」

 

 

 1週間と言う時間は、過ぎてしまえばあっという間であった。

 特にすることも無いので、ぼんやりと考え事ばかりしてしまった。

 

 

「あ、イオスさん!」

「イオスさん!」

 

 

 正式な手続きの後に『アースラ』の通路を歩いていると、脇から声をかけられた。

 振り向くと、見覚えのある少女とフェレットがこちらに駆けて来ている。

 

 

「おお~、高m「どこに行ってたんですか!?」「僕達、ずっと探してたんですよ!?」おぉう?」

 

 

 なのはとユーノの剣幕に押されて、イオスはたじろいだ。

 宥めつつ話を聞いてみれば、なのは達はイオスの営倉入りを知らなかったらしい。

 まぁ、クロノ達もイオスが罰を受けているとは説明しにくかったのだろうが。

 なのは達は『アースラ』に乗ってみればイオスがいないので、心配していたらしい。

 

 

「え、えぇ~……うん、いろいろ忙しかったんだよ、うん。それより聞いてるよ、凄い大活躍だったらしいじゃないか」

「だ、大活躍だなんて……クロノ君の方がもっと凄かったですよ!」

「まぁ、クロノはアレで……クロノ、君?」

「……? はい、同い年くらいだから良いかなって……」

 

 

 露骨に話題を逸らした次の瞬間、イオスは噴き出すのを我慢しなければならなかった。

 5つも年下の少女から「君」付け、しかも同い年だと思われている。

 それはクロノの身長に起因する物だと知っているから、イオスは我慢した。

 

 

「ま、まぁ……その様子だと家族の説得も上手くいったみたいだし、良かったよ」

「はい、これもイオスさんのアドバイスのおかげです!」

「アドバイス……?」

 

 

 はて、自分は何か気の効いたことを言っただろうか。

 イオスは一瞬だけ考え込んだが、とりあえずスルーすることに決めた。

 目の前でニコニコ笑うなのはの顔を見ていると、「そうだっけ?」とはとても言えない。

 本当、純真な少女だとイオスは思った。

 

 

 なのはの話だと、感触として父は静観、兄は反対、姉は賛成と別れて、最終的には母がなのはの背中を押したらしい。

 「なのは自身が決めていることなら、後悔しないようにすれば良い」、と。

 

 

「ふぅん……良いお母さんなんだな。それも現実を受け止められる、強い(ひと)だ」

「うん!」

 

 

 普通、碌に事情も話さない娘の背中を押すだろうか。

 悪く言えば放任、良く言えば信頼……部外者のイオスには、その微妙な違いはわからない。

 ただなのはの笑顔を見る限り、なのはの母は現実を受け止めた上でなのはを信じて送り出したのだろう。

 

 

 それに対してだけは、イオスは深く頷いた。

 現実を受け止めるのは、とても難しい物だから。

 

 

「あ、それとイオスさん。私、この1週間で新しい魔法を作ったんです!」

「魔法を?」

「ああ、この間から何か『レイジングハート』と話すのを見てたけど、魔法作ってたんだね」

 

 

 なのはの言葉にイオスが首を傾げれば、ユーノがどこか納得したように頷く。

 

 

「はい! 『ディバインバスター』のバリエーションなんですけど……」

 

 

 なのはが元気よく新しい魔法について話そうとした、まさにその時。

 ヴーッ、ヴーッと言う激しい音と共に、通路を赤い警告灯の輝きが覆った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 管理局と鉢合わせした段階で、アルフは撤退をフェイトに進言したことがあった。

 フェイトは未登録の魔導師だから、過去の資料から何か情報を探られると言うことは無いとは思う。

 それでも存在している以上、管理局のようなプロ集団が相手ではどうなるかわからない。

 

 

 そもそも、アルフは『ジュエルシード』の回収には反対だった。

 必要性を感じないのだ、アルフもフェイト自身も叶えたい願いなど持っていなかったから。

 一緒にいられれば――それが彼女の使い魔としての契約でもある――それで良かった。

 

 

「フェイト……!」

 

 

 そんなアルフの目の前には、海の中に魔力流を撃ち込んで6つの『ジュエルシード』を強制発動させたフェイトがいる。

 地上には反応が感じられない、ならば海の中だろうと言うフェイトの読みが当たった形になった。

 ただでさえ疲労する魔力流の行使に、『ジュエルシード』の封印を6つ同時に行う。

 

 

 焦っている、そして何より疲弊している、それがわかる。

 使い魔と主人の間には、精神リンクがある。

 それによって互いの状態や感情を知ることが出来るのだが、それが今はアルフを苦しめる結果になっていた。

 

 

(残り全部、持っていけば……母さんだって……っ)

 

 

 そんなフェイトの悲痛な叫びが、精神リンクを通じてアルフに流れ込んでくるのだ。

 痛みと悲しみが流れ込んできて、それに感応される形でアルフは胸が張り裂けそうになる。

 そして、そんなフェイトの心情にアルフは首を横に振るのだ。

 

 

 それは無理だと、フェイトに叫びたくなる。

 

 

 フェイトの母親がフェイトを褒めることなんて、フェイトに振り向くことなんて無いんだと。

 でもそう告げても、フェイトを傷つけるだけだと知っているから。

 

 

「……頑張れ……!」

 

 

 だからせめて自分だけはフェイトを褒めて、手伝って、応援してやるんだと心に決めている。

 

 

「頑張れ、フェイト!」

 

 

 その時、6つの『ジュエルシード』の魔力の波に押されていたフェイトが、少しだけそれを押し返した。

 まるでアルフの声に応えるように、尽きかけている魔力を絞り出して。

 気のせいかもしれない、だけどアルフはそんな主人の姿に胸を締め付けられるのだ。

 

 

 幸せになってほしい、今までずっと不幸だったんだから。

 少し前に、フェイトは自分の母親についてアルフにそう言ったことがある。

 アルフに言わせれば、それはフェイトにこそ当てはまることだと思う。

 幸せになってほしい、誰よりもずっと。

 

 

「……あれは!」

 

 

 その時、空に視界の端にいくつかの魔法陣が展開されるのをアルフは見つけた。

 そしてその中から姿を現してきた存在に、大きく目を見開く。

 

 

「アイツらぁ……!」

 

 

 鋭い犬歯を剥き出しにして、唸った。

 そこから出て来たのは、一番来てほしくない連中だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 次元航路内からのサーチで地上に無いことはわかっていた、だから海中に捜査の幅を広げようとしたのだが……。

 今回の事態は、その矢先のことだった。

 

 

「目標、ロストロギア『ジュルシード』と確認!」

「目標海域の魔力素濃度急上昇! 6つのロストロギアが共鳴発動によって、次元震の兆候を観測!」

「観測続行! クロノ執務官はいつでも出撃できるように!」

 

 

 オペレーターのアレックスとランディの言葉に厳しい言葉を返しながら、『アースラ』艦長たるリンディは艦橋のスクリーンを睨みつけていた。

 イオスの報告を受けてから、ある程度の妨害や競争は覚悟していたのだが。

 まさか、このような無謀な手段で残り6つを封印しようとするとは。

 

 

「何があったんですか!?」

「あ、あの子は……何をしているんだ?」

 

 

 その時、リンディ達のいる艦橋に3人の少年少女が駆けこんできた。

 2人は、なのはとユーノだった。

 息せき切って駆けこんで来てたなのはの肩には、いつものようにユーノが乗っている。

 なのはとユーノにクロノが簡潔に事情を説明するのを横目に、リンディはもう1人の少年に視線を向けた。

 

 

「執務官補佐イオス・ティティア、営倉入りを解除されました。艦長のご温情に感謝致します」

「……ご苦労様。さっそくで悪いのだけど、クロノを補佐して事態を収拾して頂戴」

「了解」

 

 

 目の前で敬礼を解いてクロノの近くに歩み寄って行く水色の髪の少年を目だけで追いながら、そっと溜息を吐く。

 リンディがイオスに罰を与えたのは、スクライア側との折衝の中で出て来た責任問題の行方についての一端だ。

 他にもあるが、必要があったから義理の息子とも言えるイオスを牢にブチ込んだ。

 

 

(あー……気にしてんなー、リンディさん)

 

 

 そしてリンディの凛々しい表情の中から悩みの色を読み取ったイオスは、苦笑とも何とも取れる微妙な表情を浮かべた。

 気にする必要はない……とまでは言わないが、必要なことだったのだから割り切れば良いのにと思う。

 

 

 スクリーンを見れば、6つの水柱を前に何かをしている金髪の魔導師の姿が映っている。

 フェイトだ、おそらくだが6つの『ジュエルシード』を同時に封印しようと言うのだろう。

 ……結論を言えば、不可能だろうと思う。

 

 

「下手を打つと、死んじまうかもな……」

「かもしれないが、それはそれでチャンスだろう。いずれにせよ確実に弱る、『ジュエルシード』ごと確保するぞ」

「そんなっ!」

 

 

 イオスの呟きが聞こえていたのか、クロノが冷然とそう告げる。

 実際、6つの『ジュエルシード』の魔力にフェイトは押されているように見える。

 このまま放置すれば暴走を抑えきれずに死ぬか、死ななくても再起不能の傷をリンカーコアに受けるだろう。

 逮捕するには、これ以上ない好機だ。

 

 

「そ、そんな……ダメです、助けなきゃ!」

「彼女は次元犯罪者だ、それも自分の無謀で自滅する……自業自得だろう。僕達の任務は彼女の自滅の被害を周囲に拡散させないことにある」

「で、でも……リンディさんっ」

「私達は常に最善の選択をしないといけないの。残酷かもしれないけれど、これが現実よ。」

 

 

 クロノとリンディの言葉に、なのはは泣きそうな顔をする。

 どうして助けてくれないのかと、その顔は言っていた。

 ……自然、リンディやクロノを始めとする『アースラ』スタッフはなのはから顔を背けた。

 別に、リンディ達も好き好んでフェイトを見殺しにするわけではない。

 

 

 仮に助けに行ったとして、攻撃されない保障はあるのか?

 むしろ援助の手を差し伸べた瞬間に攻撃を受けて、余計に場が混乱する可能性の方が高いのでは無いのか?

 つまり、「フェイトと言う敵性魔導師を信用できない」と言うのがその判断の根底にある。

 しかし、なのはは違う。

 

 

「なのは……」

 

 

 なのはの肩から、ユーノが気遣わしげな視線をなのはに向ける。

 なのはの目尻に涙が浮かび始めるのを見て、ユーノは息を飲む。

 ユーノは……ユーノだけが知っている、なのははフェイトを敵だとは思っていないのだ。

 だから、フェイトを簡単に見捨てる選択をするリンディ達の言葉にショックを受けてしまう。

 それは、ユーノが話した管理局のイメージとは異なっていたから。

 

 

「……なのは、僕が」

 

 

 だからユーノは、自分だけはなのはの味方をしようと思った。

 自分のせいで巻き込んでしまった、だからせめてなのはの願いを叶えてあげたい。

 ユーノならば、『アースラ』の転送ポートを扱えるから……。

 

 

「あー……艦長、あとクロノ執務官。ちょっと良いですか?」

 

 

 ユーノがなのはを転送させようとした時、イオスが発言を求めて挙手をしていた――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 別に、なのはに絆されたわけでもユーノに遠慮したわけでも、ましてやフェイトに同情したわけでも無い。

 ただイオスは、自分がここで発言することが管理局にとって必要だと判断しただけだ。

 『ジュエルシード』の被害の一端を、直接経験した唯一の管理局員として。

 

 

「発言を許可します、何かしら? イオス執務官補佐?」

「許可に感謝します、艦長。えー……エイミィ、『テミス』の記録映像を出して欲しいんだけど。第97管理外世界で4月10日、該当箇所は……」

「了解、スクリーンに重ねて出します」

 

 

 イオスの要請に応じる形で、エイミィが正面のスクリーンの隅――フェイトが映っているスクリーン――に重ねる形で、新たなスクリーンを出した。

 そこには、イオスがデバイスに記録していた映像が流れている。

 つまり、『ジュエルシード』の暴走体である巨大な樹木が街を破壊する様が映し出されていた。

 

 

 巨大な根に貫かれたビル、取り残された負傷者、根が張って破壊された道路。

 ロストロギアの規模としては大きくはない、次元震すら起きていない小規模なロストロギア災害だ。

 しかしそこに犠牲になる人々がいる限り、動かなければならない。

 何故なら彼らは、次元世界を守る時空管理局なのだから。

 

 

「俺が……私が第97管理外世界で経験したロストロギア『ジュエルシード』の被害は、まだ小規模な物です。しかし今回、敵性魔導師である少女は6つの『ジュエルシード』を一度に封印すると言う暴挙に出ています」

 

 

 不可能だ、それはこの場にいる誰もがわかっている。

 その上で見捨てようと言う文脈は、結局の所『ジュエルシード』の威力を直接は知らないと言う点に起因する。

 なのはが焦るのは、『ジュエルシード』の暴走に対して恐怖という側面もあるのだった。

 

 

「ですのでこの場合、最悪のケースとして6つのロストロギアが暴走します、しかも全開で。私とクロノ執務官と高町さんとユーノ、それからギリギリの判断で艦長が出たとしても……1つ、取りこぼしが出る計算です」

 

 

 『ジュエルシード』を1つ封印するのにもかなりの魔力を要する、1人の魔導師で複数の『ジュエルシード』を封印するのは得策では無い。

 そして『アースラ』にはロストロギア封印が出来る程の「魔導師」は5人しかいない、5人がそれぞれ封印を終えて最後の『ジュエルシード』を封印に向かった時には、そこにはすでに地獄が展開されている……。

 

 

「……以上の現実を受け止めた上で、艦長及びクロノ執務官に今回の作戦の再考をお願い致します」

 

 

 ロストロギア暴走の阻止と、暴走による次元世界への被害を予防する。

 暴走だけならまだしも、もし万が一、次元震――そして億が一にも次元断層へと発展したら。

 そうなれば、次元犯罪者の少女の確保どころの話では無くなる。

 現実として、他に選択肢があるのか?

 

 

 そう言う趣旨のことを言ってイオスは口を閉ざして一歩下がった、発言は終わりだ。

 誰も、何も話さなかった。

 クロノは最終的には艦長の判断に従うだろう、ならば後はリンディ次第だった。

 瞑目して考え込む、リンディの判断が全てを決する。

 

 

(……クライド)

 

 

 リンディが目を閉じて考え込むのは、ほんの数秒だ。

 数秒で判断しなければ事態はどんどん悪化する、艦長とは、指揮官とは決断するのが仕事なのだから。

 そう言う時にいつも思うのは、今は亡き夫のことだった。

 

 

 11年前、あるロストロギアの暴走が原因で死ななければならなかった夫。

 彼なら、こう言う時にどう言う判断を下すだろうか?

 …………そして、彼女は決断する。

 

 

「……イオス執務官補佐」

「はい」

「次元犯罪者の敵性魔導師の捕縛については、貴方に一任します。事態収束と同時に拘束して貰える?」

「……了解です、艦長」

 

 

 リンディの意図がわかって、イオスは頬を緩めながら敬礼した。

 その横で、腕を組んだままのクロノが溜息を吐いていた。

 

 

『まぁ、そうクサるなって』

『クサってない、数分前の自分が情けなく思えただけだ』

 

 

 クロノとイオスが念話で軽く話している間に、リンディはなのはを見つめていた。

 リンディの視線に気付いたなのはが姿勢を正し、リンディはその初々しい様子に微笑んだ。

 

 

「ごめんなさいね、なのはさんを傷つけるようなことを言って」

「い、いえ……あ、でも……じゃあ……!」

「ええ……そっちの彼にも、命令違反をさせなくて済んだしね」

「……?」

「ぁ……」

 

 

 なのははリンディの後半の言葉に首を傾げるが、ユーノは頬を染めて頭を下げた。

 バレていた、ユーノはそう思って恥ずかしくなった。

 それにも笑みを向けてから、リンディはすぐに厳しい顔に戻って腕を振るった。

 

 

「作戦を変更します! これより『アースラ』はロストロギア『ジュエルシード』の封印作業に全力を尽くします! その後、敵性魔導師の捕縛作戦に入ります!」

「「「了解!」」」

「総員の奮闘に期待します、以上!!」

「「「了解ッ!!」」」

 

 

 艦長の方針に従い、通信士が、操舵士が、オペレーターが、魔導師が動く。

 それを見つめながら、クロノ達に続く形で転送ポートに上がったなのは。

 艦橋のスタッフは、転送される寸前に彼女が笑顔で頭を下げるのを見た。

 

 

 ――――ありがとうございます!

 

 

 白い輝きを残して、クロノやイオスと共になのはは転送される。

 しかしその笑顔の残像は、リンディを含む艦橋の人間の目に残った。

 ……気のせいでなければその場にいた人間は顔を赤らめて、どこか照れくさそうに笑っていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 転移魔法の輝きの向こう側に出ると、そこはすでに海の上だった。

 それも6つの巨大な竜巻が海水を巻き上げて荒れ狂う、地獄のような現場だった。

 恐怖はもちろんある、しかしそれ以上の使命感と義務感が少年少女らを突き動かしていた。

 

 

「……っと、思ったより魔力素が濃いな!」

「それ以前の問題だ、まずは結界を張るぞ!」

「僕がやります!」

 

 

 イオスのぼやきにクロノが指摘を返し、気力に満ちたユーノの声が響き渡る。

 宣言通りに張られた結界魔法は、正規の魔導師であるクロノやイオスも舌を巻くほどの広さと精度を持っている。

 なのはの陰に隠れて忘れられがちだが、ユーノもまた天才なのだった。

 

 

「ユーノ君……凄い!」

「え、えへへ……」

 

 

 照れるユーノを視界に入れながら、すでにバリアジャケットを展開し終えているイオスは飛行魔法を使用する。

 その両手には、すでに鎖型のデバイス『テミス』が展開されている。

 手首の少し上まで覆う銀の籠手のような形の手甲には、流水のような羽根のような装飾が施されている。

 

 

「あー……っと、じゃあそれぞれ担当を決めて……うおっ!?」

 

 

 イオスが心持ち一同に背中を向けた時、見覚えのある紅の閃光が横合いから襲いかかって来た。

 反射的に掌に小さな防御魔法を重ね、細く鋭く放たれたその一撃を受け止める。

 

 

「フェイトの……邪魔をするなぁっ!!」

 

 

 アルフだった。

 人間形態で撃ち込んだ拳を、イオスが受け止める形。

 防御魔法を突き抜けて、イオスの左手に強烈な衝撃が走って拳の骨が軋む。

 

 

「ぐ……おっ!」

「イオス!」

「大丈夫だクロノ! 高町さん達はフェイトの方へ!」

「「はい!」」 

 

 

 イオスの言葉に、アルフは焦る。

 不味い、いくらなんでも管理局の魔導師3人相手に消耗したフェイトでは――――。

 そう考えて意識を逸らしたのが不味かったのだろう、いつの間にか襟元をイオスに掴まれていた。

 次いで、アルフの額に強烈な頭突きが繰り出される。

 

 

「がっ……こんのっ……!」

「一時休戦だ!」

「はぁ!?」

 

 

 空中でもつれ合うような体勢で、イオスはアルフに告げる。

 

 

「管理局はこの場での複数のロストロギア暴走を望まない! ここは一時所有権を棚上げして協力すべきと、執務官補佐イオス・ティティアの名で提案する!」

「そんなの……信じ、られるか!」

 

 

 イオスの腕を払い、フェイトの方へ向かった3人へと煩わしげな視線を送りながら怒鳴り返すアルフ。

 イオスも油断なく自分の周囲に鎖を回転させながら、アルフを睨む。

 犬の耳と尻尾がチラチラと見えて、あまり長くは睨んでいられないが。

 

 

「なら、どうすんだ犬のねーさん! このまま、あのフェイトとか言う子が自滅するのを黙って見てるか?」

「それは……」

「勘違いするなよ、別に提案じゃなくて要求でも命令でも良いんだ。あの子がくたばった後に封印作業をやっても良いんだから」

「……っ」

 

 

 一応、嘘は吐いていない。

 だがこれは駆け引きだ、説得では無い。

 そしてアルフが迷い、動きを止めた瞬間。

 鉄が擦れ合うような音を立てて、『テミス』の鎖が赤髪の女性の身体を拘束した。

 アルフが後悔の悲鳴を上げる前に、やはり鉄が擦れ合うような音を立てて引き寄せられる。

 

 

「だが、あえて提案する!」

 

 

 ガツンッ、目の前で星が散りそうな程の衝撃で、再び頭突き。

 鼻先が触れ合うような近さで、水色と紅色の魔力が、直接交錯する。

 

 

「協力しろ、使い魔ッ!!」

「……ッ」

 

 

 その水色の瞳に映った赤い輝きに、アルフは奥歯を噛み締める。

 実際の所、彼女もフェイトが無事に6つの『ジュエルシード』を封印できるなんて思ってはいないのだ。

 ならば、例え一か八かの賭けであっても――――。

 

 

「……アルフだ! フェイトに何かしたら承知しないからな!!」

 

 

――――その賭けに、乗った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『クロノ! こっちは合意完了だ。そっちはどうだ?』

「イオスか。『そうだな、こちらもおそらくは……大丈夫のようだ』

 

 

 イオスからの念話に応じるクロノの目の前では、なのはが金髪の魔導師――フェイトに対して、自身の魔力を分け与えている所だった。

 フェイトは6つの『ジュエルシード』の強制発動で魔力を使い果たしていたため、そうしなければ封印作業に参加できないのだ。

 そしてその様子を、クロノは少し離れた所から見ている。

 

 

「2人できっちり、はんぶんこ!」

「あ……」

 

 

 なのはからデバイスを通じて与えられた魔力の温もりに、フェイトは目を丸くする。

 どうして、と言う気持ちが先に出る。

 何が目的なのかと、理性的な部分が問いかける。 

 

 

「手伝って、『ジュエルシード』を止めよう。このままじゃ、大変なことになっちゃう……よね?」

「……う、うん」

 

 

 それはある意味ではフェイトのせいなので、フェイトとしては頷きにくい問題だった。

 そんなフェイトを見て、なのはは嬉しそうに笑う。

 

 

(やっぱり、この子はとっても優しい子なんだ)

 

 

 予測が確信に変わり、なのはは笑う。

 そんななのはの笑顔に、フェイトは戸惑う。

 優しくて、どうしてか縋りつきたくなる……それは、彼女の記憶の底に眠る物と同じ物だったから。

 

 

 そしてなのはは、フェイトの寂しそうな瞳に惹かれていた。

 だから、助けに来たかった……幼い頃、ひとりぼっちだった自分が、そこにいる気がして。

 その時の自分が、一番してほしかったことをしたくて。

 

 

「取り込み中すまないんだけど、そろそろ封印作業に入りたいんだが良いかな?」

「フェイトッ!」

 

 

 なのはとフェイト、見つめ合う時間は唐突に終わる。

 イオスの拘束を一時的に解かれたアルフが、フェイトに飛び付いたからだ。

 精神リンクで繋がっているアルフからは、「無事で良かった」という想いが溢れている。

 それがわかって、フェイトは目を閉じながらアルフの腕に触れた。

 言葉にはしない、たくさんの「ありがとう」を込めて。

 

 

「よーし、これで前提条件はクリアだな。後は……クロノ、どんな塩梅だ?」

「任せろ、結界内全域の解析と把握は完了した。バックアップも……エイミィ!」

『はいはーい、了解だよクロノ君。感度良好、6つのロストロギア封印に最適な配置を割り出したよ!』

 

 

 クロノの声に従って、『アースラ』から現場を管制しているエイミィがクロノのデバイスにデータを送信する。

 クロノのデバイスは『S2U』、神官が持つような形をした漆黒の杖、ストレージデバイスだ。

 

 

「良し……ちょうどここが中心だ、ここになのはと……フェイト、だったか、キミを配置する。それから……」

 

 

 クロノの指示で役割を分ける、フェイトとアルフは管理局員では無いので微妙な様子だったが……。

 しかしフェイトのデバイスである『バルディッシュ』は、主人に対して黙しながらも封印形態へと姿を変えた。

 今は、協力して封印すべきということだろう。

 

 

(……アレも、インテリジェントか……)

 

 

 そしてそれを、イオスは盗み見ていた。

 普通、専門のスタッフも無しにインテリジェントデバイス(しかも未登録)は造れないのだが。

 

 

「……行くぞ!」

 

 

 クロノの号令に従って、全員が飛ぶ。

 なのはとフェイトはその場に留まり、それぞれ魔力のチャージを開始する。

 桜色の魔力光と電撃の放電を視界に入れながら、イオスは口笛を吹いた。

 何だ、あのデタラメな魔力と魔法展開速度は。

 

 

『ああ、もう……天才って嫌になるな!』

『無駄口を叩くな、時間が無い!』

『はいはい、わかってる……』よぉっ! 縛れ、『テミス』!!」

<Yes,my lord>

 

 

 6つの水柱の中心、その直上地点――その場から、イオスは『テミス』の鎖を解き放つ。

 激しく擦れ合う音を立てながら回転し、全体を覆うように広がる銀の鎖。

 ドーム状に広がったその中には、3つの水柱を束ねられた2組の水柱が入る。

 

 

「『チェーン・バインド』!」

「『ストラグル・バインド』!」

 

 

 それは、アルフとユーノが己の全魔力を込めて編んだ魔力の鎖によって拘束されていた。

 緑と赤の――Aランク魔力による拘束・捕縛魔法――魔力の鎖が、それぞれ3本ずつ水柱を集める。

 さらにその上から、物理的な『テミス』の鎖が2組の水柱を縛り上げる。

 

 

 それは魔力の鎖と異なり全体を押さえるのでは無く、デバイスが計算した『ジュエルシード』のポイントを縛る形になっている。

 それだけでは終わらない、このままでは水柱……竜巻の勢いを殺せないからだ。

 だから『テミス』は、イオスは意識を集中する。

 水色の幾何学的な魔法陣が足元に広がり、その周囲には水柱とは別の水が渦巻き始める。

 

 

「……行くぜ、クロノ!」

「任せろ!」

 

 

 イオスの周囲に展開した水が、一斉に形状を変える。

 それは、槍だった。水の槍が、無数のそれがイオスの周辺に展開される。

 尾の部分に小さな魔法陣が展開したそれは、ドリルのように回転を始める。

 

 

「スナイプ、ショット!」

<Water spear execution shift>

 

 

 『ウォータースピア・エクスキューションシフト』――――水属性の、広域攻撃魔法。

 イオスの魔力変換資質に完全依存した、高圧縮された水の槍による一斉攻撃。

 それが2つに分けられた6つの水柱に突き刺さると、鎖の間から海水が散って。

 ……水流が、止まる。

 

 

 そこへすかさず、無数の青白く輝く魔力刃が襲いかかった。

 放ったのはクロノであり、放った魔法は中規模範囲攻撃魔法『スティンガーブレイド・エクスキューションシフト』。

 誘導術式を組まれた精緻な魔法の刃が、水流の止まった水柱の中へと吸い込まれて爆発する。

 海水が飛び散り、中から出て来たのは……。

 

 

「今だ!」

 

 

 そこから現れたのは、クロノの封印術式とイオス達の二重三重の拘束で出力が極端に弱まった6つの『ジュエルシード』だった。

 ひとまとめにされたそれは、あと一撃、強烈な一撃で封印が完了される段階にまでなっていた。

 強烈な一撃、すなわち。

 

 

「行くよっ、フェイトちゃん! せぇーのぉー……っ」

「……ッ!」

 

 

 桜色の魔力光が視界を横切った瞬間、フェイトは傷んだ身体の中に残った力を振りしぼった。

 譲られた温かな魔力で、頼れる相棒『バルディッシュ』の力を借りて。

 そして後は、放つだけだ。

 まるで、想いの丈を叫ぶかのように。

 

 

「『ディバイン……ッ」

「……『サンダー!」

<Divine buster full power>

<Thunder rage>

「バスタ』ァ――――ッッ!!」

「……レイジ』ッッ!!」

 

 

 桜色の広域直射型砲撃魔法と、雷撃を纏った広域攻撃魔法。

 絡まるように放たれたそれは、桜色の砲撃が撃ち抜き、雷撃が拘束して破砕し、そして同時に炸裂した。

 そこに大地があればクレーターが出来ていただろう衝撃がその場を駆け抜け、拘束していたイオス達の鎖と魔法ごと――。

 

 

 ――――6つの『ジュエルシード』は、封印された。

 巻き上げられた海水が雨のように滝のように降り注ぐ中で、事態は、収束した。

 

 

「……だから、デバイスの鎖ごと吹っ飛ばすなって……」

「……非常識だな」

 

 

 水色と黒髪の少年の、呆れたような声だけ残して。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……天才的ね、非の打ち所が無いくらいに」

「うひゃ~……最大発揮魔力、一瞬ですけど計測不能になりましたよ」

 

 

 後方……次元空間内から管制を行っていた『アースラ』では、クロノとイオス以上に客観的かつ衝撃的に状況を把握していた。

 それは、執務官と執務官補佐の少年達以外の4人についてだ。

 厳密に言えば、3人と1匹……になるのだろうが。

 

 

 まずユーノは、結界と拘束、両方においてかなり適性の高い魔導師であることが改めて証明された。

 あれだけの砲撃魔法の余波を受けても結界を崩さず、被害を現実世界へと波及させなかった。

 そしてアルフ、使い魔の力はマスターの魔導師の力量に比例する。

 アルフ単体でも近接戦と捕縛魔法など、バランスの良い使い手であることがわかる。

 

 

「出来れば、皆うちに欲しい所だけど……」

「あー、大活躍しそうですよね」

 

 

 呟くリンディに、頷くエイミィ。

 それだけ、なのは達は魅力的な人材だった。

 なのはは砲撃魔法はもちろん、魔力の収束に関しては天性の才能を有している。

 魔力量に裏打ちされた強固な防御力、飛行適性がある故に「動く砲台」と言う極めて希少なスタイル。

 

 

 そして、フェイト。

 魔力変換資質『電気』を持ち、強力な使い魔を従えている。

 魔法に関する知識も深く、幼さに似合わず場馴れしているようにも見える。

 なのはのデバイスの記録からすれば、本来は高機動戦を得意とする魔導師。

 

 

(……レティに相談してみようかしら)

 

 

 超えるべきハードルは多くあるが、リンディはふとそんなことを考えた。

 本局の友人に、力を借りようかと。

 

 

「……さて、クロノ達はどうするのかしらね」

 

 

 心配半分、期待半分。

 そんな気持ちで、リンディは息子達の判断を楽しみに待つのだった。 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 「……友達に、なりたいんだ」

 「え……」

 

 

 6つの『ジュエルシード』が放つ輝きの中で、2人の少女が向かい合っている。

 なのはは思う、目の前の少女は自分と似ていると。

 フェイトにはアルフ、なのはには家族。

 傍に誰かがいてくれたのに、孤独感を感じてしまう2人。

 

 

「知りたいの、フェイトちゃんのことが」

 

 

 どうして戦うのか、どうして『ジュエルシード』を集めるのか。

 同情したいわけでも、無償の優しさを与えたいわけでもない。

 ただ知りたい、魔力だけでなく気持ちも分け合えるように。

 だから、「友達になりたい」。

 かつて、アリサやすずかと分かり合えたように……。

 

 

「……だから」

 

 

 言葉だけじゃ、届かない。

 言葉を尽くしても、どれだけ想いを伝えようとしても……でも、届かない。

 言葉が届かないなら、それなら、その現実を見つめた上で。

 なのはは、告げる。

 桜色の魔力と共に。

 

 

「賭けて、『ジュエルシード』を」

 

 

 なのはの言葉に、フェイトは目を見開いた。

 それは、フェイトが言った言葉だったから。

 6つの『ジュエルシード』が、なのはの魔力に反応するように煌めいた。

 

 

 なのははもう、他に『ジュエルシード』を所持していない。

 フェイトもまた、ある事情で集めた『ジュエルシード』を所持していない。

 だからこれは、6つの『ジュエルシード』を賭けての決闘。

 ……フェイトは、瞑目する。

 

 

(……母さん……)

 

 

 応じる必要はない、一撃を与えて怯ませた隙に奪い、逃げれば良い。

 理性がそう判断する。

 応じたい、正面からぶつかって勝ち取りたい。

 感情がそう判断する。

 

 

 理性と、感情。

 鬩ぎ合う2つの気持ちに、決着をつけたのは。

 

 

「…………」

 

 

 目の前の少女の、真っ直ぐな瞳。

 眦を決し、フェイトは『バルディッシュ』を構えた。

 電撃の刃のその切っ先を、なのはに向ける。

 

 

『リンディさん、クロノ君、イオスさん、ユーノ君……ごめんなさい、我儘、通します!』

 

 

 念話を拡散させた後、なのはとフェイトの視線が一瞬だけ交錯する。

 そして、始まった。

 最初で最後の、本気の勝負が。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 魔導師として、なのはとフェイトは対極にある存在だと言える。

 高速機動戦を得意とするフェイトと、足を止めての火力戦を得意とするなのは。

 

 

 逆に言えば、両者の勝利へのイメージはお互いに一つしかない。

 フェイトは、「なのはの足を止めさせなければ勝ち」。

 一方でなのはは、「フェイトに足を止めさせれば勝ち」。

 

 

「くっ……!」

 

 

 なのはがホーミング性能を持つ多重魔力弾を3つ放つが、高速機動魔法をその身に付与しているフェイトはこれを簡単に避けてしまう。

 逆に雷撃を纏った複数のフォトンがなのはの死角から彼女を襲い、『レイジングハート』が自動防御でマスターを守る。

 なのは自身にも高速機動魔法がかかってはいるが、高速機動戦ではフェイトに一日の長がある。

 

 

「……シュ――トッ!」

 

 

 再び放たれる多重魔力弾、それは緩急を付けながら3方向からフェイトに迫る。

 フェイトの高速機動魔法の持続が切れるその一瞬を狙ったそれは、的確にフェイトを追い詰める。

 なのはの射撃精度が上がっているのか、それともフェイトの動きが最初に比べて落ちているのか。

 フェイトは飛行状態で両手を広げ、空気に押し出されるように急激に速度を下げた。

 

 

 その両脇を、2つの魔力弾が抜けていく。

 そして『バルディッシュ』を形状変化させ、死神の鎌のような光刃を生み出して振り向きざまに。

 斬った。

 

 

「『アーク……セイバー』……!」

<Arc saber>

 

 

 多重魔力弾の両断、並の魔導師ではできない芸当だ。

 そして続けざまに振り抜いた大鎌から、雷の刃が回転しながら放たれた。

 2連撃、なのはは慌てて回避する、そこへ……。

 

 

「……やああああああぁぁぁぁっっ!!」

「わ……!」

 

 

 一気に距離を詰めたフェイトが、『バルディッシュ』を振り下ろす。

 なのはにはその機動は見えなかった、しかし3度も戦えば覚悟は出来る物だ。

 すかさず防御魔法を展開し、フェイトの一撃を受け止める。

 

 

<Arc saber>

<Round shield>

 

 

 『レイジングハート』と『バルディッシュ』もまた、激しく火花を散らせる。

 お互いに、お互いのマスターに勝利を捧げようと努力している。

 それぞれのインテリジェントデバイスの敬愛を受けるのは、不屈と雷光。

 

 

 フェイトの攻撃によって巻き起こされた爆煙の中から、最初に飛び出したのはなのはだった。

 防護服であるバリアジャケットは所々が破け、額にはかすかに血が滲んでいる。

 魔力変換資質の雷撃が込められた一撃は、それだけ強力だった。

 そして、なのはがフェイトの姿を探そうと顔を上げた瞬間。

 

 

「……あっ!?」

 

 

 その四肢を、黄色い小さな輪が捕縛した。

 バインドされた、そう気付いた時にはすでに海上に……空中に、縫い付けられてしまっていた。

 軽くもがくが、外れそうにない。

 なのはは感覚で魔法を組んでいるため、そうした魔法制御などの技術が未発達なのだ。

 特にバインド魔法の解除には、理論と経験が要る。

 

 

「アルカス・クルタス・エイギアス……!」

 

 

 そしてそんななのはの視線の先に、『バルディッシュ』を構えたフェイトがいた。

 38基のフォトンスフィアが少女の周囲に展開され、無数の魔法陣と雷撃が明滅する。

 現状でフェイトが放てる、最後の……「決め」の一手だ。

 

 

(出来れば、使いたく無かった……!)

 

 

 拘束されてなお、自分を真っ直ぐに見るなのはを見つめながらフェイトは思った。

 だが、手加減はできない。手加減させてくれるほど、なのはは弱く無かった。

 ――――そして、自分にも余裕が無かった、だから。

 

 

「……撃ち抜け、ファイアッッ!!」

 

 

 全力で、撃ち抜いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 『フォトンランサー・ファランクスシフト』。

 フェイトの魔力で生成される38基のフォトンスフィアより繰り出される、雷撃の槍の一点集中高速連射魔法である。

 38のスフィアから毎秒7発の斉射を4秒、合計1064発の一斉射撃。

 

 

 フェイトがこの魔法を使用した瞬間、少し離れた位置からイオス達と観戦していたアルフはフェイトの勝利を確信した。

 あれだけの一斉射撃を受けて倒れないはずが無い、アレにはそれだけの威力があった。

 事実、クロノはなのはが負けたと判断しかけた。

 

 

「まだです……!」

 

 

 しかし、ユーノだけがなのはを信じた。

 それに対して、イオスは苦笑を浮かべた。

 だが彼自身、なのはが負けたとは「まだ」考えていない。

 この程度で終わるような少女なら、イオスは苦労していない。

 

 

<Divine buster>

 

 

 そして、ユーノの信頼に応えるように桜色の直射砲撃魔法が虚空を駆ける。

 それは雷撃の余波をも引き裂いて、術後の硬直状態にあるフェイトを襲った。

 フェイトが足を止める唯一の瞬間、すなわち攻撃直後を狙っての反撃。

 

 

「そんな、バカな!?」

 

 

 アルフが悲鳴のような声を上げる。

 フェイト最大の攻撃を受けてなお、なのはは健在だった。

 バリアジャケットは3分の1が破れ、左腕は肩先から露出している。

 右肩、左脇腹、スカート部分もほぼ消し飛んで白い太腿を外気に晒しているが……。

 

 

 しかし、倒れてはいない。

 焼け焦げたインナーには血が滲んでいて、今にも膝を屈しそうだ。

 だが、瞳だけは前を。

 

 

(わかりたい……フェイトちゃんのことを。だから!)

「『レイジングハート』!」

<Yes,my master>

 

 

 なのはが愛杖を振り上げて、飛ぶ。

 その視線の先には、『レイジングハート』が放った収束系のバインドに拘束されたフェイトがいる。

 砲撃を耐えた次の瞬間、拘束される。

 意趣返し、フェイトは唇を噛み締めながら直上のなのはを見上げた。

 

 

「受けてみて……私の、全部を! 『ディバインバスター』のバリエーション!」

 

 

 魔力の収束、それがなのはの持つ最大の才能だった。

 それはユーノはもちろん、クロノもイオスも知っている。

 しかし。

 

 

「え……ユーノ、お前、あんな魔法教えたの? 魔力収束のバインドって滅茶苦茶難しいんだけど」

「お、教えて無いです」

「すると、自力で編み出したのか!? まさかあのデタラメな構成の魔法も……!?」

「たぶん……」

「「え」」

「え、ちょ……何だい? あの子何をするんだい!? フェイト何されるんだい!?」

 

 

 イオスとクロノがユーノの言葉に戦慄していると、不安に駆られたアルフがうろたえる。

 ちなみに精神リンクで繋がっている彼女は、フェイトから流れ込んでくる感情とは無関係ではいられない。

 つまり、フェイトも怯えて――――。

 

 

「『スタァ――ライトォ――……!」

<Starlight breaker>

「ブレイカァ――――――――』ッッ!!」

 

 

 巨大。

 巨大としか表現できない桜色の砲撃が、フェイトごと真下の海を「割った」。

 なのは本人の魔力に戦場の残留魔力をも乗せて放つ、まさしくその名の通りの破壊の技。

 

 

 それはユーノの結界をもあっさりと消し飛ばして、砲撃の余波でイオス達も吹き飛ばしてしまう程の威力を持っていた。

 『アースラ』で観測していたスタッフ達もが、顔を青ざめさせる程の一撃。

 それはまさに、運命を打ち砕く一撃だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……イオス、お前あの砲撃を止められるか?」

「は、はぁ? あんな素人の砲撃なんざ、俺の手にかかれば……」

「そうか、じゃあもしもの時は頼む」

「ごめん、無理です」

 

 

 そんなことを話しながら、イオスとクロノはそれぞれ濡れた前髪を鬱陶しげに払った。

 彼らの全身は巻き上げられた海水でズブ濡れであり、周囲にはなのはの魔法で蒸発した海水の水蒸気が漂っている。

 

 

 イオス達は冗談混じりに言っているが、内心ではなのはの才能と全力ぶりに怯えてもいた。

 非殺傷設定……相手に魔力ダメージのみを与え、物理的な怪我を負わせないためのデバイスの機能だ。

 しかしそれにした所で、防御とバリアジャケットごと相手を墜とすとか……。

 自分達の上でフェイトを気を失った抱きかかえるなのはを見つめながら、イオスは目を細める。

 

 

「まぁ、あのフェイトって子も万全じゃなかったみたいだしな」

 

 

 イオスの言葉に、クロノは頷く。

 だからこそ、クロノもなのはの決闘を認めたのだ。

 ここに来た段階で、どうもフェイトは消耗……いや、衰弱している様子だった。

 

 

 案の定、あのフェイトという少女は動きに精彩を欠いていた。

 まぁ、クロノの予測以上になのはの才能は凶悪だったわけだが。

 まさか、自力で最上位の捕縛及び砲撃魔法を組んでくるとは思わなかった。

 

 

「ふ、フェイト……くそっ、何だいこの鎖は! 離しなよ!」

「……いや、離したら逃げるだろ」

「当たり前だよ! フェイトを連れて逃げるに決まってる!」

「少しは隠してほしかったよ」

 

 

 アルフの言葉に溜息を吐きながら、イオスは『テミス』の鎖を右手の指先で撫でた。

 その鎖の先は現在アルフの身体に巻きついており、拘束している。

 まさかフェイトを置いて逃げるとも思わなかったが、さっきの発言を見るに拘束して正解だったようだ。

 アルフがなのはの砲撃に衝撃を受けていた隙に、『テミス』の鎖を自動追尾で放ったのだ。

 

 

「何か魔法を使おうとしたら、構成に反応して鎖が締め上げるからな。大人しくしててくれよ」

「ぐ……」

 

 

 唸るアルフから目を離すと、いつの間にか肩に乗っていたフェレット形態のユーノが顔を上げた。

 

 

「イオスさん、結界張り直しますか?」

「うお、確かにヤバいな。クロノ、どうするよ」

「……撤退、だな。あの子も気を失っているようだし……む?」

 

 

 クロノが撤退の方針を決めた時、彼は結界の無い剥き出しの空に異変を感じた。

 晴れ渡っているはずの空の一部に、不自然な紫色の雲が浮かんでいる。

 幾重にも重なったそれは、次第に鈍く轟くような雷鳴を生み始める。

 

 

「な、何……?」

 

 

 嫌な空気を感じたのか、フェイトを抱いたままのなのはが周囲を窺う。

 彼女の周囲には6つの『ジュエルシード』が浮かんだままであり、不気味に明滅している。

 その時、なのはの真上で紫色の雷が鳴り響いた。

 

 

「あ……!」

 

 

 その時、なのはが驚いた理由は2つあった。

 1つには、紫の雷が自分に襲いかかってきたからである。

 しかもそれは6つの『ジュエルシード』をも飲み込み、まるで何かに引き寄せられるかのように掻き消してしまったからである。

 

 

 そしてもう1つ、こちらはより決定的であった。

 気を失っていたはずのフェイトが、自分が抱き抱えていたはずのフェイトが……自分を、突き飛ばしたのだから。

 胸に残るのは、自分を押し出した小さな掌の感触。

 視界の隅に小さな手と、金髪の少女の儚げな笑顔――――。

 

 

「フェ……」

 

 

 どこか儚げな笑顔が、紫の雷の中に消える。

 しかもそれは『ジュエルシード』の時と違い、フェイトの身体を激しく焼いた。

 なのはの『スターライトブレイカー』を受けた直後、防御力など皆無に等しい。

 

 

 なのはが空中で難を逃れたのとは対照的に、雷に焼かれたフェイトは海へと墜ちていく。

 アルフが悲鳴を上げて、イオスが悪態を吐きながら残った鎖を放つ。

 その様子を見つめながら、なのはは白い喉を震わせて、そして。

 

 

「フェイトちゃあああああああああああああああんっっっっ!!??」

 

 

 なのはは、生まれて初めて。

 純粋な意味で、「怒り」を覚えたのだった――――。

 





今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
それにしても、管理局サイドからでは無印編は改変が難しいですね。
書いた後にいろいろ考えてみると、「もっとなのはとイオスを絡ませるべきだったような」とか、いろいろと考えてしまいますね。

ただ無印編では、最低でも一つは原作と異なるエンディング部分を作るつもりです。
すでに時系列の上では、イベントが数日分早くなってたりとかはありますが・・・。

それでは、次回も頑張ります。

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