五日目、眼前に広がるは黄巾軍五万。
「いやー、圧巻だなぁ」
「面白いじゃなーい♪こういう状況って」
「ふふっ・・・・そうね、面白いわ」
「お、面白くなんか無いですよぅ」
「いやいやいや、洒落になってないって!」
ケラケラと笑う信、孫策、曹操と怯えまくる劉備と一刀。
「さ、開戦の檄は貴方に頼むわ、李厳」
「そうねー、お手並み拝見ってところよね」
「普通こういうのって曹操か孫策の仕事だと思うんだがな・・・・俺、根無し草の傭兵部隊の隊長様よ?どこぞの州刺史どころか太守様ですらねぇってのに」
「あ、でも何となく李厳さんが一番締まる気がします」
「だな、作戦立案者って事でここは一つ」
ふぅ、と息を一つ吐き出しながら「仕方無い」とつぶやいて前へと歩み出る。手に持つは大矛風雅、黒と翡翠の刃をゆったりとした動作で前へと掲げる。
「眼前は敵の海、傍から見れば絶望、だが・・・・俺たちは勝つ、誰のためでもねぇ、テメーらのためにだ、今を生きろ、明日を生きろ、これまでの生を失うな」
低く、重いが五千の兵全てに響き渡る声。
「思え、
自らの発する声と共に、兵士たちの内側に湧き上がる闘志を感じ取る信。
「ここを戦い抜けなけりゃ先は無ぇんだ!!気合入れろ野郎どもぉおおおおおお!!!」
一閃、振り払われた風雅と共に、兵一人一人の中で限界まで膨れ上がった闘志が弾ける。
「第一陣・・・・突っ込めぇえええええええ!!!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』
霞、関羽、張飛、徐庶の率いる第一陣が、雄叫びと共に口火を切った。
「劉備、一刀、郭淮、孫権は所定の位置に付け!合図を決して見逃すな!!曹操は俺と共に突撃準備だ」
「あら、ご指名とは嬉しいわね」
「客観的な強さで、だ」
「あらそう」
どこか愉快そうに笑む曹操、孫策も似たような笑みを浮かべながら第五陣へと下がる。
―第一陣
信の号令と共に全速力で突撃をするのは霞、関羽、張飛の猛将三名。
「ええか!ウチらの役目は目印付ける事や!深く入らんでもええ、ただ入口の大穴開けるんや!!」
「うむ、ならば全力の一撃を叩きつけて・・・・」
「全力で逃げるのだ!!」
「兵士の皆さぁあああん!!一発ぶちかましたらすぐに分かれて反転を始めて下さいねぇええ!!」
金切り声で指示を出す徐庶。
「流石軍師やなぁ、やる事分かってるやん」
「私たちも成すべきを成すまでだ」
「そうなのだ!突撃!反転!退却!なのだ!」
―第二陣
がむしゃらに攻める第一陣を少し後で見るは大我率いる第二陣。
「まだかのう」
「張遼、関羽、張飛・・・・あの三人が強いのは確かですがこれ以上は・・・・」
「・・・・・・ま・・・・」
「まだっすよ」
逸り始めた楽進と黄蓋を大我が押し留める。
「俺はバカだから難しい事は分からないっす、軍の進め方とかそういうのも勘ですし」
第一陣の様子を伺いながら大我は話を続ける。
「そんな俺でもコイツは間違い無いって言えるのが大将の判断っす、俺はあの人の指示に従うだけですから、今までそれで上手くやれてきた。これからも・・・・そうするつもりです」
『・・・・』
他三人が、意外そうな顔をする。
「ん?どうかしたんすか?」
「いや、意外じゃと思うてのう」
「え?そうっすか?」
「はい、もう少し猪突な方かと思っていました」
「何気に酷い事言うっすね」
「事実だから隠す必要性も無いわね」
「荀彧ちゃんまで・・・・」
しょんぼりする大我だったのだが・・・・
『第二陣、突撃ぃいいいいいいい!!!』
突撃合図を受け、すぐに大刀を構える大我。
「っし!!」
第二陣を構えるのは李厳兵だ。
「霞姐さんを助けに行くっすよ!!野郎共!!全速前進!!!」
『うぃいいいいいいいいいいい!!!』
「凄まじい・・・・指揮じゃのう」
「春蘭様もこんな感じな気が・・・・」
「ああおぞましい、早く全部終わらせて烈花(曹休)様のお膝で・・・・ああ!待ってて下さいね!!」
―第三陣
ため息を吐き出しながら、真っ向、第一、二陣が突撃した箇所を見据える白夜。
「そう言えば・・・・第二陣は全部
「その中から更に私の身内の声が聞こえてきたのは・・・・空耳だと思いたいですね」
「隊長、現実は見なアカンで。あれは間違い無く桂花(荀彧)様の声や」
「す、凄い士気、ですね」
二陣の大我はバカだが単純なバカでは無い、敢えて言うならば戦バカだ。全知全能が戦に特化しているのが奴だ。
「さて、曹休、李典、準備を頼む・・・・送り狼の時間だ」
「了解した、しっかり仕事をこなそうか」
「せやな、凪(楽進)も助けてやらなアカンし?」
「蒋欽さん、魚鱗で行く・・・・のでしょうか?」
ふと、問いかけてきた鳳統。
「ああ、そのつもりではあるが・・・・何か意見が?」
「はい、魚鱗では無く・・・・雁行で」
「・・・・成程、それで行こう」
『第三陣!突撃ぃいいいいい!!!』
即座に陣を組み替えた第三陣が、更に突撃していく・・・・
―第四陣
「・・・・白夜、の判断じゃねぇな・・・・鳳統か?味な真似をしやがる」
「成程、あれが『楔』第三陣の本来の突撃形態、と」
「・・・・そういうこった」
錐行、円陣、雁行、横陣、蜂矢の順序で本来の『楔』は完成する、のだが今回は手の内全てを見せる必要も無いと六分の力を発揮する陣組、錐行、魚鱗、魚鱗、雁行、蜂矢の順で突撃するつもりだった。だが第三陣が雁行で向かったという事は、誰かがそれを指摘したのだろう、そしてそれが出来る可能性が高いのは鳳統だ。
「味方だからって手の内全部を晒す必要はねぇわな・・・・幻滅するかい?」
「いいえ、むしろ安心したわ・・・・味方だからと手の内全てを晒すような愚者であったならば自らの観察眼が腐っていたという事だもの」
「そうですかい、って・・・・合図の準備」
『うっす!』
両脇に控える兵士が、旗を掲げる準備をする。見えるのは遥か向こう、黄巾軍から飛び出してきた騎兵隊だ。
「・・・・・千ぐらいか?情報通りならあれで全部だな」
「凡将であるならば、全て出すし出していなくともこの一手で手は縮まるわ」
「だな・・・・良し、合図出せぇええ!!俺らも前進するぞ!!!」
『応!!』
第四陣は、代理の指揮官相手でも勤勉に動く曹操兵。
―第五陣
孫策、周瑜、于禁は驚愕して見ていた。地面からせり出した丸太、そこに突き刺さる槍が側面から突撃した騎馬を足止めし、串刺している。
「何あれ?」
「・・・・まさか、兵の中に罠を埋伏させるとは・・・・」
「あんなの普通分かんないの・・・・」
「『
三将は戦慄する、これまでの戦で騎馬を潰すとなれば柵を作っての足止めだ。それを馬を本気で潰しにかかる将は存在しなかった、鹵獲すれば自軍の物資となるからだ。しかしこの『拒馬槍』は鹵獲する選択肢を排除、正しく敵軍の足を殺すための罠。
「あ、合図よ冥琳(周瑜)」
「分った、我々も行こう」
「うん、先ずはお仕事なの!」
「はい、全軍全速前進です!!!」
トドメの第五陣突撃、により黄巾軍を率いていた大方馬元義が戦死、その副将だった孫仲、韓忠も戦死し黄巾兵のほとんどが離散し文字どおりの圧勝となったのだ・・・・
―夜
大勝した四軍に届いた一つの報、教祖張角の戦死。その報告により官軍の勝利が確定したために大宴会へと発展していた。酒は皇甫嵩から届けられた戦勝祝い。
「先ずは諸君、ご苦労だった・・・・いくら将が有能であろうとも優秀な兵士諸君がいなければ戦は出来ぬ。そして良く生き残ってくれた・・・・ありがとう」
「官軍本隊からの伝令により黄巾の首魁を討った、と伝えられた。事実上の黄巾党討伐成功だ」
「諸君らの生存と、目的の達成を祝う・・・・・・・乾杯!!」
『かんぱああああああああああい!!!』
大宴会、という言葉がただしいだろう。特に孫策、黄蓋のあたりは兵の所属に構わずあちらこちらで飲み比べをふっかけている。
そんな中で、信と共に円を組み、火を囲むのは曹操、劉備、一刀、孫権だ。
「貴方の戦術には姉様も冥琳・・・・周瑜も驚いていたわ」
「そうね、型にはまらぬ波状の突撃戦術・・・・独学かしら?」
「自分がやられたら面倒だと思う事を相手にやってるだけだ、要するに嫌がらせの延長戦」
「最後だけ聞くと意地の悪い奴にしか聞こえないな」
「でもでも、凄いですよ!本当にあの兵力差で勝てるなんて!」
グッ、と酒を口へと流し込む信。
「元々勝率は六分四分さ、全軍突撃で大将狙い。それで十分勝てた」
「この度の兵の損失は負傷者三百余名、死者に至ってはおりませんでした」
フラリと現れたのは曹休だ。
「コレは貴方の戦術が上手く嵌ったおかげでもあります、誇れ、とまでは申しませんがもう少しだけ、胸を張ってもいいのだと思います」
「・・・・そうだな、少しぐらいは考えてみるさ」
「景気良くやっておるのう」
『!!?』
突如聞こえた声に、信、曹操、曹休は驚いてそちらへと振り向く。
「なっ!?何でアンタここにいるんだ皇甫将軍!!」
「ふぉっふぉっふぉ、ヌシらに辞令を持って来たのじゃよ。ヌシらは此度の戦において最大級の功労者、故にワシが直接参ったのじゃ」
「ちょっ、ちょっとお待ちください!姉様を呼んで・・・・」
「いや、むしろあの状態の孫策を出す事が無礼だ。名代として受け取っておけ、孫権」
「う・・・・確かに・・・・」
愉快そうに笑う皇甫嵩。
「では先ず陳留太守曹操」
「はい」
「賊将韓忠、裴元紹、周朝を討ちとった功績により定陶、任城の地を与えるものとする」
「謹んでお受け致します」
「次に義勇軍劉備」
「は、はひ!」
「そう固くならずとも良い、賊将厳政、程遠志を討ちとった功績により平原の太守に任ずる」
「あ、ありがとうございます!」
「秣陵太守孫策が名代、孫権」
「は!」
「賊将凶星、郭石、張栄、劉辟、珪固を討ちとった功績により呉郡、会稽、翻陽の地を併せ揚州太守に任ずる」
「ありがとうございます!」
「最後に王虎部隊の李厳」
「はっ」
「賊将馬元義、孫仲、卞喜、張純、高昇を討ちとった功績により江陵、夷陵、麦城の地を併せ江陵太守に、また牙門将軍の位を授けるものとする」
「・・・・・・・・・・へ?」
信は、自分の手前までを妥当だ、と思い聞いていた。しかし自分の功績に対して用意された結果に、驚きを隠せずにいた。
「ちょっと待ってください皇甫将軍、確か・・・・」
「うむ、確かに以前ヌシに提示したのは江夏一群ぞ・・・・だがヌシが討った馬元義、此奴が朝廷の一部とつながっていたらしくてのぉ・・・・まぁ奴が生きていて都合の悪い連中からの感謝の気持ち、というところじゃろうの」
「嬉しくねー事で」
「まぁそう言うでない、三郡を任せられるという事は大抜擢じゃ、理由はどうあれ後はヌシが実力で認めさせれば良い」
「そう・・・・ですね」
「うむ、まぁ目出度い日じゃ。ワシにも酒くれんかの」
「あ、はい!ただいま直ぐに!」
「まぁ先の四人には一度洛陽へと赴いてもらわねばならん、正式な手続きも必要なのでな」
手渡された酒を一気に飲み干す皇甫嵩。信は、洛陽へと行かねばならないという言葉に、洛陽にいる友へと、思いを馳せるのだ・・・・