「さて、要件を伺おうか。まさか挨拶だけをしにここまで来たわけじゃあるまい」
「ふっ、そうね・・・・ちょっと先の戦について聞きに来たのよ」
「・・・・まぁ座ったらどうだ?少し長くなりそうだしな・・・・」
それから先の戦についての考察、どういうつもりで軍を動かしたかなどを事細かに聞かれた。こちらとしても隠す事も無いため包み隠す事無く全てを話していく。
「成程ね」
何かを納得したような感じだ。
「張遼に蒋欽、呉懿に諸葛亮と貴方の周囲を固める人材が優秀だから皆そちらに目が行くけれども・・・・今分かったわ、この軍で一番厄介なのは貴方よ李厳」
「どうしてそう思うよ?」
「そうね、先ず一つ。先の戦闘の図面を描いたのは諸葛亮では無く貴方ね」
「その通りだが何で分かった?」
「そうね・・・・先の戦からは軍師の匂いがしなかったから、かしら?まぁコレは曹仁の言葉なのだけれど」
鋭い。そして曹仁・・・・曹操の四天王の一人であり荊州防衛の総指揮官を務めた人物。関羽、呂蒙といった英傑相手に引けを取らぬ戦運びを見せる猛将と知将の両面性を持つ。この世界の曹仁は今の話から察するに『本能型の知将』のようだ。
「まぁーでも文遠や公奕、子遠や孔明がいなけりゃ何も出来ないさ。人は一人じゃ生きていけねーのよ」
その言葉に、不敵な笑みを浮かべる曹操。
「単刀直入に言うわ、李厳。私と共に来ない?」
その言葉に、ハッとした顔をする朱里。
「悪いがそれは出来んぜ」
「何故かしら?」
「ずっと先を見ているアンタと一歩前を見続ける俺とじゃ道が交わらん。それに俺の言葉を信じて付いて来てくれてる奴らに申し訳ねーや」
頭を下げながら「スマン」、と一言述べると、曹操は不機嫌どころか愉快そうに笑う。
「良いわ、今すぐに手に入れられる何て思っていないもの。ただ・・・・何れ手に入れて見せるわ、貴方も、貴方の率いる将も軍も」
「やれるもんならやってみな、全力で抵抗するぜ」
ニヤリ、と笑い合う両雄。元来笑うという行為には威嚇の意味があるというが正しくそれを体現したのが今の二人の表情なのだろう。
「さて、ここからが本題よ」
「聞こうか」
今までは一個人の話、ここからは軍の長同士の会話だ。
「黄巾賊討伐の正式な勅が発せられたのは知っているわね?」
「無論だ」
「当面の間、共に軍を進めて欲しいの」
「俺らを選んだ理由は?」
今現在、伝わってきた話では黄巾賊討伐のためにかなりの数の刺史、太守格が軍勢を出しているという。有名どころでは倂州の丁原、幽州の公孫賛と劉虞、冀州の袁紹、韓福、秣陵の孫策、淮南の袁術、荊州の劉表などなど、他にも義勇軍が大勢いる。その中で自分たちを選ぶというには理由があると思うのだが・・・・
「正規の軍隊では無いがゆえの柔軟さ、実戦で培われた経験、優秀な五人の将。手を組むには十二分よ」
「・・・・分かった、で?明日はどっちに向かうんだ?まさか何時までも皇甫将軍の手助けをするわけじゃねぇだろ?」
「ええ、明日は少し北に向かうわ。そちらにも最近名の売れてきた義勇軍がいるのよ」
「?」
「天の御使いを擁すると言われる劉備軍」
少し前に流れた話だ。占師管路が「天より御使いが現れる」と、地方によってはそれに「その天の御使いが天下を太平へと導く」とまで言われているらしい。
「見たいのは御使いと劉備の両方か」
「ええ、その通りよ」
「んじゃあ皇甫将軍に挨拶だけしてくるぜ、あの人にゃ世話になったからな」
「分かったわ、私たちも一度陣に戻るわ」
王虎の陣営を離れ、曹操たちは自軍の幕舎へ、信と朱里は皇甫嵩の幕舎へと向かっていた。
「・・・・ご主人様、その・・・・」
「分かってる、ちょっと会いづらいんだろ?劉備に鳳統、徐庶と」
「・・・・・・」
無言で肯く朱里。袂を分った親友たちとその原因とも言える人物だ、会いづらいというのも分からないでも無い。
「ですけど」
「ん?」
「真正面から向かって行く事にします」
そう言って信を見上げる朱里の眼には、強い力が宿っている。
「そして胸を張って言います。『この人が私が選んだご主人様なんだよ』って、『だから心配しないで』って」
「朱里は良い子だなぁ」
その頭を撫でながら笑う、珍しく朱里もそれを嫌がらない。
「おや、李厳殿に諸葛亮殿」
聞こえてきたのは皇甫嵩の声。
「皇甫将軍・・・・何故此処に?」
「ちょっと散歩をの、ヌシらこそどうしたのだ?」
「実は・・・・・・」
事情を説明する間、皇甫嵩は眼を閉じ、その長年で蓄えられたであろう白ひげを撫でながら聞いていた。
「というわけでして・・・・」
「ふむふむ、良いぞ。やりたいようにすればいい」
「申し訳無いです、あれだけ面倒見てもらったのに・・・・」
「かまわぬ、むしろ手を取り合い前へと進め。次世代の雄たちよ」
バッ、と手を広げて空を見上げる。
「ワシらのような古い将の時代はじきに終わる、その次はヌシらのような若き世代の時代じゃ」
「・・・・」
「そうやって時代は進み行く、ゆえに李厳よ。ヌシはヌシの進みたいように進め、後悔の無いようにの」
「はい!」
「っとそうじゃ・・・・先の黄巾の将である何義、鄧茂を討ちとった功績によりヌシが望めば空領となっておった江夏の太守に就任する事が出来る」
「え?」と首を傾げて、その言葉を反芻する。
「俺が・・・・太守?」
「うむ、この戦でのヌシの働きには少し足らぬやもしれんが」
「大丈夫なんですかね?」
「問題無い、それに・・・・ヌシには仲間がおるじゃろう?まぁこの乱を鎮圧するまで時間はある、鎮圧が完了するまでに答えを出しておくと良い」
「分かりました」
「ふふふ、行けい!若き時代の者たちよ、手を取り合い、時には競い、新たなる時代をつかめい!!」
この声を聞いたのは信だけでは無かった、曹操や他の若手の将たちも、この声に、言葉に、静かに頷いた。彼の言葉が全ての若者たちへと向けられていたと感じ取ったからであった。