人生とは儚く、そして終わる時とは非常にあっけないものである。
俺、
信頼出来る悪友に囲まれ過ごした学生時代、父母はいなかったが祖父がいた。
詳しくは知らないが父母は事故で亡くなったのだと祖父は寂しげな眼をしながら語っていたのを思い出す、「俺は爺ちゃんがいるから良いよ」なんて言えば祖父は深く刻まれた皺をクシャリとさせながら笑うのだ。
祖父は武術家だった、かつては日本でも五指に入る実力者だったらしい。小学校の頃から教わったのは棒術、剣道とか槍とか柔術とか空手とか、そんなのを想像していたが棒術だった、祖父曰く、棒術は日常において身を護るのに最も適しているのだ、と言う。
18になった頃だった、何時ものように学校で悪友とバカな事を語り合い、何時ものように家に帰る、玄関を開けるがいつも聞こえてくる「おかえり」の声が無い、一抹の不安に突き動かされ向かった先には、冷たくなった祖父が横たわっていた。
心筋梗塞だったという、享年89歳ならば十分に大往生と呼べるのだろう。
既に父母が死んだ折に他の親族とは絶縁状態にあったらしく、葬式には祖父の友人たちが参列するのみだった。
火葬も終わり、祖父の遺骨を抱え一人きりになった家へと脚が向く。
雨が降りしきる日だったのは覚えている。
ブレーキ音、車に轢かれそうになっている子供。
一瞬、行くか行くまいか迷った、が爺ちゃんの声が聞こえた気がしたのだ「迷うな」と。
駆け出していた、間に合うか間に合うまいか、子供を抱え込んだ瞬間、体中に襲いかかる衝撃と共に、意識が途切れた。
次に眼が覚めた時、真っ白な空間にいた。
「お目覚めかね」
聞こえた声に振り向けば、そこにいるのはサングラスにアロハシャツ、ビーチサンダルと完全南国状態の無精ひげを生やした男と・・・・
「あらん、結構イイお・と・こ」
「うむ、胸が高鳴るのぅ」
「変態だぁあああああああ!!!!!」
フンドシはいた筋肉ダルマの変態が二人いた。
「んまっ失礼ねん」
「うむ、可憐な漢女に何と言う事を」
「お前さんらが入ると話がまとまらん、黙っとれ」
南国男がため息を一つつく。
「さて、君は斯波信で間違い無いね」
「あ、ああ・・・・・」
「私は伏羲、あの筋肉ダルマは貂蝉と卑弥呼という」
「・・・・・・」
「ああ、言わずとも良い、あれは幻みたいなものだと思っててくれ」
「まっ!酷いわん!」
「つれない事を言うでない!」
どこから出したのかハンカチを噛む筋肉ダルマたちから視線を反らし。
「さて、本題に入ろうか・・・・まぁぶっちゃける話、君はあの事故で死んだ」
「だろうな」
「だが君は本来ならばあそこで死ぬ予定では無かった」
「・・・・え?」
「108歳まで生きての大往生のはずだったのだがな、見事に90年も余ったまま死んだ」
唖然とする信を横目に、伏羲の話は続く。
「そこで、だ・・・・君に選択肢をやろう」
「選択肢?」
「そうだ、残る90年分の寿命を使うべく、君を別の世界へと転生させる事にした、我々の手違いで死なせた詫びだ」
「まぁ・・・・確かにそこまで残っていると勿体無いとも思うが」
「うむ、そこでプレゼントその一、転生する世界を選ばせよう」
「世界?」
「そうだ、君が今まで生きていた世界とは別の時代、世界に君を転生させる」
「時代、というのが気になるな」
何を隠そう、信は生粋の三国志マニアだ、部屋にはありとあらゆる三国志グッズがある。まぁ主に祖父の影響ではある。
「先ずは一つ目、群雄割拠、廉頗に白起に楽毅らが中華を駆ける春秋戦国時代!」
「パス」
「ふむ、次は天より振りたる百八星、梁山泊が英雄の舞う唐時代!」
「次」
「選り好みするねぇ、最後は後漢末期、劉備、曹操、孫権が、天下をめぐり干戈を交える三国・・・・」
「それだぁあああっ!!!」
待ってましたと言わんばかりにシャウトする。
「ふむ、了解したよ・・・・まぁ君は三国時代のとある武将に転生する事になるが・・・一つだけ注意」
「何だ?」
「ここはいわゆる平行世界、君の持つ三国志の常識が通じる世界じゃあ無い、君は前世の、今の記憶をもって生まれ変わるがその常識は捨て去ったほうがイイかもしれないよ」
「忠告感謝する」
「それとプレゼントその二、君に並外れた身体能力を授けよう」
「並外れた、ってどんぐらいよ」
ちなみに、生前の信の身体能力は一般の男子高校生よりやや上ぐらいなわけだが・・・・
「そうだな、車より早く走れて、鉄板を素手でぶち抜ける腕力があって、五キロ先まで見える視力がある・・・・かな」
「並外れたを通り越して人外だな」
「それで良いのさ、君には乱世を生き抜いてもらわなければならないからね」
ピッ、と伏羲が指差す先には一枚の扉。
「あの扉をくぐり抜けた時、君の新たなる人生が始まる・・・・乱世を自ら治めるも良し、乱世を治める英雄を補佐するも良し、全て君次第だ」
「ああ、好きにさせて貰う」
扉に手をかける、重い。
「信君」
両の手で扉を開く中、背後から聞こえるは伏羲の声。
「生き抜けよ」
「ああ」
短い答えを返し、扉の奥から迸る光に包まれた―――
―170年―???
眩いばかりの光に包まれた、その先、気がつけば見上げているのは天井、だがそれは古民家のような風情の漂うもの、ああ、これが転生というものか、と感慨深げに思うが言葉には出ない、感覚が伝えてくる、今の自分は何も出来ぬ赤子だと。
「おお、元気な男の子だな、よくやったぞ未央」
母の名だろうか、中国名にしては妙な名だとも思うが。
「さて、何と名をつけようか」
自らを覗き込むは人の良さそうな男性、この人が父なのだろう。
「あなた、もう決めてあります」
何とか、視界の端に移るのは一人の女性、綺麗だと素直に思えるこの人が母なのだろう。
「ほう、なんてつける気だい?」
「李厳正方、真名は信と」
「おお、良い名ではないか、真っ直ぐに育ってくれそうだ・・・・元気に育てよ信!」
まさか李厳とは、中々に良い人選をしてくれた、と思う。
李厳正方、荊州の劉表、益州の劉璋を経て劉備に仕えた隠れた名将とも言うべき人物。劉備軍の益州侵攻時は綿竹を守備しており、黄忠と一騎打ちし引き分けた剛の者でありながら諸葛亮、法正、劉巴、伊籍などと共に蜀科を制定する知恵者としての一面も持ち合わせる。
後年は劉備没後の事を諸葛亮と共に託され驃騎将軍にまで昇進したものの兵糧輸送の失敗を誤魔化すために諸葛亮に罪を被せようとして失敗、更迭され庶民に落とされたとか。
まぁ要するに鍛えれば名将と呼ばれるまでになる可能性を持ち合わせているという事、しかも伏羲の話通りならば並外れた身体能力を持った、だ。
さて、年齢を重ねてからどうしようか、なんて考えていると・・・・
「李さん、隣の張さん家でも子供が生まれたらしいよ!」
「おお、本当かい、めでたい事が続くねぇ」
張・・・・の付く武将の名に詰まる。李厳の出身地は荊州南陽、この地の生まれとなると黄忠、文聘、陳震ぐらいしか思いつかないのだが・・・・
「ああ、名前が遼で字が文遠、女の子だってよ」
へぇー女の子か、仲良くなれたら良いな、と思ったのは一瞬の事。待て、今何と言った?名前が遼?張で?張遼?・・・・ここはどこだぁああああああああっ!!?