魔法少女まどか☆マギカ★マジか?   作:深冬

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第二話

 待つこと十分。まるで舞踏会での壁の花のように校門に背を預けていた俺の元に、校門の上に我が物顔で居座っているキュゥべえを目印にしながら小さく手を振りながら俺とあまり年齢の違わない女の人が歩いてくる。

 金色の綺麗な髪を両サイドで垂れ流す様に髪留めで括り、毛先はくるくるとパーマをかけた風に見える。物腰が柔らかそうな印象を受け、落ち着いた雰囲気も漂わせていた。

 失礼の無いように校門に預けていた背を浮かせて彼女を迎える。

 

「あなたが私に会いたいって言ってくれた子で間違いないわよね?」

「ええ、そうですよ。ちょっとあなた方のことが気になったので、会えるようにキュゥべえに頼んでみたんですよ」

 

 対人関係の基本は笑顔。そして嘘偽りの無い真実であると俺は思っている。必要以上の真実を話すかどうかは別として。

 

『やぁ、マミ。僕としては彼と良好な関係を築いていきたいから、できる限り彼のしたい事を協力してあげて欲しいな』

「安心してキュゥべえ。私としても彼のことをいきなり邪見に扱おうなんて思ってもいないから。それじゃあ、立ち話もなんだし行きましょうか、えっと……」

「向井です。向井キリト。一応二年生です。どうぞ好きなように呼んでください」

 

 どうやらキュゥべえは巴さんに俺の名前を教えていなかったようだ。というか、どの程度まで俺のことを教えているかが気になるところだが、それを今訊こうとテレパシーを使っても巴さんにも聴こえてしまうので失礼にあたるだろうから止めた。

 

「そう、じゃあ私はあなたのことを向井君って呼ぶことにするわね。あ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私の名前は巴マミ。向井君より一年先輩だけど、そんなに気にしなくても良いから」

 

 よろしくね、と巴さんが右手を差し出してきたのでこちらも右手を差し出して手を握り合う。そこで校門を通りすぎる周りの生徒たちが俺たちの方に視線を向けていることに気づき、少し恥ずかしかった。

 巴さんが恥ずかしがっている様子は見られず、一人だけ赤面してしまう結果になってしまった。やはり巴さんのような美少女は他人からの視線に慣れているようだ。

 

「行きましょうか向井君」

「ええ、早く行きましょうか巴さん」

 

 柔らかい感触だった巴さんの手を惜しみつつ俺の手との繋がりを断つ。

 明日の朝、美少女と手を握り合っていたなんて噂が経ちかねないことに不安感の残しつつ、俺たちは学校の外に出ることにした。

 俺たちを先導するように目の前を歩くキュゥべえを普通の人が見ることが出来たら非常にシュールな光景に見えただろう。

 

 巴さんに俺の身の上話をしていると、いつの間にかキュゥべえがいなくなっていた。巴さんは特に反応しないことからあいつは神出鬼没なヤツなのかもしれないと勝手に思い込む。

 

「へぇー、それじゃあ向井君は何度も何度も同じ時間を繰り返しているってことなのね」

 

 本当にキュゥべえは俺のことを巴さんには全然話していなかったらしい。普通なら俺のことを知った上で会うことを決めるんじゃないかと思うが、そこは巴さんのキュゥべえへの信頼が厚いのか、もともと巴さんが優しかったかの二択だろう。

 でなければ、例えキュゥべえが仲介を引き受けたからと言って、魔法少女に会いたいと言う理由を伝えただけでは応じてくれないはずだ。その証拠にもう一人の魔法少女は会ってはくれないみたいだし。

 

「それにしてもソウルジェムってそういう使い方をするんですね。キュゥべえからは魔法少女の魔力の源としか訊いてなかったから驚きましたよ」

 

 巴さんの持つソウルジェム視線を向ける。

 ソウルジェムは卵ような丸みを帯びた形状をしており、巴さんはソウルジェムの上部にひもを通すことで首から提げて持ち運びしやすいようにしているようだ。色は彼女のイメージにピッタリな黄色である。

 

「ああ、これね。こうやって魔女の魔力の残り香を探しているの。反応があれば光るから毎日こうして街中を歩いているのよ」

 

 もともと巴さんは今日も魔女の捜索をしようとしていたらしく、そこに俺が会いたいなんて言ったもんだからその捜索に同行するという形で会ってもらっているのだ。

 そのことを聞いた時には少し悪い気もしたのだが、巴さんは「絶対に魔女が見つかるってわけじゃないから良いのよ」って笑顔で言ってくれたのでそこからは特に何も思わなくなった。

 

「特に交通事故や傷害事件……自殺なんかが起きた場所に魔女が潜んでいる場合が多いわ。だから私はそういう場所を優先的にチェックするの。……って、向井君が訊きたいことはこういう事じゃなかったわね」

「あっ、いえ、そんなことないですよ。俺にとっては永遠に繰り返す時間も、巴さんみたいな魔法少女や魔女と言った存在も同じ非常識的なモノに変わりないですから。少しでも自分がこの連鎖から抜け出る可能性があるなら知識として得たいところです」

「先に謝っておくけど、ごめんなさいね。私からしたら向井君が言っている時間の繰り返しているっていうのが信じられないの。私自身の時間も無いし、向井君に教えてあげられることは少ないわ」

「そんなことないですよ。巴さんが魔法少女や魔女のことを教えていただいていることだけでも俺としては助かっています。これまで何度も何度も、気が狂いながら繰り返してきた時間の中で今回の様にキュゥべえや巴さんに会ったことは無かったので、巴さんの話は大変タメになりますよ」

 

 思い出されるのはこれまで繰り返してきた時間。

 その中では魔法という言葉はファンタジーの産物だった。なのに今俺の隣には魔女と戦う魔法少女がいる。それに対価は必要だけどなんでも願いが叶えられると言ったネコとウサギが合わさったような生き物も現れた。

 例え今回も繰り返しから抜け出せなくとも、次回からは魔法という奇跡を当てにしながら一歩ずつ前に進めることだろう。

 

 それはいつ終わるかも分からない永遠の演劇に等しい。

 しかも何度も繰り返されるその舞台は途中で下りることは叶わず、出演者たちは無様に踊り狂うしか選択肢はない。

 

 だから俺は一歩ずつしっかりと舞台上から降りる階段を進むしかないのだ。

 

 巴さんと話してみてわかったことがある。

 それはキュゥべえの言った通り、俺がこの永遠の連鎖から解き放たれるには誰かがキュゥべえに願ってもらわなければならないということだ。

 これは魔法少女のことや魔女のことを聞いてみて出た俺の中の結論で、どうも他の方法では実現性が乏しいというか、そもそも思いつくことさえできなかった。

 

 死んでみても生きてみても両方ともダメ。

 そんなどうしようもない現実は理解していて、だったら非常識的存在に頼ってみようということでキュゥべえや巴さんに俺の置かれている状況を喋ってようやく一縷の希望を見出した。

 それは自己犠牲を対価に奇跡を得る契約だった。

 だがその契約は生物学的に男の俺では結ぶことすらできないという。だから俺が残された道はいたいけな少女に俺を救ってくれと頼むしかなかった。それもその少女を戦いという茨の道に進ませるという残酷な願いで……。

 

 キュゥべえはそれを肯定した。『自分の願いを優先することの何がいけないんだい?』そう言って、俺に新たな魔法少女を生み出すスカウトマンになってくれと言葉を付け加えた。

 それはある意味正しいことだった。

 人間誰しも一番に優先するのは自分のはずだ。警察官だって消防士だって、人々の笑顔を見て自分が満足するために職務を全うしていることだろう。結局は人の為とか言いつつも最終的には自分の為になるのだ。

 だからキュゥべえにだって、君たち人類の為とか言って魔法少女を生み出して魔女と戦わせることで、最終的には自分の利益を獲得しているのだろうよ。それが何なのか知らないし、想像出来ない。

 だけれどもそのキュゥべえにとっての利益が何なのかを俺が知る必要も無い。だって、俺の願いはこの繰り返す時間から解き放たれることなんだ。それ以外の他人の事情など知った事ではない。

 

 ……なのに何故、俺は俺の為に少女に願わせる事にこんなにも抵抗感を抱いているのだろう。

 自分の為に一人の少女の人生を壊してしまうことに、それほどまでに嫌悪感があるのだろうか? それとも少女に助けられることから自尊心傷つけられるのを恐れているのか?

 答えは俺の中で渦巻いているはずなのに、どうもその答えを見つけられずにモヤモヤとした霧の中を彷徨っている感じがする。

 

「大丈夫?」

 

 隣を歩いている巴さんが俺の顔を心配そうにのぞき込んできた。俺たちは今、巴さんのソウルジェムが魔女の気配に反応したので、その反応を追って魔女を捜している。場所は学校帰りの賑わうショッピングモールだった。

 俺は少し俯きがちだった顔を少し上げて巴さんと視線を合わせる。

 

「ええ、大丈夫ですよ。少し考え事をしていまして」

「そう? それなら良いんだけど……でも、魔女に遭遇した時はちゃんと気を引き締めてね。本当に魔女は危険な存在なのよ」

「はははっ、俺のことなんて気にしなくても良いですよ。どうせ死んでもまた繰り返されるんですし、それに魔女が俺を殺すことによってこの連鎖から解き放たれるのなら安いモノです」

 

 自然と乾いた笑い声が喉から出てきた。

 きっとこの時の俺の顔は酷かったんだろう。自分のことではないのに巴さんが悲痛な面持ちで俺に諭してくる。

 

「そんなに悲観してしまうのはダメよ」

「どうしてです? 当事者ではない巴さんには俺の苦悩も絶望も分かるはずないじゃないですか」

「確かにそうね。私には向井君が経験してきたことは分からないわ。でもね、私にだって苦悩や絶望はあるの」

 

 それはそうだろう。人は必ずと言って良いほど、大きさはどうあれその身に苦悩や絶望を抱えている。苦しみや絶望があって、その上に初めて幸福や希望がある。

 もしも苦悩や絶望を持っていない人がいたとしよう。それらが無ければ、対になっている幸福や希望なんかは普通のことだと認識されてしまう。

 

 俺の場合は普通の日常こそが幸福であり、希望だった。

 そうやって認識できるのは、この地獄とも言える繰り返す時間があって初めて幸せとは何だということを知ることができた。まぁ、今の俺としてはこの繰り返される時間から解き放たれるのなら、日常でも非日常でも、死という終着点でも構わないのだけれども。

 だから俺は無理矢理笑って返す。

 

「そうですね。だから人にはそれぞれ叶えたい願いがあるんですもんね」

 

 俺には巴さんの苦しみなんて分からない。

 でも、彼女の苦しみを積極的に訊きたいわけでもない。その苦しみは彼女のモノであり、俺のモノではないからだ。

 俺が見る限り、巴さんは俺と同様その苦しみを必死に押さえつけているように感じる。少しの歪みでも簡単に瓦解してしまいそうな心の呪縛。

 

 魔法少女とは皆が皆、俺や巴さんみたいに必死に自分を取りつくろっている人間ばっかりなんだろうか?

 でもそれもそうか、とも思う。キュゥべえにどんな願いでも叶う奇跡を願ったのだから、心のどこかが歪んでいてもおかしくはないのかもしれないな。

 

 最後に俺が言葉を発してから少しの間、まるでショッピングモールの喧騒から切り取られたかのように俺たちの間には沈黙が訪れた。

 巴さんは何かを言おうと口を開きかけて、何も言葉が出てこなくて口を噤む。俺の方はというと巴さんに特に訊く事も無くなったし、単純に口を閉じていた。

 陽はすでに傾きかけ、ショッピングモールには少しずつオレンジ色の光が差し込み始めていた。

 

「あっ」

「どうしたんです?」

「近くに魔女がいるみたい……でもこの魔力反応から言って使い魔かしら?」

 

 巴さんの持つソウルジェムが淡い光を放つ。

 ちなみに使い魔というのは、元は魔女の身体から分離した存在で、人間を捕食することで分離前の魔女と同じ魔女へと成長する厄介な存在らしい。

 つまり、魔女の子供と言うべき存在なのであろう。あくまで俺の推論だが、こうして魔女は増えていくから、その対抗戦力としてキュゥべえが魔法少女を生み出しているのではないかと思う。

 

「いい? これだけは注意しておいてほしいんだけど、使い魔と言っても何も力を持たない向井君にとっては危険な存在よ。だからくれぐれも飛び出したり危険なことはしないようにお願いね」

「わかってますよ」

 

 次に繋げるためにもこんな序盤でくたばってはられない。せめて魔女とやらを見るまでは死んでたまるか。

 少しでも経験を。少しでも情報を。

 俺の中のモヤモヤを晴らすために少しでも知識を身につけるんだ。

 それぐらいの気概で進まなくては俺の願いが叶うことは無いだろう。

 

「行きましょうか」

 

 先ほどまでの表情と打って変わってキリリとした巴さんが、ソウルジェムが指し示す方向へと駆けだす。

 その後ろ姿を追うように俺も足を進めた。

 

「ここよ」

 

 駆けだして十分ぐらいだろうか、巴さんが足を止めたのはショッピングモールの中にある一般人立ち入り禁止の改装中のフロアだった。

 そこには人の気配なんてモノはまるで無く、先ほどまでいた賑やかな一角とは打って変わって閑散としていた。

 

 ここまで近づけば俺でも分かる。

 妙な圧迫感と言って良いだろうか。目の前に広がるフロアに一歩でも踏み入れれば、それまでの現実から俺が足を踏み入れなければならない非現実へと全てが変化してしまうことが容易に想像できてしまう。

 これが魔女の結界か。

 俺自身、死んでもどうせ繰り返されるだろうと高を括っていたが、目の前のあまりの異質さに尻込みしてしまう。どうやら自分で自分を殺すより他者に殺される方が、より強い恐怖を生み出すらしい。

 

「大丈夫かしら?」

 

 額から脂汗を噴き出していたからなのか、巴さんがさきほど俺のことを心配した時とはまた違ったトーンで心配する言葉をかけてきた。

 

「大丈夫です。少々、決意のほどが足りて無かったようです」

 

 あはは、と笑うしかなかった。

 そうか、この威圧感が魔女なのか。こんなのと戦っている巴さんは凄いな。これならキュゥべえが契約の対価に奇跡を差し出すのも理解できそうだ。

 額の汗を手で拭う。

 

「行きましょうか巴さん。俺なら大丈夫なので心配しないでください」

「わかったわ。そのかわり危なくなったら私の後ろに隠れて頂戴ね」

 

 どうでも良いプライドなのだが、男として女の人の後ろに隠れるのはごめん被りたいところだ。しかし、魔女に対する対抗手段においても知識においても巴さんの方が(まさ)っているので、ここは素直に首肯する。

 

「ええ、分かっていますよ」

 

 今はまだ死ぬべきところでは無い。

 それを分かっているからこそ巴さんの言葉には耳を傾けなくては。

 

「……行きましょう」

 

 巴さんはフロアへと足を踏み入れたので、それに俺も続く。

 

「これは……」

 

 なんとも形容し難い空間だった。まるでその昔ヨーロッパで描かれた絵画の中に迷い込んでしまったと言えば良いのだろうか、イメージとしてはピカソの絵が一番しっくりくるかもしれない。

 しかしそれだけでは、この異質な空間を表現することは叶わない。

 もっと、こう……ああ、そうか。絵本だ。子供向けの絵本のような空間なんだ。

 様々な色がしっちゃかめっちゃかに辺りに散りばめられて、この空間の異質さを醸し出している。

 

「魔女の結界ってヤツは思ってた以上にスゴイ空間ですね」

「うふふ、向井君はどんな風だと思っていたの?」

 

 俺が呆然としていたからだろうか、巴さんは小さく笑ってからそんな事を訊いてくる。

 

「もっとジメジメして暗い場所かと思ってましたよ。でも実際は、こんな絵本の中に迷い込んだような馬鹿馬鹿しい空間だとは思いもしなかったですよ」

 

 そんな空間だからこそ、逆に恐怖感を感じさせられる訳だが。

 

 その後も巴さんのソウルジェムの反応を頼りに結界の中を突き進んでいく。鎖がジャラジャラと音を立てたり、かと思えば瓦礫の山が目の前に現れたりだとか、本当によく分からない空間だ。

 

「……来たわね」

 

 巴さんがそっと呟くように言う。

 ここで「何が?」とか訊くほど俺は野暮では無い。もちろんこの結界内に潜んでいた使い魔が現れたのだ。

 毛糸玉のようなまるい物体が本体なのだろうか、そこに鼻と口、そして触角と髭を生やし、さらに尻尾のように延びたような機関の先は蝶のようになっている。

 そいつが五匹ほど目の前に迫ってきている。

 

 もうファンタジーとしか言いようがない。

 

 これまで生きてきて、これほどまでにファンタジーの世界をこの目で見たことが無い。俺が置かれている繰り返す時間はどちらかというとSFのようだと俺は認識している。

 

「早く片づけて先に進みましょうかっ!」

 

 そう言って、巴さんはソウルジェムを両手で胸のところに持っていき目を閉じる。

 すると次の瞬間にはさきほどまで着ていた見滝原中学の制服から、土曜や日曜の朝に放送されているようなアニメに登場してもおかしくない如何にも魔法少女ですと主張するコスチュームに変わっていた。

 巴さんの金色の髪に合わせるように襟や胸のリボンは黄色く、ふんわりとした上着をコルセットで抑え、緑色のスカートで全体の雰囲気を整えている。

 

 これを“変身”と言うんだなと、この緊迫した状況なのに思ってしまう。

 

 そして巴さんはどこからともなく取り出したマスケット銃を使い魔に向けて発砲する。撃鉄の音が妙に生々しい。もしかして本物なのだろうか?

 魔法少女と言うのだから、呪文を唱えて杖の先から炎や雷といったモノを放つのかと思っていたら、バリバリ物理攻撃なのかい。これはもうツッコまざるを得ない。

 

 基本的にマスケット銃は単発式であるので、一度撃ったら弾を込めなくてはならないのだが、巴さんは撃ったそばからそのマスケット銃を投げ捨て、次の瞬間には新たなマスケット銃をその手に持っていた。

 投げ捨てられたマスケット銃が地面に落ちて鈍い音を出さないのは投げ捨てたそばからマスケット銃が虚空に消えているからだ。

 

「終わったわ。先を急ぎましょう」

 

 俺が巴さんの攻撃手段について考えていると、全ての使い魔を討ち倒した巴さんが俺を現実へと引き戻す。

 

「驚きましたよ。巴さんって魔法なんて使わずに戦っちゃうんですね」

 

 俺は未だ巴さんが手に持っているマスケット銃を一度見てから言った。

 

「うふふ、違うわよ。私が使っているのは召喚魔法よ。それでこのマスケット銃を呼び出して戦っているの」

「ああ、それで投げ捨てたマスケット銃が消えちゃうわけですか」

「そういうことになるわね。さ、先に進みましょう」

 

 マスケット銃を胸で押さえつけるように持って笑う巴さん。

 先ほどの戦闘を見てやっぱり本当に命を賭けて戦っているんだと思ったら、その笑顔が無理しているように俺には見えた。

 

 その後も何度か使い魔の襲撃を受けた。しかし、巴さんが魔法で召喚したマスケット銃の射線上に存在しただけでその数を減らしていった。

 俺は特に何もすることは無く、使い魔が現れる度に巴さんの後方五メートルぐらいに下がって、戦闘の邪魔にならないように気を使うくらいしかなかった。巴さんにとっては魔女や使い魔を倒すことは使命であるので、今回はそれにお邪魔する形の俺は少しでも邪魔になるような行動は避けるべきだと判断した。

 

「気をつけて、この先に沢山の気配があるわ」

 

 巴さんは両開きの大きな扉の前で俺を制した。もちろん俺は言われた通りに気を引き締める。

 それにしてもここまでに辿り着くまでに『工事中』やら『立ち入り禁止』などと言った看板や立て札などを見かけた。

 この空間が現れる前の名残と言っても良いのだろうか? それがどうも現実と結界の内部との境界が曖昧な感じにしているような気さえした。

 

「開けるわよ」

 

 巴さんが重そうな両開きの扉を押す。ここは俺の出番だと思ったので俺も手伝う。

 ギギィ、と音を立てて扉がゆっくりと開く。見た目通り扉は結構な重さがあり、これだけの動作で俺は息が荒くなる。でも巴さんはまったく息を乱してないことから魔法少女は肉体的に補正でもあるのかもしれない。

 これは後でキュゥべえにでも訊いてみることにしよう。

 

「あれは――ッ!? 向井君、私は先に行くわねっ!」

「はい?」

 

 息を整えるために膝に手をついていて巴さんの言葉を良く聞きとるが出来なかった。しかし、巴さんは俺の曖昧な返事なんて知らないとばかりに駆けだす。

 

「あっ、ちょっと」

 

 手を伸ばして制止させようとするも、巴さんはお構いなしに稼働させた足を止めることはない。

 ようやく息を整えて、大きく溜め息を吐く。

 

「まったく、あんなに急いでどうしたのかね」

 

 すでに遠くまで行ってしまった巴さんの背中を捜す……と、すぐに見つけた。

 それにしても巴さんと一緒にいる二人組は誰だ?

 制服から見て俺達と同じく見滝原中学の生徒で間違いないだろうが、ピンク色の短い髪を赤いリボンでツインテールにした気弱そうな女の子と青い髪をショートカットしている勝気そうな性格の女の子。腰が抜けたのか二人ともぺたんと床に腰を降ろしている。

 遠目からだから少しばかり自信が無い。別に俺はそこまで視力が良いわけでもないし。

 

 俺も巴さんの後を追い、彼女たちの元へと駆け寄る。

 って、よく見たらピンク色の髪の子がボロボロになったキュゥべえを抱きかかえている。

 

「大丈夫かキュゥべえ?」

 

 別にキュゥべえ自体の命には興味は無いが、コイツが死んだら今回の繰り返しで見出した方法を探求するのに不便になる。

 

『うん……なんと、かね。マミに、助け、られたよ』

 

 途切れ途切れになりながらも律義に返事をしてくるキュゥべえ。別に辛いなら返事をする必要なんてないのに。

 

「向井君。私が使い魔たちを何とかするからその子たちをお願い」

「はい、分かりました」

 

 巴さんに頼まれたので、呆然と事の成り行きを見ていた女の子二人組を連れだって後方に下がることにする。

 

 安全圏まで下がって俺は腰を降ろした。そして改めて先ほどまでこの女の子たちに襲いかかろうとしていた使い魔の集団……いや、軍団を見る。

 

「にしても、すごい数だな」

 

 別に数える気なんてさらさらないが、ざっと見た感じで総数は100と言ったところだろうか。あの髭の生えた毛糸玉みたいなヤツのあまりにも馬鹿馬鹿しい数に笑いさえ込み上げてくる。

 

「……何で笑ってるのよ」

「あん?」

 

 俺は右斜め上の方向に顔をあげる。そこには俺が避難させたキュゥべえを抱いたピンクの女の子と青い女の子。ちなみに俺に喋りかけてきたのは青い女の子だ。

 

「だから、なんでこんな状況で笑ってられるのかって私は聞いているのよっ!」

「ちょっと、さやかちゃん……」

 

 切羽詰まった表情で怒鳴ってきた青髪をピンク髪が心配そうな顔で見る。ピンク髪……なんか語呂が悪いな。

 

「俺は向井キリト。見ての通りお前たちと同じ学校の二年生だ。で、お前たちの名前は?」

 

 とりあえず、状況確認の為に名前を訊くことにする。どうやらこの子たちはキュゥべえのことが見えているみたいだし、それにこんな状況に巻き込まれるんだ。魔法少女になれる為の資質と言うものを兼ね備えているのだろう。

 俺の願いの為にも知り合いになっておくにこしたことはない。

 

 尚もガミガミと吼えてくる青髪を制するようにピンク髪が俺の望むとおりに自己紹介をしてきてくれた。

 

「わ、わたしの名前は鹿目(かなめ)まどか。で、この子は美樹(みき)さやかちゃん。二人とも向井君と同じく二年生だよ」

「ふーん、まぁよろしく。ところで美樹さやか」

「なによ?」

「不満そうな表情のところ悪いがアレを見てみろ」

 

 俺は前方へと指を指し示す。そこには次々と両手にマスケット銃を召喚し、使い魔に向けて発砲する巴さんの姿が見える。

 ここに来るまでの巴さんの活躍を知っているから特段心配することは無い。

 

「つまり適材適所ってわけだよ。俺はこうしてお前たちを避難させて、巴さんはアイツらと戦う。……って、巴さんから自己紹介されたか?」

 

 美樹さやかは呆然と巴さんの戦いに魅入られていて、俺の問いに答えたのは鹿目まどかの方だった。

 

「まだだけど……」

「あの人は巴マミ。俺たちの一年先輩で三年生だな。で、何か質問ある?」

 

 視界の先の巴さんはあまりの数にメンドくさくなったのか、一気にかなりの数のマスケット銃を召喚した。使い魔と同様数え切れないほどのそれらは規則正しく空中に展開される。どうやら重力の影響は受けていないようだ。

 

「あの丸っこいヤツらは何なのよ!? それにこの訳わかんない空間だってそうだし、転校生のことだって訊きたいし、あの人のこともあたしはもっと訊きたいわよ」

「うーん、思ったよりたくさんの質問が来たな。あの丸っこいヤツらは使い魔だな。それでこの空間は魔女の結界の中、転校生ってのはよく分からんが巴さんは魔法少女だ。まぁ、俺も詳しく知っているってわけじゃないけどな」

 

 とりあえず俺が知り得ている大まかの情報を喋っておく。どうせ後で巴さんもこの子たちに同じようなことを説明するだろう。

 

 巴さんの方はと言うと、マスケット銃を展開し終えたようで、手に持ったマスケット銃の引き金を引く。すると、展開された全てのマスケット銃の撃鉄が次々と鳴り響き弾を射出していく。

 全ての撃鉄がほぼ同時に撃ちつけられたものだから、物凄い轟音になり結構距離を取っていたはずの俺たちの鼓膜にダメージを与える。

 放たれた弾丸は使い魔の軍団に吸い込まれるように飛来し、ことごとくを粉砕していく。

 

「うお、すげぇ」

 

 まさか巴さんがこんな事までできるなんて思ってもみなかった。

 ガミガミ言っていた美樹さやかもキュゥべえを抱いた鹿目まどかも呆然を通りこして唖然としている。

 

「まぁ、とにかくこれで君たちは奇跡を願うことのできる権利を得たんだよ」

 

 俺の言葉にどちらからともなく言葉が紡がれる。

 

「奇跡……?」

「ああ、俺が欲しくてたまらない奇跡だよ」

 

 羨ましい。俺は願うことができなくて、こんなか弱そうな少女たちにしか願うことができないなんて。

 さて、俺の願いを代わりに願うことのできる少女たちを発見したわけだが、俺はどうしたら良いんだろうな。

 

 この子たちの未来を犠牲にして、俺は自分の未来を手に入れられるんだろうか……?


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