本話は第九話のキュゥべえに契約を持ちかけられた後からの分岐です。
本編の読後感を台無しにする可能性が高いのでご注意ください。
ネタだとでも思って読んでください。
そもそも読む必要ありません。
分岐であり、IFです。
時間は、少年が地球外生命体インキュベーターに契約を持ちかけられる時まで遡る。
これはありえた未来と、ありえたかもしれない未来とは、また違う未来。
少年がチカラを望んだ時、結末はどのように変わるのだろうか……。
*****
その日、時間遡行者暁美ほむらは、言葉で表現出来ない大切ななにかが欠けたような不安感に襲われていた。
何度も繰り返してきた一ヶ月。いつもと変わらず時間遡行に成功したハズであるのに、何かが足りない……。ほむらはそれを勢いよく頭を振ることで無理矢理抑え込む。
ほむらの目的はただ一つ。鹿目まどかを救うこと。それさえ叶うのならば、例え自らが犠牲になったとしても、ほむらには些末なことでしか無いのだ。
転入初日。朝のHRの時間に自己紹介をする。普通に生活している人ならば、何度も同じ転入という経験をすることはそうそうないが、ほむらは何百回と経験してきた。だから自己紹介の内容も自然と少なくなってきて、今となっては自らの名前と最低限のことぐらいしか話す事はない。
教室を見渡す。見慣れた光景。見慣れたクラスメイト。そして、鹿目まどかの姿。彼女はほむらと視線が合うと驚いた風に身体を硬直させる。それを見たほむらは表情に出さないように心の中で微笑みを浮かべた。
この時間軸のまどかは、ほむらが知っているまどかと何ら変わりない。その事実だけで、ほむらは嬉しさが込み上げるのだ。
その後、まどかにキュゥべえと契約しないように遠回しな表現で忠告したほむらは、その姿をショッピングモールの一画に移していた。そのフロアは更なる利益を求めたショッピングモール側の意向で改装中であり、人の気配はない。
そんな空間でほむらは拳銃片手に、全ての根源であるインキュベーターを追いかけていた。
パンッ、パンッ、パンッ。インキュベーターに向けて何度か発砲する。しかしその小柄な体躯のせいで上手く照準が合わず命中しない。
早くしなければまどかが来てしまう。ほむらは焦り、周囲の被害を考え楯から小動物を殺せる程度の火薬が詰まった爆弾を取り出し、インキュベーター目掛け投げつける。
爆発はほむらの狙い通りインキュベーターを襲ったが、その時の爆風が床に溜まっていたホコリを巻き上げた。結果的には彼女の視界を遮ることになり、ほむらはインキュベーターの姿を見失ってしまった。
ようやくほむらがインキュベーターの姿を見つけた時、その姿はまどかと共にあった。傷ついたインキュベーターをまどかが抱き上げ介抱している。
その光景に舌打ちしてから、ほむらはその舞台に上がった。
結果から言えば、最悪の一言だった。
まどかとインキュベーターの接触を許してしまったし、そこに巴マミや美樹さやかの介入があったのが悪かった。
これでまた、障害が増えてしまった。
ただ、友達のまどかを救いたいだけなのに、どうして運命とやらはここまでほむらの邪魔をするのだろうか。
運命と戦う一人の少女は、自分を騙しながらも、そのたった一つの想いに向かって突き進むしかない。
そんな魔女と戦い続ける日々を送っていたほむらに転機が訪れたのは、マミに拘束魔法で動きを封じられてしまった時のことだ。
このままでは、まどかの目の前でマミが死ぬところを見せてしまう。マミが死ぬのは良い。だが、その光景を目の当たりにしたまどかが悲しむことは避けたかった。
だけれども、今のほむらは身体の自由を奪われている。楯から道具を取り出すことができないし、仮に時間を停止させたとしても身動きできない状態では意味がない。まさに手も足も出ない状況である。
――シャリンッ
拘束された状態で顔を俯かせ、自分の失敗を嘆いていたほむらの耳に鈴の音が聴こえてきた。新手の魔女や使い魔の可能性があるので、すぐさま鈴の音が聴こえてきた方を確認する。
「助けはいるか?」
ほむらの視界に飛び込んできたのは巫女装束を身に纏った一人の少女。ホコリ一つ付着していない純白の白衣、胸の下辺りから緋色の袴が少女の長い黒髪に良く似合う。その長い黒髪は鈴の付いた髪留めで留められており、時折シャリンと鈴の音を鳴らす。
しかし、少女の胸元には巫女装束にはそぐわないロザリオのような十字のネックレス。それがなければ、正月ならどこの神社にでも居そうな巫女だった。
ほむらはいきなり現れた巫女装束の少女に警戒しながらも、助けを求めることでマミの死をまどかに見せずに済むかもしれない、そう考えた。
「そうね。できればお願いしたいところだわ」
「ん、わかった」
少女は召喚魔法で日本刀を呼び出すと、ほむらを拘束していた魔法を容易く斬り裂いた。魔法少女として経験の長いマミの使った強力な拘束魔法であるハズなのに、いとも容易く斬り裂いたのだ。
ほむらは内心驚きつつも、先を急ぐことを少女に告げることにした。
「感謝するわ。でも、今は時間がないの。お礼はまた今度にさせて頂くわ」
「ああ、お礼なんて別にしなくても良いよ。俺は自分のやりたいことをしただけだしさ」
「いえ、受けた恩は必ず返すわ。それじゃ」
ほむらは駆けだす。時間停止の魔法を使いながらなので、傍から見ればテレポートのように見える。
その場に残された少女はほむらの背中が見えなくなるまで見届けると、そっと溜め息を吐いた。
「やっぱ、憶えてないか……」
少女――向井キリトは、その事実に落胆した。だけれどもキリトやるべきことは一つしかない。
ほむらにまどかを救わせる。そのためだけにキリトは魔法少女になったのだから。
想定したよりも代償が大きかった。
キリトはほむらが戦いへと進んでいった方向をボーッと眺めながら、心を痛めていた。
魔法少女となったキリトならば、鹿目まどかを救うことなど造作もないだろう。そのためにチカラを手にしたことをキリトは後悔などしていない。だけれども代償が大き過ぎたのだ。
『まさかキミが見滝原にやって来るとはね。ちょっと意外だな』
魔女の結界の中であるから異質なことは当り前なのだが、キリトの脳内にまるでロボットに言葉を喋らせたような感情の灯らない声が響いた。
特にその声に驚くこともなく、キリトは自然に応対する。
「なんだキュゥべえか」
キリトが視線を下げると、そこにはウサギとネコが合わさったような奇妙な白い小動物が居た。
そいつの名前はキュゥべえ。彼と契約することで魔法少女へとなることができる。
『まったく、イレギュラーは暁美ほむら一人で良いというのに、どうしてキリトまで見滝原に来ちゃうのかな? これ以上、僕が思い描いたシナリオから脱線したくないのに』
「それは悪かったな」
『本当だよ。僕が契約した記憶のない魔法少女なんて、一人ですら持て余していたと言うのにね。だけど、暁美ほむら以上に不可解な存在が現れたとなっては警戒せざるを得ないかな』
キュゥべえはキリトと契約したことを憶えていない。しかし、キュゥべえはそのことに違和感を持ったりはしない。それは数千年という長い時間、人類と関わってきたキュゥべえの前には、時折、彼女たちは現れるのだ。
キュゥべえの認識外の魔法少女。彼女たちはその強い想いの結晶である願いによって、孵化者であるキュゥべえの認識の外に出ることに成功した。だからキュゥべえは彼女たちとの契約を憶えていないのだ。
ほむらは平行世界の過去に戻ることによって、そしてキリトはチカラを望んだ結果として。
だが、誤解してはいけない。キュゥべえにとって契約していないことを憶えていなかったとしても、彼女たちが魔女へと変貌を遂げることにより感情エネルギーを搾取出来る。だからキュゥべえにとってはさほど気にすることでもない。所詮は乾いた宇宙を潤すためのエネルギー源でしかないのだから。
「この街にワルプルギスの夜がやって来る」
変えようのない確定された未来。今この状況でキュゥべえに伝える必要などまったく無いが、キリトは少し考えてから言うことにした。
『ほう、それはそれは。なかなかに興味深い情報じゃないか。それを僕に教えてしまっても良かったのかい?』
「別にかまわない。どうせ、近い未来キュゥべえも気づくことだ」
『たしかにね。本当にワルプルギスのような超弩級魔女が見滝原に現れるとしたら、僕はその予兆にいち早く気づくことになるだろうね』
「まぁ、シナリオとやらに修正でも加えておくと良い。これが俺のキュゥべえに送る最初で最後の感謝の印だ」
時間の繰り返しに巻き込まれた根本的な原因はキュゥべえなのかもしれない。だけれどもキュゥべえ――いや、インキュベーターがこの地球にやって来なければ、今もなお人類は狩猟生活を営んでいたという。
それに繰り返しに巻き込まれたと言っても、そのおかげでキリトはほむらと出会えた。その事実に関して、キリトはキュゥべえに対して感謝の気持ちを感じていた。
『フフッ、そうだね。キミが何を願ったか僕に記憶はないけど、その願いの果てにキミが何を見せてくれるのか楽しみにしているよ』
魔法少女となったキリトは、魔法少女の中で最強のチカラを手にしている。その事実を感じ取れるキュゥべえは不敵に笑う。
最強の魔法少女と最大級の魔女。それらがぶつかれば激闘必至。それでもキリトが勝利を手にするだろうとキュゥべえは予測している。だが、どちらに転んだとしても自分たちの利益になることをキュゥべえは理解している。
キリトが最強の魔法少女として最大の敵を倒してしまったら、当然後は最悪の魔女になるしかない。それほどまでに魔力を消耗し、ソウルジェムに魔法を使った分だけの穢れが蓄えられ、キリトは魔女へとその姿を変貌させる。その時に生み出されるだろう、エネルギー量は莫大なモノで、それはおそらくキュゥべえのエネルギー回収ノルマを大幅に埋めてくれることだろう。
それにもしも、キリトが倒れることになっても、優しいまどかならば魔法少女となり、ワルプルギスの夜と戦うだろう。彼女もまた、キリトと同じく最強の魔法少女になれる素養を持っているのだから。
『それじゃあ、期待しているよ』
白くて犬のように太い尻尾をフリフリと揺らしながら、キュゥべえはその姿を消す。
それと同時に魔女の結界が崩れ始める。
「終わったか。ほむらのヤツ、しっかり巴さんを助けれられてると良いんだがな」
キリトにとって、まどかを、そしてまどかを救うほむらを救えれば、他のことを犠牲にしても良いのだが、それでもやはり知り合いが死ぬところは極力見たくないのだ。
それに友人が殺されればまどかが悲しむことになる。そうなってはほむらも悲しむ。出来る限り他も救う。それぐらいの気休め程度しかキリトに出来ることはない。
キリトは一度、オレンジ色の空を仰ぐと、誰にも見られる前にその場から姿を消した。
*****
少年――向井キリトが魔法少女になったのは、実は身体は男であるのに心は女の子みたいなトランスジェンダー……日本語にすると性同一性障害、さらにわかりやすく言うとオカマであったとか、そんな愉快な理由からではない。
単純にチカラを求めた結果と言えば良いのだろうか。
キリトがキュウべえに願ったのは『運命を斬り裂くチカラ』だった。
運命と言うのは説明するまでもなく、まどかの死の運命であるし、それと同時にワルプルギスの夜を討ち倒すことの出来ないほむらの残酷な運命である。
それらを斬り裂くのにはチカラが必要不可欠であったために、キリトはそう願った。
契約の果て、キュウべえに言われた通り魔法使いになる気満々であったキリトであったが、彼の思惑とは異なる結果となってしまった。それはキュゥべえにも言えることである。
キリトがチカラを手にするにはどうすれば良いのだろうか?
その疑問に答えることにしよう。なに、簡単なことだ。
キリトはまどかに準じるとまでは行かないものの、それでも魔力の塊であることには変わりない。しかし、彼が第二次成長期の少年であることで、契約して魔法使いになっても魔法少女一人分と同等のチカラしか発揮できない。いくら貯蔵量が多くても外部に出力する機能が脆弱では、その真価を発揮できない。
願ったのは『運命を斬り裂くチカラ』。あまりにも分不相応な願いであった。
だとするならば、外部に出力するチカラを強化してやればいいのだ。水道の蛇口を捻って勢いが足りなければ、消防車についているホースを持ってくれば良い。
その結果、キリトは魔力を外部に出力する最適な身体である第二次成長期の少女の身体を手にすることになった。
と、ここまではキリトは許容出来たのだ。
そもそもキリトはほむらのために全てを投げ捨てて、ワルプルギスの夜を討ち倒そうとしていた。だから、自分の身体が少女になったことであるとか、なぜか現在位置が夢で見ていた自宅のある見滝原市でないどこかの地方都市であることもまだ良かった。
だけれども、向井キリトという人間の記録がこの世界から消えてしまったことは許容できるハズもなかった。
自宅である建物の表札には『向井』とあるのに、その家の住人は両親であるのに、なぜか両親はキリトのことをまったく憶えていなかった。そのため、頭のおかしい少女だと両親に勘違いされて危うく警察に通報されるところだった。
これにはさすがのキリトも堪えた。そのすぐ後、廻り合ったキュゥべえも、見滝原にやっとこさ辿りついた後に会うことの出来たほむらも、キリトのことを憶えてはいなかった。
これには契約の際にまだ少年の身体であったため、契約時に生じたエネルギーが少なく、本来なら記憶消去した上で記憶操作によってキリトの周りの人間の記憶を書きかえるのだが、それが出来ずに記憶消去で止まってしまった。それでは矛盾が生じてしまうので、キリトが存在したという痕跡も全て消し去って。
それを知らないキリトはパニックに陥りそうになるが、ほむらを救うことを強く意識することで、自分を押さえこんだ。それでも悲しんだりするわけだが。
「ああ、クソッ!」
清らかな鈴の音を鳴らしながら、キリトは踊るように日本刀を振る。キリトが日本刀を振り切る度に使い魔は斬り裂かれ、その存在を滅殺される。
相変わらずの巫女服に十字のネックレスと言う、宗教を馬鹿にしているのではないかと勘繰ってしまう衣装で魔女の結界内を突き進む。しかし、この巫女服がキリトの魔法少女としての衣装であるし、十字のネックレスを首から提げないという選択肢はキリトには選択できない。よって、こんな格好になってしまっている。
誰も自分のことを憶えていない。その事実を一応は受け入れたキリトではあるが、それでも時々こうして心の中のモヤモヤを発散しなければならない。それは受け入れきれてないと言うことなのだが、そこら辺は気にしないことにしているようだ。
魔女の結界内はスーパの店内のような場所だった。棚には商品の代わりに使い魔が並べられ、キリトが奥に進もうとすると使い魔たちが棚から飛び出して襲って来るのだ。
それにイライラをぶつけるようにキリトは日本刀を振り回すのだが、それが何度も繰り返されるにつれ、その行為自体にもキリトはイライラしてきた。
「いい加減に魔女を見つけたいところだな」
調味料の棚らしきところを右に曲がると、冷凍食品が陳列されている冷蔵庫が見えてくる。
冷凍食品のパッケージみたいな使い魔が襲ってきたので、邪魔くさそうに斬り捨てる。
「そう言えば、まだ店の裏側行ってないな」
そうと決まれば、と言うことで、店員の休憩スペースに続く扉を探しだし、躊躇うことなく中に入る。
キリトの予想通り、そこには異形の存在が俯き加減に佇んでいた。エプロンを着た人間と同じくらいの大きさの身体に異様に大きな頭部。いったい彼女は何に絶望したと言うのだろうか。
「まぁ、結局のところは俺のために消えてもらうわけなんだけど」
言ったが早いか、斬ったが早いか、どちらにしても魔女は次の瞬間にはこの世から消されることになった。少し間をおいてから、まるで主の後を追うように結界が崩れ出した。
キリトは残されたグリーフシードを手早く回収すると、その場から立ち去った。
少し経ってからやって来たマミ一行や、ほむらに第三勢力かと言う疑念を抱かせて……。
*****
――やっぱ、ワルプルギスの夜は現れるんだよな。
逃れようのない事実にキリトは溜め息を吐いた。
ワルプルギスの夜が現れない未来。そんなみんながみんな、望むような未来に期待していたわけであるが、その願いは当たり前のように叶わない。
落胆気味にキリトは灰色が覆う空を仰いだ。
「どうして邪魔をするの、向井キリト! やっと……やっと、私の想いを伝えられて、まどかたちと理解し合えたのに!」
叫ぶような少女の声にキリトは視線を向ける。
頭から血を流し全身ボロボロのほむら。それに地に伏し気絶する三人の少女の姿。マミとさやかという魔法少女。さらに未だ一般人であるまどかの姿も確認出来た。
この惨状はキリトが己の意志でやったことで、今さら後悔はない。
殺さずに動きを止める。それには昏倒させることが最も簡単な手段で、確実に動きを止めることが出来る手段だ。
日本刀の峰の部分を三人の少女の首筋に叩きこみ、意識を刈り取った。
「邪魔、か。確かに俺は君の邪魔をしていることになるんだろうね。それはすまない。素直に謝るよ」
「そう思うなら、そこを通して! 私がアイツを倒すから!」
ほむらが言うアイツとはワルプルギスの夜に他ならないだろう。今まで倒すことが出来なくて時間を繰り返し続けている彼女が、一人で倒すと言う。
それだけ、今回の時間軸がほむらにとって居心地が良いのだろう。だから、ほむらは無茶を通そうとしている。
キリトはほむらの想いを感じとって笑う。しかし、その笑った顔はほむらには馬鹿にされたと誤解を生んでしまったらしく、ほむらの眼孔が鋭くなる。
「ああ、ごめん。決して君を馬鹿にしたわけじゃないんだ。だけど――」
謝ってから、
「そんなほむらが悲しむ残酷な運命なんて俺が斬り裂いてやる」
キリトはほむらの背後に一瞬で移動し、さきほどまでと同様に峰で首筋を打って意識を刈り取る。
ほむらが一人でワルプルギスの夜と戦っても勝つことは出来ない。そしてまた繰り返すのだろう。
そんな残酷な運命をキリト知っているから、絶対に許容出来ない。
キリトは意識のない少女たちに背を向け、悠然とその場所に存在する超弩級魔女ワルプルギスの夜に相対し、日本刀の切っ先を向け宣言する。
「さぁ、宴を始めようじゃないか! 舞台は見滝原、演者は最強の魔法少女である向井斬人が務めよう!」
――そして、戦いが始まる。
経過は語るまでもないだろう。
キュゥべえが予測した通りの激闘であった。両者は互いに傷つけあい、片方が勝利をおさめた。ただそれだけだ。
戦いを終えたキリトは瓦礫の中、力無く横たわっていた。ほとんどの魔力を使い果たし、指一本も動かせない状態である。
『感謝するよ、向井キリト。キミのおかげで、僕のノルマが大幅に埋まることになる』
キリトの顔を覗き込むようにその白い生物はいた。
『ははは、それは良かったよ』
口を動かす体力も残っていないキリトは、最後に残った少量の魔力を使って、直接キュゥべえに話しかける。残った魔力が尽きてしまえば魔女になるしかないと理解しているのにも関わらず。
『確認したいんだが、俺から搾取するエネルギーで、お前のノルマはどの程度まで埋まるんだ?』
『七割ってところかな。君一人から得られるエネルギーは、今まで僕が得てきたエネルギーとそう変わらない。これは素直に驚きを隠せないよ』
『そうか、それなら良いんだ』
キュゥべえの回答を聞いて、キリトは安堵する。
――これでもう、心配することはない。
ゆっくり眼を閉じる。
もうすぐキリトは魔女になる。それは変えようがない運命で、キリト自身も変える気はない。
キリトにとって大切なのは、一人の少女が笑っていられる世界を造ることなのだ。
自分のしなければならないことを全て終え、キリトは思う。
――願わくば、全ての魔法少女に希望を。
その日、最悪の魔女は討たれ、新たな魔女がその地位に君臨した。
彼女はどんな絶望を撒き散らすのだろうか。それを彼女たちが知ることになるのは数年後のことである。
*****
例え、少年がチカラを望んだとしても、結末はさして変わらない。
早いか、遅いか。たったそれだけの違いだ。
だがそれでも、彼女たちが笑い合える時間を少しでも作れた。そのことに意味があったのではないだろうか。